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No.2605の一覧
[0] 運命の使い魔と大人達(「ゼロの使い魔」×「リリカルなのは」ほぼオリキャラ化) 完結[らっちぇぶむ](2008/12/21 12:58)
[1] 運命の使い魔と大人達 第一話[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:32)
[2] 運命の使い魔と大人達 第二話前編[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:27)
[3] 運命の使い魔と大人達 第二話後編[らっちぇぶむ](2008/02/10 00:31)
[4] 運命の使い魔と大人達 第三話前編[らっちぇぶむ](2008/02/13 23:07)
[5] 運命の使い魔と大人達 第三話後編[らっちぇぶむ](2008/02/17 17:14)
[6] 運命の使い魔と大人達 幕間その1[らっちぇぶむ](2008/02/20 02:31)
[7] 運命の使い魔と大人達 第四話前編[らっちぇぶむ](2008/02/24 14:21)
[8] 運命の使い魔と大人達 第四話後編[らっちぇぶむ](2008/02/27 22:29)
[9] 運命の使い魔と大人達 第五話[らっちぇぶむ](2008/03/02 20:58)
[10] 運命の使い魔と大人達 第六話[らっちぇぶむ](2008/03/05 20:10)
[11] 運命の使い魔と大人達 第七話前編[らっちぇぶむ](2008/03/12 23:57)
[12] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その一[らっちぇぶむ](2008/03/16 22:03)
[13] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その二[らっちぇぶむ](2008/03/19 23:20)
[14] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その三[らっちぇぶむ](2008/03/23 21:17)
[15] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その四[らっちぇぶむ](2008/03/27 19:28)
[16] 運命の使い魔と大人達 第七話後編[らっちぇぶむ](2008/03/30 20:14)
[17] 運命の使い魔と大人達 第八話[らっちぇぶむ](2008/04/02 23:24)
[18] 運命の使い魔と大人達 第九話前編[らっちぇぶむ](2008/04/05 22:29)
[19] 運命の使い魔と大人達 第九話中篇[らっちぇぶむ](2008/04/09 15:33)
[20] 運命の使い魔と大人達 第九話後編[らっちぇぶむ](2008/04/15 00:00)
[21] 運命の使い魔と大人達 最終話[らっちぇぶむ](2008/04/15 09:18)
[22] 運命の使い魔と大人達 後書き[らっちぇぶむ](2008/04/15 20:34)
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[2605] 運命の使い魔と大人達 第九話後編
Name: らっちぇぶむ◆c857d2f4 ID:49f6089b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/04/15 00:00
 夜の森の小道を、双月の明かりが木々の葉の間から照らし出している。どうやらこんな森の中でも人の行き来があるらしく、道は思ったよりもしっかり踏みしめられている。
 イザベラは、ワルドに軟禁された部屋に食事とともに持ち込まれた侍女用の服と変装用の道具一式を使って別人に化け、シラノが暴れている隙にハビランド宮殿より逃げ出したのであった。そして今、サウスゴーダの森の小道を何日分かの食料やらなんやらを背負ってひたすら歩いているところであった。

「それにしても、つくづくとんでもない「力」を秘めているねえ」

 イザベラは蒼い宝玉を手の平を転がしながら、どうしたものか、という表情で呟いた。
 この蒼い宝玉は、イザベラの命令で「杖(デバイス)」として覚醒し、膨大な魔力を込められた呪文を起動させて使う事が出来るという、ハルケギニアの魔法の常識を根元からひっくり返す代物であったのである。というわけで、実際にアルビオン共和国最高評議会の面々の前で宝玉の力を使用した時、彼らのみならずイザベラも腰が抜けそうになるほど驚いていたのだ。
 そして、最小限に力を絞って天窓を吹き飛ばし、そこから飛翔して南方に向けて飛び去った時も、強固な「固定化」のかかった天窓を楽々と破壊し、空を飛翔する速度のあまりの速さに、目がまわる思いであったのだ。
 もしシラノがあれだけ大暴れしてくれていなかったら、自分の脱走はあっさり見つかってしまったであろう。それほどの膨大な魔力をまき散らかしながらの飛翔であった。

「しっかし、「閃光」は、渡したやつが偽物だって気がついていたっぽいし。さてどういう風に対応してくるのかね」

 手の平の宝玉を無造作に宙に投げ、受け止めると、その手の人差し指と中指と薬指の間に二つの寸分違わぬ同じ蒼い宝玉が挟まっている。さすがに一方は独特な魔力による鈍い輝きを放っているが、もう一方は多少魔力を込められただけの偽物であった。
 イザベラは、円卓の間で武装解除し盾が元の宝玉に戻った瞬間、手技で偽物の宝玉とすり替え、それを皆に見せたのである。これで彼らはイザベラの切り札を取り上げた、と、思い込んで以後の交渉は強気でのぞんでくる、というのが彼女の読みであった。「閃光」のワルドと父ジョゼフ王が密かに派遣した「ガンダールヴ」の二人が、イザベラの芝居に上手く合わせてくれたおかげで、まずは第一段階はクリアしたわけである。
 最初に圧倒的な力を見せ付けつつ、クロムウェルの実質的裏切りについて示唆してアルビオン共和国上層部の間に不信感を醸成し、交渉の場で互いに破談一歩手前の状況を演出しつつ、それぞれの閣僚らと個別に秘密に接触し、ありとあらゆる利で吊り上げる。それが彼女の今回の構想だったのだ。
 そのためにわざわざ「土くれ」のフーケの名前まで騙って逃げ出し、ロサイスに停泊中の「シャルル・オルレアン」に臨戦態勢と取らせるよう手配までしたのである。今頃、ハビランド宮殿はガリアとの開戦もありえる可能性に上へ下への大騒ぎになっているであろう。今のアルビオン空軍は、「シャルル・オルレアン」一隻にすらロサイス港を制圧されかねないほどに弱体化しているのであった。
 そんなことをつらつら思いつつ歩いていたためか、イザベラは、突如飛来したガーゴイルに不意をつかれ、その体当たりを受け、道の上に倒れてしまった。そして、手の平からこぼれてしまった宝玉を、反対方向から飛来したガーゴイルが拾って森の中に消えてしまう。

「だ、誰だ!?」

 袖の隠しから引き抜いた杖を突き出しながら、イザベラは振るえる声で夜の森へ向かって叫んだ。自分でも判るほどに無様に身体が震え、声が恐怖に裏返っている。
 だが、森の中はしんと静まり返ったまま、物音ひとつしない。先ほど聞こえていた獣や虫のざわめきすら聞こえなくなってしまっている。イザベラは、恐怖のあまり、声にならない声をあげて小道を走り出した。途中、なんどもつまづいては、路面に顔から突っ込んでしまい、全身泥だらけになっていく。

「あ、あ、あああっっ!!」

 どれだけ走っても、森はしんとしたままで、物音一つ聞こえてこない。聞こえているのは、地面を駆ける自分の足音と、荒い呼吸の音だけ。それが一層イザベラの恐怖を煽る。すでに視界は涙でほとんど曇り、ただただ足の向く方向へと転げまろびつ進むしかできない。
 もう何度目になるかも判らないほど地面に倒れこんだその時だった。イザベラの目前に影が差した。

「ひぃいっ!」

 頭の中が恐怖で真っ白になってしまって、何も考えられなくなる。歯ががちがちと鳴り、腰からしたの力が一切抜けてしまって、もう立ち上がる気力さえ起こらない。手にしていた杖は、どこかに落としてしまっていて、もはや自分の身を護る術は何もなかった。

「顔をお上げ」

 もう初夏に入ろうというのに、イザベラの全身に鳥肌が立つような冷たい声だった。その殺気すらこもった言葉に、イザベラは涙をぽろぽろとこぼしながら嫌々するように頭を左右に振った。

「もう一度言う。顔をお上げ」

 声に感情がこもらなくなり、ただただ冷たい殺気だけがイザベラを刺す。その恐怖に彼女は抗うこともできず顔を上げた。
 イザベラの視線の先には、双月を背景に真っ黒いローブを着た人影が立っている。

「昔、ある賊がいた。そいつはある怪盗の名前を騙って盗みを働き、侵入した先の一家を惨殺した」

 まるで自分には全く関係の無いことを語るがごとく、淡々と言葉を続ける人影。

「そいつは数日後、全身の骨を砕かれ尻の穴から口まで杭で貫かれた姿で、盗んだ金品と一緒に衛士の詰め所の前にさらされていた。そいつの首からこう書かれた札を下げられてね」

 イザベラは、下半身が生暖かい何かで濡れていくことに、ぼんやりと気がついた。

「「「土くれ」を騙りし賊の命、確かに領収いたしました。「土くれ」のフーケ」」

 人影がわずかに身じろぎし、ローブの下の眼鏡が月明かりに光る。

「「土くれ」の名を騙るという事は、そういう事さ。さて、覚悟は出来ているね?」
「ご、ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい! ごめんなさい!」

 イザベラは、ただただ泣きじゃくりながら謝るしかできなかった。この人影から発せられる殺気は、本物の、何人も人を殺した来た人間だけが発することができる、冷たく、鋭く、硬い、肺腑をえぐるような怖いものであったのだ。
 そんなイザベラの姿を見下ろしつつ、人影が一歩前に出る。
 イザベラは、恐怖のあまり身体を丸めてわんわん泣き出した。

「殺さないで、殺さないで、殺さないでぇ、殺さないでぇぇ……」
「殺しゃしないよ。安心おし」
「……え?……」

 泥と涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、イザベラはぽかんとした表情をして人影を見上げた。
 人影は、ローブの覆いを外すと頭を一振りして、月光に緑色に輝く長髪を背中へと流した。

「盗賊稼業からは足を洗ったんでね。今更小娘のいたずらごときに目くじらを立てやしないよ」
「……あ……」
「ただ、裏の世界の人間の名前を騙るってことは、そういう事さ。よく覚えておき」

 呆然としたまま、無表情に自分を見下ろす女性を見つめるイザベラ。殺されずに済むという安心からか、そのままべたっと地面に転がってしまう。どうやら安堵の余り気を失ってしまった様子であった。
 そんなイザベラの様子を見ていたフーケは、大きく溜め息をつくと、一言ぼやいた。

「なんだい、こんな怖がりでいっぱいいっぱいの小娘だなんて、聞いてやしないよ、全く」


 イザベラが意識を取り戻した時、自分が藁布団の上に毛布をかぶせられて寝ていることに気がついた。窓からは朝日が差し込み、外からは小鳥の鳴く声が聞こえてくる。そうっと恐々と頭を持ち上げ、部屋の中を見回す。
 部屋は粗末な丸太小屋で、調度も小さな机と椅子と戸棚しかない。だが、綺麗に掃除が行き届き、この部屋で暮らしている誰かの暖かさが感じられる部屋であった。

「目が覚めたかい?」
「ひやぁっ!」

 突然声をかけられてイザベラは、毛布に包まったままベッドの隅へと逃げた。声のした先に恐る恐る目を向けると、そこには腰まである緑色の髪をした眼鏡の女性が、椅子に座って何かノートに目を通している。

「安心おし。別にとって喰いやしないさ。さ、外で顔を洗っておいで」

 まるで昨日の雰囲気が嘘のように、そこに居るのはごくごく普通のちょっときつめの美人でしかない。

「あ、その、お前が、「土くれ」のフーケ?」
「そうさ。だが、ここではマチルダの名前で通している。だから、フーケの名は一切出さないこと。いいね?」

 すっと、目を細めたフーケに、イザベラはただ黙ってこくこくとうなずくしかできなかった。


 小屋の外に出てみると、空は一面の青空で、森は若葉に色づいていた。その森を切り開いた小さな広場を囲むように、何件かの丸太小屋が建っている。広場の真ん中には井戸があり、そこで一人の帽子をかぶった少女が洗い桶で洗濯をしていた。よくよく見ると、昨晩イザベラが着ていた服である。
 イザベラは、この瞬間になって自分が全身を綺麗にしてもらい、下着から何から全部着替えさせられていた事に気がついた。

「あ、起きました? すぐ朝ごはんにしますから、ちょっと待っていてくださいね」

 振り返ってにっこり微笑んだ少女は、イザベラがその場で凍り付いてしまうほどに美しかった。その美しさに、彼女が現実の存在なのかどうかすら判らなくなる。

「あの、どうかしました?」
「はう」
「え?」

 真っ先に思ったのは、金色の輝きであった。オーラといってもいい。余りにも圧倒的な金色の輝きに、イザベラは頭の中が真っ白になってしまった。普段ならば憎まれ口のひとつも叩くところが、そうした真似すら許されぬという思いに、どうしたらいいのか判らなくなってしまっていた。

「ほら、いつまで見惚れているんだい。朝食が冷えちまうよ」

 背中からマチルダに声をかけられ、イザベラは、ようやく止まっていた思考が動き始めた。

「わ、わたしはイザベラ。お前がわたしの世話をしてくれたのかい?」
「ええ、マチルダ姉さんと一緒に。盗賊に襲われたんですってね。怪我が無くて本当に良かったわ。私はティファニア。テファって呼んで」

 と、イザベラの頭に、ぽふっとマチルダが手を置く。

「ま、そういうわけだから。で、こういう場合言うべき言葉があるだろ?」
「あ、あ、……ありがとう」


 朝食は、イザベラが寝ていた小屋でとった。暖かい野菜のシチューと黒パン。それは昨日の夕方から何も食べていなかったイザベラにとっては大層美味しいものであった。
 ただし、十何人もの子供らと一緒でなければ。
 いやもう、子供らの騒がしいこと騒がしいこと。珍しく外からのお客が来たという事で、子供らがイザベラにまとわりついて放れようとはしない。普段ならば速攻癇癪を起こしているところであるが、なにしろマチルダが怖いのと、テファがとても楽しそうなのに水を差すのがためらわれたのだ。

「……ごちそうさま、美味しかったよ」

 子供らにくしゃくしゃにされて、疲れきった表情になんとか微笑みを浮かべ、イザベラはテファにそう言った。

「ごめんなさいね。皆、外からのお客様は珍しいから、はしゃいでしまって」
「ま、怖がられて、近寄ってももらえないよりはマシさ」

 食後のお茶を口にしながら、ニヤニヤと笑ってイザベラを横目で見ているマチルダ。
 イザベラは、それはまあそうか、と、なんとなく納得してしまった。それに、こういう雰囲気での食事は始めてであり、なんというか肩に力を入れなくてよいのが新鮮でもあったのだ。テファの入れてくれたお茶を飲みながら、ぼんやりと気を抜けたままでいてもよいというのも初めての経験ではあった。
 と、そうやって気が抜けて初めてイザベラは気がついた。なんというか、テファに違和感がある。もう一度、眉根を寄せて上から下まで観察する。光をまとうように、額の真ん中で分けられた金色の長髪、完璧なバランスと構成の容貌、麦藁帽子と、草色の丈の短いワンピースと、白いサンダルが、その完璧な美しさを和らげむしろ清楚さを引き立たせている。
 その美しさをもう一度確認しなおす。いや、確かに美しい。まさに神の造詣した完璧な美しさに他ならない。なのに、違和感がぬぐえない。
 イザベラは、一度目をつむって眉根をもみ、それからもう一度上から下まで確認する。
 なるほど、違和感の正体にようやく気がつく。というより、自ら目をそらしていた、というのが正しいというべきか。
 イザベラは、自分の胸に両手を当てた。確かに同世代の女の子と比較すれば、大きい方なはず。
 そして、テファのそれを見直す。
 大きい。
 いや、大きいとか、巨大とか、そういう形容詞を超越している。
 あえて言うならば、「胸みたいなもの」。
 というより、その位置にそのサイズで存在すること自体が、自然界の法則を超越しているとしか言いようの無いものがついている。
 けひぃ。
 イザベラは仰け反り、吠えた。
 吠えた。
 吠えた。
 そして吠えた。

「はい、戻ってきな」

 すぱーんっ! と景気のよい音とともに、マチルダは持っていたノートでイザベラの後頭部に一発強烈な突っ込みを叩き込んだ。
 イザベラは、そのまま顔面から机に突っ込み、したたかにおでこをぶつける。

「な、何するのさ!」
「お、戻ってきた」
「はっ! わたしは……」
「さて、どうせ何日かは帰るつもりはないんだろ? なら、しばらくここで過ごしな」


「で、なんでわたしが薪割りをしないといけないのさ?」
「働かざるもの喰うべからず、ってね。それとも自分の世話を全部テファに押し付けるつもりかい?」

 軽く眉を跳ね上げて見つめてくるマチルダに、ぐうの音も出せないイザベラは、渋々鉈を手にした。とにかく重いわけで、両手で振り上げるのが精一杯である。

「えりゃ!」

 だが、鉈は薪の上には落ちず、薪割りの台の木の株に突き刺さった。なまじ勢いをつけただけに、かなり深く突き刺さってしまい、中々抜くことができない。

「くそっ! このっ! ひゃんっ!!」

 何度も何度も引き抜こうとがんばって、とうとう鉈が引っこ抜けた。と同時にイザベラは、勢い余って尻もちをついてしまう。
 そんなイザベラを笑いもせず、マチルダはイザベラの手から鉈を取った。

「いいかい、こうやるんだ」

 マチルダは薪にちょんと鉈を当て、軽く食い込ませる。それから少し高めに持ち上げると勢いをつけて切り株に薪を打ち下ろした。と、こんっ、と威勢のいい音とともに、薪がきれいに二つに割れる。

「この按配さ。やっているうちに慣れてくるよ。さ、がんばりな」


 イザベラが薪を割り終えたのは、もうお昼近くになってからであった。最初の頃はコツがつかめずろくな形に割れもしなかったのが、最後の頃にはそれなりに格好のつく形に割れるようになったのである。
 最後の薪を割り終えて、イザベラは鉈を切り株の上に放り出すと、そのまま地面にひっくり返った。両腕がぱんぱんに張って全然力が入らない。考えてみれば、こんな力仕事をしたのは生まれて初めてなのに気がつく。見ればマチルダはどこかに行ってしまっており、テファも昼食の準備をしているのか、かまどから煙が上がっているのが見える。

「ああ、おなかがすいた」

 イザベラは、本当の空腹がどういうものかを初めて知ったなあ、と、感慨にふけっていた。考えてみれば王宮では、いつも決まった時間にご馳走が並べられて、それを適当に口につけていただけであった。こういう風に本当にご飯が食べたいと思ったのは初めてのことではないだろうか。
 と、ひゅっ! と空気を切る音とともに、切り株に矢が、かっ! と突き立つ。

「ひゃっ!?」

 イザベラががばっと身体を起こすと、たった今割ったばかりの薪に、かっかっかっ! と矢が何本も突き刺さった。

「誰だいっ!」

 イザベラが立ち上がって怒鳴ると、森の中から傭兵とおぼしき格好の男らが十数人、手に弓矢や槍を持って現れる。

「おう、随分と別嬪だな。こりゃいい値で売れそうだ」
「なっ!? ふざけんじゃないよっ!」

 どうやら親玉とおぼしきこずるそうな顔をした男が、イザベラに近寄ると一発ビンタを張った。その勢いで彼女は、地面に倒れ転がる。
 イザベラは、生まれて初めて振るわれた暴力にパニックを起こし、頬を押さえたまま呆然と地面に転がっていた。

「おい、てめえら、家捜しだ!」

 ひゃっほいぃ! と楽しそうな歓声を上げて、賊どもは一斉に小屋に向かって走り寄ろうとする。
 と、その時であった。テファが外に飛び出してくると、震える怯えた声で叫んだ。

「出てって! この村には、あなたがたにあげられるようなものは何もありません!」
「うほっ! こいつは大当たりだ!」

 男達は、出てきたテファのことを見ると、ひときわ大きな歓声を上げた。

「これだけのタマなら、金貨で二千はいくぞ!」
「二人あわせりゃ三千はいくんじゃねえか!?」

 一人が近づいてきてテファに触れようとした瞬間、跳ね起きたイザベラが二人の間に立ちふさがった。

「この娘に触れるんじゃないっ!」

 両手に鉈を持ち、男に突きつけながらイザベラが叫ぶ。

「安心しな、売り物に傷はつけねえからよ。ちょいと味見くらいはするかもしれねえけどなあ」

 ニヤニヤと笑いながらもう一度手を伸ばしてくる男に向かって、イザベラは鉈を振り回した。

「テファ、みんなと逃げなっ!!」

 疲れていて非力な身体のイザベラは、鉈に逆に振り回されながらも叫んだ。彼女の頭の中には、とにかくテファ達を逃がすことしかなかった。だが、そんな彼女を賊は笑いながら遠巻きにして眺めているだけで、ろくに相手もしない。
 そして、やみくもに鉈を振り回しているうちに、切り株につまずいたイザベラは地面に転び、鉈もそのまますっぽ抜けてどこかへと飛んでいってしまう。

「ほれ、いい加減観念しろや」
「畜生!!」

 腕をつかまれ、引きずり起こされたイザベラは、男を心底悔しそうな眼で睨みつけた。昨晩のフーケの様な、本物相手に負けるのは、まだ納得がいく。だが、こんな魔法も使えない賊風情に何もできないのが、悔しくて悔しくてたまらなかった。
 と、その時だった。

「ほら、おいたはそこまでにしときな」

 ずしん! という音と同時に地面が揺れ、身長十メートはあるゴーレムが三体、男達を包囲している。

「げえっ! 貴族っ!!」
「じゃないのさ。だから、殺しはしないでおいてやろう。その代わり……」

 お前さんらの記憶を置いていってもらうよ。
 どこから聞こえる声に、男らは、ひいっ、と情けない悲鳴をあげた。


 テファの呪文と同時に、賊達がふらふらと村を去るのを、イザベラは呆然と見送った。

「テファ、今の呪文は?」

 とりあえず何がなんだか判らない、という風情でイザベラがたずねる。賊達は、テファの唱えた呪文で突然呆けたような表情となり、テファの言うがままに森を去っていったのだ。

「彼らの記憶を奪ったの。「森に来た目的」の記憶よ。街道に出る頃には、わたしたちのこともすっかり忘れてるはずだわ」

 テファは恥ずかしそうな声で言った。そんな彼女にマチルダは、難しそうな表情でたずねた。

「テファ、ああいう連中がこの村に来るようになった回数は増えたのかい?」
「……もう今月で五回目くらい……」
「さすがに数が多いね。……まあいい、その話はあとでしよう。で、イザベラ、ありがとう。村を護ってくれて」
「へ?」

 突然自分に話をふられて、きょとんとするイザベラ。そんな彼女を見てマチルダは苦笑気味に腕を取って立ち上がらせた。

「あんたはね、今、感謝されるだけの勇気と行動を見せたのさ。だからもう一回言うよ。ありがとうね、皆を護ってくれて」

 ぶわっと顔を真っ赤にするイザベラ。考えてみれば、こうやって真正面からはっきりと感謝の気持ちを示されたのも生まれて初めての気がする。

「た、た、助けてくれた義理があったじゃないさ。か、借りを返しただけだよ」

 真っ赤な顔を見られるのが恥ずかしくて、イザベラはそっぽを向いたまま、そう呟いた。
 それには何の感想も口にはせず、軽く眉を上げてマチルダはイザベラの服についた泥をはたいて落とすと、手を叩いて言った。

「さ、昼食にしようかい」


 食後、イザベラはマチルダに「見せたいものがある」と言われ、森の小道を歩いていた。あれから身体の汗をぬぐい、一度元の服に着替えてからの出立である。食後の腹ごなしにちょうどよい散歩ではあった。

「あれが、盗賊化した傭兵なんだね」
「そうさ。あんたも知っているだろうが、あんなのが何万人とアルビオンではうろついていて、村々を襲っている。共和国政府も国民から兵隊を徴用して掃討してはいるが、そいつらも無理矢理兵隊にさせられたわけで、やっぱり村々を荒らして回っている。今じゃ城壁のある街以外は、どこも安心して道を歩くこともできやしないというわけさ」

 そんな話を聞かされて、イザベラはなんとも情けない気持ちになった。
 イザベラにとっては、アルビオンでの内戦はちょうどよい稼ぎ場でしかなかったし、そもそもがアルビオンの内戦に火を付けて煽ったのは父ジョゼフ王なのだ。その結果が、あんな山賊が跋扈して村々を襲っているとは、全く実感が沸かなかったのである。
 そんなイザベラの気持ちを知ってか知らずか、マチルダはさっさと前を歩いていく。

「ほら、そこの村さ」
「あれが、村?」

 森を抜けた先にあったのは、焼け落ちた建物の残骸が点々と残る廃墟であった。
 マチルダはイザベラの手を引いて無造作に廃墟に近づくと、はっきりと言った。

「見な。これが賊に襲われた村の末路さ」

 その廃墟は、元は農村であったのであろう、農家とおぼしき建物は焼け落ち、地面には雑草が生えて見る影も無く荒れ果てていた。そして、あまりの臭いにイザベラはハンカチで鼻を押さえつつ、臭いの元を眼で探した。
 臭いの元は、残骸や雑草の影そこここに転がっている半ば腐り落ちた腐乱死体であった。周囲を無数のハエが飛び回り、死体にはウジが沸き、ハエがびっしりとたかっている。
 イザベラは、あまりの光景に、意識が真っ白になり、身体がそのショックに耐え切れず、昼食を戻してしまう。そんな彼女の様子を完全に無視しつつ、マチルダは淡々と話しを続けた。

「大抵の村は、金品や女子供を奪われたあげく、こうして面白半分に村を焼かれ、村人は殺され、廃墟となって棄てられる。なんとか生き残った連中は、手持ちのわずかな財産を持って都市部へと流入し、貧民窟に流れ込むか、少しでも金に余裕のある奴は国を棄ててハルケギニアのどこかの国に逃げ出す。今、アルビオンの全土でこういう事が起こっている」

 胃の中身を全て吐き出してしまったイザベラは、あうあうとうめくほかは無かった。

「本来ならば土地の領主が賊を討伐し、村々を復興させるんだけれども、内戦で貴族の大半が戦死してしまったからね。逆に残された貴族の女子供がなんとか館とその周囲だけは守るか、都市部や国外に逃げ出すかしてしまって、どうしようもない有様になっている」

 マチルダはイザベラに視線を移すと、無表情な声でたずねた。

「さて、イザベラ王女、あんたはこの国をどうする?」


 真っ青な顔色で戻ってきたイザベラを、テファは本当に心配そうな表情で出迎えた。時刻は既に夕刻になっており、子供ら皆が食卓に集まってきていた。
 イザベラは「食事はいらない」と一言だけ口にすると、そのまま服を脱いでベットにもぐりこんだ。先ほど見た光景があまりにも凄惨過ぎて、何をどうしたらいいのか、それすらさっぱり判らない。あの村人の死体が、全て自分が悪いかのように思えて、怖くて怖くてならなかったのだ。そのまま毛布に包まって身体を丸めてただただ何も考えないようにとするしかできない。

「大丈夫? お水持ってきたから」
「……ありがと……」

 毛布の中からイザベラが、もそもそと顔だけ出す。

「マチルダ姉さんに聞いたわ。隣村を見に行ったんですってね」
「……今日の山賊達も、もしかしたらこの村を焼き、子供らを面白半分に殺していたかもしれない」
「でも、皆無事よ? これまでなんどもああいう人たちが来たけれど、皆、わたしの魔法で出て行ってもらったから」
「……それは、運が良かっただけだと思う」

 イザベラは、テファから水の入ったコップを受け取ると、少しづつ口の中を湿らせるように飲んでいく。

「ねえ、テファ、子供達と一緒にわたしの国にこないかい? 皆の世話をするくらいなんでもないくらい金持ちだし、子供達に読み書きを教えてやったり、手に職を持たせてやることだってするから。ね、おいでよ。この国はあんまりにも危険だよ」

 半分泣き声になりながら、イザベラはテファにそう一気にしゃべった。
 だがテファは困ったように首を左右に振った。

「あのね、わたし、この村の外の世界を見てみたいって思っている。でも、わたしがあなたの家に行ったら、きっと迷惑をかけると思うの」
「そんなことない! 大丈夫、国に帰れば、わたしがあんたを絶対に守ってみせるから!」
「本当にありがとう。でも、駄目なの。だって、わたしはエルフと人の「混じりもの」だから」

 そう言って、テファはずっとかぶっていた帽子を脱いだ。
 テファの耳は長く尖っていた。

「ああ、そうなんだ」
「? あの、わたしが怖くないの?」
「うん? 別に。エルフだからって、いい奴もいれば悪い奴もいるんだろ? 人間と同じで。それで、テファはわたしを助けてくれた善いエルフなんだし」

 てゆうか、納得がいった。そうイザベラは呟いてもう一度ベッドに横になった。イザベラの人間離れした美しさが、エルフという東方の砂漠の精霊の血を引いているならば、疑問もなにもなくなる。

「わたしは、ガリアって国から来たんだよ。そこはエルフと交易をしていてね、この数十年はそれなりに上手く付き合っているのさ。だから、まあ、わたしは、別にエルフだからって怖いとは思えないんだよ」

 本当に怖いのは、人間の方じゃないかって、最近は思っているし。
 イザベラにとっては、エルフよりも、自分を無能で我侭な小娘と蔑む連中の方がよほどに怖い。物心ついてからずっと、従姉妹姫のシャルロットと自分を比較しては、無能王の娘はやはり無能、王位を継ぐべきは自分ではなくシャルロットであるべき、と、そう視線や仕草で語る連中の方がよほどに怖い。
 奴らは、必ず、自分が即位した瞬間に叛乱を起こし、自分を処刑してシャルロットを玉座に座らせようとするだろうから。
 イザベラは、王としては、従姉妹よりも自分の方が向いていると思っている。シャルロットは基本的に政治というものに興味が無いし、その才能もない。その点は伯父のオルレアン公シャルルと全く同じであるとも思っている。シャルロットが玉座に座れば、ガリアは確実に大貴族どもが利権の奪い合いから紛争を始め、そこからガリカニストとウルトラモンタニストの間での内戦に進むであろう、とも、考えている。
 ガリアの貴族連中は、魔法が使えないというだけで父ジョゼフを無能扱いするが、今に至るもガリアが平和と繁栄を享受できているのは、その「無能王」ジョゼフの政治的手腕によるところが大きいのだ。
 なんというか、エルフが人間を「蛮族」扱いするのも、今となってはよく判る。本当に野蛮極まりないどうしようもない連中なのだ、人間という代物は。それを今日は実地で嫌というほど学ばさせられた。ガリアで内戦が勃発すれば、あの光景が全土に広がることになるのであろう。

「エルフはさ、人間のことを蛮族呼ばわりしているのさ。わたしも本当にそう思うよ」
「そんな風に卑下することはないわ」

 悲しそうな表情をしてテファが首を左右に振る。

「本当のことさ。だって今日だって、もしテファとマチルダがいてくれなかったら、どんな酷いことになっていたやら」

 イザベラは、テファの悲しそうな表情を見ていて、心に力が戻ってくるのを感じていた。

「あのさ、本当にありがとう、テファ。あんたのおかげで、わたしが何をするべきかようやく見えてきた気がする」

 そう、父ジョゼフは、この野蛮な人間世界を心底忌み嫌っている。多分、始祖ブリミルを含めて、全ての存在を滅びてしまえと思っているはず。なぜなら、自分がそうだから。そして、自分よりも長く侮蔑と嘲笑を浴びて育ってきただけに、その憎悪はより深く濃いはずなのだ。
 だが、自分は違う。まだ世界を呪い、厭わしく思い、滅ぼそうとまでは絶望していない。
 ならば、せめてこの美しく、綺麗な心の少女のために、世界を護るのもありじゃないか。

「だから、わたしは、わたしにしかできない事をするよ」

 そんなイザベラを見つめていたテファは、何か決意した表情になると、今度は自分の生い立ちについて語り始めた。


 次の日の朝、朝食をとってから、イザベラは薪割りをした切り株の上に座ってぼうっと空を眺めていた。
 昨晩、テファから聞かされた生い立ちの事を思い出していたのだ。
 テファは、アルビオンの今は亡き国王の弟、王室財務監督官であったという。その彼とイザベラの母がどういう経緯で知り合い、愛を育んだかは知らない。だが、王弟のモード大公の愛人として部屋住みの立場にいながらも、二人は深く愛し合い、テファもその愛情を一心に浴びて育ってきたらしい。彼女の綺麗な心は、その時に育まれたものなのだろう。
 だが、彼女のそんな幸せな生活はある日突然打ち切られた。
 ジェームズ国王にモード大公がエルフを愛人にしていることがばれ、引渡しを命じられたのだ。当然のごとくモード大公はそれを拒否し、テファと母親をマチルダの両親であったサウスゴーダの領主に預け隠した。しかしジェームズ国王は弟を幽閉し拷問にかけて喋らせようとしたらしい。しかしモード大公は一切を口にせず獄死したという。
 さらに、モード大公の一の腹心であったサウスゴーダ候の屋敷にも王軍から騎士団が差し向けられ、サウスゴーダ候夫妻とテファの母親はその場で殺され、テファだけが例の記憶を奪う魔法でなんとか逃げ出すことに成功したのだという。そして、サウスゴーダ候の娘で一人生き残ったマチルダからの送金で、この村に隠れ住みながら今までやってきたという。

「どこの王家も、やることは変わらないんだねえ」

 父ジョゼフが弟のシャルル公をどういう気持ちで暗殺し、さらにオルレアン公派の貴族を粛清していったか、理解はできる。伯父シャルルは、魔法の天才にして英邁な領主であり、かつ人々に慕われていた理想的な貴族であったという話である。そして、そんな伯父を王位につけようと画策していた叔母や、その取り巻きの大貴族らの動きが、余りにも眼に余るものであったのだろう。
 自分が父と同じ立場にあり、かつシャルロットが同じ立場にいたならば、やはり暗殺を決意したかもしれないと思った。と同時に、もしシャルロットが自分の派閥を抱えていなかったならば、殺さずに国外追放で済ませたかもしれない、とも思う。

「なんだ、そういう事か」

 つまりは、伯父シャルルを玉座に座らせようとした連中が、オルレアン公を殺したんじゃないか。
 イザベラは、そう答を出した。別に派閥の後押しを受けていなければ、別に伯父を殺す理由は父には無かったはずなのだ。だから父は、姪の命を奪おうとはせず、心を失わせる薬を飲ませようとしたのであろう。そう、オルレアン公派の生き残りに、自分達が何をしようとしたのか思い知らせるために。
 さすがに自分にはそこまで思い切れる凄みはないが、でも、父がオルレアン公派に抱いた憎悪は理解できるような気がする。

「……フェイトと話しがしたいねえ」
「呼びましたか?」
「ひゃあっ!?」

 イザベラは、突然声をかけられ、情けない悲鳴を上げた。
 声をかけられた方に視線を向けると、そこには黒いワンピースを着、背嚢を担ぎ、手に大きな革製のケースを下げたフェイトが立っていた。

「やあ、早かったね、フェイト」
「ええ、仕事の方が思ったより早く片付いたから」

 家の中から出てきたマチルダが、嬉しそうな表情でフェイトを抱きしめる。それに微笑んで抱き返すフェイト。
 イザベラは、そんな二人を、あうあうと声にならない声を出しながら見ているしかできなかった。


「つまり、フーケ=ロングビル=マチルダ・オブ・サウスゴーダ?」
「そういうことさ。ま、口外はしないでおくれよ?」

 によによと面白そうに笑いながら、そうマチルダは呆然としているイザベラに向かって釘を刺す。
 突如現れたフェイトは、アルビオンで起きた急な政変にマチルダの安否を確認しにやってきたのだという。三人は、テファの家の食堂でお茶を飲みながら互いに情報を交換していた。

「なるほど、貴女でしたか。クロムウェルの「虚無」が偽りだとばらしたのは」
「いや、確かにそうなんだけどさ、でも、早すぎやしないかい? そうも簡単にクーデターって起こるものなのかねえ?」

 そう、イザベラがフーケにさらわれた夜、早速ハビランド宮殿で動きがあったのであった。シラノに引っ掻き回され、鉄騎隊が無力をさらし、あげく戦列艦「シャルル・オルレアン」の陸戦隊がロサイス港を占領するに至って、アルビオン共和国最高評議会はもはやこれまで、と、実質的に降伏を決意したのであった。しかも、評議会議長のクロムウェル護国卿は、私室で何者かによって心臓を一突きされて殺されており、使い魔の「ガンダールヴ」もどこかに消えてしまっていたという。
 その混乱をその夜のうちに何故か知ったフェイトは、さっそくタバサのシルフィードでやってきたのだとか。

「お前が殺したんじゃないだろうね?」
「まさか。こういうやり方は私の好みではありません。むしろ、イザベラ様のお父上の手が長かったせいでは?」

 確かにありえる。
 イザベラはそう思い、机の上におでこをぶつけた。何しろ最近の父ジョゼフの親馬鹿ぶりは、なんというかイザベラの予想を超えている。娘の構想を先読みして、クロムウェルに貸した「ガンダールヴ」に指令を送っていてもおかしくはない。

「で、お前は今回のアルビオン問題の解決について、何かわたしに注文はないのかい?」
「ありません」

 きっぱりと言い切って、お茶に口をつけるフェイト。

「へ?」
「どうやらイザベラ様は、私を敵と思い込んでいらっしゃる御様子ですが、私は別にイザベラ様を敵とは思っておりませんし。むしろ、色々と協力させて頂きたいと思っているくらいですから」
「……わたしは、お前がいつか、わたしを殺しに来ると思っていたよ」
「イザベラ様が、世界大戦でも引き起こそうとか、そういう派手なおいたをなさる様でしたら、それも考えたでしょうが。その気はあります?」
「無いね。逆にそういう阿呆は私が潰す」

 きっぱりと言い切るイザベラ。というか、なんでそんな馬鹿な真似をわたしがしないといけないんだ、と、そういう表情でフェイトをにらみつける。
 そんなイザベラの視線を受け止めて、フェイトはにっこりと微笑んだ。

「では、私とイザベラ様の間に対立要因はありません。私は、自分の家族と友人達を護るために、世界が平和であって欲しいと望んでいるだけですから。というわけで貴女は、たった今その言葉で私の不滅の友情を獲得したわけですが」
「……気が抜けた」

 呆然とした表情で、イザベラは肩を落とした。

「それでは、イザベラ様から私に何か御要望は?」
「……そうだね、アンリエッタ王女を、ハビランド宮殿へ呼べるかい? お前とわたしの三人で会談を持ちたい」

 眉根を寄せてイザベラは、視線を天井に向けて少し考え、そう答えた。

「アルビオンの現状を認識してもらいつつ?」
「そう、この国の現状を理解してもらいつつ」

 判っていらっしゃいますね、と、言わんばかりに微笑むフェイト。それをにやにやしながら見ているマチルダ。イザベラは、この二人の息の合いっぷりに、なんというか心底羨ましさを覚えた。こんなチームワークの良い友人同士というのは、そうそういるものではない。

「他には何かありますか?」
「そうだね。……あとは、シャルロット、お前達はタバサと呼んでいるんだっけか。あいつを頼む。あいつは父上を殺したがっているし、父上はシャルロットに殺されたがっていて、その上でその実力が無ければあいつを殺すだろう。二人が殺しあうのだけは、わたしは見たくない」

 今では、シャルロットの名前を口にしても心が怒りと恐怖で震えることも無い。むしろ、何故か昔の懐かしい思い出がよみがえる。

「了解しました。まあ、それはなんとかできるでしょう。北花壇騎士団として、何か適当な冒険を任務として与えてあげてください。友人らとそれらの冒険をこなしていけば、自然と憎悪もほどけていくでしょうし」

 誰かを憎み続けるというのは、やはり心に無理がかかりますから。
 そうフェイトは呟いて、お茶に口をつけた。


 その後、ワルドがイザベラを迎えに来て、一歩遅かったシラノが悔しがったり、ハビランド宮殿に蒼地に銀色の交差する杖の旗が掲げられていたり、円卓の間の玉座にイザベラが座らされたり、と、彼女にとっては目の回るほど忙しい一週間が過ぎた。
 まずは各地にガリア王国の名前で傭兵の募集をかけ、山賊と化した傭兵を国軍に吸収し、逆に山賊を討伐するのに投入する。そのための資金は、イザベラが賄うことで話はつき、さっそくホーキンス将軍を中心とした内戦生き残りの将軍達が各地に散っていった。さらに、強制徴募させられた国民兵を解散させて志願兵を募らせ、それに応募してきた者達をきちんと訓練させる。
 フェイトが先物買いしておいた膨大な食料をイザベラが買い取り、アルビオンの各都市に護衛をつけて送り込む算段を立て、各都市間の道路の再整備と志願兵による警備の巡邏を行わせる。
 これらの計画をロクサーヌとフェイトとともに立案し、元アルビオン共和国最高評議会らと協議の上で決議させ、実行に入るまでイザベラは寝食無視してひたすら書類と会議にいそしんだ。とにもかくにも、フェイトの助けが無かったなら、こうも早く治安回復と食料配布の計画立案と政策化は進まなかったであろう。イザベラは改めて、自分が何者を師として選び、そして怖れていたのか理解した。それに、実に博覧強記であったロクサーヌの知識に対する敬意も。

「トリステインより、アンリエッタ王女殿下、先ほどグラスゴーに到着との連絡が入りました」

 元はクロムウェルの使っていた執務室に陣取り、山積みの書類を相手に格闘していたイザベラの元に、そうワルドが報告しにやってくる。ワルドは、今ではイザベラの優秀な片腕として、アルビオン各地の都市参事会や山賊掃討中の部隊との連絡役として、ウインド・ドラゴンで飛び回ってくれている。

「ご苦労さん。フェイトはグラスゴーで出迎えだね?」
「はい。東部地域はほぼ安定化の見込みは立っていますが、しかし復興にはまったく手がついておりません。さぞかし楽しい阿鼻叫喚が待ち受けていることでしょう」

 その鷹の様な目つきをわずかに和らげ、ワルドは楽しそうにそう答えた。

「貴公のその歪んだユーモアは、全くもってよろしくないわい。特に姫殿下に悪い影響を与えそうで気に喰わん」

 書類作成の手伝いをさせられているシラノが、視線だけワルドに向けると、そうぼやいた。
 ワルドは、にやりを笑ってそのぼやきを受け流すと、それではロサイスの「シャルル・オルレアン」に連絡に行ってまいります、と、そう告げて退室した。

「気にすることはないよ、シラノ。むしろわたしはお前の喜劇作家としての才能に期待しているんだからね」
「それはまことに心震えるお言葉ですな。それではさっさとこの書類を片付けて、劇作の構想を練るといたしますわい」
「それは楽しみだ。せいぜいわたしを笑わさせておくれよ。それが楽しみで今この面倒な仕事を我慢しているんだからね」

 視線は書類の上に向けたままイザベラは、そうシラノに答える。各地の都市の参事会から送られてきた必要物資の見積書を元に、この夏の間に配給するべき物資の割り当て量を決めねばならないのだ。
 そんな主従を見守りつつ、タバサ=シャルロットは呟いた。

「姉様、変わった」


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