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No.2605の一覧
[0] 運命の使い魔と大人達(「ゼロの使い魔」×「リリカルなのは」ほぼオリキャラ化) 完結[らっちぇぶむ](2008/12/21 12:58)
[1] 運命の使い魔と大人達 第一話[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:32)
[2] 運命の使い魔と大人達 第二話前編[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:27)
[3] 運命の使い魔と大人達 第二話後編[らっちぇぶむ](2008/02/10 00:31)
[4] 運命の使い魔と大人達 第三話前編[らっちぇぶむ](2008/02/13 23:07)
[5] 運命の使い魔と大人達 第三話後編[らっちぇぶむ](2008/02/17 17:14)
[6] 運命の使い魔と大人達 幕間その1[らっちぇぶむ](2008/02/20 02:31)
[7] 運命の使い魔と大人達 第四話前編[らっちぇぶむ](2008/02/24 14:21)
[8] 運命の使い魔と大人達 第四話後編[らっちぇぶむ](2008/02/27 22:29)
[9] 運命の使い魔と大人達 第五話[らっちぇぶむ](2008/03/02 20:58)
[10] 運命の使い魔と大人達 第六話[らっちぇぶむ](2008/03/05 20:10)
[11] 運命の使い魔と大人達 第七話前編[らっちぇぶむ](2008/03/12 23:57)
[12] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その一[らっちぇぶむ](2008/03/16 22:03)
[13] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その二[らっちぇぶむ](2008/03/19 23:20)
[14] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その三[らっちぇぶむ](2008/03/23 21:17)
[15] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その四[らっちぇぶむ](2008/03/27 19:28)
[16] 運命の使い魔と大人達 第七話後編[らっちぇぶむ](2008/03/30 20:14)
[17] 運命の使い魔と大人達 第八話[らっちぇぶむ](2008/04/02 23:24)
[18] 運命の使い魔と大人達 第九話前編[らっちぇぶむ](2008/04/05 22:29)
[19] 運命の使い魔と大人達 第九話中篇[らっちぇぶむ](2008/04/09 15:33)
[20] 運命の使い魔と大人達 第九話後編[らっちぇぶむ](2008/04/15 00:00)
[21] 運命の使い魔と大人達 最終話[らっちぇぶむ](2008/04/15 09:18)
[22] 運命の使い魔と大人達 後書き[らっちぇぶむ](2008/04/15 20:34)
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[2605] 運命の使い魔と大人達 第六話
Name: らっちぇぶむ◆c857d2f4 ID:49f6089b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/03/05 20:10

 六

 ガリア王国。
 大陸西方に位置する国家群の中にあってひときわ強大な国力を誇り、さらには魔法によって構築された文明のこの世界の中で、最も進んだ魔法文明を有する王国である。北方の新興国家郡を纏め上げて生まれたゲルマニア帝国や、南方の三本の半島に群雄割拠する宗教国家ロマリアをはじめとする都市国家郡に挟まれつつも、その広大かつ肥沃な国土とそれにみあった人口とによって、ハルケギニア世界最大の強国とされている。
 その王国の首都リュティスは、西方の外海に向かって流れる大河、シレ河沿いの内陸部にあり、国土の中心に位置している。人口三十万を数える大都市リュティスの郊外に、この王国の中枢となる王宮ベルサイテル宮殿がある。ハルケギニア最大の国力を誇る王国の王宮に相応しく、多くの贅を凝らした数々の宮殿で構成されるその一角に、王女イザベラの住まうプチ・トロワと呼ばれる小宮殿があった。
 王家の貴色である蒼い大理石をふんだんに使ったグラン・トロワと呼ばれる国王ジョゼフの住まう宮殿と違って、薄桃色の大理石で作られ華麗な装飾を施されたその小宮殿は、しかしその外見とは裏腹にどんよりと重苦しい空気が漂い、少なくない数の警護の騎士や衛士、使用人達が何か腫れ物に触るかのような微妙な雰囲気をまとって詰めていた。
 その中心にいたのは、御歳十七歳になられようかという見目麗しき少女であった。真蒼の絹糸のごとき直ぐの長髪が腰下まで流れ、服越しにもわかる歳相応ながらもこれから女としてどれほど魅惑的に育つかを思い起こさせる、柔らかくめりはりのある曲線を描いた肢体。切れ長の蒼い瞳に、薄くすっと通った鼻筋。その鼻先がわずかに上向きなのが、少女の美貌をぎりぎり冷たいものから愛らしいものにと変えている。全体のバランスこそ適切なれど少し大きめかと思わせる口と、長髪を全て背中に流してしまっているが故のあらわになっている理知的な生え際が、どちらかというと少女のきつさを強調していた。
 だがその美少女のしぐさといえば、その容姿容貌にどうみても相応しくない。イライラとしたせわしなく歩き回り、眉根をよせて目尻をはねあげ、時々、

「あーッ!」

 とか、

「まだなのかいッ!!」

 とか吼えていたりなどする。どうにも高貴さとか優雅さとか、そうした一国の王女としては必要な気品が絶対的に欠けた雰囲気の少女であった。
 部屋に詰めている多くの侍女や使用人達は、そんな美少女を無用に刺激しまいと無表情のまま身じろぎすらせずわずかに距離を置いて控えている。

「シャルロット様、ご到着にございます」
「だからッ! あたしの前でッ! あいつの名前を呼ぶなって言っているだろうがあっ! 七号と呼べと言っているだろうっっ!!」

 自分を待たせた相手の到着を告げた侍女に、殺気すらこもった視線で怒鳴りつける。
 その癇癖に侍女は、ひぃっ、と声にならない悲鳴を洩らし、腰を九十度に曲げて頭を下げた。

「も、申し訳ありません! 七号様、ご到着でございますっ」
「もういい、下がりな」

 じろりと睨みつけて侍女を追い払うと、あごをしゃくって他の侍女や使用人達も下がらせる。
 誰も彼もが部屋を出ると、ほっとした表情になり、互いに視線だけでこの宮殿の主人について愚痴めいたなにかをやりとりした。
 そうした使用人らと入れ替わりに入ってきたのは、長く節くれだった杖を手にしたタバサであった。相変わらず表情の無いまま、無言で王族に対する四十五度の角度に腰を曲げる礼を行い、その後は黙ったまま背筋を伸ばして立っている。その蒼い瞳は、あくまで深く澄んだままいかなる感情もうかがえない。
 そんなタバサをだまって睨みつけていた少女は、ふんっ、と鼻を鳴らすと、羨望や憎悪、憤怒といった負の感情に彩られた蒼い瞳をそらした。しばらくそのまま、蒼い少女二人の間に重い沈黙が澱む。

「相変わらずガーゴイルみたいな女だね」

 互いに挨拶の言葉すらない。それが当たり前のやり取りとなってしまっているかの様に、少女はつぶやいた。そんな侮辱の言葉にも、タバサの瞳になんら感情の変化は現れなかった。

「随分と待たされたが、お前も急いで来たんだろ。机の上のそいつを飲みな」

 少女があごをしゃくった先のマホガニー製の豪華な彫刻の施されたサイドテーブルの上に、澄んだ薄緑色の液体の入ったクリスタルグラスが置いてある。
 タバサはてくてくと机に近づくと、無造作にそれを取り、まず一口、口に含んだ。

「飲めと言っただろう」

 低いどすの利いた声で少女は、タバサをにらみつけた。タバサは、逆らう事なく口に含んだ分を飲み干す。と、その無表情の白い面に朱がさし、わずかに足元がふらつく。

「残りも全部飲みな。最近になって、そいつがリュティスに大量に流入してきている。おかげで平民どもがどいつもこいつも飲んだくれて、あげく朝昼晩関係無しに騒動が起きている。今のところは各花壇騎士団が総出で治安維持に当たっているが、このままだと暴動が発生する」

 心底忌々しげに、少女は、吐き捨てるようにタバサに向けて言葉を重ねる。花壇騎士団とは、このガリア王国の国王直轄の近衛騎士団の別称である。ベルサイテル宮殿には多数の花壇があり、その花壇を守護する騎士団、という由来でつけられた名前だとか。その近衛騎士団を総出動させねばらなないほど、王都リュティスの状況は不穏であるというのだ。
 少女の命令通り息を止めて残りを全て飲み干すタバサ。と、同時に足に来たのかぐらりと倒れかける。そんなタバサの様子を見て、初めて微笑らしい形に口を歪め、少女は言葉を続けた。

「そいつがどこから持ち込まれているのか、調べるのが今回の任務だ。すでに四人、北花壇騎士が消息を絶っている。そのつもりで気張りな」

 行け。あらゆる負の感情で濁った目を細め、少女は、タバサに退出をうながした。
 タバサは、ふらつきながらも再度一礼すると、杖にすがりつくようにして出て行った。その後ろ姿を少女は、睨みつけつつ送りだした。


 タバサを送り出した後、少女は侍女を呼び、王女としての正装に着替え、プチ・トロワを出た。向かう先はグラン・トロワ。ジョゼフ王の住まう宮殿である。

「父上、お願いがあって参上いたしました」

 少女が通されたのは、グラン・トロワの謁見室ではなく、私室の方であった。その個人の私室というには余りに広い部屋の中央に、ハルケギニア大陸西方を精密に再現した地理模型が置かれ、その上に無数の小さな人形が並べてある。騎兵、槍兵、銃兵、砲兵、工兵、輜重兵、それに空中艦隊や竜騎兵など、このハルケギニア世界にある全ての兵科のミニチュアが存在する。
 そのミニチュアをうんうんうなりながらあちこち動かしている男がいる。見た目の歳の頃は三十台半ば、上背も高く肩幅も広い、見事に鍛え抜かれた筋肉質の身体をしている。少女に父上と呼ばれた男は、少女と同じ蒼い色の美髭をいじりつつ完全に地理模型の上に意識を集中させている。

「父上ッッ!!」

 本来ならば宮殿内では無礼とされるような怒気をすら含んだ大声で、少女は父親を呼んだ。

「ん、なんだ、イザベラか」
「……父上、お願いがございます」

 ぜいぜいと肩で息をしつつイザベラと呼ばれた少女は、感情の見えない父親の瞳をにらみつけた。このイザベラが父と呼ぶ男こそ、このガリア王国の国王であるジョゼフ・ド・ガリア本人であった。

「うむ、どうした。またか」
「はい。北花壇騎士団長として、予算と人員の増加をお願いにあがりました」
「ふむ、先日もそうおねだりされて、増やしてやったではないか」

 すでに興味無さげな表情で、地理模型の方に視線を向けるジョゼフ。

「増員されました二名は、消息を絶ちました。捜査費用は既に予算を大幅に超え、わたしの宮殿の予算から流用しております」

 この大馬鹿野郎、とでも怒鳴りたげな口調で、イザベラはジョゼフに低めた声で現状を説明する。

「捜査は、他の花壇騎士団か衛士隊かに引き継がさせればよかろう」
「その各花壇騎士団と衛士隊では手がつけられぬ、と、回された捜査です。各尚書よりも早急に事態の打開を求める旨、わたしに直接要求が来ております」
「ふむ」

 本当に興味なさげに、ジョゼフは、右から左に聞き流している。イザベラは、もう一度噛んで含めるように言葉を繰り返した。

「すでにリュティスの治安は、悪化という段階を超え、騒乱状況に陥りつつあります。早急にこの状況を招いた例の酒の流通経路を明らかにし、流入を防がねば」
「無駄だろう」
「何でですッッ!!?」

 あっさりと言ってのけた父親に、イザベラは、とうとう臨界点を突破したのか、怒鳴りあげた。
 ようやく重い腰をあげ、ジョゼフは地理模型から離れて娘の前に立った。そしてその見事な美髭をいじりつつ、あっさりと言ってのけた。

「簡単だ。平民はこれまでためにためた不満を、酒の力を借りて発散しているだけだからだ。現状で酒の流入を絶ったとして、今度は別のもので、アブサンといったか、その酒の代わりの酒を作るだけだろう」
「では、王政府としての対応は?」

 むすっ、とした表情で、イザベラはジョゼフを見上げた。娘も比較的背の高い方ではあるが、父親はそれにもまして背が高い。

「尚書どもの仕事だろう、それは」
「……なるほど、よく判りました。それでは、それぞれの尚書と協議の上、改めてご報告に参上いたします」
「うむ。で、それだけか?」

 余はこれでも忙しいのだ。今現在足元で起こっている状況に微塵も興味なさげにジョゼフはそう言うと、イザベラに背を向けた。ぎりっ、と、歯を噛み鳴らすと、イザベラもジョゼフに背を向けた。

「そうそう、イザベラ」
「なんでしょう、父上」

 スカートの裾を持ち上げ一礼し、さっさと部屋から出ようとしたイザベラに、ジョゼフはなんでもないという風に言葉をかけた。

「北花壇騎士団の使い方を間違っている。あれはあくまで「裏方」だ」
「……存じております」

 イザベラは、悔しげに答えると、足音も高く部屋を後にした。


「ああっ、くそっ、どいつもこいつもっ!!」

 プチ・トロワに戻ったイザベラは、自室に戻ると忌々しげにドレスを脱ぎ捨て、下着姿のままベッドの上の枕を掴んで壁に投げつけた。もふっ、と間抜けな音がして、イザベラの足元に枕が転がってくる。それを今度は見事なつま先蹴りで壁にぶつけると、侍女が用意している私室用のドレスに着替えなおす。
 そのまま枕を掴んでベッドに飛び乗ると、枕を抱えて顔を羽根布団にうずめた。そしてぎりりと歯を噛み鳴らすと、ベッドの上で身体を起こし、「出て行けっ!」と一言吠えて、控えている侍女達を私室から追い出す。

「「無能王」がっ! 「無能王」の無能娘がっ!」

 父親と自身の事を、そう羽根布団に顔をうずめたまま叫ぶと、歯を食いしばったまま目をつむる。

「魔法の使えない無能な王様と、ドットの中でも群を抜いて魔法の下手くそな王女の組み合わせがっ!!」

 イザベラの口からこぼれる言葉は、この魔法先進国であるガリア王国の宮廷で、国王とその王女がどういう目で見られているかを端的に表していた。
 なまじに魔法の研究と運用でハルケギニアの最先端をいく国だけに、その頂点に立つ国王と王女がろくにどころか全く魔法が使えないというのは、余りにも冗談が過ぎた状況であった。当然のごとく、宮廷を構成する貴族達は、陰で国王とその娘の事を「無能」呼んであざ笑っている。
 そんな中で、「無能王」は貴族らの陰口などどこ吹く風といわんばかりに趣味に没頭し、国事を部下に丸投げしていた。だがイザベラは、本当に完全に魔法の使えない父親と違って、水のメイジである。今ではその努力も放棄してしまったが、それでもなんとか、スクエアやトライアングルは無理でもせめてラインメイジに、と、がんばっていた時期もあったのだ。
 しかし、代々強力な魔法の使い手が生まれるはずの王家の娘のはずなのに、どうしてもドット、それもぎりぎり最低限の魔法しか使えないという状態から上に進む事ができなかったのである。
 ならばせめて政務において功績を、と、ジョゼフに官位を願い出れば、与えられたのは「裏方」の北花壇騎士団の団長職である。本来は、王国の秘密警察の役割を担っている陰の騎士団でありながら、当初構成員はわずかに七名。何度も増員を受けてはいたが、すでに殉職するなり消息を絶った者を差し引けば、今では三名しか残っていない。
 気がつけば、今や秘密警察の親玉として王国のほとんどの貴族の憎悪と嘲笑を一心に浴び、さらには暗殺された王弟オルレアン公シャルルの派閥に所属し、粛清後地下に潜った連中から命を狙われるありさまでもある。何しろオルレアン公には、天才として知られている風のメイジの娘がいる。彼女をかついでクーデターを起こそうと考える貴族だって、少なくはなかろう。

「ガーゴイルめっ! 七号めっ!」

 嫉妬と羨望に狂った声がイザベラの口から漏れる。

「なんであたしじゃなくてシャルロットがっ!」

 その名前を口にした瞬間、とうとう我慢ができなくなったのであろう、イザベラの閉じられた目から涙がこぼれた。
 シャルロット、つまりタバサは、優れた風のトライアングルのメイジである。その使い魔は幼いとはいえウインド・ドラゴン。魔法の才能で言うならば、若干十五歳でこれとは、まさしく天才以外の何者でもない。本来は「裏方」の北花壇騎士団などではなく、表の華舞台に立つ各花壇騎士団の団員であってもおかしくはないのだ。
 だがタバサは、今や壊滅しつつある北花壇騎士団の中では、イザベラに預けられた騎士団員の中では最古参の中核といってもよい団員となっていた。

「……あの頃に戻りたい」

 涙をこぼしながら、イザベラは呟いた。そのまま歯を食いしばって嗚咽が漏れるのをこらえながら、羽根布団に顔をうずめたまま、イザベラは涙をこぼし続けた。


 娘のイザベラが足音も高く退出してすぐ、一人の男がジョゼフの私室に入ってきた。このハルケギニア世界のものとしては珍しく飾りの無い上下に、白衣をまとっている。男は金色の瞳をジョゼフに向け、にやにやとたった今のやり取りを面白がるような笑みを浮かべていた。
 ジョゼフは、男が挨拶も無く入ってきたのをとがめるでもなく、視線だけ向ける。

「王女殿下も、気苦労が絶えないでおられる様子ですな」
「余に似たのだろう。そろそろ諦めてもおかしくはない頃合なのだがな」
「諦めを踏み越えた先にこそ、陛下のごとく道が開けるでしょう」
「ふむ? 例の「素体」にでもするのか?」

 白衣の男は相変わらずにやにや笑いを浮かべたまま、わずかに肩をすくめてみせた。

「まさか、そんな無駄には使いませんよ。元々は王女殿下こそが、陛下の代わりに「虚無」に目覚められるはずだったのです。むしろ、陛下が目覚められた事こそが異常であり、研究対象として興味深いですね」

 ほとんど大逆罪並みの内容を平然と口にする白衣の男。だがジョゼフもそれをとがめだてする事もなく、地図模型から離れて男に向き直った。

「ふむ、興味深いな。で?」
「とりあえずアカデミーの研究結果待ちです。何しろ、何をどうすればよいかは判ってはいても、それを為すための技術が無い」

 男は、困ったものです、と、肩をすくめて両手の平を上に向けて見せる。

「まあ、それは仕方があるまい。余が「虚無」に目覚めてわずかに四年。むしろこの短期間によくぞここまで研究を進めたものだ。さすがだな」
「まだ結果は出せておりませんのでね。出てから全ては始まりますので」

 ジョゼフに向かって、そう言い放つと、男は白衣のポケットに手を入れ何かの小箱を取り出した。

「そうそう、例の指輪を調査して私なりにコピーしてみたものです。それにしても大したものですね、この「先住魔法」というのは。このガイア生命体の生態系そのものが、全にして個、個にして全の意思を持つ魔法的認識思念体であるというのは非常に興味深い。次は是非とも、エルフですか、「先住魔法」の使い手の協力を得たいものです」
「ふむ、それについては考えておこう。で、その偽物をどうするつもりだ?」
「何、コピーしてみただけで、使い物にはならない代物です。むしろ、その機能を利用して計画を別の方向からアプローチしてみますよ」

 男がジョゼフに手渡した小箱の中には、水色の宝石がはめ込まれた指輪が入っていた。

「でだ、ドクター。余のワルキューレはどうなっている?」
「結局、戦闘に使わざるを得なくなりました。どうもゲルマニアから王党派に大規模な支援があった様子ですね」

 現状ではメンテナンスの問題があるので、あまり戦闘に使っては欲しくはないのですが。まあ仕方が無いのでしょう。
 そうドクターと呼ばれた男は困った表情で肩をすくめる。ジョゼフは、ふむ、と呟いて、再度地理模型の方に視線を向けた。しばし黙考し、それからドクターに向き直る。

「指し手が現れたな」

 その声にはこらえきれない愉悦がこもっている。ジョゼフは、初めて嬉しそうな表情を浮かべて声を高めた。

「そうだ、指し手だ! なるほど、そう考えれば全てのつじつまが合う! 素晴らしい! 余が今まで気がつかぬ程に、密かに、慎重に、そして大胆に用意を整えていたのだ! うむ、素晴らしい!!」
「指し手ですか」
「そうだ、指し手だ。余のワルキューレの存在を知られたとなると、さて次の一手はどう打ってくる? すでにガリアは王都の騒乱でしばらくは動けぬ。ゲルマニアの欲張りにこれだけの知恵はない上、内戦が終わったばかりだ。トリステインの枢機卿か? いや、奴は臆病だ。こういう「裏」のやり方で一手を差す度胸はあるまい。そうなると、ロマリアか」

 もはや、目前の男の事は完全に無視して、自分の思考に没頭してしまっているジョゼフ。ドクターは、やれやれ、という風に首を振ると、部屋を出て行こうする。
 そのドクターにジョゼフは、呟くように確認した。

「余のワルキューレは、あと何回戦闘に耐えられる?」
「もって四回。できれば二回に収めて欲しいですね。その後しばらくは、長期間メンテナンスで使えなくなりますから」
「そうか」


 イザベラの命令を受けたタバサは、まずは王都リュティスの下町に宿をとった。王女に命じられて一気飲みさせられたアプサンのせいで、頭ががんがんし視界がちかちかする上、足腰に力が入らない。そんな彼女を背中におぶって運んでいる女性がいた。

「もう、意地悪が酷いのね、従姉妹姫は! あんな毒みたいなお酒をお姉さまに一気飲みさせるなんて!」

 タバサの蒼い髪と比べるならば、むしろ青い、と評すべき髪の女性である。見たところ二十歳くらいではあるが、口調や雰囲気は年齢よりもずっと幼さを感じさせる。

「黙って。響く」
「……きゅい」

 ふらふらになったタバサは、宿に到着すると、そのままベッドに倒れこんだ。顔は赤く、息は荒い。青い髪の女性は、おろおろとどうしたら良いのかわからないまま、部屋の中でうろうろしていた。
 宿の外では、酔っ払って放吟する者や、喧嘩をする者、そうした喧騒というにはいささか激しすぎる騒動の音が聞こえてくる。時々、笛の音が鋭く鳴り響き、衛士達と酔っ払いどもの間で衝突が発生し、さらには花壇騎士が魔法で酔っ払いの集団を制圧する音すら聞こえてくる。

「水、あと、酔い覚まし」
「すぐに持ってくるのね! もうちょっと我慢するのね!」

 ばたばたと部屋を出て行く彼女を耳で聞きつつ、タバサはぐるぐるちかちかと回る視界の中で、頭痛に耐えつつ飲まされたアプサンの流通ルートについて考えていた。
 アルコール濃度六十八パーセントにして、ニガヨモギを主原料とし、各種の香草を、何度も蒸留したアルコールに浸漬して再度蒸留した酒である。問題は、アプシンソールやツヨンといった、アルコール依存症や幻覚症状を引き起こす成分が大量に含まれており、あまり多飲すると精神を侵される事になる極めて危険な酒でもある。
 そして、この酒を作っているのが、よりにもよってトリステイン魔法学院の研究助手であるフェイトであり、その流通ルートを維持しているのが、かつてオルレアン公爵邸の料理長の息子であったトーマスであるという点が、タバサにとっては非常に困ったポイントであった。
 トーマス、今ではトマと名乗っているが、彼が世話になっていた闇賭場を潰したのは、実はタバサ本人であったりする。その後、イカサマ博打がばらされた闇賭場の支配人は報復を受けて死に、トマは九死に一生を得て、よりにもよってトリステインで大貴族の保護を受けた商会の総支配人に収まっているのだ。

「お姉さま! 水と酔い覚ましなのね!」
「ありがとう」

 とりあえず酔い覚ましを飲み、水差しの水を一気飲みする。

「シルフィード」
「なに、お姉さま?」

 心配そうにベッドの横に座っている青い髪の女性、実はタバサの使い魔であるウインド・ドラゴンのシルフィードが人間の姿に変身したものなのだが、彼女へと視線を向ける。なんども瞬きするが、まだ酔い覚ましは効いてこないようで、目の前がちかちかする。

「魔法学院に帰る」
「え? 捜査はしないの? きゅい」
「違う。取引」

 これまでフェイトという猫の首につける鈴になろうと、密かに学院内で聞き込みを続け、稼動を始めた醸造所に出入りする人間の後をつけたりして調べた結果、ラグドリアン商会が事実上オルレアン公関係者を中核に構成されている事にたどりついたのである。
 しかも、大貴族系ではなく、平民や下級のシュバリエといった者を中心に取り込んでいるあたり、フェイトが非常に明確な意思をもってラグドリアン商会を運営している事が判る。とすれば、彼女がガリア王宮内についての情報と引き換えに、一時的にアプサンの出荷を差し止めるか、ダミーの流入ルートをいけにえに差し出してくれる可能性は大きい。
 ガリア王政府が本格的に調査と弾圧に動くとすれば、小国であるトリステインとしてもこれ以上の深入りはしなくなるであろう。そこに、取引の余地がある。

「寝る」
「ああもう! お姉さまはシルフィードに心配ばっかりかけて、いけないのね! 帰ったらお肉たくさんなのね!!」

 シルフィードの言うお肉たくさんがどれほどのものか考えて、タバサは、この世の中を動かしているのは、魔法ではなくお金である事を切実に実感していた。


 最近はめっきり密談の場として利用されるようになってしまっているヴェストリ広場で、タバサはフェイトと二人きりで歩いていた。
 タバサは、フェイトのメイド服姿を見て、この世界の誰が彼女が今やハルケギニア世界の裏側の世界を支配しかけている人間だと納得できるだろうかと思った。

「それで、二人きりで秘密の相談とはなんでしょうか? ミス・タバサ」
「今、リュティスは騒乱状況にある」

 とりあえずは軽く探りを入れてみる。

「ミス・タバサは、ガリア出身でいらっしゃいましたか」

 こくり。うなずいて同意するタバサ。

「つまり、ガリア政府のシュヴァリエとしての相談ですか」
「覚えていた」
「ええ。何しろ、よく訓練されていらっしゃいますし、その訓練も、一般の軍人とは少々毛色が違うものでしたので」
「私の「裏」も「洗った」?」

 フェイトは、そこで穏やかににっこりと笑って首を横に振った。

「私はできることなら、お嬢様にも、ミス・ツェルプトーにも、そしてあなたにも、良い思い出になる学院生活を送っていただいて、卒業していただきたいと思っております」
「ならば、取引を」
「まことに残念ですが、状況は既に私の手を離れています」

 フェイトの笑みは変わらないのに、タバサにはそれが余りにも邪悪に見えた。フェイトの光の無い瞳は、気がつくのが遅すぎたですね、と、ガリア政府の対応の遅れを嘲笑う色すら見て取れたのだ。

「ちなみに、アプサンの醸造施設は、元々あそこではありません」

 フェイトの指差した先には、西の門の先に見える森の中に乱立する蒸留塔や浄水塔が見える。今そこでは、全力で各種の蒸留酒が生産されているはずである。

「そして、ラグドリアン商会を関わらせてはおりません」

 タバサは絶望的な状況に、必死になって思考を回転させた。相手はすでに予想よりも二手三手先を行っている。ガリア政府からの外交的圧力、という切り札は、この時点ですでに切り札ではなくなっている。

「ちなみに、ビジネスとしての「信義」があります。取引先の情報を漏らすわけには参りません」
「……貸しでいい」
「ミス・タバサの今のガリア政府内での所属と地位は?」
「……………北花壇騎士団団員、シュヴァリエ」

 なるほど。ぽん、と、手を打つフェイト。どうやら思い当たる節があるらしい。

「恐るべき使い手が四人いました。彼らがそうだったのですね」
「……まさか」
「はい。私が「処分」しました」

 タバサは、いつも握っている節くれだった杖を握る手のひらが汗でびっしょりと濡れてくるのを自覚せざるを得なかった。自分は彼女の一挙一動に目を配っていたはずなのに、いつの間にそれだけの「濡れ仕事」をこなしていたというのか。
 今この瞬間、自分がフェイトに「処分」されていないのは、単に彼女に自分を殺す理由が無いだけだからなのだろう。
 どうすればよいのか。虎子を得ようとして虎穴に入り、母虎を目前にしている様なものだ。なんとかして、この場を逃れ、かつ彼女を敵に回さないようにしないとならない。

「あなたの直属上官はどなたです?」
「王女イザベラ・ド・ガリア」
「なるほど。そういう事ですか。……王女殿下も焦っておられるようですね。それに、流通ルートよりも、もっと先に調べる必要な事があるわけですが」
「?」
「アプサンが、何故危険か、という事です」

 それは判っている。だが、何故それが重要なのか、それが判らない。

「つまりですね、アプサンから危険な成分を取り除いた蒸留酒を開発し、それを今のアプサンより安く販売する事で今の危険なアプサンを市場から駆逐する事が一番確実なわけです。その上で、アルコールにかける税金を少しづつ高めていって、最終的には騒乱状況に至らない程度にアルコールの入手を難しくすればいいわけです」

 というわけで、極秘裏にイザベラ王女殿下との会見のセッティングをお願いできますでしょうか?
 そう「お願い」するフェイトの微笑みは、吐き気がするほど美しく、怖気が走るほど暖かった。


「このっ! このっ! この大間抜けがあっっ!!」

 タバサは、何度も何度もイザベラに張り飛ばされ、床に転がされる。
 タバサはイザベラに、国内外の蒸留施設を調査し、そこからアプサンの販売ルートにつながりそうな人間を見つけた事を報告した。しかし、相手に自分が北花壇騎士団である事、その直属上官がイザベラである事も知られてしまった事も正直に報告したのだ。
 イザベラとしては、これで王政府の尚書らとの会談でなんらかの得点を稼ぐ事が絶望的になってしまった事に、目の前が真っ暗になる思いであった。その怒りはそのままタバサに向かい、イザベラは、タバサが北花壇騎士として自分の指揮下に入って以来初めて自らの手で暴力を振るった。確かに色々と意地悪はしてきた。だが、こうした暴力を振るう事だけは絶対につつしんできたのに。

「なんでそんなドジを踏んだんだ!!」
「北花壇騎士団員四名の行方不明者は、その相手が「処分」していた。相手は取引を望んでいる。私が生きて戻ってこれたのは、それが理由」
「……なんだって? 取引?」
「現在流通しているアブサンを市場から駆逐し、その上でアルコールにかける税金を段階的に高めていく。そのアルコールの商品としての流れは、帳簿や伝票を調べる事で判る」
「つまり、最初からこの仕事は、北花壇騎士団が出張る内容じゃなかった、というのかい」

 こくり。頬をはらしたまま、タバサは黙ってうなずいた。
 イザベラは、尚書らが自分にこの話を持ち込んた事そのものが、北花壇騎士団を連中が嵌めるための陰謀に他ならなかった、という事実に愕然とした。この状況そのものは、表の役所だけで十分対処が可能な案件でしかなかったのだ。思わず足腰から力が抜け、その場にへたり込む。ジョゼフ王の言っていた「北花壇騎士団の使い方を間違っている」というのは、こういう意味であったのか。

「……大間抜けは、あたしの方かい」

 タバサは、へたり込んでいるイザベラを黙って見つめ続けていた。


「お初にお目にかかります、王女殿下。謁見を賜り光栄に存じます」

 そこは、ラグドリアン湖のほとりにある数多くあるガリア王家の別荘のひとつであった。フェイトは、黒いドレス姿でイザベラの前にひざまずいている。相手をするイザベラは、蒼い王家の貴色のドレス。あくまでお忍びであるので、王冠その他、目立ちそうなものは一切見に付けていない。

「そんな王宮内でやらかすような挨拶は別にいい。取引を持ちかけてきたのはそっちで、こっちはお前らに逆に頭を下げないといけない側なんだ」

 フェイトを見下ろすイザベラの眼は、憎しみにこうこうと輝いている。
 そんなイザベラの瞳を、死んだ魚の様な澱んだ瞳で見つめるフェイト。その昏さに、イザベラは、自分もタバサも、所詮は子供でしかないことに絶望に近い何かを感じた。そして、目前の女がロマリア地方の出身らしいとも見当をつけた。この暖かみのある金髪や肌のきめの細かさは、北方のゲルマニア女ではなく、南方のロマリア女の特徴である。

「あたしはイザベラ。こいつから聞き出した通り、北花壇騎士団の団長さ」
「フェイト、と申します」
「で、そっちの持ちかけてきた取引内容とは、アプサンを駆逐するアルコールの専売権かなにかかい? それとも、アルコール税の徴収権かい?」
「いえ、その様なつまらないものは別に」

 フェイトは、あくまで優しい微笑みを浮かべたまま、イザベラの瞳をまっすぐ見つめる。その暗い澱みに、イザベラはどうしても恐怖に身が震えるのを抑える事ができない。

「で?」

 このフェイトと名乗る女が、何を要求してくるのか、それがどうしても予想がつかない。

「ガリア王国内の情報を、こちらの提供させていただく情報と、交換しあう窓口となってはいただけないでしょうか?」
「……………」

 イザベラは、必死になって考えていた。相手が欲しているのは情報であって、金ではない。つまり、自分よりも北花壇騎士団の使い方については、このフェイトという女の方がよく理解しているという事になるのか。しかも、あくまで交換という形での取引である。今の事実上壊滅した北花壇騎士団にとっては、喉から手が出るほど欲しい申し出である。
 なけなしのプライドが全力でそれを否定しようとするのを、イザベラは唇の一部を噛み切る事で押さえ込んだ。なにしろ相手はこちらの予想をはるかに上回る実力の持ち主である。下手に欲をかけば、確実になんらかの不利益をこうむることになるであろう。
 それよりも、そう自分が即位した瞬間に蜂起するであろうオルレアン公派の残党が、イザベラの真の敵である。現国王ジョゼフの実弟であり、水の天才魔法使いにして英邁かつ高潔な王族の鑑であった彼が殺された後、粛清によって貴族としての地位と名誉と生命を失い地に潜った者達の憎悪に対抗できるだけの力が欲しい。
 そのためだったら、悪魔にだって魂を売ってやる。
 蒼い視線を正面からフェイトの深紅の瞳に叩きつけ、イザベラは微塵もそう思っていない声で答えた。

「あたしとお前の間に不幸な行き違いが起きないよう、できる限りの事はするよ」
「ありがとうございます、イザベラ殿下」
「ただし、アプサンをどうにかするための酒の蒸留施設、こいつが欲しい。あとアプサンの正確なレシピと生産方法と」
「承りました」

 それからイザベラは、上から下までためつすがめつ舐める様に見つめる。

「これはあたし個人の借りだ。「裏」の組織の使い方を教えろ。おかげで今回尚書どもに嵌められて、えらい大恥をかかされた」
「承りました」


「それで、簒奪者の娘をおめおめと帰してしまったのですか?」

 リュシーが、腰まである金髪を憎悪のオーラに揺らがせながら、フェイトに詰め寄った。

「リュシーさん達、旧オルレアン公派の者らの目的は、殺された肉親や失った地位や名誉、財産に対する復讐であり、それを達成する目標はジョゼフ王の暗殺なのではないのですか?」

 そんな怒り猛るリュシーを前に、いつも通りの柔らかな微笑みを浮かべているだけのフェイト。

「ジョゼフ王は一代の英傑です。イザベラ王女が持ち帰った蒸留技術ですが、それもすでに概念そのものは入手し終えていて、大方こちらの一手を無効化する手段を用意している最中だったでしょう」
「何故、あの簒奪者が英傑なのです!?」
「私の大したことの無い経験と知識でも、無能と馬鹿にされつつ、しかし権力を維持できているというのは、恐るべき有能さの証拠です。まして、あの娘を見れば、いかほどの器量かも知りえます。ジョゼフ王こそ、今のハルケギニア各王家において最高の指導者でしょう」

 リュシーは、呆然とした。
 噂に聞くジョゼフ王とイザベラ王女は、少なくともそこまでフェイトが手放しで褒めるような人物には見えない。道楽と放蕩で国の財政を傾ける狂王と、小さな宮殿に自分だけの世界を作って、使用人に威張り散らかす我侭娘ではなかったのか?

「時に「無能」という蔑称は、政治的には最高の財産たりえます。ましてそれが陰謀を得意とする者であれば、何にもまして換えがたい財産でしょう」
「では、簒奪者の王位は必然であったと!?」
「多分。先王の人物眼は確かであった様ですね」

 そこでフェイトの表情が厳しくなり、声に殺気がこもる。

「敵は、それだけ恐るべき、油断ならぬ相手です。復讐という目的、ただその一点に意思を集中させ、研ぎ澄まさねば、到底かなわない相手です」

 ご覚悟を。
 フェイトの視線にリュシーは、一歩後ずさった。そして、もう一度自らの内心の憎悪をかきたてる。父親を処刑台に送り、家族を四散させた簒奪者への憎悪を。
 

 グラン・トロワのジョゼフ王の私室で、国王と王女は二人きりの会見を行っていた。

「なるほど、故に国内全ての商会と銀行の帳簿と伝票を閲覧できる権限が欲しいというのか」
「はい、お父様。もはやリュティスが酔っ払いの巣となってしまった以上、酒の流入を絶てば逆に暴動が起きましょう。故に王宮の管理のできる範囲でアルコールを供給し、それによって一定程度の治安を維持する方向にもっていくべきかと」

 感情を押し、無表情さを保ちつつ、屈辱を噛み締めた声で、イザベラはそう父親に説明した。

「まあ、酒税に関しては議会に諮ることになるが、簡単に話は通るだろう。連中も今のリュティスの状況には頭を痛めている様子だからな」

 お気に入りの地理模型には視線すら向けず、ジョゼフ王は娘のことを興味深そうに見つめている。

「で、王立の醸造所の建設か。そこでアブサンと同様の各種の薬草酒を蒸留した酒を生産し、大量に売りさばき、アプサンに膨大な税金をかけることで、事実上アブサンの流通を潰す、と」
「はい。つきましては、その醸造所の経営の権限を北花壇騎士団に」
「足りぬ予算をそれで補うか」
「はい」

 そこまで話を聞いて、ジョゼフ王は心底愉快そうに大笑した。

「見事、見事だぞ、イザベラ! まさしく満点だ!! そう、それでよいのだ。よくぞここまで成長したな。父は見違える思いだぞ。うむ、まことに愉快だ!! こんなに愉快なのはなんとも久しぶりだ!!」

 そして、げらげらと笑いつつ、地理模型の横のサイドテーブルの引き出しから、一冊の書類綴りを取り出し、イザベラに渡す。

「尚書どもとの会見はまだであったろう? 今から北花壇騎士団で調べるには時間が足りまい。これを持って行くがよい」

 その書類綴りのページをめくっていくうちに、イザベラの面から血の気が引いてゆく。

「こ、これは、国内のアルコールの流通経路!?」
「うむ、どうせ人の欲なぞ、女と金、せいぜいがそんなものだ。余は無粋ではないのでな、女ではなく金の流れの方に興味をもったのだ」
「……父上は、最初から全てをお見通しであったのですか?」

 そんなわけがなかろう。ジョゼフはその蒼い美髭をしごきながらなんでもなさそうにに言ってのけた。

「お前がいちいちアブサンアブサンとうるさいから、調べてみただけだ。まあ、それの使い方を間違えることが無いのであれば、それでよい」

 イザベラは思った。自分が預けられた北花壇騎士団は、本当の北花壇騎士団ではない。その本体はジョゼフ王の手元で今でも活発に活動している。かつて王弟であったシャルル・オルレアン公爵を暗殺し、その派閥を微塵も残さず殲滅してのけた父親の長い手は、今も闇の中に潜んでいるのだ。

「それでは、これはありがたく頂戴いたします。父上の深い愛情に、娘として心からの感謝を」
「なに、娘の欲しているものを与える事ができるのは、父親として最高に喜ばしいことだ」


 イザベラが退出してすぐに、ドクターがジョゼフの前に現れた。どうやら部屋の見えないところで全てを聞いていた様子である。ドクターは、その金色の瞳の目を愉快そうに細め、口の端を楽しげにゆがめている。

「なるほど、見事ですね」
「うむ、貴様の言うとおり、見事諦めを踏破してのけた。我が娘とは思えぬ強さだ」

 これも愉快そうに目を細めて、ジョゼフ王が答える。

「ドクター」
「なんでしょうか?」
「娘にもっと贈り物をしてやりたい。余のワルキューレの使う「力」などどうだろう?」
「よろしいのですか?」

 吐き気をもよおすほど美しく、怖気が走るほど暖かい微笑みを浮かべ、ジョゼフ王はきっぱりと言ってのけた。

「貴様らの「力」は、「杖(デバイス)」によって引き出されるのであろう? 娘に「杖(デバイス)」を作ってやってくれ。多分、とっても愉快なことになろうな。そう、この世界を揺るがし、在り方を根底から変えるような、愉快なことに」
「了解しました。それでは早速新しいプロジェクトを立ち上げましょう」
「頼んだぞ。ドクター・スカリエッティ」

 そして、はるか遠くを見る眼でジョゼフは呟いた。

「フェイト、というのか。そのロマリア女の指し手は」


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