とある森のとある湖。
そんなとある場所でとある少年がとある行為をしていた。
「うっ……ふあぁっ……!」
少年は目を細め、ピンと、つま先から背筋までを仰け反らした。
少し顔を歪めているが、不快そうではない。むしろ、満足そうな顔をしている。
春先に、土から新たな命が芽生え、蕾からにっこりと花を咲かせるような。そんな、充実した表情。
そうして、聞こえてくる音。
ピチャリ……ピチャリ……
液体が落ちる音。
どうやら、彼から滴り押しているようだ。当の少年はすっきりしたような顔をしており、かすかに頬を赤くさせている。
そんな彼に話しかける女性が居た。
女性の名はツキ。少年、ハジの手によって、角を持った化獣から変化した妖怪である。
彼女は力という部分に大きな関心を抱いており、自分よりも強い、若い雄が好みだった。
「ふぅ……やっぱり、気持ちいい……かな」
「なんだ、やっと終わったのかい? 待ちくたびれちゃったじゃないか」
「ん?……戻ってきたのか。というか、見ていたのか」
ツキは見ていた。ニヤニヤと。目の前の少年がしていたことを。
出来れば、自分も一緒に混ざりたいなんて考えていた。だが、そうするとずれた方向にプライドの高い彼のことだ。
自分に気がつき次第、カッコよくない行為など見せられないと言って、やめてしまうだろう。だから、彼女は今回、『それ』が終わるまで見ていることにしたのだ。
ただし、ハジは見せられないと思うだけで、見せないようにする努力はしない。せいぜい、見た奴が真似しなければいいな、程度だ。
加えて、その無防備な姿を晒す時、彼は辺りを警戒しない。単に、『今』見られてないと『思えば』今回の『それ』のような行為をしたりする。
少しくらいいいだろ、と
実際に、彼は『それ』を行う前、彼女と会話をしていた。そのあと、彼女は彼の頼みで水を汲むことができる
大きな葉を探しに、一旦席を離れた。彼の元を離れていた時間はそれほど多くはない。だが、彼女が戻ってきたときには、
彼は『それ』をしており、彼女を驚かせていた。そして、その頬を緩ませていた。
「それで、気持ちよかったかい? 『それ』」
「ああ。なかなか有意義なものであった。
あと、あんまり見せる物ではない、な」
言外に、お前ずっと見ていたな?と言うハジ。しかし、ツキはそんな彼の扱いには慣れているのか、あたしもそう思うよ、とずっと見ていたことを含ませた肯定の意思を返す。
ハジは、そんな返事を予想していたのか、特に気にする様子もなかった。彼らは、それなりに長い付き合いなのだ。
「それにしても、この葉っぱはどうするんだい? もう、『それ』で終らせちまったみたいだし」
「そうだな。確かに必要なくなったが、ちゃんとこれも使うとしよう。
なに。何度やっても気持ちいいのだ。ツキ、お前もするか?」
「んー、そうだね。でも、その前に、だ。先にあたしと、しておくれよ。その後になら、いいかな」
「そうだな。先に、そちらをやるか」
そもそも、彼女は最初からそのつもりで彼の元へ来ていたのだ。だが、予想外に時間がとられてしまった。
その分、激しくしてもらわないとね、などとちょっぴりアブナイことを考えるツキ。
「それじゃ、最初からとばしていくよ!」
「ああ、いつでも来い」
そう言い、彼女は彼に襲いかかる。走るたびに揺れる女の象徴を惜しげもなく見せつけながら、彼の肩に手をかける。
まず、彼女の狙いは彼を地面に押し倒すこと。押し倒した後は馬乗りになり、そうして、激しく攻撃するのだ。
彼はどう反撃するかと悩んだが、別にこいつの思惑にも乗ってもいいかな、なんて思ったりしていた。だが下半身の一部が勝手に反応してしまった。
彼の動きを瞬時に察知する彼女。
彼女は身を屈め、彼の腰辺りに顔を持っていく。彼の足を縦に大きく広げており、一瞬前まで彼女の顔があった位置を
蹴りぬいていた。正確には、こめかみがあった部分に、つま先が当たるようにしていた。
身長差があったこともあり、彼の足は地面から直線だ。
ツキにとって、今の攻撃を避けられたのは大きい。足を開いている間は金的を狙え、頭突きをすればすぐにでも当てられる。
しかし、自身の額には角があり、流石にそれは刺さってしまうと憚られたため、そのまま、唯一彼の体を支えている片足を掴み、引く。
彼を転ばせることが出来れば、彼女の最初の作戦を実行する確率は格段に跳ね上がる。期待を込めて足を引っ張ったのだが、彼も負けてはいなかった。
足を取られたとみるや否や、自ら体の重心をずらし、転ぶ方向を操作する。冷静に、転んだ先の地面に片手を『突き刺し』、
片腕で体を支えながらもう一方の腕で彼女の膝へ手刀を繰り出す。
流石にこの反撃は予想していなかったのか、彼女は体制を崩し、彼の足を手放してしまう。
そうしてしまえばあとは一方的だった。元々、彼と彼女の力量差は計り知れないほど離れている。
片やぽっと出の妖怪、片や全ての妖怪の頂点に立つ妖怪である。いくら、彼女に才能、素養があったとしても、絶対強者として
君臨する彼には敵わなかった。彼女は一介の化獣として生まれ、彼は大地から一つの種族の頂点となるべく
生み出された存在なのだ。土台が違った。
体制を崩した彼女に待っていたのは、激しい連撃。膝をやられ、体を下げてしまったのが悪かったのか、彼は片手立ちの
姿勢のまま彼女の胸を蹴り上げ、浮かせる。次は、上から。
彼は目視で能力を使い、一瞬にして彼女の背後へ移動。持ちあがった体の背中を掴み、地面へ叩きつけ、押さえる。
二度にわたる胸への衝撃は、彼女の肺から空気を吐き出させていった。
流石のツキも苦しくなってきたのだが、そこで諦めはしなかった。
なんとか体を捻り、背中を押さえる彼の手を掴む。ハジは感心した様に息を吐くが、それを見る余裕は彼女にはない。
いつもの陽気な顔を、鬼気迫る表情へと変え、自身の自慢である豪力を振い、彼を振り回そうとする。
いくら強いと言っても、彼の体は小さく、軽い。そのか細い腕は、彼女にしてみれば片手で折れてしまいそうなほどに弱々しく
見えるのだが、全力で掴んでも何ら問題は無い。彼は持ちあげられてしまえば踏ん張ることが出来ないので、
持ちあがってしまえば、彼女の良いように振り回れるだけだ。そして彼女は地面に倒れている状態。自然、彼は地面に叩きつけられる。
普通ならば、彼女の力で叩きつけられでもしたら原形も留めないのだが、彼は一味も二味も違った。
彼は地面に叩きつけられる直前、彼女の腕を掴み返した。そして、叩きつけられた衝撃を利用し、逆に、彼女の体を持ちあげ、宙に浮かせたのだ。
しかし宙に浮かせたまでは良かったのだが、うっかりその手を離してしまい、先ほど叩きつけられた衝撃で舞った砂埃
のせいで彼女を見失ってしまった。彼は音をたてずにすばやく起き上がり、自然体のまま立っていた。
行動を起こさず、砂埃が収まるのを待つことにしたが、次の瞬間真上から影が迫る。ハジは飛来した物から身を守るため、
腕を十字にさせて身を守ろうとした。だが、飛来してきた物がツキであると気が付き、反撃のために防御を緩めた。
しかし、彼がいざ反撃をしようと意気込んだはいいが、次に彼女に意識がないことに気が付く。
そうして彼女を受け止めようとし、すでに三動作を刹那の時間に行うという無駄に高い能力を出していた。
だが、直前に彼女の意識が戻る。彼女の意識が飛んでいたのは、宙に浮いてからのほんの数秒。
瞬時に状況を理解し、目の前の彼に攻撃を加えよう手を突き出そうとしたが、距離が近すぎた。
彼女が意識を取り戻し、攻撃に移ることをまたしても瞬時に見抜き、反撃に移ろうと彼女の手を掴もうとしたのだが、
今度こそ、流石に間に合わなかった。
結果。
彼と彼女はお互いの手を取り合い、頭同士をぶつけ合ったのだった。
さらに、彼の額は彼女の立派な角で勢いよく突かれ、たたらを踏んだ彼はそのまま後ろに倒れ込む。
後頭部を強打し、その衝撃に吃驚していた彼を待っていたのは、上から落ちてくる彼女。彼女自身も唖然としており、そのまま彼へと跳び込む。
お互い中途半端に受け身を取ろうとしたため、彼を潰すようなことは無かったのだが、
少年を押し倒し、抱きついている美女の図の出来上がってしまったのであった。
彼らは、先ほどの戦闘の評価もそこそこに、湖の畔へ行きおもむろに服を脱ぎだした。彼ら妖怪は、その時代には珍しい、布を体に巻きつけていた。
少年は、肩ほどまであるサラリとした髪をなびかせながら、サラシのように胸に巻いた布をくるくると巻き取る。
まだ幼い、つやのある肌をさらに見せつけ、腰に巻いて結んだ布をほどき、一糸纏わぬ姿となった。
女性の方も、腰まで届くかという長い黒髪を風に揺らし、胸の谷間付近にある布の結び目をほどいた。
拘束から抜けだし、重力に逆らいながら上を向こうとする二つのそれを、ぷるるんと揺らさせながら腰へと手を伸ばす。
彼女の動きに反応し揺れる二つのそれを、彼女は煩わしく思ったか、二の腕で両側から挟み、押さえながらも、腰の横で結った部分をするりとほどき、パサリと布を地面に落とす。
ひらりと舞う、白い布。こうして、少年も、女性も。恥ずかしがることもなく、スルスルと、自らの体を露わにした。
最近、ハジは、服を着ないでした方が、都合が良いのでは? と気がついた結果であった。
次に、彼らは採ってきた大きな葉を使い、水を掬い、お互いの体へかけあった。
ハジの華奢で、白い肌を持った体に水がかけられ、さらに潤いを持った肌は光を反射させている。
ツキの体にも水がかけられたが、その自己主張の激しい部位は水をせき止め、水の動きを阻害していた。
その分多くの水を彼女にかけたハジは、自分もいっぱい水をかけてもらいたい。不公平だ、とツキに要求し、彼女を苦笑させていた。
水のかけ合いを終え、湖へと入る二人。ハジは、湖に入るとさっそく、深い所まで行き、足が地面に付かないところで浮かび始める。
それをみたツキも、そこへと近づくのだが、ハジとツキ、どちらを悲しめばいいか。彼女の肩と胸上は水面に出ている。
そういえば、と。目の前の光景を見て、彼女は思い出したように質問をする。
「そういえば、あたしが戻ってきたときにやっていたアレ、やらないのか?」
「あとでやる。
……お前がいなければ」
彼女の言う『アレ』とは、彼が気持ちよさそうにやっていた行為のことである。
彼の気持ちよさそうな顔をみて、自分もやってみたいと興味を抱いたのだ。出来れば、彼を抱きながらやってみたい、とも。
「まあ、そう言わないでさ。今度は一緒にやってみようよ。アレ」
「……、……まあ、別に構わないが」
彼は数瞬悩んだ様子を見せて、肯定する返事を出す。
それなりの付き合いを持っている相手ならば、見られても特に問題はないようだ。
「いよし。そうと決まれば早速やろうか。まだ、出来る?」
「出来る。暇だしな」
「そうかいそうかい。なら、しようか」
そう言いながらハジの手を引く彼女。彼女は今よりも浅い所、彼の足の届くところまで引いて行った。
「それにしても、大きな欠伸だったねえ。アレ」
「そうだな。実に、気持ちのいい伸びだった」
彼女自身も体の力を抜き、浮力に身を任せる。
ハジは既に浮きながら、瞼を閉じている。
「水に浮かびながら昼寝をするなんて、ハジも変わったことをするね。
というか、途中沈んでいたけど。それでよく起きなかったね」
「強いからな」
会話をしつつ、さりげなくハジの手を引き、手元へ引きつける彼女。肩が、触れ合う。
彼は既にまどろんでいるのか、それとも素なのか、微妙に会話が成り立っていない。
「そりゃあ、確かにハジは強いけどね。
それにしても、どうしてあたしが葉っぱを持ってくるのを待たずに入ったんだい。しかも、寝てたし。
それに、服を着たまま入っちゃってさ」
「暇だったし、待てなかったし、面倒だった」
「あ、そう」
最初は、彼の下へ戦いの相手をして欲しいと、彼女が来たことが始まりだった。しかし、ハジは最近嵌った『水の中で昼寝』を
したく、妥協案として彼女と流しっこしようという、なんともかわいげのある提案をしていたのだった。結局、勝手に昼寝をし始めていたのだが。
現在はお互いが水に浮かんでいる状態。流れは無く、あったとしても小さなものなので、どこかに流されることはない。
水に漂いながら、彼女はじわじわと、ハジとの距離を、さらに詰める。
「たまには、こういうのもいいね。今度、奥理とも一緒にやりたいな」
「……」
「ハジ?」
「……」
「寝た、か」
攻撃を受けても、ちょっと吃驚したなどと的外れな感想を抱くハジである。基本的に鈍いので、少々触れたところで起きはしないのだ。
彼女の企みに成功の兆しが見える。
「ハジ? ハージー?
……よしっ」
とうとう、彼女は引きよせていた手を離し、彼の体へと腕を回す。
水中ハジ枕の誕生である。特に意味は無い。
「やっぱり、強くて若い雄はいいねえ。妖怪としては、私の親、なんだけどね。
年下の親……なんだか変な感じだ」
ハジとツキ。お互い、黒い髪を水に広げ、白い肌をその太陽の下惜しげもなく晒していた。その姿は親子のようにも見える。
ハジを抱き枕とした彼女は、いつか越え、自分のものにしてやると大きな野望を胸に秘め、眠るのであった。
「……」
「うーん……ハジぃ……もう一戦……」
「……」
「あぶ、あぶぶぶぶぶぶっぶ」
「鬱陶しい」
「ぷはっ!ちょ、なにするあだっ!」
「叩くぞ?」
「いたたたた、叩いてから言わないで!というか今あたしを沈めたかい!?」
「死にはせんだろ」
「ちょっ」
妖怪の、ほのぼのとした日常の一コマ。
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あとがき
閑話です。3.5話です。三話と四話の間ですね。だいたい、3話から5000年と±5000年の範囲の話です。
今回の話。
戦闘シーンを初めて書いてみました。想像した物を言葉にするのは難しいと言いますが、これほどとは。
今回は、とりあえず文章を先行させてシーンを考えてみましたが。戦いの流れなんて素人の私にはわかりません。いずれ流れるような弾幕戦を書きたいなぁ。
動きを現すのならば、カメラワークに気を使えば、見やすく、読みやすいシーンになるでしょうか。
今までは状況の説明の文章。この話では、場面の、映像を映す文章。
人の動きとか、表情とか、何気ないしぐさとか。そういうのを現すのって死ぬほどむずい。
絵ならどうかって話だけど、逆に漫画とかは、絵だけで全てを出そうとすると、それも難しいと思う。
アニメとかだと、台詞と効果音とかがありますね。無音で何を表現できるでしょうか。音だけだったら?
考えてみると、いろんな物に頼っているんですね。
こういう発見はいいですね。実際にSSを書いてみなければ分からない難しさでした。
おばあちゃんは言っていた。
どれから投稿するか悩んだら、先に出来たほうを上げていけ、と。