side:織斑千冬
「ふう……」
先程までラウラの個人面談をしていたがどうして中々に面倒なものなのだろう。
どちらもどちらで癖にある人物で疲れるものだ。
デュノアは人当たりもよく真面目な優等生だが、どうも抱え込みすぎる嫌いがある。
現に今日の個人面談でも私が後押ししてやらなければ潰れてしまうまで抱え込んでいただろう。
そしてラウラはラウラで相変わらず私しか見ていない。
私以外を見ることを進言したが、それも聞こうとしないだろう。私がいなくなりでもしない限り。
デュノアの方は本人に任せておけばいいとして、当面の問題はラウラなのだが、一体どうしたものか。
「……難しいものだな。教育者として教え子を導くというのは」
ラウラに教えた時は元々操縦に関しての素養があったためか、部隊最強の立場を築いていった。
しかし私が教えられるのはあくまで戦闘の技術であって、人間らしさを学ぶ道徳や倫理観といったものをそれほど奴に教えることが出来なかった。
むしろ、そういうものが欠如していたラウラにはそれを先に教える必要があったのかもしれない。
結果、アイツは絶対強者である私を妄信し、その地位を穢した一夏を憎むことになってしまった。
『強さが正義』
そうラウラの考えの根底を作ってしまったのは、まぎれもなく自分である。
自分がこういうことに向いていないというのは重々承知している。
教育者としてこれからの未来ある若者を育てるより、剣が振れなくなるまで現役選手として第一線に立ち続ける方が性にあっていることは自分がよくわかっている。
もしくはそんなしがらみを全て捨てて隠居生活が出来ればどれほど心労が減るだろうか。
しかし地位が、名誉が、築いてきた立場がそれをさせてはくれない。
束や沙種と共にISを手に取ったその日からもう普通の女性には戻ることが出来ないのだ。
普通の生活も、普通の幸せも、普通という言葉が言葉の方から私の元を遠ざかっていく。
そんなことはとっくの昔に覚悟を決めた筈なのに。
「まったく、ままならないことばかりだな」
そんなことを考えていると、突然携帯端末のコール音が響く。
徐に取り出すと緊急回線を使ってのもので相手は山田真耶だった。
「織斑先生! 今どこにおられますか!?」
回線を開くやいなや切迫した真耶の声が飛んで来た。
「会議室で個人面談をした後の書類整理をしていたのだが、どうしたのだ山田先生。緊急回線を使って」
「第三アリーナに何かがシールドを突き破って侵入しました!!」
その言葉に思わずその眉を顰める。
先月の謎のISの襲撃によって学園の警戒レベルを上げていた筈だ。当然シールドエネルギーの強化にも努めた。
だというのに、それを許した。つまり相手は前回以上の性能を持った敵であるということ。
その事実はまるで先月の焼き回しのような悪いイメージを思い起こさせる。
「状況は」
「現在、職員は第一次警戒態勢で待機しています。前回のように遮断シールドが設定されるということも今のところ起きていません」
「そうか。第三アリーナの映像はないのか」
「今、そちらに画像を送ります」
すぐに転送された画像に目を疑った。
「……これは」
送られてきた画像に思わず張り詰めていた緊張感が霧散する。それだけでなく頭痛すら覚えるくらいだ。
相対しているのはISの色を見る限り、露崎とラウラだろう。
そして両者の間に割って入るかのようにアリーナの大地に深々と刺さっているのは見間違うことなく、
「はい。これってやっぱり人参、でしょうか……?」
人参である。それも普通ではあり得ないサイズの。たとえ突然変異によって異常成長したとはいえアリーナのシールドエネルギーを破ってまで侵入する人参があろうか、いやある筈がない。
しかもどこかプラスチック調にデフォルメされているようなデザインがどこか馬鹿にされているかのようなそんな感じに腹が立つ。
「あの馬鹿が……。また面倒事を運んできてくれたな」
はあ、と溜息を吐いた後に目頭を押さえる。
「えーと、あの、織斑先生どうしましょう?」
あまりの事態と目の前の光景のギャップに真耶は戸惑いを隠せないでいる。
「私が行く。山田先生は警戒態勢を維持。他の職員にもそう伝えろ」
「分かりました。でも織斑先生一人で大丈夫ですか?」
「心配するな、アレに心当たりがある。それと、それを使いそうな馬鹿にもな」
通信を切りもう一度、しかし先ほどよりも深く溜息を吐く。
その原因は先程見せられた画像によるものである。
十年来の付き合いからかなんとなくそんな雰囲気はしていたが、あんなものを見せられれば嫌でも理解してしまう。きっと沙種も似たような感情を抱いているだろう。
天才が来た、と。
side:露崎仕種
さて、一旦目の前の光景を整理しよう。
今、私のいる場所は第三アリーナだ。
箒に援護要請を求められて(というよりもイライラを発散するために)一夏たちの模擬戦に介入、そのままラウラと一対一の勝負となった。
その勝負も後もう一押しというところまでシールドエネルギーを減らしたのだが、バトルの最中に訳の分からないデカさを誇る人参が落ちて来た。強化されている筈のアリーナのシールドを突き破って。
そして、桃太郎よろしく中から出て来たのが、
「やほー、しーちゃんお元気ー?」
人参太郎ならぬウサギ姫。
青いワンピースを身に纏い、頭にウサミミカチューシャを付けて一人不思議の国のアリスな服装をしているこの人物こそ篠ノ之束。
世界的な天才にして天災。ISの開発者で信じがたい話だが、この行動が支離滅裂な人物があの篠ノ之箒の姉である。
「やほーじゃないですよ束さん。何しに来てるんですか……」
「何ってやってみたかったから? こう、空からズドンっ!て的な展開。ウェイクアップ、ダ●! みたいな」
「そんなことせずにちゃんと正面から入って来てください。どこの誰が好き好んでアリーナのシールドをぶち抜いての入場するアホがいるんですか。ああ、目の前にいましたね」
ていうか伏字してるつもりですがほとんど隠せてないですよ。
「酷いよしーちゃん、いくらちーちゃんでもアホは言わなかったよ? 馬鹿はしょっちゅう言われたけど」
アホもバカも大して意味は変わらないと思いますが。
「いやあ、昔ミサイルで飛んでた時にどこかの偵察機に撃墜されそうになったから今回は人参型ロケットにカモフラージュしてたんだけど、いやあ結構気付かれないもんだね。意外と世界の警戒ってザル?ちょろい?はて、金髪が浮かんだのはなして?」
普通に考えれば、宇宙デブリに人参があったのなら何かの見間違いだろうと誰だってそう信じ込むだろう。
束さんはその裏をついたのか、単に人参型のロケットで降下作戦を実行したかったのかとどちらかと聞かれれば恐らく、1:9で後者だろう。
「束、IS学園に来るなら一言断ってから来い。それからあのような入り方をされるとこちらとしても困る」
その声をキャッチするとまるでレーダーに何かがヒットしたかのように束さんのウサミミがぴーんと立つ。実際その通りなのだが。
振り返ると千冬先生がこちらに向かって歩いて来ていた。束さんが相手とあってか非常に歩きながらでも面倒くさそうだった。
そして束さんは脱兎の如く千冬先生の方向へ走り出した。ISの補助なしでIS並のスピードを出せるのは束さんだからということにしておこう。
「ちーちゃんちーちゃんちーちゃああああん!! こうして面と向かって合うのもお久しぶりだね!! さーさー束さんと熱い抱擁を……ぷげらっぱ!?」
アイアンクロー……と見せかけて伸ばされた腕はそのまま束さんの服の襟を掴み慣性に任せ―――そして投げられる。
あまりにも綺麗な一本背負い。ビタン!!とでもいう効果音の付きそうなほど見事に束さんは地面に吸い寄せられた。
その威力は千冬先生に向かって猛チャージしていた慣性の力もあり、叩きつけられた束さんへのダメージは相当なものだろう。具体的に言うならば成人一般男性なら即病院送りレベル。女の人が出すような悲鳴を出していないあたりその威力の大きさを窺い知れる。
投げ飛ばされた束さんはぴくりとも動かない。まるで屍のようだ。
「これで沈黙してくれれば話は早いのだが……。よし、もう一度やるか」
不穏な呟きが耳に入る。束さん相手になると容赦も情けも人間扱いもしなくなりますからねえ千冬先生。
「いやあ、いつも通り片手で束さん溢れんばかり愛を受け止めるかと思いきやまさか地面に叩きつけるとは。ちーちゃんは予想の斜めをイクよね~」
そして服をぱんぱんとなんでもなかったかのように払って立ち上がる束さんも束さんだ。本当に人間か?
「ほう、そんなにアイアンクローを所望か。言葉尻に変なアクセントを感じたのは気のせいか……?」
起き上がった束さんの頭をがっちりとホールド・アンド・デストロイ。メキョとかバキャとか人間の出してはいけない音がしているがそんなものは見ざる聞かざるしらんぷりでござる……!
ていうか完璧に頭蓋骨の陥没するような音じゃないですよね?
「ふう、相変わらずちーちゃんの愛って殺伐としてるよね。これがいわゆる殺し愛って奴ですかいアネゴ」
千冬先生に拘束されている筈なのにそれを何ともないかのように抜け出す束さんも常識はずれにも程があるがここは華麗にスルー。
この人に関しては常識?なにそれ美味しいの?ってな具合に常識外れのバーゲンセールなのだ。
「誰が姐御だ。それで束、何のために来た」
「ひっど~い。この前に電話した時に近々行くって言ってたじゃなーい」
「私はそんな電話は聞いてないぞ」
束さんはそれを聞くとはて、と首を傾げる。そして数秒した後、ぽんと手を打つ。
「あ、そっちは箒ちゃんだったか。クール系で似てたから間違えちった。ごめんりんこ」
てへぺろ~といた感じに舌を出し、自分の頭を可愛らしく叩く。正直二十歳過ぎの女性のやることじゃない。
「……その年でそういうのはかなりイタイから止めろ」
千冬先生が頭を抱えながらドン引きしてる。かくいう私もこればかりはドン引きなんですけど。
イタイ系が板についてるからこそ出来る芸当なんでしょうか。もしくはネタにまみれた電波さん。
「とにかく、試合は中止だ。模擬戦をやるのは構わないが、どこぞの誰かがこんなに穴だらけにしたせいでグラウンドの整備に時間をかけなければならなくなったからな」
うぐ……。そう言われると何も反論のしようがない。
こんな穴ぼこのグラウンドで練習をするのは他の生徒にもよくない。
「今日はもう上がれ。私もこいつの面倒を見なければいけないからな。お前らの試合の面倒までは見切れん」
千冬先生は踵を返し、アリーナの入り口へ歩き出そうと―――、
「ま、待ってください教官! まだ決着はついていません!」
したその時、対戦相手であるラウラが引きとめた。
「野戦ではこの程度の地形の悪さはよくあることです。私はまだ戦えます!」
「お前が良くても他の生徒が良くない。こんな穴だらけのグラウンドでは怪我のもとに繋がる。教師としてそれを見過ごすことは出来ん。それと学校では織斑先生と呼べ」
千冬先生の言葉は実に理に叶った言い分だった。
軍属のラウラと違い、ここの生徒の大半は今まで普通教育を受けて来た至って普通の女子なのだ。
あまりISに慣れていない一年生は勿論、二・三年生もこんな悪環境なグラウンドで練習してトーナメントを目前に怪我をしたら洒落にならないだろう。
「し、しかし……!」
いつもなら千冬先生の命令ならすぐに聞く筈なんですけど今日は珍しく千冬先生に食い下がる。
それほどまでに私との決着を望んでいるのでしょうか。
「誰、このチビっ子?」
束さんはさも関心なさそうに千冬先生に聞く。
「私がドイツにいた頃の教え子だ」
「ああ、いっくんが捕まった借りを返しにいってた時の……。ふうん」
そういってしげしげと見つめていたが数秒で飽きたのか、千冬先生にちょっかいを出す。
「お願いです教官! この試合だけでも完遂させてください!」
「しつこいなあ。ちーちゃんが終わりって言ってるんだから終わりでいいじゃないか。それとも日本語が理解出来ないのかな」
「なんだと? 他所者がえらそうな口を挟むな」
「おやおや、何を言ってるんだいチビっ子ちゃん。ちーちゃん関係と言えばこの篠ノ之束を第一に上げられる程外せない人物であることを分かっていないのかな」
束さんは実に下らなそうに見下した目つきで、ラウラは自分を窄められた相手を恨むような目つきで二人の視線がぶつかり合う。。
「まったくちーちゃんも災難だよね。こんな出来の悪い子に捕まっちゃうなんて」
「出来が悪い……!? この私が!?」
「そういうことを自認出来てないのが出来が悪いってことなんだけどな。いいよ、教えてあげるよ。君が抱える矛盾ってヤツを」
白ウサギは黒ウサギに牙を向いた。
side:ラウラ・ボーデヴィッヒ
「私の抱える矛盾、だと?」
そう教官の横に立つ人物、篠ノ之束は言った。
「そうそう。君は凄く歪なんだよ。在り方も考えもすごく歪で脆弱。ちーちゃんは言うにも及ばず、いっくんにも遠く及ばない」
歪であことは自分でも重々承知している。自分は戦うためだけに大人の都合によって作り出された人間なのだから。
しかし、織斑一夏にすら劣るとは身内贔屓も甚だしい。
「ちーちゃんは借りを返すためにドイツに出向したんだよね? 織斑一夏の捕まっている場所の情報をいち早く手に入れたドイツに借りを返すために。そして、君はいっくん―――織斑一夏がいなければいいと思ってる」
一言一句分かり切った事を目の前の女は喋り出す。まるでここまでの情報を再確認しているかのように。
「でもそれって矛盾してないかな。こんなにも簡単なことなのに、どうして気付かないのかな」
「……何が言いたい」
「分からないかな? それとも気付きはしてるけど見ない振りをしてるのかな。なら言葉にして言わせてもらうよ」
そう言って、一歩前に進み出る。
「確かにいっくんが攫われなければ―――君の言葉にするといっくんがいなければにしておこうか。そうなればちーちゃんの二連覇は確実だっただろうね。あの時の面々で行くと苦戦するのはさっちゃんだけだとしてもちーちゃんの方が日本の国内選考の時からずっと勝ち越しだったし、何より当時の技術では相性が如何せん悪いからね」
モンドグロッソの第一回、第二回大会では現在のような第三世代技術の開発は進んでおらず、各国の代表の機体はよくて第二世代機で一部では第一世代での参加すらあった。
独自の技術はなく、純粋に技術が求められる試合。その点では教官は誰よりも抜きん出ていた。
瞬時加速。射撃型の天敵ともいえる技術を持っていた教官に射撃型の露崎沙種が叶う筈がない。
「だから、私はそうだと……!」
「だけど、そうなればその先にはちーちゃんと君が交わる未来はない」
…………え?
一瞬、彼女の言葉に思考がフリーズした。
「だってそうでしょ? ちーちゃんがドイツに行ったのはいっくんが攫われた借りを返すためなんだもの。それがないってことはわざわざちーちゃんはジャガイモ畑まで足を運ばなくてもいいってこと。お分かり? ドゥーユーアンダースタン?」
あまりの一言に、凍りついた思考が解答に辿り着くまでの時間がかかる。
それとも、答えに至っているのを理解できていないふりをしているだけなのか。
「確かにいっくんがいなければちーちゃんは二回目のモンド・グロッソで優勝することは可能だったろうね。でも本当に君はそれでいいのかな? そうなれば君とちーちゃんを結ぶたった一本の細い細い糸は簡単に切れてしまう。そうなればここにいる君を否定することになるけど、本当にいいのかな」
段々と目の前の女の言いたいことがいやでも理解出来てくる。
ああ、そういうことか。
「つまり、こう言いたいのだな。織斑一夏が攫われなければ私は教官と出会う訳がないと」
「そうそう。むしろ、君はいっくんに感謝すべきなんだよ。攫われてくれてどうもありがとうって。おかげで愛しの教官にご指導いただけましたってね」
「ふざけるな!! どうして私が織斑一夏に感謝しなければならない!? アイツは教官の経歴に泥を塗った男だぞ!」
「束、言い過ぎだ。そこまでにしておけ」
やっかみになる私を見て教官も止めに入る。流石に自分の弟が攫われたことを肯定されるのは聞いていて堪えられなかったのだろう。
「やだなぁ、ちーちゃん。私は夢見がちな目の前の女の子に現実を見せてあげてるだけだよ」
「止めろと私は言っているのが聞こえんのか?」
「……はぁい」
叱られた子供のように目の前の女は聞き分ける。
「ボーデヴィッヒもコイツの言うことは冗談半分に流しておけ。でないと、潰れるぞ」
「……もとよりそのつもりです」
「そうか」
そうは言うものの、アイツの言葉は納得いかない。許せる筈がない。
私は織斑一夏の存在を認めることが出来ない。
しかし、その存在を認めなければ今の自分の存在はないと語られることもまた事実であることを認められる筈もない。
「では今後、個人別トーナメントまでに間、いかなる私闘も禁止する。分かったな。では解散!」
思考の海の中に、パンという教官の手を叩いて締める音が響く。
手を叩く音がやけに大きくアリーナ中に残った。
side:織斑一夏
保健室のベッドの一角。あれから一時間ほど経ったが、怪我は絶対防御のおかげでかそれほど重いものではなく打撲の手当て程度で済んだ。改めてISってすげえなと感心させられる。
「はい、一夏。お茶でよかったよね」
ペットボトルのお茶を差し出される。
「サンキュ、シャルル。ああ、お茶が上手い」
「ともかく、一夏さんに大事なくて何よりですわ」
セシリアは本当にほっとした様子でそう言う。俺より軽傷とはいえ、手首の包帯が痛々しい。
確かにアイツの戦術だとはいえ、何発もセシリアのレーザーを食らったからな。そのせいで後遺症が残りでもしたら気が気じゃないだろうな。
「保険医の先生によると大したことはないらしいから少し休んだら部屋に戻ってもいいってさ。それにISの方も今ならギリギリトーナメントまでには修復が間に合うって山田先生がさっき言ってた」
なんでも、後もう一撃でも食らえば今度のトーナメントの出場も危うかったらしい。いや、仕種には感謝だな。
「とはいえ、あんまりゆっくりしてられないな。明日からまた訓練してアイツの対策を考えないと」
「駄目だよ一夏。しっかり休ませなきゃ」
何故か訓練することをシャルルが止める。
「む。確かに結構手酷くやられたけど、それでも俺も白式も多少の無茶が効かない訳じゃないぞ」
「そうじゃなくて、IS基礎理論の蓄積経験についての注意事項第三だよ」
「……すまん、どれのことかさっぱりなんだが」
頭の中で検索をかけるが、似たようなことばかりで知識の引き出しからは何もヒットしなかった。チープな頭脳ですいません……。
「……『ISは戦闘経験を含む全ての経験を蓄積することで、より進化した状態に自らを移行させる。その蓄積経験には損傷時の稼働も含まれ、ISのダメージレベルがCを超えた状態で起動させると、その不完全な状態での特殊バイパスを構築してしまうため、それらは逆に平常時での稼働に悪影響を及ぼすことがなる』。これくらい専用機持ちですので覚えていただけないと」
セシリアの説明に記憶の引き出しから欲しかった情報が出てくる。
要は筋トレみたいなものだ。ただ苛めればいいというものではない。筋肉が傷ついている状態でやり過ぎれば、それは怪我の原因にもなるしこれからの発達の阻害する。つまりはそういうことだ。
「そういうことだから、今週いっぱいはISを使った訓練は無理かな」
「くそ、時間がないってのに……」
「それだったら私が剣の相手をしてやろう。白式も近接主体だからやっておいて損はないだろう」
箒が名乗りを上げる。そういや白式が来てから剣をほとんど振ってないな。とにかく白式に慣れるのに必死だったから、そういうことも大事だったなと思い出す。
「んー、ISの訓練が出来ないのは悔しいけど今週はそれでいくか」
「そうか! ISが使えないのであれば仕方ないな、うん。では、今週は私がみっちりと面倒をみてやるからな!」
箒の表情がぱああっと明るくなるのと対照的にセシリアが何故か悔しそうな表情をしていた。何故に?
「それにしても仕種とあの転校生の間に割って入った人物はどなたなんでしょう? 織斑先生や仕種の知り合いにも見えましたが」
「ああ、あれは」
「私の姉だ」
俺が説明しようとしたことを箒が間に割って入る。
「箒さんのお姉さんってことは……。え、もしかしてあの方がかの有名な篠ノ之束博士!?」
「そ、篠ノ之束さん」
ISの産みの親で、世界で唯一ISのコアを製造出来る人間。
千冬姉や沙種さんの幼なじみで俺や仕種の小さい頃を知っている人物だ。
しかし現在絶賛逃亡生活中の人間が危険を冒してまでこの学校に何で来たのだろうか。
いや、むしろ逆にあらゆる法が適用されないIS学園だからこそ来たのだろうか。
「あ、言っておくけどあの人にISを見てもらおうなんて考えるなよ。あの人、身内以外はほどんど興味示さないからな。たぶん無視されるぞ」
「そうなの?」
「ああ、あの人は私と一夏と仕種、織斑先生と沙種さんくらいしか認識出来ないからな」
後はかろうじて両親は認識できるが、他の人間はその辺の路傍の石にしか見えていないのだろう。勿論、サインなんてお断りだ。
天才というのはどこかおかしいというが、束さんもその例外に漏れることなく充分におかしい。主にあのテンションが。
そういえば騒がしさが足りないなあと思って、隣を見る。
葬式のように静まり返ってる人が一人、鈴だ。
珍しく大人しくさっきから一向に会話に入ってこない。
「鈴、どうしたんだ? ぼーっとして」
「うえっ!? な、なんでもない! なんでもないわよ!」
突然、声をかけられたからか鈴はうろたえる。
「でもなあ、あんな無防備にぼーっとしてたら何かあったって言ってるようなもんだぞ」
「だからなんでもないって言ってるでしょうが! ジロジロ見るな!」
うあ、わざと包帯の巻かれてる場所を叩きやがったな……。すげえ、痛む……。
「ふん!」
機嫌を損ねたのか鈴はツインテールをなびかせて保健室を出て行った。
しかしどこに怒る要素があったんだ? 女の地雷スイッチの場所は未だに分からんな。
ていうか「デリカシーのない奴め……」「この愚鈍……」とか不穏なことを後ろで呟くんじゃない!!
「今のは一夏が悪いよ」
ぐあああ。シャルルさん、お前もかよ……。
「にしても今日は珍しく仕種が気が立ってたな」
仕種がイライラを隠しそうともしないのは珍しい。仕種は静かにキレるタイプだが、時々怒りを隠そうとしない大激鱗に触れることがある。
あんなのを見るのはあの時以来か。あん時も結構荒れたからなあ。
その本人はここにはいない。いたらきっと気を悪くする人がいるだろうと来なかった。
まあ事実、鈴とはあんなことがあってすぐだから顔を合わせづらいだろうな。
「デュノアさん、何か知ってませんか?」
シャルルに疑問の声が向けられる。
仕種は確か今日の朝はそうでもなかった筈だ。ただ、昼を境に機嫌が悪くなった。
その時、食事で同席していたのは確かシャルルだったと認識している。
「……っ」
シャルルはアリーナで会った時と同じようなバツの悪い表情だった。とりあえず、何かがあったのは間違いない。
「シャルル、あんまり根掘り葉掘り聞くつもりはないから話してくれないか。出来る範囲で構わないから」
「詳しく話せないけど、仕種が僕の境遇に一方的に腹を立ててるだけだから別に仕種が悪いって訳じゃないよ」
「境遇? デュノア社の御曹司ってポジションに?」
仕種がそういうのを僻むような人間には思えないのだが。
「そういうのじゃなくて、なんていうのかな。僕の立場ってかなり微妙だからそういうのに腹を立ててるんだよ」
「イマイチ、要領を得ないのですけど……」
「それはゴメン。時が来たらちゃんと話すからそれまではあまり詮索しないでくれると助かるかな」
「まあ、デュノアさんがそういうのでしたら」
「別に言いたくなければ無理に話そうとしなくても構わないぞ」
「ありがとう、オルコットさん、篠ノ之さん」
ほっこりとシャルルは笑みを浮かべる。
とはいえ、シャルルのことの他にも問題は山積みだ。
まるで歯が立たなかったアイツとはトーナメントでいずれ戦わなければならない。この短い期間でどれだけアイツに追いつけるだろうか。
今は不安がっても仕方がない。そのためにもまずは、身体を休めないとな。
side:織斑千冬
「にしても生意気だったよねあのチビっ子。あんなにちーちゃんのこと思ってるんだったらちーちゃんの心境の一つでも考えろってのにねえ」
移動中はずっとラウラの愚痴だった。そう言ったものに一々返事を消すのは面倒なので適当に聞き流すことにする。
「それにあの子、まだ指摘してないけどもう一つ矛盾を抱えてるんだよ? 聞きたい? ねえ聞きたい?」
「聞きたくない」
「ちぇー、面白くないのー」
ぶーたれるが気にしない。
「だいたい、お前も言い過ぎだ。私が止めなければアイツの心をへし折るまで言ってただろう?」
「ちーちゃんだって散々付きまとわれてうんざりしてたんでしょ? いい機会だよ。こうでもしないとアイツ、一生ちーちゃんから離れないよ」
うんざりはしていないがそれは正論かもしれない。私から突き放そう日ならアイツはこの世の終わりのような思考に至るだろう。だから、誰か他の人間から諭される必要があった。
「あ、別にあのチビッ子のためを思ってやってるんじゃないよ? ちーちゃんの負担が減らさればいいなって束さんは思ってる訳で」
「だったら、普通に校門から入って来い。たまには常識的に行動した方が周りが驚くぞ」
「おお、なるほど! 普通に校門から入って普通に手続きして普通に職員室に通される束さん……。斬新過ぎるね!!」
会話をしながら束の生活スペースへ向かって歩を進める。
束は数日間―――個人別トーナメントが終わるまでの間、ここに宿泊する予定らしくあの人参ロケットの中にはちゃっかりとお泊まりセットも一緒に入っていた。
そしてその宿泊場所というのが、
「ここがお前のVIPルームだ」
「あれれ~おかしいなあ。束さんの目には普通の部屋にしか見えないんだけどな~。それとも、ここには束さんにも理解出来ないようなびっくり機能がついていたりするんですかい?」
「残念ながらここは普通の寮長室だ。お前はこの学園にいる間、私たちと暮らしてもらう。嬉しいだろう?」
「そうりゃあもう! ちーちゃんと寝泊まりするなんてISの開発試験以来だよ!! ……なんてはしゃぐと思ったのかい? ちーちゃん」
一瞬、本気ではしゃいでいたかのように見えたが……。
「私たちってことはもう一人、ちーちゃんと暮らしてる人間がいるってことだよね? 場合のよってはそいつ排除してもいいかな? ていうかしてもいいよね? 答えは聞いてないけど」
束は千冬や箒といった身近な人間しか心を開かない。病的なほどに他人とのコミュニケーションが取れないのだ。
これでも大分改善された方だが、昔はホントに酷かった。何せ、他人のことを無視していたぐらいだ。
今日の場合はそれぐらいで丁度よかったのだがいい傾向だと、解釈しておく。
「そう警戒するな。安心しろ、同居してるのは沙種だ」
それを聞くと束の張り詰めた空気はすぐに元の雰囲気に戻る。
「あ、ちーちゃんの同居人てさっちゃんなんだ。いやあ、よかったよ。見ず知らずの人間と月末まで一緒に過ごすなんて考えたくもないからね。それに道理で部屋が片付いて……」
言い切る前にアイアンクロー。
「片付いて?」
「いやいや、ちーちゃんと暮らしてて赤の他人同士でも平気で暮らせる人種なんて世界を探したってさっちゃんぐらいしかいないんじゃないかな。あ、モチのロン家族のいっくんは省くけどね」
「なんだかんだで沙種には世話になってるからな。部屋の掃除とかもな」
「花嫁修行が疎かな男の人よりも男らしいちーちゃんだもんねー。もういっそちーちゃんが男の子だったらよかったのに。そしたら束さんがお婿さんに貰ってあげようと……」
「黙れ」
アイアンクローを解放すると同時バカン、と束の頭に拳骨が振り落とす。
「あいたあ!? そうやって図星だからってやたらめったら殴るのよくないよぉ……。束さん、そんな方向に目覚めたくないけどハジメテの相手がちーちゃんだったら別にいいかも……」
「勝手に言っていろ。それでまだ聞いてないんだが。お前がここに来た理由を」
「ん、ああそうだったね。私がここに来た理由はこれなんだけど」
そういうとディスプレイが空中に投影される。映し出されるその機体が専用機であることはすぐに見て取れた。それが誰が扱う物かも。
問題はそのそのスペックデータで、その性能に思わず驚愕する。
私の知る中でこの機体は抜きん出ている。いや、抜きん出過ぎている。それは最新鋭機の白式ですら霞んでしまうほど。
「やり過ぎるなといっただろうが、馬鹿者」
「ん? そうだっけ? いやー、いいことあったから束さん張り切っちゃってさ~。テンションゲージが振り切れちゃって、落ち着いてみてみたらなんじゃこりゃーって感じ? ま、最高傑作作って上げたいって気持ちもあったしこのままでもいいかなあなんて思ったり」
「いい訳があるか。こんな代物は投入してくれて、お前が何がしたいんだ」
「でもでもこれでもまだ完全体じゃないんだよ? これだってまだデータが取れてないからそう言った意味ではまだ試用段階だし。ま、そのデータも白式のを戴くけどね」
くすくすと束は私に笑いかける。その笑い方は無邪気な子供っぽさと妖艶な大人っぽさが同居したようなものだった。
「調整は?」
「出来れば早い方がいいね~。それに付け加えるなら人に見られない時間帯が良かったりしちゃったり。あ、こっちのほうが重要ね」
「分かった。今日の9時から第二整備室で行う。人払いは私の方で行っておくからお前はその機体の準備をしておけ。時間が来たら私の方から迎えに行く。それまでこの部屋を出るな」
「おっけ~。かしこまりー」
そして時間は過ぎていく。
まだ見ぬ紅の目覚めは近い。
* * *
作者の東湖です。
束さんがフライング登場するばかりか暴れ回った回になりました。というか束さんが出て来た時点でしっちゃけめっちゃかにかき乱すのは目に見えてますけど。
束さんがラウラに酷いことを言ってるかもしれないですけど、他人を窄めると言うよりも現実を見せてる感じです。一夏を否定したら君の今を否定することになるよ?的な。
登場した初期のキャラ(女尊男卑に凝り固まってるセシリアとか、力が全てとか思ってるラウラ)の調理法が難しい……。
2011 12/04
ご指摘いただいた箇所を修正・一部加筆しました。