モンモランシーがサイトの仲間に加わって、変わったことがいくつかある。
まずは、ギーシュとモンモランシーの関係である。
サイトが来る前のギーシュは、多くの女性にうつつを抜かしていたため、
明確に付き合っていたわけではなかったが、一番好意を寄せていた相手だった。
それが、今はサイトやルイズたちと一緒にいる所を良く見かける。
本人に聞いてみても、笑ってはぐらかせられるだけだった。
そして、学内の勢力である。とはいっても、女子内だけでのことでもあるが…
男子はどちらかというと、群れるのを好まないし数人が友として集まるくらいだ。
女子は一部の例外を除いては、友達だけではなく学年の上の女子と自然とつるみ、
コミュニティが形成されていく、それが派閥である。
普段の生活、優雅なお茶会、魔法の授業でさえ密接に関連してくる。
若いながらも学院は、女の世界の縮図でもあった。
力が強い人間でも一人でできることは限られていて、
ときにそうした人脈というものは、利害の敵対する力の強い者も淘汰する時がある。
ルイズにももちろん派閥はある。公爵令嬢でもあり影響力があるため庇護されようと集まるのだ。
魔法が使えずサイトが来るまでのルイズは、とても毛嫌いしていたが今では上手くコントロールし付き合っている。
平民の屋敷使えにももちろん派閥はあるが、こちらはシエスタが完璧にまとめ上げていた。
力も弱く貴族に不当な扱いを受けやすい平民にとって、問題が起こっても助けを受け入れてくれたり、
願いを聞いてくれるシエスタ派は、なくてはならない存在だった。
それだけ貴族・平民間でのトラブルは多いのだ。
そして、面倒見も良く女子に一番多い水メイジの筆頭でもあるモンモランシーは、
意外や学院の中でも一番大きな派閥でもあった。
お金自体は少ないが家柄もそこそこあり、趣味としている香水の小遣い稼ぎでも周りと良い関係を結んでいた。
貴族は屋敷と領地を維持するのに精いっぱいで子にまで、あまり気を掛けてあげられる親は少ないのだ。
それが、今ではルイズとモンモランシーが掛け合い、巨大なコミュニティになっていた。
通常であれば、大きすぎる派閥も善し悪しだが、上手くコントロールしている。
幾つかのグループに分け、切磋琢磨させ、生徒達の発する要求を聞いていく。
今は小さなモデルケースでもあるが、常に変わって行く未来の情報を収拾し、
仕事をやりやすく問題を解決しやすくする、サイトが培ってきたいくつかのこの世界への対処法の一つだ。
王宮での新施策もいくつかのグループに分けたのもこのような意図がある。
アンリエッタ派は、サイトが来るまで本当に本当に少なかった。皆無といっても良い。
いつ国家転覆が起きてもおかしくない、むしろ当人すらやる気がなくよく機能していたとしかいいようがない。
不穏分子の一つでもあるリッシュモンを下せたのも大きい。
意見を通すのと意見が歓迎され受け入れられるのは違う。
信用を力を財力を手に入れ、国内で損と得を出さず、しわ寄せはほかの国に与える。
そうでなければ、トリステインはケーキのように分配されるだけである。
アルビオンが生きながらえてる今が土台を固める機会なのだから。
「で、これからどうするのよ、それ?」
金色の巻き毛がサイトに跨り、鎖骨に甘いキスを落としながら愛おしそうに腰を振っている。
さも当然のように、黒髪メイドのシエスタが飲み物を準備し傍らに立っいる。
ルイズは、そんなモンモランシーを指差した。
「うん、ルイズが危惧するように、この薬は完全じゃない。
一日後、一か月後、一年後……個人差はあれど必ず効き目が切れるときがある。
魔法でも検知出来てしまうしね、禁制とはいえ書生でも作れる代物だからね」
モンモランシーのおでこに口づけをすると、
それだけでひくひくと締め付け、気をやってしまった。
「大切な場面で、混乱する事態だけは避けたいからね。
解除薬を作り、強制的に元の状態にすることにする。
薬の材料はあるものを除き、既にそろっている状態だ」
これだけ、楔が打ってあるモンモランシーは既に何処にも行く場所はなく、
サイトの傍にいるしかないのだ。あとは時間を掛けていけばいい。
「もしかして、それが出かける準備をしている理由なの?ラグドリアン湖に向かうのね」
「正解だよ、おいでルイズ」
禁制の惚れ薬の材料や、最近のサイトが準備している内容を考えれば明確だった。
サイトは金とピンクの髪が入り乱れるコントラストを楽しみながら、シエスタに目線を合わせる。
シエスタはすぐに一礼し、出発の準備を完成させるために部屋を出て行った。
ラグドリアン湖には水の精霊と、それにおあつらえ向きにタバサとキュルケがいる。
駒を進めるには、都合のいいイベントだ。
ラグドリアン湖へは、サイト・ルイズ・モンモランシーの三人で向かう。
ギーシュはモンモランシーとの関係上今回は連れて行かないことにした。
農民の話では、水の精霊の機嫌が悪く村一つ飲み込むくらいに水を氾濫させたようだ。
黒い家に苔がつき、緑の草がまるで水藻のように揺れている。
眩しい湖の青が、陽光をきらきらと反射させガラスの粉のように美しく輝いていた。
水の精霊との交渉役でもあったモンモランシ家の娘でもあるモンモランシーは、
惚れ薬の解除薬でもある「水の精霊の涙」を分けてもらうべく、
使い魔のカエルのロビンに指を傷つけ出来た血を垂らし、水の精霊を呼び寄せた。
既知の事だが、水の精霊が困っている内容を聞き出し、水の精霊の涙を分けてもらえるように説得する。
何事にも順序が大切なのだ。水の精霊を襲撃した人物をとめ、水の精霊に交渉し、
そして、最後に水かさの増減を取りやめてもらう。
それに始祖ブリミルより前から存在しているという水の精霊に試したいことがあった。
襲撃者は、タバサとキュルケなので、今まではサイトが水の精霊を襲撃して疲労した所を排除したり、
大声で存在を明かし二人と交渉したりして対処していたのだが、
今回は、ルイズとモンモランシーの組み合わせで排除させることにした。
それも、襲撃前の万全の状態でである。
サイトが直々に鍛錬したキュルケとタバサではあるが、
それ以上に完成されたルイズと、この水の多い場所でのモンモランシー、
何よりサイトに敬愛傾倒する二人の連携にどこまであの二人が食い込めるか楽しみにしていた。
二つの月が、天の頂点を挟むようにして光っている深夜。
岸辺に人影現れた、漆黒のローブを身にまとい、深くフードを被っている。
ルイズ達も深くフードを被り準備を行う。
モンモランシーは、杖を湖に浸し、呪文を唱えた。
「コンデンセイション!」
多数の水の塊が、タバサとキュルケを襲う。
瞬時に襲撃を察知した二人は、別々の方向に散り呪文を詠唱し始めた。
速度の異なる火球が詰め将棋のようにホーミングしながら、モンモランシーを狙う。
前後左右から次々と襲いかかる火球を、モンモランシーは水の盾で消化していく。
しかし、本命は土の中に忍ばせた火球である。
流石に死角の外である足元からの炎を防げないはずだ、蒸発する煙に紛れ杖を振るった。
「モンモランシー下から来るわ」
それを敏感に察知したのはルイズである。
魔力の流れをなんとなく感じることが出来るようになった利点がここに出てきた。
「「エア・ハンマー」」
合わせるようにタバサが唱えた不可視の風槌を、ルイズが爆風で打ち消す。
すかさずモンモランシーが呪文の詠唱を行う。
「ウォーターウィップ」
触手のようにうねうねとした水の鞭が二人を襲う。
タバサは凍らせ、キュルケは発火させ、再び距離をとる。
モンモランシーが杖を振るうたびに、甘い香りが広がった。
「ちっ、なんなのよ。あいつら……」
キュルケはひとりごちながら、大きめの火球を作って行く。フレイムボールだ。
さらにそれをゆっくりと回転・圧縮させていく。
蛍のように白く、周りの温度差で陽炎のように景色がぶれている。
「フレイム・ランサー」
モンモランシーが慌てて張った何重もの水盾を次々にかき消しながら突き進む。
直線的な攻撃なので、なんとかよけることは出来たが、問題はその数が多いことである。
もし食らえば、フレイムボールのように火傷では済まずに、肉が溶けるだろう。よけるしかないのだ。
そして、よける先には氷のシャベリンが襲いかかってくる。素晴らしい連携である。
キュルケは水蒸気が立ち込め視界の悪い中から、岩陰に隠れているタバサを見つけた。
そこは、ルイズやモンモランシーが居る場所から、死角になっている。
いきなり襲撃があったのだから、何も打ち合わせが出来ていない。
逃げるにしても撃退するにしても少し話したい。
さっと隙のないように杖を構えながら、岩陰に滑り込む。
無口なタバサさがちらりとキュルケを確認すると、すぐに目線をルイズ達二人に戻す。
「どうする、タバサ。なんのために襲撃されたかは分からないけど、
一度戻って体制を立て直す?かなりの手だれみたいだし……」
そこで、ハッと気がつき岩場から離れようとした。
タバサがにぃと笑ったかと思うと膨れてはじけた。水の球が辺りに飛び散る。
勢いよく飛び散った水の塊が、肌を服を傷つける。
「いっ!!」
粘度のある水の塊でダメージを結構受けた、
視界が悪かったがよく確認すれば、まだ別の方で戦ってる音が聞こえた。
油断した?違う、なんだかこの甘い匂い……集中できない。頭がボーっとしてくる。
確かにこの水の多い場所では、火は水に弱いかもしれない。
でも自信はあったし、こっちが有利だったはずなのに…。
キュルケは、自分に迫る多数の水の鞭を見…そして観念した。
タバサなら、もっと上手くやってくれるはず、せめてもう少し有利になる様に……
「バタフライ・トーチ……」
本来ならこれを触媒に集まった熱源を操作して、様々な魔法を出すのだが単体でもそこそこ嫌らしい魔法でもある。
酸素を大量に消費しながら、ゆらゆらと炎の蝶が数匹漂っている。
目的もないかのように広がりながら、ゆっくりと草木に燃え移った。
少しでも熱源を感知すると術者以外に飛びつくのだ。そして、燃え移った先から新たに蝶が生まれ舞い踊る。
酸素が、燃えるものがなくなるまで、無差別に焼き尽くし、増えまくるのだ。
優しい炎の色と綺麗な蝶の外見に似合わずえげつない魔法だ。
「なにこの魔法、うっとおしいわね」
タバサは、蝶が放たれてすぐに周りの温度を低くし、空気を自分の周りに供給しはじめた。
ルイズ達は、消化しながらも息苦しく、動けば動くほど体が熱くなり蝶に群がられていく。
一見自分を狙ってるように見えて、こちらに向かってくる気配がない蝶もいる。
しかも、消しても消しても増えてきりがない。
「キュルケ……」
タバサは後悔していた。あれから、キュルケが魔法を繰り出している感じがない。
恐らく攻撃を受け、戦力にはならない状態なのだろう。
やはり連れてこなければよかった。そうすればこんな目に合わせなくても済んだのに。
この戦い絶対に負けられない。ここで、負けてしまえば自分はともかくキュルケにまで迷惑がかかる。
タバサは浮かびそうになる涙を凍らし、頭を冷やしていく。
「ルイズ、これじゃ埒があかないわ。湖の水で全体的に消化するわ」
ルイズ達は、湖の方向に駈け出した。
モンモランシーは湖に杖を浸し、水の壁で消化しはじめた。
全体の消化をしおえたあとに、モンモランシーは杖に伝う冷気から手を離した。
「つめたいっ」
見ると湖に薄い氷の膜が張り、杖が白く凍り始めて固定されている。
杖から手を離したモンモランシーに、氷のつぶてが襲いかかる。
ルイズは土砂を爆発で上げさせ、氷のつぶてをかき消す。
舞い上がるほこりが、薄れると同時に目の前に呪文を詠唱し始めているタバサが現れた。
「これで終わり」
タバサは確信していた。詰めに詰めた故の確信だった。
炎の蝶から逃れるには、どうしても湖の水が必要だ。
杖を固定させ、一人を無力化した後、あらかじめ詠唱していた魔法を放つ。
そして、それをよけたとしても恐らく呪文を使うはず。
よけられない距離で雪風の呪文を最大最速で詠唱し、もう一人の敵を倒す。
一度呪文を唱えたあとに、対抗するための呪文を唱える時間はない。
たった一小節の呪文の言葉すら発生させない。
例え発動したとしても、それを打ち消しながら呪文をぶつけるだけだ。
そして勝ちを確信したタバサの手元が爆発し、
先に唱え始めたはずの呪文が完成前に中断され暴発し……
薄れゆく意識の中で最後に見たのは、フードからちらりと見えるピンク色の髪の毛だった。