side:織斑一夏
シャルルが転校して来てから始めての土曜日の放課後。
今さっきもシャルルと軽く手合わせをしてもらったんだが、見事にボコボコにされている。
特に射撃武器を持っている相手とやった時は相性最悪でボロ負けがほとんどだ。
「どうして一夏が勝てないのか分かる?」
「えーと、たしかあれだろ。俺が射撃武器の特性について把握してないから、だっけ?」
毎回の訓練後の反省会のおかげもあって自分の改善する点だけはよく知っている。
正直、これも仕種がいなければけっこう危うい。何せ、自称俺専属コーチの二人の説明が訳分からな過ぎて反省会になってるのかなってないのか分からないのだ。
箒は擬音語ばっかりで訳分かんないし、セシリアは理路整然過ぎて理解しろって言うのがきつい。鈴からも時々お言葉を頂くのだがあまりに感覚的過ぎていまいちイメージが掴めない。
かろうじてマシなのが仕種だが、っていうか仕種以外に説明が分かる奴がいない。おまけに三人の分かりにくい意見を分かりやすく翻訳してくれてる(それでも分からないことが多いが)。
あれ、これ成り立ってるの仕種のおかげじゃね?
そう言った意味で転校して来てくれたシャルルの言葉は非常に分かりやすかった。おまけに男子同士、気楽なことこの上ない。
「一夏の答えはあってるけど付け加えるなら知識だけ知ってるって感じかな」
「とは言うものの射撃武器なんて使ったことねえからなあ」
「確か一夏の白式って後付装備がないんだよね?」
「ああ。この前調べてもらったときに拡張領域が全部埋まってて新しい武器を量子変換するのは無理だって言われた」
「ワンオフ・アビリティーに拡張領域を全部割いてるのか……」
そう言ってシャルルは考え込む。
普通、拡張領域には五つから八つくらい装備出来るのだが白式はその容量全てを単一能力、零落白夜に割いているのだ。
単純計算、俺の零落白夜がアサルトライフル五つ分の攻撃力を有しているといえば分かりやすいが、それがアサルトライフル五つ分の働きをしてくれているかと聞かれれば俺の実力不足のせいか微妙だ。
おまけにその攻撃力を確保するためにシールドエネルギーからもエネルギーを持っていくため使えば使うだけ己を身を削る厄介な仕様となっており、使いどころを考えないと自分で首を絞める始末。
「割に合わないなあ……」
「そんなこと言わないの。その代わりにエネルギー兵器に対してはかなりの脅威だよ。それにシールドエネルギーを無効化出来る力を持っているんだからね。これって一夏が思っている以上に強力だよ」
とはいうものの、エネルギー兵器を使っているのも今のところセシリアのブルー・ティアーズくらいだ。
他の量産機だって実弾がメインだしシールドエネルギーを無効化する肝心の攻撃だって当てなければ旨味がない。
そこで今回の射撃武器の話。おお、繋がった。
「大体、第一形態でワンオフ・アビリティーが発動してるってだけでも凄いことなんだから。しかもそれが織斑先生―――ブリュンヒルデと同じ能力なんだから尚更ね」
「姉弟だからで済まされないのか? それ」
「それはちょっと難しいかな。ワンオフ・アビリティーはISと操縦者の相性の問題だからね」
言われてみればそうだ。白式はあくまで俺の機体で、千冬姉の使っていた機体ではない。
「ん、まあそういうのはおいおい考えるとして。今は射撃武器の訓練しようぜ」
「あ、うん、そうだね。じゃあ、はい」
そういって渡されたのはさっきまでシャルルが使っていたアサルトライフル、ヴェントだった。
「あれ、本人以外は撃てないんじゃなかったか?」
「普通はね。でも使用許諾をすれば登録してある人全員が撃てるんだよ。―――うん、使用許可を発行しておいたから」
……待てよ。この方法が出来るんだったらもっと早くに知れたんじゃないのだろうか?
「私の使ってみますか? かなりクセの強い代物ばかりですけど」
仕種の射撃武器といえば二丁のハンドガンにレールガン。確かにクセが強い。強いて使いやすそうなものはアサルトライフルか。
「素直にシャルルに借りときなさいよ」
「おう、そうする」
鈴の後押しもあって、シャルルからヴェントを手渡される。
「か、構えはこれでいいのか?」
「えと、脇を締めて。それで左手はこっち。オッケー?」
ふわりとISで浮いているシャルルが手取り足取り指導してくれる。うん、うちの自称コーチもこれくらい親切であるべきだと思うよ。
「火薬銃だから瞬間的に大きな反動がくるけど、は衝撃はISが自動で相殺してくれるから心配しなくてもいいよ。センサー・リンクは出来てる?」
「いや、さっきから見当たらないんだが……」
「格闘専用の機体でも普通は入ってる筈なんだけどなあ……」
「欠陥機らしいからな」
「100%格闘オンリーなんだね。じゃあ、仕方ないから目測で撃ってみて」
……ていうか千冬姉もこんな機体使ってたのか? いくら射撃武器を使わないからってセンサー位入れといてくれよ。ズブの素人なんだぜ俺。
「じゃ、いくぞ」
引き金を引くと大きな炸裂音が響く。
「うおっ!?」
思いのほかに大きな炸裂音にビビってしまう。
「どう、感想は?」
「なんていうか、アレだな。『速い』って感じだな」
「そう、『速い』んだよ。一夏の瞬時加速も速いけど、弾丸はその面積が小さい分より速い。だから、軌道予測さえあっていれば簡単に当てられるし、外れても牽制になる。一夏は特攻する時集中してるけど、それでも心のどこか無意識でブレーキを踏んでるんだよ」
「だから、簡単に間合いも開くし続けて攻撃されるのか」
「そういうこと」
なるほど、そういうことだったのか。
「……まさかあんた、そんなことも理解してなかったの?」
「いや、そりゃそうだけど。銃なんて使う機会なんてないし分かんないだろ」
やっぱり実践というのは知識の何十倍もためになるな。百聞一見に如かず、習うよりも慣れろって奴だな。
「はあ、本格的にダメねこりゃ」
それは酷い言い草だぞ鈴。シャルルみたいにもっと分かりやすく俺に教えてくれたら理解したと思うんだぞ。つーか、銃の速さのことを感覚の一言で片付けようとするお前が悪いぞ、今回。
「そういえば仕種のオルテンシアとシャルルのリヴァイヴってどう違うんだ? 確かそれも元々はリヴァイヴだって言ってなかったか?」
前にそんなことを言っていたような気がするがこうして並べて見比べてみてもどこが共通しているのかてんで理解できない。どう見たって完全に別の機体だ。
主に装甲とか装甲とか装甲とか。
「ええ。オルテンシアはリヴァイヴとの差別化するなら主に外装と機動性、それに使用する武器全般ですね」
「外見は別として、確かに仕種の武器って企業が使ってるようなものじゃないよな。いったいどこ製のだ?」
「私が扱っているのはシャルルみたいなメジャー企業の武装ではなくて、深桜の試作武器がほとんどです。しかもほとんどがワンオフ形体で中には市場に流れることもない物を使ってたりしますけど」
「ふうん。ていうことは仕種の使ってる武器の中からこれを元に深桜は武器を作ったりするのか」
ごく稀にですけどね、と仕種が付け足す。
「シャルルのところは仕種みたいなことはないのか?」
「僕のところはISを作るところだから。武器よりもリヴァイヴの試運転とかはやらされたけどね」
そういって苦笑する。その時、シャルルの表情が少しだけ陰ったような気がした。
「シャルルのも沙種さんの使ってたやつと形が違うよな。シャルルのリヴァイヴってカスタム機か?」
「うん。ちゃんとした名前はラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。初期装備をいくつか外してそのうえで拡張領域を倍にしてあるよ」
「へえ二倍か。それじゃ、ちょっとした火薬庫だな」
火薬庫か、言い得て妙なものだ。フランスなのにヨーロッパの火薬庫とはこれいかに。確か、あそこは旧ユー……。
「???」
「一夏、またしょーもないこと考えてたでしょ」
「失敬な。場を和ませるウイットに富んだジョークだ」
「あたしらから言わせればオヤジギャグに違いないの!」
ん、待てよ。Ⅱってことは当然Ⅰもある筈だ。順番的に言えば。
「じゃあ……」
そのことを聞こうとしたその時、
「あ、あれ……」
「ウソっ、ドイツの第三世代型だ」
「まだ本国でのトライアル段階だって聞いたんだけど……」
アリーナに小さなざわめきが生まれた。ドイツのアイツが現れたのだ。ソイツとコイツはどこへ行ったか知らないけど。
「「一夏(さん)!!」」
うおっ!? 箒はともかくセシリアまで!? そんなに顔に出やがりますか俺のジョーク!?
「…………おい」
開放回線から声が飛んでくる。
忘れもしない。あの時、俺の頬を引っぱたきやがったラウラ・ボーデヴィッヒの声だ。
「なんだよ」
「私と戦え」
「嫌だ。なんで俺がお前と戦わないといけないんだよ」
「決まっている。教官の唯一の弱みである貴様を叩き潰せば、教官はより完全に近づくからだ」
ラウラの口から吐いて出る言葉はもはや崇拝の域だろうか。千冬姉や沙種さんの信者は学園に五万といるが、ここまで行き過ぎてるのは正直初めて見る。
「第二大会のあの日も貴様がいなければ、教官の二連覇は確実だった筈だ」
あの決勝戦は、日本代表の千冬姉とフランス代表の沙種さんが戦う筈だった。日本での代表候補争いの頃からの戦績からすれば千冬姉に歩があると誰もが思っていた。
しかしその決勝戦の当日、俺は謎の組織に連れ去られた。そのせいで千冬姉は俺を助けるために決勝戦を放り出して俺を助けに来たんだ。
その時の千冬姉のことを忘れられないし、俺の力のなさも忘れない。
「だから、その障害である織斑一夏を私は認めない」
そして、おそらくこいつがその後、千冬姉がドイツで教えていた時の教え子なの一人だろう。
「単純で何よりだ。俺が気に入らねえからわざわざドイツから俺をぶちのめしに来たってのかよ。ご苦労なこったな」
「少しはやる気が出たか」
確かにそれはラウラが俺と戦いたがる理由だ。俺もそのことは理解できる。戦ってその確執が晴れるのであればさっさとするべきなのだろう。
「それでも、今ここでお前とやり合う義理はねえよ。今月末のトーナメントで嫌でもぶっ飛ばしてやるから大人しくしてろ」
でも今戦いたい気分ではない。それにいずれ戦わなければならないのだから、少しくらい先延ばしにしてもいいだろうと思う。
今の実力では到底、アイツには届かない。千冬姉が直々にアイツを鍛え上げていたとしたら強くない筈ない。そしてそれ以上の実力を秘めていることを直感的にそれを感じ取った。
「そうか。では戦わざるを得ないようにしてやる……!!」
ラウラはいきなり戦闘態勢を取り、左肩のレールカノンが発射する。
「一夏、下がって!」
そう言うよりも先、シャルルが俺の前に躍り出て即座に展開されたシールドが放たれたそれを防いだ。
「こんな密集空間でいきなり戦闘を始めようとするなんてドイツの人は随分と沸点が低いんだね。ビールだけじゃなく頭もホットなのかな?」
シャルルは盾で防いだのと同時にアサルトライフルを構える。仕種の武器の収納と展開の早さもかなりのものだがシャルルはそれ以上に切替が早い、それも下手な国家代表よりも。
二倍の拡張領域にこの武器の展開の早さ、特筆すべきはその器用さなのかもしれない。
「フランスの第二世代型ごときで私の前に立ちふさがるとはな」
「未だに量産化の目処の立たない第三世代型よりもは動けるだろうけどね」
互いが互いを牽制し合いながら涼しい顔で睨み合う。
「誰が一対一でやるって言いました?」
仕種もシャルル同様に臨戦態勢を取る。シャルルに加勢するつもりらしく右腕にはいつものハンドガンが握られている。
「私は雑魚が何人でも相手にしてやっても構わないぞ? 有象無象が群れたところで私の黒い雨に届きはしないがな」
「そうですか。じゃあ、少し早いですけどこれの試し撃ちしてもいいですよね?」
そう言って新たに展開した左腕に握られていたのは見たこともないガトリングガンだった。黒光りするそれを見たラウラの表情がわずかに陰る。
「貴様、その武器は……」
『そこの生徒、何をやっている! 学年とクラス、出席番号を言え!』
ラウラの呟きをかき消すかのように教員からの怒鳴り声が飛ぶ。今の騒動を聞きつけたアリーナの担当教師だろう。
「……ふん、興が削がれた。今日のところはこれで引き下がってやろう」
そう言ってラウラはアリーナを後にして行った。アリーナの出入り口では教師が待っているだろうが、あの言動ではちっとも堪えはしないだろう。
それに今日のところは、ってことはまたいずれ戦いに来るってことだよな。
それがトーナメントに入る前かどうかは分からないが俺が千冬姉の弟である以上いずれは起こるアイツとの衝突は免れることは出来ない。まったく、厄介なのに目をつけられたもんだ。
「一夏、大丈夫? 怪我はない?」
シャルルはというと元の人懐っこい表情に戻っていた。
「ああ、助かったよシャルル。あと仕種のそれ、新しい武装か? 初めて見たんだが」
「ええ、初めて見せましたから。といってもトーナメント当日までは見せる予定もありませんけどね」
そう言うと右腕のガトリングガンをすぐに収納してしまう。きっと深桜の新しい武器候補なのだろう。
「てことはまだ他に隠し玉があったり?」
その問いに仕種はこくんと頷く。
「今は同じ装備ですがトーナメント前にもう一度、深桜に行って調整してもらう予定です」
これがワンオフ機体と量産機のチューンアップの違いなのか!?
こんなに手近に調整できるなんて羨ましくない、羨ましくないぞ……。
追加武装とか追加武装とか追加武装とか! う、羨ましくないんだからね……!?
「羨ましいんでしょうが」
「…………はい、羨ましいです」
寮への帰り道、二人の話声が聞こえた。というよりも片方が一方的に責めているような感じだった。
声の方向へ歩いて行くとそこにいたのは、沙種さんとラウラ・ボーデヴィッヒだった。
とりあえず、木の陰に隠れてなりゆきを見ることにする。
「その栄誉は教官で受けるものであった筈だ。貴女が受け取っていいものではない」
それは違う。沙種さんも千冬姉に匹敵するだけの実力を持った選手だった。千冬姉と対等に渡り合えるのも世界に数人でその中で一番千冬姉に実力も立場も近かったのが沙種さんだった。
「そう、かもね。ジャンヌダルクなんて自分でも過ぎた名前だって思うよ」
けど、沙種さんから出た言葉はラウラの言葉を肯定するものだった。そこには頂点に立ったというはなく、代わりに申し訳なさや悔恨の表情が浮かんでいた。
「だから、私はけじめをつけた。正確にはつけようとした、だけどね」
そう言って寂しそうな表情をラウラに向ける。沙種さんの「けじめ」というのはIS選手としての引退のことなのだろう。なのに、俺にはそれが引退以上に深刻な決断だったような気がしてならなかった。
「ならば、どうにかして教官をドイツに帰るよう説得を……」
「そこまでにしておけよ小娘」
「き、教官……」
「目上に対する態度がなっていないな。一度、痛い目を見んと分からんか?」
「わ、私はただ事実を述べていたまでです」
「ほう」
千冬姉は目を細め、ラウラを見据える目が厳しくなる。
「教官はジャンヌダルクに第一回大会の時の選考会でも勝っておられます。それに第二回の決勝戦でも全戦全勝の教官ならたとえジャンヌダルクの相手であろうと万に一つ……」
「どのみち、私は負けを選んでいたさ」
千冬姉の一言にラウラだけでなく俺も衝撃を受けた。千冬姉は俺を助けるために決勝戦を放り出して来たとばかり思っていた。
そのせいで俺は千冬姉の大会二連覇の偉業を成し得なかったとばかり思っていた。
しかし、千冬姉の口から告げられた答えはたとえ俺が攫われなかったとしても二連覇を諦めていたというものだった。つまり、それは戦う前から勝敗は決していたということで――――。
「教官、それはどういう……」
ラウラは俺の気持ちを代弁するかのように千冬姉に問いかける。
「ボーデヴィッヒ。お前に大切なものはあるか? 世界中を敵に回してもこれだけは守りたいという物だ」
「わ、私は……。私は教官さえいてくれればそれで……」
「甘えるなよ十五歳。私は貴様の親でもなんでもない。ただの教え子と教官に過ぎない。所詮は他人だ」
ぴしゃりと言い切る。こういうところの線引きが明確なのも千冬姉らしいといえばらしい。
「私が、守りたいのは―――。一夏と、私の友人姉妹だ」
「ッ!!」
その一言が決定打だった。ラウラの表情は年相応、いやそれ以上に幼く歪んだ。千冬姉に選ばれなかったことのショックと、また俺が選ばれたという二重の屈辱。
居た堪れなくなったのかラウラは宿舎へ逃げ帰るように走り去ってしまった。それを見えなくなるまで見送った後、千冬姉は盛大に溜息を吐く。
「はあ。これだからガキの相手は疲れる」
ラウラに関して千冬姉も相当頭を悩ませているのだろう。だってなあ、あんな千冬姉に心酔して俺を排除しようとする過激派な奴は始めて見たぞ。ドイツではそういうのが流行ってるなのか?
「にしても千冬も弟がいる前で堂々とそんなくさいセリフを吐けるのかねえ」
「っ!? い、一夏がいるのか!?」
千冬姉もラウラのことで手一杯で俺の気配を探す余裕もなかったのだろう。ていうかテンパり過ぎて名前の方を呼んでるし……。
「早いとこ出て来た方がいいよー。今の内に面倒事は解消しておかないと明日にとばっちりを食らうことになるからねー」
仕方がない。出なければ明日がない。出なければずっとこのままな気がする。勇気を絞り出して……!
「お、俺はしようとしてした訳じゃないし……。たまたま聞こえて来たからそれで……」
「ほー、立ち聞きとはいい趣味をしてるねー。異常性癖は感心しないよー?」
「どうしてそうなるんですか沙種さん!!」
出鼻をくじくかのように沙種さんにからかわれる。束さんと違った掴みどころのなさ。それをくすくすと笑いながら人(主に俺を)をからかって楽しんでいる様を見るとああ、姉妹だなってすごく思う。
「千冬姉、さっきのどっちにしろ負けを選んでたって……」
「それは言う訳にはいかん。忘れろ」
そっけなく返す。そこにあるのは拒絶に近い何か―――たとえ家族であろうと何人たりとも踏み込ませないようなプライバシー。
「でもそれってフランスのやお……」
「忘れろと言った。三度目は言わんぞ織斑」
「……っ」
俺が言いきるよりも早く語気を強めて俺の言葉を封殺する。そんな風に言われては俺はそれ以上を言えずに口を噤むしか出来なくなる。
「……分かったよ、千冬姉」
「学校では織斑先生だ」
「う、はい。織斑先生……」
うむ、と腕を組みながら縦に頷く。沙種さんがこういうことに緩い分、千冬姉は締めるところはとことん厳しい。
「けど、家族間での秘密主義も大概にしてくれよな。心配してるこっちの身にもなってくれよ」
ドイツのことにしろ、今回のことにしろいつだって千冬姉は俺には何も話してくれない。あるのは学園で先生方から聞くたった少しの情報くらいだ。もう少し話し合いをした方がいいと思うんだ、絶対。
「勝手にお前がしてるんだろうが。私の預かり知るところではない」
ですよねー。千冬姉はいつもこんな調子ではぐらかす。こうなった以上もう何を聞いても今日は教えてくれないだろう。
「そら、早く戻れ劣等生。このままでは、お前は月末のトーナメントで初戦敗退だぞ」
「分かってるって」
「ふむ。なら、いい」
そう言って、俺は千冬姉と沙種さんと分かれて寮の方へ戻った。
「……家族だからこそ、言う訳にはいかんのだろうが馬鹿者」
その一言は俺の耳に届かなかった。
* * *
あとがき
東湖です。
段々とモンド・グロッソでの出来事が少しずつ見えてきました。
沙種の過去がこの物語の根幹を成しているといっても過言ではありません。全ての始まりの話ですからね、ここ。
つーか、それ言ったら二巻終わったらどうするんだ……。