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No.2605の一覧
[0] 運命の使い魔と大人達(「ゼロの使い魔」×「リリカルなのは」ほぼオリキャラ化) 完結[らっちぇぶむ](2008/12/21 12:58)
[1] 運命の使い魔と大人達 第一話[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:32)
[2] 運命の使い魔と大人達 第二話前編[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:27)
[3] 運命の使い魔と大人達 第二話後編[らっちぇぶむ](2008/02/10 00:31)
[4] 運命の使い魔と大人達 第三話前編[らっちぇぶむ](2008/02/13 23:07)
[5] 運命の使い魔と大人達 第三話後編[らっちぇぶむ](2008/02/17 17:14)
[6] 運命の使い魔と大人達 幕間その1[らっちぇぶむ](2008/02/20 02:31)
[7] 運命の使い魔と大人達 第四話前編[らっちぇぶむ](2008/02/24 14:21)
[8] 運命の使い魔と大人達 第四話後編[らっちぇぶむ](2008/02/27 22:29)
[9] 運命の使い魔と大人達 第五話[らっちぇぶむ](2008/03/02 20:58)
[10] 運命の使い魔と大人達 第六話[らっちぇぶむ](2008/03/05 20:10)
[11] 運命の使い魔と大人達 第七話前編[らっちぇぶむ](2008/03/12 23:57)
[12] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その一[らっちぇぶむ](2008/03/16 22:03)
[13] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その二[らっちぇぶむ](2008/03/19 23:20)
[14] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その三[らっちぇぶむ](2008/03/23 21:17)
[15] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その四[らっちぇぶむ](2008/03/27 19:28)
[16] 運命の使い魔と大人達 第七話後編[らっちぇぶむ](2008/03/30 20:14)
[17] 運命の使い魔と大人達 第八話[らっちぇぶむ](2008/04/02 23:24)
[18] 運命の使い魔と大人達 第九話前編[らっちぇぶむ](2008/04/05 22:29)
[19] 運命の使い魔と大人達 第九話中篇[らっちぇぶむ](2008/04/09 15:33)
[20] 運命の使い魔と大人達 第九話後編[らっちぇぶむ](2008/04/15 00:00)
[21] 運命の使い魔と大人達 最終話[らっちぇぶむ](2008/04/15 09:18)
[22] 運命の使い魔と大人達 後書き[らっちぇぶむ](2008/04/15 20:34)
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[2605] 運命の使い魔と大人達 第八話
Name: らっちぇぶむ◆c857d2f4 ID:49f6089b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/04/02 23:24

 八

「ばんさーい! ばんざーい! ばんざーい!」

 最近の魔法学院研究所の名物である、万歳三唱が青空にこだまする。なお、それに何故か学生達や手すきの使用人達まで混じっているのも、貴族と平民の区別が厳しいトリステインでは珍しいことではあった。というよりこの研究所は、貴族と平民がごく当たり前のように対等に口をきけるという、ハルケギニアでもっともフリーダムな空間であるのだ。
 そんな皆の万歳三唱を受けつつ、エレオノールは、魔力を使い尽くしてぐったりと椅子にへたばっていた。
 目前では、エレオノールの発動させた「ライトニング・クラウド」の魔法によって化学反応を起こした鉛電池が、電流を放出し、これまたエレオノールの雷の魔法で作られた永久磁石を元に作られたモーターを回している。電池とモーターの間につなげられている電線に取り付けられた電圧計が少しづつゼロへと近づいていく。

「素晴らしい! これで我々は火に続いて電気を動力として手に入れる事ができたのですな!」
「放出電圧を一定にすることで、モーターを常に同じ速度とトルクで回転させられます! これを工作機械に応用できれば、ハルケギニアの工業は革命的な向上を見せるでしょう!」
「さすがです、ヴァリエール主任! 「風」の優秀なメイジであるあなたが来て下さらなかったら、我々はいまだに蒸気機関を直接機械に接続するしかできませんでした!」

 研究所所長兼「火」の研究主任のコルベールや、「土」の研究主任のロングビル、「水」の研究主任のリュシーが、次々とエレオノールの手をとってはお祝いを述べる。それを受けてエレオノールは、引きつった笑顔で「お役に立てて嬉しいですわ」と答えるしかできない。それほど、研究所員らの喜びようといったらなかったのだ。
 エレオノールは、魔法学院研究所をもっとずっと上品で各種の魔法による理論実証的な実験が行われている場所と思っていたのである。が、あにはからんや、この研究所は、よく言えば実験による再現性よりも理論の実践的運用の重視、悪く言えば失敗にくじけぬ努力と根性と体力勝負の場所であった。着任初日各研究員に紹介され、各人の研究室に通された時、そのすさまじい惨状にエレオノールは本気でアカデミーに帰ろうかと思ったくらいである。
 例えばコルベールの研究室は、中央に巨大な鋼鉄の機械が据えられ、床にまで溢れかえった無数の図面と書類と書籍と、そして山積みの金属製の部品で足の踏み場も無い状態であった。ロングビルの研究室といえば、無数の鉄片がなにやら数値を書き込まれた札を貼られて壁を埋め尽くさんばかりになっており、床一面に書籍と書類が天井まで積み重ねられ、壁のコルクボードには何やら判らない記号式が書き込まれた紙が無数に留めてられていた。そしてリュシーの研究室も同様に、書籍と書類で足の踏み場もなく、中央に置かれた机の上には各種の薬品のビンと実験用器具が所狭しと置かれ、壁一面の戸棚にもはみ出さんばかりに各種試薬のビンが詰め込まれている。
 そして自分の研究室となる部屋に通された時、そこには壁一面に本棚、向かいの壁にガラス戸棚、
執務机と椅子に作業用の机、そしてアカデミーから持ち込まれた荷物が山積みにされていた。そして、執務机の上に山積みになっている書類綴り。

「なんです、この書類挟みは?」

 エレオノールが、非常に嫌な予感とともにコルベールに尋ねると、彼は特になんとも無い口調であっさりと答えた。

「はい。各研究室から「風」のメイジである貴女に研究協力の要請ですな。何しろこれまで「風」のトライアングル級以上のメイジの研究員がおりませんでしたので。いや、本当にありがたく思っておりますぞ。では、今日と明日はゆっくりと荷解きにあたって下さい。ああ、その扉の向こうが私室となっておりますので」
「……………」

 呆然としているエレオノールをその場に残し、コルベールは自分の実験室に戻っていった。彼も内燃動力機関の開発という、当研究所最大の難問を抱えているのである。
 エレオノールは、書類綴りのうちの一冊を手にとってめくってみる。そこには「流入空気圧縮による温度上昇がもたらす燃焼効率の低下について」と題名がふってあった。どうやらコルベールの研究でネックとなっている問題の様である。ページをめくってみると、ピストンエンジンの断面図とともに、その作動課程が図式化され、燃料と空気の流入過程について解説してある。どうやら空気温度がピストンによる圧縮によって燃料の発火温度以上に上昇し、燃料がきちんと空気と混合する前に高速で燃焼を始め、不完全燃焼を起こし、設計どおりの仕事量を発揮できないらしい。あげく、最悪の場合には燃料の爆発速度が速や過ぎてピストンが破壊されてしまうことも起きるとか。

「こ、こんなの、どうしろっていうのよ!」

 というより、熱エネルギーが運動エネルギーに変換されるという考え方自体が、最近になってコルベール名義の論文で知ったくらいなのである。過早燃焼による燃焼効率の低下なんて、それこそ何それという世界である。
 さらに別の書類綴りには、二種類の金属板を希硫酸の間に浸し、その化学反応で電気を発生させる、という研究への協力要請があった。名義人はフェイト。どうやら「風」のメイジであるエレオノールの雷系の魔法に期待しての協力要請らしい。
 なお、別の書類綴りには、高炉内におけるコークスの効率的燃焼のための空気流入と排気について、という題名の研究要請があったりする。当然これは、ロングビルからの研究要請であった。
 エレオノールはそのまま床に座り込んでしまうと、この研究所のあまりにも進みすぎた研究内容に頭が追いついていけず、パニックを起こしそうになってしまった。

「クールに、クールになりなさい、エレオノール! ええ、アカデミーの主任研究員だった私が、初日から音を上げてどうするの! ここで逃げ出したら本当の笑いものだわ!!」

 と、腰を抜かしたまま必死になって自分に喝を入れるエレオノール。そこに部屋の扉をノックする音が聞こえた。

「開いているわ」
「お姉さま、お手伝いすることはあります?」

 現れたのは、ルイズであった。どうやら授業が終わってすぐに研究棟にやってきたらしい。エレオノールは、ぱっと腰を上げ、威厳をもって妹を部屋に迎え入れた。

「丁度いいところに来たわね、ルイズ。荷解きを手伝ってちょうだい」
「はい。で、大丈夫ですか? 廊下にまでお声が聞こえていまし……いひゃいっ!」
「忘れなさい! 忘れるのよ! 忘れないと本気で怒りますからね!!」

 恥ずかしさで顔を真っ赤にしながら、エレオノールはルイズの頬をつねりあげた。まさか、よりにもよってこのおちびに聞かれてしまうとは。

「わ、わがりばじだ! だがら、でをばなじで!」
「はっ! そうね、クールに、クールにならないと!」

 真っ赤になった頬をさすりながらルイズは、多分姉はこの研究所の雰囲気に慣れるのに苦労するんだろうなー なんてことを漠然と思っていた。というか、何があったのか判らないけれども、初日からこんなにてんぱっているなんて、よほどの事があったのであろう。
 ルイズは、あとでフェイトにそれとなくエレオノールをフォローしてくれるよう頼むことに決めた。


 その頃フェイトは、魔法学院の外の草地にずらりと勢ぞろいした約二百人を超える男女を前に、木箱の壇上から訓示を垂れていた。皆、丈夫な綿布の茶色の上下に、キャンバス生地製で革底の半長靴を履いている。当然のことながら、ギーシュもニコラも、傭兵達も勢ぞろいである。

「これより諸氏は、アルビオン内戦の戦訓を基にした新歩兵戦術について訓練を受ける事になる。私は、貴族、平民、メイジ、男、女、年齢、国籍、これらによって諸氏らをなんら差別するつもりはない。何故ならば、全て平等に「価値が無い」からだ。よって途中訓練より脱落するものは、速やかに原隊への復帰を命じる事になる。以上、質問は? よろしい。まずは魔法学院外壁の周回を駆け足で行う。先任下士官!!」
「総員、各助教の前に整列!! 番号、始め!!」

 ニコラの号令により、男女らは駆け足でフェイトの後ろに並んでいた助教役の傭兵下士官らの前に整列し、番号を叫ぶ。

「教官殿! 総員二百二十一名、不明者無し! これより駆け足に入ります!!」
「よろしい。総員、駆け足始め!!」

 普段の穏やかで柔和な微笑みからは想像もできない冷徹な表情で、フェイトはニコラに向かって命令を下す。二百人を超す男女らは、ギーシュを先頭に一斉に走り出した。それを見送るフェイトとニコラ。

「まずは全員の根性の入り具合の確認でありますか?」
「はい」

 フェイトは、わずかに目尻を下げてニコラに答えた。

「グラモン中隊は、中隊長殿以下最後まで走り続けられるでしょうが、さて王宮から来た「お嬢さん方」がどこまで持つか、ですな」
「はい。ですから、一回自分の体力と根性の限界を認識して頂きましょう」

 フェイトは、わずかに頬を歪めて、面倒極まりない仕事を押し付けてきたアンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿への呪詛の代わりとした。

 フェイトが自分の研究時間を潰して日中に訓練教官を行っているのには理由があった。
 先日、トリスタニアの王宮に呼び出され、アンリエッタ王女とマザリーニ枢機卿に依頼を受けたのである。それは、アルビオン内戦において赫々たる武勲をあげ、その遅滞防御戦闘を立案し、実質的に作戦指導を行った彼女に対して、新設されるアンリエッタの親衛隊の訓練指導を行う様に、という内容であった。

「今のトリステインとゲルマニアには、少なくない数の「レコン・キスタ」勢力が浸透してきています。魔法衛士隊長であったワルド子爵まで「レコン・キスタ」に参加しているとは、一体全体王宮の誰を信じたらよいのでしょうか。お願いですミス・フェイト、私が信頼でき、私が自由に使うことのできる部隊を編成して頂きたいのです」

 切々とフェイトに訴えるアンリエッタを見て、彼女は内心では、それはマザリーニに仕事だろう、と思った。が、肝心のマザリーニといえば、相変わらずの冷たい眼でフェイトを見つめつつ、感情の抑揚に乏しい声で付け加える。

「貴族が信用できないとなれば、平民に頼るしかない。この度ラ・ヴァリエール公爵より貴公を養女として迎え入れたい、という申請があった。平民が貴族の家名を名乗ることは、このトリステインではまさしく前代未聞。しかし、そなたがアルビオン内戦で果たした役割を見るならば、まさに相応しいとしか言いようがない。というわけで、だ、貴公にラ・ヴァリエールの家名を名乗るの許す代わりに、新設される部隊の教官を務めてもらおうという事になった」

 フェイトは、穏やかな微笑みという仮面をかむって、内心では呆然としていた。まさかヴァリエール公爵が、本気で自分を家族として迎え入れようとするとは。
 あれだけ自分に感謝してくれた公爵夫妻。わざわざ自分を頼ってアカデミーから魔法学院研究所へと移籍してきたエレオノール。絶望し擦り切れてしまっていた自分に許しと希望を見せてくれたカトレア。そして、自分とともにあの地獄の戦場を駆け抜け、目前の酸鼻極まる光景の中でもなおまっすぐに前を見詰め続けたルイズ。
 皆の厚情を無碍にすることが、どうしてもフェイトにはできなかった。むしろ、あの暖かい光景の中に自分を含めてくれようとしていることに、どうしても抗うことができなかった。
 そしてそれだけに、目前の二人に対して、内心どす黒い怒りが渦巻くのをこらえきれない。この二人にとっては、それはむしろ貴族として名誉ある任を与えているつもりなのであろう。それが判らないほど、フェイトはこの世界について無知なわけではない。だが、心の奥底で誰かが叫ぶのだ。
 家族の情を鎖としてこの私に首輪をかけようとするな、と。

「王女殿下、並びに枢機卿猊下のご厚情、まことに感謝の言葉もございません。一介の学徒に過ぎぬ身ではありますが、精一杯教官役は努めさせて頂きます」

 言外に、魔法学院研究所を離れるつもりはない、という意味をにじませ、フェイトは二人に向かって頭を垂れた。

 というわけで、王宮から送り込まれてきたのが、約百名の若い女性ばかりを集めた集団であった。なにしろ王女であるアンリエッタの親衛隊であり護衛役である。魔法衛士隊はともかく、平民で編成される部隊というわけで、銃士隊ならば女性ばかりでも大丈夫だろう、という目算なのであろう。
 だが実際のところフェイトに言わせれば、例えば時空管理局武装隊の多数の女性隊員は、あれは魔力で体力の不足をフォローしているから任務をこなせているのであって、メイジでもない平民の女性で部隊を編成してもお飾りにしかならないだろう、という見積もりがあった。せめてメイジならば、近接戦闘能力や戦場間移動力や戦場運動能力の不足を補うことができるのに。
 実際のところフェイトは半分自棄になっているわけで、ギーシュ以下の傭兵部隊の再訓練とあわせて、自分が受けたのと同じレベルの訓練を叩き込んでやろうと目論んでいたのであった。
 事実グラモン中隊は、駆け足ながらギーシュを先頭に各小隊ごときちんと隊列を保ったまま草原を走り続けている。それに続く銃士隊候補生らは、さっそく隊列から外れ、助教に怒鳴られてなんとか隊列に戻ろうとする女性が後を絶たない。
 そして、一番駄目駄目なのが、ギーシュに憧れて訓練に参加してきた魔法学院の学生らであった。
 一応貴族である以上、戦場に参陣するのが義務なわけであり、彼らにとってギーシュは、まだまだ学生の身でありながらアルビオン内戦に参加し、壁新聞が事実ならば文字通り地獄の戦場で比類無き武功を挙げて凱旋してきた英雄である。
 本人は笑って適当にはぐらかしているが、なにしろ何度も感状を授与され、戦功十字章やテューダー十字勲章の最後の被授与者である。将来軍人になるのを希望している学生らが、ギーシュが放課後始めた訓練に付き合おうと考えたのも、まあ判らなくもない。
 だがフェイトは、子供らがやたらと戦場に首を突っ込むのが許せなかった。かつて遠距離浸透偵察中隊を指揮して、各種麻薬の秘密工場や、反時空管理局テロリストの拠点を襲撃してきた彼女にとっては、チャイルド・ソルジャーを平然と使っていた犯罪者どもと自分が同じに思えてしまうのである。
 確かにアルビオン内戦では、ルイズやギーシュを徹底的に戦場のドブ泥の中を引きずり回した。だが、元はといえば、それもアンリエッタの命令であり、ルイズの命令であり、ギーシュの志願の結果によるものである。自身の責任から逃げるつもりはないが、戦争に付き合わせない、という選択肢がフェイトには無かったのも事実であったのだ。

「やはり学生は、体力の練成から入らないと駄目ですね」

 冷たい表情と声で言い捨てたフェイトに、ニコラはにやりと笑ってうなずいた。

「了解いたしました。「お坊ちゃん方」には別に訓練メニューを組みますので」
「了解しました。脱落などさせない様に、たっぷりと「可愛がって」やって下さい」

 この場合の「可愛がる」が、それこそ反吐まみれなりながら日が暮れるまでしごかれるという事を意味していることを判っていて、フェイトは平然と言い放った。


 結局フェイトは、魔法学院の外周を五周させた。距離にすれば約二十リーグである。ギーシュ以下の中隊は、かつて戦場で夜間撤退時に背嚢と武器を担いで六時間で三十リーグを駆け抜けたことすらあった。何の荷物も背負っていない状態で二十リーグくらい、丁度良い暖気というところである。事実、全員汗だくで息も荒かったが、一糸乱れぬ歩調で整列し、駆け足が終了した旨申告するくらいの余裕を見せてくれたのであった。
 それに対して、女性銃士らは惨憺たるものであった。一応は選抜されてやってきた兵士らではあるわけで、脱落者は一人も出なかったが、ほとんどの兵士がふらふらで次の訓練に移れる状態ではない。
 なお、魔法学院の学生らは、全員途中でへたばって草原に点々とぶっ倒れてしまっている。

「それでは、銃士中隊の各指揮官を指名する。銃士アニエス前へ」
「はいっ!」

 歳の頃は二十台の頭だろう。金髪を短く刈り上げた背の高い女性が一歩前に出た。息は荒いが足腰はしっかりとしている。

「貴官はトリステイン衛士隊出身であり、班長経験と実戦経験がある。よって当中隊の指揮官に任じる。以後中隊はアニエス中隊と呼称する」
「はいっ! 銃士アニエス、アニエス中隊中隊長の任につきます!」
「よろしい」

 アニエスと呼ばれた女性は、フェイトに向かって敬礼し、任命に答えた。
 フェイトは、きちんと気合の入った答礼を返し、次の隊員を呼ぶ。彼女が選んだのは、なんらかの部隊勤務経験があり、かつ実戦経験のある者であり、そしてこの駆け足の後でもへたばっていない者であった。中隊長と小隊長と分隊長が任命されたところで、続いてギーシュを呼ぶ。

「ミスタ・グラモン」
「はい、教官殿」

 実戦経験者の余裕をたっぷりとにじませながら、ギーシュはフェイトの前に立ち、びしっと敬礼を返した。

「ミスタ・グラモンは、これより当教導隊の生徒代表に任じる。グラモン中隊、及びアニエス中隊の先任士官として、各士官のまとめ役となるように」
「了解いたしました。教官殿」

 ギーシュは、真面目腐った顔で任命を受けると、敬礼をフェイトと交わし元の位置に戻る。もっとも、回れ右をしてフェイトに背を向けた瞬間、にやりと笑って舌を出して見せたりしたわけであるが。それを見たグラモン中隊の兵士らは、必死になって笑いをこらえ直立不動の姿勢をとった。
 それをあえて無視して、フェイトは、解散を命じた。

「それでは、明日からの訓練教程について各指揮官に説明する。他の全員は解散してよし」


 その頃、ガリア王国の首都リュティスでは、イザベラ王女の輿入れの準備でおおわらわであった。
 それもそうであろう。「無能王」ジョゼフの突然の思いつきに「我侭姫」イザベラが気まぐれで乗っかったわけであり、しかも相手のアンジュー侯爵家は、突然振って沸いた話に目を白黒させるしかできないでいたのだ。
 運良くというべきか、一応のところアンジュー侯爵家の長男には婚約者はおらず、ジョゼフの申し入れを受けるのに支障は無かった。とはいえ、文字通りの青天の霹靂に大慌てでイザベラの受け入れの準備を始める始末であったのだ。
 アンジュー侯爵家の屋敷があるのは、火山龍山脈の南方のアンジュー侯領のほぼ中央部にある、内海へと流れる大河ロレーヌ河沿いのトロサという町である。人口は十万人を超え、王都リュティスの次に繁栄している街ともいえた。そこにイザベラを受け入れるための屋敷の建設を始めたり、火山龍山脈北側のフランドル高原地方その他の、イザベラが直接統治している地域との道路や船舶の定期便について再度整備を始めたりと、それはもうやるべき事が山とあったのである。
 何しろイザベラは、今回のアルビオン内戦の結果、東方やミラノから輸入されたり王領で生産される絹の利権を握るジョゼフ王、その広大な領地で栽培される綿花を元に織られている綿布の利権を握るアンジュー侯爵家に次いで、エスコリアル種を頂点とする各種の羊毛から織られる羅紗生地の膨大な利権をアルビオンから奪い握るに至った、ガリアでも有数の大貴族となって輿入れしてくるのである。
 あげく、フランドル地方でも低地地帯に火山龍山脈から採掘される鉄鉱石や石炭を使用した大規模な製鋼業の立ち上げを計画しており、そのための技術導入の話を、南部半島都市国家の商会を経由して何者かと進めてもいた。さらにその鉄鋼を利用して、何かさらに大規模な事業を始めることを考えているらしい。
 すでにアンジュー侯爵家としては、イザベラが「水」のドットメイジとしては最低ランクの落ちこぼれであることなど、完全に記憶から消え去ってしまっていたのであった。

「というわけだ。息子よ、くれぐれも粗相の無い様にな」

 封建貴族というよりも、南部半島都市国家の都市貴族を思わせるたっぷりとした腹回りのアンジュー侯が、息子に向かって何度目かになる注意を促していた。二人はリュティスにトロサから龍籠で訪れ、早速グラン・トロワに参内したところであった。

「判っております、父上。ぼくはまだ子供ですが、姫殿下に無礼を働く様な事は致しませぬ」

 アンジュー侯がこげ茶色の髪の瞳をした肌の浅黒い、むしろ南方系を思わせる顔立ちであるのに対して、息子は烏の濡れ羽色の美しい黒髪に、濃い目の紫色の瞳と絹のようなきめ細かい白い肌をした、一見少女かと見まごう、しかし冷徹そうな雰囲気をまとった少年であった。その瞳は冷たく輝き、歳不相応な知性の輝きをきらめかせている。

「それに、ぼくとの婚約を飛ばして結婚を申し入れてきたこと、王室側に何か理由があってのことでしょう。確かに持参金は莫大なものではありますが、我がアンジュー家がそれに触ることはできますまい」

 なんというか、たかだか十二歳の子供とは思えない聡明さである。

「そうか、そういうものか」
「はい。むしろ、王女殿下が我が家を乗っ取りかねないことこそを懸念するべきかと」
「さすがにそれはさせまいぞ! 確かに我がアンジュー家はガリア王国において南方の護りの要となって王室に仕えてきた。しかし、王室の犬というわけではない。そうやすやすと好き勝手にさせるつもりはない!!」

 こと金が絡んだときの父親の迫力には、余人ではかなうまい、と、少年は思っていた。実際、アンジュー侯爵家の家産は、この父親の代になって随分と増えている。それ故に南部半島都市国家郡、その中でも特に大きな都市国家である、ミラノ公国、フィレンティア共和国、ジェネヴァ共和国、ベニティア共和国といったそれぞれの都市国家との関係は、決して上手くいってはいない。

「それではルルーシュ、国王陛下と王女殿下にお目通りだ」
「はい、父上」


 二人が通されたのは、なんと謁見室ではなく、ジョゼフの私室の方であった。そこでは、蒼い髪の親子が巨大なハルケギニアの地図模型の上で、各種の鉛人形をあちこちに動かしつつ、侍女にサイコロを振らせてなにやらゲームに集中している。
 アンジュー侯は、あまりの光景に唖然とし、ルルーシュはそっと地図模型に近づくと、そこでどういう情景が繰り広げられているのか覗き込んだ。

「さてこれで、先遣連隊がリュティスに取り付いたわけですが、どうなります、お父様?」
「むむ、サイコロを」

 からからと控えている侍女がサイコロを振り、目が出る。一と二で、三。

「……三か、この場合……、うむ、リュティス市参事会が降伏を進言してくるな。……義勇兵の徴募は無理ということになる」
「了解いたしました。ではお父様の番です」

 どうやらこの父娘は、ひたすら戦争ごっこにうつつを抜かしていたらしい。チェス名手として有名なジョゼフ王が、なんと引きこもりの癇癪持ちなイザベラに追い詰められている。どうやらジョゼフ王がガリア軍を、イザベラがゲルマニア軍を担当している様子である。
 ルルーシュが盤上を見た限りでは、ガリア軍の貴重な一個軍団がトリステイン軍の軍団とにらみ合っていて身動きがとれず、ゲルマニア軍の主力がアルデンヌの森を踏破して、東部国境地帯で一進一退を繰り返していたガリア軍主力を無視してひたすら王都リュティスを目指したらしい。途中、河川や丘陵地帯でガリア軍の予備軍団がゲルマニア軍を拘束し、足を止めようととしては、三分割されたゲルマニア軍主力が片翼包囲からの突破戦闘を繰り返し、ガリア軍を壊走させつつ進軍し、とうとうリュティスに手をかけた、というところか。
 と、ここまでルルーシュがゲームの流れを読んだ時であった。

「ふむ、もうそんな時間か。アンジュー侯、久方ぶりであるな。壮健か」
「国王陛下、並びに王女殿下もご機嫌うるわしゅう」

 いつの間にかジョゼフとイザベラが、アンジュー候親子に気がつき、その蒼い視線を向けてきていた。二人とも盤上に注目しているルルーシュに視線を向けている。
 父親が膝をついて低頭するのにあわせて、ルルーシュも父親の後ろに下がって膝をついた。

「よいよい。今日はめでたい日だ! まことにめでたい日だ!! 折角婿殿が来られたのだ、まずはゆっくりとくつろいでゆくとよい」

 ジョゼフが指を鳴らすと、どこからともなく小姓らが現れ、がちがちに冷やされた底浅の足つきグラスに注がれた、わずかに紫がかった白濁したアルコールが四人分並べていく。つまみには、かなり癖の強そうなチーズが山盛り。
 ジョゼフはアンジュー候親子にソファーを勧めると、自らもイザベラを連れて深々と腰を下ろした。

「陛下、この酒はなんでございましょう?」
「うん? ジンをベースにライムの果汁を混ぜ、ヴァイオレットリキュールで少し甘みをつけたものだ。やはりジンは霜が降りるようなグラスで飲まんとな! 是非試してみられよ」

 まるで子供のように目を輝かせて、カクテルをアンジュー候に勧めるジョゼフ。
 アンジュー候は、観念したかのように少しだけ口に含み、おっ、という表情を見せた。

「……これは。ジンなど下賎な平民どもの酒かと思っておりましたが、これは中々でございますな」
「うむ、卿が気に入ってくれて余も嬉しいぞ! 何しろこの味にたどり着くまでに随分と手間がかかったのだ」

 にやにやと笑いながら、子供のような表情で自慢をするジョゼフ。そして、グラスの足を手に取ると、目の前にまで掲げて音頭をとった。

「では、両家の婚姻に乾杯!」

 しばらくの間、ジョゼフがジンをベースにしたカクテルについて一席ぶち、アンジュー候がそれを神妙な顔をして聞いくという光景が続いた。今は、ジンに白ワインとアプサン少しづつ混ぜたものをシェイクしてオリーブの実を浮かべたものに挑戦しているという。なんでも白ワインやアプサンは、ごくごく少量に抑えるのがコツであるとか。
 イザベラはにやにやしながら父親を横目で見やり、時々ルルーシュに視線を投げかけては彼の反応を見ている。
 で、ルルーシュといえば、来て早々にかなり強いカクテルを飲まされたせいであろう、酔いで顔が上気していた。

「父上、少し酔ってしまいました。少し外の風に当たってまいります」

 イザベラが、ジョゼフが折角の白ワインの風味をアプサンが殺してしまうのが今の最大の問題であると語っているところに、中座する旨一声かけて立ち上がる。そして、ルルーシュを見下ろした。

「それではルルーシュ様、エスコートをお願いできますでしょうか?」


 イザベラがルルーシュを伴い向かったのは、グラン・トロワの南側にある南薔薇花壇であった。
 そこは色とりどりの薔薇が咲き乱れ、あたりの濃厚な甘い芳香を放っている。約二リーグ四方にもわたるその花壇は、世界中から集められた剪定師や職人によって維持されている、世界最大の薔薇園でもある。その維持費だけで小国が一国維持できるほどの予算がつぎ込まれ、ジョゼフの道楽の一つとして国民には知られていた。
 その花壇を見渡せる東屋に、イザベラはルルーシュを連れて来ていた。お付きの者は全て下がらせ、二人きりで広大な薔薇園を見下ろす。

「酔いは醒められました?」
「はい。お恥ずかしいところをお見せいたしました」

 その答にイザベラは、上品な微笑みを浮かべ、少年を見下ろした。まだ十二歳に過ぎぬ少年にいきなりジンベースのカクテルとは、父上も無茶をする、と、内心ほんのわずかにだけ感謝する。

「こちらの花壇をご覧になるのは、初めてでいらっしゃいます?」
「ええ、見事なものですね。まさしく世界で最も美しい国でしょう」

 ルルーシュは、この花壇につぎ込まれている膨大な国費のことを言外に匂わせつつ、そう答えた。そして、一言付け加える。

「それも、殿下の前には色褪せてしまいますが」
「お上手でいらっしゃいますね」

 さらりと流しつつ、イザベラは立ち上がった。その蒼い瞳に、わずかに灯が点る。

「よろしければ、ご覧頂きたいものがあります」


 バラ園の中央にはごくごく質素な外見の、しかし大理石で作られた丸机と椅子があった。

「ご覧下さいまし」

 イザベラが手にした扇子で指し示した先には、蒼い薔薇が一輪咲いていた。
 ガリア王立アカデミーがジョゼフの命により、総力をあげて生み出した蒼い薔薇。その名も「ラ・ガリア」という。今ではガリア王室の象徴の花となっていた。

「人の手によりて生み出された究極の一輪。まさしくこのガリア王家に相応しい花といえましょう」

 ルルーシュは、むせ返るような薔薇の香りに酔いがぶり返しそうな気分に陥りながら、それでもイザベラが何を言わんとするか必死になって考えていた。
 彼女についてルルーシュが知っているのは、プチ・トロワという小宮殿に引きこもり、形だけ北花壇騎士団という秘密警察の長としての立場を与えられ、ひたすら使用人に癇癪を爆発させている「我侭姫」というものであった。彼女が進めているフランドル地方の事業は、実はジョゼフが裏から操ってのものではないかと推測し、父に知られぬ様に情報を集めてもいた。
 だが、実際に会って得た印象は、全く正反対のものであった。
 狡猾で、執念深く、そして何かを得ようと着々と策を巡らす陰謀家。そして、微笑みと淑女の仮面を被り、今自分をなんらかの策謀でからめとり、掌中に収めんとする魔女。魔法がドット級だからといって、それが何だというのか。「水」のライン級の自分は、全くかなわず今まさに彼女の罠にはまろうとしている。
 これは勘でしかない。だが、この勘は正しい。
 次の自分の一言が、生死を決する。

「植え手は始祖、そう仰りたいのですか?」

 イザベラの灯りの点っていた蒼い瞳に感情の炎が沸き上がる。それは愉悦であった。その表情がまるで仮面を外すように変わり、これまでの深窓の令嬢を思わせる高貴さや優雅さがかけらも残さず消え失せる。
 これが、彼女の正体か。
 ルルーシュは、イザベラの視線を正面から受け止め、そして一切の感情を消して彼女の言葉を待った。
 イザベラの口の端がゆがめられ、喉が震える。

「く、くくっく」

 笑い、というには、余りにも地の底から響くような昏い声。

「ははははははっっ!」

 そして、イザベラは仰け反るように高らかに笑い出した。

「あーっはっはっはははっははっっ!!」

 ルルーシュは、これほどに重く昏い哄笑を聞くのは初めてであった。恐怖に胃がせり上がり、中身が喉を逆流しそうになる。今この時ほど、今この瞬間ほど、自分がただの子供でしかない事が恨めしく思えたことは無かった。恐怖に負け、今すぐにこの場から逃げ出したくて仕方が無いのに、目前の魔女への恐怖に全身が硬直する。

「合格だ。ルルーシュ」

 野卑さを通り越した、覇王の如き響きを持った声でイザベラが宣言する。

「お前こそ、このわたしの夫たるに相応しい」
「……理由を、聞かせてもらえるのか」

 イザベラに気圧されまいと、口調を変えてイザベラの視線を真っ向から受け止めるルルーシュ。

「いいだろう。お前が気がついている通り、今のわたしが本来のわたしだ。プチ・トロワから流れる噂も、私が流させている「物語」に過ぎない。その「物語」と、今までわたしが被っていた仮面に惑わされず、三統の王家が、所詮はブリミルの手の平の中にある歪められた花でしかないことに気がついた。その聡明さこそ、このわたしを律する杖となろう」
「ぼくは、あなたの首輪だとでもいうのか」
「違うな。わたしの良心さ」

 心底、この世界全てを憎むかのような声で、イザベラは哄笑する。

「わたしが望むのは自由! そう、自由だ! だが、自由は放埓へと堕落し、最後には世界を己の自我で覆いつくさんとする麻薬だ! その自由を望むわたしを打つ杖、それがお前なんだ!!」

 そしてイザベラは、全身を緊張に硬直させているルルーシュのおとがいに指を添えた。

「わたしはお前を堕落させようとするだろう。それがわたしの「女」としての本能だからだ。それに耐え、わたしを打て、ルルーシュ。どうだい、面白いゲームだろう?」

 そして、ルルーシュの唇にむさぼりつき、舌先でその口腔を存分に陵辱する。弱々しくイザベラを突き放そうとする彼の両腕を掴み、イザベラは両手の指を彼の指に絡め、そのまま机の上に押し倒した。
 なすすべも無く薔薇の香りとイザベラの体臭にその身を侵され、魔女の舌と唇に犯される悦楽に、ルルーシュは今まさに自我を手放さんばかりとなった。
 だが、彼とてガリア最大の貴族の長子であり、次代のガリアの南方への盾たらんと自らを律してきた身である。たとい齢十二とて、いや少年であるからこそ、その魂は背負わんとする荷物に相応しい硬質さをもっていた。
 イザベラが唇を離したその時、ルルーシュは、強い意志の光を灯した瞳で彼女の視線を押し返さんとする。

「わかった。たった今からぼくはあなたを律し、その堕落を打つ杖となる。あなたの中にある憎悪がなぜかはわからない。だが、いつの日か、その憎悪からあなたを解き放とう」

 イザベラは、歓喜にわななくようにルルーシュから離れた。そして、ルルーシュの前にひざまずき、その右手に唇を寄せる。

「今から、お前は私の夫だ。死が互いを別つまで、お前に忠誠と友情を誓おう」


「姫殿下は皇帝アルプレヒトに嫁ぎ、イザベラ王女はルルーシュ公子に嫁ぐ。アルビオンをのぞけば各王家は祝い事続きですな」

 コルベールが、相変わらず暢気そうな声でオールド・オスマンと夜食を共にしていた。

「最近は王政府のいらん横槍で、魔法学院が兵営のごとくなってしまっておる。なんとも嘆かわしいことよ」

 心底不愉快そうにオールド・オスマンがぼやいた。この老人は、マザリーニ枢機卿の命令でアニエスら一行がフェイトに訓練を受けているのを、決して認めてはいなかった。
 そして、それはコルベールも同様であった。

「ミス・フェイトが散々謝りに来ましたよ。姫殿下と枢機卿の命令の上、ヴァリエール家からの厚情を逆手に取られて断れなかった、と。学院長のところにも謝りに来ませんでしたか?」
「来おったわい。まったく、あんな申し訳なさそうな顔されては、こちらも強くは言えんかったがな。とりあえず王政府には、抗議の手紙を出しておいた。兵隊ごっこは兵営でやれ、とな」

 いまいましそうにオールド・オスマンはずずっと音を立ててスープをすすった。

「それにしてもな、ミソといったか、これは美味いのう」
「はい。ミス・リシューがアルコールの醸造の過程を研究しているうちに、穀物以外のたんぱく質を持つ作物を醸造してみたらどうなるか、試してみたそうで。その結果、大豆を醸造してみましたところ、これが出来たのだとか。さっそくラグドリアン商会が莫大なパテント料を支払っていきましたよ」
「そりゃ良かった。お主の、そのなんだったかな、そうだ「内燃機関」か、それはどうなっておる?」

 たっぷりと味噌味の染み込んだ野菜を黒パンに挟み、もぐもぐと食べていたコルベールが、咀嚼物を飲み込んでから答えた。

「ミス・エレオノールの参加によって「風」の研究棟が正式に稼動し、なんとか目算が立ちそうな目処がつきました。つまるところ、燃料と空気の混合率を調整してタイミングを見計らって電気で着火するか、燃料そのものを発火点の高いものにするか、どちらかを選べばよいわけでして」
「なるほどな。それで、実際に実験を行うのはいつ頃になりそうかのう?」
「それがですな、なにしろミス・フェイトが兵隊ごっこに日中は手を取られており、夜はミス・エレオノールに付きっ切りで数学、化学、物理学を教授しておりましてな、どうにもこうにも」

 大きな溜め息をついて、コルベールはまた黒パンのサンドイッチにかぶりついた。

「しかし、こう言ってはなんだが、鈴をつけるのに失敗したかのう」

 ぽつりとオールド・オスマンが呟いた。せっかく全てをうやむやにして平和裏に何もかも済ませるつもりでいたものが、結局はおじゃんになってしまったのが心に重くのしかかっている様子である。
 だが、それに答えたコルベールの言葉は相変わらず暢気なものであった。

「猟犬に鈴をつけた所で意味はなかったわけですな。首輪を付け、命令を教え込まねばいけなかったわけです。まあ、狐でも蛇でもないのは良いことです」
「なるほどなあ。そりゃ最初から儂が間違っておった、とゆうことか」

 なんというか、自棄気味にスープ皿を持ち上げ、直接すするオールド・オスマン。
 そんな老魔法使いに向けて、コルベールは少し照れ気味に答えた。

「ミス・ヴァリエールなら大丈夫でしょう。私の生徒ですから」


 暖炉の火がはぜる中、マザリーニ枢機卿は目前に立つ女に向けて、冷たい視線を瞬きもせず向けていた。

「それで、実際に部隊として使えるようになるには、あとどれくらいかかる?」
「彼女らは存外に優秀です。三ヶ月あれば、小隊戦闘が可能となるかと」

 女はフェイトであった。黒いドレスをまとい、一切の表情を消したまま、淡々と枢機卿の質問に答えていく。

「ゲルマニアが交渉の場で強気に出てきておる。アルビオン内戦でゲルマニア製の兵器が雌雄を決しかけたことを散々自慢されたわ。姫殿下の輿入れについても、実質トリステインの併呑に等しい条件を突きつけてきよった」

 マザリーニ枢機卿の声は、まるで風のささやきの様に小さくかすれていた。

「姫殿下の輿入れの後、マリアンヌ王太后陛下の女王即位は認めぬ、と?」
「そんなところだ。あくまでトリステインは姫殿下の子供が継ぐべきである、とな」
「それ自体は、猊下の構想通りではございませぬか?」

 冷酷といってもよい視線で、マザリーニはフェイトを見つめた。

「それで、国内の貴族が納得すると思うか?」
「それは、私の関知する内容ではございませぬゆえ」

 ぬけぬけと言ってのけるフェイト。軽く目をつむると、枢機卿は話題を変えた。

「お主が持ってきたワルド子爵の手紙、あれは事実であった」
「なるほど、最後の奉公とは本人の弁でしたが、事実でしたか」
「うむ、ここまで「レコン・キスタ」にトリステインが侵食されているとはな。姫殿下の輿入れの前に奴らを秘密裏に粛清せねばならぬ。そのためにお主にあの娘らを任せたのだ。急げ」


「というような事がありました」

 暖炉の火がはぜる中、フェイトは目前に座るラ・ヴァリエール公爵夫妻に、マザリーニ枢機卿との間の話を全て開陳していた。公爵は相変わらず厳しい表情のままであったし、公爵夫人は無表情のままである。
 マザリーニ枢機卿との秘密裏の会談の後、フェイトはその足でラ・ヴァリエール公爵の屋敷に直行していた。当然のことながら、尾行をまいてからであったが。公爵夫妻は、フェイトを公爵の書斎に招きいれると、淡々と語られるフェイトの言葉に聞き入っていた。

「なるほどな。それで「鳥の骨」はどんな餌をぶら下げてきよった?」
「ワルド子爵領を任せてもよい、と。その上で近衛銃士隊の隊長になれ、と」
「相変わらずだな、奴は。これだから、お前に官位を与えられぬのだ。ラ・ヴァリエール子爵として分家筋とし、大方娘らが結婚で片付いたところを狙って、そなたにこの家を乗っ取らせるつもりなのであろう」

 一層まなざしを厳しくして、公爵は宙をにらんだ。目前に枢機卿がいたならば、その身体を十七分割しかねない勢いである。

「まあいい、どちらにせよお前はもう儂らの娘だ。親の許可もなく勝手な真似をさせるわけにはいかん。そうだろう? フェイト」
「ありがとうございます。公爵閣下」
「お前は儂らの娘だ。そう言ったのだぞ? うん?」

 一瞬前の厳しい視線はどこへ消えたのか、公爵の瞳には、包み込むような暖かい表情が浮かんでいる。フェイトは、両手を握り締めて胸元に寄せ、珍しくうろたえていた。そんな彼女を、公爵夫人も優しい表情で見つめている。

「……その」
「何かな、娘よ」
「……本当に、お義父様、と、お呼びしてもよろしいのでしょうか?」
「娘が、父を呼ぶのに何をためらう」

 その深いバリトンに包まれ、フェイトは泣き笑いの表情を浮かべた。

「私は、物心ついた時には、実の父とは死に別れていました。次に引き取られた先でも、義母の夫は戦死しておりました。……その、父親を持つのが初めてで、どうしたらよいのか……」
「何、難しいことはない。まずは形から入ればよかろう。……そうだな、娘よ、私の頬に挨拶のキスをしてはくれんかな?」
「はい、……お義父様」

 フェイトは椅子から立ち上がると、おずおずと公爵に近づき、その頬に軽く接吻した。


 ガリア王国の首都リュティス。その旧市街の館では、北花壇騎士団の本部が秘密裏に引越しの準備を進めていた。そのあわただしい騒動の中、イザベラの執務室には、三人の男女が暖炉を囲んでいた。
 一人はイザベラ、もう一人は最近イザベラが好んではべらしている眼鏡をかけた侍女、そしてもう一人は異相で固太りの猪を思わせる騎士である。大きなつば広帽に、何本もの羽が飾られ、服装も上着に無数の切れ込みを入れて下地がのぞく様になっている服を着ていた。
 この男の異相は、服だけではなかった。そのがっしりとした顎に見事に跳ね上がっている口ひげ、そして大きく突き出し曲がっている鼻。

「なるほど。噂に違わぬ男ぶりだね」

 楽しそうに歌うように、イザベラがそう男に向かって口をきく。
 男は、ふん、と鼻を鳴らすと、じろりとイザベラを睨みつけた。

「王女殿下故に剣は抜きはしませぬが、我輩を見世物代わりに呼びつけるとは、感心はいたしませぬな」
「すまないね。お前を怒らせるつもりは無かったんだよ。とりあえず話だけ聞いていっておくれ」

 ころころと愉快そうに笑うと、イザベラは隣の侍女に合図した。
 侍女は、足元の鞄からカツラを取り出して被り、眼鏡を外した。

「さて、これでお前は呼び出された理由をどう推理する?」

 そこには、服装は違えどイザベラが二人いた。蒼い腰まである長髪。切れ長の厳しい視線。そして、この世の全てを嘲笑うかのようにゆがめられた口元。しかも今問うたのは、侍女の方であった。声だけ聞くならば、どちらが発した声か、聞き分けるのも難しい。

「なるほど。これは愉快な見世物でございますな! さて、いつからその名も悪名高き北花壇騎士団が、道化の見世物小屋と化しましたことやら! とんと我輩には判りかねますな!!」

 そのみっしりと筋肉の凝縮された様な腕を組んで、騎士は笑った。

「なに、南薔薇花壇騎士団をその傍若無人な言動と喧嘩早さで除名されたお前に頼みがあるのさ」
「さて、そんな男に王女殿下ともあろう方が、何を頼まれますやら」
「簡単な事さ。この娘、ロクサーヌというのだが、彼女の騎士となってやって欲しい」

 あまりの内容に、騎士はぽかんと口をあけた。確かに彼は国軍最精鋭と自負する南薔薇花壇騎士団の団員でありながら、誰彼構わず喧嘩を売り、あちこちで問題を起こしては多くの貴族に恨みを買っている身ではある。だが、それでも平民の侍女の騎士をやれとは。

「ロクサーヌは、私の司書であり、影武者であり、友人である。だから、このガリアで一番の男振りを見せる騎士に任せたい。それがそんなに可笑しいかい?」
「平民が? 王女殿下の友人?」
「そうさ。人と人が友となるのに、貴賎なんざ関係があるかい?」

 騎士は、そういえば自分の友人にも平民が数多くいることを思い出していた。なにしろ、貴族であることを鼻にかけてえばりくさる奴に喧嘩を吹っかけるのが趣味の男である。平民に好かれないわけがない。

「なるほど。我輩とて、シュヴァリエの称号は持てども、騎士としてはお役ごめんの身ですからな」

 イザベラは、もう一度合図をし、影武者を元の侍女へと戻らせた。

「わたしの身はわたしでなんとでもする。だが、この娘はわたしと違って、自分で自分の身を護れやしない。どうしたって影武者は影武者だからね。だから、お前に、かつて南薔薇花壇騎士団、否、ガリア花壇騎士団一の「火」と剣の使い手として名を轟かせたお前に頼むのさ。シラノ・ド・ヴェルジュラック」
「あの、ただの本屋の娘でしかない私ですが、その、よろしくお願いします。騎士さま」

 まるで先ほどの変装が嘘のような怯えっぷりであった。両手でスカートの裾を握り、ふるふると震えながら、シラノの表情をこわごわと伺っている。

「そう怯えめさるな、お嬢さん。このシラノ、男相手には容赦はしませぬが、か弱き女性を相手に無礼を働くほど下卑てはおりませぬ。まして、可憐な野に咲く花のごときお方。その香りはこの鼻めにもかぐわしく香りますゆえ」

 わざわざロクサーヌの前にひざまずいて、シラノは帽子を胸に当て、そうおどけて見せた。そんな彼にほっとした様子で震えるのをやめる侍女。彼女は、にっこりと微笑んで、もう一度頭を下げた。
 そんな二人を嬉しそうに見つめながら、嬉しそうににやにやと笑うイザベラ。

「そうそう、シラノ。お前さんは異相かもしれないが、なんとも味のあるいい男振りだよ。一山いくらで貴族どもを見てきた、このわたしが保証する。だから、よろしく頼んだよ」 


 イザベラがシラノとロクサーヌの間を取り持っていたその頃、グラン・トロワのジョゼフの私室を、ドクター・スカリエッティが訪ねていた。

「ふむ、この夜更けに珍しいな」

 寝酒としてか、ジンベースのカクテルを楽しみつつ、一人でチェス盤に向かっていたジョゼフがスカリエッティを迎えた。卓上の鈴を鳴らすと、影のように現れた小姓に、同じカクテルをドクターに持ってくるよう命じる。

「いえ、王女殿下の輿入れの祝いの品が仕上がりましてね。どうせすぐ寄越せと言われるのは判っていましたので」

 軽く口の端を跳ね上げて、ドクターはそう言って白衣のポケットから宝石箱を取り出した。ジョゼフはそれを受け取り、中を見る。そこには、蒼く丸い宝玉が収まっていた。

「これが、お前達が使う「杖(デバイス)」なのか」
「その待機状態ですね」

 両手を白衣のポケットから出すと、スカリエッティは、大仰に語り始めた。

「この「杖(デバイス)」は、それ単体で意思を持ち、主人と認めた相手の求めに答えて各種の形態をとります。まあ、その形態は極論を言うならば、使い手の「杖(デバイス)」に対して求めるものが具現化する場合が多いわけですが。というわけで、これがどういう形態になるかは、皇女殿下がこれに何を求めるか、によって変わってくるでしょうな」
「それは素晴らしい! 人の心の鏡となるのか、お前達の「杖(デバイス)」は! これは見物だな。うむ、本当に見物だ!!」

 大喜びで手を叩いてみせるジョゼフ。そんな王に、軽く肩をすくめてドクターはあっさり言ってのけた。

「諦めを踏破し、人たるの限界に挑戦なさろうというお姫様です。さぞかしおぞましい姿を見せてくれると、そう私は期待しておりますよ」


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