ロンディニウムの街を見渡せる場所に、鬱蒼とした感じの森がある。
その中でも、ひときわ背の高い木の上に一人の男がいる、ウェールズその人だった。
苦汁辛酸をなめ、逃げ出したあの日、誓って王座を街を取り戻すと決めた日。
あの日から、頭を下げ泥水をすすり、兵をそろえてきた。
貴族派を快く思わぬ派閥もようやく事の重大さに気がつき重い腰を上げた。
日和見でどっちつかず、しかも王党派寄りだった貴族達はもう王党派につくしかなかった。
不気味なのは、今まで中立派だった貴族が、貴族派をのきなみ指示し始めたことだった。
「して、パリーよ。その話確かなのだろうな」
「ウェールズ様、ご立派になられまして、この爺嬉しく思いますぞ。
あの戦の後、王家秘密の抜け道を使い命からがら逃げ出した後、
憎きクロムウェルに捉えられ、ジェームズ元王は各方面に書簡を出されました……」
部下を、民衆を人質に取られいたしかたなかったとパリーは泣き崩れた。
今まで中立を保っていた貴族も、元王とはいえジェームズと勝ち馬でもあるクロムウェルに迫られては、
断ることも出来なかったのだろう、それ以上に損得勘定も大いにあるとおもうが。
ウェールズは悔しさにぎりりと歯を食いしばった。
パリーはジェームズ元王の計らいによって、スキルニルを使い逃げてきたらしい。
「しかし、何より無事でよかった。それにしても、クロムウェル卑劣な行いをする奴だ!
奴は、恥を知らぬのか……これほど残虐的な仕打ちは聞いたことがない」
さらにパリーから聞かされた話は、絶望的な話だった。
「ジェームズ元王様の公開処刑が明日行われるようです。
更には、一昨日から部下や民衆が見せしめに一人づつ殺されています」
民衆には、ウェールズを捕まえれば民衆への手出しをやめると通達がされていた。
最初は、そのような恐れ多いことは出来ぬと反抗していた民もすぐさま鎮圧された。
今となっては、生きたい、家族を守りたいという必死な思いで、街を巡回、山狩りまで出ている始末だ。
そして、とうとう明日ジェームズ元王が処刑される。
「ウェールズ様、もしやジェームズ元王を救いに出るとはいうまいでしょうな?
分かりやす過ぎるほどの罠ですぞ、明日は十中八九警備を強化してきましょうぞ」
まったく頭が痛い、その通りであった。
「なあに、心配なさることはありません。この老骨、老いてなお健在でございまする。
王の一人や二人、命に掛けて救いだしてみせましょう」
「いや、許さぬぞパリー。ここで力を振るわずいつ振るう。
罠と分かっていても行かねばならぬ時がある、民衆も父上も救って見せようぞ」
勝算はあった、確かに兵の増援があるだろうが、こちらもただ遊んでいたわけではない。
今街にいる兵を上回るだけの兵は揃えてある。
風のように攻め、風のように去る、電撃作戦を行うつもりだ。
パリーは感涙の涙を流し、咽び泣いた。
「おお、おお、本当にご立派になられて……。
今の姿を見たら、ジェームズ元王もお喜びになられるかと」
ウェールズは木の上から、明日決戦の舞台となる街を見下ろした。
処刑を目前として、街はあわただしくざわめいていた。
始祖に祈りを請う者、元王の最後を一目でも見ようとする者、
生きるために街を警備する者、様々な人がいた。
警備は厳重に厳重をかさね、蟻の子一匹通さぬ勢いをもっていた。
「ウェールズ達が現れたぞ!!」
建物が魔法で四散する音を聞きつけ、警備の一部が警戒しながら向かった。
「奴の目的地はここだ!守りを固めろ」
飛び交う魔法の応酬、派手な爆発音が鳴り響いた。
その一団は陽動だった、適当な所で引くように命令している。
悪戯に兵を消耗させるわけにもいかない。
ここは少数精鋭で行くのだ。
本命のウエールズはフライの魔法で、超高度から処刑場に舞い降りた。
怒りで魔法のランクが上がっていたウェールズにとって造作もないことだった。
着地すると同時に、繊細なコントロールで衛兵を鎮圧していく。
ざわざわと街の人たちのささやき声が聞こえる。
ようやく救われたことに対する安堵のささやきだろうか?
それとも称賛の声があがるのだろうか。
「おい、あれ、ウェールズ様じゃないか!
捕まえれば、俺達助かるぞ!!」
遠方からそんな声が聞こえる、ウェールズは絶句した。
そこまで闇は浸透していたのか。
戸惑い、一歩踏み出そうとする民衆にウェールズは大声で訴えた。
「待て!私たちは民衆を解放するためにやってきたのだ。
本当の悪はなんなのか、今一度思い出してほしい。
王を処刑するよう画策し、民衆を殺めたのはクロムウェルじゃないか!」
再度ざわめき始める民衆だった、誰だってこんなことをしたいわけじゃないのだ。
しかし、また違う方から、今度は石が飛んできた。
「なんで、今さらのこのこ出てきた。
もっと早く来ていれば殺される命もなかったんだ。大人しく掴まれ!」
その言葉を聞き、他の男が涙を流しながら訴えた。
「王様、なんで、うちの娘は死ななければならなかったんですか……
かえしてくだせぃ…娘をかえしてくだせぃ」
ウェールズは血が出るほど唇を噛んだ。
しかし、このまま時を無作為に過ごすわけにもいかない。
まずは、ジェームズ元王を捉えている枷を外さなければならない。
何処からともなく、石が飛んでくる。
それを魔法でよけるわけでもなく、あえてその身に受けた。
「馬鹿め……、こんなところまできおって。
罠だと分かっていたろうに、無茶をしてどうする?
王家はお前に託したのだぞ。ウェールズ!」
「しかし、父上。私には我慢ならなかったのです。
あの卑劣な男の手によって、処刑されるのを手をこまねいてみてるわけにいきませぬ。
肉親一人救えずして、何が王家を救うでしょうか」
ジェームズは涙を流し、抱擁すべくウェールズに近づいた。
「この大馬鹿ものめ!……しかし、良くやった。
ウェールズ、一目会いたいとずっとズット願っておったのじゃ」
ウェールズも涙を流し感動の再会を行う予定だった。
民衆も静まり返り、二人の再会を固唾をのんで見守る。
しかし、その感動の再会も、ウェールズの燃えるような脇腹の痛みによって引き裂かれた。
「ち…ちちうえ?いったい…何を」
父王の手にはナイフが握られ、ウェールズの脇腹をえぐっていた。
ジェームズは何とも悲しそうな顔をしながら追撃を始める。
ウェールズは水魔法で損傷した個所を瞬時に回復させる。
「おお、可愛そうなウェールズや。罠だといったではないか。
何故ここに来てしまったのだ」
そして辛そうな顔とは別に、風の魔法がウェールズを襲う。
「おやめください、父上」
「無理だ、ウェールズ。分かるじゃろう?クロムウェルに操られているのだ」
その言葉は、本当なのだろう。言動まで操られているかは分からないが、
繰り出す魔法の一つ一つが命を燃やし、ウェールズを殺す勢いで放たれている。
「父上!!父上!!!」
「パリーもなぁ。死にながら操られているのじゃよ。
今頃は、お前が必死に集めた兵を殺しまわっているじゃろう。
それとも、半ばで倒れたかな?
どちらにせよ、クロムウェルの懐は痛まぬ……」
確かに再開したときに、かわした抱擁で肌の冷たさが気になっていた。
そんな……パリーまで。いや、再編成した虎の子の兵が殺される。
忠臣と謳われたパリーの姿は、皆知っているはず。
杖を上げて反撃するのも、戸惑ってしまうだろう。
ウェールズは、杖を痛いほど握り返した。
「ウェールズ、父のために死んでくれ」
今目の前にいるのは、愛し尊敬した父ではない。
死してなお、命と尊厳を凌辱されているのだ。
「己、おのれえええ!!!クロムウェル!!!!!!!」
それは、まさに咆哮だった。
ウェールズの周りで風が渦巻くと、ずたずたとジェームズを切り裂いていく。
返り血が飛び、涙で霞んで前が見えなかった。
ただ、助けたかった。それだけで罠を承知で来たというのに……
勝てないと分かると、穏やかな表情を向けてウェールズを見る父王。
「ウェールズ、燃やしつくすのだ。でなければ、また操られてしまうじゃろう。
なに気にすることはない、痛みはとうにないのじゃから」
「おお、ブリミルよ。なぜこのような仕打ちを許すのか。
クロムウェルを百度天の罰で焼いても足りぬほど、何故父を焼かねばならぬ。
なぜ、なぜ、私たちが何をしたというのだ……」
ウェールズは魔法の業火でジェームズを焼き尽くそうとした。
すると、まるでそれを見越して仕組まれたように、ジェームズの顔が虚ろになる。
「ああ、やめてくれ。ウェールズ。あつい。あついのじゃ。
なぜ、この父を燃やす……親不孝者め。
助けてくれ、死にとうない。火を、火を消してくれ」
「なんてことを…なんてことを……」
最後まで死者を冒涜するような行為。
ウェールズは、杖を握りながらジェームズを焼き尽くした。
そして、その狼煙を受けたかのように、アルビオン上空に戦艦が現れた。
拡張機のようにクロムウェルがウェールズに語りかける。
「ウェールズ君、感動の再会はどうだったかな?
見事ジェームズの所までたどり着いたようじゃないか。
その執念、まったく称賛に値するよ」
ウェールズは杖を構える。しかしこの距離では魔法も届きそうにない。
「感動の対面を演出してあげたというのに、君は実に馬鹿だな。
助けに来た親を殺してしまって、いったいどうしたというのだね、ウェールズ君」
魔法の事が良く分からない民衆は、みな戸惑っている。
それは、何重にも重ねられた卑劣な罠だった。
例え助けに行かなくても、真綿で首を締め上げるように追い詰めるような恐ろしい罠だ。
「君の部下もついていけないと、こちらの陣営に着くものばかりだよ。
民衆よ、親殺しのウェールズがそこにいるぞ。捕まえたものは金一封だ」
一人が動き出すと、また一人と動きだした。
心ない言葉もそうだが、この日のために民衆に何人かクロムウェルがさくらを仕込んでいたのだ。
ウェールズは、民衆に成すすべはないことを分かっていたため、
攻撃もできず、風の魔法で逃げ出した。
「はっはっはっは、何処へ行こうというのだね。
親殺しの大罪、逃げ場所はどこにだってありはしないぞ」
ウェールズは、ふらふらと蛇行しながら力の限り逃げ出した。
途中パリーが息絶えているのを見ると、涙を一つ流した。
「しかし、クロムウェル閣下、よろしかったのですか?」
「よい、ウェールズが逃げた所で、もう王を名乗っても問題ないであろう。
反乱の目も潰すことが出来た。ジェームズは最後までよく働いてくれたよ」
クロムウェルは、目を細めた。
何もかも上手くいっていた、途中危なげない所もあったが
とうとうアルビオンの王というところまで上り詰めた。
あの酒場での願いがようやく形になるのだ。
それまで、どのような非道の行いも目をつぶってきたのだ。
クロムウェルは静かに目をつぶった。
「私は、今夢を見ているのだよ」
上機嫌なような、何かに脅えているような、震えた声で独り言を漏らした。
その思いがいかなるものか、隣にいた下士官にはわかりえるようなものではなかった。