裏口の方へサイトたちが向かったことを確認すると、タバサとキュルケは作戦を実行に移す。
比較的軽装の傭兵たちは後ろに構え、弓を打ってけん制している。
それに合わせるように鉄や銅などの複合金属で出来た鎧をまとった重装備の傭兵がこちらの距離を詰めて攻め込もうとしていた。
重装備の傭兵は剣や斧などをもって、魔法を警戒しながらゆっくりと進んでいく。
その中には大きめな盾までもっている兵士もいる。
下手な魔法も1~2撃程であれば耐えれそうである。
しっかりとした手がたい布陣である。
タバサは、その傭兵軍団を迎え撃つようにしてテーブルの盾に身を隠しながらすらすらと呪文を詠唱する。
唱えたのは風の基本魔法で射られた矢も失速させるくらいの強さをもっている。
それでも重装備の傭兵からしてみれば、かなり進みにくくなるが痛みもなくむしろ心地いいくらいであった。
タバサの呪文は風の刃や不可視の槌のように殺傷能力はないものの敵全体に効果を及ぼしている。
敵も数に物をいわせてきているので、風の刃等では一方を攻撃している間にもう一方に攻め込まれてしまうので、うかつに範囲の狭い魔法を使うことは出来なかった
「おいおい、嬢ちゃんたち、気持ちのいい風で歓迎でもしてくれるつもりかあ。
大人しくしてりゃ、おれたちもお礼に気持ちのいい歓迎をしてやってもいいがな、なあ?」
ぎゃはは、と下品な笑い声が響く。
メイジといえど女子供が二人だけどあって、完全に勝ち戦のつもりだ。
キュルケはつまらなそうに立ち上がり、優雅に髪をかきあげる。
「あら、あなたたちじゃとても満足できそうにありませんけど、
それでも構わないというのであれば、この微熱のキュルケが謹んでお相手つかまつりますわ」
キュルケは魅惑的な褐色の肌をさらし杖を構えた、両腕を前のほうで組んでいるので胸が押しあがっている。
ヒューと傭兵どもから口笛が鳴った。
「ありゃかなりの上玉じゃねえか、面白みのねえ依頼だと思ったが存外楽しめそうだ」
じりじりと傭兵どもが近づいてくる。近づくほど風が強くなるが進めない程ではない。
キュルケは色気たっぷりの仕草で呪文を詠唱し杖を振るう。
「でへへ、おれなんか興奮で体の芯から熱くなってきちまったよ」
「お前もか?本当に熱くなってっ………て状態じゃねえぞ」
見ると周りも同じような状態で、酷いものだと呻き声をあげてる者もいる。
比較的後ろにいたからよかったものの、殆どの傭兵が武器を持つことが出来ず地面に落としている。
前のほうの傭兵たちは、肉が焦げるような臭いとともにのたうちまわっていた。
お陰でさらに進むことも難しくなっている。まるで地獄絵図だ。
すると、恵みの雨とでもいうようにかポツポツと水滴が飛んでくる。
「雨…?でもここ室内じゃ…」
本当に雨であれば熱も下がるところだが、攻め込んで室内にいるここで雨が降るわけもなかった。
鼻をさすような匂いにこれが恵みの雨じゃないことに気がつき顔を青ざめる。
「あ、油だぁああ!!!!」
撤退しようにも鎧が熱くて上手くいかない、鎧もすぐにはぎ取れるわけなく成すすべがない。
軽装備の傭兵にまで油が届いたかと思うと、キュルケから発火の魔法が詠唱された。
風の防壁にまぎれていた油に引火し、またたく間に炎が広がっていく。
後方支援していた傭兵の装備は燃えやすく、どうにか火を消しながら逃げ惑っている
もはや連携して攻撃など出来るわけがなく、ただただ蜘蛛の子を散らすように逃げるばかりだ。
前方まで攻めていた傭兵たちで逃げれた者はいない。みな鎧の中でローストされたようになっている。
「それにしても、えげつない作戦ね…」
キュルケは若干冷や汗をかいている。タバサもこくりと頷いた。
タバサもキュルケもトライアングルのメイジなので技の威力は強い。
それでも今回しようした魔法は系統の中でも初歩の初歩。人を殺すほどの威力はないはずだった。
タバサは最初風の魔法で敵の動きを遅くし、それをキュルケが火の魔法で温める。
さしずめ殺人ドライヤーといったところだろうか?
しっかり装備された鎧は銅や鉄を混ぜた質の悪い合金で出来ているが熱が伝わりやすい。
そして皮膚に密着しているため熱された鎧に肌が焼けただれ、機動力を奪っていく。
追い打ちで油を少量ずつ混ぜた風が全体にいきわたると同時に発火で火をつける。
制限が多い限定的な作戦だが、今回は上手くはまり最大効率で戦果をあげたようだ。
「ほう、上手いな」
巨大ゴーレムのうえで偽フーケは感嘆の声をあげた。
「まあ平民どもに初めから期待はしてないさ、戦力を分担できただけ御の字といったところだな
あれだけの使い手がいれば、今後の作戦も少々厄介になっただろうからな」
白い仮面の男は冷静に言うのを聞き、偽フーケは呆れたように確認する。
「それよりいいのか?追わなくて。もう一方もまるで疾風のように素早い行動じゃないか」
「分かっている。あとは煮るなり焼くなり好きにしろ。
それほどのゴーレムを錬金できるのならあとは任せられるな、合流は例の酒場で」
男はひらりとゴーレムの肩から飛び降りると暗闇に消えた。
風のように柔らかく、それでいてひやっとするような動きだった。
完全に仮面の男が見えなくなると、虚勢の仮面を脱ぎ棄て偽フーケはようやく安堵の息をつき呟いた。
「ふぅ、ようやくいったか。
このゴーレムの秘密、今奴に知られるわけにはいかないからな」
もちろん例の酒場になんかいくつもりはゼロである。
タバサとキュルケは、完全に傭兵たちがいなくなるのを見ると入口から外に向かって飛び出した。
前方には偽フーケが作ったゴーレムがゆっくりと歩いてきている。
その大きさは、魔法学院を襲撃したゴーレムよりも巨大だった。
キュルケは慌てたようにタバサに確認する。
「サイトから何か作戦は?」
タバサはふるふると首を振る。
「聞いてない」
「ど、どうするのよ、これ。この前よりずっと大きいじゃない」
「前と同じ作戦は無理」
タバサの言うことは最もだった。
ここラ・ロシェールは岩場が多く、ぬかるみをつくるに十分な土が足りなかった。
「くっ、万事休すじゃないのお」
巨大なゴーレムが近づいてくる威圧感に二人は慌てる。
攻撃をするわけでもないのにただずしりずしりと近づいてくるだけで効果は絶大だ。
先ほど油を使いきってしまったしギーシュがいないので大容量の炎も作れない。
「なにか変」
タバサが何かを感じ取っている。
「前と違う」
「前と違って大きいわね」
キュルケが頷きながら答える。タバサは首を振りながら答える。
「攻撃してこない」
たしかに、拳を振るうなり腕を廻すなり岩を飛ばすなり方法があるはずだ。
もちろん前だって、大いに暴れていたのだ。
それなのに思い返してみればこのゴーレムったら歩くだけしかしていないのである。
あまりの大きさに怖がっていたがおかしすぎる。
「ちょっと攻撃してみよっか?」
こくりとタバサが頷くと鋭い氷の槍を作り、キュルケも炎の玉を作る。
「えいっ!」
気の抜けるような声で二人は魔法を放つ、ゴーレムは魔法をもろともせず跳ね返……したりしなかった
「え!?効いた?」
キュルケは間の抜けた声をあげる。
「あっやばっ!」
それを見た偽フーケはガンダールヴ並みの速さで一目散に逃げ出した。
あまりの素早さと巨大ゴーレムの状態に驚き追うことが出来なかった。
巨大ゴーレムは魔法をくらった部分に見事な風穴をあけて青空を覗かせている。
「わたしたちの魔法ってこんなに強力だったかしら」
「違う」
タバサが指差す所をみるとキュルケは大きな声で笑い出した。
「なにこれ、くふふっ、こんなゴーレム、ふふっ、みたことないわ、あははは」
タバサも堪え切れないのか小刻みに震えて笑っている。
なんと巨大ゴーレムの中身は空洞で外郭は薄く中はすかすかだった。まるで張り子の虎のようである。
しかも偽フーケが支える術を止めたため、自重に耐えきれずぐしゃりと崩れてしまった。
まったく攻撃できないわけがである。
まあ偽フーケはラインメイジなのでそもそもこれほど巨大なゴーレムを作ることができるはずがない。
フーケだと勘違いされた所以の苦肉の策だった。見事にワルドは騙されたようだが……。
偽フーケがラインメイジだということを知ってるのは本人とサイトだけだし、
今回の偽フーケは初めてだったのでこう展開が変わるとは知らなかったが、終わりよければ全てよしである。
キュルケとタバサが笑い転げているころ、桟橋へとサイト達は走った。
長い長い階段を上がると丘の上に出た。巨大な樹が四方八方に枝を広げている。
その枝の先のほうに巨大な木の実のようにぶら下がっているのが目的の空を飛ぶ船なのだ。
樹の根元に近づき目当てのプレートを見つけると一行はかけ上がり始めた。
木でできた階段は一段ごとにしなる。手すりが付いているものの、ぼろくて心もとない。
途中の踊り場で、後ろから追いすがる足音にワルドは気がついてにやりと笑った。
サイトが振り向くとワルドの頭上を飛び越し白い仮面の男が現れるところだった。
ワルドはじりじりと距離を詰めつつも攻撃しない。
サイトはルイズをおろし剣を構えた。ギーシュはルイズを護る様に杖を構えている。
「使い魔くん、挟み撃ちだ!どちらか一方を攻撃する隙をつくぞ」
もちろんワルドに攻撃が来るわけもなく、サイトを攻撃させたいので呪文を唱えるのを律儀に待っている。
サイトはデルフリンガー(未覚醒)の魔法軽減と魔法抵抗の装備である程度対策をしているがそれでもダメージを覚悟した。
白い仮面の男は腰から黒塗りの杖を引き抜き魔法の詠唱を始めた。
男の頭上の空気が冷え始める。
サイトは牽制とばかりにナイフを一本投げたが、上空へ飛びなんなく一撃をかわした。
「ファイヤーボール!」
そこへ鈴の音を鳴らすような凛とした声が響く。
ルイズが杖を振るってよけた先に魔法を詠唱していた。
仮面の男は避けるのが間に合わぬと感じると風の壁を作ろうとして失敗した。
予告もなしに手元が爆発したため杖を落とし階段から落ちて行ったのだった。
「なっ…」
ワルドは火の玉であればどさくさに紛れて風でかきけそうとしていた所を、
ルイズが目を合わせた座標がいきなり爆発するのをみて驚愕した。
「また、失敗しちゃったわね」
なんていいながら照れているルイズの頭をサイトはなでなでと撫でながら褒める。
「流石ルイズの魔法だな、本当に助かった。
ワルド子爵がしんがりを務めてたから安心しすぎていたよ、
こうも簡単に襲われるとは思わなかったんだ」
油断はしてなかったが、まさかここまで露骨に手を抜くとは思わなかった。
前はワルドも形なりにも応戦していたのに……なので、しっかり嫌味を言うのも忘れない。
そしてまたルイズを抱き上げる、ルイズも嬉しそうに首に手をまわした。
柔らかな重みを堪能しつつ、目的地に向かって駈け出して行った。
ワルドは不憫にも本当にいいところが一つもなかった。
そして無事火の秘薬という餌を積んだ商船は、なんの問題もなく四人を乗せラ・ロシェールから出航した。