第5話:トラポート
……都庁行きを決定してから30分後。
ランス・リア・マリスはそれぞれ武装を済ませ、道場の広間に集まる。
アニスは準備の時間でようやく足の痺れが治ったようだ。
よって4人立った状態の中、腕を組みながらランスは口を開く。
「都庁ってのは、二本に分かれてるらしいが?」
「"二本"って、どう言う事なのぉ?」
「聞いた話によれば、都庁はメシア側とカオス側で分かれているようです。
南の塔はメシア側、北の塔はカオス側……
31階から48階まであるようですが、
29以下の階はご存知の通り、水没してしまっているようですね。」
「なら、30階はどうなってんだ?」
「30階からエレベーターで両方の塔へ登れることから、
"その階"で地上の部隊が争いを続けているらしいですね。
また、都庁の空では飛行可能な悪魔達が戦いを続けているとか。」
「ほう。」
「本来であれば、30階にターミナルがあるそうですが、
都庁とカテドラルをターミナルを使って往復するには、
まずは"そちら"に行かねばなりませんし、
少なくとも"都庁での戦い"が終るまでは近づけないと考えて良いでしょう。」
「う~ん……二教徒が戦っている最中にこっそりと、
ターミナルを使う訳にもいかないしねぇ~。」
「うむ。 ……そこで、アニスの出番だと言う訳だが――――」
「あああぁぁぁ~~っ!!!?」
まず話していたのは、都庁について知っている情報についてである。
大体の状況は理解できてはいるが、結局現実的に都庁に向かう手段は無い。
そこで、アニスの手を借りようとランスが彼女に話を振ろうとするが……
今迄黙っていたアニスが、突然大声を張り上げた!
……どうやら流れを読まず、別のことを考えていたようだ。
「な……なんだぁ? どうした~ッ?」
「おっきい声、出さないでよぉッ。」
「このアニスとしたことが、大変な事を忘れていましたッ!!」
「何ィ、何を忘れてたんだ?」
「こうしてランスさん達の"ナカマ"になったのですから、
ちゃんと"お決まり"のご挨拶をしなくてはなりませんッ。」
「え、何ですか? その"お決まり"の挨拶とは……?」
「それでは、ゆきますね!」
≪すうぅ~っ≫
はてなマークを浮かべる三人に対し、アニスは"すぅ~っ"と息を吐く。
直後、珍しく真剣な表情でランスを見ながら口を開こうとした。
何を考えているのか全く理解できないが、
一つだけ言えるのは、アニスには"仲間"と"仲魔"の区別がついていないと言う事だ。
≪キリッ≫
「……人の子よ、主らがいくら抗(あらが)おうと、
神が一度(ひとたび)立てば、この世を破壊するせんなきとは思わぬか?」
「はぁ? 何言ってんだ、いきなり?」
「…………」
「("いいえ"とでも答えれば良いのではないですか?)」
「(わからん奴だ……)……いや、思わんぞ。」
「……そうか、詮(せん)無きとは思いつつ、抗うのが命……
我らは死しても魔界に戻るのみ……偶(たま)さかなれど、
人の子に力を貸さんと思う……」
≪し~ん……≫
「…………」←ランス
「…………」←リア
「…………」←マリス
「――――はいっ! そんな訳でアニスです、
皆さん宜しくお願いしますね~ッ。」
「宜しくと言うのは判ったが、一体何が言いたかったんだ?」
「えっ? サマナーの"ナカマ"になる時は、
"こう言う事"を言わなくちゃいけないのではッ?
以前悪魔が"違うサマナー"にこんな事を言っていたので、
"格好良いな~"って思ったんですけど、どうでしたか!?」
「いや……どうしたかって言われてもなぁ……」
「う~ん……(やっぱ変なコ……)」
「(成る程……何となく判ってしまったわ。)
アニスさん、悪魔は別として、人間はそんな事を言う必要は無いですよ?」
「あれ、そうなんですかッ? し、知りませんでした……
折角頑張ってセリフを覚えたのに……」
「セリフの中に"魔界"って単語があった時点で気付け~!」
まるで他のキャラになりきっているように喋っていたアニス。
最後は胸に手を当てて言っており、
考えた末に"仲魔"になった悪魔の決意がしっかりと再現されていた。
しかし、それは大きな勘違いによるもので、仲間が言う意味は無い。
"美形の悪魔"が言えば、確かに格好良い筈の台詞は、
アニスが言っても妙な違和感を感じるだけでしかなかった。
彼女の性格をこれで大体理解してしまったマリスは、
不安を感じ額に手を当てて、数秒頭を捻っていた。
その後、気を取り直すと、いつものように、
腕を胸下で組むポーズを取るとランスに向き直って言う。
「それより、ランスさん……」
「あぁ、そうだったな……それよりアニス、テレポートだ。」
「はい、都庁に"トラポート"をすれば良いのですねッ?」
「(トラポートかぁ……テレポートする魔法の名前なのね。)」
「その前に確認しておくが、本当に大丈夫なんだろうなぁ?」
「任せてください! 都庁には案内されたことがありますし、
実際何度か"トラポート"を唱えた事がありますからッ!」
「それなら任せて頂いて良いかもしれませんが……
どの場所へ行くか決めなければなりませんね。
とりあえず48階と30階に近い階層は危険ですから……」
「そうだなぁ、戦力が集中してなさそ~な40階辺りにしとくか?」
「うん、それが良さそうだねぇ。」
「わかりました! 40階ですねッ?
それと塔は二本ありますけど~、どちらの40階にしましょうか?」
「狙う悪魔の種族にもよりますね。」
「それなら……メシア側にしてくれ、狙いてぇ悪魔がいるからな。」
「了解です、メシア側の40階ですねッ?」
「えッ? ランスさん、"メシア側"であれば、属性の関係で――――」
都庁の戦力が集中していない40階辺りにテレポート、それは定石。
だが、ランスの"メシア側"の言葉をマリスは指摘した。
ランスの属性はNEUTRAL-CHAOSの筈なので、
LAW属性の悪魔が多いメシア側での仲魔探しは非効率的だと感じたからだ。
そんなマリスの言葉の途中で、ランスは自分のスカウターを取り外して言う。
「なんのッ、これを見てみろ。」
「えっ? っ!? これは……」
「がははは、"Alignment=Neutral"とあるだろうっ?
これがどう言う意味か判るかあ~ッ?」
「……ランスさんの属性が、ニュートラルとなったと言う事でしょうか?」
「(最初の英語はやっぱ"属性"って意味らしいな。)
その通りだ、これでダーク以外の悪魔は仲魔になると言う事だッ!」
「成る程、一本取られてしまいましたね。」
「へぇ~、すっご~い!」
「????」
マリスがスカウターを見ると、はっきりと属性=ニュートラルと表示されていた。
(見せたのはランス自身のステータスのようだ)
アニスや六本木の女性達を助けた事により、何時の間にか属性が変化したのだ。
……それに、メシア教徒とガイア教徒の、どちらの手も借りず、
カテドラルに来た事も、属性変化の理由として挙げられる。
一方、アニスは何の意味か判らないようだったが、直ぐにランス達は話を戻した。
「そんな訳でだ、"都庁の南の塔"の40階だぞ? 良いなッ?」
「はい! それでは、始めますね~っ。」
「おう、任せたぞ~。」
「覚悟を決めます。」
≪すっ……≫
「ふぅぅ~~……」
「(ッ? 魔力の流れが……)」
こうして、LAWサイドの都庁行きを決めた一行。
テレポートはこの場所(道場広間)で行うようで、
アニスは体を木の字に構えると、瞳を閉じて魔力を集中させる。
実は彼女、相当な魔力の潜在能力を秘めているので、
息を吹いただけで部屋の空気の流れが変わった事にマリスは気付いた。
それは数秒後、リアも察せ、唾を飲む3人だったが……
「……うい~……」
「んなッ?」
「(き、聞き間違えかしら?)」
≪ごごごごごごっ……≫
「うい~、うい~……うい~っ……」
空気を全く読まない、アニスの間抜けな声が響いた。
中年のおじさんが、長旅の中温泉に浸かったような声である。
それによりランスとマリスはガクッとなるが、本人は至って真剣である。
この"うい~"と言う声が、彼女にとって"トラポート"を唱える為には、
必要不可欠な唸り声だったりするのだ。
リアだけはそんなにダメージは無いようだが、彼女の性格故だろう。
「(むぅぅ、本当に大丈夫なのかこりゃ……)」
「(でも、流れてる"魔力"だけは本物みたいだよ~?)」
「(そうですね……私とは比べ物になりません。)」
≪ぶうううぅぅぅんっ……≫
「うい~っ……うい~、うい~……」
関西人であれば"何やねんその詠唱!!"と思わずツッコミを入れたくなる筈。
だがそれで誤差や暴走が生じてしまい、
海に落とされてはたまらないので、邪魔はしてはいけない。
しかし声間抜けと言えど、しっかりと魔法は機能しているのか――――
「おぉ!? そろそろ来るかぁ!?」
「本当にっ転送前のようなっ、感覚ですねッ……」
「ゆゆゆゆ揺れてるううううっ!!」
「……せ~のっ!! トラポォ~~トッ!!」
≪ばしゅうううぅぅぅっ!!!!≫
ターミナルの転送直前と同じ感覚がランス達を襲う。
ほぼ同一であり、この感覚には既に慣れているのか、
ここで初めてアニスの"トラポート"が機能しているのだと確信した。
そんな中、アニスが瞳を見開いて両手を前に突き出し、
しっかりと"トラポート"と叫ぶと、一瞬で4名の姿が消えた。
……そして、無人となった道場広場に、元の静けさが戻るのだった。