第9話:大魔法
……翌日、ランスは一旦朝6時に目を覚ました。
リアが起きる前に部屋に戻りたい……と言ったマリスに声を掛けられたからだ。
よって二度寝し、10時頃に武装したランスが部屋から出てきた。
「ダーリン、おはよ~。」
「おはようございます。」
「(バレてねぇみて~だな)……おう、それじゃ早速行くぞぉ?」
「はいはいは~い! 私の魔法の出番ですねー!?」
「念のために言っておくが~、体の方は平気なのか?」
「……それについては心配ない。」
「おっさん。」
「とりあえずツケにしておいてやろう、今回も生きて帰ってくるのだぞ?」
「ふん、当たり前だッ。」
昨日と同じくリアとマリスだけでなく、治療を終えたアニスも出迎える。
露出した肌から見える包帯は殆ど無くなっているが、
頬にシップが残っている事から、まだ病み上がりを思わせた。
しかしアニス本人は絶好調のようであるのだが、
道場主はかなり治療に魔力を使ったのか、げんなりとしていた。
余談だが、道場主の妻は疲れた為か自室で休んでいるようだ。
「それじゃ、早速都庁に"トラポート"しますよ~?
え~~……駆け込み乗車は~~ご遠慮くださ~~い。」
「おい、"都庁北の塔40階"だぞ? 大丈夫なんだろうなッ?」
「それではッ! うぃ~……うぃっ、うぃ~……」
≪ぶいいいぃぃぃんっ……≫
「こらッ、まだ返事を聞いてないぞッ!?」
「そ、それでは私は避難……いや、休んでいる。」
「"あっち"に飛んだ直後は、警戒したほうが良いですね……」
「り、リア……今回だけお留守番しようかなぁ~。」
「それでは発車しますッ、トラポ~~ト!!」
「てかおい! 今度は早いな……うぉッ!?」
≪ばしゅうううぅぅぅっ!!!!≫
……
…………
「…………」
「…………」
「…………」
アニスの体調がよかったのか、トラポートは直ぐに放たれた。
上級魔法なので誰もが唱えれるワケでは無いが、
トラポートそのものは、そんなに難しい魔法では無いらしい。
ハンティ・カラーが何の事も無く瞬間移動を使うようなものだ。
よって転送したランス達だったが、彼らは地面にうつ伏せになって張り付いていた。
マリスとリアもであり、頬をムギュりと圧迫させている。
その張り付いた格好のまま動かず、ランスは顔を顰(しか)めて言い放つ。
「……これは、どう言う事だ?」
「むぎゅっ……」
「さぁ……何故でしょう?」
「いやあ~、前は転送地点を少々高くしてしまったので、
低い場所にしようとしてみたら、こうなってしまったみたいです。」
「これは低すぎるだろッ、なんで這いつくばらにゃ~ならんのだ。」
≪むくり≫
「いやまあ、地面にめり込まなかっただけマシじゃないですか~?」
「そんな事されてたまるか! それじゃ戦う前に全滅だろうがッ!」
三人より少し離れた場所で這い蹲(つくば)っているアニスが答える。
前回は高かったが、今回は低くしようとしてこうなったらしい。
……だが、結果として転送できた事には変わりないので、
ランスは起き上がるとハンドへルドコンピュータに手を掛けた。
戦いもハイレベルになり、仲魔の力無くしては戦えないから。
……
…………
「ハヌマーン、ここが約束の場所だったよなァ?」
『ふむ……確かに間違いないようですな。』
「よしお前ら! 狙うのは"鬼女"だ、それ以外は叩くぞッ!
初見の悪魔は"テトラジャ"と"マカラカーン"は必ず掛けろッ。」
「うんっ。」
「はい……定石ですしね。」
「そんで、先手はカミーラが叩け! 反射されても痛く無ぇ程度にな。」
『……わかった。』
『わらわは、無理せずにゆくとするかのう。』
数分後、召喚されるカミーラ・キクリヒメ、そして妖魔ハヌマーン。
これでおおまかな配置として前衛は左からカミーラ・ランス・ハヌマーン。
後衛は左からリア・マリス・アニス・キクリヒメ……となる。
仲魔にする条件であったハヌマーンを出すのは当然として、
今回は香姫を下げてキクリヒメを出す事によって、
編成的には物理攻撃と回復魔法に偏ったものとなっている。
魔法の火力は、それが一番得意な香姫が下がっているので乏しいと思われるが……
「最後に……アニスなんだが。」
「はい! もう体調はバッチリですから、ガンガン行きますよーっ。」
「ガンガン行くのは構わんが……お前、"万能魔法"以外にも攻撃魔法は使えるよな?」
「……え? あぁ~、勿論色々と使えますがッ?」
「なら"万能魔法"は絶対に使うな、使おうとしたら即"マカジャマ"だ。」
「そんなあ、私は"万能魔法"が一番得意ですのに……
――――さては! これは新手の苛めですかッ!?」
「いや苛めとかそう言うのじゃなくてだな……
他の魔法もだが、特に"万能魔法"だけは"こっち"に当てられると困るんでな。」
「困る? ランスさん達は丈夫そうですし、死にはしないと思いますが。」
「アホか! 死ななくても瀕死の重症にはなるだろうが!!
とにかく万能魔法は一切禁止だ、使おうとしたら折檻だッ。
他の"攻撃魔法"なら好きなように唱えても良いから、頼んだぜ?」
「(折檻は嫌だけど……た、頼まれたッ!?)
――――はっ、このアニス、頑張って万能魔法以外を使います!!」
「だ、大丈夫なのぉ~っ?」
忘れてはいけないのが、アニス・沢渡。
彼女一人で、今居るメンバーの魔力に匹敵する威力の攻撃魔法を使える。
……だが、使い方にとても問題があり、
このまま好きなように戦い方を任せてしまう訳にはいかない。
それをランスは理解しており、同じく理解しているマリスを見て言う。
マリスの配置を、アニスの横にしていた理由が明かされる。
「おい、マリス。」
「はい。」
「面倒だとは思うが、アニスの"お守り"は任せたぜ?
あいつが魔法を使ったら、"マカラカーン"を忘れるな。」
「わかりました、それしかありませんからね。」
「万が一"メギド"を使いそうになったら、わかってるな?」
「ふふ……勿論です。」
……
…………
『クケケケケケッ!!』
『グッグッグッグッ……』
「(ピピッ)"幽鬼 ヴェータラ"か、こいつは確か……リアッ。」
「数を減らせれば、楽になりますね。」
「うんっ! マハンマぁ~!!」
≪バヒュウウゥゥッ!!≫
都庁40階、カオス側の散策を開始して数分。
7人の前に、複数の"幽鬼 ヴェータラ"が出現する。
初見の悪魔なのだが、種族名を聞いて今までの経験から考えると弱点がある筈。
よってリアが最初に"破魔"の魔法を唱え、
実体化した複数の護符が、一直線にヴェータラ達を襲うが……
≪――――バヅンッ!!≫
「ありゃっ?」
「あれぇっ? き、効かない……」
「確かに当たっていましたが……」
『ならば、正攻法しか無いようですなッ!』
『……ッ。』
≪ババッ!!≫
「面倒臭ぇなッ、援護しろよお前ら~ッ!?」
"マハンマ"はヴェータラに命中したにも関わらず、弾かれてしまった。
そう、ヴェータラは幽鬼の種族に位置付けられているのだが、
"破魔系の魔法を弱点としない相性"を持っているのだ。
よって、ヴェータラ達は牙を剥いて飛び掛かり、
それにハヌマーンとカミーラが迎え出る事によって対抗する。
そして、同じ前衛であるランスも愚痴を漏らすと、雷神剣片手に突貫する。
「ダ~リン、すっごーい。」
『強くなったものじゃのう。』
「もはや"あちら"のランスさんと同じ程、強くなっているかもしれませんね。」
……それからの戦いはなかなか押しているようであり、優勢だ。
都庁の戦いの前線に出ておらず、中層に居る悪魔が、
突然進入したランス達7名に勝てるのか? いや、勝てる筈が無い。
確かにメシア側に居たハヌマーンは、戦っている様子からとても強いが、
現れたのは彼を入れてたったの3体だったので、
被害は少なからず出たかもしれないが、多勢に無勢だったろう。
そんな中、ヴェータラの数が減っていくと、魔法の詠唱が完了した者が居た。
≪キュオオオォォォーーッ……≫
「それでは皆さん、いきますよぉ~ッ?」
「(来たわねッ?)……マカラカーンッ!!」
「来るぜ!? カミーラ・ハヌマーン、下がれッ!!」
『…………』
『承知したッ。』
≪ばばっ……≫
「マハラギダイ~ンッ!!」
≪ずがああああぁぁぁぁ~~んっ!!!!≫
アニスの放った"最強火炎全体攻撃魔法"、マハラギダイン。
それらはヴェータラの頭上に降り注ぎ、肉体を蒸発させる。
しかし放ったのがアニスなのでコントロールが定まっておらず、
一部味方に降り注いではいたが、反射され壁に命中するなどしてやり過していた。
"メギド"などの"万能魔法"をアニスに使用の許可をしなかったのは、
マリスの"マカラカーン"で反射する事ができないから。
もし"こちら"に魔人のような特性の悪魔が居たとしても、
"万能魔法"だけは効いてしまうので、まさに万能……と言う訳だ。
「う、うわあ~……これも魔法なのッ?」
「物凄ぇ威力だな。」
「……使い方さえ、間違えなければですが。」
「う~んッ、決まりました! この調子でアニスにお任せをッ!」
『しかし、派手にやったのぉ。』
「そうだな……さっさと仲魔を見つけて帰らねぇとヤベぇぜ。」
『(本当に、挑まなくて良かったものだ……)』
……
…………
30分ほど経過する中、悪魔との遭遇率が徐々に上がってきている。
何度か放たれたアニスの"大魔法"の爆音を聞き付けた悪魔が出現しているのだ。
都庁内の建物の強度はやはり魔力で高いのだが、
流石にアニスの魔法には耐えれないか、所々焦げたり崩れたりしている。
そんなアニスの使う魔法から、戦いは大分楽になっているのだが、
派手にやり過ぎているので、さっさと"鬼女"を仲魔して引き上げなければならない。
よって初めて遭遇した"鬼女"相手に、ランスは直ぐ様交渉を開始した。
"何があったか"を調べに単身でやってきた"鬼女 ランダ"に対してである。
『!? な、なんじゃッ、お主らはッ!!』
「あん? 俺様は"ガイア教徒"のサマナーだがッ?」
『ほぅ、ガイアの者か……ところで、この有様はなんなのじゃ?』
「なんだか、とんでもねぇ"メシア"の悪魔が入り込んできやがってなァ。
なんとか倒したんだが、この有様ってワケだ。」
『倒したというのか? 人間にしてはよくやるのぉ。』
「……ところでな、俺様は仲魔を探してるんだが――――」
自分達がこんなに荒らしてしまった犯人では、仲魔に引き入れるのは難しい。
そこでランスはガイア教徒に成り済まして交渉を行った。
まずは架空の"メシアの悪魔"の話を挙げ、
次にデビルサマナーとして"ランダ"を仲魔にしたいと言う話に移る。
"鬼女 ランダ"は物理を反射する特殊な相性を持っているが、
見てくれが獣のような、美しくない姿なのが、
アルケニーのような鬼女を期待していたランスには悔やまれるが、仕方無い。
そのランダは、いきなりの引き込みを受け入れはしなかったが、
ランスが近付き、"合体"で生まれ変わる"種族"を言われた時、
若干考えはしたが、ランスの仲魔になる事を決意するのだった。
……
…………
『……これより御身(おんみ)は我が主人、宜しくお頼み申す。』
「うむ、それじゃ"この中"に入っていろ。」
『御意。』
≪バシュウウゥゥッ≫
「これで、三身合体が可能になりましたね。」
「ダーリン……良かったねッ。」
「うむ、そんなワケで戻るぞ~っ!!」
「は~い、"トラポート"……いきますよぉーッ?」
「気が早ぇ奴だな、仲魔を戻すから待ってろ。」
「……うぃ~っ……うぃ~、うぃ~……」
≪ぶいいいぃぃぃんっ……≫
「ぐぁッ? 聞いてねぇ~、お前らさっさと戻るんだッ。」
『急かすでないわッ。』
『……また呼べ。』
『戦いの場を頂いて、感謝する。』
……こうして、最後の悪魔を仲魔にしたランスは都庁を引き上げる。
各"都庁の塔"に現れた、突然の侵入者である"ランス"を知る者は、
結局メシアとガイア互いに一人も居なかったが、
どちらも相手側が刺客を送ってきたと言う事で納得し、元の戦いに戻るに至った。
そして、この数日後……何者かに都庁の兵を纏める"魔神 ヴィシュヌ"と、
"天魔 ラヴァーナ"とその息子"天魔 インドラジット"が倒れるのだった。
……
…………
ついでだが、アニスの"トラポート"で無事帰還したランス一行。
対して前日の事から"回復道場の広間の隅"で客を待っていた道場主だったが……
今回も、何故かしっかりと彼は4人に踏み潰されていたりした。
「ぐふっ……あ、アニス殿……私に何か、怨みでもあるのか……?」
「いえ、怨みなどッとんでもないです!
此処(回復道場)を転送場所に思い描く時、師範の顔が出て来てしまっただけですッ。」
「だそうだ、良かったなオッサン。」
「そ、そういう問題でも無いぞ……ぐふっ。」