『竜の羽衣』を見つめていた。タルブの村の近くに建てられた寺院にそれはあった。
寺院というか神社だった。
戦時を駆け抜けた兵器。一時は世界を轟かした日本の誇る芸術品。
数多くの若者の命を奪った殺人兵器。
彼らは何を思いこの戦闘機に乗ったのだろう。
日本の歴史。
博物館でもない、生で目の前にしたゼロ戦にしばらく心を奪われる。
「……」
原作のサイトはこれを見て何も感じなかったのか?
懐かしいような、嬉しいような、悲しいような。
「サイトさん、どうしたんですか? わたし、何かまずいものを見せてしまったんじゃ……」
シエスタがなにか言ったようだが俺の耳には何も残らなかった。
ギーシュとキュルケも何か言っているようだったが、俺はゼロ戦を見つめている。
「サイトさん、ほんとに……、大丈夫?」
シエスタの顔が視界に入る。思わず肩をつかむ。
「シエスタ」
「は、はい?」
「お前のひいおじいちゃんが残したものは、ほかにないのか?」
「えっと……、あとはたいしたものは……、お墓と、遺品が少しですけど」
「それを見せてくれ」
シエスタの曽祖父のお墓は、村の共同墓地の一画にあった。白い石でできた、幅広の墓石の中、一個だけ違うかたちのお墓があった。黒い石で作られたその墓石は、他の墓石と趣を異にしている。
墓石には、墓碑銘が刻まれていた。
「ひいおじいちゃんが、死ぬ前に自分で作った墓石だそうです。異国の文字で書いてあるので、誰も銘が読めなくって。なんて書いてあるんでしょうね」
俺はこの人より恵まれている。周りには仲間がいる。俺のことを理解してくれる人がいる。
だが、この人は本当に一人ぼっちで生きてそして死んだ。自分の墓まで用意して。
あんたの残してくれたもの。使わしてもらいます。人生の、歴史の大先輩に心のなかでそう想った。
「海軍少尉佐々木武雄、異界ニ眠ル」
「はい?」
俺はシエスタをじっと見つめる。あなたの残したものは元気でやってるよ。
「い、いやですわ……、そんな目で見られたら……」
「なあシエスタ、その髪と目、ひいおじいちゃん似だって言われただろ」
シエスタは驚いた声を出して答えた。
「は、はい! どうしてそれを?」
日本人の血が入ったメイド。じいさん。俺のものにするからな。
再び寺院に戻り、俺は『竜の羽衣』に触れてみる。
やっぱりそうか。
中の構造、操縦法が、俺の頭の中に鮮明なシステムとして流れ込んでくる。
俺はこれを飛ばせるのだ、と思った。コクピットの中にある異物を見て驚愕する。
日本刀だ。しかもこいつにも固定化がかけられていたのか全く錆びていない。新品同然だった。
ヒャッホーゥ!
ガス欠はハゲに何とかしてもらえる。日本刀にはさらにギーシュに硬化と固定化をかけてもらった。
新しい武器、ゲットだぜ。学院に帰ったらもっと強力な硬化と固定化かけてもらおう。
シエスタが遺品を持って戻ってきた。古ぼけたゴーグルだった。
「ひいおじいちゃんの形見、これだけだそうです。日記も、何も残さなかったみたいで。ただ父が言ってたんですけど、遺言を遺したそうです」
「遺言?」
「そうです。なんでも、あの墓石の銘を読めるものがあらわれたら、その者に『竜の羽衣』を渡すようにって」
「となると、俺にその権利があるってわけか」
「そうですね。そのことを話したら、お渡ししてもいいって言ってました。管理も面倒だし……、大きいし、拝んでる人もいますけど、今じゃ村のお荷物だそうです」
お荷物ってひでーあつかいだ。
「うむ、なら俺が有益に使うとする」
「それで、その人物にこう告げて欲しいと言ったそうです」
「なんて?」
「なんとしてでも『竜の羽衣』を陛下にお返しして欲しい、だそうです。陛下ってどこの陛下でしょう? ひいおじいちゃんは、どこの国の人だったんでしょうね」
とっくに返すべき人は死んでる。その子孫はいるけど。
「俺と同じ国だよ」
「ほんとですか? なるほど、だからお墓の文字が読めたんですね。うわぁ、なんか感激です。わたしのひいおじいちゃんと、サイトさんが同じ国の人だなんて。なんだか、運命を感じます」
うっとりとした顔で言ってきた。日本刀が手に入ったのでテンションがハイになっていた。
「シエスタァ、こいつをもらっても構いませんかね!」
気づくと叫んでいた。
「は、はい」
「ヒャッハー、ゼロ戦は俺のものだー。日本刀は世界一ィィイイイ」
「ずいぶんと嬉しそうだね、彼は」
「そうね、あんなすぐ折れそうな剣がうれしいのかしら?」
俺はすぐにでも帰って日本刀を強化したかったが、シエスタの実家に泊まることになった。
平民が貴族を泊めるって珍しいのね。
そこそこな騒ぎになった。
俺は日本刀強化をギーシュにぶっ倒れるまでやらせた。
翌日も朝からギーシュになんども硬化と固定化をやらせた。
「もういいじゃないか」
「試し斬りして折れたらお前を一生こき使う」
「やればいいんだろやれば!」
半ば強引に頼み込んだ。適当なことは許さない。妥協は許さない。
折れたらそれで終わりなのだ。
「相棒、浮気はねーぜ!」
「うっせ、初代も片手には違う武器持ってたんだろ」
剣を黙らせる。
夕方、試し斬りを済ませて村のそばに広がる草原を見つめていた。
日本刀は素晴らしかった。
何より抜刀術のおかげで戦法が増えた。
さすがに石まで切り裂いた時は見物者達は驚いていた。俺も驚いた。
心底満足してボーッと風景を見ていた。
「ここにいたんですか。お食事の用意ができましたよ。父が、是非ごいっしょにって」
シエスタは、恥ずかしそうに言った。
「遊びに来てくださいって言ってたら、ほんとに来ることになっちゃいましたね」
「この草原、とっても綺麗でしょう? これをサイトさんに見せたかったんです」
「父が言ってました。ひいおじいちゃんと、同じ国の人と出会ったのも、何かの運命だろうって。よければ、この村に住んでくれないかって。そしたら、わたしも……、その、ご奉公をやめて、いっしょに帰ってくればいいって」
シエスタの独壇場を俺は黙って聞いていた。
「でも、いいです。やっぱり、無理みたいね。サイトさん、まるで鳥の羽みたい。きっと、どこかに飛んでいってしまうんだわ」
いずれゼロ戦で東へ向かうだろうがずいぶんと先の話になるだろう。
「このサイト・ヒラガには夢がある!」
「サイトさんの夢ですか?」
「そう、俺は商業王になる。そしてハルケギニアを娯楽で支配する!」
思いついたことを適当に言った。今は後悔している。
「だから、シエスタ、僕を手伝ってくれ」
「はい!」
まぶしい笑顔に俺はどきりとした。すまん俺専用メイドに憧れてたんだ。