side:凰鈴音
「おはよー」
教室に入ると喧噪が飛び込んでくるが今日はいつも以上に騒がしい。
今週からISを使用しての実践が始まることもありクラス中は既にISスーツの話で持ちきりになっていた。
本来ならこの中で更に専用機持ちの門は狭まり多くは個人用のISスーツの必要性は難しくなる訳だが、そこは十代女子の他人との差別化したいという感性を優先させてくれるらしい。
「おはよー鈴。そういやさー、鈴のってどこの社製? やっぱ中国製?」
同室のクラスメイト、ティナ・ハミルトンが話しかけてくる。
どうでもいい話だけど中国製って聞くとなんか胡散臭く感じるわよね。自分の国のことなのに。
……まあ、パチ猫とかパチロボとかパチ鼠とか作ってたらそりゃそんな響きに聞こえるようにもなるか。
「あたしのは、確かー……」
「みなさん、おはようございます」
「「「おはようございまーす」」」
私がティナの質問に答えようとしたところに副担任の先生が入ってくる。
「せんせー、藤崎先生はー?」
一人足りない。いつもなら一緒に入ってくるか先に入ってくるみんなの先生が。
「藤崎先生は皆さんの知っての通り、今日から産休を取られることになりました」
「えーふじのん来ないのー? じゃあ、ISの授業は先生がするんですかー?」
ふじのん、とは藤崎先生の愛称である。ざっくばらんな性格と私たちと年がそれほどかけ離れていない感性もも相まってあだ名で呼ばれて親しまれている。隣のクラスの副担任の山田真耶とはいい勝負だ。
「流石に先生一人でISも通常の授業もっていうのは厳しいです。ですので、今日からISの授業は代理の先生が就くことになりました。では、お願いします」
先生がそう言うとがらりと教室の戸が開く。
「……え?」
その反応は私だけでなく、皆が同じだった。
しかし嵐の前の静けさとはよく言ったものだ。しばらく唖然と硬直した後、待っていたのは二か月振りに響いた割れんばかりの歓喜の声だった。
side:露崎仕種
「い……!?」
びりびりと響き渡る声に思わず耳を塞ぐ。廊下を介してなおここまで響く爆音を発するなんて十代女子の声量は侮れるものじゃない。
「静かにせんか、馬鹿者ども!」
千冬先生の一括が飛んでくる。
「せ、先生! 私たち声出してません!」
「と言うよりも声の音源って二組だった気が……」
「なに……?」
生徒たちの言い分に千冬先生は思わず眉を顰める。
「あの織斑先生。やっぱり……?」
「ああ。あの馬鹿が初日早々やらかしたか」
山田先生は心配そうに耳打ちすると千冬先生は何か思い当たる節があるのかはあ、と盛大に溜息を吐く。
あんなに溜息をつくのは一夏の馬鹿さ加減に呆れた時か、束さんの馬鹿さ加減に呆れた時かくらいしかみたことがない。どちらにしても馬鹿さ加減に呆れた溜息であるが。
「まあ、いい。その原因はお前たちにも後ほど嫌でも分かる。では山田先生、HRの続きを」
「は、はい。今日は転校生を紹介します! しかも二人もです!」
「「「え、えええええええええええっ!?」」」
山田先生の通達に一拍遅れてクラス中がざわめく。今回は鈴の時と違って完全に情報がなかったのだ、驚くのも無理はない話だ。
しかし転校生、ということはおそらくまた代表候補生なのだろう。
それにどうしてまたこのクラスに編入なのでしょう? 普通ならバラして入れるのが妥当な判断だろう。
現にこのクラスには代表候補生はセシリアがいるし、隣には鈴がいる。というよりもこのクラスに専用機持ちが三人もいること自体が異常なのだ。
また代表候補生とあればまたこのクラスの専用機持ちが増えるのだろう。
いくら担任が元世界一だからといっていくらなんでもこれはちょっと思慮に欠けるような……?
「失礼します」
教室のドアが開き二人の生徒が入って来た時、完全な沈黙が訪れた。
無理もない、入ってきたうちの一人が「男子」生徒だったのだ。
「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。この国では不慣れなことも多いかと思いますが、みなさんよろしくお願いします」
男かどうかとかそんなのは私の耳には入らなかった。
入ってきたのは彼が「フランス」から来たということ。
「この国にも僕と同じ境遇の方がいると聞いて本国から転入を―――――、」
「き、」
「……はい?」
「「「きゃああああああああああああああああああああああああああっ!!!」」」
そんな思考を吹き飛ばすほどのクラス中に先程の廊下から響いたのと負けず劣らずの爆音が響いた。しかも起点はどこかが分からないのが怖いもので、といっても私と一夏と箒とセシリア以外の全員なんだろうけど。
「男子! 二人目の男子!」
「しかもうちのクラス!」
「美形! 守ってあげたくなる系の!」
きゃいきゃいと騒ぐ女子を横目に私は乾いた笑みを浮かべるしかなかった。それは前にいる転入生も同じだろう。とりあえず、精一杯笑顔を絶やさないようにしている。
「し、静かにしてくださーい! もう一人いるんですから~~~!」
山田先生の言うとおり、ブロンドの貴公子の脇にはもう一人の転校生がいた。
伸ばしっぱなしの銀髪。医療用ではなく本格的な黒い眼帯。その彼女はつまらなさそうに腕組みをして目を閉じている。
十代のこういうノリを嫌う千冬先生と同様な対応だろうが、違う点を挙げるとしたならば他者を見下しているという点。
そしてそれも僅かで後はずっと千冬先生に熱い視線を送り続けていた。
「……挨拶をしろ、ラウラ」
拉致が明かないというように千冬先生は腕を組んでいる生徒に面倒くさそうに挨拶するよう促す。
「はい、教官」
そう言うとラウラと呼ばれた転校生はどこかの国の敬礼を向ける。そのあまりのズレっぷりに一同は思わず黙りこむ。
彼女から受ける印象は軍人。しかも千冬先生のことを教官と呼んでいたのでかつての教え子なのだろう。
「ここでそう呼ぶな。もう私は教官ではないし、ここではお前も一般生徒だ。私のことは織斑先生と呼べ」
「了解しました」
敬礼を解くとこちらにぴっと向き直る。
「ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
上官が下級士官たちに挨拶をするかのような簡潔な挨拶。
一夏の時のようなもっと何か言ってよみたいな空気になったが、その空気もあまりの無愛想さに霧散してしまう。
「あ、あの、それだけですか?」
「それだけだが」
笑顔で対応する山田先生だがまったく取り付く島もない。目の前の彼女はシャルル・デュノアと違って私たちに対して心を開くつもりはないらしい。
「っ! 貴様が……!」
一夏と目があったのかつかつかと足早に一夏に近づいて――――――、
次の瞬間にパシン、と乾いた音が教室中に響く。
教室中が何が起こったのか訳が分からないというような空気が支配する。あの箒ですらポカンとする始末だ。
「私は認めない。貴様があの人の弟であるなど、認められるものか……!」
そう静かに、なお且つ怒りに燃えるような絶対の拒否の言葉を一夏に突きつける。
「いきなり何しやがる!」
「ふん」
一夏を平手打ちしたソイツは一夏の怒りを無視して今度は目敏く私を見つけ出し歩み寄ってくる。そして私の席の真ん前で立ち止った。
「貴様か。ジャンヌダルクの妹というのは」
ラウラ・ボーデヴィッヒと名乗った転校生は静かにこちらを見下ろしてくる。その片方だけの真っ赤な瞳は底冷えするような絶対零度の威圧感を放っている。
軍人だからなせる技の一つといっても彼女が放つ気配はあまりに異質なものだろう。それはまるで親の仇を見るような―――――。
「ええ。ですが何か? 一夏ですらもう少しマシな挨拶をしましたよ?」
私はそれに怯むことなく真正面から見つめ返す。
「貴様ら姉妹さえいなければ教官の二連覇は達成された」
「だから許せないと? 恨む場所を間違えてるんじゃないですか? それとも貴女は決勝戦のあの後、何が起こったのかを知らないんですか?」
お互いの言葉に刺々しくなる。この人は千冬先生しか見ていない。だから知る筈もないだろう。あの裏側で起こった惨劇のことを。
「何を―――――!」
「いつまでそこに突っ立っているボーデヴィッヒ。とっとと席に着け」
「っ。……了解です」
千冬先生に促されて渋々ながら自分の席に着く。それでも僅かな間にチラチラとこちらを敵視する眼差しを送り続けてくる。
なるほどね。一人は男。もう一人は千冬先生の教え子。しかもかなりの問題児と見た。だから転校生を二人とも一組にせざるをえなかったのか。
それに両方が両方、私と因縁の深い相手とはなんとも世知辛いものでこれからは波乱に満ちた学校生活になりそうです。
「ではHRを終わる。各人はすぐに着替えて第二グラウンドに集合。今日は二組とごうどうでIS模擬戦闘を行う。では解散!」
そう千冬先生が締めると一夏にシャルルはすぐに教室を出て行った。毎回、ISの実習の度に移動なんてご苦労さまです。
「さて、さっさと着替えてしまいますか」
そう言って上着に手をかける。下には既にISスーツを着ているためぽぽぽーんと脱ぐだけでもう準備完了なのだ。
それにあまり、女同士の着替えの場に長居したくないし。
「ではお先に」
そう言って、一早くに教室を後にした。
「では、本日から格闘及び射撃を含む実戦訓練を開始する」
そう言って千冬先生は授業を始めの挨拶をする。
ちなみに遅れて来た一夏はありがたい出席簿を受け、後ろで雑談をしていたセシリアと鈴もまたありがたい出席簿を受けていた。
「では今日は戦闘を実演してもらおう。ちょうど、活力溢れる十代もいることだしな。凰! オルコット! 前に出ろ!」
「は、はい!?」
「どうしてわたくしまで!?」
「専用機持ちが早く準備出来るからだ。いいから前に出ろ」
「でしたら! 一夏や仕種も前に出るべきではないですか!?」
「ごねるなオルコット。織斑では実践にならんし、露崎では面白みが欠ける」
千冬先生に理屈で折られしぶしぶと前に出る。さっき、出席簿で叩かれたのもあってかテンションが低めである。
「元気を出せ。……アイツにいいところを見せられるぞ?」
「やはりここはイギリス代表候補生、セシリア・オルコットの出番ですわね!!」
「アンタは単純でいいわよねー。ま、やるけどさ」
何かを吹き込まれたかは分からないが二人はやる気になったようだ。セシリアに至ってはゲージを振り切る勢いだ。
「で、対戦相手はどなたですか? 鈴さんでもわたくしはよろしいんですが」
「アタシはいいけど? そういうのは一回、自分の対戦成績に聞いてみてからにしなさいよ」
ちなみに私を除いた模擬戦の成績は鈴が一位、セシリアが二位、箒が三位で、ドベが一夏だ。特に鈴は機体性能的に相性がいいのかセシリアに勝ち越している。
「安心しろ。対戦相手は……山田先生、どうしてここにいるんです? 今日の演習をお願いした筈ですが?」
千冬先生の言葉に後ろでこそこそしていたISスーツを着ている山田先生がびくぅっ!という効果音がつきそうなほどに驚いていた。
「お、織斑先生、その話なんですけど……。あの、言いにくい話なんですが変わって欲しいって頼まれて、その、断れなくて……」
しどろもどろになりながら山田先生は言い訳をする。その様はまさしく小さな子供がなんとか言い訳を考えているような様子によく似ている。
「誰に?」
目を閉じたまま不機嫌そうに短く聞き返す。千冬先生、これ以上山田先生にプレッシャーかけるのは可哀想なんですが。あーもう、なんか涙目になってますし。
「そ、それはぁ―――――」
「私だよ千冬」
軽快な声が空から降ってくる。それはよく聞き慣れた声で、なお且つこの学園では聞き慣れない声で―――――。
「は?」
なんとも間の抜けた声が出る。その言葉を発したのは恐らく私だけではないだろう。そうに違いないと信じたい。
なにせネイビーカラーのラファール・リヴァイヴを駆って空から舞い降りて来たのがかつて織斑千冬と同じく世界最強の称号を獲った姉、露崎沙種なんだから。
すらっと伸びたしなやかな肢体はモデル体型とでもいうべきか。カッコイイとキレイの均整のとれたそのボディラインはISスーツ越しにはっきり表れている。
下ろされた私とよく似た紫がかった黒髪は毛先が軽くウェーブしていて我が姉ながら気品を感じさせる。
そしてその穏やかそうなくりくりとした目は人懐っこそうな印象を受ける。
「その役目を山田先生に頼んだのだが」
「何よ、折角ISを使っての授業なんでしょー? だったら私たちがこの学園で一番ISについて知ってるんだから持っている技量全てを学生たちに見せるべきなんじゃないの?」
「お前とこのガキ達とを比べるな。自重しろ」
千冬先生にぶーぶーと文句を言っていると姉さんが固まっている周囲の視線に気がつく。
「あ。千冬のクラスには自己紹介まだだったね。一組の皆さん、おはようございます。今日から二組で藤崎先生の代理教師をすることになりました露崎沙種です。教えるのはISについて全般になります。藤崎先生が戻ってくるまでの短い間よろしくね」
そう気さくに世界一からの挨拶が終えると二組から響いたのと同じような爆音が校庭中に響いた。思ったんですが二倍の人数がいるから二倍じゃなくて二乗の歓声になるんですね。十代女子恐るべし。
「きゃあああっ! 沙種さまあああっ!!」
「千冬様に次いで沙種様も……!」
「織斑くんについで露崎さんも姉妹揃い踏みなんて!!」
「IS学園に入学してよかったああっ!!」
流石はミーハーな花の女子高生。千冬先生の時と負けず劣らずの歓声だ。まるであの時の興奮を巻き戻したかのような状況だ。
「やー元気だねー。一組の子も」
二組でも同じ反応をされたのだろう。姉さんはころころ笑いながらきゃいきゃいと騒ぐ一組の生徒たちの反応を楽しんでいる。対照的に千冬先生はかなり鬱陶しそうだった。
この二人はいつもそうだ。
人当たりがよく誰にでも寛容な姉さんと自他共に厳しい千冬先生はいつも対比される。
ファンに対して愛想良く対応する姉さんと鬱陶しがって相手にしない千冬先生。
そして、その得意とする戦闘スタイルも。
「織斑先生……? ま、まさか相手というのは……?」
セシリアが恐る恐る千冬先生に尋ねる。
「本当なら山田先生のつもりだったが仕方ない。お前たちには特別に露崎先生と相手してもらう」
ざわめきが一層大きくなる。世界一の戦い方をナマで見れるのだ。ISに関わっていない人でもなくても、ナンバーワンの実力を見られるというのは希少な体験だ。
それに千冬先生はこういったような実演をしようとしない。それは実力があまりにかけ離れているからというのもあるが、自分の持つ力を見せびらかそうとしないのも理由の一つだろう。
「制限が欲しいなら一応聞くけど? 流石に仮にも世界一と現代表候補生がガチンコってのは大人げないしね」
「いいんですか?」
貰えるものは貰っておくというのが鈴の主義だ。そのせいで先日約束してた@クルーズのパフェで何枚野口さんが飛んでいったことか。
「いいわよ。でもISを装備するなはナシね。そんな条件で勝てるのなんて千冬くらいしかいないからねー」
コロコロと笑うが洒落になってない。というか姉さんもISの装備なしでも十分に勝てそうな気が……。
「じゃあ、射撃武器なしで」
その言葉と共にざわ、と周囲が有り得ないといった風な音を立てた。
姉さんの得意とする戦術は射撃戦だ。その技術は千冬先生の近接戦と並び立つくらいの実力を持つ。ようするに世界一の射撃。
鈴はそれをハンデとして使用させないのだ。それはつまり千冬先生に近接武器を使用させずに射撃戦のみで挑むようなものだ。
観衆としてもそれを期待していた筈なのにそれをさせない外道っぷり。鈴、後で刺されても知りませんよ……。
「鈴さん、いくらなんでもそれは……」
「言っとくけど沙種さん、千冬さ……織斑先生とタイマン張って互角に戦える数少ない人物なのよ。ハンデくれるっていうんならこれくらい貰わないと勝負になんないわよ」
セシリアの懸念を鈴は一蹴する。確かにそれは一理ある。
「結局千冬には一回も勝てなかったけどね。そういえば私って千冬に一勝もしないまま引退しちゃったんだっけ」
「ああ、そうなるな」
千冬先生は前人未到、公式戦無敗の戦績を誇る。練習試合においても負けたということを聞いたことがない。
対する姉さんも戦績は異常で引退するまで千冬先生以外に負けた相手はいない。
つまり、この姉さんは試合で千冬先生に当たらなければ必ず勝ちを取ったのだ。
「じゃあ、行きますか」
そう姉さんが呼びかけると三人は宙に舞い上がる。
「では、始め!」
その合図と共にブルー・ティアーズは先制攻撃とばかりにいきなりBT兵器を投入する。
姉さんはそれを何ともないようにかわしていく。無駄のない最小限の動きでBTの嵐をユラユラと飛び回る。
鈴もそれに応戦しようと衝撃砲を景気良く放つ。それでも数多の砲身から放たれるレーザーと空気圧の砲弾の弾幕も諸共せずにかわす。
「……っ。もうエネルギー切れですの!?」
相手が世界一とあってか予想以上のハイペースの攻撃に三分もせずにエネルギーを使い切ってしまったBTを仕方なく引き戻す。
「ちょっとアンタ! エネルギー切れるのが早すぎるでしょうが!!」
「仕方ないでしょう!? 相手は彼のジャンヌダルクなんですし出し惜しみしてられませんのよ!」
二人の言い争う様を姉さんは余裕があるのだろう、微笑ましげに眺める。
「射撃武器がない時点でアドバンテージが取れてるって思ってたでしょ? まずそこが大きな間違い。射撃武器を得意とする者は射撃について深く理解をしていなければ強くあれない」
姉さんの知識量は千冬先生の持っている知識量とほぼ同等である。
しかし知識があるのとそれを実践するのとでは訳が違う。戦術や戦略を理解していたとしてもそれを実践できなければ使い物にならない。
それを机上の空論で終わらせないところに姉さんの強さがある。
「射撃武器を理解しているからこそ、その利点、特性、そしてその弱点についてよく熟知しているのよ?」
そう言うと瞬時加速を使ってセシリアの懐に飛び込む。
「っ……!?」
射撃戦を主体とするセシリアは距離を詰められれば近距離で取り回しの出来る武器を即時に呼び出し出来ないために非常に脆い。
故に相手を近づけさせない試合運びが重要であるのに、それを実践することが出来ない。セシリアはまだその高みに立てていないということだ。
しかし、その高見に立つ姉さんはそれが出来る。
「でしたらこれで……!」
ミサイルの砲身を突撃する姉さんに向ける。私や一夏と戦った時のように至近距離での実弾兵器の砲撃で迎え撃とうというのだろう。
しかも、イグニッション・ブースト時に急な旋回は難しいためそれを避けるのは困難極まりない。
「言った筈でしょ? 射撃武器に関しては熟知しているって」
が、姉さんは何事もなかったように言葉を続け、セシリアの砲身から放たれたミサイルを既にかわしていた。
懐を捉えた姉さんは、そのまま見事な一本背負いでセシリアを鈴に向かって投げつける。
鈴もまさか「投げる」なんて思ってもみなかったのだろう。見事に虚を突かれたのか、回避をするタイミングが遅れてしまいガシャンとIS同士がぶつかりあう。
「ご両人、飛来する兵器にはご注意を♪」
姉さんが楽しそうにそう言うとセシリアの放ったミサイルが折り重なっている二人目がけて飛来し、直撃して試合は決まった。
ドゴンという爆発音の後に、きりもみしながら完全敗北した二人が落ちてくる。
きりもみしながら落ちて来たのがアレなんだろう。二人とも目を回している。
「じゃあ、さっきの戦闘の反省に入るよ―」
そんな二人を倒した勝者の姉さんが下りて来た。
「まずオルコットさんはビットを出すタイミングが早かったかな。出来る限り見せずにいて奥の手として奇襲に用いた方が効果的だよ。あと近接武器をすぐに取り出せる訓練もすること。減点1」
「う……」
「それで凰さんは衝撃砲を無駄に撃ち過ぎ。相手の武装に射撃武器がないからといって数で制圧しようとしても当たらないよ? エネルギー消費の効率がいい武器だからって無駄打ちしない。それにパートナーはBT兵器なんだし外してBTを壊したりするとそれだけで火力が減るわけだから状況に応じて自制すること。減点1」
「うぐ……」
姉さんが丁寧に反省点を挙げていく。
「まあ、最後に即席でコンビネーションなんて無理かなとは思ってたけどこれは代表候補生でも酷過ぎ。いうよりもお互いに我が強すぎて好き勝手に行動してるため協調性ゼロ。何度か試合してるって聞いてるからお互いの武器の特性を理解してる筈だからそこを組み立てて行動すること。減点3」
「「ぐ、ぐぐぐ……」」
「で、合計すると五十点ってとこかな。補講つけて一応仮免発行ってレベルかな。ま、一対一ならもう少しマシな結果になるんだろうけど。もう少しお互いがお互い譲り合いの精神を持つこと」
「「は、はい……」」
姉さんの正論を受けて二人ともシュン、と項垂れる。
「お前はいつも甘過ぎる。私から言わせればお前に勝てない時点で落第決定だ」
それもそれでどうかと思いますが……。姉さんに勝てるのは貴女しかいないんですよ? それを十代そこそこの人間が勝てという時点で無理な気が……。
「よ、よくよく考えれば織斑先生と互角ということは織斑先生に試合を挑むようなものですわね……。射撃武器を封じただけで勝てる筈もありませんわ……」
「射撃なしで勝つなんて、やっぱどんだけ化け物なのよ、アンタの姉貴は……」
「さて当初の予定とは違ってしまったがこれでIS学園の教員……の実力も分かってくれただろう。以後、教師には敬意を持って対応するように」
微妙に言葉に詰まる千冬先生。まあそうですよね。世界一の臨時教師の実力を見せつけたところで他の教師に敬意を表するようになるとは思えないですよね……。
「専用機持ちは織斑、露崎、オルコット、デュノア、ボーデヴィッヒ、凰の六人だな。では出席番号順に分かれろ。各グループのリーダーは専用機持ちが行え。いいな? では分かれろ」
パンと手を打つとクラスメイトたちは一斉に別れる。
一夏やシャルルの班の女子は喜んでたり、セシリアの班はビミョーといった顔をしていたり、鈴のところは一夏の情報を聞き出そうとしてたりと十代女子人によって様々な対応だったが、ラウラの班だけは悲しいかななんの会話もなく沈黙したままだった。
「いいですかーみなさん。これから訓練機を各班に一体取りに来て下さい。数は『打鉄』が三体、『リヴァイヴ』が三機です。好きな方を班で決めてくださいねー。早いもの順ですよー」
山田先生はいつもよりも少しだけ張り切っているように見える。姉さんの試合に刺激されたのだろう、教師らしくしようという気持ちがその端々から滲み出ている。
「では、うちの班はリヴァイヴを取ってきますね。私のリヴァイヴが元なので教えやすいでしょうし」
班のメンバーは皆同意したので、リヴァイヴを持ってきて訓練を開始する。
流石は使いやすい初心者にも親切設計なリヴァイヴだ。特に装着、起動、歩行までは問題なかった。皆、授業で何度か乗っているのでその辺りはなんとかこなせるだろう。
が、何人目かで直立させたままという簡単なミスをしていた。専用機と違って訓練機は終了するときはしゃがませないといけないのである。
「あーどうしよう、これ……」
リヴァイブが直立したままのため次の人は途方に暮れている。よじ登るなんてこと一夏やシャルルのいる前で出来る訳でもなし、そんなことしようなんて毛頭思いつかないだろう。
「仕方ない。コックピットまで私が運びますので次からは注意してくださいね」
一夏の班でも同じようなミスをしていたのでそれに倣ってオルテンシアを起動させる。もっとも、向こうはその度にきゃいきゃいと騒いでいたので千冬先生に厳重注意を受けていたりするんだが。
頭に起動、と考えるだけで紫色のフレームした愛機が装着される。
このISについても学園の生徒は見慣れたもので別段不思議に思っていないのが唯一、表情の変化した人がいた。
今日、転校してきたばかりのシャルル・デュノアだ。
その表情があり得ないものを見た、とでもいうべきか。
(まあ、当然か……)
オルテンシアの今のフレームは深桜重工で製造されたものだが、これのオリジナルは「フランス」で鋳造されたものだから。
「デュノアくん、どうしたの?」
「な、なんでもないよ? 代表候補生でもないのに専用機持ちなんて珍しかったから……」
「それは言い訳でぇ~、ホントのところは露崎さんにお熱とか?」
「ち、違うよ!?」
「そんなぁー。薄い本の題材になると思ってたのに、デュノア君には意中のもうお相手がいるなんて……」
「それに露崎さんには織斑くんって強敵がいるよ? ハッ!? これは三角関係の予感!?」
「だから違うって~!!」
ここからでは遠過ぎて話の内容が聞こえてこないがとにかく、クラスに溶け込んで仲睦まじいのはいいことだ。ドイツから来た人とは大違いだ。
そして、その後も滞りなく訓練は続き午前中の授業は終了を迎えた。
* * *
あとがき
東湖です。
世界最強は「マイシスター」とルビを振りたいです。
ようやくキーキャラの一人である仕種の姉、沙種がきました。
沙種とセシリア、鈴の対戦は何も言わないでください。突っ込まないでください。
ごめんなさい、また踏み台にしてごめんなさい、セシリアごめんなさい、オルコッ党員の方々、本当にごめんなさい……。
あれでまた叩かれるのは嫌なんですよ……。この回は難産だったんですよぉ……。