「損害なし、敵大破で壊滅・・・」
通信を聞き絶句するように口を閉じるウェールズ。改めて言葉にすると信じられないような成果だ。
概要は聞いていたため少しは軽減したが、それを超えてなお驚きに値する内容だった。
結果的に見れば最良の結果を出したともいえるが、例えば一つ破綻しただけでも全滅を免れない采配だった。
それを危なげもなく最適な道筋を一見歩いているようにも見えた。
時間もあったので今のうちにと聞いておきたかったのだ。
「結局空からの援護や索敵はなかったと」
既にロンディニウムの上空に位置していた軍船に索敵一つ出ていなかった。
サウスゴータにも一隻もなかった事から全軍ロサイスに向かった事が判る。
「その為の奇襲だったからね、何が欲しいか判ればプレゼント選びにも失敗しない。
ロサイスにいくつか置いてきたレキシントンをはじめとした軍船もタルブでの戦役もその一つですよ王陛下」
敵があえて奇襲を潰すために陸のみに絞ったのも判る、背面挟撃を仕掛けるためにロサイスを落すのも判る。
結束を強くするため勝利を体験させるのも、勝利を確信してしまったため疎かになったのも頷ける。
それでも全軍を動かすというのは中々信じがたかった。
「レコンキスタはそうまでして、私の首が必要だったのか・・・」
「ウェールズ王陛下がこれまで派手に活動していたお陰で無視出来ない被害でした。
目に見えないので実感しづらいかも知れないですがね・・・
ここにレコンキスタの貴族共和制という大儀が加わってくるわけです」
時に偏在、フェイスチェンジを使って単騎ゲリラ活動を行ってきた、必ず本物には王家の杖を持たせていた。
今サウスゴータにいる偏在は王家の杖をもっている、つまりそういうことだ。
共和制・・・王政と真っ向対立する政略は、ゲルマニア・トリステイン・ガリア三国のみならず、
聖地奪還を掲げながらブリミルの血を否定することでロマニアにすら弓を引く行為になりかねない。
その為に正当なる王権復活の口実は見逃せなかったし、血の結束が必要になるということだろう。
「・・・誰の」
「ん?」
「・・・これは誰の絵なのですか?サイトさんは何時から知っていたのですか」
苦々しく端正な顔をゆがめうつむく。
最初に会ったときクロムウェルが死体を操っている事を都合よく知っていた事、
敵が”なんらかの方法でウェールズが既にサウスゴータを落としているのを知っている”ことを知っていて
”即座に二面攻撃を行う時間”を把握していて、”王城が空軍を含め空になること”を確信していて
自分の必死のゲリラ活動ですら布石の一つで、”ガリアに落したら多くが解決する”と裏の意図を匂わせる。
状況が敵ではないと言っているがそれは味方だと本当にいえるのか??
父やパリーや民は苦しむ必要があったのか?
いやもしそれが可能だったとしても他人に頼るのは間違いと言葉を飲み込んだ。
「ほぅ・・・」
疑問をもち反しようとするウェールズをサイトは面白そうに見た。
もちろんちゃんと最初からアルビオンを救う方法もあるし、ガリア側に回れば早いというよりも一瞬終わらせられることも一理ある。
お望みであれば息も飲み込むような絶望的で心震える撤退戦だって出来るし、
血で血をあらうような決戦だって、英雄製造機にボタンを押すかのように一人で特攻する事だって出来る。
このハルケギニアを繰り返す同士、・・・嗚呼敵でも大歓迎だが出る事も大変残念ながらない。
「そのような”過去”のことを話も良いですが、ちょうど時間のようです。
変えたくなるような後悔をしないよう未来に向けて動き出そうとしようじゃないですか」
偽装していた雲が晴れ、王城の庭に到着した音だった。
突然の訪問者にロンディニウムは騒然としていた。
対空装備も準備する前に浮かぶ軍船に落とされ、安全だと思われていて想定していない事態だった。
「おおおおお!ミス!ミス・シェフィールド!!敵が、敵が攻めてきました。
我々の作戦は完璧だったのではないですか?赤子に魔法をかけるより容易いと」
謁見での豪胆さが嘘のように、威厳の仮面が取れただただ怯える様を見せるクロムウェルがいた。
「まったく直ぐにうろたえるんじゃないよ、甘える事しか出来ないの?
死人を使うなり、なんなりして時間を稼ぎなさい・・・本陣が戻るまでの兵は残してあるじゃない」
「あの方は、あの方はご存知なのですか?わたくしめを助けてくださるのでしょうか?
わたしは・・・わたしは、あの無能な王達のように吊られたくないのです」
シェフィールドはそこで、ふむと考える。
小人の目でサウスゴータの敗戦を知っている、随分と興味深い内容ばかりだった。
特に類をみない自動人形は、ミョズニトニルンとしても気になるばかりだ。
アルビオンが落ちるにしよ守りきるにしろ、ここまで攻め込んできた人物を一目見るのも良いかもしれない。
アンドバリの指輪があれば、脱出ぐらいどうとでもなる。
(ジョゼフ様はお喜びになるかもしれない)
「指輪を渡しなさい、死体を動かすなどこの指輪の力の一部にしかすぎない
その真髄・・・本当の使い方を教えてあげるわ。」
怪しく額を光らせるシェフィールドは、足元に広がる薄い水面に気がつかなかった。
(広げろ、城の中に・・・判るだろ?そうだ、ついでに面倒なのは解いておけ)
サイトがそう考えると、一瞬背後にアメーバのような水の彫像が浮かび上がり微笑んだ。
ゆっくりと這いよるようにロンデニゥムが浸水していく。
(諒解、主様。私の片割れ・・・感謝)
「では、進みましょう」
その言葉に冷や汗を垂らしながら、ウェールズが続く。
軍船から降りて以降、杖をもった軍人達に囲まれたままだった。
どんな魔法かわからないが、敵は困惑したまま杖を構えるものの一行に攻撃してこない。
(なんだこれは?なぜ誰も攻撃をしようとしない?敵だぞ!?
今魔法でも繰り出せば死んでしまうかもしれないのに・・・そしてこの人物は一体)
一緒に降りた目いっぱいにフードをかぶった怪しげな人物の仕業だろうか?
サイトからはまったく説明がなかったが、この強襲に必要なのだと思い口を閉ざした。
そうたった三人で嘗て知りうる王宮のようにどうどうと歩いているのだった。
一人警戒している自分が馬鹿みたいだが、こればかりはしようもない。
跳ね橋も城門もなんら障害にならないどころか、時折意味不明に死んだように兵士や貴族が倒れている。
いつだって驚くべき光景を見せ続けてくるが、立ち止まってはいられない・・・小さく黙祷を掲げ進む。
まるで現実的じゃない風景に足を進める、まるで悪い夢でも見ているようだ。
庭を歩いても城を歩いても手厚い歓迎もなく、陽動も潜入も何もない。
本来であれば本拠地を制圧してから行う予定だったが、能力があるだけに省略したのだった。
先の見えてるリアルリアルタイムストラテジーはお腹一杯だ。
「王の・・・父上の寝室」
ゆっくりと扉を開けると、部屋のすみでうずくまり震える司教と黒髪の女性が立っていた。
これはいったい・・・いや、すぐに思い至った、一連の裏に糸引くものがいるのだと。
「ガリアの手先かっ!!」
シェフィールドは驚いたように見開いた目を猛禽類のように細める。
本物というのはこういうのを言うものかも知れないわね・・・ちらりと侮蔑の眼差しを隅に向ける。
「何をおっしゃっているのか判りませんわ?
それに杖ではなく剣など構えて・・・無抵抗な人間を切り捨てるとウェールズ様はおっしゃるのですか?」
「待て、それ以上近づくな、怪しい動きを見せるな、後ろを向いて両手を挙げろ」
しかし、シェフィールドはその言葉にも余裕を崩さなかった。
未だ言葉を交わし、その剣で一刀だにしない甘い考えをもつ人物になど遅れをとるいわれはない。
少数で強行してきたとあっても、後ろの二人すら何もしようとしていないのだ。
「その前に水を一杯だけ、頂いても?」
指輪を少し溶かして躓いた振りをして三人にかければそれだけで詰みだ。
戦場のような剣呑な音もせず慌てふためく宮中の声がここにまで聞こえる。
大方陽動をめぐらし、首謀者の首を取りにきたのだろう・・・たしかに私らが抑えられてしまえば後はどうとでもなる。
ウェールズは水を飲もうとするシェフィールドを怪しい動きでもあれば即座に切ってすてる覚悟で見守る。
(ふふっ、遅いのよ)
そして、もっていたグラスを勢いよくぶちまけた。
「え?あれ?えい!あれ??」
振っても振ってもグラスの中の水が物理法則に反して出てこない。
あまりの事にウェールズは呆然としたまま剣を構えている。サイトはくすくすと笑っている。
「くっ!!」
醜態を晒したもののすぐに思考を切り替え、強烈に光を放つ魔道具を使い離脱しようと試みる。
それすらも無理だった、みると顔を覗く体中を粘液のような水が覆っている。
水の魔法を使ったのかと怪しげなローブをかぶった人物を睨みつける。
「み・・・水の精r」
クロムウェルはそれ以上言葉をしゃべることなくあっけなく気絶した。
魔法だと思っていたよりも最悪な事態にシェフィールドは顔を青ざめる。
アンドバリの指輪以上の力をもち、心すら一瞬で操るのを盗んだ自身はよく心得ていた。
「離せっ!離しなさいっ!!!何をするつもりなの?
ひっ・・・まさか・・・やめて!乱暴する気でしょ!メイドの午後みたいに!!!!」
それを聞いてさらに笑い出すサイト、どうしていいか判らず固まったままのウェールズ。
ねぇ可哀想だしもう楽にしてあげたほうがいいんじゃ?というローブの女の声に、
勘違いをしたように、ひっ、と怯えた声をだすシェフィールド・・・混沌が場を支配していた。
「使い魔として主人に忠誠を誓っているか?」
シェフィールドは当たり前で言う事もないとふふんと鼻を鳴らす。
ウェールズはその言葉を聞き頭を今まで以上に働かす、人の使い魔・・・ガリア・・・水の精霊・・・
「主人を愛しているか?」
「使い魔は使い魔として忠実であればいいのよ、
そこにああああいとか、不順な動機はまったく必要ないわ
・・・ひっ!まさか!!!」
寂しそうな顔も一転、主人を愛していると言葉で嘯いても身体は正直だなっとか、
水の精霊に心を壊され穴という穴をおぞましい触手で犯されつくす姿や、
もうジョゼフとしたのか?初めてはジョゼフではないッ!このヒラガサイトだッ!!!とか妄想を繰り広げる。
「疑問を感じなかったか?都合がよすぎる感情に、偽りの動機に・・・
人を従え、殺め、利用する事に少しも心揺れなかったことに」
構わず続けられるサイトの言葉に冷や水を掛けられたように凍る。
「それは・・・」
「それを消して元に戻してあげるよ」
「余計なお世話よッ!!」
昔の自分に戻りたくない、甘くて冷静さの欠片もなくて弱い心ばかりの自分。
任務に忠実で妄信していればよかった今を無くして、どうやってあの人の役に立てばいいのか・・・
わたしにはこれしかないのに・・・戻って上手くいくなんて思えない、捨てられるのは嫌だ。
今まで以上に暴れるシェフィールドにローブに身を包んだティファニアが呪文を唱えていく。
「やだやだやだ!嫌いやいやイヤーーーーーーーーーーー!!!!!」
執務室に悲鳴と変わり果てたように弱弱しいシェフィールドの姿があった。
さぁ今回はどう動いてくれるのか?随分と変わってしまったシェフィールドの背後を覗う。
何でもアリになったら詰まらないだけだ、そう地獄よりも楽しい事をしよう・・・何度でも泣かせてやるさジョゼフ
「本当に逃がしてよかったのですか?ウェールズ王陛下」
「サイトさんが、それが最善だと思ったのなら、そうなんでしょうね
心も操らず泳がせるようですし・・・良いか悪いか検討がつかなかったので、任せることにしました」
最後まで都合の悪いと思われる事について聞く事も口に出す事もなかった。
誰もまったく攻撃しようとしないし、その気になれば誰でも操れる事が出来、それ以上に恐ろしい情報精度をもっている。
望めば世界ですら手に入る力さえ持っている・・・城下町の屋台で串焼きを買うような気分で王城に向かい洗脳すればいい。
・・・だというのに、もっとも容易な手だてを取らずにいるのがとてつもなく恐ろしかった。
それ以上に魅せられ、欲しがるものについて知ってみたいと思ったのだ。
「ふむ・・・ともかくこれでアルビオンも落ち着くでしょう。
トリステインとしっかり同盟も組むことですし、暫くは建て直しに翻弄ですね。
助力できる事があればいつでもいってください、勿論些細な力にしかならないと思いますが」
革命のトップを落として、はいおしまいと行かないのが辛い所。
今までの苦労が児戯のように魂をすり減らすお仕事がまっている。
反乱軍の処置、軍の再建、各国との交渉、統治と改革・・・そして借金の返済。
湯水のように金が湧き出るわけもなく、そして時間は有限・・・頭が痛いが幸せな痛みだろう。
生きて屈辱を注ぎ再び王座につく事が出来た、今はまだ十二分に実感が沸いてないが喜びもひとしおだ。
「まずは疲弊した国に注力して、今回の件について色々調べて・・・
出来れば貴方が欲しがっているものについても考えてみたい所ですね」
清濁合わせのんで、ウェールズがにっこりと微笑む姿は感嘆に値するほどだった。
まったく男にしておくのは惜しい人だと同じようににっこりとサイトも微笑んだ。