平日の真昼間。ルーカスはコデックスの機能を生かして訓練を繰り返していた。
訓練と言っても実際に体を動かすわけではなく仮想空間で戦闘を行う事であって、訓練中のダメージはフィードバックされないので聊かゲームに近いものである事は否めない。
しかし日々の鍛錬が物を言う魔道士の世界ではいくらゲーム感覚とは言え、訓練をしない選択肢などありえないのだ。
この機能はある程度高級なデバイスには搭載されている機能であり、レイジングハートもその例外ではなかった。
『高密度魔力体の発現を確認。』
その訓練も今回ばかりは中断せざるを得なかったようだ。
念話を通じてビーコンががなり立てると同時にルーカスは訓練システムをシャットダウンさせる。
共に訓練を共有していたハンスも中断し、二人は本拠地よりガレージへと急ぐ。
その間も解析データと座標もルーカスの脳内へと共有され始め、並列思考によって解析を急いだ。
解析に使われるデータは主に、最近遭遇した不審な魔道士のデータ、回収した結晶体のデータ、そして昨日の少女のデータだ。
簡単な照合作業の結果、魔力を帯びた結晶体が発していた魔力と周波数が同じであると推測される。
「早くも泳がせる間もなく事態が動きそうではありますね。」
ルーカスは腰の留め金に収まっているコデックスと拳銃のようなものを確認するとガレージに乱暴に止めてある車に乗り込む。
深緑色に塗装されたそれは装甲車のような重厚な雰囲気を醸し出し、軍事用途に使われる多目的車両を想像させる外見を有している。
日本製の大型車であるそれはランドクルーザーと呼ばれ、2m級の身長を持つハンスにとっては快適かつ頼れる相棒だ。
とは言え車両を手に入れるべく外国人登録原票などの重要書類の入手が困難を極めていた事は確かで、ランドクルーザー自身も正規ルートで手に入れた物であるために身勝手に乗り回すなどという行為は許されるものではなかった。
「先程の訓練の成果、見せる機会になってもおかしくはないだろう。なあ主?」
重厚な車両はエンジン音をがなりたて、魔力が発現したとされる地点へと急ぐ。
無論結晶体を入手する訳ではなく、それを目当てに接近して来る魔道士達の偵察若しくは確保が目的としている。
被害が都市に及ぶようであれば戦力を展開して状況の鎮圧に当たる事も考量してはいるのだが。
双頭鷲のエンブレムを持つ男達は、目標地点へ潜伏している。なのは達はそれを知らず彼らに身を晒す事になるだろう。
ジュエルシード暴走した時に発された波動を辿り、なのは達は山の上の神社へ急ぐ。
とは言えそれは子供の脚力。高町家付近から出発したのでものの10分ほど経過してしまっていた。
事態は迅速に収拾しなければならない。
その為ユーノはレイジングハートを石段の途中で起動させることをなのはに指示した。
「なのは、レイジングハートを!」
「うん!」
[Stand by ready, Setup.]
なのはの呪文を待たずにレイジングハートは起動し、なのはの手には白銀の杖が握られる。
本来ならばパスワードを詠唱しなければレイジングハートはデバイス状態にならない。
しかしレイジングハートは自らの意思で起動し、更に持ち主の魔力を使って次の呪文を唱えようとしている。
[Barrier jacket, Setup, And Flier fin.]
なのははバリアジャケットを展開しながら飛んだ。
いや、レイジングハートに飛ばされたと言っても過言ではない。
事実空戦制御はレイジングハートが行っているし、なのはは初めての飛行に困惑するばかり。
どちらがデバイスでどちらが操縦者なのか分からなくなってくる光景でもある。
ユーノはこれからの事について頭を痛くしながら小さい体でなのはに飛び乗る。
ユーノ自身は既に一回の戦闘に耐え得るほどの魔力は回復しているが、不確定要素が多すぎたので温存することにした。
「えええ。どうなってるのユーノ君?!」
[No problem. My master.]
心配ないと言いながら上昇を続けるレイジングハート。
しかしそれが理解できずにややパニック気味になった少女が叫ぶ。
ふと階段沿いに上昇しているなのはが見たものは、ダークファンタジーな物語に出現しがちなモンスターだった。
狼を大きくしたような体に、眼は4つ。グロテスクな羽根が特徴的で普通の子供が見てしまったらよほど感性が狂ってない限りはトラウマとして残り続けるような外見をしている。
なのはは少し恐怖に顔を引き攣ったが、自分をごまかして戦闘に挑む。
ユーノはレイジングハートの意図が分かったのか、なのはに穏やかな声で告げる。
「大丈夫。落ち着いてレイジングハートの話を聞いてあげて。」
[I will teach you how to fight. Master.]
(マスター、今から私が貴方に戦い方を教えます。)
レイジングハートはなのはに戦い方を教えると言いながら、空戦機動を行った。
こちらに気が付いたモンスターは吼えながらなのは達に飛び掛ろうとしている。
しかしなのはの靴に生えたピンク色の光の羽は動きを急激に変えてなのはに円弧状の機動を描かせた。
初めての空戦機動で興奮状態になりながら、なのははレイジングハートを強く握り締める。
傍から見ているとユーノは涼しげな様子で肩に乗っているが、どのような方法で肩に乗ったままでいられるか不可解だ。
なのはの目の前をモンスターが勢い良く通り過ぎると、レイジングハートはなのはに指示を出す。
[Now,You can shoot it. Say "Divine Shooter".]
(今、貴方は撃つ事ができます。ディバインシューターと言ってください。)
「ええっと、"ディバインシューター"!」
[Yes. Divine Shooter.]
「なのは、弾が目の前に見える敵に向かって飛ぶイメージをしてみて!」
なのはは言われた通りにディバインシューターと唱え、目の前を通り過ぎたモンスターに真っ直ぐ飛ぶイメージを思い浮かべた。
すると自分の後ろの空間から桃色の光る弾が発射され、イメージ道理に真っ直ぐ飛んだ。
しかし馬鹿正直に直線弾道で発射された魔力弾は回避されてしまう。
「いい、なのは? 次はそれを曲げて飛ばすイメージをするんだ。」
ユーノのアドバイス通りに曲がるイメージに変えると魔力弾の軌道も同じように曲がる。
その曲がった魔力弾が見えなかったのか、そのまま飛んでいたモンスターは被弾する。
魔力弾の効果があったのか、挙動が少しずつ遅くなり、速度も失速直前になっていた。
「"チェーンバインド"、なのは。今だ!」
そのチャンスを見逃さなかったユーノは自分の周囲から緑色に光る鎖を展開する。
3本の鎖はモンスターへ縦横無尽に動き回り、逃げ場を無くす。
2本の鎖はモンスターの左右へ、1本の鎖は下へと迫る。
3方向同時攻撃に対応できなかった哀れな獲物は鎖の拘束から逃れられず、その場に留まった。
[Cannon mode, setup. You can shoot "Divine buster".]
(キャノンモードに移行。ディバインシューター発射できます。)
「うん、ディバイン、バスター!」
[Good job. Divine buster!]
チェーンバインドの着弾を確認すると素早くレイジングハートはキャノンモードに移行し、なのはは昨日の記憶を頼りにレイジングハートの先を敵へ向ける。
そして少しの間が発生し、高町なのはが持ち得る最強の攻撃魔法が放たれた。
ディバインバスター、それは得られる膨大な出力の魔力をそのまま敵に浴びせる単純明快な砲撃魔法。
ある種の才能によってでしか再現不能なそれは魔道砲としてジュエルシードへ迫る。
桃色の閃光が着弾した瞬間、敵は何もすることなく消滅した。
「副目標、消滅を確認。主よ、これ以上見てもあまり意味はないだろう。」
森の中に隠れていたハンスとルーカスはなのは達の一部始終を見ていた。
昨日とは変わって白色の少女の機動は戦術的なものになり、戦闘能力も向上したかのように見えた。
しかしその軌道は無機的なものであり、傍目から見ても彼女自身がコントロールしている訳ではない。
緑色の鎖を使う所を見ると、緑色の少年の仲間に違いない。
「ええ、例の相手の一味でもありますからね、今度こそは確保してみますよ。」
とルーカスは自身に飛行魔法を行使し、空へと上がった。ハンスもそれに続く。
ハンスの手には紫電を纏わせている一振りの剣と、バナナマガジンをグリップとトリガーの前に配置した、異形の拳銃の姿がある。
落下しているジュエルシードを封印していたなのは達に対して大男と少年が迫ろうとしていた。