機体の至近で炸裂する爆風に押されガタガタ揺れる機内、兵士たちは胸に抱きかかえるそれぞれの相棒を握りしめて振動に耐えていた。
男は機内の窓から外を眺める。
目標の地点付近から、まるで歓迎の花火のように打ち上げられる対空砲火。
これが本当に歓迎のパーティーで可愛らしい踊り子が踊っているのならばいいのだが、残念ながら待っているのはむさ苦しい兵隊なのだ、自分たちと同じような。
だが、と男は頭を振って口を開く。
自分たちは海兵隊だ、そして奴らは違う・・・・・・この差は部下たちに、そして男自身に言った。
パイロットが叫ぶようにして着陸地点に着くことを知らせるのと同時に激しく揺れる、至近弾か。
ドアガンナーが激しく外へ重火器を打ち鳴らし、
ランディングゾーンを確保。
そして・・・・・・後部ドアが開く、出撃だ。
「Go!Go!Go!」
LZが確保されている今のうちに全員が外に出なければならない、排除した脅威が再び現れるのも時間の問題だからだ。
部下をたきつけて機外へ飛び出す。
一帯は敵の勢力下、逃げ出したい気持ちを抑えつつ目標への入り口を爆破、突入する。
降下地点は目標の建物の屋上、作戦内容は捕虜の救出だ。
大抵の戦いは下から攻めるより、上から攻める方が圧倒的に楽だ。
男の率いる部隊はスムーズに上の階から攻め落とす・・・・・・6階クリア、5階クリア、4階クリア。
3階目標の階だ。
パチパチと破壊された電燈が火花を散らす通路は、殺された人間の出す血液で赤く染まりつつあった。
男は
HMDの端に映る作戦経過時間を見やる、予定より僅かにだが遅い。
予想以上に目標周辺の守りが手厚かったからだろうかと思考する・・・・・・間に合うのか、とも。
だが、目標はもう目の前、この壁の向こう側だ。
「突入まで、5、4、」
目標が立てこもる部屋の外、男は自身と同じような格好の部下と共に壁に爆薬を張り付け突入準備を整えていた。
手に持つ得物は室内戦闘に向いた短銃身のケースレス弾を採用した火薬式ライフル、23世紀でも有用なそれはいまだに歩兵の一番の相棒だ。
十分なストッピングパワーと取り回しの良さ、室内の制圧戦にはこれ以上ないほど最適だ。
「3、」
室内の怒鳴り声が大きくなる。
あまり時間の猶予はないようだ。
「2、」
この部屋の反対側にも男の部下が二人、突入準備を完了させ待機している・・・・・・両側から突入し制圧だ、しかも壁から。
ドアの方ばかり警戒している目標はひとたまりもないだろう。
「1、」
得物を握りしめる。
最高の環境を用意したのだ、あとは自分の技術を信頼するしかない。
そして、
「0、
突入」
爆発音。
壁が吹き飛び、進入口が開ける。
突入。
「×○△××○ッ!?」
意識が集中し、スローモーションを掛けたビデオのようにのろのろと動く己の体と目標の体。
室内は薄暗かったが、男の装備により昼間のように明るく見えた。
目標が何かをわめいているが男の耳には入らない・・・・・・椅子に縛り付けられた人質を2人、揃いの目だし帽を被った目標は6人と確認する、彼の持つ情報の通りのようだ。
殆どの目標が慌てふためいていたが一人反応がいい奴がいた、咄嗟にナイフを抜きこちらへ振りかざしてくる。
だが、彼が男の最初の犠牲になった、頭から血をふきだしその目標は倒されてしまう。
一人、二人、三人目と男が打ち抜いた目標の数を脳内で数えたところで、パパンッというどこか抜けた音共に他の目標が崩れ落ちていた。
どうやら彼の部下達が片づけたようだ。
捕虜は敵の暴行に遭って顔が大きく膨らんでいたが、命があっただけ十分すぎるほどだ。
捕虜を支え、追いすがる敵を撃退して再び屋上へ戻ってきた機に飛び込む。
映画とは違う、絶大な航空支援のお陰で機体は撃墜されることなく、大空へ舞い上がった・・・・・・そこで、男の視界が切り替わり殺風景な大きな部屋へと変わる。
ガランと広がる体育館ほどの空間が広がり、持っている銃は重さと取り回しを可能な限り再現された張りぼてのようなものである。
そう、今までの戦闘は全て仮想空間内の物だったのだ。
これは民間で出回っている仮想シミュレータよりも、高精度に再現する大規模なヴァーチャルトレーニングルームだ。
「お疲れ様です、少佐殿。100点中90点、十分好成績ですよ」
男は装甲服のHMDを外し、短く刈りそろえた髪の汗を拭う。
インナースーツの内側を流れる脂汗を気持ち悪く感じながら、苦々しげな表情で自信の訓練成績を眺める。
誤射は無し、あとは時間で減点と言ったところだった。
「お世辞はよせよ、先代はもっと上なんだろ?」
「あはは・・・・・・先代は別です、あれは人外言うんですよ?さ、上がってください。これ以上は精神汚染が危険域に突入しますよ」
「了解。ところで、先代はどれぐらいやったんだろうな、コイツ」
「あまりやりたくはない、とだけ」
「先代もやっぱり人間か、安心したよ。よし、野郎ども喜べ。今日は終わりらしいぞ」
ヴァーチャル空間での戦闘訓練、ある種の催眠状態を利用して再現したこの訓練はまるでリアルよりもリアルで本当に人を殺したかのような感覚、あるいは自分が死ぬような感覚まで持たせてしまう。
男も、そしてその部下や同僚に上司(結果はともかく)苦手としていた。
だが、彼らはそれを黙々と毎日幾度となくこなす(もちろん限度は決まっているが)。
それが仕事であり義務であり・・・・・・誇りでもあるからである。
「あ、そうそう。少佐殿、朗報ですよ」
そんな強靭な体と精神を持つ彼らも、時として休養が必要なことがある・・・・・・こんな訓練ばかりしていては、どちらも参ってしまうからだ。
統合軍所属アメリカ海兵隊
武装偵察部隊の一員たる彼・・・・・・『マリンコ中尉』こと、アラン・マーレイ少佐も例外ではなかった。
「貴方の休暇届が受理されたんですよ、一週間ほどですが・・・・・・で、どんなズルを使ったんですか、少佐殿?」
ヴァーチャルトレーニングルームの管理者である中尉の女性は、自分たちは休みが無いのにとでも言いたげな目で睨めつけながら言う。
・・・・・・そう、アランとて休暇は必要だが、彼は少々休みを取りすぎなクチがある。
それも彼自身の広い伝手で、自由自在にだ。
予算不足人員不足と毎日戦っている彼女のような存在には、恨まれるのも当然だろう。
「なに、古い伝手を頼っただけさね」
「また、例の友人ていう奴ですか・・・・・・しかも軍の飛行機に便乗するようですね?金が無いわけじゃないでしょうに、ケチな真似をするんですね少佐?」
「たまたま目的地を燃料補給で立ち寄るから便乗させてもらうだけさっと」
彼女のジト目を手で避けながら、アランが予てから申請してあった休暇届が受理された事を素直に喜び、鼻歌を歌いながら手帳のカレンダーに取れた休暇の日付を書き込む。
そして、その休暇時に行く場所も。
「それで、今度はどこへ?」
これは純粋に興味本位か、とアランは考えたが彼女の眼の奥には強い光があった。
ああ、これはと彼は思った。
ケチった旅費は彼女への土産へと変貌するのだろうな、と。
苦笑しながら彼は行き先を彼女へ伝える。
「ネオ・ヴェネチアさ」
彼の目的は、訓練とは違った平和なヴァーチャル空間で出会った、ある一人の強い心の少女に会うためだった。
第二話 『23世紀の海兵さん ~前編~ 』
片腕のウンディーネと水の星の守り人達 第二章 『ある一日の記録』
「走れっ!海岸線を突破して崖に取り付くんだっ!」
「Move!Move!Move!」
「何人陸に上がれたっ!?戦車は!?クソッタレ、第一波は失敗だぞ畜生!」
「衛生兵ッ!どこだッ!?」
無数に辺りに木霊する銃声、近くで遠くで鳴り響く鉄のドラム、右へ左へ行きかう銃火。
ここは戦場だ。
血飛沫をたて倒れる壮年の兵士。
呆然と失った腕を探して彷徨う負傷兵は数瞬のうちに周りに蹲る骸と化した。
若い兵士が大声で泣きわめきながら呼ぶ名前は母か恋人か妻か。
浜辺は無数の戦死者で埋まり切り、打ち寄せる波はどこまでも赤く染まっていた。
ついさっきまで上陸艇で『海岸で会おう』と笑いあった配属以来の戦友は既にあの中だ。
僕は友軍の死体を乗り越え踏みしめ、ビニールで包まれた僕の身を守りそして敵を同じ人間を殺すための銃を抱いて、必死で駆ける。
あの物言わぬ骸の一つに自分もならないように・・・・・・・・・・・・
「って、何見ているんですか?随分物騒な映画のようですけど」
「何って、20世紀ごろの大戦争を舞台にした戦争ものの映画?なかなかに興味深い内容で面白い?」
ネオヴェネチアはもうすぐ夏。
だんだん春秋用の衣服じゃ暑くなってきました、そろそろ衣替しないといけませんね。
そんなある日のことです、シエロを連れていつもの練習コース―――まだだいぶシエロに頼ってますが、なんとか水ポチャは無くなりました―――を巡ってきて昼ごろに帰ってくるとアリソンが何やらドンパチうるさい映画を見ていました。
なんとなく見れば若い青年が、黒々と曇った水の雨の代わりに銃火の雨が降る浜辺に上陸している所でした。
敵の銃火で倒れ死んでいく兵士たち、なんだか映画とはいえこうもバタバタ死んでいくと無常を感じます。
「少々意外でした、アリソンがそんな興味を持っていただなんて」
「ん?私も戦争は嫌い?」
「なら、なぜです?」
「銃器ってのも、ある意味完成されたデザインだからある程度興味がある?」
なるほど、確かに彼女の定義でいう所の理想のに近くはありますね、遠くの敵を撃つため人間が『狙う』という動作の必要な銃火器は。
「むぅ、それでも余りいい気分じゃないですよ・・・・・・特にわたしは」
「!!ごっ、ごめんなさい!すぐに消すっ!」
珍しくはっきりとしたイントネーションで言って、慌てて映画を消そうとするアリソンを手で止める。
確かに苦悶の顔をして兵士が倒れるシーンを見ると、わたしはあの瞬間を思い出しそうになってしまいそうになりますが、今わたしが渋い顔をしているのは・・・・・・やっぱり戦争のワンシーンだからでしょうか?
このおよそ百年、つまり一世紀ほどの間このような大規模戦は・・・・・・いや映画の舞台である世界中を巻き込んだ大戦はあの戦いからは起きてはいないから、どうしても特別異質に見えるのですよ。
「う~ん、でもアッリちゃん・・・・・・」
「いいえ、大丈夫ですよ?まだ見ていても」
アリソンに大丈夫だと言ってその映画を見続け、最後まで見届ける。
この物語には奇抜な展開は見受けられず、王道的な展開が続いていきましたが飽きが来させないような造りでよくできた良作だなという印象を抱きました。
映画を見ると何となくわたしはいつもエンドクレジットロールまで見届けますが、この映画もそのように最後まで見ることにした。
何でかいろいろ面白いんですよ、クレジットも。
時々変な名前も見つけられるし。
そして、ふと、そのエンドクレジットロールに気になる文字列を見つける。
撮影協力:アメリカ合衆国海兵隊、USMCと。
わたし達の住む23世紀現在の世界は緩やかに統合された連邦政府の下、かつての国家区分や民族、宗教区分で自治を行っています。
その中でかつてアメリカ合衆国と呼ばれた国はアメリカエリアとして存在しています(ちなみにイタリアはイタリアエリア、日本はジャパンエリアです)。
エリアは国に近いものの国ではない自治体です。
つまり国としては無いはずなのに、かつての国の軍隊の呼び名のまま表示されていたので気になったのです。
「アリソン、まだ各国の軍隊ってあるんですか?」
「んー、名称だけ?今は全部統合軍扱い?だけれど、まだ組織自体は存在している所も結構多い?」
「へぇ~、そうなんですか・・・・・・少し意外です」
「ん?」
「だって、もう100年は、大規模戦争なんて3世紀近く起きていないのに、そういった軍隊組織がまだ数多く残ってるのが不思議に感じるのですよ」
「・・・・・・確かに戦争は、もはや映画やゲームの中、画面の向こう側の出来事でしょって笑って済ませれるとても平和な時代だけれど・・・・・・そう、コーストガードのように警備や人命救助色々な役目だって存在する?」
それっきりで話題は終わりとばかりにパンっと手を叩いて彼女はそう言うと、映画を消して昼ご飯の支度をするためにキッチンへ向かった。
横目でそれを眺めながら、わたしはふと思う。
軍隊は戦うために存在するのだ、わたしが目指すウンディーネのように平和な時が最も評価される存在ではない。
では・・・・・・今のような時代に軍隊に所属する兵隊は、どんな気持ちで日々を過ごしているのだろうか、と。
そして、あの映画を見てから、一週間がたった今日。
わたしはアリソンの客人を迎えるために、マルコ・ポーロ国際宇宙港の正面出入り口に来ていた。
「普段見ない格好で来るから一目で分かるって、アリソンは言っていたけど・・・・・・ふぅむ、普段みない恰好の人と言われましてもねぇ」
さっきその客人が乗っているらしい便が空港に下りるのが見えましたので、そろそろ出てくるはずなんですが。
チラホラとその便でやって来たと思われる乗客が出てくる、彼らは各々のリアクションでネオ・ヴェネチアへの第一歩を踏み出していた。
空に浮かぶ浮島、水面を行き交うゴンドラに目を奪われ言葉を失う者。
歓声を上げながらカメラで手当たり次第取り出す者。
ネオ・ヴェネチアで何か商談でもあるのか、スーツを着た少し太ったその人は何処かへ連絡をしだす。
そんな彼らを出迎える風の乾き具合が、夏がもうすぐ訪れることをそれとなく伝えていた。
「なんだか一日ぼーっとしていたい日なのですよ・・・・・・」
≪・・・・・・アッリの気持ちも大変良く分かるのだが、寝るなよ?見過ごしてしまってはダメなんだからな≫
「分かってますですよ、シエロ。変な格好ならすぐに気づくでしょう?」
空を見上げながら、聞こえてきた声に小さな声で返事をする。
『シエロ・オキオ』、その声はわたしのサポートをしてくれるAIのものである。
人工知能の作った声なのだがここ一月ばかりわたしと一緒に過ごしただけで、嫌味や叱咤などの声色も作れるようになってきていて、普段の声も妙に淑やかになって来ていて耳の心地がいい。
「普段見ない格好ってどんな格好なんでしょうねぇ・・・・・・変な格好ということなんでしょうか?」
≪私に聞かれてもな。どれ一つマルコ・ポーロ宇宙港の監視網にハックして中を覗いてみようか?≫
「それ、犯罪なのですよ」
≪冗談だ、本気にしないでくれよ?人間の君が≫
「当たり前です、わたしだって冗談ですよ」
・・・・・・なんだか、冗談を言ったりすることもやたら多くなってきた気がするのですけどね。
まだシエロが『リップル』だった、最初に出会った時も相性がいいような気がしていたのですが、それはボケとツッコミ的な相性の良さだったのだろうかと疑いたくなる。
ちなみにボケはシエロでわたしはツッコミです、AIの方がボケるとはこれ如何に?
「それにしても遅いですねぇ・・・・・・そろそろ30分経過しますよ?」
≪そうだな。入星手続きに時間でも奪われているのでは?≫
「本当に審査官の目に留まるような変な格好で今頃別室呼び出しとか、されてないですかね。だったら話のネタになりそうで面白そうなんですが」
≪アッリ、君はひどいことを言うんだな。精々、どんな用で来たのかを聞かれるぐらいだろう・・・・・・観光ですかと聞かれたのに、戦争をしに来たと言ってなければ≫
「?」
シエロがよく分からないことを言う、なんで観光しに来たかと聞かれて戦争するために来たと答えるのでしょうか。
テロリストだとしたら、とんだおバカなテロリストですね。
けれども、別室呼び出しは何だか本当な気がしてきたのです。
ボケッと待っているの吝かでは無いんですが、アリソンが歓迎の料理を作ったらしいので早めに連れて帰りたいのですよ。
再び空を何とはなしに見上げる、降り注ぐ陽光がまぶしいけれどまだ照りつけるような暑さは無いのが救いか。
だが、その太陽が何かによって急に遮られる。
雲ではない・・・・・・小型の宇宙船だ。
逆光で暗く見えるそれは、
太陽系航宙社の持つ舟より丸みが少なく、主に直線で構成された細長い武骨な形状だった。
シエロが『ASC-130V』大気圏・宙間両用輸送機の改修機で要人輸送用の機体なのだと説明してくれた。
つまりは軍、あれはマンホームに拠点を置く統合軍の物だという。
軍用にしては明るい色遣いのそれは、要人輸送機と言われれば納得できる。
≪そう言えば、今日は統合軍の機がここへ立ち寄ると朝のネオ・ヴェネチアンネットニュースに事前通告があったな≫
「そうでしたっけ?」
≪なに、記事は端っこにちょっとだけだった。知らないのも道理だろう≫
シエロになんでここへ来たのか聞いてみると、要人機の燃料補給のためらしい。
この機はマンホームから帰ってきて原隊に戻る途中だそうです。
空港の業務に支障をきたさないためか、それとも要人機それ自体の護衛の問題の為かはわからないが、輸送機はすぐにネオ・ヴェネチアの空へ再び舞い上がっていった。
すぐに加速をして空の彼方へ消えて行ってしまう、旅客機の持つ優美さとはまた違った機能美を持った輸送機だったと今にして思う。
写真でも撮っておくべきだったでしょうか、珍しそうだし。
気持ちのいい風が吹いていて、なんとなくこのまま待ち続けていても損は無いんじゃないかと思い出す。
あふぅと欠伸をする。
このままだと寝てしまうかもしれませんねぇ・・・・・・。
だが、私が寝てしまう程待つ必要は無かった。
≪おや、あれは?≫
「ん、どうしたのですかシエロ?」
≪アレがそうじゃないのか?≫
「んー・・・・・・うわっ!?」
マルコ・ポーロ国際宇宙港の出入り口から一人の壮年の黒人男性が現れたのだ。
ただ、彼は異質だった。
まず青いのだ。
まるで深海の色をそのまま移し染めたような青い上下の制服を着ていた。
そして厳つい肩に、純白の制帽と思われる帽子に武骨なアタッシュケース、極めつけはその黒い肌にきらりと光るサングラス・・・・・・そう、一週間前にアリソンと見た映画に出てきた海兵隊の制服姿にそっくりの男性だった。
普通では見られない格好をしたこの男性が間違いなく客人だと、わたしは絶対の自信を持って言える。
誰かを探すようにサングラスを光らせ首を振るその男に声をかけるのは勇気がいることでしたが、わたしは手を振って彼の名前を呼ぶ。
「マーレイさーん、アラン・マーレイさん!こっちなのですよー!」
入り口から結構離れた運河の桟橋に止めた舟から叫んだので、聞こえているか少々不安だったのですが、どうやら無事に聞こえたようでこちらへ歩いてくる。
その姿は堂々とし背筋が伸びた綺麗な物で、惚れ惚れするような見事な歩きを見せる。
だんだん暑くなってきた季節で、しかも冷房の効いた宇宙港から出てきたから温度差もあって普通なら汗をかくぐらいはするだろうに、彼は全く汗をかかず涼しげな顔で桟橋から舟へ飛び乗った。
「ようこそネオ・ヴェネチアへ、です。マーレイさん」
舟に飛び乗った時に、船が結構揺れたのに彼は殆ど体をぶれさせることなく座り込んだのですが、彼は超人だったりするのでしょうか?
わたしは舟に捕まっていないといけなかったのに。
それにしても制服姿を遠くから見ていた影響か、先ほどは凄く凛々しく見えたのですが、すぐそばまで近くなってよく見てみると、まるで少年のように若々しい。
彼はアタッシュケースを放り出して、気の抜けたように笑ってくつろぎだす。
「お迎えありがとさんだ。すまんな、少し遅れちまって」
「いえ、気持ちのいい日なので待つのは別に良かったですよ?今日は風が心地よかったので、ひょっとしたらそのまま寝てしまったかもしれないですけどね」
「俺はせっかちでなぁ、40年と少し生きてきたが待つことでそう思ったことは一度として無い!」
「・・・・・・あの。女性の方にそれで嫌われたことは?」
「数え切れん・・・・・・」
わたしの指摘に明るい太陽のように笑う顔が、急に曇ってしょぼんとした顔つきになる。
まさに急転直下、表情があまりに一気に変わりすぎて、なんだか漫画のように見えて少しおかしかった。
きっと感情表現の豊かな方なのだろうと思う、だから若く少年のようにも見えたのではないだろうか?
≪失礼、アラン・マーレイさん。貴方の制服はもしかしなくてもブルードレスでは?≫
「うわっ、いきなり投影機能を勝手に使わないでくださいシエロ!ビックリするじゃないですか!?」
「おお、これがあの噂の・・・・・・ふむふむ」
急にシエロが自身の外部投影機能を作動させてわたしの前に現れる。
投影装置を積む髪飾りが頭の右側にあるので、投影可能な位置がどうしても限られるために若干急に私の目の前に現れる感じになるのだ。
いきなりシエロ側から作動させられると、いきなり飛び出すので驚いてしまうんですよ。
マーレイさんは興味深そうに顎を撫でながら、シエロを眺める。
「本当にまるで人間みたいな反応をするんだな、感心というかなんというか・・・・・・」
≪伊達に疑似的な感情を持っているわけではないさ。で、話を戻すがブルードレスと呼ばれる制服を使っているのは・・・・・・≫
「ふむ・・・・・・だが、俺の制服の正体をばらすのは後でな」
≪!むぐぅ・・・・・・≫
ホログラムのシエロの口を塞ぐように手を置くマーレイさん。
シエロも空気を呼んだのか、何もしゃべらなくなる・・・・・・空気を読むなんて流石ですね、わたしはシエロの言おうとしたことの続きが気になるんですけど。
マーレイさんはシエロの反応に気をよくしたのか、大口を開けて笑う。
「むぅ、シエロも続きを言ってくれればいいのに。ま、いいです。余り人の服には興味はありませんしね」
ガクッとズッコケてマーレイさんは苦笑いする、結構気合入れて着込んだ服なのにそれは無いよとか言いながら。
待つ事を億劫に感じる男に、気合の入った服について評価すると言ったような気遣いなど不要なのですよ。
「ところで、どうして遅れたんですか?あと、一応聞いておきますけど、ブルードレスってなんです?コスプレ?」
入星手続きが遅れたのか、はたまた彼の服装に問題があってそれで遅れたのか少し気になったのだ。
「コスプレは無いだろ、おい・・・・・・さっき軍の輸送機が降りてきたの見えなかったか?」
先ほどのあの要人輸送機の事でしょうか?
「はい、見えましたけど。それが何か?」
「あれがたまたまこの付近を通るってんで、便乗させてもらったんだが・・・・・・入星手続なんぞ久しぶりだったうえに、こんな風に来たのも初めてだったから手間取っちまったんだ。それでな」
「あれに乗っていたんですか!?」
「アリソンから聞いてなかったのか?ま、その方が面白言っちゃ面白いだろうな。オーバー?」
不思議そうに言うマーレイさんでしたが、途中からニヤリと少年のように笑う。
ころころ変わるその表情は見ていて飽きなさそうです。
でも、その表情になにやらデジャヴを感じる・・・・・・そうアルヴァンさんとアンバーさんに出会った時にしていた表情のような。
そして、語尾にオーバーを付けるこの口調は。
「面と向かい合っては初めてだよな?『マリンコ中尉』こと、アメリカ合衆国海兵隊
武装偵察部隊所属のアラン・マーレイ少佐だ、よろしくな!」
「本当に兵隊さん!?」
「おうよ!というわけで、これから3、4日よろしく頼むわ!」
彼の顔を照らす太陽のように朗らかに笑う、もう中年なのにまるで少年のような彼。
そう、彼もまた、あの仮想空間で共に過ごした一員だったのだ。
そして彼が、アラン・マーレイが、わたしが初めて出会った23世紀に生きる日陰、非日常の存在・・・・・・兵隊さんとなったのだ。
「で、アンタかい?『Alison』ってのはよ?」
「うん、そうだけど?」
バチバチ火花を視線の間で散らす両者、まるで竜虎相対すとでも言った雰囲気を彼らは醸し出していた。
二人の間になにかあったというのでしょうか?
痴情の縺れ・・・・・・は、あり得ない。
アリソンには自身の学生時代からつかず離れずな恋人がいて、彼女が浮気などするはずもないのだ・・・・・・丸一日かけてウンザリするほど惚気話を聞かされましたから、まず間違いない。
では、一体全体何事だろうか?
「海兵隊は体が資本、ウンディーネだって変らんはずだ。機械の力に頼るなどもっての外だろうが」
「ん?海兵さんだって、機械には頼るでしょ?それと同じ?」
「確かにそうだが、最後に頼るのは己の体であり精神だ。するならば、技量の回復に機械を使わせるより、まずは肉体を苛めあげ、鋼の心を鍛えさせるべきだと思うがな」
「あら?海兵さんはアッリちゃんを兵隊にでもするつもり?」
「そうは言っていない。ただな、このままあのナントカ言うオールを使わせたところで入社試験に合格できるのかってことだ」
「私のオールがゴンドラ教会に認められないと考えているから?それとも、あのオールを使って私が貴方に勝ったのが悔しいから言っている?」
「前者はともかく、後者は違う!」
「まぁまぁまぁ、二人とも落ち着いてくださいよ・・・・・・特にマーレイさん。兵隊さんが怒ったら誰も手付けられませんよ?」
二人の距離がだんだんと近づいて、マーレイさんの腕の射程範囲にアリソンが踏み込んでいきそうだったので、間に割って入る。
でもアリソンはともかく、ガタイのいいマーレイさんを押しのけようと手で押そうと思っても、全く動じません。
まるで分厚い柱を押している感じのようだった。
流石は海兵隊員ですね、映画や小説に聞く立派な軍人通りの体つきです。
って、感心してないで、まずは全力で剣呑な雰囲気を発しているマーレイさんをアリソンから離さないと。
いや逆の方がいいですね。
アリソンをマーレイさんから引き離す。
マーレイさんに背中を見せながらアリソンを押すのはなんだかすごく怖くて勇気のいることでしたが、何とかできてホッとする。
頑張ったのです、わたし!
「全く、アリソンもマーレイさんも何が原因でヒートアップしているんですか?」
「うーむ、なんというか・・・・・・今の君の指導方法に関してだ」
「はぁ?」
「海兵さんはアッリちゃんがこのままオートフラップオールだけを使って練習するのに懸念があるそう?」
オートフラップオールは優秀ではあるが、ゴンドラ協会には認められていないオールなのだ。
ウンディーネ業務に使うと違法となり、良くて除名、悪ければ警察の御用である。
よって、わたしは通常のオールでもってオレンジぷらねっとの入社試験を受けねばならない。
それなのに、わたしが今そのオールで漕げるようになったとして、入社試験に合格できるのかとマーレイさんは心配していて、たとえ時間がかかっても、通常のオールで何度も練習をするとともに、左腕の問題をカバーできる程度まで基礎体力及び運動能力の強化に時間を当てるべきじゃないのかと彼は言うのだ。
逆にアリソンはオートフラップオールで練習して、まずはわたしの漕ぎ方の感を取り戻すと同時に自信を付けさせてからの方が効率はいいのではと考えているのだ。
どちらの意見も重要で参考になる意見ですので、どちらに着くこともできませんね。
「わたしの練習法は、わたしが決めますとだけ言わせてもらいますよ?それにシエロと一緒に練習していくって決めた以上は、オートフラップオールは手放せないですし」
「ふふ、勝った?」
「ぐぬぬ・・・・・・」
「いや、勝った負けたじゃなくてですよ?マーレイさんの言うことも一理ありますし、もし海兵隊仕込みの訓練法があるならぜひ聞きたいですね」
「ほら見ろ」
「くぅ・・・・・・」
「いや、ですから」
まるで子供のように、わたしの言葉に一喜一憂するマーレイさんとアリソン。
遠慮なく舌戦を繰り広げるさまは古い付き合いでなじみのある友人のようですが、アリソンによれば、アリソンとマーレイさんはわたしと彼のように現実では初対面なのだそうだ。
初対面の男の人を家に上げ、あろうことかそのまま泊めさせるというのはどういう了見なのだろうかと思うのですが、マーレイさんも軍人として、何より男として不埒な真似はしないと宣言している。
その点を信じるとして、どちらにせよこれから3、4日ほどは同じ屋根の下同じ釜の飯を食う仲になるわけなのですが・・・・・・。
「だから、俺は思うわけだ・・・・・・」
「いや、それは違う?なにより・・・・・・」
「二人ともお願いですからわたしの話を・・・・・・」
・・・・・・はぁ。
なんだか、色々と騒々しい週になりそうですね。