妖怪・ハジは悩んでいた。
人間の発展速度に妖怪がついていけないのだ。特に、神が人間を守るようになって早二万年。
たったこれだけの間に人間は石や木を加工する技術を身に付けた。
加えて神の守り。これは妖怪全体にとって死活問題と言ってもいいほど厄介なものだ。
ただでさえ厄介な守りであったが、人間の技術の発展により、より強固なものとなったのだ。
木を加工し、住居を作る。それは洞窟や大岩などを必要としない、立派な、個別の住居。岩よりも遥かに軽く、どこにでも作れる砦。
これらの存在は人間の生活範囲を広げさせ、村を作り出し、その村を神が纏め、国を作らせたのだ。
人間が集まるということは、信仰が集めやすくなるということだ。
永い年月が経つ間に、各地では小さな国が出来ていた。現在最大の勢力を誇るのは洩矢の国。他の国と比べ珍しく、
神自身が国王をするという国であった。といっても、各国の神はその国の者から信頼されている。
その国の王にすら信頼されているので、もはや、その神の国と言ってもいいほどなのではあるが。
洩矢の国王は広い範囲に渡りミシャクジさまと呼ばれる神をも使役し、その強さと、使役した神を操り、
神を蔑にした者には恐ろしい罰を与えることで有名であった。
そしてその力を使い、自分たちを守ってくれる国王を国民は信頼しており、国王への信仰心はすさまじいものなのであった。
他の神へと信仰をしたときの祟りを恐れていることも、大いにあったのだが。
他にも、国王自身の能力を使い、鉄と呼ばれる、岩よりも硬い物質を採掘、加工し使っていた。
鉄を使った王国は、その他の小国とは比べ物にならないほど豊かになっており、それを含めての信仰であった。
今の人間の、神への信頼はとても大きい。それこそ、妖怪へ抱いていた恐怖感を和らげるほどに。
神への信頼は信仰へ繋がり、神の力、影響力を高めた。逆に、恐怖の低下は妖怪の発生を遅らせ、力を弱らせ、恐怖を糧としていた妖怪は空腹に悩むこととなった。
妖怪の危機に、彼は黙ってはいられなくなった。
かつて、彼は神々に戦いを挑もうとした。だが、しただけだ。その時は、自発的に神を襲うことを体が拒絶してしまったのだ。
一万年以上の時を生き、人間『のみ』を襲うことを信条としてきた彼である。たった数日数年やそこらの覚悟で、超えられるものではなかったのだ。
しかし、今はそのような心配は無用となった。そして彼は、拒絶反応を克服する間、妖怪たちの独り立ちに力を注いでいたのだ。
自分が居なくなってもいいように。
まず声をかけたのは、自らが化獣から変化させた妖怪たち。彼を親のように慕う妖怪たちとの関係を、一人の妖怪と、一人の妖怪として、
対等な立場となるようにした。すでに、彼を始まりの妖怪として見ている者は、元化獣組のみだ。全体の3%にも満たない。
その他の者は、ただ絶大な力を持っている妖怪だとしか認識していない。本人も、それでいいと思っている。
最初に会ったのは、角獣妖怪のツキ。一角の化獣から変化した妖怪だ。
ツキは力が強く、戦いが好きな妖怪であった。長身で、凹凸の激しいボディラインを持ち、たまにハジが彼女の相手をしてやると
その豊満な胸を揺らして子供のように喜ぶ。よく奥理と一緒にハジを子供扱いし、怒ったハジに投げ飛ばされていた。それでも喜ぶあたり、
豪快な性格であった。ちなみに相手とは、戦いのことである。ハジはお子様である。
ツキは人間たちの間では、嵐のような、禍のような存在として語り継がれてきた。曰く、角を持つ妖怪は不幸をもたらす、と。
ハジはツキに種族を名乗らせるようにし、人間の恐怖と相性の良い、角持ちの力強き者を仲間にしていくといいと告げた。
次は妖鳥妖怪のアマツ。天と書くらしい。彼は人前に姿を現すことはめったになく、目撃情報も少ない。
基本的に恥ずかしがり屋で、本人もとても素早く、風を操り、姿を眩ますことから天を駆ける妖怪と恐れられていた。
目にもとまらぬ速さで人をさらい、空から突き落とし、忽然と姿を消す。……はずなのだが、それでもうっかりと、
しっかり姿を見られているあたり、ハジの因子を組み込まれているといえる。
ハジは、自分よりも少しだけ背の高い彼の頭を撫でながら、恥ずかしがらず、きちんと群れを作ることを約束させた。
他にも、血吸い妖怪、巨人妖怪といった、自らが変化させた者、自然に変化した者、そして化獣生まれ以外の者にも、多くの力ある妖怪に会い、約束させた。
水中に住む妖怪、人間を誘惑し食べる妖怪、闇を操り人を閉じ込める妖怪、雪を降らせ凍えさせる妖怪や、人間を騙す狐や狸の妖怪。
たくさんの妖怪達に出会い、告げた。
これからも、自らの種を残すため、生きるために人間を襲うように、と。
神は、しかるべき時に自分が何とかするから、それまで元気に生きていてほしいと。
そして最後に奥理。彼女はハジによく懐いていた。傍から見れば少年を襲う痴女その1だったりするのだが、
実力的に襲えるはずもなく、また、彼女にはそんな気はなかった。彼女にとってハジは男としての魅力は薄い。
その代わり、母性本能は大変くすぐられていたようだが。(ちなみにその2はツキである。彼女は単純に、強い男が好きなだけであった。アブナイ女である)
彼女の名誉のために言っておくと、大変健全なスキンシップをとる理由はちゃんとあり、元々臆病で寂しがり屋だったことと、
自身の体が大きく、小さな者への憧れがあったのだ。つまり、ハジには親のように甘えたいし、子のように甘えて貰いたいのだ。
本来、この彼ら二人の間で親に当たるのはハジなのだが、彼女もまた、どこかズレているのかもしれない。案外、妖怪なんてそんなものである。
そんな彼女であるが、ハジと長年共に過ごし、群れを纏め上げていた経験からか、妖怪の危機やハジの機敏を素早く感じとっていた。
それでも騒がず、ただハジの行動の邪魔にならぬよう群れを制し、大きな行動を起こさなかったのは、野生の勘と言うべきか、女の勘と言うべきか。
ハジへの信頼というものもあったのだろう。彼女は、ハジの種族を大切にしてくれという約束を、きちんと受け止めた。
そしてしばらくして、奥理には旦那さんが出来た。彼女よりも七千歳ほど年下の人狼、クレナイくんである。
彼女たちの間には、強力な力を持った子供達が生まれたそうな。
時は、確実に進んでいる。そして、常に変わり続けている。
人間が恐怖を忘れるという、過去には誰も考えもしなかった出来事が、今起き始めている。
人間の発展、神々の守り、妖怪の衰退。これが、日本列島と呼ばれる大地の頂点に立つ妖怪・ハジの悩みであった。
(なんとか……なんとかしなければなるまい。ようやく、妖怪が大地の循環の一部として認められてきたのだ。
私が、なんとかしなくては。要は神々。これさえ崩すことが出来れば、人間は恐怖を思い出す。
今度こそ、やってやろう。やるべきことは全てやった。
たとえこの身が滅びようも、必ず)
ある妖怪は、神々に戦いを挑むことを決心する。
それは、神々同士が戦いを起こし、土地の奪い合いをする戦争の幕開けと同時のことであった。
そして、土地を持っているのは神や人間だけではない。そう、彼らも……
一体どうするべきか。実に悩む。
神達の動きがどうもおかしい。そう感じたのは、闇に紛れ戦いを挑もうとした晩のことだ。
すでに始まりの妖怪としての名を捨て、ただのハジとして生き、戦うことを決心したというのに、一体神は何をしているのだろうか。
そう思い、一晩中見続けていたのだが、どうやら国の拡大を図るための戦争を起こすらしい。戦争。つまり巨大な戦いだ。
どうもこっそりと見る限り、数ヶ月前から準備をしていたらしい。誰も神の動向を気にすることは無かったから、気がつかなかった。
他の国でもそうなのかと、寝る間も惜しんで各地を回り、他の国も準備をしていたことを確認したのが先ほど。そして今に至る。
つまり、不意打ち気味にただの戦いを挑もうと思っていたら、相手は戦争の準備をしていたというのだ。なんと間の悪い。
向こうは食糧、武器、力の貯蓄、全てが良好。対して此方は、食糧無し、武器無し、力万全という、戦う前から負けている状態。
相手は神だ。いくら私でも、戦いのための準備を万全にされては、手の出しようがない。戦いが長引いてしまえば、その分不利となる。
仮に討ち滅ぼしたとしても、次に同等の戦力が襲ってくるのだ。一つずつ潰して回る計画だったのだが、それでは相手を手助けするようなもの。
ならば……一つずつ潰して回らなければ良いのか?
初期案のままでは、一つを滅ぼしても、すぐに他の国の神達がやってくる。逃げても、そこの人間から信仰を得られてしまえば、さらに辛くなる。
ならば、逆転の発想だ。神同士で潰しあいをしてもらい、どんどん多くの国を治めて貰う。出来るのならば、最後の一つとなった
国を治める神を私が倒し、人間を恐怖のどん底に突き落とすのだ。
もちろん、そんなことが出来るとは思っていない。この大地全土の人間から信仰を得た神は、まさしく、『神』。
全ての生物の頂点に立つ者。私ですら、恐らく勝てはしないだろう。
ならば、それなりに国を大きくし、また、その土地の人間から信仰を得られていない時期の神を殺せば、少ない労力で大きな戦果を得られるだろう。
ツキあたりに嫌われそうな、卑怯な作戦だと思うが。もはやこれしかあるまい。私は非情に徹する妖怪なのだ。
ならば、今は期を待つのみ。力を温存し、蓄えるために、状況は奥理達狼に探ってもらうとしよう。狼の探査能力は高い。
とうとう神々の戦いが始まり、より強い国が他の国を取り込み、数を少なくしていった。
妖怪達も手薄になった国へこれ幸い乗り込み、人間を襲うことにしたようだ。大抵の場合は控えていた神に蹴散らされて逃げかえっていたが、
たまに狩りを成功させ、ほんの少しだが妖怪への恐怖感を増やすことに成功した奴もいた。
そして私は頃合いを見計らい、『これ以上力を付けさせてはいけない』神から襲うことにした。
その名は洩矢神。現時点では最大の力を持つと思われる神である。思ったよりも力の伸びが低かったため、結局
ほぼすべての国を傘下に収めていた。だがおそらく、時間との勝負。洩矢神は人間の間で、その名と強さを知らぬ者はいないほど有名になっている。
今はまだ十分な信仰を得られていないが、時間が経つにつれ人々は諏訪神を信仰するだろう。
厄介な能力と武器を持ち、単純な信仰の数、力だけでは測りきれない神だ。
だが、今なら倒せる。この多大な知名度を持つ洩矢神を私が倒すことが出来れば、人間は恐怖に陥るだろう。この期は逃せない。
だというのに。
「は、ハジ様!大変です、神が!神が攻めてきました!」
「奴ら俺たちの土地を求めている!俺たちじゃ敵わない!なんとかしてくれ!」
そうか。それは大変だ。ナラバタスケニイカナイト。
ん? あぁ、奥理か。構わん、言ってくれ。
「ハジ、まずいです。神々が、新たな人間の移住や戦いの拠点として、私達狼の山や、その他大勢の妖怪の住処を奪おうとしています。
私たちだけでは持ちません。ツキやアマツを呼びに行かせましたが、間に合わない距離です。助力を。
……本当に、申し訳ありません」
そう、だな。なぜ、神々が私たちを襲うことを想定していなかったのか。
今にして思えば不思議なものだ。それほど、私は切羽詰まっていたのだろうか?
あぁ、そう泣きそうな顔をするな、奥理。大丈夫。ちゃんと皆助けるから。
「ですが、このまま洩矢の神がより強大に……
いえ、申し訳ありません。私たちが頼んだと言うのに。
私は、私たちは、ハジに助けてもらいたい。
ここを襲ってきた神は、私たちだけでは敵わないほどの力を持っています。ですが、ハジなら勝てる。どうか」
「ああ、まかせろ。今現在存在している神に、私は負けない。
それに、お前には子がいるのだろう。ならば、その子のためにも守らなくてはな」
「……ありがとう、ございます。
神はこちらの方向です。ついてきてください」
さあ、国襲いを『後回しにし』皆を助けなくては。
少々『時間がかかる』だろうが、命には代えられまい。早く、神の元へ。
私はハジ。今は何の妖怪でもない、ハジ。だが、私は仲間を大切にする妖怪なのだ。
「やあ、ごきげんよう。大国の神々よ。
今、私は少々機嫌が悪い。仲間たちを襲ったのは勿論のこと、お前達の間の悪さ、私の頭の悪さ、その他諸々の怒りをぶつけさせてもらう。
構わないな? 答えは聞いていない」
さあ始めようか、戦いを。敵はこの神を含め五人。全て同じ国から来たようだ。決してこいつ等は弱くない。一人ずつでも奥理の力を超える。
だが、負けられない。今後のためにも、すばやく、無傷に、使用する力は最小限。
やってやる。やってやるさ。やってやるとも。
私には、やらねばならぬことがあるのだ。
こいつらに構ってばかりは居られない……!
「諏訪子様、全土掌握はほぼ終了しました。ですが、大和の神が侵略に向かって来ているようで、どうやら一人のようです。如何なさいますか?
……諏訪子様?」
「え?ああ、そうだね。私が出るよ。相手が正々堂々と一人で来るなら、私も一人で迎え撃たないとね。実質、これが最後の戦いになる。
他のほとんどの国は私たちと、大和の国が取り込んでいったから。
でもそれよりも、気になることがあるんだ。」
「気になること、ですか。一体どんな?」
「詳しいことが分かっている訳じゃない。思いすごしかもしれない。でも、妖怪の土地を奪おうとした、大和の神達が返り討ちに遭っていた。
たった一人の妖怪に、だ。嫌な予感がする。
侵略に来た大和の神の相手は私がするから、だらか、お前たちはその妖怪の警戒をしていてくれ」
「わかりました。我々も神の端くれ。諏訪子様の名に恥じぬ働きをしてまいります。人間には指一本触れさせはしません」
「うん、任せたよ。気を付けてね」
「はっ」
「……勝つにしろ、負けるにしろ、無事にこの戦いが終われば良いけど。
勝てたら、いいな。私に力があれば、人間を守れるんだから。
……あの子、『ハジくん』は、どうなったんだろう。幸せに、なれたかな。幸せのまま、終れたのかな。そうだと、いいなあ……」
ついに、洩矢の神は、名実共に土着神の頂点として君臨した。そして、大和の神が侵略に来るのも既に秒読み段階。
妖怪・ハジが洩矢へ攻撃を加えようとしてから、しばらくのことであった。
洩矢の国に、ハジはまだ来ていない。
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あとがき
なんだか今回は短いです。ここが切りがよかったので。
今回は戦いらしい戦いが一番多く起こっています。でも戦争(笑)と戦闘(笑)なんで、戦いの描写なんて書いていません。やばいです。
次回はそのまま続きから。繋げても良いかもしれない。
何気に出てきた名前付きキャラは、一応ほのめかす程度には出ています。まんまですね。
主人公、不意打ちの予定が相手にものっそい警戒されているでござるの巻。
え?死亡フラグ?いやいや、まさか、そんな……ねえ?
主人公たちを喋らせると、カタカナの言葉が使えない。
オサレなセリフが言えません。13キロや、とか。
改めて読むと、所々話が脱線してテンポが悪い気がする。でも、他に入れるタイミングが見当たらないし、どうすればいいんだろう。
あと自分が作った話を読み返したりするのは恥ずかしすぎる。話の保存がしてある、開いてはいけない黒歴史フォルダの存在感と言ったら、もう。
では。