「ふっ!」
短い呼気が聞こえる。
レイフォンはそれに合わせ、正面から蹴りを放ってきた人物と相対する。
ブーツの靴底が、レイフォンに迫った。
「わ……」
突きの様に放たれた蹴りを腰を落とすことでかわし、前のめり気味に突進して相手の懐に入った。
だが、そうはさせないと蹴りを放った人物はそのまま踵落としに変化させ、レイフォンの背中を狙った。背骨の辺りである。
だが、レイフォンは怯まず、それどころか速度を上げて蹴り足の膝関節を裏から抑え、胸に手を置くと、相手の軸足を自分の踵で払った。
「うわ……」
相手は赤い髪を跳ね散らしながら、緩衝材の入った床に背中から倒れ、派手な音が体育館の中に響いた。
「大丈夫?」
倒れた相手に、レイフォンが手を差し伸べる。
「つぅ……今のはうまく行くと思ったんだがな」
「うん、危なかった」
「よく言う。ギリギリで速度を上げただろう?あれのお陰で計算がずれた」
レイフォンの謙遜が気に入らなかったのか、相手だったナルキは少し不満そうに言った。
だが、それよりも、乱れてしまった自分の髪を直しながらナルキは、レイフォンをからかうような表情を向ける。
「それにしてもレイとん……お前はあたしが女だと忘れていないか?」
「え?」
つぶやき、首を傾げるよりも早くレイフォンは思い出す。
今の戦闘で、ナルキの胸に触れた事を。
「確かに、あたしは小さい方だと自認しているが、何も感じないというのは流石に女として、な……」
「あ、いや……そういうわけじゃないんだよ。ただ、体が勝手に流れを作っちゃって、それで……」
恨めしげに睨んでくるナルキに、レイフォンは慌てて弁解をする。
いや、正直な話、こういう状況は男としてはかなりラッキーなのだろう。
ただ、残念なのは本当にレイフォンが真面目に戦闘をしていたので、そういうつもりはなかったのと感触を堪能できなかった事だ。
それを考え、レイフォンはいやいやと首を振る。
何を考えているのだろう、自分は?
これがもし、フェリにでも知られたらどんな冷たい視線を向けられてしまうのか……
想像しただけで、かなり憂鬱になってしまった。
「冗談だ、わかっているさ」
「ひ、ひどいな……」
そんなレイフォンを見て、ナルキが悪戯の成功した子供の様に小さく笑う。
「まぁ、しかし……女性の胸に触ったのなら、それなりに何かあって欲しいと思うな。それは男の礼儀だ」
だけどこれだけは譲れないと言うように、ナルキはレイフォンに忠告をした。
「そういうもんかな?」
そんな礼儀聞いた事もないと思うが、
「ものだ。まぁ、だからといって簡単に触らせてやる気もないが……」
女性のナルキが言うのなら、そういうものなのだろう。
そして当のナルキはと言うと、辺りを見渡していた。
レイフォンもその視線を追う。
現在、武芸科の格闘技の授業中。
1年生と3年生の合同の授業であり、あちらこちらで向かい合う1年生と3年生の姿があった。
そして、まだ1年生では3年生を倒すのが難しいのか、蹴られたり、打たれたり、床に叩きつけられる1年生の音が響いている。
1年生が勝っている姿など、何処にも見られない。
そして、レイフォンはというと、1年生で小隊員ということもあってか、誰もが組むのを敬遠している。
故に、ナルキと組んでいるのだ。
「レイとんの隊長殿は、どこか悪いのか?」
ナルキの視線が止まった先は、3年生で十七小隊隊長となったニーナだ。
レイフォンも同じくニーナに視線を向けると、彼女は2人の1年生の相手を同時にしていた。
果敢に攻めてくる相手を、ニーナは冷静にあしらっている。
「そう見える?」
「見える。なんていうか、心ここにあらずと言う感じだな」
「やっぱり」
レイフォンもそう思っていたらしく、同意する。
「なにか、心当たりでもあるのか?」
「この間の試合ぐらいしかないんだけどな」
「ああ……負けたのは、確かにショックだろうな」
彼女はただ隊長となり、名声が欲しかったために小隊を立ち上げたのではない。
自分の力でツェルニを護りたいと、自分の手で勝利を収めたいと思っているからこそ小隊を立ち上げたのだ。
故に、何も出来なかった先日の敗北はニーナにとって、ショックだったのだろう。
「うーん」
レイフォンもそうだと思う。思うのだが……
「なんだ?違うのか?」
「いや、そうだとは思うんだけど……」
ナルキの言葉に頷き、自分もそうだとは思うのだが、どうもそれだけだとは思わない。
だが、それがなんなのかわからないという曖昧な感覚で、レイフォンには答えを導き出すことは出来なかった。
「おいそこ、真面目にやれ」
「あ、すいません」
授業中に考え事をして、それを注意される。
反射的に謝ると、そこには3年生がいた。だけど何か可笑しい。
たかが考え事の注意で、3年生が3人いた。
そして周りからは、1年生が視線を送っている。
好奇の混じった視線だ。
「なにか御用ですか?」
「そっちの、十七小隊のエース君にあるかな」
質問したナルキを見もせずに、3年生の1人がレイフォンを挑発するような視線を向ける。
「はぁ……」
気のない返事を返しながらも、レイフォンはこういう視線を良く知っていた。
「用件は……3人でですか?」
「む……」
悪意と挑発と見下し……そして隠された嫉妬。
こういった視線は、レイフォンは本当に良く知っている。むしろ、慣れていた。
グレンダンで天剣授受者となる前、そしてなった後も。
幼いレイフォンへの侮り、勝てるのではないかという見下し……そして、そんな子供に追い抜かれているという嫉妬。
「別に、僕は構いませんけど」
「レイとん……?」
ナルキが訝しげに言葉をかけてきたが、察したのかレイフォンから距離を取る。
「君、剣持ってないけど、いいのかな?」
3人のうちの1人が、引き攣った笑みでレイフォンに問う。
「かまいません。今は格闘技の授業ですし、なくて当たり前です」
だがレイフォンは、それが当然だと言うように返した。
「たいした自信だね」
「自信とか、そういうのではないですよ。授業です、これはあくまで」
「それは、自信じゃないのかな?」
態度、言動はともかく、上級生として紳士的な態度を取ろうとしていた3年生達だがもう限界らしい。
当のレイフォンもそんなことは気にせず、まるで機械の様に感情を面に表さないで、淡々と述べる。
「自信ではありません。事実です」
「……わかった」
3年生達の悪意ある視線が、怒気へと変化する。
野次馬の1年生達は静まり返り、3人はレイフォンの正面と左右に移動する。
それに対してレイフォンは、1歩だけ下がって3人を視界に収める位置へと移動した。
「では……」
正面の1人、先ほど話していた3年生がそうつぶやいた時、既に左右の2人がレイフォンへと接近していた。
「いくぞ」
内力系活剄による肉体強化。
その速さにより残像すら残して、接近してきた2人が拳と蹴りを放ってくる。
しかし、弾丸の様に繰り出された拳と、大鎌の様に空を薙いだ蹴りはレイフォンに当たる事はなかった。
ただ、空しく空を斬る。レイフォンの姿も、残像だったのだ。
「ちぃっ!」
3人がレイフォンを探す。だけど見つけられない。
この時、レイフォンがデビューした対抗試合を思い出した人物はどれくらいいただろうか?
あの時と同じように、レイフォンは上空にいた。だが、あの時よりも高い。
レイフォンは宙で回転しながら、高い体育館の天井へと足を向ける。
そのまま張り巡らされた鉄筋を蹴り、一気に降下した。
緩衝材の入った床に、重々しい衝撃音が響く。
「なっ!?」
レイフォンは正面にいた3年生の目の前に着地した。
だが、3年生が驚く暇もなく、レイフォンは着地の衝撃を緩和するために曲げた膝を伸ばし、立ち上がる。
「ぐぅっ……」
その動作の流れのひとつで、正面にいた3年生の鳩尾に拳を埋めた。
崩れおちていく3年生には見向きもせずに、倒れる途中の3年生の背後に回る形で、残りの2人へと向き直る。
その2人はレイフォンの着地音で振り返り、倒れる仲間を見て驚愕する。
レイフォンはやはり構えない。倒れる3年生を見ることもなく、残った2人をただ見ているだけ。
倒れた3年生を、床が受け止める音がした。瞬間、レイフォンが消える。
今度は残像すら残さずに、視認すら出来ない速度でレイフォンは動いた。
文字通り、消えたとしか思えない。
当然、2人が反応できているわけがない。
レイフォンはそのまま接近し、順番に2人の鳩尾に拳を埋めた。
「がふっ」
「ぐっ……」
短く息を吐いて、2人が倒れる。
その光景を見て、周りの野次馬達がわっ、っと歓声が上がる。
レイフォンは息を吐き、無表情となった顔を緩めた。
「あれは、少し感心しないな」
「え?」
今日も昼食は、いつもの3人組とフェリ、そしてレイフォンの5人で取っている。
レイフォンの自作した弁当を前にし、相変わらずフェリはどこか不機嫌そうな無表情でそれを食べている。
悔しいのだが、本当に美味しいのだろう。食する手が止まる事はなかった。
そしてミィフィが1人でしゃべりまくってるところで、ナルキが口を挟んだのだ。
今日の授業は昼までであり、5人は少し遠出をして一般教養科上級生の校舎が近くにある食堂に来ていた。
この食堂にはテラスがあり、そこは養殖科の利用する淡水湖が見渡せる位置にある。
席料としてジュースを注文した後、並べられた弁当をそれぞれがつまんでいく。
絶景ともいえる景色を眺めながら食事をしていたところを、いきなりナルキが思い出したように言ってきたのだ。
「体育の授業での、3年生達への態度だ」
「ああ……」
「ええ?別にいいんじゃない?」
耳ざといミィフィは、レイフォン達が話すよりも早く体育館のことを知っていた。
それをメイシェンとフェリに話しているところで、ナルキが言ったのだ。
「だって、どう考えたってやっかみじゃん」
「それはそうだ。別に先輩なんだからやられてやれなんて言うつもりはない。だが、少しは顔を立ててやるぐらいの配慮は必要だったろうな」
「ん~?例えば?」
ナルキの言葉に、ミィフィが尋ねる。
「3人同時ではなくて、1人ずつにするとかな」
「そう……かな?」
その答えを聞いて、レイフォンが首をかしげる。
あの3年生達が、1人ずつで勝負をしただろうかと。
「え~、そんなの受けるわけないって。だって、小隊の人とかじゃないんでしょ?」
ミィフィの言葉に、ナルキは頷く。
そもそも小隊の人物だったのなら、このような嫉妬は起こさないだろう。
「受けなかったかもしれないがな。3人いっぺんに片付けるにしても、向こう側からそう言わせるようにすればよかったな。あれでは、レイとんの方が悪者のようだぞ」
「あ……」
そう言われればそうかもしれない。
悪いのは、喧嘩を売ってきたのは向こうの方だが、だからと言ってレイフォンのやり方は容赦がなかったかもしれない。
「レイとんにとって他人の風評はどうでもいいかもしれないがな、周りに居るものは多少、困るかもしれない」
ナルキがそう言って、メイシェンを見る。
「……わ、私は気にしないよ」
それをメイシェンは慌てて否定するが、レイフォンは確かにそうだと思う。
「うん、ごめん。考えてなかった」
だから素直に、謝罪をするレイフォンだったが、
「別に良いのでは?」
今まで殆ど話さなかったフェリが、レイフォンに言う。
「実力もないのに、他人を僻む奴なんて放っておけばいいんです」
無表情で、冷たい言葉。だけど興味がまるでないかのように言っていた。
「そもそもツェルニの武芸者が頼りないのがいけないんですよ。そうでなければ……」
フェリは兄のカリアンに無理やり武芸科へと転科されてしまったために、カリアンを恨んでいる。
そしてそうなる原因となった、セルニウム鉱山が残りひとつと言う崖っぷちの状況まで負け続けた武芸者である、武芸科の生徒達のことを良く思っていない。
その上、弱いくせにプライドだけは、嫉妬をレイフォンに向けるほど高い。
彼等がだらしないから、自分とレイフォンが武芸科に入れられたと言うのにだ。
だからそんな奴は、放っておけばいいと言うのがフェリの考えだ。
レイフォンが気にする必要などない。
「フェリ……先輩?」
レイフォンはフェリの名を呼び、慌てて先輩をつけてから何か聞き出そうとしたが、
「フォンフォンもそう思うでしょ?」
「ぶっ!?」
そんな考えは、今のフェリの発言で吹っ飛んだ。噴出し、レイフォンは目を白黒とさせる。
幸いなことに、飲み物や食べ物を口に含んでなくてよかった。含んでいたのなら、間違いなく吐き出していただろう。
その惨劇は起こらなかったが、メイシェンが驚いている。ナルキが固まっている。ミィフィはニヤニヤと面白そうな顔をしている。フェリは無表情。
レイフォンは……頭を抱えて悶えたくなった。
「それ……本気で決定なんですね?」
「はい」
嫌そうなレイフォンに、フェリが当たり前だというように頷く。
「できれば、周りには人がいない時がいいなぁ、なんて……」
「それでフォンフォン、あなたはどう思うんですか?」
妥協点も、それが答えだというように拒否されたように返された。
レイフォンは本当に頭を抱え、あ~、う~、などと言って悶えている。
「何それ、レイとん。ちょ、フォンフォンって!」
「ぷ、くっく、あはははは!!」
ミィフィとナルキが、もはや爆笑と言うように笑っていた。
唯一それに付いていけないメイシェンが、自分はどうすればいいのかと悩んでいる。
この光景を前にし、レイフォンは大きなため息をつくのであった。
「そういえばさ……」
話が見事に脱線してしまい、散々ミィフィとナルキ、というか主にミィフィに笑われた後、そのミィフィが話題を変えるように話してくる。
「今日はまた、なんでここにしたわけ?いや、私もいつかはここに来るつもりだったけど……」
今日、この場所に来ようと言い出したのはナルキだ。
養殖科の近くにあるこの場所は景色もいいことから、女生徒への人気が高い。
だからそれを調べたミィフィが、いつかこの場所に行こうと放していたのはレイフォンも知っている。
だけど今日、ナルキがいきなりそこに行こうと言い出したことにはレイフォンも疑問に思っていた。
「いや、実はな……フォンフォ……っ、レイとんに頼みごとがあってな」
先ほどの会話を思い出し、思わずフォンフォンとレイフォンを呼んでしまおうとしたナルキ。
思い出し笑いの様にナルキは小さく笑うが、後の言葉は笑えずに、言い辛そうに口を開く。
「っ……わざわざここで?」
ミィフィも小さく笑いながら、ナルキに問い返した。
レイフォンは頭を押さえながら、ナルキの話に耳を傾けていた。
「うん。ここでなければ駄目と言うわけではないんだが、承諾してくれれば、そのまま話を持っていけるから……な」
「……大変な事なの?」
「大変な事もあれば、ただ暇ばかりの時もある。疲れる時もあれば、まったく疲れない時もある。でも、時間だけはキッチリと過ぎる」
「まるで謎かけだね」
「そうだな。こんなのはあたしらしくないな」
レイフォンの言葉に苦笑しながら、ナルキはため息をつく。
「……もしかして、ナッキのお手伝い?」
「ああ、そうだ」
メイシェンの言葉に、ナルキは苦笑したまま答えた。
ナルキの手伝いと言うのは、彼女がバイトをしている都市警の仕事だ。
「僕が?」
意外な話の流れに、レイフォンが疑問符を浮かべる。
「別に小隊から引き抜きをしたいわけじゃない。入ったばかりのあたしに、そんな権限あるはずもない。ただ、武芸科には都市警への臨時出動員枠というものがあるらしい。あたしも入ってから知った。その出動員が今、定員を欠いているらしくてな」
何でもレイフォンとナルキが知り合いだと言うことを上司に知られ、聞いてみてくれと頼まれたらしい。
だがレイフォンは、小隊員の訓練の他に機関掃除のバイトまでもしている。故に多忙だから、ナルキも無理はしないでいいなんて言っていた。
だが、ナルキの困ったような表情には何かあるのではないかと思ってしまう。
「解せませんね」
そんな中、フェリが疑問をつぶやいた。
「確かに臨時出動員枠と言うものはあります。ですが何故フォンフォンを?その上司と言うのはフォンフォンが小隊員だから目をつけたようですが、普通、小隊員がそういうことをしないのを知っているのでは?」
武芸者のプライドとしての問題だろうか?
本来、小隊員(エリート)の者は都市警なんて雑用染みた仕事は請けない。
だと言うのに、何故レイフォンにそれを言ってくるのか?
「大方、1年で何も知らないフォンフォンを利用しようと思っているんじゃないんですか?」
「……そうなの?」
「……………」
フェリの言葉にメイシェンとミィフィが、ナルキへと問うような視線を向ける。
ナルキは、申し訳なさそうな視線で下を向いていた。
「わかった、やるよ」
だが、レイフォンのこの発言には全員が驚く。
事情を知ったと言うのに、フェリの言葉をナルキが否定しない事から事実だとわかるのに、それをレイフォンは承諾した。
「……馬鹿なんですかあなたは?」
「酷いですね」
フェリの言葉に苦笑しながら、レイフォンは言葉を続ける。
「いや、ナッキは友達ですし。そのくらいならいいかなと思いまして」
「ホントにいいのか?自分で言っておいてなんだが、フェリ先輩の言ってる事は本当だぞ。小隊員(エリート)はこんなことやらないし、言いたくはないがあたしの上司だってそんなつもりかもしれないぞ」
今の話を聞いて受けるとは思ってなかったので、この言葉にはナルキも意外そうな顔をする。
だと言うのにレイフォンは、意外そうな表情で言う。
「それはおかしなことだよ。力は必要な時に必要な場所で使われるべきだ。小隊員の力がそこで必要なら、小隊員はそこで力を使うべきだよ」
実際、ほとんどは汚染獣との戦いに借り出される天剣授受者でも、治安維持のために警察機関に出動を要請される時もある。
中にはどうしようもないくらい、汚染獣にその力を使うしかない人物もいたが、それ以外はよほどのことがない限り受けていた。
レイフォンにとっては、小隊員のように権力に与する武芸者が力の使いどころの好き嫌いを語るのは、とても違和感のある話だった。
前のレイフォンの場合は、権力のある武芸者そのものをやめたがっていたし、今では武芸者と言う道を再び歩いてもいいかなどと思えてるから、たいした問題ではないが。
「……いいのか?」
「うん、ナルキにも……もちろん2人にもよくしてもらってるし、僕に出来ることがあるんなら、なんでも」
「いや……ここまで来てあたしが言うのもなんだが、2,3日考えてからでもいいんだぞ。それでも遅くはない」
「大丈夫だよ。機関掃除の仕事とか、小隊のこととか、そこら辺をちゃんと理解してくれるんだったら問題ないと思うよ」
「そういうのはあたしが何とかするよ。あたしが頼んでいるんだからな」
「うん。なら、この話はここまで」
まだどこか申し訳なさそうなナルキに、レイフォンは手をたたいてこの話は終わりだと言うように切った。
「どうしようもないお人好しですね」
「そうなんですかね?」
「馬鹿ですよ」
「いくらなんでも酷くないですか?」
フェリがジュースを飲みながらレイフォンに向ける冷たい視線が、どことなく彼に突き刺さるのだった。
話は受けたが、まさかその日から出動要請を受けるとは誰か思っただろうか?
「すまんな」
「いいよ」
そんな訳でレイフォンは、ナルキにつれられてその上司へと会いに行く。
「養殖科の5年、フォーメッド・ガレンだ。すまないな、よろしく頼む」
小柄だが、大工か鍛冶屋でもやっているのかと言うがっしりとした体格の男がレイフォンに言う。その話はこうだ。
都市外から訪れるキャラバンや旅人たちが寝泊りするビルに宿泊する流通企業、ヴィネスレイフ社に属するキャラバンの一団がいた。
碧壇都市ルルグライフに所属する彼らは、確かに取り決められた商業データの取引、都市を潤すための外貨の流入をしていた。
だが、そこでの取引は正当に終わらなかった。
不法な手段によるデータの強奪、今だ未発表の新作作物の遺伝子配列表の窃盗。連盟法に違反する犯罪行為。
その疑いをかけられ、ヴィネスレイフ社のキャラバンに疑いがかかっていた。
そして、証拠もちゃんとある。監視システムを沈黙させはしたみたいだが、目撃者と言う間抜けなどじを踏んだ。
故に交渉人が交渉に向かうが、最悪のタイミングで放浪バスが来た。
犯罪者が異邦人の場合、たいていは都市警の指示に従う。
無駄な抵抗をして死刑や、都市外への強制退去……すなわち、剥き出しの地面に投げ出されるよりははるかにいい。
二度とその都市に近づかなければ、罪は消えてなくなるのだから。
だけど退路があるならば、向こうも当然逃げ出そうとする。
穏便に済むのならそれに越したことはないが、十中八九相手は強攻策に出るだろう。
レイフォンはその時のため、キャラバンに対抗するための戦力だ。
「しかし……本当にいいのか?」
「ぜんぜん大丈夫だって。ちゃんと給金も出るし、ナルキが気にすることじゃないよ」
未だに納得がいかず、困惑するナルキを宥めながら、レイフォンとナルキは潜んでいた。
いつ、キャラバンの連中が出てくるのかわからない。
だから気を張って、そんな会話を交わしながらもレイフォンとナルキが会話をしている中、
『本当に気が良すぎです』
「……フェリ、先輩?」
背後から念威端子越しの音声が、レイフォンに届けられる。
その人物はフェリであり、レイフォンはナルキの前だというのに呼び捨てで呼んでしまいそうになった。
だが、ナルキはいきなりした背後の声に驚いていたのか、レイフォンの言いそうになった言葉を気にはしていない。
「取り合えず……ご苦労様です」
念威端子が現れてから少しして、そのフェリが姿を現す。
その手には自販機で買ったであろう缶ジュースと、そして小さな包みを持っていた。
「これは……差し入れです」
「フェリ先輩が?」
差し入れと称されて出された缶ジュースの他、小さな包みのそれはお菓子だった。
おそらくクッキーだろう。意外にもまともな外見のそれに、取り合えずレイフォンは安心する。
だが、油断は出来ないかもしれない。
この間フェリと料理を作った時にも思ったが、フェリは料理が下手だ。。
それは……あの時のカリアンの反応を見れば十分に理解できる。
だが、彼にとって、フェリの差し入れを、おそらく手作りであろうお菓子を無碍にすることなど出来なかった。
「じゃ……頂きます」
おそるおそるだが、覚悟を決めてお菓子をかじるレイフォン。
噛み砕き、舌の上で転がしてみて……
「あ、美味しい……ですね」
どこかほっとしたように言うレイフォンの顔は、長くはもたなかった。
いきなり表情が引きつる。
「ぐっ……」
「どうし……」
フェリが言いかけるも、青を通り越して紫色になるレイフォンの顔を見て息を呑む。
隣ではナルキが、心配そうにレイフォンを見ていた。
と言うか、慌てて缶ジュースを開け、それをレイフォンへと差し出す。
「ぐっ……げ、げほっ、ぐふ……ん、んんん……」
だが、意地でもそれは受け取らない。
意地でも耐え、体を折り曲げながらも飲み込む。
レイフォンが息を吐き、顔を上げた。
「お、美味しかったですよ」
「嘘を言わないでください」
血色の良くない顔を小刻みに震わせながらの笑みが、全てを物語っている。
そしてナルキは、そんなレイフォンに缶ジュースを今度こそちゃんと渡した。
「……得意でないことくらい、わかっています」
「う……」
拗ねられたように言われ、レイフォンは気まずげに息を呑んだ。
「兄で練習はしたんですが……」
ポツリと漏らされたフェリの言葉に、カリアンの安否を本気で心配してしまう。
苦手なカリアンではあるが、死なれるのは後味がかなり悪い。
そして良く見ると、フェリの手には絆創膏が巻かれていた、
「すいません……迷惑をおかけしました」
レイフォンやメイシェンに出来ることなら、自分にも出来るだろうとは思ったのだが……どうもうまくいかなかったらしい。
結果は見てのとおり、大失敗だ。
そのことにため息をつきながらも、謝罪をして立ち去ろうとする。
幸いにしても差し入れとして持ってきた缶ジュースは、レイフォン達の渇いた喉を潤すにはちょうどいいだろう。
そう思って、
「あ、フェリ先輩」
去ろうとしたら、レイフォンに呼び止められた。
「簡単なお菓子でいいなら、僕作れますんで、今度一緒に作りましょう」
この間の弁当ではデザートにゼリーを作り、孤児院のおやつを主に担当していたレイフォン。
作りすぎてリーリンには怒られたりもしていたが、スペックは本当に高い。
そんな彼の誘いにフェリは不機嫌そうなまま、そっぽを向き、
「……機会があれば」
その申し出を、受け入れた。
「じゃあ……」
レイフォンが続きを言おうとした時、爆発音が響く。
「始まったか……」
動き出したキャラバンの連中達。
騒がしい光景を確認し、レイフォンは錬金鋼を復元させた。
「それじゃフェリ先輩!僕は仕事ですから」
「はい、がんばってください、フォンフォン」
「……もういいですよ」
フォンフォンと呼ばれるのに慣れ、気落ちしながらもレイフォンは戦場へと跳んでいく。
そんなレイフォンと、自分を見て先ほどから困惑したような表情を向けるナルキに背を向け、フェリは帰路へとついた。
なぜこのようなことをしたのかと、自分の行動に理解できないまま、疑問に思いながら。
大物取りが行われる騒がしい光景を背にしながら、歩んでいった。
あとがき
日常編ってことで一丁。
オリバーは出てきません。そしてレイフォン×フェリと言う事で、フェリを絡めて見ました。
しかし、ちょっと違和感があるかな?
少し心配なこの作品(汗
次回はニーナの出番、描写を書けたらいいなと思います(苦笑
PS それからあとがきで言ってた話ですが、XXX板にプロローグ書いたらかなりの感想が来ました。
え、マジで!?なんて思いました……
ご都合主義の設定を無視した話だったのに……そして調子に乗り、1話を書き上げる始末。
なんというか……調子に乗りすぎました(汗
PS2 そして、試作タイトルといいますか、取り合えず予定案、『フォンフォン一直線』に決定w
いや、まだ本格に決定ではなく、試作という感じですが……
フェリ一直線なレイフォンと言う事で、フォンフォン一直線にw
どうでしょう?
このあたりもご意見をいただけると嬉しいです。