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No.21061の一覧
[0] 東方交差点 ※更新無し(お知らせ)[or2](2010/10/26 23:03)
[1] 原始編 一話[or2](2010/09/17 18:02)
[2] 原始編 二話[or2](2010/09/17 18:02)
[3] 原始編 三話[or2](2010/09/01 05:27)
[4] 原始編 閑話 3.5話[or2](2010/09/23 07:49)
[5] 原始編 四話[or2](2010/09/01 05:27)
[6] 原始編 五話[or2](2010/09/01 05:28)
[7] 原始編 六話[or2](2010/09/01 05:28)
[8] 原始編 七話[or2](2010/09/01 05:28)
[9] 原始編 八話[or2](2010/09/01 05:28)
[10] 原始編 九話[or2](2010/09/01 05:28)
[11] 原始編 十話[or2](2010/09/01 05:28)
[12] 原始編 十一話[or2](2010/09/01 05:29)
[13] 原始編 十二話[or2](2010/09/01 05:29)
[14] 原始編 十三話[or2](2010/09/01 05:29)
[15] 原始編 十四話[or2](2010/09/02 07:29)
[16] 原始編 十五話[or2](2010/09/02 07:29)
[17] 原始編 十六話[or2](2010/09/04 00:21)
[18] 原始編 十七話[or2](2010/09/06 00:00)
[19] 原始編 十八話[or2](2010/09/08 00:01)
[20] 原始編 十九話[or2](2010/09/13 00:00)
[21] 原始編 最終話[or2](2010/09/18 01:04)
[22] 原始編 閑話 16.5話[or2](2010/09/23 12:55)
[24] 誰得用語集&人物紹介【ネタ】 それなりに更新[or2](2010/09/23 12:57)
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[21061] 原始編 十九話
Name: or2◆d6e79b3b ID:45d7fd94 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/09/13 00:00

 ハジは戦う。自分のせいで傷ついていった仲間たちの為にも、月を手に入れるために。
 八意は食い止める。逃げ帰る妖怪などに興味はない。ただ、侵略する者を排除し、追い返すのみである。
 この大結界の中、妖怪達は己の力を大幅に低下させながらも月の民達と戦っていた。
 だが、動きが鈍くなり、次々と撃たれる妖怪。普段なら響かぬ傷も、結界の影響で大きなダメージとなっている。
 結界の外へと退避しようにも結界には妖怪を閉じ込める効果があり、外に出るにはハジが直接転移させねばならなかった。
 ハジは隙を見てダメージが多い者から転移したが、まだまだ妖怪達は残り、戦っている。
 妖怪と月の兵士達。彼らの戦いは徐々に月の兵士達が押して行った。

 頭数が減る妖怪、どんどんと減る体力。
 普段ならば十日でも二十日でも、その程度は戦い続けられる彼らも、なかなか治らぬ傷と、結界の影響により限界に近付いている。
 被弾のないアマツも、最初ほどの速さはなかった。せいぜい、すごく速い程度だ。目にも映らぬほどの速さは出せなかった。
 奥理は傷自体少ないものの、だんだんと相手を仕留め損なっている。ツキは怪我を物ともしなかったが、嘗ての豪腕はどこかへ行ってしまった。
 他にも、溶岩の妖怪も、雷雲の妖怪も、水魔の妖怪も、今まで程の広域攻撃は出来なくなり、高い防御力を活かし、他の者の盾となっていた岩石の妖怪も、今では地に伏せている。

 敗色濃厚なこの戦い。
 彼ら妖怪は、尻尾を巻いて逃げるのが賢いやり方なのだろう。だが、此処にはそこまで賢い妖怪はいなかった。
 そこに居た者は皆、『初めて』一緒に戦ってくれと頼んだハジに着いてきた者ばかりだ。最後まで一緒に居るつもりの、命を惜しまぬ馬鹿どもだった。
 ハジはそんな妖怪達の想いを嬉しく思いながらも、命に関わりそうな怪我をした者を片っぱしから結界の外へと転移させた。
 まだ戦える、最後まで一緒に、そんな言葉を聞きながらもハジは相手の隙を突いて強引に転移させた。
 最初に月へとやってきた、あの場所へ。
 本当の戦いは此処ではないのだ。命を落としては、元も子もない。
 残った妖怪はほんの数人。最初に、ハジを含め百の大妖怪達が攻めていたことを考えれば、今や見る影もない。
 加えて言えば、敵の兵士は百、二百を優に超える軍隊だ。戦力差は歴然だった。

 結界さえなければ、逆転は可能だっただろう。何より、体力が違う。
 彼ら妖怪は戦っている最中にも傷と体力を回復させるような存在なのだ。
 穢れがなく、基本的に生と死の概念がない月の民でも怪我はするし、治すのにも時間がかかる。
 長期戦に持ち込むことが出来れば、勝つのは妖怪。いくら月の兵士でも、休みもなく、睡眠も無く戦い続けるのは無理なのだ。
 考えても見て欲しい。常に戦闘が起きている中で、満足な休息が取れるだろうか?
 もしできたとしても、いつ命を消す者が来るかも分からぬ状況でソレを実行出来る者は稀だ。考えるまでもない。

 だが、『もし』『たら』『れば』の話しを考えていても仕方がない。
 現状は妖怪達の圧倒的不利、満足に戦える者はハジのみ。他の者は十分な力を出すことができず、
 『たった』数人の兵士を相手取る程度しかすることが出来ない。
 しかも、彼らは銃を使うことにより不用意に近づかない。奥理やアマツなどは何とか戦えているが、ツキには満足な攻撃の手段がなかった。
 今は岩石を投擲し、攻撃を加えているがじきに出来なくなる。
 こんな、『更地』としか言いようのない見晴らしのいい場所で、そのような攻撃は通用しない。
 そして、ツキは涙をのみながらハジに転移された。また一人、妖怪は戦場から去ってしまった。


 残った妖怪達は一か所に纏まりながら戦う。ハジは現在結界を張った術者、八意を倒すために一人で敵の中心部へ突撃をしている。
 ハジには作戦とも呼べぬような作戦があり、その為に仲間には一か所に纏まっておいて欲しかったのだ。
 彼らはそんなハジを信じ、一か所に集まりながらも全力で立ち向かう。
 一歩間違えれば、即全滅の危険性を孕んだ作戦だ。だが、彼らはその身に兵士たちの攻撃を浴びながらも信じ、耐えた。
 ハジは、間に合うのだろうか。




 ハジは八意との戦いの最中、戦いの終わらせ方について考える。
 傷ついた彼らを元来た場所へと送り返したのは、単純に一人一人地上まで送っていると力を大きく消費してしまうためだ。
 送るのなら、いっぺんに転移した方がいい。この戦いが終わったら、まとめて地上に送ろうとハジは考える。
 それに加えもう一点。それは結界が何とか出来た場合、もう一度皆で攻めるためだ。
 もう、今、月を手に入れなければ、次のチャンスは無いかもしれない。そう考えてのことだった。
 だが、既に月が手に入るかどうかは危ういラインだ。なにより、この大結界の効果は絶大で、ハジ自身にも消しさることができる確信は無かった。

 それも、そうだろう。
 なによりこの結界は、その昔『ハジを含めた妖怪』への対策として作られた結界であり、それに月の頭脳がアレンジを加え、さらに強力になっている。
 並の妖怪では中で存在出来るはずもなく、大妖怪ですら力を奪われ、破ることは叶わない。
 ハジですら、力だけでは破ることは出来ないほどの結界だ。中からは勿論のこと、外からはさらに強固。
 ここに来て、彼の過去の行動が裏目に出ていたのだ。つくづく彼は運がない。

 ついでに、彼に知るよしもないがこの結界を張った者は八意だけではない。
 起点は彼女だが、それに力を供給している者は他にもいる。故に、これほど強固な大結界を創ることができ、
 逆に、それほどの力の持ち主は戦場に出ることは叶わなかった。
 彼らには結界に『ある効果』を付加する役目もあるため、効率で言えば、此方に力を使ったほうが良いのだが。



 ハジは月の軍と月の頭脳を相手に一人で戦っている。
 ハジの転移による移動速度はとても速い。瞬間移動とも言って良いソレは、彼の目視範囲ならば移動が可能だ。
 八意を翻弄し、月の兵士たちの銃撃をすぐさま避ける。それを繰り返しながら、光弾をまき散らし兵士たちを各個撃破している。
 だが、いつまでもそれは通用しない。
 なんせ、月の頭脳が居るのだから。いつまでも同じ攻撃は、効かないのだ。

 八意は、彼に追いつけないながらもハジの能力を分析し、要点を纏め兵士達へと伝達する。
 まず、転移。常に使い続けることはなく、一回の使用ごとに間があることから、何らかの制限があるか、力の消費が多いのだろう。
 範囲は結界内の範囲ならば問題がないようで、回避と反撃を同時に行い、無駄を可能な限り消しており、癖なのか、転移後は背後によく回り込んでいる。

 次に治癒。傷の大きな妖怪を抱きかかえ、傷口に触れたと思えばみるみる内に塞がっていった。
 他の小さな傷はそのままの事から、全体的な治療ではないらしい。彼女が見えた限りでは、局部的に自然治癒を促す力のようだ。
 昔彼女が見た妖怪の資料には、妖怪にあそこまの自然治癒は備わっていない。そのことから、これは異能の類だと言うことが分かる。

 そして最後。これは彼女の単なる推測だ。だが、月の頭脳と呼ばれる彼女の推測ならば、真実に近いモノである。
 それは、彼には近未来予知が可能なのではないか、という事。
 明確な未来が読めるという訳ではないだろう。それが分かるのならば、月に攻めることも無かったはず。
 読めるのは極近未来。ほんの数秒にも満たない程度だろう。それこそ、次に攻撃を放たれる程度までである。だが、この乱戦時、その効果は大きい。
 なぜなら彼は、『攻撃される前から』、銃の攻撃軌道上から外れているのだから。いつ攻撃が来るのか分かっているとしか思えない。

 一つの能力の派生か、複数の能力を持っているのか、それはこの際あまり関係は無い。とにかく、どれも警戒すべきなのだ。
 背後に転移され、攻撃されたら堪ったものではない。タイムラグも少ないことから、反応は難しいく、いまの所彼は自身の治療はしていないが、
 決定打を与えても治療されたら元も子もない。そして、まずは此方の攻撃が当たらなければ意味がない。

 八意は兵士たちへの伝達を終え、考えを纏める。ハジに白兵戦を挑む、と
 彼女が足止めをし、蹴りをつける。ハジさえ無力化してしまえば、それで終わりだ。それが、一番効率の良い戦い方なのだ。

 傷を治すのならば、ダメージが『残る』攻撃を。避けるのならば、『動けなくなるよう』に攻撃を。
 幸い、彼女はそのような方法をよく知っている。
 妖怪の頂点は、月の兵士達とその頭脳に積極的に狙われることになった。
 その時のハジの顔は、嫌悪の笑顔で染まっていた。











 弓を背負い、奴の懐まで滑るようにして潜り込み、胸に掌ていを打ち込む。
 傷が治せるのなら、それ以外に、内部にダメージを与えるまでだ。
 だが、その攻撃も、奴はその銃弾で傷ついた腕で受け止める。驚くことに、傷を物ともしない防御をしてくる。
 治さないのか、自分の傷は治せないのか。どちらにしろ、腕の使用に問題は無いようで、これは、面倒なことだ。
 しばらくは、お互い舞のように流れるような攻防が続いた。この妖怪の攻撃は、どれも恐ろしく正確で、速く、重い。
 私もそれなりに自信はあったのだが、此処まで正確な動きをすることは難しいだろう。全ての急所や関節に『一寸のズレ』もなく攻撃が飛んでくる。
 今のところ全て捌いているが、此方の攻撃も全て捌かれている。時折仲間たちからの援護射撃が入るが、奴は全て避けきる。
 相変わらず不気味な回避だ。だが、全てを避けられるわけではない。少なからず被弾をしており、その隙をついて私も追い打ちをかけている。

「……」

 なにやらブツブツとつぶやいている。詳しくは聞き取れないが、奴の目線から察するに結界のことだろうか。
 大半の妖怪は銃弾を受け、ダメージが多くなった者から何処かへ飛ばされていた。最初は各自で逃がそうとしていたようだが、
 この結界には妖怪のみに反応する遮断効果がある。妖怪に、あの壁を直接越えることは実質不可能だ。
 奴はテレポートが出来るようなので、他人も転移できるのなら結界外へと飛ばしたはずだが。
 残った妖怪達を一か所に纏め、一人で挑んできた。そして今、結界に注意を向けるとは……。何を企んでいる?

「貴方によそ見している暇があるのかしら?」
「たくさんあるぞ? どうせなら、全員で掛かってきたらどうだ?」
「遠慮しておくわ。こうして距離を保っていれば、貴方達を簡単に倒せるもの」
「ふん……」

 奴は無言のまま、先ほどと同じように光弾を飛ばしてきた。
 違うのは、大きさと速度。そして、その量。
 前後左右、三百六十度無差別にばら撒く様にして光弾は放たれる。さながら、光で出来た幕だ。
 だが、数が多いと言っても所詮は向かって来る光弾を避けるだけ。
 問題なく避けきり、此方も反撃を加える。建物が壊れる心配は無い。なんせ、既にここら一帯は全て崩壊しているのだから。悲しいことだが。

「諦めなさい。妖怪は、月の科学に敗北するのよ」
「……科学?」
「そう、科学。まあ、貴方達は知らないでしょうけど」
「知っているさ。未来から聞いたからな。その存在を否定し、全て消し去りたいほどに大嫌いだ」
「何事も否定から始めるのは、愚か者のすることよ」
「愚か者さ。戦う事しか出来なかった存在なんて」
「あらそう」

 短いやり取りを加え、戦いを再開する。
 何をするかは気になる所だが、奴が行動を起こす前に第三陣が来たようだ。
 ならば、『電撃波』も運び込まれているはずで、『あの作戦』の準備もそろそろ整っただろう。
 さて、そろそろ本腰を上げるか。邪魔をさせないために他の妖怪達への牽制を徹底させ、私が奴の動きを止める。
 術でも、肉体的にでも何でもいい。一瞬止められさえすればそれでいい。
 既に、奴の格闘攻撃は『見切った』。
 実力だけならば相手が上手だが、私から見ればあそこまで『正確無比』な攻撃は逆に読みやすい。
 後は、動きを合わせるだけ。
 『電撃波』を当てれば、死なずとも丸一日は行動が不能になる。



 …………。ほら、こうして脳を揺らせば動きは止まる。
 私たちの、勝ちだ。

 奴の体に電撃が奔った。
 一瞬、その口元が笑っていたのは気のせいだろうか。









――――――ぐぎああ゙あ゙ぁぁアア゙ァあああッ――――――

 紫が結界内に入り、最初に効いた音はそれだった。
 一番聞きたくない音だった。初めて聞いた悲鳴だった。それでいてよく知っている声だった。

 ハジの悲鳴だ。

 彼女は結界の重圧に顔を歪めていたことも忘れ、一心不乱に声の聞こえた場所へと向かう。
 すると、奥理達が一か所に集まり、見たことのない物を持った奴らと戦っている事に気がつく。
 彼女達は囲まれていたが、今はそれどころではない。彼女達もハジの下へと行こうとしているが、足止めを食らっているようだ。
 だが、それ以上に紫には向かわねばならない所がある。

 そこから離れた場所でハジが倒れている。

 奥理達は紫に気がつき、皆驚いた顔をしていたが彼女に気にしている暇は無い。
 一刻も早くハジの下へと行かねばならない。あのハジに向けている『見たことも無い物』。
 月へ来たばかりの紫には詳しい事は分からないが、武器なのだということは分かった。それを、倒れているハジへ向けている。
 一瞬の間を置き、乾いた音が響く。一度や二度ではなく、何度も。その音が響くたびに、ハジは傷つき、血が流れていく。

『アレは奥理達にも向けられていた物と同じ物』
『早く奥理達も助けなければ』
『今度は彼女達が、ハジみたいに血まみれになってしまう』

 紫は、現実逃避を行う。己の心の平穏のため。なにより、初めて見る光景に、脳の処理が追いつかなかった。
 目を、背けていた。意識的か、無意識的か。彼女はハジの事を頭から消し去り、動いている奥理たちの事を気にし始めたのだ。
 そんな思考とは裏腹に、彼女の体は勝手に動く。空間の境界を操り、スキマを開き、紫の体をハジの下へと運ぶ。
 そしてハジの前方にスキマを開き、敵の攻撃からの盾とする。
 頭が現実を受け入れていない。だが、体は勝手に動いている。今は、彼女はそれがありがたかった。

 だが、結界のせいで長くは開いていられない。この結界は、彼女ほどの妖怪ですら力を大きく削ぐ。
 スキマが閉じると同時に奥理達の下へと渡り、囲まれてはいたが、孤立しているよりは安全だ。
 未だにハッキリとしない思考の中で、彼女は戦線に加わり敵の排除に努める。

 血まみれのハジ。こんな姿は、かつて諏訪子と神奈子を二人相手にした時以来だろう。
 その時より傷は少ないが、生命力自体が結界により削られている。
 いつもなら怪我なんてしてもすぐに治してしまうのだが、今は気を失っているのか微動だもせず、血を流し続けている。
 このままでは危険。
 紫は皆を、早く結界の外へと連れ出すことに決めた。

「スキマで、ソトにデましょう? ハヤくしないと、ハジがネてしまうワ」
「紫! 落ち着くのだ。ハジは死なないから。この程度なら、大丈夫だから。
貴女がしっかりしないでどうする? しっかりなさい、紫。ハジの、娘なのだろう?」
「オクリ……さン」

 流石に精神が危ういと感じた奥理は、そう言って紫を抱く。戦いの最中だが、それでも、このまま錯乱させているよりはましだ。
 抱かれて落ち着いたのか、彼女の体の主導権が戻ってきた。徐々に、意識もはっきりとして来る。
 自分がしっかりしないでどうする。これではハジに会わせる顔がない。
 そう、強く意識を保ち、彼女は周りにスキマを張り巡らせ、意識を集中させる。
 まずやらなければやらないこと。それは応急処置。一刻も早く、ハジの止血をしなければならない。
 普段の彼女ならばすぐに思い至るはずだった。だが、どれだけ動揺していたのだろうか。
 彼女のしたことといえば、何の処置もせず、ただハジを無造作に動かしただけ。

「ハジ、今外に出すから、応急処置だけでもしましょう」
「……だ……、だ」
「ハジ……気がついたのね。 今、外へ」

 ハジの意識が戻り、紫達はひとまずの安心を得る。
 意識があるならば、傷は治せるだろう。そうすれば、ハジは死なない。あとは紫が外に出せば大丈夫なのだから。
 そう彼女が考えると、ハジは予想外の言葉を紡ぐ。

「外……には、出、る……な。後、す、こし……なんだ」
「ハジ?」

 彼女の心配を余所に、ハジは立ちあがる。
 周りを見れば敵に囲まれ、妖怪達も此処は通さんとし、攻撃を受けている。そんな中で、彼は外に出てはいけないというのだ。
 だが、それに文句を持つ者は紫以外に居なかった。なぜなら、皆ハジを信じているから。
 そして、大妖怪としてのプライドが、絶対に負けはしないと、退く事を許していないから。

「い、よ……っと。大分、しび、れも抜けてき、た」
「だ、大丈夫なの?」
「あ、あ。どうや、ら、電を、食らったよう、だ。油断、した」

 彼は若干意識を飛ばしていたが、まだ作戦実行中だ。彼の『策』は、まだ終わっていない。
 最後の仕上げをするため、ハジはまたしても戦いを開始する。




 紫にはハジの行動が理解できなかった。あそこまで傷つき、仲間の死を嫌う彼が何故ここまで危険を冒すのか。
 彼女は、彼らが月を攻めた理由はソラナキから聞いていた。
 あの演説の後、転移したハジ達をユウカと共に見ていたのだ。そして、どうすればいいか相談しているところ、ソラナキがやって来た。
 彼女はハジから事前に詳しい説明を受けており、ソラナキは紫を月へと向かうように焚きつけたのだ。
 ソラナキはこう言った。

『ハジは神を滅ぼす為に、月を手に入れると言っていたわ。
大方、貴女への土産なのでしょうけど……。正直、虫唾が走るわね。今すぐにでも殺してあげたいくらい。
まあ、殺すのは無理なんだけどね。

……ふふふっ、まあいいわ。紫。貴女はハジを追いなさい。
その為の手助けもしてあげましょう。……くくっ……せいぜい、後悔のしないようにね』

 妖怪の未来を手に入れるため、私たちの世代の妖怪のため。神を滅ぼすため。
 そのために、月を手に入れる。
 紫は悔しかった。どうして、私には相談をくれなかったのか。私だって、力になれるはずなのに。
 どうして、こんな死にかけるまでやるのか。
 紫はそんな思考の中、戦いながらもハジに尋ねる。

「どうして、こんな無茶するのよ」
「もう、退くに退けないのだ」
「なによそれ」
「何でもない。……それより、此処までの道のりは覚えたか?」
「え?」

 道のりとは、地上から月への行き方の事だ。
 一度座標を覚えてしまえば、紫の能力ならば簡単に移動ができる。距離により、妖力の消費は変わるのだが。
 ここまで紫は、ソラナキとユウカの妖力を借りて来た。帰りの分でも相当な物になるだろう。
 とにかく、彼女一人でも行き来自体は出来るので、そのことをハジへと伝える。
 そして、それを聞いたハジは一言呟く。『安心した』、と。彼の心は、一瞬だが緩んでしまった。

 ハジは紫が来たことにより作戦の変更を決めると、その次の瞬間、結界に流れている力が大きく動いた。
 目視出来るほどに動きがあるソレは、きっと彼ら妖怪にとって不利益しか生まぬ物なのだろう。
 ハジは仲間たちに時間稼ぎを頼む。敵が動き出した以上、急がねばならないのだ。
 敵は奥理たちに任せ、一歩も動かずに力をフルに使う。
 彼の作戦は、結界に干渉し、『あること』をし、大打撃を与えることに変わった。

 元の作戦は、結界の大きさを『無理やり広げ』、術者の力量では維持出来ないほど巨大にすることだった。
 結界の大きさ、質。どちらも大きく、高まれば維持に必要な力が多くなるのは当然である。
 そうやって供給不足により崩壊を狙っていたが、紫が此処に来れるのならば、無理やり結界を崩す必要は無いのだ。
 彼女が居れば、もう一度月へ向かうことは可能なのだから。例えハジが居なくとも。

 そんなハジに、紫が作戦について聞こうとすると、彼女達に声をかけてくる女性がいた。
 月の頭脳、八意である。

「御苦労さま。こっちは準備が終わったから、後は好きにしていいわよ?」
「なんですって?」
「穢れ……と言っても分からないわね。とにかく、結界内の穢れを全て浄化する。
これはその為の術よ」

 かつて神と呼ばれた者たちによる、穢れの浄化作業。
 妖怪達によって持ち込まれた穢れは、結界内に止め、全て浄化する。
 彼女らにとって、穢れとは忌むべきものだ。地上に住んでいた月の民は、浄化の仕方に詳しいのだ。
 だからこそ、彼らは結界の維持に力を貸し、最後の仕上げとして浄化の効果を結界に付加するのだった。

「穢れを持つ者ごと浄化するから、尻尾を巻いて逃げないと貴方達も消えてしまうかもね。どうするのかしら?」
「なん……ですって?」

 それは実質抹殺宣言。
 月の頭脳は分かっていた。彼ら妖怪は、プライドが高い。
 結界により、外に出ることは出来ないが、テレポートでなら外に出ることが可能。
 だが、それをするということはつまり、『敗北を認めた』と同義なのだ。だからこそ、彼女は逃げるという言葉を使う。
 逃げ帰るのならば、逃げかえればいい。逃げた妖怪など、興味にも値しないのだから。
 八意の言動は、ハジが『その考え』を分かっていると考えての行動だ。
 ハジの内心は如何ほどのものか。完全に舐められている事が、彼に分かっているのだから。

「なるほど……だが、奇遇だな。今、私も準備が出来た所だ」
「馬鹿な……アレを食らってこんなにも早く動けるようになるなんて……。これは……驚いたわね」
「今の私の体は特別だからな。心臓を貫いたって死なないさ」
「戯言を……不老不死じゃあるまいし。……貴方、結界に干渉したわね」
「ああ。お前たちが光弾を避けるおかげで、結界に当たったよ。
一応教えてやる。この結界の端と端は繋がった。繰り返しの空間に、お前たちは閉じ込められた」
「……? どういう……」

 彼の言っていることはつまり、結界の端と端が繋がり、内から外へ出ようとしても、反対側からまた結界内に入ってしまうということだ。
 外から入ろうとすれば、そのまま反対側の外へと突き抜ける、ハジ特製の無限の牢獄。

『入ることも出来ず、出ることも出来ない』

 ハジは結界が張られてから、結界に干渉しようと決めていた。相手の切り札を破れば、勝つのは妖怪なのだから。
 起点さえあれば、操る事ができるのが彼の本領。能力の一部を常に使い続け、自らの力を制限させながらも、彼は結界に干渉し続けた。
 月の頭脳にも気取られることなく、彼女と戦い、操作し続けた。もちろん、格闘の最中に彼女にだって『触れている』。
 それが、実を結んだのだ。

「八意様! 外へ! 外へ出られません!」
「っ!」
「それじゃあ、私たちは帰るとしよう。紫が一人で来られるのなら、無理する必要もない」

 そう。彼が結界に干渉した所で、結界の効果を変えることは出来ないのだ。
 だからこそ、結界から出る必要がある。そうしなければ、穢れと共に浄化され、消えてなくなってしまうから。
 だが、ただで帰るほど彼は素直ではない。
 何より、彼は月の住人たちが大嫌いなのだから。殺戮、嫌がらせ、それらの類はいくらしてもし足りない。
 妙に素直なハジの言動に妖怪達は訝るが、次の発言により彼が何をしようとしているのかを悟る。
 そして、焦る。
 なぜなら、それは一人帰らないとも取れるから。

「少し自慢をしてやるよ、月の民ども。私の特技は自爆なんだ。妖力を爆発させるのは、得意でな」

 ハジの指示により、牽制のため散らばっていた妖怪達が集まってくる。
 だが、ハジは少し離れた上空に佇んでおり、その行動が妖怪達の心をざわめかせる。
 八意も、月の兵士たちも、皆怪訝な顔をしている。真意を掴みかねているのだ。

「此処まで苦戦させた記念だ。私の特製の爆弾をやるよ。たっぷりと妖力を込めた、な。
腕はもう、必要ないから、存在ごとくれてやる」

 そう言ってハジは自分の片方の腕を切り落とす。一切の躊躇も無く、最初からそのつもりだったように。
 顔を痛みで歪める訳でもなく、左腕で右腕を放り投げる。
 存在ごと、つまりそれは、これから一生片腕でいるということだ。
 彼ほどの妖怪ともなれば、たとえ腕が吹き飛んでも一応再生は可能である。だが、存在ごと消えてしまえば、『腕があった』ということすら、消える。
 『元々』腕がないのなら、再生も何もあったものではない。
 彼は、威力を高める為だけに、腕を犠牲としたのだ。

 その後、彼は胸元から、素早い動きで『真っ赤な何か』を取りだし、それを投げ落とした。
 背後から見ていた紫達には、何を取りだしたのかは見えなかった。
 だが、正面に居た八意と、月の兵士達はしっかりと見えていた。その、真っ赤な何かが何なのかを。
 故に、月の民は茫然とした。故に、反撃の機会を逃してしまった。

「じゃあな月の民ども……消えてなくなれ。それじゃあ行こうか、皆。地上へ戻るぞ」

 嬉しそうに、とてもわくわくした面持ちでそう言って、ハジは仲間の下へと近づき、最初に月へついた場所へと転移をする。
 残された月の民は、急いで浄化を強めるが、妖怪を巻き込むには間に合わず、彼らを消しさることは叶わなかった。

 残った物は、月の民達と、ハジの残した右腕、『真っ赤な何か』。

 轟音が、月の都に響き渡った。





 そのまま、ハジは皆を連れて地上へと戻る。百と一人の妖怪の帰還である。
 ハジが自爆の事を言い始めた時はまさかと思ったが、どうやら腕だけで済んだようである。
 妖怪達はハジの再生力も知っている。だからこそ、腕だけなら何とかなると思っており、腕を切り落とした時は安心が先に来た。

 帰還した場所にはユウカとソラナキが待っており、紫達が戻ってきたことに気がつくと近づいてきた。
 紫はもうクタクタだ。彼女はユウカとソラナキにお礼をいい、無事に戻れたことをユウカと一緒に喜んでいた。
 誰も死ななかったのは奇跡のようで、本当に良かったと感じている。
 だが、ソラナキのみ、険しい顔だ。
 それが、紫の心をざわめかせる。なぜなら彼女も、地上に戻っても尚、嫌な予感が消えていなかったから。

「なあ紫」
「……なにかしら」
「月は手に入らなかったが、誰も死ななかった。だから、今度はお前が…………いや、なんでもない。
お前はお前の思う通りに生きて、そして自然の中で終われ。殺されるなよ? 死ぬのなら、自然に、寿命で大地に還るのだ。

……とにかく、『科学』という物には気をつけろ。あれは、危険だ」
「……どうしたのよ?」

 その後、ハジは紫へと月の情報を与えていく。奥理やアマツ、その他月へ行った妖怪達全員も交えて、ユウカにも、ソラナキにも、月の情報を教えていく。
 見たことも無い建物。見たことも無い武器。月の兵士達の力。
 一人一人の兵士は中位妖怪よりも少し上といった程度だが、何より恐ろしいのは武器なのだ、と。
 大妖怪達の体にいともたやすく傷をつけ、並大抵では見切ることすらできない攻撃速度を持つ。
 月の科学。紫はその脅威を肌で感じた訳ではなく、実際に立ち会ったのは、最後の、少しの間だけ。
 だが、ハジにすら傷をつけるほどの物だということは確かだ。
 もし、彼女がいつか月へと攻めるとしたら……どう対処するのだろうか。

「紫。お前は頭が良い……。きっと、紫なら私よりも優れた存在になれるから」
「ねえ、さっきからどうしたのよ。何か、貴方変よ?」
「そうかも、知らないな。じゃあ、これで最後にしよう。聞いて欲しいことがある」
「……なに?」
「終わりとは、新たな始まりだ。だから、私が終わっても、まあ、あまり気にするな。

じゃあな、紫、皆。……ル……。ソラナキ、約束通り、後は頼んだ」

「わかったわ」

「ちょ、ちょっと待って、行き成り何を……ハジ!?」

 ソラナキはハジを睨みつけている。今ここで、彼を殺さんとするような目だ。
 一体何がどうしたのかと聞こうとするも、紫が問い詰める前にハジは何処かへ転移してしまった。
 あの傷で、一体何をどうするというのか。
 妖怪達も、ハジの言葉にまさかと思う



 紫は、やっと嫌な予感の正体が分かった。
 『らしくない』のだ。ハジが。
 悟ったように、諦めたように、達観した目で周りを見ている。
 そうやって、彼女がそのことに気がついた時、ソラナキが皆に話しかけた。

「紫……話しがあるわ。 他の皆も、聞きなさい。
くくっ……。せいぜい、気を強く持つことね」



 その話は全ての妖怪達にとって衝撃的な物であったが、彼と古い付き合いの妖怪は、どこかで納得していた様子であった。
 長い年月を生きていれば、必ず遭遇する、ソレ。
 奥理も、アマツも、ツキも、とうとう来たか。それだけを、想った。



 紫は想う。


 なんだ。ハジは、もう……。


 『終わって/死んで』いたのか。


 少女の心にスキマが空いた。











「くっ……やって、くれたわね……危うく、やられるところだったわ」

 月の都、結界内部、『だった場所』
 結界は、既に崩れた。廃墟だった戦場は、今はもう、何もない。
 そこに見える物は、大地と、ほんの少しの人影だけ。他はすべて消しとんだ。
 咄嗟に瓦礫の影に隠れ、地面の亀裂に潜り込み、強力な防御障壁で何とか爆風を凌いだ月の頭脳は毒づく。

 こうして月の都の約三割は、妖怪達の攻撃によって廃墟にされ、ハジの爆発によって文字通り『塵』となって『消えた』。
 それほどまでに、彼の腕を使った爆弾と、『心臓を使った爆弾』は、強大であった。
 結界の外へ爆風が逃げず、閉じ込められ、繰り返された爆発の威力は壮絶な物であった。

 この戦い以来、月では地上に対し警戒心を抱く。
 地上への印象は、下賤な者から野蛮で危険な者と変わっていた。
 長い月日をかけ、復興作業が終わった後、地上に対しての対策も少しずつだが練られていくのであった。

 月の民は記す。かつて最悪な災害があった、と。
 このようなことが無いように、一層優れた存在になれと。
 月から見える地球は、相変わらず青かった。










――――――――――――

あとがき

昼間のぞいたら復活してたんで、張りきって投稿しようと思いました。
せっかく理想郷が復活したんですから、せめて明るい話にと思いまして。
完全勝利とは行かずとも、戦いによる死者も無く(妖怪側)最終的には勝ち逃げのような感じに。


 やま助さまへ
一瞬、どう負けて行くのか楽しみです。に見えてしまいました。どSと思って申し訳ない。

>残して死ぬ
彼は優しいです。妖怪には。ですからそんな、仲間たちを泣かせるようなことは…………あれ?


 マッカさまへ
孔明の罠も見えていたら対処のしようもありますよね。
隠蔽効果も付属して19,800円で売り出せばよかった。


感想ありがとうございます。
次回でラスト。
その次からは短編みたいな感じでぽつぽつと投稿を考えています。ちゃんと完結はさせる気です。
オチとネタでストーリー考えたんで、せめて落としたい。
よかったらこれからも見ていてください。


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