side:篠ノ之箒
あの転校生が騒動を起こしそうになった後、もうすぐアリーナも閉館するとあって私たちは一夏たちと分かれ、ロッカーに移動した。
途中、セシリアが一夏と一緒に行こうとしたがそんなことをさすまいと首を引っ張って連れて来た。まったく、油断も隙もあったものではない。
現時点で目に見えて一夏に好意を寄せているライバルはセシリアだけだが、油断は出来ない。何しろ、男は一夏一人しかいないこの学園ではその容姿も相まってかかなりモテる。
小学生の時分ではまったくそういった話はなかったが鈴に聞く限り、中学生でもかなりモテていたらしい。
それに一夏は誰にでも優しい天然ジゴロ体質なのだ。優しさは一夏の美徳でもあるが、後のは正直余計なものだとつくづく思う。
それに独占欲が強い自分からすればもっとそれを自分に向けて欲しいと思うが、毎度毎度ズレた解釈をしているので暴力で訴えてしまう。
悪い癖だとは思ってはいるが、これはちゃんと理解しない一夏だって悪い。悪いったら悪い、そうに決まっている。
とにかくこれ以上恋敵が増えないように願っているのだがそれは希望的観測だろう。来年になれば後輩という撃墜されやすい対象がまた増えてしまう。その前にどうにかして一夏と付き合わなければますます困難を極めるだろう。
だからあんなに恥ずかしい思いをしてまで告白したというのに……。
「一夏に告白する?」
「そ、そうだ。このままでは埒があかんのでな。それに部屋も別々になってしまったし……」
本当ならば部屋が変わったあの日に言おうと思っていたのだが、ズルズルとずれ込んでしまい結局言えず仕舞いで六月まで来てしまった。
あれから言おう言おうという思いはあるのだが、どうしても最後の踏ん切りがつかずその一押しが欲しくて仕種を頼って部屋に訪れたのだが。
「で、どういう風に言うつもりなんですか?」
「わ、私が今度のクラス別の個人トーナメントで優勝したら付き合ってもらう……ってどうして仕種に言わなければならない!?」
仕種の誘導尋問に乗せられて、これから一夏に言おうといていた口上を述べてしまう。
「やだなあ確認ですよ、確認。それでちゃんと一夏が正しい解釈をして受け取るかどうかの確認。で、実際のところどうなんです?」
「う……。正直、そう言われるとこれでも駄目な気がして来た……」
何しろ相手は彼のキング・オブ・唐変朴なのだ。これで通じていたらとっくの昔に一夏は誰かと付き合ってる筈だ。「付き合う」の意味を男女交際の付き合うと取らなさそうな気がして来た……。
それを聞くと仕種はふむ、と目を閉じて静かに思案する。すると何かを思いついたのかぽん、と手を打つ。
「でしたら、言おうとしてる言葉の前にこれを付け足しといてください」
そう言ってぼそぼそと耳打ちされた言葉に、瞬間的に顔に熱が集まるのが分かった。
「な、ななななななにゃんてことを……!?」
言葉にならないとはこのことだ。最後に噛んでるのは気にしている余裕すらないくらいにテンパりながら後ろにものすごいスピードで後ずさる。その早さは壁につくのに一秒も満たない。それくらいに仕種の言った言葉は衝撃的だったのだ。
「一夏に気付いて貰いたかったらそれくらいにド直球に言わなきゃ気付きもしませんって」
「し、しかしだな。そ、そんな、そんな言葉言える筈がないだろう……」
もじもじとしていると仕種にはあ、と溜息を吐かれる。
「箒、はっきり言ってそれくらいしないと一夏の中で女友達のカテゴリから抜け出せないですよ?」
その一言にむっとなる。
「私は幼なじみだぞ!? ファーストだぞ!? セカンドとは違うのだぞ! セカンドとは!?」
「ファーストもセカンドも幼なじみは幼なじみです。一夏にはそうとしか見てないんじゃないでしょう?」
仕種のその言葉を否定しようにも否定できないのが恨めしい。
『箒? 幼なじみだろ、ファースト幼なじみ。それ以外? ……何かあったか? 同じ同門だろ、同じ小学校だろ、えと他にまだ何かあったか?』
……言いそうだ。すごく言いそうでこれ以上、一夏のことを考えるのをひとまず止めにする。
「だいたい、箒にしたってセシリアにしたって自意識過剰なんですよ。一夏は箒のことを箒が思ってる以上に意識してないと思いますけど」
「そんなことは……!」
「そんなことあるんですよ。だったら同じ部屋にいる時に何かアクションの一つでもありますって」
そう言われると反論に困る。
「それにこの約束にしたって専用機持ちが私も含めて六人もいる一年の中で優勝出来るって考えてる時点で楽観的過ぎ。勝てるとしても剣の実力が上な一夏ぐらいだし、射撃型のセシリアやシャルルに対してどうするんですか」
「う、ぐぬぬ……!」
そう言われるとぐうの音も出ない。私は専用機を持っていないため使うISは打鉄になる。その攻撃法は近づいて斬るしかないのだが、まずそれをさせてもらうのかどうか怪しい。
セシリアにしたって鈴にしたって代表候補生に選ばれるだけの実力を有している。それはきっとフランスから来たシャルルとドイツのラウラも同じことなのだろう。まともに戦って勝てる見込みはかなり少ない。
「じゃあ、仕種は私のために負けてくれないか?」
「何言ってるんですか。嫌ですよ♪」
仕種に笑顔でそう言われて思わずがっくりと肩を落とす。
仕種が勝負事に手を抜かないことを分かってはいたが、こうもいい笑顔で返されると逆に諦めもついてしまう。
「まあ、秘策があるってのなら無鉄砲だっていったのも考え直しますけど」
秘策。そう言われて先月の夜に交わした約束を思い出す。
「秘策なら、ある」
姉さんは私のために機体を作ると言っていた。それは卑しい話だがきっと私のために心血を注いだ最高傑作であるに違いない。
そして、それは個人別トーナメントまでに間に合わせるとも言っていた。つまり私も仕種たち専用機持ちと肩を並べられるのだ。
「へえ、何か策があるんなら別に構いませんけど。まあそれは別としてえっちいことの一つや二つでもすれば一夏だって嫌でも気付くんでしょうけどねえ」
「え、えっちいこと」
そう言われると実際に一夏としていること―――つまりは具体的なナニをしているところを想像して。
「……ぶっ!! は、破廉恥だぞ仕種!!」
「何を今更。ただでさえそういうことに興味のある年頃なんですから仕方ないことだと思いますよ。おまけにこうやって女に囲まれて抑圧された生活を送ってるんですからかなり溜まってるんじゃないですか?」
「た、溜まって……」
仕種から口に出たワードを反芻するだけで頭が上気に当てられたかのようにぐわんぐわんする。
だ、駄目だ。これ以上具体的なナニを想像するのは刺激的過ぎる。ひたすら剣に打ち込んで来たためか私は如何せんこの手の話題には疎い。それとも仕種くらいの考えをしてるのが普通なのか?
「それに付き合ってればいずれそういうことだってあるんですよ?」
そう言われて近未来、そういうことになったことを想定して想像するが……。
……。
…………。
………………。
ぼんっ!! ぷしゅーっ……。
「あ、あうう……」
すぐに頭が情報処理しきれずにオーバーロードを起こしてしまう。
「……いや、別に箒にそこまで望んでませんけど」
で、あの告白だ。
『結婚を前提に、私と付き合って下さい』
ぶっちゃけ、これってプロポーズじゃないか?と気付いたのは自分の部屋に帰ってからだった。その後は恥ずかしさと後悔による悶絶の繰り返しだった。同居人がドン引きだったのは言うまでもない。
「……さん! 箒さん! いい加減、放して下さい!」
「……え。あ、ああ、すまない」
思考に埋没していたからかセシリアの声が全く聞こえていなかった。ぱっと放すと、後ろで「ああ、ISスーツの首が……」とか言っているが全くの無視だ。
「それにしても一夏め、私の説明の何が分からないというのだ」
思い出しただけで腹が立って来た。私が懇切丁寧に教えてやっているというのにまったく理解していないのだ。おまけに男子に教えられる始末。
……確かにデュノアは優秀だが、それよりも私の方が長く一夏のコーチをしていたのだ。一夏のことなら私のほうがもっとちゃんと把握している!
「まったくですわ。せっかくわたくしが理路整然とお教えして差し上げていますのに」
セシリアも思うところがあるのか、がうんうんと頷いて同調してくる。
「そりゃ無理よ」
私とセシリアが共感しているところに鈴が横やりを入れる。
「私の説明のどこがいけないというのだ! 私の説明を理解しない一夏が悪い!」
「そうですわ! いくら入学して来たときに知識がなかったとはいえもう六月。わたくしの言うことくらい完璧に理解してもらいませんと!」
「無理ですよ」
仕種も横やりを入れ始める。どうでもいいがこの二人、随分と仲が良くないか?
「じゃあ、一体」
「何がいけないというのかしら……?」
ずいとセシリアと共ににじり寄る。すると二人は涼しい顔で、
「「だってそりゃあ、一夏だしねえ」」
声を揃えてそう言った。その一言に凄く納得させられてしまうのがなんとも腹立たしい。この行き場のない怒りはどこにぶつけようか。それ以外にこの二人から生ぬるい眼差しを感じるのは気のせいだろうか……。
「それにしてもあのドイツの転校生、どうしてあんなにも一夏を目の敵にするのよ?」
「それは私も聞きたいくらいだ。私に聞くな」
正直、私だって心中穏やかではない。それは仕種を除いたここにいる私たちの総意であるに違いない。
一夏がいなければ。アイツはそう口にした。
織斑一夏という存在の否定。
それは一夏がいなければ全てが上手くいっていたような口振りだった。一夏さえいなければ千冬さんはより高みにいけると。二連覇が果たせただろうと。
そんな妄信のような確信をあの女は抱いていた。一夏とアイツの間に何があったか知らないが、アイツのその言葉は一夏に救われた私まで否定されているようで苛立たしい。
何よりも、アイツの目はまるで―――、
「……箒さん?」
セシリアが心配そうに覗き込む。
「いや、済まない。少し考え事をしていただけだ」
少し気にし過ぎてるようだ。アイツはアイツ、私は私だ。アイツと私は違う。
「仕種は知らないか? あの転校生があそこまで一夏を狙う理由を」
「さあ、ね。ただこんなこと、当事者でもない私たちが心配しても仕方ないんですけどね。さっさとあの二人にはこの問題を片づけてもらわないと」
確かにこのことは一夏と千冬さん、ラウラの問題であって私たちが介入すれば即解決というそんな生優しい問題ではない。これはきっと私たちが思っている以上に確執が深いだろう。
そしてこれを解決できるのは当事者である一夏でしかない。
「さ、暗い話題も終わり。さっさと着替えて、夕食にしましょう」
そう仕種の一言で皆は着替えに取りかかるのだが鈴はうーっと唸ったまま動かない。その鈴の恨めしそうな目線を辿って見ると先にあるのは。
「ないものねだりですよ、鈴」
「う、うっさい! 分かってるわよ……」
胸である。人がここにいる胸を都市の発展具合で表すならセシリアが政令指定都市、仕種が県庁所在地らしい。
そして私がメガロポリスで、鈴が過疎……とのこと。誰が例えたかは知らないが失礼なもの言いである。
「だいたい、あんたら育ち過ぎなのよ! 何食べてたらそんなに育つ訳!?」
鈴の怒りようはまるで親の仇を見るかのよう。こればかりは遺伝子だからしょうがないなんて言った日にはどんな目に合わせられようか。女の嫉妬ほど恐ろしいものはない。
「こんなものあっていいものか。あれば肩が凝るだけだし、合う服はないし、周りには奇異の目で見られるだけだが」
「り、鈴さん。落ち着いて。世の中には慎ましい方が好みという方もおられますし、そう悲観することでもありませんわよ……?」
私が大きいことの不満を言い、セシリアがフォローするに入るも、
「持ってるあんたらが言っても説得力がないのよ! それに箒、アンタに限っては嫌味か!? あたしへの当てつけか!? 新手のイジメか!? それとも心理作戦か!?」
半泣きになりながら訴えられた。これ以上は焼け石に水だ。放っておこう。
「じゃ、じゃあ仕種さんはどうなのかしら……?」
こっちに振るな空気読めよセシリア、なんていたいけな視線がセシリアを穿つ。その視線は主は勿論、仕種である。
「あんたら二人のも納得いかないけどっ! 仕種のも納得いかないのよおおっ!!」
鈴はズビシィッ!と音を立てるような感じで仕種を指差す。ああいえばこう言う、どないせいっちゅうねん。
仕種は私たちに比べれば平均的で何ら問題がないように見えるがそこには私には理解出来ないような深ーい事情があるのだろう。
ただ、揺るぎない事実なのは少なくとも仕種は鈴よりかはある。
大は小を羨ましがり、その逆もまた然り。仕種の言ったとおり、ないものねだりである。
「そんなデカパイは男でも女でも死ぬほど揉まれて消え失せろおおおおおおおおおおおっ!!!」
「鈴さん、落ち着いて! 貧乳はステータスだというこの国の格言が……ひゃあああああああああああああああっ!?」
まあ、極論ぶっちゃけて言ってしまえばないやつのひがみであった。
あとセシリア、それは言う人間を絶対に間違ってる。
side:露崎仕種
あの後、部屋に帰ってすぐ軽くシャワーで汗を流して夕食のピークを避けるために明日の予習をしていると控えめなノックが聞こえて来た。
ゆっくりと立ち上がりドアを開けると部屋を訪ねて来たのは、
「シャルル? 何の用ですか?」
オレンジのラインの入った部屋着を来たシャルルだった。その華奢な肢体は制服を着ている時よりも更に儚げな印象を受ける。
「うん、ちょっと仕種の部屋を見ておきたくて」
別に変ったものなんて置いてないですけど、まあいいか追い出すほどのことでもないし。
ちなみにこれは関係のない話だが、セシリアの部屋はシャンデリアに天蓋付きのベッドが置いてある完全にお嬢様な部屋だった。なんでもああでなければ寝付けないらしい、子供か。
まあ、枕が変わると寝られない人もいるという訳ですし、セシリアの場合それの酷い奴なのだろう。同居人の肩身の狭さには同情せざるを得ない。
「仕種が一人部屋ってホントなんだね」
部屋に入ってそう第一声を上げる。まあ寮生の多くは二人部屋だし私が一人部屋でいるのが少し珍しいのだろう。かくいうシャルルも一夏と相部屋だし。
その当のシャルルはというと何か気になるところがあるのかはキョロキョロと部屋を見回している。
「……何か可笑しなものでも」
「べ、別に何でもないよ? あ、僕が紅茶入れるよ」
「お気遣いなく。部屋の主がお茶の準備くらいしないと悪いですよ」
「そんないいって。いきなり僕が押し掛けて来たんだし」
頑として譲ろうとしないシャルル。シャルルってこんなに積極的だったか? まあ時々強引なところもあるようだしこう言った以上、折れることはないだろう。
それに入れてくれるっていうのなら人の好意を無碍にするのも悪いですしここは素直に受けておきますか。
「分かりました。勝手はどの部屋も一緒ですから。とはいえパックしかないんですけどね。あ、そこの棚の中に入ってますから」
そう紅茶の場所を説明するとポットでお湯を沸かし、慣れた手つきで二人分の紅茶を用意する。
「はい」
そうシャルルに手渡され紅茶を口に運ぶ。シャルルが淹れた紅茶は心なしか自分で淹れた時のものより上手に出来ているような感じがした。
「紅茶ってフランスのイメージがあんまりないんですけどね」
どちらかといえばセシリアの国イギリスがそれに相当する。実際、食事のときでもコーヒーやお茶よりも紅茶を好んで飲んでるし。
「そうかな。フランスでも飲む人は飲むけど、やっぱりコーヒーが多いかな」
「ふうん。で、シャルルはコーヒー党ですか?」
「僕はどっちでもないよ。コーヒーも飲むし、紅茶も飲むけど。苦いのはあんまり得意じゃないかな」
そうしてシャルルが部屋に来て話をして十分くらい経った時、急に視界がぐらりと揺れる。
「あ、あれ……? おかしいですね……。いつもこんな時間に眠くなることはないんです、けど……」
人がいるのに欠伸が出てきそうになるのを必死に噛みしめる。
「きっと疲れてるんだよ。明日休みだからゆっくり休むといいよ。僕が戸締りしとくから」
「そんな、悪いですよ。戸締りくらい自分でします、から……」
そう言って立ち上がろうとするが上手く立てずにテーブルに手を付く。足取りも覚束ないぐらいに眠いとは相当重症のようだ。
「いいからいいから。そんなんじゃ危ないよ」
「それじゃ、ご厚意に甘えて。お願いしますね、鍵はテーブルの上に置いてますから」
シャルルに任せるとベッドに身体を横たえると一分も経たずに睡魔が全身を駆け巡る。
起き上がろうにも力が入らず、ただただ我が身をベッドに預けるような情けない構図になっているだろう。
駄目だな……。こんな誰かのいるところで無防備になるなんて。
いけないことだとは分かっているけど正直、考え事するのももう限界、かも……。
最後にそれだけを頭で理解すると瞼が完全に落ちて、世界は真っ暗闇に覆われる。
その意識が完全に落ち切る手前、ごめんねという謝罪の言葉が聞こえた気がした。
* * *
更新遅くなってしまって申し訳ないです。東湖です。
この回はすげえ難産で頭のアイデアをガリガリと削りながら捻りだして出来た物です。
ですので色々と残念な場面もありますが、そんなものはご愛嬌と受け流してくれるとありがたいです。
一夏のラッキースケベ? そんなものは(ご都合主義という名の)紙回避さ!