(どうしてこうなってしまったんだろう?)
レイフォンは復元した錬金鋼、刀を握り直して考える。レイフォンの全力の剄にも耐えてくれる、廃貴族製の錬金鋼だ。
(何故、どうして!?)
汚染獣、この荒れ果てた大地を支配する怪物を前に、その刀を振るう。
硬い甲殻に覆われ、人の抵抗を嘲笑うかのような強大な体。絶望をもたらす捕食者であり、人類の敵。
その脅威からツェルニを、そこに住まう人を、何より愛すべき者を守るために、レイフォンは1人で汚染獣に立ち向かっていた。
汚染獣、その中でもおそらく、繁殖を放棄したであろう老性体。老性体となった汚染獣はさらに脱皮を繰り返し、老性一期、二期と、脱皮をしていった数を数えていく。
そしてその数が多いほどに、汚染獣は凶暴で、強大な力を持つ存在と言うことだ。こいつ一匹で、普通の都市なら壊滅してもおかしくはない。しかも、レイフォンが相手をしているこいつは、もはや何期かなんて、推し量るのもばかばかしくなるほどに強力な存在だ。
だが、そんな強大な汚染獣も、レイフォンの敵ではない。
「ぜえええい!!」
気合と共に刀を一閃させる。その一撃は、強固なはずの汚染獣の甲殻をやすやすと切り裂く。
(どうして僕は、汚染獣と戦っている!?)
今頃、本来、レイフォンの所属している自立型移動都市、レギオスは戦争の真っ最中だった。
戦争とはいえ、それはスポーツと昇華された、いわゆる戦争ごっこだったかもしれないが。
レギオスの燃料、セルニウムの鉱山を賭けた都市戦。レイフォンの住まう学園都市ツェルニと、同じ学園都市との戦い。
だが、その戦いは汚染獣の乱入によって中断し、レイフォンはツェルニから数百キルメルと遠く離れたこの地で、汚染物質の舞う死の大地で、孤独に戦っていた。
「フェリ、ツェルニは大丈夫ですか!?」
『はい、こちらは大丈夫です。数が多いとはいえ、しょせんは幼生体。ハイアとクラリーベルもいるんです。そうそう落ちたりしません』
「そうですか。安心しました。ですが、フェリも気を付けて!』
いや、レイフォンは1人ではない。
レイフォンの周囲を舞う、念威端子。感覚的、視覚的サポートを行う補助機能。その端子からは、レイフォンが誰よりも愛する者の声が聞こえて来た。
この声が聞ける限り、まだやれる。まだ戦える!
「そろそろツェルニが恋しくなったし、フェリも心配だから、次で終わらせる!」
あの汚染獣は、地下に汚染獣の幼生体、つまりは子供を蓄えており、それを撃ち上げ、飛ばすことに特化した、変則的な成長をした汚染獣だ。
その能力を用い、数百キルメル離れたこの距離から、ツェルニを狙い撃ちしていた。だが、それを阻止するために、レイフォンはここにいる。
「うらああああ!!」
レイフォンは高速で、さらに接近し、地下へとつながる汚染獣の管を切り裂く。
汚染獣は口を開け、そこから何かを吐き出した。それは牙だ。砕けた、牙の欠片。それらを散弾銃のように撃ちだし、レイフォンを威嚇する。
生身でさらされれば、5分で死に至る汚染物質。かすり傷でも負おうものならレイフォンの着ている、汚染物質から身を守る防護服が破れかねない。そうすれば待っているのは、汚染物質に苦しんだ末の死だ。
天剣技 霞楼
騎馬の銃弾を回避し、汚染獣に接近したレイフォンが、渾身の一撃を放つ。
膨大な剄と、斬撃の嵐。それは強大な汚染獣の肉体を切り裂き、飛散させる。
GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!
汚染獣の張り裂けんばかりの断末魔が響き渡る。それと共に汚染獣の体液が、肉片が、臓物がレイフォンに降り注ぐ。
全身を覆う防護服越しとはいえ、決して気持ちのいいものではない。体液で汚れたレイフォンは、今まで動き回っていたこともあり、服の内側から感じる汗の蒸れに苦い顔をする。
元よりレイフォンは、あまり体調がよくなかった。入院して寝込んでいたところを、この緊急時。呼び出され、汚染獣と戦っていたのだ。
「早くツェルニに帰って、お風呂に入りたいです」
『お疲れ様です、フォンフォン。速く帰って来てくださいね。この問題が終わったら、ご褒美に背中を流してあげますから』
愛する人、フェリの言葉にレイフォンの頬が緩む。
まさにご褒美だ。速くツェルニに帰って、嫌なものを全て洗い流したい。
レイフォンは戦いに巻き込まれて壊されないようにとかくしていた、移動するための大型二輪車、ダウンドローラーの前へと移動し、ツェルニに向け、走り出そうとした。
『あら、サヴァリスさん』
『やあ、フェリさん。この端子は、レイフォンにつながっているのかい?』
ふと、声が聞こえた。フェリとの会話に、男の声が割り込んでくる。
この声の主は……
「サヴァリスさん、どうかしたんですか?」
『うん、レイフォン。君に大事な話があってね』
かつてのレイフォンの同僚、サヴァリス・クォルラフィン・ルッケンス
レイフォンの故郷、武芸者の聖地グレンダンで最強と称される、12人の1人、天剣授受者と呼ばれる存在だ。
彼は、ある用があって、グレンダンを出てツェルニに来ていたのだが……
「どうしたんですか? そもそも普段なら、あなたは汚染獣相手に、勇喜んで向かって行ったでしょうに」
『うん、そうだね。僕にとって、戦いこそが全てだから』
そんなサヴァリスを一言で表すなら、戦闘狂。彼は戦いにどん欲なまでに飢えており、汚染獣、それも老性体相手ならば狂喜乱舞しながら突撃するほどの猛者だった。
だが、そのサヴァリスは今、戦場にはいない。戦場では無くツェルニに、そしてフェリの側にいる。
『僕が今、誰よりも戦いたいのはレイフォン、君なんだよ』
「何を言って……」
嫌な予感がした。背筋に冷たい汗が流れる。
いつもニヤついたように笑い、心の内を明かさないサヴァリスだが、その言葉からは明確に敵意のようなものが感じられた。
『レイフォン、僕は君と戦いたい。本気で、一切の手加減抜きで、殺しかかってくるような君と戦いたい。だから、彼女は人質にさせてもらうよ』
「ふざけ……」
サヴァリスは、レイフォンの答えなど待ってはいなかった。
その言葉と共に、フェリとの念威による交信が途絶える。あとに残ったのは、沈黙。
この荒れ果てた、何もない大地で、レイフォンはただ1人、取り残された。
「う、う、うあああああああああああああああああああ!!!」
体の底から悲鳴じみた声が出る。
サヴァリスがやった、やらかした。レイフォンは頭の中が真っ白になり、しばし放心しながらも叫び続けた。
「フェリイイイイイイイ!!」
が、それもほんの少しの間。
レイフォンはすぐさまやるべきことを理解し、ラウンドローラーにも乗らずに、まっすぐにツェルニへと走った。
ラウンドローラーは長距離を、疲れずに移動するなら便利だが、それを考慮しないのならレイフォンが走った方が速い。
元よりレイフォンは膨大な剄を持っており、それで身体を強化し、常人離れしたスピードで数百キルメル先のツェルニを目指す!
「サヴァリスウウウウ!! フェリにもし、何かあったら! 僕は絶対にお前を許さない!!」
怒りに燃えるレイフォンは文字通り全速力で、ツェルニへと疾走した。
†††
覚えている方はいらっしゃるでしょうか?
昔、レギオス関連で、こちらでお世話になっていた武芸者です。
長らく放置し、エター状態となってしまい申し訳ありません。現実の都合もありましたが、レギオスが完結し、燃え尽きたためか、続きを投下するめどが長らく立ちませんでした。
レギオス完結から長らく立ち、そして懐かしさと共に、久しぶりに筆を取りました。
正直、打ち切りです。今からちゃんと、完結させる気力も時間も私にはありません。
なので大まかに、ダイジェスト風味になりますが、短く、少しずつ投下していき、この物語を完結させたいと思います。今回はその暴投と言いましょうか。
長年読んでくださった皆様、本当にありがとうございます。そして、このような形になってすみません。
全部で3~5回くらいの投下で、この物語を締めたいと思ってますので、次回もよろしくお願いします。
次回投下はおそらく、明日か明後日頃を予定しております。