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No.2605の一覧
[0] 運命の使い魔と大人達(「ゼロの使い魔」×「リリカルなのは」ほぼオリキャラ化) 完結[らっちぇぶむ](2008/12/21 12:58)
[1] 運命の使い魔と大人達 第一話[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:32)
[2] 運命の使い魔と大人達 第二話前編[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:27)
[3] 運命の使い魔と大人達 第二話後編[らっちぇぶむ](2008/02/10 00:31)
[4] 運命の使い魔と大人達 第三話前編[らっちぇぶむ](2008/02/13 23:07)
[5] 運命の使い魔と大人達 第三話後編[らっちぇぶむ](2008/02/17 17:14)
[6] 運命の使い魔と大人達 幕間その1[らっちぇぶむ](2008/02/20 02:31)
[7] 運命の使い魔と大人達 第四話前編[らっちぇぶむ](2008/02/24 14:21)
[8] 運命の使い魔と大人達 第四話後編[らっちぇぶむ](2008/02/27 22:29)
[9] 運命の使い魔と大人達 第五話[らっちぇぶむ](2008/03/02 20:58)
[10] 運命の使い魔と大人達 第六話[らっちぇぶむ](2008/03/05 20:10)
[11] 運命の使い魔と大人達 第七話前編[らっちぇぶむ](2008/03/12 23:57)
[12] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その一[らっちぇぶむ](2008/03/16 22:03)
[13] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その二[らっちぇぶむ](2008/03/19 23:20)
[14] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その三[らっちぇぶむ](2008/03/23 21:17)
[15] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その四[らっちぇぶむ](2008/03/27 19:28)
[16] 運命の使い魔と大人達 第七話後編[らっちぇぶむ](2008/03/30 20:14)
[17] 運命の使い魔と大人達 第八話[らっちぇぶむ](2008/04/02 23:24)
[18] 運命の使い魔と大人達 第九話前編[らっちぇぶむ](2008/04/05 22:29)
[19] 運命の使い魔と大人達 第九話中篇[らっちぇぶむ](2008/04/09 15:33)
[20] 運命の使い魔と大人達 第九話後編[らっちぇぶむ](2008/04/15 00:00)
[21] 運命の使い魔と大人達 最終話[らっちぇぶむ](2008/04/15 09:18)
[22] 運命の使い魔と大人達 後書き[らっちぇぶむ](2008/04/15 20:34)
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[2605] 運命の使い魔と大人達 第七話前編
Name: らっちぇぶむ◆c857d2f4 ID:49f6089b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/03/12 23:57
 七

 ルイズの実家、ラ・ヴァリエール公爵家の領地は、魔法学院から馬で三日ほどのところにある。その屋敷の中庭に、あまり人が寄り付かない池があった。池の周りには季節の花が咲き乱れ、小鳥が集う石のアーチとベンチがある。池の真ん中には小さな島があり、そこには白い石で造られた東屋が建っている。
 島のほとりに一艘の小船が浮かんでいた。かつてはルイズは家族と舟遊びをして遊んだものであったが、しかし今ではもうこの池で舟遊びを楽しむ者はいない。姉達はそれぞれ成長し、魔法の勉強で忙しかったし、軍務を退いた父親は、近隣の貴族との付き合いと狩猟以外に興味は無かった。母は、娘達の教育と、その嫁ぎ先以外、目に入らない様子である。
 そんな理由で忘れ去られた中庭の池と、そこに浮かぶ小船に気を留めるものは、この屋敷にルイズ以外にはいない。ルイズは、叱られるたびにこの小船の中に逃げ込むのだった。
 幼いルイズは小船の中に忍び込み、用意してあった毛布に潜り込む。そんな風にしていると、中庭の島にかかる霧の中から、一人のマントを羽織った立派な貴族が現れた。歳の頃は十六くらいだろうか? ルイズが六歳ぐらいの背格好だから、十くらい年上に見えた。

「泣いているのかい? ルイズ」

 つばの広い、羽根つき帽子に隠れて、顔が見えない。でも、ルイズは彼が誰だかすぐに判った。子爵だ。最近、近所の領地を相続した、年上の貴族。ルイズは、ほんのりと胸が熱くなった。憧れの子爵。晩餐会をよく共にした。そして、父と彼との間で交わされた約束。

「子爵さま、いらしてたの?」

 ルイズは慌てて顔を隠した。みっともないところを憧れの人に見られてしまったので恥ずかしかった。

「今日はきみのお父上に呼ばれたのさ。あのお話のことでね」
「まあ! いけない人ですわ。子爵さまは……」
「ルイズ。ぼくの小さなルイズ。きみはぼくのことが嫌いかい?」

 帽子の下の顔が、にっこりと笑った。そして、そっと手を差し伸べてくる。

「子爵さま……」

 ルイズは立ち上がり、その手をと握ろうとした。
 そのとき、風が吹いた。

「あ」

 一瞬目をつむり、視界が戻ると、そこは全く違う風景となっていた。
 昏い、混沌とした空に覆われた、黒い色の石造りの広間。そこには何重にも重ねられた同心円状の魔方陣が描かれ、その中心に一人の金色の髪の少女が立っていた。歳の頃は十歳前だろうか、今の自分が十六だから、十歳近くは歳下に見える。
 少女は、自分の背丈よりも長い、禍々しく輝く金色の宝玉が埋め込まれた黒いハルバートの様な武器を振り回している。否、正確にはそれを杖として空中に魔方陣を描き、周囲に浮かぶ球形のガーゴイルから放たれる光る魔法の矢を避け、そらし、受け止め、自らも魔弾を放って反撃している。少女は、時々魔法の矢が突き刺さっては吹き飛ばされ、床に転がるが、すぐに立ち上がり手にした杖と呼ぶには余りに禍々しいそれを振って防御と攻撃に魔力を放ち、周囲に金色に輝く魔方陣を形成する。
 ぼろぼろになり傷だらけになっても、それでも深紅の瞳から光は消えず、少女はひたすら闘い続けている。
 そして、唐突に戦闘は終了した。
 球形のガーゴイルは消え、広間には少女が一人残された。もう体力の限界であったのであろう、少女は床に倒れこんだ。
 ルイズは、我に返ると少女に駆け寄りひざまずき、その身体を抱き上げた。

「大丈夫? 怪我は? 痛いところは?」
「……大丈夫、非殺傷指定だから、怪我は、ない」

 少女は、薄い胸を激しく上下させながら、喘ぐようにルイズに答えた。その深紅の瞳は、これだけ身体を痛めつけられたにも関わらず、それでも輝きを失ってはいない。

「……お姉さんは、だれ?」
「ルイズ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。あなたは?」
「……フェイト」

 ルイズは、黒いリボンで二つにまとめられた金髪の頭をゆっくりと優しく撫でた。それに安心した様にフェイトは目をつむる。

「なんで、こんな事をしてるの?」
「……母さんが」
「お母様が?」
「きっと、昔みたいに、笑ってくれるから」

 ルイズは、その瞬間、夢から眼がさめた。
 そこは、トリステイン魔法学院の女子寮の自室のベッドの上であり、二つの月が窓から光を室内に投げかけている。本棚と衣装棚、ベッドの横のサイドテーブルと、部屋の真ん中の丸机と二脚の椅子。そして、部屋の片隅にマットレスを敷き、毛布に包まっているルイズの使い魔。
 フェイト。

「そんなはずは無いわよね」

 今見た夢は余りにも鮮明で、そして生々しかった。今でも少女の身体の感触が手に残っている。
 そして少女は名乗ったのだ、フェイト、と。

「……なんで、そんな眼になっちゃったんだろう?」

 自分の使い魔のフェイトは、寝る時も寝巻きではなく、シャツとパンツの黒い作業衣で毛布に包まって寝る。そして枕元には必ずデルフリンガーを立てかけて。
 そうでないと安眠できないのだそうだ。マットレスの位置も、衣装箪笥と壁の間、扉を開けた時に陰となる場所である。光の差さない暗い場所でないと、部屋の開口部の陰でないと、安眠できないのだという。
 マットレスだって、ルイズが説得して持ち込ませたのだ。最初はベッドを入れようとしたのをフェイト本人ががんとして嫌がったのを、妥協点としてマットレスを床に敷く、という事で決着をみたのである。
 まるで獣の様だ。
 ルイズは、そのフェイトの安楽さを頑として拒絶する姿勢を見て、そう心から思ったものである。野生の獣の様に、寝る時も安心して眠ることを拒絶する姿は、人としては頑なに世界を拒絶しているようで、ルイズはどうしても理解することができなかった。ここは安全なのだ。誰もフェイトのことを殺しには来ないのだ。
 どうして?
 ルイズは、月明かりの中、ずっと影の中に潜むかのように眠るフェイトのことを見つめていた。


「いや、苦労したよ」

 自分の研究室のソファーに白衣を着たままぐったりとだらしなく横になって、ロングビルは、眼鏡を外して眉根を何度ももんだ。研究室には壁一面に書類綴りや書籍が押し込められた本棚が並べられ、それらはあふれ出た挙句、床にも山と積み重なっている。そして、製図台とその周辺に散乱する何かの図面。

「幾何公差と寸法公差を両立させるのが、これほど大変とはねえ。まあ、勉強にはなったけれどもさ」

 最近二つ名を「製鋼」と名づけられてしまったロングビルは、眼鏡をかけ直すと、すっと冷たい視線を向かいのソファーに座っているフェイトに向けた。相変わらずの黒いメイド服を着たフェイトは、光の無い死んだ魚のような深紅の瞳をして、二つのソファーの間の机の上にある、革張りのケースの中身に見入っている。

「注文通り銃身は、クロームモリブデン鋼を鍛造した上で内側をクローム鍍金した。硬度や剛性よりも、靭性を重視してある。他のパーツ自体は、同じクロームモリブデン鋼を使ったけれど、硬度と剛性を重視した焼入れ処理をしたよ」

 革張りのケースの中には、銃口周辺ですら太さ二五ミリ近くはあろうかという重銃身の、ほぼ直床に近い銃床のボルトアクション式の小銃が収まっている。ライフリングは八条右回り。

「口径は八ミリ。銃弾は、高硬度炭素鋼の弾芯を入れて先端を平らにした鉛弾に、銅の覆いをかぶせて椎の実型にして、底をすぼめてある。その銃身で試射した結果、一〇〇〇メイルで左右四〇サント、上下一二〇サントの公算誤差ってところさ」

 つまり、きちんと照準し、気象条件がよければ、確実に人間に命中させられる精度を持っている、という事になる。弾丸収まっているあたりですぼまった真鍮製の薬莢は、底の直前に掘り込みがしてあり、そこにつめをひっかけて薬莢を外に放り出せる様になっている。そして薬莢の底の中央に撃発用雷管が収められている。装薬はニトロセルロース。

「銃床は、胡桃の木板を張り合わせて気象条件による歪みが最小限になるようにしたよ。で、銃身は銃床から浮かせてある。重量バランスをとって、薬室あたりに重心位置が来るように設計するのは、結構難儀したよ。あと、薬室の後ろ直線上に銃床が来るようにするのもね。おかげで、銃床にあんたの手のサイズに合わせて親指を通す穴を開ける羽目になった。まあ、ニスも接着剤も最高級の楽器用のものを使ったから、経年劣化による歪みも最小限に抑えられると思う」

 合板構成とする事で、ある方向へと木材に歪みが発生するのを、それぞれの歪みで相殺されるようにしたというのだ。そして、その銃床の先端に、折り曲げ式の太い二脚が装着されている。

「弾倉式で弾数は一〇発。もっとも、四、五発も撃てば銃身が加熱して陽炎が浮くから、銃身の上に陽炎防止のバンドを張らないと、そんだけ弾数があっても無駄かもしれないがね。というわけで、陽炎防止用のバンドを装着できるようにしたよ」

 そこまで説明を聞いたところで、フェイトは銃を手に取り、バランスを確かめる。確かに自分の手にしっくりと馴染む上、肩付けした時に銃自身の重さからは信じられないほど楽に照準ができる。

「照準用望遠鏡は、口径四五ミリの四倍から十倍の可変式で、一〇〇〇メイルで一メイルの寸法になるよう、メモリをつけてある。まあ、この望遠鏡は実質あんたが作った様なものだから、説明するまでもないだろうけどさ」

 実際に銃の機関部上部に固定されているスコープをのぞくと、上下左右にメモリが記してある。つまり一ミル単位での修正が可能という事だ。中心部にはメモリも十字線もなく、一ミル分の空間が空いている。つまりこの中に目標を収めれば、静止している状態ならばほぼ確実に命中させられる、ということになるのだ。

「完璧です、ミス・ロングビル。これならば、私が使えばいかなるメイジといえども打ち倒す事が可能となりましょう」
「喜んでくれて嬉しいよ。こいつを元に、もっと精度を落として数を作りやすくした奴を開発する。それでいいんだね? 本当に?」
「はい。そして貴族らは、自らが最早絶対の存在ではないことを思い知らされる事となりましょう」

 心底嬉しそうに口の端を歪めたフェイトの眼は、狂喜に濁り、いとおしそうに銃を撫でている。

「で? その銃をなんと銘づける?」

 ふん。そんなフェイトの狂態を見て鼻を鳴らしたロングビルは、わずかに目を細めて問うた。
 フェイトの答は瞬時で、そして何のためらいも無かった。

「バルディッシュ」


 さてその頃、午前中の授業を受けていたルイズは、心底つまらなさそうな顔でギトー教諭の「風」の講義を聞いていた。
 このやたらと「風」の系統を誇るギトーは、何かというと「風」の系統こそ最強であると演説したがる癖があった。今も教壇で酔った様に演説を行っている。

「最強の系統は知っているかね? ミス・ツェルプトー」

 で、あげく生徒にこうして因縁を吹っかけるのだ。

「「虚無」じゃないんですか?」

 キュルケもいい加減付き合うのが面倒なのか、投げやりに答える。

「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
「「ルイズ」の系統に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」

 そこでわたしに振るかよ、この女。
 ルイズは、思わず机に突っ伏した。周囲の生徒といえば、一斉に納得したようにうなずいている。
 突っ伏したまま恨めしそうな目つきでキュルケを見ると、キュルケは、任せた、といわんばかりに右手をサムズアップしている。

「ほ、ほほう? どうしてそう思うね?」

 それでもなんとか威厳を保ちつつ、ギトーはキュルケに向かって問いを重ねる。

「いえ、実際そうですし。疑問でしたら、実際に「ルイズ」の系統を試されてはいかが?」

 あー、めんどくせー、という様子で、キュルケはあくまでルイズに話を振ろうとする。ギトーといえば、散々心のうちで葛藤を重ねた様子ではあったが、それでもあえて自らの矜持に従う事に決めた様子であった。

「ミス・ヴァリエール。試しに、この私に君の得意とする魔法をぶつけてきたまえ」
「お断りします」

 即答であった。ギトーの見栄のために、ルイズには殺人を犯すつもりは毛頭ない。

「どうしたね? 言っておくが、オールド・オスマンより申し送りがあっても、私の授業の単位はそれではやれんぞ?」

 教室の生徒らが一斉に机の下に隠れる。前の方の席にいる生徒は、全速で教室から逃げ出した。
 皆の思いはひとつであった。
 ギトーの自殺に付き合わされるのはごめんだ。

「えー、その、それでしたら条件があるのですが?」
「何かね?」
「破壊した教室の片付けは私の責任じゃない、というのと、単位を保障していただけるのと。あと、ミスタ・ギトーの怪我の責任は、あくまでわたしには無いという事と」
「……よかろう。では、来たまえ!」

 あー、うぜー。もうなんかやさぐれた表情でルイズは杖を引き抜くと、ギトーの足元に「固定化」の魔法をかけた。コモンマジックである事もあって、今のところこれが一番威力が小さいのだ。
 ギトーも杖を引き抜き、何か魔法を唱えようとして、そして足元で起きた爆発に天井まで跳ね飛ばされ、そのまま落下し床に叩きつけられる。爆風は教室全体を吹き荒れ、全ての窓ガラスと扉を吹き飛ばした。
 とりあえず瓦礫の山の上に転がっているギトーが生きているのを確認すると、ルイズは、はあ、と、大きなため息をついて恨めしげな目でキュルケをにらみつけた。

「まったく、なんでわたしに振るのよ?」
「いや、なんか面倒だったし」
「怒られるのは、わたしなのよ? まったく!」
「大丈夫よ。生徒全員が証人になってくれるから」
「そーゆー問題じゃないし!」

 ルイズとキュルケが瓦礫の山の中で言い合っているところに、緊張した顔のコルベールが飛び込んできた。

「ミス・ヴァリエール! 何をしたのです!?」
「ミスタ・ギトーが、わたしが魔法を実践しないと単位を下さらないと仰いましたので、嫌々ながらも仕方が無く」

 あくまで責任は自分にはない、と、主張するルイズ。そうよね、と言わんばかりに教室中を見回すと、皆が一斉に同意の声を上げた。なにげにギトーは嫌われている上、ルイズの機嫌を損ねようなどという命知らずは、今ではこの教室にはほとんどいない。

「……そ、そうですか。それでは仕方が無いですね。とりあえず君達、ミスタ・ギトーを医務室へ運びなさい」

 ギトーの性格をよく知っているコルベールは、心底脱力した表情で教室の外に脱出していた生徒らに指示を下した。それから、こほんと一息入れてから表情を変え、生徒全員に重々しい様子で告げる。

「本日の授業は全て中止となりました!」

 おおっ、と、教室中から歓声が上がる。その歓声を抑えるように両手を振りながら、コルベールは言葉を続けた。

「皆さん、本日、恐れ多くも、先の陛下の忘れ形見、我がトリステインがハルケギニアに誇る可憐な一輪の花、アンリエッタ姫殿下が、本日ゲルマニアご訪問のお帰りに、この魔法学院に行幸なされます」

 さすがに教室がざわめいた。

「したがって、粗相があってはなりません。急なことではありますが、今から全力を挙げて、歓迎式典の準備を行います。そのために本日の授業は中止。生徒諸君は正装し、門に整列すること」

 生徒達は、緊張した面持ちになると一斉にうなずいた。コルベールはうんうんと重々しげにうなずくと、伝達事項を続ける。

「姫殿下は、明日予定されている二年生の使い魔品評会を閲覧されるとの事です。諸君が立派な貴族に成長したことを、姫殿下にお見せする絶好の機会ですぞ! 御覚えがよろしくなるように、しっかりと杖を磨いておきなさい!」


「というわけで、明日の使い魔品評会なんだけれど、どうしたらいいと思う?」

 自室に戻ったルイズは、フェイトに手伝わせて正装に着替えながら、そう質問していた。フェイトといえば、何か嬉しいことがあったのか、いつもよりも微笑みが柔らかいように見える。

「そうですね。私は「平民」なので、特に王女殿下にお楽しみ頂けるような「芸」は持ち合わせておりませんし」
「あー、もう、いっそ御進講とかしちゃう? ほら、前にお姉さま相手にやったみたいに」
「でも、王女殿下は学問について造詣が深くていらっしゃるのでしょうか?」
「えー、……それについては、臣下の身としては答えられないわ」

 何しろルイズは公爵家の三女である。つまり、家系図をたどれば王家につながる身なのだ。そのためもあって、かつてアンリエッタ姫のお遊び相手を務めたこともある身である。その当時のいかにして家庭教師の御進講をさぼるか二人して知恵をめぐらせていたかについては、あまり人には語りたくはない。

「そうしますと、本当に何もできませんね」
「うーん、ほんとあんたも、わたしと同じで徹底的に実践向けだものね」

 最近のルイズは、学院卒業後は近衛連隊のどれかに入ろうかと本気で考えていたりする。なにしろ使えるのが爆発魔法だけなのだ。戦争以外で何か役に立つとも思えない。ルイズの系統は「虚無」であろう、と、フェイトとコルベールは言ってくれるが、発現の条件が明らかでない以上、現実問題として軍人にでもなるしかないではないか。
 しかもフェイトといえば、最近は何やらコルベール発明の蒸気機関を使って、色々とたくらんでいる。というか、何か開発しているらしい。これで何か秘密兵器でも開発していれば、まさしくもっけものである。
 と、ふと思いついた事を、ルイズはフェイトに向かって問いかけた。

「ねえ、フェイト。わたし、ミスタ・コルベールの研究所で研究員になれると思う?」
「可能でしょう。ただし、大変な努力が必要とされるでしょうけれども」
「どういう努力?」
「コルベール研究所では、まず最新の数学理論と化学理論と物理理論を学び、それからそれぞれの属性に合わせて配属先が決まります。この三つの理論を学ばねばならないのがひとつ。そして、お嬢様の属性は「虚無」である以上、まず「虚無」の系統を発現させねばならないのがひとつ。これらをクリアできれば、正規の研究員となれるかと」

 それは大変そうね。ルイズは正装の上にマントを羽織り、ペンタグラムの文様が浮かび上がるブローチでそれを留め、しゃんと背筋を伸ばした。

「でも、それなら軍人になるよりもいいかもね。あんたとずっと一緒にいられるし。勉強は嫌いじゃないし」
「はい、お嬢様」

 フェイトが微笑みながらもわずかに頬を染めたのを、ルイズは初めて見た。


 魔法学院の門をくぐったアンリエッタ王女の馬車は、金の冠を御者台の横につけ、馬車のところどころに金と銀とプラチナでできたレリーフがかたどられている。そしてその豪華な馬車を牽いているのは、ただの馬ではない。頭に一本の角を生やした、ユニコーンであった。無垢なる乙女しかその背には乗せないといわれるユニコーンは、王女の馬車を牽くのに相応しいとされているのであった。
 そして、王女の馬車の後ろには、先王亡き今、宰相としてトリステインの政治を一手に握る、マザリーニ枢機卿の馬車が続いている。その馬車も王女の馬車に負けず劣らず立派だった。否、王女の馬車よりも立派であった。その馬車の風格の差が、今現在のトリステインの権力を誰が握っているのか、雄弁にものがたっていた。
 その二台の馬車を出迎えて、整列した生徒達は一斉に杖を掲げた。
 そうした簡易ながらも王女を迎える儀典を行っている最中、フェイトは、使用人棟の厨房で皆に先んじて朝食と兼用の昼食にありついていた。ちなみに、ロングビルも一緒である。午前中は、「バルディッシュ」を実際に射撃して照準調整をするのに大忙しであったのだ。
 厨房は、これから執り行われる王女殿下を迎えての昼餐の準備に大忙しであり、いつも通りシエスタがフェイトにつきっきりで給仕をしてくれるという事はない。むしろ朝食の余り物を適当に暖めなおしたものを、ロングビルと一緒に食べていたのであった。

「すまねえ「我らの女神」さすがに今は忙しくて手が離せねえんだ」

 料理長のマルトー親父が心底済まなさそうにフェイトに頭を下げる。

「いえいえ、こちらこそ、こんなにお忙しいところにお邪魔して申し訳ありませんでした」
「シエスタも、今大食堂の飾りつけでな。本人は残念がっていたんだが」
「まあ、突然のお話でしたから」

 あのモット伯からフェイトに助け出されて以来、シエスタは、完全にフェイトを信仰するようになってしまっていた。少なくとも、宮廷勅使を勤める大貴族を相手に、見事博打で身包み剥いですってんてんにしてシエスタを取り戻してくるなど、並みの人間にできる事ではない。というわけで、同僚の女の子らからは「そっちに目覚めた」などと言われるほどにフェイトに傾倒しきってしまっているのである。
 もっとも、それを言うなら使用人棟に居住する使用人全てが、フェイトを信仰しているといえば信仰していたりするのであるが。

「それにしても、野菜の火の通りが良くなりましたね。料理はやはり火なのでしょうか?」

 冷えてしまった朝食の温野菜を、それでも美味しそうに口にしているロングビルが、幸せそうな表情で咀嚼している。彼女は何気に根野菜が好きであった。ニンジンとかカブとかジャガイモとか。

「葉野菜の調理は、やはり火力でしょう」
「ああ、そうだ。最近思いついたアイデアがあるんです。調理器具の」
「どういうものです?」

 温め直したシチューにパンをひたして食べているフェイトが、幸せそうに目を細めているロングビルに問いかける。

「クロム鋼で磁性鉄をサンドイッチにした鋼材で、鍋を作るんです。それで、蓋を固定化できるようにして、内部圧力を高めるんです。鍋の構造強度以上の蒸気は、安全弁を通して逃がすようにして」
「なるほど、高温高圧の蒸気で確実に材料の芯まで火を通す事ができるようにするのですか」
「そうなんです。きっとポトフなんてとても美味しくなりますよ」

 フェイトとロングビルは、今から湯気の立つ芯まで火の通ったポトフを想像してとても幸せそうな表情になった。やはり食べ物は人の心をなごませるものらしい。

「それはとても美味しそうですね」

 厨房の入り口から声がする。
 厨房の全員がそちらに目を向けると、そこにはなんとアンリエッタ王女が立っていた。すらりとした気品のある顔立ちに、薄いブルーの瞳。高い鼻が目を引く瑞々しい美少女であった。王女はそれに加え、神々しいばかりの高貴さを放っている。

「王女殿下!!」

 忙しく立ち働いていた厨房の全員が一斉に膝をつく。フェイトとロングビルも、席を立って膝をついた。

「皆さん、お仕事を続けてください」
「それでは、御前ではありますが、失礼いたします」

 マルトー親父が恐縮しきった様子で、厨房の全員に向かって持ち場に戻れ、と、声を張り上げると、皆が一斉に今までやっていた作業に戻る。

「お二人が、ミス・フェイトとミス・ロングビルですね。お食事中、邪魔をしてしまって申し訳ありません。どうぞお食事を続けてくださいな」
「恐縮でございます、王女殿下」

 フェイトとロングビルは席に戻ると、立ったままアンリエッタ王女の次の行動を見守る。いくら許可が出たといっても、王女の前で食事を続けるほど礼儀知らずな二人ではない。
 そのアンリエッタ王女は、後ろにぞろぞろとお付の貴族と教師を引き連れ、厨房内の設備についてコルベールから説明を受けている。特に蛇口をひねると温水と冷水が出てくるところには、かなり驚いている様子であった。
 そして、アンリエッタ王女のすぐ後ろにつき従う、灰色のローブをまとった僧侶と思しき白髪白髭で痩身の男。歳の頃はまだ四十台とも六十を越えているとも見える。どうやら彼がマザリーニ枢機卿らしい。彼もコルベールに色々と質問しては、納得したようにうなずいている。ただその目だけは、一切感情をたたえず冷たい光を放っている。この国の政治を実際に取り仕切っている、という噂は、そのいかにも切れ者らしい雰囲気からも明らかであった。
 アンリエッタ王女の一行は、そうやってしばらく厨房を見学すると、最後に「皆さん、ご苦労様です」と一声挨拶をして去っていった。

「なんだったんだろうねえ、今の?」

 ロングビルの疑問に、フェイトは首をかしげるしかできなかった。


「王女殿下が厨房にいらっしゃった?」
「はい。皆さん驚いていましたよ。こういう裏方に貴族や王族の方が来られるのは、普通は無いのだとか」

 ルイズの私室に戻ったフェイトは、アンリエッタ王女臨席の昼餐から戻ってきたルイズの着替えを手伝っていた。
 そのルイズといえば、どうも心ここにあらずという様子である。

「そういえば、あんたとミス・ロングビルについてミスタ・コルベールに色々質問していたみたい」
「私、ですか?」
「そ。やっぱりエレオノール姉様から伝わったのかしら」

 うーん、と、小首をかしげて考え込んでいるルイズ。
 フェイトは、自分の名前が王宮にまで伝わってしまっている事に、予定よりも早かったな、と、頭の中で諸々の計画を修正するのに手一杯であった。やはりコルベールの論文が、ひとつの転機となったのか。

「やはり、明日の品評会ですが、御進講ということでいかがでしょう?」
「そうね、そこまで有名なら、いっそそっちの方がいいかも。でも、何を講義するか考えているの?」
「はい。全く関係ない理由で用意した器材ですが、それがありますから、それを使おうかと思います」

 フェイトは、ロングビルや自分の研究室に置いてある諸々の器材のうち、一番当たり障りの無いものを頭の中でリストアップした。とりあえず、今の王室には絶対に知られたくない研究の隠蔽は済ませてあるが、どんな研究が一番役に立たず、しかし相手を驚かせられるか。

「それでは、ちょっと研究棟に行ってまいります」
「えーと、あたしも一緒に行っていい?」

 ルイズも、どうやら興味がわいた様子である。

「ええ、それではまずお嬢様に見ていただきましょう」


 フェイトの研究室は、講義棟の中にある。彼女はメイジではないので、系統ごとの研究棟には部屋を置いてはいないのだ。
 ルイズは、フェイトの研究室がさぞかし混沌とした空間であろうと予想していたのだが、そこが戸棚が列をなしている単なる物置の様な部屋で、しかもきれいに整理整頓されているのに驚いた。これだけ多くの発明に関わったのに、余りにも何も無さ過ぎる。一応、机と椅子がありはするが、使われている様子はほとんどない。

「これですね。でも、四百人近い聴衆の皆さんにご覧頂くには、小さすぎるかもしれません」

 フェイトが戸棚のひとつから取り出してきたのは、箱に入った三角形と円柱形のガラスの塊であった。

「何これ?」
「プリズムといいます。では、ご覧頂きましょうか?」

 フェイトが黒い傘をかぶせたランプを手に取った時、研究室の扉をノックする音が響いた。

「どうぞ、開いています」

 フェイトの声と同時に、そっと扉が開き、黒いローブの小柄な人間が室内にすっと入ってくる。そしてすぐに扉を閉めると、後ろでに鍵を閉めた。いぶかしげに見つめるフェイトとルイズの前で、その者はローブのフードだけ脱ぐ。
 入ってきたのは、アンリエッタ王女であった。

「姫殿下!」

 ルイズは慌てて膝をつく。それに合わせてフェイトも膝をつき、一礼した。
 そんな二人に口元に指をあてて、しっ、と静かにするように伝えると、マントの隙間から杖を取り出し軽く振る。

「「探知」?」

 ルイズがたずねた。アンリエッタ王女がうなずく。

「どこに耳が、目が光っているか判りませんからね」

 部屋のどこにも、聞き耳を立てる魔法の耳や、どこかに通じるのぞき穴が無いことを確かめると、アンリエッタ王女はローブを脱いだ。

「お久しぶりね。ルイズ・フランソワーズ」

 そう口にするとアンリエッタ王女は、感極まった様子でひざまずいているルイズを抱きしめた。

「ああ、ルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ!」
「姫殿下、いけません。こんな下賎な場所へお越しになられるなんて……」

 ルイズはかしこまった声で言った。

「ああ! ルイズ! ルイズ・フランソワーズ! そんな堅苦しい行儀はやめてちょうだい! あなたとわたくしはおともだち! おともだちじゃないの!」
「もったいないお言葉でございます。姫殿下」

 ルイズは硬い緊張した声で言った。フェイトは、そっと二人から離れると、自分の机の上に置いてあるバルディッシュを収めてある革のケースを机の下に移した。そして、棚の中から試作品のバイオレットリキュールの入ったを取り出すと、二つのグラスに注いだ。女性向けに口当たりを柔らかくして、甘みを強めたアルコールである。
 そんなフェイトのことを無視して、ルイズとアンリエッタ王女の二人は、いつの間にか打ち解けた様子で昔話に花を咲かせている。

「感激です、姫さま。あんな昔のことを覚えてくださってるなんて…… わたしのことなど、とっくにお忘れになったかと思っていました」

 もう一度、しっかりとルイズを抱きしめてアンリエッタは深いため息をついた。そして、深い憂いを含んだ声で呟く。

「忘れるわけないじゃない。あの頃は、毎日が楽しかったわ。何にも悩みなんかなくって」
「姫さま?」

 ルイズは心配になって、アンリエッタの顔をのぞきこんだ。

「あなたが羨ましいわ。自由って素敵ね。ルイズ・フランソワーズ」
「なにをおっしゃいます。あなたはお姫様でいらっしゃいますのに」
「王国に生まれた姫なんて、籠に飼われた鳥も同然。飼い主の機嫌ひとつで、あっちに行ったり、こっちに行ったり……」

 アンリエッタは、窓から見える夕日をまぶしそうに目を細めて眺めて、さびしそうに言った。ルイズは、困った様子でフェイトの方に視線を送る。
 フェイトは、そっとささやくようにルイズに言った。

「悩みは、誰かに聞いてもらえるだけでも、随分と楽になるものです」

 ルイズはうなずくと、アンリエッタの顔をあらためて見つめた。

「よろしければ、お話だけでもうかがわさせて頂けますでしょうか?」
「ああ! ルイズ、ルイズ、本当にあなたは素敵なおともだちだわ!」

 フェイトは、アンリエッタに椅子を勧めると、ルイズを手近な木箱を椅子代わりに勧めた。二人の間に机代わりの木箱が置かれ、そこにバイオレットリキュールの注がれたグラスが並べられる。

「試作品ですが、味は悪くはありません。よろしければお召し下さいませ」


「結婚するのよ、わたくし」
「……おめでとうございます」

 その声の調子に、なにか悲しいものを感じたルイズは、沈んだ声で答えた。

「わたくし、ゲルマニアの皇帝に嫁ぐことになったの」
「ゲルマニアですって!?」

 ゲルマニアが嫌いなルイズは、驚いた声をあげた。

「あんな野蛮な成り上がりどもの国に!」
「そうよ、でもしかたがないの。同盟を結ぶためなのですから」

 アンリエッタは、ハルケギニアの政治情勢をルイズに説明した。
 アルビオンの貴族達が反乱を起こし、今にも王室が倒れそうなこと。反乱軍が勝利を収めたら、次にトリステインに侵攻してくるであろうこと。
 それに対抗するために、トリステインはゲルマニアと同盟を結ぶことになったこと。
 同盟のために、アンリエッタがゲルマニア皇室に嫁ぐことになったこと。

「そうだったんですか……」

 ルイズは沈んだ声で言った。アンリエッタが、その結婚を望んでいないのは、口調からも明らかである。
 ルイズは、フェイトの方に視線を向けた。それに気がついたアンリエッタが、初めて気がついた様子でフェイトの顔を見つめる。

「ごめんなさい、あなたがミス・フェイトですね。アカデミーで噂になっているのを聞きました。なんでもハルケギニアの魔法学を全て書き換えるような発見をしたのだとか」
「お言葉、恐縮でございます。ですが、それはあくまでミスタ・コルベールの功績でございます」
「ルイズの姉に聞きましたよ。それらの論文の発想は、全てあなたから出たのだとか」

 アンリエッタは、たった今までの憂い事を忘れたかのように、立ち上がってフェイトの手をとった。

「本当に誇らしいですわ。魔法学の先進国であるガリアではなく、このトリステインからそんな大発見がなされるなんて!」

 バイオレットリキュールが効いてきているのであろう、アンリエッタの面がほんのりと桜色に染まっている。そしてアンリエッタはルイズに向き直ると、こんどはルイズの両手をとった。

「ルイズ・フランソワーズ。あなたって昔からどこか変わっていたけれど、本当にすごいわ。使い魔を見れば、主人の実力が判るとはいうけれど、こんな素晴らしい使い魔を召喚できるなんて、きっとあなたも歴史に名前が残るわ!」

 アンリエッタにぶんぶんと両手を振り回されて、ルイズはひきつった笑いを浮かべるしかなかった。
 まあ、確かにフェイトの功績は素晴らしいものがあるし、見た目だけは精霊の様な美女であるし。それに、魔法の使えない自分が、どうやら「虚無」の系統であるらしい事を示唆してもくれたし。もっとも、おかげで今や学院で最も恐れられる「爆発」魔法使いとなってしまったのであるが。ああ、でも今のわたしの二つ名は「天使」。そう「天使」のルイズなんだから。
 そんなルイズの内心を知ってか知らずか、アンリエッタは今度はルイズを抱きしめて、涙ぐんだ。

「ああ、なのにアルビオンの貴族たちは、トリステインとゲルマニアの同盟を邪魔しようと、わたしの婚姻をさまたげるための材料を、血眼になって探しています」

 ぐすっと鼻をすすりあげたアンリエッタは、今度はルイズに頬すりし始める。

「おお、始祖ブリミルよ……、この不幸な姫をお救い下さい……」
「言って! 姫さま! いったい、姫さまのご婚姻をさまたげる材料ってなんなのですか!?」

 どうやら完全にアルコールが回ってしまったのであろう。アンリエッタは、内心ずっと秘めていた憂いを、どうやら全てルイズに話してしまうつもりらしい。同様に酔いが回ってきたルイズも、ひっしとアンリエッタを抱きしめて興奮した様子でまくしたてる。
 そんな二人の様子を見てフェイトは、バイオレットリキュールではなく、何かフルーツジュースを出せばよかったと、本気で後悔していた。これでどうやら、主従そろって王家の秘密に関わらざるを得なくなること確定である。場合によっては、自分は秘密を知りすぎたとして王室から命を狙われかねない。とりあえず諸々の計画を、根底から変更しなくてはならなくなったのは、確実であった。

「……わたくしが以前したためた一通の手紙なのです」
「手紙?」

 アンリエッタの説明では、どうやらゲルマニア皇室に渡ったら、この婚姻は破談、当然同盟の話も立ち消えという非常に危険な手紙らしい。ルイズは、息せきってアンリエッタの手を握った。

「いったい、その手紙はどこにあるのですか? トリステインに危機をもたらす、その手紙とやらは!」
「それが、手元にはないのです。実は、アルビオンにあるのです」
「アルビオンですって! では! すでに敵の手中に?」
「いえ……、その手紙を持っているのは、アルビオンの反乱勢ではありません。反乱勢と戦っている王家のウェールズ皇太子が……」
「あの、凛々しい王子さまが?」

 アンリエッタは、ルイズの胸に顔をうずめると、涙ぐんで震えだした。

「ええ、今はまだ王軍は反乱軍となんとか対峙しています。ですが、遅かれ早かれウェールズ皇太子は反乱勢に囚われてしまうわ! そうしたら、あの手紙も明るみに出てしまう! そうなったら破滅です! 破滅なのです!」

 ルイズは息をのんだ。そして、フェイトに顔を向けた。
 フェイトは、肩を落として一息溜め息をつくと、アンリエッタに向けて声をかけた。

「直答をお許し頂けますでしょうか? 王女殿下」
「? ええ。構いませんわ」

 突然、話の外にいたフェイトが話しかけてきて、面食らった様子でアンリエッタは顔を上げた。

「その手紙のことは、マザリーニ枢機卿にお話なされたのですか?」
「……いえ、これは私とウェールズ皇太子の間だけの秘密なのです」
「そうですか。……事はもはや国事となっております。宰相たるマザリーニ枢機卿にご相談なさっては?」
「……そうするべきなのでしょうが……」

 アンリエッタは、心底困った様子でうつむいた。どうやら、今回のゲルマニアとの婚姻の話を進めている主導者は、マザリーニ枢機卿のようである。となれば、まさか肝心の王女が、アルビオンの皇太子となにやら訳ありというのは、確かに話しづらいものがあろう。
 それは王女ではなく、少女としてのためらいであることが判らないほど、フェイトも女である事を捨ててはなかった。だが、そこでアンリエッタを甘やかせるほど、無責任にもなれないのもまた事実であった。

「今ならまだ遅くはありません。アルビオンの王党派は、ゲルマニアの援助を受けて、なんとか戦線を持ちこたえています。時間ならば、まだいくらか残っております。マザリーニ枢機卿とご相談なさって、善後策をとられるのがよろしいでしょう」
「……ええ、確かにあなたの言う通りなのでしょう。ミス・フェイト」

 うつむいたまま、肩を震わせているアンリエッタ。
 そんなアンリエッタの姿に、ルイズはすっくと立ち上がると、アンリエッタに向けてきっぱりと言い切った。

「姫さまがウェールズ殿下に送った手紙は、恋文ですね!?」

 びっくりした表情で、アンリエッタはこくこくとうなずく。
 それを見たルイズは、酔いの回った桃色の顔で、びしっとフェイトに向けて問うた。

「わたしとあんたの二人で、その手紙を取り返せる可能性は?」
「……お嬢様、アルビオンは現在内戦中であり、極めて危険です。少なくとも、現地に潜入させた支援チームがあり、訓練された遠距離偵察小隊がその支援を受けて、初めて成功の確率が計算できます。現地の情報もろくになく、女二人、それもろくな訓練を受けたことも無く、人を殺した経験も無いお嬢様を連れてでは、失敗の可能性しかないと言えましょう」
「そこをなんとか成功させる作戦を考えなさい。一騎当千のあんたならばできると、わたしは信仰している!」

 ルイズの決意をたたえた瞳に見つめられ、フェイトは再度肩を落として大きな溜め息をついた。

「お嬢様にも覚悟をして頂くことになります。闇に潜み、泥の中をはいずり、機をうかがい、人を殺す、という覚悟を」
「あんたに鍛えてもらった分では足りないとでも?」
「あそこから、あと三年はしごきたいところではありますが」

 くっ。ルイズは、唇を噛んで悔しそうにうつむいた。自分ではこれだけ鍛えたつもりであっても、フェイトにとってはまだまだ自分は小娘に過ぎないという。
 ギーシュのゴーレムを相手に一歩も引かず、あげくその拳をくぐり抜けてギーシュを殴り倒した実力は、一朝一夕には得られないという事を思い知らされる。
 と、その瞬間であった。

「姫殿下! その困難な任務、是非ともこのギーシュ・ド・グラモンにも仰せつけ下さいますよう!!」

 ばたんと扉が開けられ、飛び込んできたのは、何故かギーシュ本人であった。


「はあ!?」
「……………」
「はい!?」

 突然の闖入者に、思わずぽかんとしてしまうルイズ。額に手を当て、頭痛が痛い、といわんばかりの表情をするフェイト。そしてアンリエッタは、きょとんとした顔でギーシュを見つめている。

「薔薇のように見目麗しい姫さまのあとをつけきてみればこんな所へ。それでドアの鍵穴からまるで盗賊のように様子をうかがえば、女性二人ではとても不可能な任務とお聞きいたしました。ならば、このギーシュ・ド・グラモン、一命に変えましてもこの任務、成功に導いてご覧に入れましょう!!」

 薔薇の造花を振り回して叫ぶギーシュに、フェイトは黙って机に立てかけてあったデルフリンガーを左手に持った。そのまま親指で鯉口を切り、腰を落とし、右手の肘を少し曲げる。そんなフェイトの様子を見ようともせず、ルイズはギーシュに指を突きつけて叫んだ。

「なに馬鹿言っているのよ! フェイトに一方的にぼこられたくせして、あんたに何ができるっていうの!!」
「何を言っているんだ。ぼくの本気はまだまだあんなもんじゃないぞ! お願いだ、ぼくも仲間に入れてくれ!」

 どうします?
 フェイトは視線だけでアンリエッタに問うた。フェイトの光の無い昏く澱んだ瞳に秘められた殺気と、左手の大剣の様子から、彼女がアンリエッタの許可が出ればギーシュを斬るつもりなのが彼女にも判った。フェイトは、国事に関わる秘密を知ってしまったギーシュを、始末する覚悟があるという事なのだ。
 アンリエッタは、今更ながらに自分が酔いに任せてしゃべってしまった秘密の大きさに戦慄していた。確かに、フェイトがマザリーニ枢機卿に相談しろ、と、言ったのも今となっては理解できる。事はそれだけ重大なのだ。
 だからアンリエッタは、すっくと立ち上がると、覚悟を決めた表情で口を開いた。

「あなたは、あのグラモン元帥の係累ですか?」
「はい、息子でございます。姫殿下」

 ギーシュはひざまずき、うやうやしく一礼する。

「あなたも、わたくしの力になってくれるというの?」
「任務の一員にくわえてくださるなら、これはもう、望外の幸せにございます」
「ありがとう。お父様も立派で勇敢な貴族ですが、あなたもその血を受け継いでいるようね。では、お願いしますわ。この不幸な姫をお助け下さい。ギーシュさん」

 姫殿下がぼくの名前を呼んでくださった、と、感動のあまり涙ぐんでのけぞり、失神するギーシュ。
 そんなギーシュを心底呆れた様子で見ていたルイズは、改めてフェイトに向き直った。
 フェイトは、デルフリンガーを鞘に収めなおすと、机に立てかけたところだった。

「なるほど、それがあんたの言う「覚悟」ってわけね」
「その一端に過ぎませんが」

 必要とあれば、主人の学友といえども斬る。そのフェイトの内に秘めた凄惨な覚悟に、ルイズは改めて思った。何故フェイトが安眠することを是としないのか。彼女は猟犬なのだ。主人の命令とあらば、即座に敵の喉笛に喰らいつく覚悟をもった。

「ならば、わたしはあんたの「覚悟」を信じる。やれるわね?」
「判りました。ならばご命令を」

 うなずいたルイズは、今度はアンリエッタに向き直る。
 アンリエッタも同様に、覚悟を決めた表情でルイズの瞳を正面から見つめた。ルイズはアンリエッタの前にひざまずき、言葉を待つ。

「ルイズ・フランソワーズ。これは王女としての命令です。アルビオンに大使としておもむき、我が王国とゲルマニアの同盟の障害となる手紙を回収してくるように」
「勅命、承りました。誓って、手紙を取り戻して参ります」
「ウェールズ皇太子は、アルビオンのエッジヒル付近に陣を構えていると聞き及びます」
「了解しました。以前、姉たちとアルビオンを旅したことがございますゆえ、地理には明るいかと存じます」

 うなずいたアンリエッタは、机に向かうと、フェイトの万年筆とパルプ紙を使って、さらさらと手紙をしたためた。
 アンリエッタは、じっと自分が書いた手紙を見つめていたが、そのうちに悲しげに首を振った。

「姫さま? どうなさいました?」

 怪訝に思ったルイズが声をかける。

「な、なんでもありません」

 アンリエッタは顔を赤らめると、決心したようにうなずき、末尾に一行付け加えた。密書だというのに、まるで恋文でもしたためたようなアンリエッタの表情だった。ルイズはそれ以上何も言うことができず、じっとそんなアンリエッタを見つめるしかできなかった。
 アンリエッタは書いた手紙を巻いた。杖を振る。すると、どこから現れたものか、巻いた手紙に封蝋がなされ、花押が押された。その手紙をルイズに渡す。

「ウェールズ皇太子にお会いしたら、この手紙を渡してください。すぐに件の手紙を返してくれるでしょう」

 それからアンリエッタは、右手の薬指から指輪を引き抜くと、ルイズに手渡した。

「母君から頂いた「水のルビー」です。せめてものお守りです。お金が心配なら、売り払って旅の資金にあててください」

 ルイズは深々と頭を下げた。

「この任務にはトリステインの未来がかかっています。母君の指輪が、アルビオンに吹く猛き風から、あなたがたを守りますように」


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