side:織斑一夏
第三アリーナ。
織斑一夏は完全に息詰まっていた。
その原因は言わずもがな、自称俺専属コーチの箒とセシリア+鈴のせいである。
とりあえずいつも通り模擬戦をして悪い所の駄目出し。そういう流れだったのだが、問題はここからだった。
解説がちんぷんかんぷんである。
擬音語マスター箒の説明は相変わらず意味不明だし(てか、ずばばばばといった後にひゅいっってなんだ。ぽぽぽぽーんってのとどう違うんだ)。
セシリアは屁理屈で固めた論文を聞かされてるような感じだし(今のは斜め45度前進の後、75度旋回? ごめん、生憎とそんな戦いながら角度計算なんて出来る聡明な頭脳を持ち合わせていません……)。
鈴はフィーリングだし(こんな感じかと聞いても違うとか言うし、どないせいっちゅうねん)。
しかもいつもはいる筈の解説役の仕種が体調不良を訴えて今日は不参加。そのせいでコーチ陣の御三方の解説が全く分からずにいた。
うああ。こんなんだと俺の頭も、もう限界……。
「「聞いているのか(んですの)一夏(さん)!」」
「一夏聞いてるー? ってありゃ、こりゃ駄目ね。完全に頭のブレーカー落ちっちゃってるわ」
なあパト●ッシュ。俺もうゴールしてもいいよな……?
「一夏っ!」
天の救いかシャルルが遅れて来た。おお、今のこの状況下だとシャルルが女神さまに見える。いや男だけど。
どうやら個人面談は思いのほか早く終わったらしい。
その表情は教室で会話した時のようなどこか鬱蒼としたものではなく、いつも通りの人懐っこい笑顔に戻っていた。
「ごめん、遅れちゃって。あれ、仕種は?」
「いや、調子が出ないみたいらしく今日は練習に出ないって言ってたぞ」
「そう、なんだ」
シャルルの表情が僅かに翳る。
「ん、どうした? 仕種と何かあったのか?」
「あ、うん。大したことじゃないんだ。それより練習しようよ。トーナメントまでに詰め込むべきことはまだまだある訳だし」
「おお、そうだな」
食い気味にツッコんでくるのが気になるが、とりあえずその通りだ。トーナメントまであまり時間がない。その間にレベルアップ出来るのであれば可能な限りしておかないと。
そうでなければ、次にアイツと出会ったときに……。
「っ!!」
飛んで来た砲弾を避ける。俺のいた場所には小さなクレーターが出来ていた。
その先にいたのは、
「ラウラ・ボーデヴィッヒ……!」
「アンタ危ないわね。密集地帯にところ構わずとりあえずぶち込むのがドイツ軍人の流儀なの? 授業ではそんなこと千冬さん教えなかったわよ?」
仕種を見続けたせいか相手を的確に抉るように皮肉る鈴。
「黙れ。貴様が教官を知ったように語るな。不快だ」
ラウラは嫌悪を隠すことなく俺たちに向かってぶつけてくる。どうやら、千冬姉について触れることはアイツの鬼門らしい。
「あっそ」
相手の気分を害せたためか気分が少し晴れたらしく、鈴は適当にあしらう。
「中国の『甲龍』にイギリスの『ブルー・ティアーズ』、そして日本の『白式』か。ふん、データで見た方が強そうではあったがな」
「言われてるわよセシリア。なんか言い返しなさいよ」
「なんでわたくしが!? 鈴さんも言われてますわよ!?」
「嫌よめんどいし。言い返したところでまたムカツクの言われるの目に見えてるし」
「ああもう! 一夏さんも何か言い返すことはありませんの!?」
「悔しいけど、事実だしなあ」
「どうして認めちゃうんですの!? 男の子でしょう!?」
珍しくセシリアのツッコミが冴えまくる。こんなキャラだったか?
「はっ。こんな連中が専用機持ちとはな、余程の人材不足と見える。数くらいしか能のない国と古いだけが取り柄の国に、猿真似がお得意の国はな」
カチン。その言葉は聞き捨てならない。
「言ってくれるじゃない。最近じゃ技術革新で世界経済の中核になって来てる国に向かってどの口聞いてるの? あと中国四千年の歴史舐めんな」
「千冬姉の祖国だってのに言いやがるじゃねえか。それは技術大国日本って言われてるのを知っての狼藉か?」
「えーと、えーと……。イ、イギリスにも誇れるところはたくさんありますわ!」
「「「「「………………」」」」」
その一言と同時、微妙な空気が場を支配する。
具体的に言うと、何この色々言いたいことはあるが纏まらず、とりあえず抽象的だけどいいところはたくさんあるよ! ってなざっくりきっぱり何の遜色もなく言ってしまえば、色々と残念な感じ。
「……言うことに欠いてそれはないわセシリア。素直にメシが不味いでいいじゃない」
「おいおい鈴、それは流石に可哀想だろ。本初子午線が通ってるとか東インド会社作ったとかメシがまずいとか無敵艦隊を落としたとか色々あるだろ」
「なんでそんな微妙なものばかりなことばかりですの!? あとさらっと食事のこと混ぜてません!? ていうか時期が集中してません!?」
ちなみに向こうの大航海時代はだいたい日本の戦国時代にあたる。
「ふ、ままごとはそれで終わりか? ではかかってこい」
ラウラは見下したように俺たちを品定めする。
「アイツは俺がやる。セシリアも鈴も手を……」
「却下」
鈴が俺が言い終わる前に一蹴する。
「な……」
「何水臭いこと言ってんのよ。一夏一人じゃ荷が重いっての。ただでさえ弱っちいのに見栄張っちゃって。これだから男の子ってのは」
「そうですわ。一夏さんの今の実力で本当にあの人に勝てるとお思いですの? でしたら、それは思いあがりでしてよ」
「鈴、セシリア……」
「別に複数を相手するのは構わないが。それで勝機があるのならな」
それは絶対の自信の表れか上から目線は変わらない。
「そんなのやってみなきゃ分かんないだろうが。日本では諺で三人寄らば文殊の知恵ってのがあるんだぜ」
「無能は三人だろうが、何人寄せ集めたところで無能だ」
「あたしまで一緒にしないで欲しいわね。無能は一夏だけで充分だって」
「同感ですわ。代表候補生を無能呼ばわりするのは織斑先生だけで充分ですわ」
お、俺がいる目の前で好き勝手言いやがって。後で覚えてやがれぇ……。
「シャルル。箒を頼む」
「一夏はどうするのだ!?」
「アイツの狙いは俺だ。だから俺が引きつけておけばここから出られる筈だ。」
少しの間でいい。アイツの気を引ければシャルルの腕前ならここから引き離してくれる。
「分かった行こう、篠ノ之さん」
「デュノア!? しかし一夏が!!」
「今、ISを着けてない篠ノ之さんがここにいても足手まといになるだけだよ。それに相手が相手だけに周りにまで気にしていられる余裕はない」
「くっ!」
箒は悔しそうに下唇を噛みしめる。
分かっている。箒だけがこの場で戦えない悔しさを俺だって痛いくらいに理解出来る。
力がなくて周りに迷惑をかけるのは本当に辛いから。
「箒」
「……分かっている。デュノア、頼む」
「了解、篠ノ之さんしっかり掴まってて。ちょっと飛ばすから」
そう言ってシャルルは箒をおんぶするとアリーナの入り口に向かって飛ぶ。
「私から逃げられると思っているのか?」
ジャキ、とレールガンの照準を合わせる。
狙いは、シャルル。そしてISスーツしか身に纏っていない箒。
「あら、では逆に聞きますがそんなことやらせるとお思いですの?」
その一言が合図。
ブルー・ティアーズのBTがシュヴァルツェア・レーゲンの狙いを定めるを防がんと頭上より土砂降りの雨のようにレーザーが降り注ぐ。
「ちっ……!」
忌々しげに舌打ちをするが、そんなものはどうでもいい。今、アイツのしようとしたことが俺の何かに火を付けた。
「せああああああああああっ!!」
体制の崩れた敵を目がけ切り払う。
しかし感情と同時に動いた剣は見切られ、大きく後退し距離を置く。シャルルたちの方を見るともう姿はアリーナの出口付近にいた。どうやら無事に出られたようだ。
「アンタ、今本気で撃とうとしたでしょ? ISを装着してない人間に対して銃口を向けるなんていい度胸じゃない」
「戦力的に弱い奴から潰し、拮抗を崩す。戦略の基本だろう?」
その一言に俺だけでなく鈴の堪忍袋の緒も完全にぶっちぎった。
「気が変わった。アイツを絶対殴る。ISアーマーで絶対防御が発動するまで殴る。謝るとは思えないからつまんなそうな顔が出来なくなるまでアンタの横っ面を思いっきりぶん殴る……!」
「やってみるがいい。出来るならな……!」
その言葉と同時、両肩からワイヤーブレードを伸ばす。雪片を通常のブレードに戻して切り払いながらどうにか捌く。
鈴の衝撃砲が援護し捌ききれなかった部分を押し返す。
「一夏、アンタが前に出なさい! あたしとセシリアがお膳立てしてあげるから雪片できっちり決めなさい!」
「鈴の分は!?」
「とっとかなくていいわよ。一夏がぶちのめした後にしこたま殴らせてもらうから!!」
「鈴さん勝手に役割を決めないでくださる!? ……まあ、一夏さんには雪片しかないのですから必然的にそうなるんでしょうけど」
セシリアは文句を言いながらも渋々鈴の意見を聞き入れてくれるようだ。
「小細工を弄したところで私とシュヴァルツェア・レーゲンに敵うものか」
「そんなもの知ったことじゃないわよ。少なくとも、弱い者虐めする奴にだけは負けたくないわ」
鈴は昔いじめられていた。中国の出身と名前のこともあって転校してきたばかりの鈴はいつも男子にからかわれていた。
その度に俺が大立ち回りして助けていたんだが、それでも止めないってのが幼さ故の残酷さというもので裏では何度かそういう陰湿ないじめがあったらしくそっちは仕種が潰して回っていた。
「そんなもの弱い奴が悪い。強さが正義だ」
弱肉強食。分かりやすい世の理だ。
「いいわ、だったらアンタの理屈に則ってやろうじゃない! 弱者が強者を倒すってのは歴史が常に語ってるからね!」
激戦が幕を開ける。
side:露崎仕種
放課後の廊下。
さっさと自分の部屋に戻ればいいものを、どうしてかうろついて夕食までの時間つぶしをしていた。
一夏たちの誘いを受ければ気晴らしにはなったかもしれないと思いつつも、受けなくてよかったかなと思う自分もいた。
今の私はどうしてかイライラしている。
契機はあの時のシャルルの諦観し切った態度もだが、自分の短絡さにも腹が立つ。
諦めてるって口では言ってるくせにその実はタスケテって言ってるんだから尚更にもやもやが募る。
もし、一夏たちの誘いを受けていたら一夏の出来の悪さと箒とセシリアの痴話喧嘩で余計にイライラしていたかもしれない。
その一点だけに関しては参加しなくてよかったと心からそう思える。
とりあえず、このイライラの原因は今日という日のせいにしておく。
そうでなければ、またあんな醜態を繰り返してしまいそうになる。
「仕種!」
後ろから呼びかけられる。声の主はISのスーツのままの箒だった。
「箒、一体どうしたんですか? 廊下を走るなと―――」
「それどころでは、ない!」
肩で息を吐かなければ呼吸もまともに出来ないくらいに箒の息は荒い。きっとアリーナからここまでずっと走り続けていたのだろう。
つまり、それだけ自体は切迫しているということ。
「い、一夏がドイツの転校生と……!」
予感的中。悪い予感は連鎖する。まるで泣きっ面に蜂だ。
しかもその一言だけで全てを悟れてしまう自分が恨めしい。
「……場所は?」
「だ、第三アリーナだ! シャルルは今、織斑先生を呼びに行ってもらってるが……」
模擬戦ならば、静観ということなのだろう。だからこれを止めることができるのが同じ生徒である自分しかいないと、走り回って私を探したのだろう。
体調の悪い時に面倒事を頼まれるのは厄介なことこの上ない。
……少しだけ、仕事を押しつけられる山田先生の気持ちが理解出来た。頼まれたらノーと言えないところまで。
ああ、もうちょうどいい。
ドイツの彼女にはコイツの試験を付き合ってもらう。
side:織斑一夏
「所詮、三人が束になったところでこの程度か」
つまらなそうにラウラは零した。
白式は機体の至る所が中破していてISのアーマーもほとんどないに等しい。さっきからイエローゾーンの警告が鳴りっぱなしだ。
セシリアと鈴も俺ほどではないが、かなり攻撃を食らっておりこれ以上は拙いのが素人の俺でも分かる。
一方のラウラはかすり傷などの小破はあるが俺たちと比べればまだまだ充分に戦えるレベルだ。
「ち、きしょう……」
さっきからこちらからの攻撃は届きはしない。俺が近づこうともある一定のラインで身体が前にも後ろにも動かせなくなるのだ。
あいつの周りはまるで見えない糸を張り巡らされているかのように。
その見えない糸は俺だけでなく、鈴の衝撃砲すらも受け止める。飛び道具でまともに通るといえばセシリアのライフルとブルー・ティアーズのビット攻撃だけだ。
しかも胸糞悪いことに俺を停止結界で捕まえた後、セシリアのブルー・ティアーズや鈴の衝撃砲の攻撃コースに放り出すのだ。
結果、援護の筈の攻撃をモロに食らってしまいこの中で一番ボロボロだ。
「まさか、AICがここまで完成度が高いなんて……」
「相手を知らば百戦危うかず。貴様らに欠如していたのは圧倒的な情報ということだ」
ISの国際条約で原則として使われている技術は開示しなければならない。
しかしそこで弱点をバラすようなバカなどいない。
有用性だけ見せておいて欠陥というのは伏せるのが一般的だ。
ならばあれもある筈だ。≪ブルー・ティアーズ≫や≪龍砲≫と同じように致命的な弱点が。
「お前らは同士討ちがお似合いだな。どうだ織斑一夏、仲間の攻撃を受けてなぶり殺しにされる感覚は」
「じゃあ、逆に聞くが俺を盾にする感覚はどうだよ……」
「無様だな。私が手を下すまでもなくやられていくのは本当に無様なことこの上ない」
「ああ、そうかよ」
「これで証明されたな。お前らは何人集まろうと無能であるとな」
そこに自分の方が優れているという絶対的な確信を持って言い放つ。
「ああ、分かったぜ」
ハイパーセンサーなしでも拾えるように呟く。
「お前、俺が怖いんだろ? だから俺を直接手を下そうとしない。零落白夜っていう一発逆転を恐れて。だから直接殴りに来ない」
俺の物言いにぴくり、と反応する。
「ほう、それだけやられて尚も減らず口を叩くか。だが見え透いた挑発だな。そんなものには乗るつもりはない」
冷静さが勝っているのだろう、俺の誘いに乗ってこようとしない。
「それにお前は前に千冬姉は完璧に近づけるだって言っただろ? それは間違いだ。完璧な人間なんかいやしない」
その一言にアリーナの空気が歪んだ。
「もう一度言ってやる。完璧な人間なんていない。完璧な人間なんて出来やしない」
二度目の言葉に大気が重くなるような感じに囚われる。が、そんなことには怯まずに言葉を続ける。
「千冬姉だってお前が思う以上に完璧じゃない。血も涙もある普通の人間だ。確かに千冬姉は強いけど、それでも千冬姉もお前と変わらないただの人間なんだ」
片付けなんてロクに出来なくて。掃除洗濯も俺に任せっきりで。帰ってきたらビールばっか呑んでて。
そんな一面もあるけれど、そんなだらしない部分があるから千冬姉は人間なんだ。
そうでなければ人間らしくない。
そうでなければ不完全ではない。
そうでなければ織斑千冬らしくない。
「言うことを欠いてそれか。どうやら、私には貴様が死に急いでいると見える」
千冬姉を凡俗と言われたためか、アイツは親の仇を見るようにぎらついた赤い右目で俺を睨みつける。
その目に少しビビったが、正直ここまで来て後には引けない。
「馬鹿! 一夏、なに考えてんのよ!」
「そうですわ! 自棄になるのは早すぎますわよ!」
鈴とセシリアから酷い罵声が飛ぶ。
あいつらはああ言ってはいるが、こっちに策がない訳ではない。
挑発にはちゃんとした理由がある。
このままでは埒が明かない。決定打もない。長期戦はこちらが不利なのは目に見えている。
だからこの零落白夜でアイツを切り裂くために奴と直々に対する必要があった。
しかし相手は相当の実力者。失敗すればそれこそ今の白式じゃ完全なスクラップだ。
エネルギーはギリギリ。チャンスは一度きり。
やれるか、あれを。
いや。やれるか、じゃない。やるんだ。
遠い日の記憶を探り、イメージを鮮明に思い描き、思考をクリアにし、アイツの次の一撃に全てを賭ける。
アイツとの因縁共々次の一撃で断つ。
イメージに応えるかのように雪片弐型から零れる光は細く、鋭く、シャープな剣に形を変える。それは西洋の剣というよりも日本刀。
そして刀を腰に添え、居合抜きの姿勢に入る。
それに見覚えがあるのか、ラウラの表情が歪む。
「紛い物の刀で私を切ろうというのか。所詮は借り物、付け焼刃ということを思い知れ」
アイツが低く屈み、エネルギーを溜める。
ああこの技は借り物かもしれない。
でも、志は俺のものだ。
「行くぞ」
来る。瞬時加速。
その加速が爆発しようとした瞬間、横からの砲撃にラウラのアーマーが大きく爆ぜる。
「っ!?」
アリーナにいる誰もが驚愕した。何が起きたのか一瞬理解出来なかったが少し考えればすぐに理解出来た。
こんなタイミングに加勢に来る人間なんて一人しかいない。
そのために箒とシャルルは走り回ってもらったんだから。
奴を捉えた攻撃の軌跡の先には、ストレリチアを構える仕種の姿がそこにはあった。
「く、クハハハハハハっ!! 来たか、ついに来たか……!」
場内にアイツの高笑いが響く。狂ったような、待ちわびたような、愛おしむような見たこともないような歪んだ笑みに聞いたこともないような歓喜。
「ち、ちょっとアイツのテンションヤバくない?」
「え、ええ。一夏さんを見ていた時よりも明らかに異端な……」
鈴とセシリアが思わずアイツの表情に戸惑いを隠せないでいる。
正直、俺も戸惑っている。あんな歪な笑い方を人間は出来るのか……?
仕種はというとその表情は苦虫を噛み潰したかのように歪んでいた。
「まったく、とんだ甘ちゃんだな。仲間がピンチとあらばすぐに飛んでくるか。本当に都合のいいヒーローだ」
セシリアと鈴はその言葉にはっとし、アイツの本当の目的を理解する。
「じゃあ、あたしたちは……!」
「仕種を引っ張り出すためだけのダシに使われたんですの……!?」
アイツの狙いは元々仕種だった。それを俺たちはいいように引っ張ってこさせちまったっていうのか……!?
「まあ、いい。役者は揃った。後は叩き潰すだけだ。専用機持ち四人をここで潰してしまえば残りは第二世代だけだ。個人別トーナメントで勝ち抜くことは造作もない」
クク、と愉悦に口元を歪めながら仕種を睨みつける。
そこにいるのは先程の冷淡な兵士とは程遠く、これから始まるメインディッシュを前にして待ちかねているような愉悦に狂った人形だった。
「潰させると思っていますか?」
仕種はいつものように静かに問う。いや、いつもと比べると逆に静か過ぎて怖いくらいだ。
「関係ない。全てを捻じ伏せるだけだ。ああ、そうだ。貴様さえ、貴様さえいなければあんなことにはならなかったんだ! 教官が二連覇出来なかったのもお前が全てのっ!!」
元凶。
怨嗟の咆哮は向けられた仕種だけでなく俺たちにまで飛び火する。全方位に向けて放たれる方向性のない絶対零度の殺気は肌を刺すような痛みをヒシヒシと感じさせる。
「言いたいことはそれだけですか?」
それを何事もないかのようにいつも通り涼しく受け流す。その瞳には憐みにも似た感情が滲み出ていた。
「三人とも下がっててください。アイツの狙いは私のようですので、私が相手をすればアリーナから出るくらいは出来る筈です」
「でも仕種! いくらなんでも一人じゃ!」
「では聞きますが、三人ともそのダメージレベルでまだ戦うつもりですか? この後、個人別トーナメントで間に合わなくなるかもしれないのに?」
それを聞かされると二人とも口を噤んでしまう。
確かに。これ以上のダメージは拙いかもしれないのはなんとなく理解出来る。
「分かったら三人ともアリーナから出て下さい。修復期間的にこれ以上のダメージはトーナメントに出られなくなりますよ?」
「そんなの、そんなの攻撃を喰らわなければいい話でしょ!」
鈴が珍しく食い下がる。
「では、どうして私が来るまでにそんなにボロボロなんですか?」
「ぐ! そ、それは……そう! 一夏! 一夏、アンタが悪いのよ!」
な……! 責任転嫁とは卑怯な!
はあ、と大きく息を吐く。珍しくイラついているように見える。
「はっきり言ってここに留まることは私の邪魔になります。流れ弾で撃ち落とされたいのならばどうぞアリーナに残ってください」
「でも仕種っ!!」
「いい加減に聞き分けて黙れ。今日はすこぶる虫の居所>が悪いんですよ」
「っ!!」
仕種が珍しくはっきりと厳しい語調で断った。それは初めて見る仕種の確かな拒絶。
こんな乱暴な仕種は見たことがない。こんな荒れてる仕種は見たことがない。こんな冷たい仕種は見たことがない。
「し、ぐさ……?」
「………………」
呆然とする鈴を尻目にレールガンを収納し新たに武器を構える。
それは見覚えのある黒鉄の機関砲。あの時はよく観察できなかっただが改めて見るとその銃は明らかに異質なものだった。
銃口の口径は明らかに通常のアサルトライフルなどの域を軽く逸脱していて、その大きさは戦闘機に装備されているそれに近い。
銃というよりも砲台。そんな印象を受けた。
仕種の腕に装備された機関砲は先日のように左腕だけではない。右の腕にも装備された雄々しくも禍々しい黒のファランクス。
「そろそろ拙いですわね。一夏さん、鈴さん、引きますわよ」
「でも……。あたしは……」
「鈴。仕種を思うんだったら引いてやってくれ。頼む」
「っ……。分かった、わよ」
最後まで渋った鈴をどうにか説得し第三アリーナを後にする。仕種一人でアイツと戦わせるのは後ろめたかったが、仕種に従うしかなかった。
それは仕種が望んでいたから。鈴を巻き込まないようにするためだって信じたかったから。
そして会場には二人しか残して後は誰もいなくなった。
相対する距離は規定の位置よりも少し遠く向かい合っている。
「まったく、予定を繰り上げて日曜に深桜に行っておいて正解でしたよ。まさか大会も始まってもいないのにいきなり切り札を切ることになるんですからね」
やれやれといった風に仕種はおどけて見せるが、対するラウラの表情は先日に見た時と同じように硬い。
「ああ、仏頂面の原因はこれですか? ご心配なく、一度バラしてIS用に作り直してますから大丈夫ですよ。まさか、軍人たる貴女がこの武器の正体を分からない筈がありませんよね?」
「知らない訳がないだろう。“アヴェンジャー”。まさか、こんなところでお目にかかれるとはな。開発者はよほどの酔狂か、バカだと見える」
「酔狂なのは否定しませんけどね。常軌の考えじゃ新しいものを生み出せないってのが信条らしいんでその辺は勘弁してやってください」
対戦前の言葉のキャッチボールは終了し、戦いは今か今かと開幕を待ちわびている。
ゴングはいつ鳴るのか。レフリーのいなくて大丈夫なのか。
そんな心配は無用だ。勝負は既に始まっていて、内容は時間無制限一本勝負。
つまりどっちかが力尽きれば負け。これ以上に分かりやすいルールはない。
「さあラウラ・ボーデヴィッヒ、戦争をしましょう」
そして第二ラウンドの幕が開けた。
「一夏、セシリア、鈴! 無事だったのか!」
箒とシャルルがアリーナのピットにいた。
「ああ。今、仕種がラウラと戦闘中だ」
とりあえず、ここだと無事だし何より三人もIS状態だと狭さ的にも問題なのでISを解除する。
瞬間、どっと疲れが押し寄せて崩れる。あれだけのダメージのフィードバックが一気に来たのだ、立っていられる筈もない。
「一夏!」
完全に崩れ落ちる手前、箒に支えられる。
「あ、悪い。箒……」
「馬鹿者! こんなになるまで無茶をして……」
箒からの罵倒を浴びせられるが、正直ここに帰ってこれた時点でよしとしたい。
「三人とも下がってて。一人じゃやっぱり心許ないよ」
シャルルがISを展開しようとしたところをセシリアが制する。
「デュノアさん、行かれない方が賢明ですわ」
「でも仕種が!」
「仕種自身が援護を必要としなかったのです。行ったとしても足手まといにしかなりませんわ」
納得出来ないのかシャルルの真剣な目がセシリアを真っ直ぐと見据える。
「それに、今のあそこは―――地獄ですもの」
セシリアの視線はシャルルの目を離れ、モニターに移る。
ピット内のモニターに映し出される姿に箒とシャルルの二人だけでなく、皆は絶句した。
地面を抉られる度に舞い起こる土煙。
回避出来るのかすら分からないほど一面を圧倒的な数で埋め尽くすの弾幕の嵐。
工事現場の削岩機の撒き散らす地鳴りのするような酷く耳障りな音。
全てが全て、受け入れ難いことにこの壁一枚を隔てた向こう側で繰り広げられている嘘のような事実。
そこでは戦闘ではなく、戦争は起こっていた。
「一体、何なんだ……これは」
箒は目の前の状況を見てようやくそれだけを絞り出す。
「まったく、デタラメな兵器ですわね。あの時、ボーデヴィッヒさんが攻めるのを躊躇うのも道理ですわ。こんな、ISの兵器としても度の越えた武装をよく許容したものですわ」
目の前の光景を目の当たりにし、セシリアの言葉に皆は同じ気持ちにならざるを得なかった。
それはただただ暴力を撒き散らすだけの武器のようであり操縦者を、また対戦相手のことを全く度外視した武器のようにも見えた。
それはまさしく規格外。
その異常性は規定内の中の規格外。
「そういえば彼女、仕種とあの武器について何か話してませんでしたかしら?」
「ああ、確かそんなこと言ってたわね。たしかアヴェンジャーがどうとかって言ってなかった?」
セシリアと鈴の会話を聞いていたシャルルの顔から血の気が失せる。
「嘘……。ホントにそんなこと言ったの……?」
「確かにそう聞きとったが。なんだ? 何か拙いのか?」
「拙いも何も、最悪だよ。それはきっとGAU-8。通称、アヴェンジャー。数あるガトリング砲の中でも比べ物にならないほど逸脱した凶悪な代物だよ」
復讐者。
まさしく今の仕種を象徴するような言葉だ。その名称だけでも充分に不吉さを醸し出している。
「毎分3900発。それがあのガトリングから撃ちだされる数だよ。戦闘機のバルカンや空母のファランクスなんか目じゃない数字だよ」
その数字に一同はぎょっとする。
単純に計算して一秒あたり65発。それが片腕から放たれる数だというのだから恐れ入る。
その数、単純にいくならば2倍。つまりは両腕から毎秒130発の銃弾の嵐が面となり襲いかかってくるのだ。
そんなものを相手にアイツは戦い続けているというのか。
「ねえ一夏。アヴェンジャーにはこんな逸話があるんだ。これを撃ちながら飛んでいた飛行機がその反動で前に進めなくなって墜落したって。あまつさえ、後ろに後退したなんてのもあるくらいなんだ」
「何よ、その馬鹿げた逸話。ガセなんじゃないの?」
「勿論、脚色してる部分もあるだろうけど言いたいことはそういうことじゃない」
「……? どういうことだ?」
「つまりね、このガトリング砲の反動は戦闘機の推進力に匹敵してる。そういうことなんだよ」
……待てよ。
戦闘機の推進力といえば、かなりのものの筈だ。それとあの仕種の持っている銃の反動がほとんど同等?
しかも戦闘機の機関銃はだいたい一機に一つだ。今の仕種はそれを二つも付けているんだぞ?
ISにPICがあるとはいえそれはなんて、
「馬鹿げてる」
箒が隣で俺が言おうとした言葉をを放った。
「そんな無茶苦茶な兵器をISの武器に転用しようなんて馬鹿げている」
「でも所詮はISも兵器ですわ。そこにそれ以上もそれ以下もない。そうでしょう?」
「分かっている。でもこれでは、余計に本来の使われ方ではなくなってしまうではないか……」
ISは本来、外宇宙に進出するためのマルチフォーム・スーツだった筈だ。
それを世界は兵器に変えた。
その力を軍事に転用し、従来の兵器を大きく上回るかつてない性能の各国の抑止力として。
そして今の形がある。
「でも今度の個人別トーナメントでは仕種と戦う場合、いずれアレと相手をしなきゃいけないのよね?」
それは確かに言う通りだ。トーナメントで勝ち続ける限りいずれ仕種とは戦わなければならない。
それは優勝するためにはあの弾幕を攻略しなければならないということでもある。
そう鈴が言うと全員がモニターに目を向ける。
仕種の表情は相変わらず変わらない。
無機質に敵を掃討する瞳には何がどう映っているのか―――。今の俺には全く分からなかった。
side:露崎仕種
宣戦布告から十分。
流石、この学年のトップクラスの実力者といったところか。こちらの攻撃の合間にも反撃をしてくる辺り
銃弾を避け、あるいはAICで受け止め撒き散らした大半は凌がれた。
それでも状況は圧倒的有利に傾いているのは変わりない。
何しろ大半が食らっていないとはいえ、数が数だ。アサルトライフルのマガジンを使い切るのとは訳が違う。
圧倒的物量による展開された弾幕。それは確実にドイツの黒い雨を追い詰めていた。
「どうしました? 自慢の停止結界とやらも発動していませんよ? 集中力が足りてないんじゃないですか?」
その言葉にラウラの表情が翳る。
AICの弱点はシンリさん曰く、対象に集中力を傾け続けなければ維持することが出来ない。
それに集中力というのはちょっとしたことで途絶えてしまうものだ。
例えば、耳を塞ぎたくなるような騒音。
例えば、目も開けていられないような土煙。
例えば、口の中に入り込む不快な土の味。
少し上げるだけでも今の戦いの中だけでこれだけの集中力を妨げる要素がある。
「ま、視覚と聴覚を封じられなお集中力を維持し続けるというのが無理な話ですよね」
「ふん、そう言いながらお前も限界ではないのか? そんな高反動の武器を何分も使い続けていられる訳がない。持ってあと一、二分がいいところだ」
「それだけの時間があれば充分ですよ。貴女のシールドエネルギーも大分削って残り三割ってところですし。それに、私の腕がもう持たないと思っているみたいですがまだまだ余裕ですよ?」
ただし、ちょっと変則的な動きになりますが。
「はっ。強がりを」
「ならば試してみますか?」
双方、最後の激突をしようと―――、
『警告! 上空より飛来するものが接近中!』
ISから突然、警告が発せられる。
先月、謎のISが乱入して来たせいもあったか自然と上空から来るものに対しての戦闘態勢をとる。
向こう側もISからの警告があったのだろう、こちらよりも上空に注意を向けている。
ISからの警告が遅れること数秒、スガン! と二人の間を割って入るかのように人参が落ちてきた。
それは比喩でもなんでもなく、紛れもなく人参である。何度も言うが、見間違うことなく人参である。
ただ普通の人参と違いがあるとすれば、それは人参にしてはやけに大きくて、いやに機械的な部分だ。
更に付け加えるならば驚くべきにこの人参、アリーナの遮断シールドをぶち抜いて侵入してきたのである。
セキュリティレベルを上げてシールドがより強固になっている筈なのに、なんで?
そんなメカニカルな人参が包丁で真っ二つにしたかのようにぱかっと割れる。ところで桃太郎っておばあさんが真っ二つに包丁を入れたのに桃太郎が真っ二つに切れずに出てくるなんて軽くマジックだよねー、いやそういうことにツッコミを入れるなんて野暮なことかー、なんて現実逃避をしていると、
「やーやーおひさ慎吾! この天才束さんがIS学園に来たよ、しーちゃん!」
言葉通り、天災が目の前に現れた。
……ところで慎吾って誰さ。
* * *
投稿遅くなって済みません。作者の東湖です。
納得いくまで書き直して埋め合わせてたら……ヤバイ、最近書く量がハンパなく増えて来た。
気合い入れまくってた処女作と同じくらいの量かも。