<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.2605の一覧
[0] 運命の使い魔と大人達(「ゼロの使い魔」×「リリカルなのは」ほぼオリキャラ化) 完結[らっちぇぶむ](2008/12/21 12:58)
[1] 運命の使い魔と大人達 第一話[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:32)
[2] 運命の使い魔と大人達 第二話前編[らっちぇぶむ](2008/02/08 00:27)
[3] 運命の使い魔と大人達 第二話後編[らっちぇぶむ](2008/02/10 00:31)
[4] 運命の使い魔と大人達 第三話前編[らっちぇぶむ](2008/02/13 23:07)
[5] 運命の使い魔と大人達 第三話後編[らっちぇぶむ](2008/02/17 17:14)
[6] 運命の使い魔と大人達 幕間その1[らっちぇぶむ](2008/02/20 02:31)
[7] 運命の使い魔と大人達 第四話前編[らっちぇぶむ](2008/02/24 14:21)
[8] 運命の使い魔と大人達 第四話後編[らっちぇぶむ](2008/02/27 22:29)
[9] 運命の使い魔と大人達 第五話[らっちぇぶむ](2008/03/02 20:58)
[10] 運命の使い魔と大人達 第六話[らっちぇぶむ](2008/03/05 20:10)
[11] 運命の使い魔と大人達 第七話前編[らっちぇぶむ](2008/03/12 23:57)
[12] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その一[らっちぇぶむ](2008/03/16 22:03)
[13] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その二[らっちぇぶむ](2008/03/19 23:20)
[14] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その三[らっちぇぶむ](2008/03/23 21:17)
[15] 運命の使い魔と大人達 第七話中篇その四[らっちぇぶむ](2008/03/27 19:28)
[16] 運命の使い魔と大人達 第七話後編[らっちぇぶむ](2008/03/30 20:14)
[17] 運命の使い魔と大人達 第八話[らっちぇぶむ](2008/04/02 23:24)
[18] 運命の使い魔と大人達 第九話前編[らっちぇぶむ](2008/04/05 22:29)
[19] 運命の使い魔と大人達 第九話中篇[らっちぇぶむ](2008/04/09 15:33)
[20] 運命の使い魔と大人達 第九話後編[らっちぇぶむ](2008/04/15 00:00)
[21] 運命の使い魔と大人達 最終話[らっちぇぶむ](2008/04/15 09:18)
[22] 運命の使い魔と大人達 後書き[らっちぇぶむ](2008/04/15 20:34)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[2605] 運命の使い魔と大人達 第四話前編
Name: らっちぇぶむ◆c857d2f4 ID:49f6089b 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/02/24 14:21

 四

 コルベールの研究室に入ることになったフェイトとロングビルであるが、三人が最初に手をつけたのは、なんと代数と幾何、解析、つまり数学のごくごく基礎的な部分の勉強であった。
 実はハルケギニアにおける数学のレベルは、フェイトからすると決して高くは無かった。ようやく方程式という概念がガリアのアカデミーで生まれ、地球文明におけるユークリッド幾何学に相当するものに応用が始まり、建築物の構造強度計算に用いられ始めた段階である。また、二つの実数を平面状の点の位置、すなわち座標として表すという方法がゲルマニアで発明され、地図の測量への応用が可能になるのではないか、という段階でもあった。つまるところ、集合論や数理理論からようやく抜け出そうとしている、というレベルなのだ。
 フェイトは、ここに構造論、空間論、そして微分積分論を持ち込み、さらには少なくない数の定理の証明を提示してみせたのであった。
 フェイトの開陳する近代数学理論、もっともそれは二十一世紀地球文明においては高等学校で教えるレベルのものではあるが、それにコルベールは文字通り身も心も奪われたといっても良い有様であった。ちなみにロングビルは、何気に力学系の学習にその才能を発揮し、構造概念をコルベールよりも先に理解してみせたりしている。

「失礼します」

 というわけで、授業も何もほっぽり出して位相幾何学の初期概念の理解に夢中になっているコルベールと、連続力学系の概念をなんとか理解しようとフェイトとロングビルが額をつき合わせている最中に、シエスタが朝食を持って入ってくる。ちなみに、彼女の挨拶に三人とも気がつかないのか、返事がないのはいつものことである。
 床一面に各種の定理の証明やら方程式とその証明と解やらが書き込まれた紙で、床は足の踏み場も無かった。とりあえず紙を踏まない様につま先立ちでそっと中に入り、机の空いている空間に色々な具を挟んだ山盛りのサンドイッチと、大きな水差しを置く。そして、これまで歩いてきたのと同じ場所を後ろ向きにそっとたどって出て行くのだ。
 とりあえず、眠くなったら寝て、身体が痒くなったら風呂に入り、腹が空いたらシエスタの置いていったサンドイッチを口にする。そんな生活を三人は二週間近く続けていた。


「ミス・ロングビル」
「なにさ?」

 教員用の風呂の浴槽でぐったりとしているロングビルに、フェイトもぷかーと仰向けに浴槽に浮かんだまま声をかけた。疲れているせいか、ロングビルの口調は完全に素のままになってしまっている。
 ちなみに、本来ならば夕飯中の時間である事もあって、風呂場には二人の他には誰もいない。文字通りの一番風呂という奴である。とりあえず貴族の子弟を教育する学院の職員、それも美貌と抜群のスタイルで有名な二人がそういうだらけた姿をさらすのは、こんな時くらいしかない。

「まさか貴女がこんなに学問に打ち込まれるとは、思ってもみませんでした」
「そりゃ、あたしもだよ。でもね、あの構造力学って奴は、土のメイジとしちゃあ、とんでもなく面白いんだよ。アレをもっと昔に知っていたら、「仕事」もずっと楽だったのが肌で判っちまうんでねえ」

 そのままぶくぶくと泡を吹きながら浴槽内に沈没する。フェイトは慌ててロングビルを浴槽内から引きずり起こした。視線があらぬ方向を向いたまま、彼女は逝ってしまった目で何かぶつぶつと呟いている。どうやら学院の宝物庫の壁の構造強度を計算し、それを貫通するのに必要な運動エネルギーを計算している様だ。
 フェイトは、よいしょっと声をかけてロングビルを浴槽から引っ張り出すと、ぺちぺちと頬を叩いた。

「もうそちらの「仕事」からは足を洗ったんですから、そういう物騒な計算はやめて下さい」
「……ああ、そういやそうだったね。でもね、これが一番理解しやすいんだよ」

 どうやらこの学院の宝物庫は、ロングビル、いや「土くれ」のフーケにとっては一番の難敵であったらしい。それを頭の中で攻略しようと計算するのは、長く続いた職業病みたいなものなのであろう。
 ある意味、骨の髄まで技術者になってしまっているあたり、何気にロングビルと学問の相性は良いのかもしれない。

「というわけでミス・ロングビル」
「……なにさ?」
「……そろそろ新しい「仕事」の話をしたいのですけれど、どうします?」
「えー、と、そういやあたしら、そういう仲だったんだねえ。すっかり忘れてた」

 思ったよりこの人は善人なのかもしれない。
 フェイトは、このままコルベールの研究室で三人で、大統一場理論の完成まで研究を続けるのもよいかな、などと一瞬思ってしまった。何しろ給料も下手な貴族の年収よりも高かったりするわけであり。
 が、フェイトには、もっと遠大な目標があったのだ。
 そのためには、それこそ王政府の歳入ほどもの金を稼ぎ続けねばならない。となると、それこそ相当大規模な経済活動を行わねばならず、その最初の事業資金を作り出す必要がある。何事も事業を始めるにあたっては、まず資本金の準備が必要なのだ。


「蒸留酒?」

 風呂から上がってきたばかりでさっぱりとした顔をしたコルベールが、鸚鵡返しに問い返した。

「はい、これを一口どうぞ。もう随分アルコールも飛んでしまっていますが」

 そういってフェイトは、もうわずかにしか残っていないラガヴーリンを、三つのグラスに注いだ。

「確かに、アルコールは抜けてしまっています。しかし、元はかなり癖の強いお酒みたいですね」

 軽く香りを嗅いでから、一口だけ口にふくんで飲むロングビル。同様にコルベールも、ふんふんと匂いを嗅いでいる。

「これは、泥炭が地層に含まれた地方で湧き出した水を使って、大麦の麦芽を醸造して作ったお酒を、さらに蒸留したお酒です。私のいたところでは、モルト・ウイスキーと呼んでいました」
「なるほど、ワインがブドウの糖分を元に発酵させて作るのと同様に、大麦の麦芽を発酵させた物を蒸留するのか。つまりは、エールになる前の段階で手を加えるわけだね?」

 さすがにコルベールは、この手の実践的なもの相手には理解が早い。

「はい、その通りです。それで、穀物であれば大抵のものは醸造できるわけで、それを蒸留する事でよりアルコール濃度の強いお酒を作れるのです」
「ふーむ。で、これをどうしたいのかね?」

 今ひとつ得心がいかない、という様子で、コルベールがフェイトを見つめ返した。なにしろお酒といえば、醸造酒であるワインとエールしかないハルケギニア世界で、蒸留によってよりアルコール度数の強い酒を造って、それが何になるのかさっぱり理解できないのだ。

「そうしますと、ワインも蒸留できるわけですか?」

 眼鏡を一瞬きらりんときらめかせて、ロングビルが問い返した。
 フェイトは、その問いに満面の笑みを浮かべて嬉しそうに答えた。

「はい、当然ワインを蒸留したお酒も存在します」
「そうすると、良いワインを蒸留したら、そのワインの良いところ取りした蒸留酒が造れる、と」
「その通りです」

 フェイトとロングビルの二人が、何かやたらと盛り上がり始めたのを見て、コルベールは、こほんと二人の注意を引いた。

「それで、ミス・フェイトはその蒸留酒を製造して、何がしたいのだね?」
「決まっています。当研究室の研究資金に充てるのです」
「!?」

 がーん!! とでも背景に稲妻でも落ちたかのように衝撃を受けた表情をするコルベール。そういう発想がはなから浮かばないあたり、彼はあくまで研究一筋の学者なのである。
 そこの追い討ちをかけるように、ロングビルがたたみかける。

「実はわたくしは、こちらに奉職する前は酒場で給仕をしておりました。そこをオールド・オスマンに是非に、と、秘書に雇っていただいたのです」

 ショックの抜けきらないところにそんな裏話を聞かされて、あのエロジジイ、などとコルベールは頭を抱えて呟いたが、それを上品に微笑んで無視してロングビルは話を続けた。

「その経験から申し上げさせて頂きますと、酒飲みは、ある程度弱い酒に慣れてきますと、より強い癖のある酒を欲しがるようになります。そして、そうした酒がなくなると、今度は量を求めるようになるのです」

 ずずい、と、コルベールに顔を近づけるロングビル。

「というわけで、各種の蒸留酒を製造して販売する事ができるようになれば、これは相当に売れるでしょう。ええ、わたくしが保証いたしますわ」

 それこそ、天使の様な美しい清らかな微笑みを浮かべて、フェイトとロングビルはコルベールに向かって胸の前で手を合わせて声をはもらせた。

「「これを製造するのは、名だたる「炎蛇」のコルベール先生以外のどなたにできるというのでしょうか?」」

 コルベールが、研究室で蒸留酒の試験的製造を認めるまで、一呼吸半かかった。


 アルヴィーズの食堂で、ルイズはぶすっとした表情のまま夕食をナイフとフォークでがしがしとつついていた。そんな彼女の発するどす黒いオーラに、周囲の生徒達は文字通りどん引きになって食事をしている。

「なによ、あの莫迦、ご主人様を放り出しっぱなしで」

 つまりルイズは、一日一回朝起きた時に起こしに来る以外はコルベールの研究室にこもりきりの自分の使い魔に腹を立てているのであった。
 ルイズは「破壊の杖」奪回の一件以来、何気にキュルケやタバサと仲が良くなっている。放課後の魔法行使の練習だって、夜の身体の鍛錬だって、三人で欠かさず行っている。魔法行使はタバサが、身体の鍛錬はキュルケが、色々と教えてくれるのだ。もっとも使える魔法は爆発魔法だけではあったが。
 最近は、歩くのをはさめばフェイトが走りこんでいた距離を完走する事だってできるようになった。呪文だって、彼女の歩法を真似して前後左右に動きつつ、三小節程度の呪文を唱えて発動できるようにもなっている。当然、爆発の威力もそれに応じて増しているのだ。
 人一倍努力する事が幼い頃から当たり前であったルイズにとって、ほんの短期間ではあったがフェイトから学んだことはとんでもなく大きかったのである。

「まあ、そうかりかりしないことよ。なんでも、あのシエスタというメイドの話だと、三人とも世紀の大発見をしたとかしょっちゅう大喜びしているそうじゃない。もしかしたらアカデミーから年金が出るかもね」

 そうしたら、魔法が使えなくても学者として爵位が貰えるかもしれないじゃない。なんならあたしがゲルマニアのアカデミーに紹介してあげてもいいわよ?
 いつの間にかルイズの隣で食事をするのが当たり前になってしまっているキュルケが、優雅に肉を切り分けつつそう言ってルイズを一層ヒートアップさせる。

「我々は魔法に頼りすぎ」

 フェイトの体術に思うところがあったのか、タバサは、何か思考しつつルイズとキュルケからゆずってもらったハシバミ草のサラダを口にしながらそう呟いた。どうもギーシュを素手で叩きのめした一件に関して、よほど大きく世界観が変わった様子である。
 フェイトの夜の鍛錬の時も、本を読んでばかりいたように見えて、何気にその体術を観察していたらしい。いつも手放そうとしないタバサ自身の身長よりも長い節くれだった杖を使って、キュルケと模擬戦を繰り返していたりする。ちなみにルイズが一度相手をしてみた時には、二秒で自分の杖を飛ばされ、タバサの杖の尖った先を喉に突きつけられて負けたわけであったが。
 とまあ、最近三人で集まって話をする事といえば、大体がフェイトの事ばかりである。
 常にルイズの後ろに気配を消して控えていただけのメイドのはずなのに、いなくなってみるとこんなにも寂しさがつのる。

「ゼロのルイズ! どうやら平民の使い魔にすら見捨てられたみたいだな!」

 むう、と、ルイズが口いっぱい含んだサラダをもっきゅもっきゅと咀嚼しているところに、横からマリコルヌが、いらぬちゃちゃを入れる。
 なにしろ、ようやくあの物騒なメイドがルイズに付っきりでなくなったのだ、その反動もあってか、近頃またルイズをゼロ呼ばわりする連中が出てきている。
 キュルケは、はぁ、と一息ため息をついてルイズをつついた。

「どーするの?」
「弱い犬程よく吠えるだけよ」

 ごっくん、と、咀嚼物を飲み込んだルイズは、平然と言い切ってちぎったパンにバターを塗り始めた。とにかくしっかり食べておかないと、魔法と体術と、双方で身体がもたないのだ。これで少しは身体、特に胸とかの特定部位が成長してくれれば嬉しいのだが、つくのは全身の筋肉ばかりである。
 もっともキュルケは、ウエストとヒップが細くなった、と、喜んでいたりするが。

「誰が犬だよ、ゼロのルイズ!」

 かちんときたのか、マリコルヌがやたらと絡んでくる。
 ルイズは、視線だけマリコルヌに向けると、にっこり微笑んだ。突如天使の様な美少女に微笑まれて、彼は口をあんぐりあけて黙ってしまう。

「ねえ「風上」のマリコルヌ。ちょっと食堂の空気がこもっていると思わない?」
「そ、そうだな」

 もう一度にっこりと微笑むと、ルイズは席を立ち、まっすぐに食堂の南面にある大きな両開きの窓を、よいしょっ、と可愛い掛け声をかけて開けた。食堂で食事をしていた全生徒と、ロフトで食事をしている教員らが一斉に彼女に視線を向けた。
 ルイズは、五十メイルほど先の地面に向かって、先日学んだゴーレム作成の長い呪文を唱え始める。ルイズが何をやろうとしているのか即座に理解したキュルケとタバサは、さっと机の下に隠れた。
 そして、呪文の完成とともに起こる大爆発。それは、最低でも半径十メイルはあるクレーターをつくり、その衝撃波は窓ガラスをびりびりと割れんばかりに震わせた。開いた窓から吹き込む爆風が、呆然としている教員らのロフトにまで吹き込む。
 窓を閉めなおすと、ルイズはまっすぐマリコルヌのところに戻ってくる。
 そして、ぽかんと口をあけて呆然としている彼に向かって、もう一度可憐な微笑みを浮かべて、可愛らしい声で質問した。

「ねえ、ミスタ・マリコルヌ。わたしの二つ名はなあに?」

 その瞬間、食堂の空気が凍りついた。
 誰もが息を呑み、そして次の瞬間に起こるであろう惨劇を予想して、恐怖に震え始める。

「……ぜ、」
「ぜ?」

 全身を脂汗でぐっしょりと濡らしているマリコルヌと、あくまで可憐な微笑みを浮かべているルイズ。

「さすがだね、「天使」のヴァリエール!!」

 この凍りついた空気を溶かしたのは、なんと先日フェイトとの決闘で顔面粉砕骨折と右腕脱臼で一週間以上も医務室に収容されていたギーシュ・ド・グラモンであった。
 よほど大量に水の秘薬を使って治療したのか、決闘前の気障ったらしい顔つきと右腕の動きに全く変わりが無かったりする。ちなみにその秘薬の代金は、フェイトの主人という事でルイズが支払っていた。
 そんなギーシュは、相変わらず気障ったらしく薔薇の造花の杖をくるくると回すと、ルイズに向かって優雅に一礼してみせた。

「ミスタ・マリコルヌは、どうやら君の美しさ、可憐さに言葉もない様子だ。その天使のごとき清らかな君の美を僕が代わって讃えよう。だから、どうか彼を放してやってはもらえないかね?」

 おおうっ! と食堂中からギーシュを讃えるどよめきが起こる。それに薔薇を振って答えると、ギーシュは、もう一度ルイズに向き直った。
 ルイズは、ギーシュに向かって優雅に淑女の礼をすると、変わらぬ可憐な微笑みを浮かべて答えた。

「薔薇を愛でる事について、ミスタ・グラモンにかなう者はいないようね。私に相応しい新しい二つ名に、心からの感謝を」

 そうして、ギーシュに向かって右手の甲を差し出す。
 ギーシュは優雅な足取りで近づくと、うやうやしくその手を取り、そっと唇を当てた。
 食堂に万雷の拍手が巻き起こり、皆が口々に二人を讃える。
 そんな騒ぎの中、机の下から這い出してきたタバサが一言呟いた。

「使い魔そっくり」


 もうちょっと威力を落とすべきだった、と、心底後悔しつつ、ルイズは、自分の起こした爆発で中庭全体に巻き散らかされた土砂を猫車にスコップで盛っていた。
 いかにマリコルヌに侮辱されたとはいえ、あの爆発はやりすぎであろう、と、クレーターを魔法無しで埋めて元に戻す事を罰として言い渡されたのである。なにしろ直径二十メイルのクレーターである。巻き上げられた土砂の量も半端ではない。本来ならば多数のゴーレムを使って埋め戻すべきような工事なのだ。

「しっかし、あなた、いつの間にこれだけ威力が増したのかしらねえ」
「毎日の努力の賜物」

 とりあえず作業しやすい様に「ライト」の呪文で中庭を照らしてくれているキュルケが、心底感にたえない様子でルイズに声をかける。タバサといえば、相変わらずその明かりで本を読んでいるわけであったが。

「とりあえず、今はこれが最大威力よ。でも四、五発は撃てそうだから、まあ、役に立たないわけじゃないと思うわ」
「あなた、二つ名は「ゼロ」のままでよかったんじゃない? 後にぺんぺん草も生えない、という意味で「ゼロ」」
「……それ、全然嬉しくないから。まだ「天使」の方がすてきだわ」

 額に手ぬぐいで鉢巻し、マントも脱いでブラウスを腕まくりし、汗みどろになりつつ、猫車を押してクレーターを土砂で埋め戻しているルイズが、じと目でキュルケに答える。いつもならば思い切り噛み付いているところであるが、わざわざこうして付き合ってくれている以上、その好意を無碍にはできない。

「しかし、本当に手伝わなくていいのかい?」

 ルイズに新しい二つ名を贈ったギーシュが、腕組みしながらルイズに心配そうに声をかける。

「罰なんだから、しょうがないじゃない。自分のやらかした事は、自分で後始末するわよ」

 ルイズは、空になった猫車を戻しつつ、きっぱりとギーシュに宣言してのけた。こういうところで意地を張らなくて、どこで張るというのか。本当はギーシュのゴーレムの助けが心底欲しいのではあるが、そこをぐっとこらえるのがヴァリエール家の誇りというものであると、ルイズは内心自分に言い聞かせていたりする。正直言って、全身が疲労と筋肉痛でとっても辛かったりするのだ。そうとでも自分に言い聞かせないと、正直しんどくて、何もかも放り出して部屋で横になりたくてたまらなくなる。

「ギーシュ、あんたモンモランシーのところに行ってあげなくていいの? 彼女とよりを戻したんでしょ?」

 フェイトとギーシュの決闘の際、ひたすら殴られ続けているギーシュをかばってフェイトに何度も殴られたモンモランシーは、初めて自分に振るわれた暴力にショックを受けて、しばらく寝込んでしまい、授業にすら出てこれなかったのであった。最近ようやく復帰したものの、とにかく絶対にルイズとフェイトからできる限り離れたところにいようとする。
 そんなモンモランシーをひたすら慰め、力づけ続けた事で、ギーシュとモンモランシーの仲は恋人といってもよいところにまで発展していた。

「さっきの爆発でまた彼女が怯えてしまってね、君がまた何かやらかさないか見てきて欲しいんだと。まったく、今の君は全校最恐の存在だからね。ミス・ヴァリエール」
「わたしより、フェイトの方がよっぽど怖いわよ。平民だけれど」
「使い魔と主人は一心同体じゃないか。君ら二人で学院史上最恐の主従ということで、皆の意見は一致しているんだよ」
「そうよねえ。今のあなたでフリゲート艦一隻分の火力ですもの。このまま順調に火力が増せば、ハルケギニア史上に名前が残るかもね」

 ギーシュとキュルケが好き勝手言っているのに、ルイズは内心、そんなんで歴史に名前を残したくはないわ、と、心の底から本気で思った。自分がなりたかったメイジとしてのあるべき姿は、もっと優雅で美しいものであって、人間砲台としてのそれではない。
 ご主人様が、こんなに切ない気持ちで肉体労働に励んでいるというのに、自分の使い魔は何をやっているんだろう。
 ルイズは、作業を適当なところで切り上げて、コルベールの研究室にフェイトに会いに行くことに決めた。


「くさっ!!」

 とりあえず一風呂浴びて汗を流したルイズが、コルベールの研究室の扉を開けた瞬間、中からあふれてきた空気の余りの臭いに、ルイズは思わず鼻をつまんだ。一緒についてきたキュルケやタバサやギーシュも、目を白黒させて鼻をつまんでいる。

「おや、諸君、こんな晩くに何かね?」

 なにやら炎の魔法を精緻に操り、湯とフラスコの入った鍋の温度を一定に保つ作業にいそしんでいるコルベールが顔をあげた。
 かたやロングビルは、いくつものビーカーに入った液体に何かの魔法をかけており、フェイトは、何種類もの曲線と膨大な数値の書かれた黒板と机の上の書類の間をいったり来たりしている。

「ええと、ミスタ・コルベール。これは何の実験なのでしょうか?」

 鼻をつまんだままルイズが質問すると、コルベールは、心底嬉しそうな表情で答えた。

「うむ、君達はちょうど良いところに来たね。我が研究室は、またもや新たな発明に成功したところなのだよ。ミス・ロングビル、一番熟成の進んだものを、皆に試飲させてあげなさい」
「はい。皆さんこちらへどうぞ」

 ロングビルは、棚から出した四つのビーカーに少しづつ琥珀色の液体を注ぎ、ルイズら四人に手渡した。なんというか、あまりの事に四人とも口の端がひきつってしまっている。

「まあ、この臭気ではよく判らないかもしれませんが、香りを楽しみつつ口に含んでみて下さい」

 ロングビルに薦められた通りに、ビーカーの中身の臭いを嗅ぎつつ、少しだけ口に含んでみる。

「「「ええええっ!?」」」

 とにかく強い。そのままのどに流し込んでしまったなら、思わずむせてしまっていたであろう。だが、その強さに慣れてくると、ワインとは比べ物にならない芳醇な香りと、深みのある味わいに、愕然となる。一度この味に慣れてしまうと、学院で出されるワインがみな水みたいな安っぽい酒にしか感じられなくなってしまうのではないか。

「な、なんです、このお酒!?」

 真っ先に声をあげたのはキュルケであった。なまじ色々な遊びをしてきただけに、この酒がどれほどのものか理解するのも早かった。ルイズやギーシュは、目を白黒させたまま、ちびちびとビーカーから舐めるばかりで、タバサにいたっては、どう判断してよいのか判らない様子で呆然としている。

「うむ、これはミス・フェイトの発案で試作した、白ワインを蒸留し、熟成させたお酒だ。元のワインに含まれている夾雑物を取り除き、ワインの持っている香りと味わいをより深めたものだよ。君らの試飲したものは、ミス・ロングビルが五年相当熟成させたものかな」
「そうですね、大体、四年から五年相当になりますか」
「フェイト、あんたの発案!?」
「はい、お嬢様」

 思わず叫んだルイズに、書類と格闘していたフェイトが初めて顔をあげてうなずいた。

「……その、あんたがお酒好きなのはわかってたけど、まさか自分で作っちゃうなんて……」
「そうですね、この研究室の研究員として、給料分のお仕事はしませんと」
「それにしても、これ、凄いわよ!」

 唖然としているルイズを尻目に、キュルケが叫んだ。すでにキュルケの手にしているビーカーは空になっている。

「ねえ、ミスタ・コルベール、このお酒の製造と販売の権利、是非ともツェルプトー家に譲っていただけないないでしょうか? 相応の代価はお支払いいたしますから」

 生徒というより、領地を経営する貴族の顔で、キュルケがコルベールに詰め寄る。
 コルベールは困った表情でフェイトの方に視線を向けた。

「いや、この酒の権利は、ミス・フェイトが所有している。交渉は彼女としてもらえないかね?」
「なんでです? これはこの研究室で開発されたものでしょう?」
「あー、その、なんだ、アイデアから製法まで、実は全てミス・フェイトが発案したものでね。私もミス・ロングビルも、彼女の言う通りに作っているだけなんだ」

 それこそ狩人を思わせる目つきで、キュルケは、フェイトに向き直った。彼女の輝きの無い濁った眼を、はっしとにらみつける。

「どう、ミス・フェイト? このお酒の権利を譲って下さるならば、相応の代価と、ゲルマニアの爵位を用意しますわ」
「まことに申し訳ありませんが、このアルコールの販売で、当研究室の研究費用を捻出する予定なのです。ただ、ゲルマニア国内における販売権については、お嬢様の許可があれば、お話させて頂きたいと思いますが」

 室内にいる全員の視線が、ルイズに向かう。
 ルイズは、ぐっと言葉につまった。正直、ツェルプトー家はヴェリエール家の数百年来の宿敵である。国境を挟んで対峙してきた両家は、何度も杖を交え戦ってきた仲なのだ。このお酒の権利がツェルプトー家ではなくヴァリエール家にもたらされれば、どれほどの利益があがるか、今のキュルケの鬼気迫る勢いからみても明らかであった。
 だがキュルケは、破壊の杖奪回からこのかた、ずっと一緒にいて、色々と世話を焼いていてくれている。ルイズとしては、その友情を無碍にはしたくはなかった。

「キュルケ」
「何、ルイズ?」

 互いに真面目な表情で向き合うルイズとキュルケ。

「トリステインのヴァリエール家の娘としては、ゲルマニアのツェルプトー家にこの話を許す事はできないわ」

 でしょうね。
 キュルケはうなずく。それだけの因縁が両家の間にはあるのだ。

「でも、あたしの友達のキュルケになら、構わない。どう?」
「……友達だから?」
「そう、友達だから」

 キュルケは、はっしとルイズを抱きしめ、感極まった様子で呟いた。

「まったくもう、あなたって娘は」

 そんな二人を、皆は微笑ましく見まもっていた。


 とりあえず、この蒸留酒、フェイトはブランデーと名づけたが、そのゲルマニア国内での販売権はキュルケ個人が獲得し、製造元その他についてはツェルプトー家には内緒、という事で話がついた。当然、ヴァリエール家にも詳細は内緒という事になる。
 契約の成立にコルベールが音頭をとって皆で乾杯をしたところで、フェイトが、シエスタやマルトー親父にも試飲してもらいたい、と提案し、全員一致でそれに賛同する。なにしろこの二週間、ひたすら研究室に篭りっぱなしであったフェイトとコルベール、ロングビルの世話をしてくれていたのはシエスタであったのだから。
 というわけで七人は、ブランデーを入れたビンを手に意気揚々と厨房を訪れた。

「ミスタ・マルトー! ミス・シエスタはいるかね? 是非お二人に試してもらいたいものができたんだ!」

 厨房に入って声をあげたコルベールのうきうきした声に、厨房からは全く反応はなかった。
 その重苦しい雰囲気に、七人ともいぶかしげに黙る。

「おや、コルベール先生。なんでしょう?」

 なんというか、やるせない怒りをたたえた眼をしたマルトー親父が、厨房の奥からのっそりと現れる。手にはワインのビンを持ち、今の今まで飲んでいたところのようである。

「……何か、あったのかね?」
「ま、よくある事ですわ」

 今は話をしたくはない、そんな雰囲気を漂わせながら、マルトー親父がアルコールで濁った眼で皆をねめつける。

「私がお話を伺っておきますから、ここはひとまず」

 フェイトは、皆に小声で退出をうながすと、コルベールは黙ってうなずき、ルイズ達に外へ出るように促す。皆が厨房を出て行ったところで、フェイトはマルトー親父の隣に座った。

「シエスタ嬢に何かあったのですか?」
「……まあ、な」

 フェイトは、黙ってマルトー親父が言葉を続けるのを待つ。親父は、ワインのビンに直に口をつけて一口あおると、一息吐いてから呟いた。

「シエスタは辞めたよ」
「……まるで無理やり連れ去られた様子ですね」
「ま、そんなところだ」

 まるで自分の無力さに怒りをこらえきれない様子で、マルトー親父は吐き捨てた。

「モット伯爵って大貴族様が、シエスタを一目見て気に入ってな、半分脅すみたいな感じで身請けしたのさ。まあ、平民のメイド一人のために、オールド・オスマンも突っ張りきれなかった、と、そういう事だ」
「何者です、そのモット伯という貴族は?」
「よくは知らん。ただ、王政府の勅使を勤めるお偉いさんで、やたらと平民の娘を使用人として身請けしては、慰みものにしているっていう噂だ」

 フェイトは、一瞬眼をつむった。
 しばらくそのまま身じろぎもしないまま、黙っている。
 そして、眼を見開いたとき、マルトー親父が自分をすがる様な眼で見ているのに気がついた。
 フェイトは、そんなマルトー親父を安心させるかのように、口の端を歪めて微笑みというには余りに獰猛なそれを浮かべてみせた。彼女の光を失い濁った眼の底に熱を帯びた澱みが波打つのを見て、親父は両手を膝につけて頭を下げた。

「頼む」
「頼まれました」

 フェイトの答えは即座で、そしてなんのためらいも無かった。すっくと立ち上がり颯爽とスカートを翻して厨房を立ち去る彼女の後姿に、マルトー親父はずっと頭を下げ続けていた。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.02214503288269