「アレが合格で99番や294番が不合格というのは承服いたしかねます。
異例ではありますが、再試験の実地を要請いたします!」
ざわ…ざわ…
「どういうつもりなのかしら?
各試験の試験方法と選考基準は試験官に一任されているはずよ!
いくらサトツさんでも」
「そうですね。私にその権限はありません。しかし…」
サトツは口元に指を一本立てると、
ふと空を見上げてみせた。
「……あれは…飛行船!?」
「ハンター協会のマークだ!」
「審査委員会か!!」
ゴオンゴオン。
あたりに飛行船の駆動音が鳴り響く。
そしてはるか上空、
サメを模した飛行船のハッチから
ヒュゥゥゥゥゥウウウウウ…
ドォン!!
白髪の老人が降ってきた。
(何者だこのジイサン?)
(てゆーか骨は!? 今ので足の骨は!?)
「…審査委員会のネテロ会長。ハンター試験の最高責任者よ。」
「「「!!」」」
「ま、責任者といってもしょせん裏方、
こんな時のトラブル処理係みたいなもんじゃ。」
「会長へは私から連絡して来ていただきました」
「サトツさんが?」
「はい。先程も申し上げた通りです。
アレが合格で99番や294番が不合格というのは承服しかねます」
「アレって42番のことよね?
思考の柔軟性は申し分ないし、
優れた食材を調達した手際も見事。
見たところ腕も立つみたいだし超優良株でしょ?」
メンチの高い評価を聞いても、サトツは小さく首を横に振った。
(…サトツさんなんで42番のこと嫌ってるのかしら?)
「さてメンチくん。」
「はい!」
「二次試験の途中から試験課題の主旨が変質しており
審査が不十分なのではないかとの意見が出ておる。
現役のプロハンターであっても突破が難しい超難関となってしまった。
と聞いておるのだが、どうなのかな?」
「それは…」
「未知のものに挑戦する気概を彼らに問うた結果、ただ一人を除いてその態度に問題あり。
残る71名はハンターとして不合格と判断したわけかね?」
「……いえ。テスト生に料理を軽んじられる発言をされてついカッとなり、
その際料理の作り方がテスト生全員に知られてしまうトラブルが重なりまして
頭に血が昇っているうちに腹がいっぱいになってですね…」
「つまり自分でも審査不十分だとわかっとるわけだな?」
「…はい」
「ふむ。そういうことなんじゃが、かまわんかな?」
ネテロはヤムチャさんに問いかけた。
再試験を行うとなれば現状ただ一人の合格者であるヤムチャさんの合意を得る必要がある。
「試験をやり直すというのは別にかまいませんが、オレの合格は取り消されるんでしょうか?」
「いいや、おぬしの二次試験合格はすでに確定しておる。再試験には参加せずとも結構じゃよ。」
「わかりました。」
(この人がハンター協会の会長さんか。まるで武天老師さまみたいな人だな。
…おっぱい見てるし。)
ネテロ会長がさりげなくメンチの胸を見ていることにヤムチャさんは気付かない振りをする。
ヤムチャさんは空気の読める男であった。
そんなこんなで二次試験延長戦『クモワシのゆで卵』スタート!
「着いたわよ」
受験生たちをのせた飛行船が着陸したのはある山の頂上付近だった。
山の真ん中には山を両断するかのような深い深い谷がある。
「高いな。まるで底が見えねェ」
「安心して。下は深ーい河よ。
流れが早いから落ちたら数十キロ先の海までノンストップだけど。
それじゃお先に。」
「え!?」
とん、
「「「えーーーー!?」」」
ヒュウウウウゥゥ!
メンチは一直線に崖から飛び降りていった。
「マフタツ山に生息するクモワシ、その卵をとりに行ったんじゃよ。」
ネテロは動じることなく今回の試験について解説をはじめる。
「クモワシは陸の獣から卵を守るために谷の間に丈夫な糸を張り卵をつるしておく。
その糸にうまくつかまり、
1つだけ卵をとり、
岩壁をよじ登って戻ってくる。」
「よっと、この卵でゆで卵を作るのよ」
谷底から戻ってきたメンチの手には卵が握られていた。
(簡単に言ってくれるぜ!
こんなもんマトモな神経で飛びおりられるかよ!?)
「あーよかった。こーゆーのを待ってたんだよね。」
「走ったりわけのわからん料理作りするよりよっぽど早くてわかりやすいぜ!」
「よっしゃ行くぜ!!」
「そりゃあー!!」
ばっ!
威勢よく谷へと飛び込んだのは受験生たち全体の4割ほど。
残りの6割は足がすくんで飛び降りることができずにいた。
「残りは? ギブアップ?」
「やめるのも勇気じゃ。テストは今年だけじゃないからの」
(よし。飛び降りる場所もタイミングもバッチリだ!)
ヒュウウゥゥ、
ガシッ!
「ふぅ」
ぶらーん。
崖から飛び降りたトンパは、見事クモワシの糸にぶら下がることに成功した。
(こういうときにはゲレタのやつの冷静さが頼りになるんだよな~)
ベテラン受験生の動向を把握し
その行動を模倣することでリスクを抑えるのはトンパの常套手段だ。
「あっぶねー! 勢いで飛びこんじまったけど、ここめちゃくちゃたけーじゃねーか!!」
「実際、何人かは糸をつかみそこなって落ちていったようだな。」
「へへん、おっさき~」
「あっ! キルア!
くそ~、崖登りならオレだって負けないぞ!」
(チッ、お気楽なルーキーどもが。…今に痛い目を見せてやるからな!)
はしゃいでいる初心者組にガンをとばし、
トンパは片手でバランスを保ちながら卵を一つ手に取った。
「トンパさん!」
(ん?)
メキョッ!
振り向いたトンパの顔面に、忍び寄っていた男の足がめり込んだ。
「ぶばぁ!?」
「お元気そうですね。トンパさん?」
「お前、ニコルか!?」
ニコルは張られている糸に両手でつかまった状態から
身体の反動を利用して蹴りを放ってくる。
「3兄弟に確認してきましたよ。やはりあなたが黒幕だったそうですね」
(げっ! あいつらオレが妨害頼んだのばらしやがったのか!?)
バキ! ビシ!
「ぐっ、やめ」
「釈明なら結構です。どのような事情があろうと、あなたがボクを陥れた事実は変わりませんから。」
ゲシゲシゲシ!
(やばい! いったん卵を手放して体勢をとt)
「はーーー! ちぇすとーー!!」
ドン!!
「あっ…あっ…」
(こんな、こんなバカなことでこのオレが…?)
宙へと伸ばした手がなにかをつかむことはない。
トンパの体は重力に引かれて深い谷底の川へと落下していく。
「ニィコォルゥゥゥウウウウーーーーッ!!」
……ドボォン!!!
「第二次試験後半
メンチの料理(メニュー)
最終合格者43名!」
ゴオンゴオン。
二次試験に合格した受験生たちをのせた飛行船が、夜の空を泳いでいく。
「次の目的地へは明日の朝8時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使いください」
「ゴン!飛行船の中探検しようぜ」
「うん!!」
「元気な奴ら…オレはとにかくぐっすり寝てーぜ」
「私もだ。おそろしく長い一日だった」
このあとゴンとキルアは船内で出会ったネテロとゲームをすることになり、
レオリオとクラピカはぐっすりと休養をとることになる。
ほとんどの受験生が疲れ果ててぐったりとしている
飛行船内の一角に
のほほんと夜景を眺めている2人組がいた。
「ヤムチャ様はなぜハンターになろうと思ったんですか?」
「オレはちょっとわけありで戸籍がないんだ。だから身分証明に使おうと思ってな。
それにハンターライセンスを持っていればほとんどの国はフリーパス。公共施設も無料で使えるって話だからな。」
(そんでもってかわいこちゃんたちにもモテモテのウハウハだしな!)
ぐふふふふ。
ヤムチャさんの顔がにへらっと緩んだ。
「そういうニコルはどうしてハンターになりたいんだよ?」
「…ボクがハンター試験を受けたのは父を見返すためなんです。」
ニコルはとうとうと語りだした。
「ボクは父と賭けをしたんですよ。
今年のハンター試験を受けて、落第したなら大人しく父の後を継ぐ。
でも、もしも一発で合格できたならボクの選ぶ人生に文句を言うな、とね。
ルーキーがハンター試験に合格する確率は3年に一人だと言われています。
きっと、自分だけは特別な存在だと思いあがっていたんですね。
ヤムチャ様がいなければボクは一次試験で脱落していました。」
「へぇ~、そ、そうなのか~」
(お、重いな。オレと違ってニコルはこの一回に人生がかかってるのか!?)
「…そういうことならオレもできる限りの協力はするぜ!」
ガシッ!
「ここまでヤムチャ様に助けられてばかりでしたから、今度はボクがお役に立って見せます!」
「よし! ぜったい一緒に合格しような!!」
同じく飛行船内の一室で
サトツ、メンチ、ブハラの試験官トリオが
食卓を囲んでいた。
「ねェ、今年は何人くらい残るかな?」
「合格者ってこと?」
「そ。なかなかのツブぞろいだと思うのよね。
一度はみんな落としといてこう言うのもなんだけどさ。
「ルーキーがいいですね今年は」
「あ、やっぱりー!?
まぁ294番のハゲも捨てがたいけど、あたしはぜったい42番ね!!」
(二人だけスシ知ってたしね。…294番の方は落とそうとしてたけど)
「42番…ですか。私は断然99番ですな。彼はいい」
「サトツさんはどうして42番のこと嫌ってるのよ? 良い奴じゃない。」
(ちゃんとスシに使った魚のあまり譲ってくれたしね)
もぐもぐもぐ。
ブハラは黙々とフォークを進めている。
「そのことについては食事を終えてから説明します。」
・・・
食後のコーヒーを飲み終えて、
一時的に席を立っていたサトツが部屋に戻ってきた。
「一次試験の監視カメラの映像を借りてきました。」
ピピッ
サトツがリモコンを操作すると
「彼が会場入りした時の映像です」
エレベーターから降りてくるヤムチャさんの姿が部屋のモニターに映し出された。
「…あれってトンパだよね。ジュースなんか飲んだらやばいんじゃない?」
「トンパ?」
「新人つぶしのトンパ。受験回数30回を超える名物人です」
「あー! 思いだした!! あたしが試験受けた時にもいたわ!
あいつこのあたしに睡眠薬なんか盛ろうとしやがってさー!!」
トンパと別れてすぐ、映像の中のヤムチャさんが苦しみ出す。
ヤムチャさんはエレベーターの表示を確認したかと思うと
次の瞬間にはその姿を消した。
「えっ?」
「……」
「スローでもう一度再生します」
ピッ
カメラは手で腹をおさえながら超高速で移動するヤムチャさんの姿をとらえていた。
「…無駄に速いわね。ブハラ、いまの動き見えた?」
「ぜんぜん。メンチだってちゃんと見えなかったろ?」
ピッ
サトツの操作で場面が切り替わる。
『お、おごぉぉおおお』
ゲーリーウルフと化したヤムチャさんの横を
サトツと受験生たちが走って通過していく。
「うは! きったないわねー!! なにさっきのジュース強力な下剤入り!?」
(あーこれじゃ印象悪いよなー)
「その後、回復した彼は」
ピッ
『ハァアアアッ!』
バシュゥゥゥゥン!!!
「すごいスピードで飛んでる…」
「念能力を隠そうって気はないのかしらね。師匠はどこのどいつよ?
…監視カメラの前で披露してるのはお粗末だけど、念能力に関しては一流ハンター並か。あ~なんか腹立ってきた!!」
ピッ
映像が地下通路の出口、シャッター付近のものに切り替わる。
『かめはめ波ーーー!!』
どかーん!
(……)
(……あのシャッター壊しちゃまずいんじゃないかなー)
ヤムチャさんはニコルを背負って空へと飛んでいった。
ピッ
ブツン。
「監視カメラの映像はここまでです」
「これはひどい。」
「注意力は凡人以下。念能力頼りの体力馬鹿ね。」
「強いことがプロハンターとなるための必須条件です。
その意味では彼にも十分にその資格があるといえるのですが…」
「サトツさんが警戒してた理由がわかったわ。
こんな醜態さらしてた
42番だけ合格にしてたら、
他のテスト生たちからは苦情殺到ってわけね。」
「…受験生たちの不満はハンター協会への不信につながります。
仮に今年唯一の合格者としてプロハンターになった42番が問題を起こせば
試験の総責任者であるネテロ会長の責任問題に発展する危険性がありました。」
・・・・・
「皆様大変お待たせいたしました。目的地に到着です」
時刻は午前9時30分。
機長による船内アナウンスが流れると、
受験生たちを乗せた飛行船は、高い高い円筒状の建物の屋上へ着陸した。
「何もないぞ。殺風景なところだな。」
「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。
ここが三次試験のスタート地点になります。
さて試験内容ですが、試験官からの伝言です。
生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間。」
マーメンから三次試験の課題が発表されて
第三次試験の参加者たちが動きだした。
「側面は窓ひとつないただの壁か」
「ここから降りるのは自殺行為だな」
「…普通の人間ならな。」
グッ
「このくらいのとっかかりがあれば一流のロッククライマーなら難なくクリアできるぜ」
ス、ス、
「うわすげ~」
「もうあんなに降りてる」
器用に外壁をつたって降りていく姿に
キルアとゴンが感心するのもつかのま、
「あ……」
「ん?」
「あれ」
ゴンの指差す方向からは、グロテスクな怪鳥がばっさばっさと飛んできていた。
「ふふん。どうやら三次試験の合格第一号はオレ様のようだな……
…ッ!?
うわぁぁあああッ!?」
哀れ。
外壁をつたって降りていた自称一流ロッククライマーは怪鳥の餌食となってしまった。
「よぉ! こりゃ外側から降りるのは無理そうだなー!」
その様子を見ていた黒装束の男、ハンゾーがキルアとゴンに話しかけてくる。
「おっさん、なんか用?」
「そう警戒すんなよ。
オレの名前はハンゾーだ。
試験官にハンターとしての資質を認めてもらった者同士、
お互い仲良くしようぜ。な!」
「あ! 294番!!
二次試験の時にキルアと一緒に褒められてた人だ!」
「屋上の床にはいくつか隠し扉があるようですね。こちらが正規のルートでしょう」
「オレはここから飛んで降りるつもりだが、ニコルはどうする?」
「…ボクは隠し扉から降りようと思います。いつまでもヤムチャ様に頼ってばかりもいられませんから。」
「そうか」
ヤムチャさんはニコルの言葉にうなずくと
袋から取り出した仙豆を一粒、ニコルに放った。
「下でまた会おう」
「ッ、ありがとうございましたッ!
それではお先に失礼させていただきますッ!!」
ガコン。
ニコルは近くにあった隠し扉を作動させてタワーの内部へと姿を消した。
(妙に気合が入ってたな?)
きょろきょろ、
(隠し扉には他の連中もあらかた気づいてるな)
ニコルを見送ったヤムチャさんは余裕たっぷりだった。
ヤムチャさんは舞空術で自在に空を飛べる。
このトリックタワーがどんなに高くても、
普通に飛んで下まで降りて、一階の入り口から入ればそれでミッションコンプリートなのである。
(もう少し人数が減ってからこっそり降りるか。三次試験は楽勝だったな)
「ってうわぉ!?」
バクン!
なにげなく歩いていたヤムチャさんの足元が抜けた。
ゴン、キルア、レオリオ、クラピカにハンゾーを加えた5人は、
密集した5つの隠し扉を見つけていた。
「1、2の3で全員行こうぜ。ここでいったんお別れだ。地上でまた会おう。」
「ああ」
「1」
「2の」
「「「3!!」」」
ガコン。
スタ! スト、ドカ! ザッ! タッ、
「くそ~。どの扉を選んでも同じ部屋に降りるようになってやがったのかよ」
「短い別れだったな。」
地上での再会を期して別れた5人だったが、落ちた先は同じ部屋だ。
「この部屋…出口がない…?」
出口の見当たらない閉ざされた部屋。
壁には文章の書かれたプレートがかけられている。
『多数決の道。君たち5人はここからゴールまでの道のりを多数決で乗り越えなければならない』
「多数決の道か……」
プレートの前にある台座には少し変わった形のタイマー(腕時計)が5つ置かれていた。
「この○と×のボタンがついてるタイマーをつけるわけだな。」
クラピカ、レオリオ、ハンゾー、
続いてゴンとキルアもタイマーを腕につけた。
ゴゴゴゴゴ。
「なるほど。5人そろってタイマーをはめると」
「ドアが現れる仕掛けってわけだ」
壁の一部がスライドしてあらわれた扉には、こんな文言が書かれていた。
『このドアを
○→開ける ×→開けない』
シュタッ!
ヤムチャさんがうっかり落ちてしまった先もまた、
出口の見当たらない部屋だった。
『ようこそ42番! さあ、右手の壁にあるスイッチを押したまえ!!』
備え付けのスピーカーから男の声が響く。
「これか?」
ポチッと!
ズズズズズ、
ヤムチャさんがスイッチを押すと
壁面の一部がスライドして試験内容を記したプレートがあらわれた。
『知識の迷宮。君は出題される問題に解答しながらゴールを目指さなければならない。
答えを間違えても先への道は開かれるが、間違えるたびにペナルティが科される。』
「なるほど知力を試そうってわけか。
ふふん。なかなか面白そうじゃないか。」
『問い一 アイジエン大陸に存在する国の名前を3つ挙げよ』
余裕綽々で問題文に目を通すヤムチャさん。
問題文の書かれたとなりには回答入力用のパネルが用意されている…
「ッ……国の名前……!?」
(しまった! ぜんぜんわからん!!)
かつてない強敵の出現!!
はたしてヤムチャさんはこのピンチを乗り越えることができるか!?