第10話:最後の合体
『……醜いものだな。』
海に沈んだ……東京の遥か上空。
神々しい翼を持った一体の"天使"が、神の罰を受けて滅んだ地上を、
静かに見下ろしながら腕を組んで浮遊していた。
その"神々しい者"の名は、大天使……メタトロン。
真実を支配する最高位の天使で、隠された叡智の光を開ける鍵の管理者である。
神話でそう言われている彼がこんな場所に居るのかはおかしなモノだが、
その理由はおいて置くとして、メタトロンはある任務を任されていた。
≪バサァッ……≫
『メタトロン様。』
『……"サリエル"か。』
腕を組んで地上を見下ろすメタトロンの後方から、一体の天使が現れる。
メタトロンが言ったように名は"サリエル"と言い、
種族は天使の部類なのだが、翼と大鎌を持った"死神"のような姿をしている。
サリエルの役割は人間の霊魂を見守り……さらには、
神の法に背いた天使の運命を決定する役目も持つと言われている。
『恐れながら……若干"最後"の相手に手間取りまして、
こうして遅れてしまった軽率を、ご容赦ください。』
『気にするな……では、目標を消すのは済んだと言う訳だな?』
『ハッ! ぬかりはありませぬ。』
『そうか、ご苦労だったな。』
彼らに与えられた任務……それは暗殺。
リーダーである"セラフ・ミカエル"に呼ばれたメタトロンら三体は、
カオス側に傾いているデビルサマナー達の駆除を行っていた。
三体と言っても、実質サマナーを狩っていたのは"サリエル"が殆どなのだが、
彼一体で召喚された仲魔を含めて、全て蹴散らすのは難しい。
しかし、中途半端なサマナー1人だけを処理するのは難しくは無く、
悪魔が居ない時を狙って、持ち前の鎌で首を撥ねていたのだ。
……かといって、やや強いサマナーも存在するので、
その時は"メタトロン"と"もう一体の大天使"が力を貸して処理していた。
そこそこ多くのサマナーがカテドラルに乗り込んていたのだが、
"僅か二日"でほぼ大半のカオス寄りサマナーが彼ら三体に殺されたのだ。
≪バササッ……≫
『メタトロン様、サリエル殿ッ!』
『……来たか。』
『クシエル殿、遅かったではないか。』
そして、次に現れたのは"もう一体の大天使"である"クシエル"。
体型は人間と同じようだが……翼までもが白と水色であり、
顔の部分は"のっぺらぼう"のように鼻も口も無い。
だが強い力を持ち、"厳しい神"を意味する、処罰の7天使のうちの一人だ。
『申し訳ありません、最後の者の調査に手間取りまして。』
『ほう、これで最後か? 相変わらず手際が良いな。』
『クシエル殿、最後のサマナーは"どの程度"なので?』
『……そうですね、なかなかの"やり手"のようで、
またメタトロン様の手をお借りし、私も出た方が良いかもしれません。
一応他にも何人かサマナーらしき者は残っていますが、
我々が相手にする程の強さでも無いかと思われます。』
『うぬぅ……本来の力を出せるのであれば、
人間などワシだけで始末できるものを……それに……』
『どうした、サリエル?』
『メタトロン様……ワシは納得がゆきませぬ。
ワシはともかく、ミカエルの若造如きにメタトロン様の手を煩わせるなど。』
『それは私も同感ですね……いくらミカエルが、
"唯一神"直々に"カテドラル"の任務を任されたとは言え……
何故、我々が奴に命令などされなければならないのでしょうかッ?』
本当であれば、ミカエルは彼ら大天使と対等な立場にある。
サリエルとクシエルはまだ良いかもしれないが、
いくらセラフと言えど"メタトロン"に命令できる程までは偉くは無い。
"メタトロン"本人は大した事だとは思っていないようだが、
魔人筆頭であるホーネットを敬う、魔人"シルキィ・リトルレーズン"のように、
サリエルとクシエルは腑に落ちない様子である。
『仕方あるまい……我らの存在は"強大過ぎて"おり、
"完全体"で地上に降りるのは、まだ叶わぬのだしな……』
『し、しかしメタトロン様……』
『サリエル……今のうちにミカエル達に恩を売っておくのも悪くはあるまい。
失敗すればすればで、我々が手柄を持ってゆけば良いのだからな。』
『……最もです。』
メタトロンの言うように、今の彼らの姿は"仮"のモノなのだ。
力が強大すぎる故、神のように"本体"が地上に降りる事は叶わず、
例で言えば"偽エンジェルナイト"や"カイトクローン"のような、
"仮の肉体"でしか、このように地上に出現して活動する事ができないのだ。
それでも強力な力を持っていることには変わらないが、
"セラフ達"のように、100%の力を出す事は到底叶わない。
ウリエル・ラファエル・ガブリエル・ミカエルのセラフ達は、
何度も地上に降りた経験のある立場から成り上がった事から、
そのまま地上に降りて自分の力を発揮できるのだ。
よって完全体ではない"この仮の体"で、メタトロン達は、
今はミカエルの指揮下に入っており、それは唯一神の命でもある。
……だが、今の彼らの肉体が滅びたとしても、
本体が無事であれば死なないので、多少無理がきくのが利点だ。
『何にせよ、"次のサマナー"で"使い"は終るのだろう?
退屈していた所ではあるし、精々楽しませて貰う事にしようではないか。』
『そうですね、明日にでも仕掛けるのが良いかと思われますが?』
『うむ……ところでクシエル、サマナーの名はなんと言う?』
『――――はッ、"ランス"と。』
『ふむ、ランス……か。』
≪ヒュオオオォォォーーッ……≫
『それではメタトロン様……風が強くなって来たようですが、
そろそろカテドラルに戻られますか?』
『なに、サリエルよ……まだ戻る事もあるまい?
"風"というものは、なかなか心地良いものではないか。
地上はこうも醜いと言うのに、空は我々の"楽園(エデン)"に相応しい。』
『……全くです。』
……
…………
……一方、カテドラルカオスの酒場。
ランスは都庁から戻ると、気絶した道場主を放置し、
回復道場を勝手に閉店させると、そのまま道場を出て酒場に向かった。
3人(アニスは昼寝)が向かったのは元・六本木の酒場であり、
店内は何人かのガイア教徒や一般人がのんびりと酒を飲んでいた。
「いつものヤツ、頼むぜ。」
「うィっす。」
≪……コトンッ≫
「ごくごくっ……んん? そこそこ客、入ってんじゃねぇか。」
「どうも、お陰様で。」
ランスが救出した5人の女性は店を手伝っているようで、
人手はなんとか足りている上、美女ばかりな為か客寄せにもなっている様だ。
そんな現在は、ランスはカウンターを挟んで、マスターを前にドリンクを飲んでいる。
そして、違う席ではリアとマリスが(5人のうち)二人の"救出した女性"と談笑していた。
その光景を遠目に、ランスは掌で顎を支えながら、コップを洗う店長と話す。
「店はどうなんだ、旨くやってけそうなのか?」
「う~ん……酒とかはカテドラルに来る前に掻き集めたんで、
在庫はまだまだ沢山あるんですけどねぇ~……
もう仕入れる場所や相手が居なくなっちまいましたし、
それ以外でも何だか、まぁ……色々と大変そうですよ。」
「んぐんぐっ……ぷはぁ~。」
「(き、聞いてんのかな?) ま、まぁ……命があっただけで、
何百倍もマシですしね、何とか遣り繰りしますよ。」
「その辺は何も言うつもりは無ぇがなぁ……
俺様の選んだ美人の姉ちゃん達を、不幸にゃあするんじゃねぇぞ?」
「!? も、勿論ですよ~……」
ランスがいちいち助けた程の美女達(Aクラス以上)なので、
"あっち"にお持ち帰りが出来ないのが非常に残念だが、それも仕方無い。
今彼に出来る事は、若い店長に美女達の面倒を見るように釘を刺す事だけだ。
そんな中、店に入って1時間ほど経過したので、ランスは席を立った。
「さて、そろそろ出るぜ?」
「あっ! ランスさんにゃ金は取れないんで、大丈夫ッスよぉ?」
「ふん……良い心掛けだ。 それじゃ~邪魔したな。」
「ま、毎度どうもーッ。」
「おい! リア、マリスッ……行くぞぉ!」
「あっ、うんっ!」
「では……邪教の館ですね?」
「うむ。(……辛気臭ぇのは嫌ぇだからな、上手くやれよ?)」
「ランスさァ~ん、また来てねぇ~ッ!?」
……この時、ランスを店での作業をしながら見送った店長と美女達は、
これが彼の最後の後ろ姿になろうとは、夢にも思ってはいなかった。
やがて"カテドラル"での戦いが終わりを遂げても、
ランス達の来店を、6名はいつかやってくると信じて待ち続けた。
この店を大洪水から救い、洪水前日の乱交パーティーで、
運良く1人の娼婦にちゃっかり子供を儲けた、謎のデビルサマナーを。
そんな親知らずのランスの子供は逞しく成長してゆき、
凄腕のデビルサマナーとして歴史に名を残していったのだった。
……
…………
「……そうか、これで最後の合体となるのか。」
「理由は聞かねぇのか?」
「"エンジェルナイト"が作られたその時から、
お主は何となく"此方(こちら)の世界の人間"では無いような気がしたからな。」
「がははは……まぁ、その通りって訳だ。 とにかく今回も頼むぜぇ?」
「(ピピピッ)ふむ、"三身合体"か……最後に相応しい合体方法だな。」
「種族も、文句無しってトコだろォ?」
「うむ! 期待して良さそうだ。」
「すごいすごいっ! 合体するんですね、合体っ!?」
「アニス……お前は大人しくしてろよッ?」
「あっ!? これは何ですかッ? わわ、これも気にな――――」
「(やれやれ……)マリス、マカジャマを掛けて押さえておけ。」
「じっくり見たかったのですが、しょうがありませんね。」
「マリスとアニス……名前は何となく似てるのにねぇ?」
「名前で性格が変わるんだったら、苦労せんわッ。」
酒場で一息入れると、ランスはアニスを引っ張り出して邪教の館に連れて来る。
三身合体をするにあたって、アニスの"高レベル"が必要だったからだ。
気持ちよく寝ているのを起こされたアニスは、
最初はランスをチカンと何かと勘違いして魔法を御見舞いしかけたが、
"邪教の館"には初めて入ったようで、
興味深そうにあっちを見たりこっちを見たりして騒いでいた。
そんな放置していれば、何処か機材を壊してしまいそうなアニスを、
マリスが黙らせて抱き止めると、ようやく合体が始まろうとするのだった。
……
…………
『長い間使って貰えた事を、感謝するぞぇ?』
「おう、昨晩は抱いてやれねぇで悪かったな。」
『!? な、なに……"新しいカラダ"に期待するぞよ。』
「うむ、期待しておけよ~?」
……
…………
『お主とは、一度手合わせをしたかったものだがな。』
「なんなら今、タルカジャ掛け捲ってからやるか? 直ぐ終るぜ。」
『くくくっ……それも良いかも知れんな。』
「……冗談だ、本気にするな。」
……
…………
『まさか騙されておったとはのぉ……』
「だがランダぁ、忠誠を誓ったんだよな?」
『ふん、だが悪い気はせぬ……可笑しなものじゃ。』
「がははは、俺様が相手だからな、当たり前だッ。」
……
…………
軽く言葉を交し合うと、三体の仲魔がカプセルに入る。
ランスは当然なのだが、館の主にとっても、
仲魔三体を使っての合体は初めてのようで、念入りにチェックをしている。
そして数分後、チェックが完了し……館の主はスイッチを押した。
≪ゴボゴボゴボゴボッ……≫
腕を組み、吸収されてゆく仲魔を眺めるランス。
3つあるカプセルへの視線を、一体一体吸収されるたびに移してゆく。
≪ゴボゴボッ、ゴボゴボゴボッ……≫
作成される"種族"は、ランスと館の主しか知らない。
よって、両手を胸にドキドキして目の前の光景を見守っているリア。
≪ゴボゴボゴボゴボッ……≫
マリスに押さえられて、ジタバタしているアニス。
対して冷静に、まるでアニスを"大きなヌイグルミ"を抱くように抑え、
魔法陣から視線を移そうとしないマリスの瞳。
≪ギュイッ、ギュイッ、ギュイイィィンッ……!!≫
そして三体の仲魔が完全に吸収され……光り輝く魔法陣。
すると、なにやら赤い光が魔法陣を貫こうとしているように見え――――
≪ボシュウウウウゥゥゥゥーーーーッ!!!!≫
「うおぁッ!?」
「きゃんっ。」
「くっ……」
「ッ!? ~~……!!」
≪ビュフウウゥゥ~~ッ……!!≫
激しく魔法陣を貫いた赤い閃光が、部屋全体を真紅に照らす。
霧や煙の類(たぐい)は出なかったが、強風と赤い閃光はなかなか止まず、
数秒の間魔法陣が直視できず、ランス達は身を硬くして目を瞑った。
(アニスが"マカジャマ"で喋れないのは未だに継続中)
そして、ようやく強風と閃光が止むと、リアとマリスは目を疑った!!
魔法陣の上に居るのは、カミーラ以上に"ありえない"者の姿だったからだ。
その作られた"ありえない悪魔"は、瞳を閉じたまま、まずこう漏らす。
≪ゴゴゴゴゴゴゴゴッ……≫
『私はジル…………魔王なり…………』
種族は魔王、"あちら"では絶対的な存在。
そこまで滅茶苦茶な強さを今の"彼女"は当然持っていないだろうが、
元の(推定)100分の1しかない力にせよ、強力な悪魔には変わりない。
ランスが三身合体で作りたかった悪魔は、そう……"魔王"だったのである。
『(ニッ)――――今後ともよろしく。』
合体によって出現した"ジル"は、亜空間に飲み込まれたときと同じ全裸な姿。
しかし若干浮遊し、長髪はまるで生き物のように動いており、
言った言葉自体はシンプルであったが、何故か重く一同の耳に響いた。
そんな口元を吊り上げる"魔王・ジル"だったが、
ランスも彼女と同じように、作られた仲魔を見る表情にはニヤつきがあった。
注1:ヴィシュヌやラヴァーナと倒すのはランスではなく、ヒーローです。
注2:メタトロン達は本体ではありません、とっても偉いので(汗)