ハンスとルーカス達との無益な戦闘が終わった後、なのは達は念話のチャンネルだけルーカス達と調節し、自宅へと帰っていた。
これでユーノにとって心強い仲間が増え、ジュエルシード捜索と言う目的に関してなのはを巻き込まずに済むと考えていた………のだが。
『使える戦力は全て利用する。それに一度巻き込んでしまったのなら最後まで面倒を見るべきだ。
いつこの町のどこかが戦場になるか分からない中へ放り込んで無視するのが趣味なら止めはしないが。』
と言うもっともらしいハンスの意見に逆らえなく承諾してしまった。
確かに彼の言う事も一理あり、何よりなのはのような心優しい女の子を戦場にも成りかねない場所へ放置する事になる事は避けたい。
だが、結局の所なのはを危険に晒すだけじゃないのかともハンスに返す。
なのはは魔法に関しても素人ではあるし、才能があったとしても短時間で叩き込んでも戦力にはなり難いだろう。
魔法と言えども、そこまで甘くはないはずだ。
それに対して彼はこうも言っていた。
『危険に晒す事を危惧するよりも、その危険から護る事を考えた方が有益ではないかな。
少なくとも私がお前の立場ならそうやって彼女を護るがね。
それに、戦闘に参加したとて後方に居る者に被害が出る時など我らが斃れた時よ。
そうなればこの都市のどこに居たとしても危険には違いあるまい。』
ユーノやルーカスは傍から見ても将来有望な魔導師だ。
その総合ランクはA。
ルーカスの場合は3年前に更新したものであると言っていたので実際のランクは不明だが、コデックスと言う武器を得た事や年齢と共に魔力資質も成長する事を考えれば、AAぐらいではないかとユーノは推測した。
これはエリート集団である武装隊の隊長相手でも対等に戦える事を意味している。
つまり、将来の成長によっては個人でありながら戦略兵器さながらの戦闘能力を有することになる事も同様に表していた。
しかし魔導師とはいえ人間は人間だ。訓練された特殊部隊が複数による連携を必要とするように、より訓練された魔導師にも複数による連携が必要。
特にロストロギアを封印する場合、不測の事態に備えて大量の人材を投入しなければ作戦自体がなりたたない。とルーカスから忠告された。
つまり何がいつ出てくるか分からないが故にどう戦力が損耗するか分からない。だからこそこの事件に参加するルーカスはより多くの戦力を必要とした。
それが魔法に触れて2日しか経過していないなのはであっても。
とユーノがなのはを本格的に鍛える必要がある………と方針を決定していた時、なのははユーノを抱えようとしていた。
時は既に夜中。そろそろなのはにとっては入浴の時間には違いなかったが、ユーノを抱える必要がどこにあるのだろうか。
「なのは、どうしたんだい?」
「ふぇ? 何って、ユーノ君はお風呂に入らないの?」
なのはは首をかしげ、さも当たり前の事のように話す。
しかし魔導師としてある程度の地位を確立しているが故に少年は精神的に成熟されすぎていた。
同年齢の少女と入浴する。そのような事態は本来起こりえぬ物だと思っていたし、ユーノにとってすれば混浴なんて恥ずかしくてできやしないのだ。
だが、なのはにしっかりとホールドされている状態では物理的に逃れることはできないだろう。
ともなればユーノに残された選択肢は一つ。
「ねえ、なのは。この国ではペットはお風呂に入るものなのかい?」
なのはの行動を巧みに口先だけで制止する他無かった。
お風呂についての件では「ペット?ユーノ君って人だよね?」の一言で追い詰められそのまま風呂に入れられたユーノは、
朝の着替えともども精神力を費やされた。
ユーノにとって正直な話異性と風呂に入る歳でもないし、色気などは全く無いなのはの体でも十分欲情してしまう自分の浅ましさを後悔するばかりだった。
救いが有るとすれば、フェレットの姿でいる為になのはには悟られてはいない点だろうか。
ルーカスの拠点へ避難する事も考えたが、彼らの拠点の場所などユーノが知るはずもなかった。
そこへ当のルーカスからなのは達へ念話通信が届く。
『そろそろ作戦会議を始めてもいいか?』
『あ、うん。なのはの教育方針についてかな?』
「ふぇ。わ、私の?」
[Please let me participate in the meeting.]
(私も会議に参加させてください。)
作戦会議と言っても彼らに出来ることは少なかった。
と言うよりは元より各々の戦闘における立ち位置がルーカスを除いて動かしようが無いので、その点何も言う事はなかったのだ。
ルーカスはと言うと、結界技術においては苦手ではあるものの他の魔法技術においては極めて水準以上の物を有している。
つまりルーカスは決定打は少ないものの、全ての役割をそつなくこなせる数少ない人間であった。
これは3年前に11歳にしてミッドチルダで最年少執務官試験合格記録を塗り替えたクロノ・ハラオウンのそれに類似するタイプの魔導師であり、
ユーノはこれだけの魔導師がこの町で何をしていたのか不審に思った。
『先ず訓練環境だけど、これはレイジングハートの仮想訓練を使う事にしよう。いつ発動するか分からない以上、身体能力まではどうしようもないからね。』
『そうだな。では仮想訓練プログラムはこちらに任せてくれ。スフィア相手に戦闘したとて今回必要な能力は付くはずもあるまい。何よりゲーム感覚で行えるほうが望ましい。』
[Ask for training the magic in the previous master.]
(では魔法の訓練は前のマスターにしてもらいしょう。)
こうしてなのはの訓練について本人の意思とは関係なく緻密に打ち合わせが続くのだが、
なのはは話の途中から聞いたことも無い単語が噴出しすぎたせいで頭はとうにオーバーヒートし、隣に座るユーノに助けを求めようとしていた。
だが、それも叶わずレイジングハートによって仮想訓練へと精神を飛ばされた。
[Will do better than actually listening.]
(聞くよりも実際に行うほうが良いでしょう。)
「ユーノ君、これ何?」
そこに広がるは限りなく果てしない青い空と無機質なコンクリートビルの群。
正確には巨大なコンクリートブロックと言うべきだろうか。
地面は格子状にラインが引かれた青い床、そこに聳えるは複数の遮蔽物。
レイジングハートの機能を用いてなのはの精神内に一種の訓練場が建設された。
しかもなのははパジャマ姿であったはずがバリアジャケットを身に纏い、レイジングハートを手に持っている。
「なのは、よく聞いて。この空間はレイジングハートが作り出した幻なんだ。」
瞬時に景色が変わってパニックに陥っているなのはにユーノは穏やかに説明する。
仮想訓練システムはレイジングハートに搭載されている能力である。
なのはの精神の1スペースに仮想空間を設けていて、なのはは今そこにチャンネルを合わせているということ。
しかしその動作はレイジングハートが演算しているため、実際と同じ動きに近いものになるという事実。
なのはにはある程度しか理解できなかったが、なのはにとっては「日常と平行して行える訓練」であることだという事だけははっきりと分かった。
「だいたい分かったの、でも今から何をすればいいの?」
そうなのはが言うと同時に、目の前にユーノが現れた。
その姿は愛らしいフェレットではなく、異国の装束を身に纏った少年の姿だ。
昼間の戦闘で気まずい何かがあったのか、なのはは少しばかり緊張してしまう。
フェレットの時は意識していなかったとは言え、ユーノはちゃんとした男の子であることを認識してしまった事もあるのだろう。
「まずは体を慣らす事と、簡単に実力を判定するよ。」
[Now, start simple test.]
(今、簡単なテストを開始します。)
なのはの問いにユーノとレイジングハートが応えた後、なのはの周辺に円を基調とした魔方陣が複数浮かび上がる。
それは一般的な訓練ターゲットであり、なのはの実力を測るべく展開された。
ユーノはなのはの後ろに周り、テストには参加せずに見届けようとしている。
あくまでユーノは監督役を勤める積もりなのだろう。
「先ずはこのターゲットを全て打ち抜いて。魔法は夕方復習したものを使うよ。」
[Master,Ready?]
「うんっ、高町なのは。いきます!」
少女はようやく自らの意思で飛行魔法を行使し、テストを開始した。