side:露崎仕種
昼休み、食事を終えた私は目の前の紙をぼんやりと眺めながら誰がいたかと思案する。
個人戦と違って誰と組むかという駆け引きも勝ち残るための重要なファクターである。
私の主な手札は射撃。それを考えて近接タイプと組んで攻守のバランスを保つか、同じ射撃型と組んで相手に自分の戦いをさせないようにするか……。
そのうえ今度使わなければならない装備は相当の暴れ馬だ。これに巻き込まれないようにするためにはこちらの細心の注意だけでなく、相手側もこちらを気にしてもらう必要がある。
どちらにせよ、勝ち残るには専用機持ちと組むのが妥当だろう。
「ペアの相手、ねえ」
真っ先に浮かんだのが鈴だった。
鈴は中国の代表候補生なので実力は保証されているし、鈴のISである甲龍も近距離、遠距離をバランス良くこなせるのはこちらとしては大変戦略の幅が広がる。
ペアを組もうと誘えば二つ返事で了承するどころか、向こうから申し込んでくるに違いない。考えがまとまらないうちにそんなことされると困るけど。
その他のペアもきっと問題なく決まっていくだろう。
まあ、そのペアを組むことに問題があるとすれば一夏とシャルル、そしてラウラ・ボーデヴィッヒだろう。
ラウラは専用機持ち三人に優位に立ち回るという一年生のトップクラスの実力を持ち、おまけにドイツの第三世代ISシュヴァルツェア・レーゲンを駆るこの軍人はトーナメントの優勝候補であることは間違いない。
ただ問題は周りを見下したような性格で、それが災いしてペア探しはきっと難航するに違いない。下手すれば当日抽選になることも充分に有り得る。
そのような立ち振る舞いのおかげでセシリアたちからも嫌悪されてるため、ラウラが代表候補生と組む可能性がほぼないのがまだ救いだろう。
そして一夏はというと、
「織斑くん! あたしとペア組んで!!」
「いやいや、このワタシと!!」
「ダメ絶対! 私と!!」
我先にペアを組まんという勢いで一年生の女性陣に囲まれていた。ペアということは訓練する時間も増えるわけでそれだけ親密になる期間が増えるわけである。
だが、そんな短期間で仲良くなっただけではあの一夏は篭絡することは出来ないだろう。一夏がたいてい口にする好きはラブではなくライクなのだ。
そうとも知らずにアタックをかける女子学生のミーハーな感性に敬礼。
そんな一夏を囲む輪の中からずいと金髪ロールが現れる。あの特徴的な髪型はセシリア以外にいないだろう。
「一夏さん! わたくしとペアを組みましょう! わたくしのブルー・ティアーズと一夏さんの白式で近距離と遠距離を補い合うのですわ!」
まあ、理由としては納得出来る。一夏の白式には射撃武器が一切搭載されてないし、セシリアのブルー・ティアーズは近接武器のコールが苦手だからお互いの弱みをカバーし合うためにはこの組み合わせが妥当だろう。
「ああセシリア、ずるい!!」
「専用機同士で組んだら私たちの勝率が下がるでしょー!!」
「おだまりなさい! わたくしも勝負がかかってるんです!」
外野からのブーイングが飛んでくるがキッと代表候補生の威光を見せつけんばかりの鋭い眼光が睨み返される。
勝負って……ああ、あれか。トーナメントで優勝したら一夏と付き合えるとかいうあれ。どこかの誰かさんのせいで、ここまでややこしい噂に広まってしまった例のあれ。……その一役分、私も買っているあれ。
ただ、実際に優勝出来たとしてそれが一夏に通用するのだろうか。
箒の場合は事前に私が結婚を前提にと言わせておいたのでいくらあの馬鹿な一夏でも間違えることはないだろうが、何も知らないほかの女子の場合はただ付き合ってくださいだけじゃ通じない気がするのだが。
「あーゆーの見てて元気よねーって思わない? 恋する乙女は絶対無敵みたいな?」
「恋は盲目とか言いますけど、そのあとのこと絶対考えてないですよねー」
そんな様子にも我関せずといった風に鈴は落ち着いた様子でずずずとラーメンをすする。
それはそうと私、この学園に来て鈴がラーメン以外に食べてるの見たことないんですけど。
「で、箒は行かなくていいんですか?」
そんな二人の会話の横でぐぐぐ、と一夏の姿を憎らしげに睨みつけている箒の姿があった。
「落ち着いてから行こうと思っているのだが……」
一夏の周りの人だかりは昼休みが半ばに差し掛かったところで減るどころか益々人が増えているようにも見える。
あれではペアが決まるまで落ち着くことはきっとないだろう。おそらく授業の間の小休憩の間も忙しなく女子に取り囲まれる図がありありと目に映る。
そしてもう片方の男子であるシャルルはというと一夏ほど酷くはないがそれでも逃げ出せないようにがっちり囲まれていた。
たった二人しかいない男子学生なのだからその高い倍率を競って女子が集まるのは必然なのだろう。
まあ、周りの方々には大変残念ながらその片方の中身は男装した生娘なんですが。
そんなシャルルと一瞬、視線がかちりとあったような気がした。
(気のせい……かな)
が、それは事実だったようで私のことを見つけると人の波をかき分けて歩み寄ってくる。
「し、仕種! 僕とタッグ組んでくれないかな!?」
直々の指名が飛んできて思わず目をぱちくりさせる。一緒にいた箒と鈴も鳩が豆鉄砲を食らったような表情だ。
「え? わ、私?」
思いもしなかった突然の呼びかけに思わず言葉が吃る。
「う、うん! ほら、オルテンシアってフランスのリヴァイヴのカスタム機だって聞いたし、色々話したいこととかもあるし!」
シャルルがいつもよりもアグレッシブに話しかけてくる。絡み方いつも以上に切羽詰っているようにも見える。
まあ、シャルルが躍起になる理由は言われずとも自分の中では既に答えは得ている。
色々な理由をかこつけてはいるが、ぶっちゃけて言えばシャルルは女子だってバレることを恐れているのだ。
女子とペアを組むと連携の練習やそのフォーメーションの確認などで長い間女子とも接しなければならないわけであるし、そんな中で恋愛感情なんて芽生えられると尚更厄介である。
そう言う意味では私だけがシャルルの素性を知っているわけだし他にも知られないようにするためにも自分がそう言う意味では一番の適任である。戦闘スタイルにしてもシャルルの距離を選ばない柔軟性は私としては大変助かる。
「ちょっと待ちなさいよ!! 仕種はあたしと組むの! 外野は引っ込んでなさいよ!」
が、そうは問屋が卸さない。相席していた鈴が今の一件について噛み付いてきた。さりげなくするっと腕を回して来てぎゅっと抱き寄せられる。……なんで?
だが少し考えてみれば鈴の心情からしてみればそれが当然の反応というか、惚れた相手がぽっと出の男にかっ攫われようとしてるのだから危機感を抱かないわけがない。
それに鈴からしてみれば仕種が男であることをバレないように庇ってくれているようでもあるのだが……残念ながら既に正体がバレてる身としてはその気遣いは徒労なんだけど。
「ていうかなんで急に仕種と組みたいなんて言い出したのよ」
「そ、それは……。仕種じゃないと駄目なんだ! それ以外の人じゃ駄目なんだよ!」
え……?
シャルルの発言に頭がフリーズしたと刹那、周囲からはきゃあああああああああああっ!と黄色い歓声が上がる。
な、なんてことを言ってくれるんですか……! 今の発言はどう取ってもそういう風にしか解釈出来ないじゃないですか!
「な、ななななな! 何言ってるのよ!! あたしだって仕種じゃなきゃイヤなのよ!」
そう啖呵を切り返すとぎゅうううと絡めた腕の抱き寄せる力を強める。
もうやめてー! 張り合うの止めてー! そんなことしてこれ以上私に関する女の子の耳寄りなネタを増やさないでー!!
「仕種! あたしと組むんでしょ! ていうか組みなさい!!」
「仕種! 僕と組んで! お願い!」
そんな私の頭の中が小パニックをしている間に二人して私の方にずいと詰め寄ってくる。
え、なにこれ、どういうこと?
片や好意を寄せられている幼馴染み。片や自分の素性を知られている男装女子。
どうして一夏みたく私が二人から迫られなけれりゃならん? こういうのは全然柄じゃないんですけど、なんで? モテ期?
こういう問題で面倒なのは片方を立てれば片方が立たないところだ。二つに一つ。究極の選択とも言う。
だがしかし。前門の鈴、後門のシャルル。こんな状況でどちらかを選べというのに問題がある。選べる奴の神経を知りたい。
「え、なになに修羅場?」
「露崎さんを巡っての三角関係みたい! お相手はデュノアくんと鳳さんみたいだよ!」
「へー渦中にいるのが露崎さんってば以外ー。織斑くんだけじゃなかったんだー」
……それに早く収集をつけなければ野次馬たちがまたいらんガセネタを面白おかしく流布させるに違いない。そうならない可能性もなくはないと信じたいが、現にこの席には犠牲者がいるのだ。
自分がその二の舞にならない保証などはどこにも存在しない。
しかしそんな都合よく解決策なんて早々と浮かばないもので……。
「「仕種っ!!」」
二人から詰め寄られ責められる始末である。
ああ、もう一体どうしろっていえばいいの……。
「ダメダメ。箒ちゃんはしーちゃんと組まないとダメなんだよ。それがトーナメントの出場条件って決めたんだから」
そんな二人の希望を掃いて捨てるかのように淡白な声が後ろを通り過ぎる。
声の方を向くと本日の日替わりであるサバ味噌定食をトレイに乗せた束さんがちょうど席に座ったところだった。
「ちょ、なにそれ! 一体どういうこと!?」
「身内だから心配なのはわかりますけどいくらなんでもそれは横暴じゃ……」
「うるさいな酢豚と金髪は黙ってなよ。今から国のお金でご飯をいただくんだから邪魔しないでくれる? ご飯が不味くなるから」
酢豚!? 金髪!? と鈴とシャルルは思わずたじろぐ。ていうか鈴ことを酢豚って覚え方いくらなんでもあんまり過ぎるでしょ……。
「束さん、私からもその説明聞きたいんですけど? てかそんな話今始めて聞いたんですけど……?」
「ん? しーちゃんが困ってるから私が今、決めたんだよ?」
「え……?」
あっけらかんと眼前で美味しそうに鯖味噌を口に運ぶ天才はそうのたまう。
「箒ちゃんのデータ取るために態々ここに残ったんだからたくさん試合に出られた方がいいでしょ? で、戦う形式はトーナメント。それだったらしーちゃんと組ませれば問題解決じゃないかーってね。しーちゃん、いっくんよりも強いしねー」
「はあ……」
束さんの珍しく至極まっとうな意見に覇気のない返事を返す。束さんとしてみれば紅椿のデータが欲しい訳だし、妹分が変な奴の毒牙にかかるくらいならば身内で組んでしまえと。まあ束さんらしい発想だ。
「それに! 私は国際結婚なんて認めない口だからね! 箒ちゃんは当然、いっくんやしーちゃんもお付き合いする人がいたら私の前に連れてくるんだよ! ま、ソッコー切って捨ててやるけどね!」
にゃははー、と笑いながら味噌汁を啜る。え、何それ。それって結婚は身内以外に絶対に認めないってことじゃ……。
「お前は私の弟の何なんだ、束」
束さんの自由奔放な言動に頭痛に顔を顰めながら空になったトレイを持って千冬先生が歩いてくる。
「あの、織斑先生。どうにかならないんですか……?」
シャルルがおずおずと千冬先生に尋ねる。どうしても私と組みたい身としては唯一どうにか出来る千冬先生にどうにかしてもらいたいのだろうのだが、
「こいつがこう言いだした以上、梃子でも動かん。諦めろ」
そんな最後の砦も既に束さんの手によって篭絡済みだった。いくら幼馴染である千冬先生を以てしても束さんを諌めることは出来ても、決定事項は覆すことは出来ないのだ。
「そんな……」
「でも千冬さん!」
「学校では織斑先生、だ。そら、散った散った。次の授業に遅れでもしたら食べた直後だろうがグラウンドを走らせるからな」
パンパンと解散を促すために手を打ち鳴らす。その合図によって集まっていた人間は一人また一人と散っていく。
「姉さん、どうしてあんなこと言ったんですか……!」
皆が立ち去っていく中、箒は身を乗り出しながら束さんに噛み付いていく。箒にもプランがあったようだが束さんの発現のせいで完全にオシャカだ。怒るのも無理はない。
「えー? 何をそんなに気にするところがあるの? 名案だったじゃない?」
そんなことを何も気にしたこともない風に束さんはとぼけたように首をかしげる。
「だから……!」
「大ジョブジョブ。いっくんと組むよりもしーちゃんと組んだほうが勝率は確実に高いに決まってるから」
「そういう問題ではなくてだな!」
一夏と組むのを諦めきれない箒は一夏の方に目配せをして落ち着かない様相を浮かべる。まあ、これで簡単に諦められるほど人間簡単に出来てないですからね。それに、それを勝手に決めたのが嫌っている姉であるというのであれば余計に反発したくもなる。
「でもいいのかなー。箒ちゃんは絶対に勝たなくちゃいけないんだよねー?」
「ぐ、それは……!」
箒は束の痛いところを突いた言葉に言い負かされて悔しそうな呻き声を上げる。
そう、箒が一夏に持ちかけたあの約束が果たされる条件はトーナメント優勝なのだ。一回戦突破でも三位入賞でも準優勝でもない、一番にならなければ意味がないのだ。
それ以外は別の人間に一夏と付き合える権利が渡ってしまう。それだけは箒としてはなんとしても避けたいところである。
幸い、束さんが指名してきた私は一年生の間では五本の指に入る実力があると自負はしている。
「ていうかちょっと待て。なんで姉さんがそのこと!?」
「うふふ~。束さんは面白そうなことには興味は人一倍興味を惹かれる人間なのだよ? それがいっくんの恋模様だということなら尚更……」
「束。食事中くらい少しは黙っていろ」
「へいへいほー」
そう千冬先生に注意されて食事を再開してそれ比例しておとなしくなる。うまうまとか言いながら鯖味噌をつついてる。
そして秘密を知られてしまった箒はというと、
「最悪だ……一番面倒な人に知られた、もうダメだ……この世の終わりだ……」
完全にネガティブスイッチが入って譫言を死んだ魚のような目でorzの格好でぶつぶつと呟いている。とりあえずこの人間をこっち側に引き戻す作業から始めたほうがいいのだろうか。
「箒ー? 大丈夫ですかー?」
「……しぐさ? なんだ? わたしはいまじぶんのあさはかさをあらためてかみしめているのだ……。そっとしておいてくれ……」
うわぁ……こりゃ重症ですね。復活の呪文よろしく並ぶ言葉の羅列に狂気を感じますよ……。
しかし、いつまでもこうしている訳にもいかないので少々手荒になりますがこちら側に引き戻してやりますか。
なにせこのまま放っておけば千冬先生がさっきお達しのとおり、50キロのフルマラソンを超えた地獄ツアーが目に見えているのだ。あの地獄マラソンに知られたくない秘密を束さんに知られたというショックだけで箒をやるのは友人としてあまりに忍びない。
ただ今の状態を見ても分かるようにそっとやそっとじゃ元に戻りそうにない。何か強い刺激があれば話は別なのだが……。
(あ……)
その時、思い浮かんでしまった。確実に箒をこちらに戻す悪魔の方法を。だが、そういうことをするのには些か抵抗感がある。主に私自身の道徳と倫理的に。
かといってこれ以上先延ばしにするのはそろそろまずい……。
(あーもう! いい加減に覚悟を決めて男を見せろ露崎仕種!)
ええい、ままよ! と心の中でどうにか決心を固めると、
「ほーうきっ」
むにゅっ。
背後からがっしりと掴んだのだ。箒の肉体の最大のアイデンティティであるあの胸を。
「ひゃわああああああああっ!?」
箒の口から今まで聞いたことのないような悲鳴が上がる。
柄にもないようなことはするもんじゃないですけど……まあ、たまには女の子らしいこともしとかないとですね。こういうことはホントに同性の特権ですね。
それよりも、なにこれ。スイカみたいな大きさしてるくせにマシュマロみたいに柔らかくて指が沈みこむ、ですって?
やっぱり大きさのおかげでそれなりに質量もあるけど、箒って肩とか凝らないんでしょうか?
「ひぁ……そこ、ひぅん!」
まあ、こんだけあれば肩凝りで無縁だとか言われれば女の敵だと言われること必死でしょうね。出るところは出て引っ込むところは引っ込んでるし。どんだけハイスペックなんですか篠ノ之の家系の女は。
「あ、ぅん、ふあ……」
まあ、別に私は大きさにはこだわりないけど何故か少し羨ましくもある。無い物ねだりって奴でしょうかね? 控えめな自分からすればおっきい人にはそれなりに憧れとか持っちゃうし。
それにしても触り心地いいなー。
「って、いつまでお前はそうしているつもりだああああっ!?」
「はうああああっ!?」
堪能していると正気に戻った箒からきついローキックが飛んでくる。今の一撃で膝がカクンってなったぞカクンって。
その攻撃者はというと先の一撃がよほど強烈だったのか胸元を隠して羞恥心で真っ赤な顔で抗議の目で訴えかけてくる。女同士とはいえ初心な箒の場合、ことさら恥ずかしいだろう、可愛い奴めー。
「何ってスキンシップ?」
「今までお前がそんなことをしたような記憶がないぞ!?」
「そういう気分なんですよ、わかってください」
「わ、分かるか馬鹿者!」
「でも、現実に帰ってきたでしょ?」
「む、ぐ……」
図星を突かれ思わず口を噤む。少なくともさっきの偏屈状態は胸を揉まれたショックで吹き飛んだようで普通の受け答えが出来る状態にまで戻ったのは荒療治をした甲斐があったというものだ。
だが私になんの理由も断りもなく胸を揉まれたことが納得いかないようで訝しげな表情でこちらを睨みつけてくる。
「んーまーそのことはまた別の時に置いといて」
「置いとくな!」
「成り行きでペアが決まってしまいましたけどホントに私と組むということでいいんですか? 箒が嫌と言えば私はまたあの二人と話し合ってみますけど」
箒の意思を出来るだけ尊重するといった意思を伝えた上で尋ねるといや、と箒は軽く頭を振る。
「一夏がダメだった場合は仕種に頼もうと思っていたのだ。よろしく頼む、仕種」
そう言ってまっすぐに手を差し出して、私はそれを握り返した。
さて、私のペアは決まったが鈴とシャルルはどうしよう。鈴は別に何の問題もないが、シャルルに関してはかなり爆弾を抱えてるのだが。
まあ、なんとかなるか。後で深奥に行く相談を兼ねて会いに行こ。
side:シャルル・デュノア
手につかないとはまさに今の状況がそうなんだなあと絶賛実感中である。
今朝から気もそぞろだった。今受けてる授業も半分くらいは頭の中に入ってこない。代表候補生としてIS関係のことは学習済みなのであまり問題はないのだけど。
それもこれも一枚の紙が原因である。
授業の合間に机から紙を覗かせるように取り出して眺める。これが織斑先生であれば即出席簿が飛んでくるのだが幸いと今の授業は他の先生だ。
例年通りであれば個人戦だった学年別トーナメントが今朝になって急遽、ペアのエントリーなったのだ。
何故今年になってと言われているが自分の予想としては今年は専用機持ちが多いための特例措置なのだろう。
それと皆は何も口にしないがどうやら五月の末にも何かあったらしいし、そのことも今回のタッグマッチに関係しているのかもしれない。
個人戦であれば別に何の問題もなかった。しかしそれがペアとなると話はまるで変わってくる。
ペアとなれば女子との交流する時間は当然増える。そうなれば自分が女子であることをバレる可能性が高くなる。
先にペアを決めてその後一方的に交流を断ち切っても構わないのだが、そんなことを出来るような性分ではないのは自分でも重々承知している。
その分、正体が既に知られている仕種であれば都合がよかったのだがその頼みの仕種も篠ノ之さん以外組ませてもらえないみたいだし。
休み時間の度に大勢の女子が押しかけてくるんだけど、とりあえず断っているがかといって自分自身もペアを決めないとそろそろまずい。
昼休みはあの騒動によってどうにか逃げることが出来たけど、今度はそうもいかないだろう。
そしてその影響のせいかおかしなことが一つ。
「デュノアくん!」
「えっとなにかな?」
放課後に入ると実践で同じグループだった女の子が話しかけてくる。興奮しているのかその言葉尻は心なしか力が入っている。
「私、応援してるから!」
いきなり見当していない方角からの言葉に思わず面食らう。急に応援してるからなんて言われてもなんのことなのかさっぱりわからないが応援してるってやっぱりトーナメントのことなのだろうか?
「えっと、ありがとう?」
とりあえず、応援されてるようなのでお礼を言っておくのが筋かと思うので返しておく。
「うん! 頑張ってね!」
「ちゃんと捕まえるのよ!」
そうすると次々と女子が集まってきてねぎらいの言葉をかけられる。頑張ってと言われて悪い気はしない。けどその中に不思議な言葉が入っていることに気がつく。
「あ、ありがとう。って捕まえるって何を……?」
「もう!そんなこと言って~。昼休みの熱い告白見てたよ~?」
「ぇ……?」
そこで思考がフリーズした。
「そうそう仕種じゃなきゃ駄目だーってあんな情熱的な言葉、普通じゃ出てこないよ」
「やっぱり外国の人の方が色々とオープンなのかな?」
そう言われて始めて昼休みのあれを思い出し、それがどんなことを意味するのかを始めて理解する。
あの時は鈴に仕種を取られないようにするために無我夢中だったため、勢いで言ってしまったが
今思い返せばあれは愛の告白であるとそう取られてもおかしくはない。むしろ彼女たちからすればそっちの方が面白そうであるためにそう取るに違いないのだ。
シャルルはそれを完全に理解すると内心はさっと青ざめていき、しかし顔は正反対にどんどんと紅潮していく。
「あ、あああああれはそういう意味じゃなくて!」
「隠さなくてもいいって。思えばずっと露崎さんのこと気にしてたみたいだし」
「それは、そうだけど。でも、そういう方向じゃなくて!」
「綺麗だしISの操縦もうまいしねー。まあ、ちょっと素っ気ないのが玉に傷だけど」
「後は時々ちょっと口が悪いとこ?」
「それも露崎さんの愛嬌じゃない」
だんだんと仕種談義の華が盛り上がっていき、完全に蚊帳の外になっていく。ああ、もう僕=仕種にお熱の方程式は覆せないんだろうなと後悔しても後の祭りだろう。まあ彼女たちの言ってる仕種のことは否定しないけど。
「だけど誤算はまさか二組の鳳さんも露崎さん狙いだったとはね」
「たしか露崎さんは織斑くんと篠ノ之さんと幼馴染みだったんだよね。そして鳳さんとも幼馴染みであると」
「幼馴染みってだけでアドバンテージだからね~」
「でも最近では幼馴染みよりも振り回す系の美少女とくっつく話とかも多いよ?」
「幼馴染み補正って舐めてたら駄目だよ! 王道だからこそ、それだけでも警戒するに値するよ!」
次第に話題は逸れていく。
「まー、一番の関門はやっぱり露崎先生かな」
「え? でも優しそうだし大丈夫と思うよ?」
「ところがぎっちょん。そういう人間こそ案外とこじらせちゃってるかもしれないのよ」
「こじらせるって何を?」
「そこは本人の名誉のために明言しないでおきましょう。おまけに身内がたった二人しかいないって言うのでしょ? そうなるときっと尚更よ」
「じゃあ織斑くんとこもそうなのかな……?」
「おそらくはねー」
思えば一夏は織斑先生に出席簿で一番ぐらいに叩かれてるしなあ。それが愛情の裏返しっていうのかな。そういうことならば実に納得だ。
「とにかく私は応援してるからね! シャル×しぐこそ私のジャスティスだから!」
「何を! ここはあえてのしぐ×シャルでしょう!」
「いやいやここは大穴のしぐ×シャル×鈴というのをだな……」
「じゃ、じゃあ僕、練習あるからこのへんで」
最後の方の用語に関してはまるで分からないが、あまりロクな目にあわないような気がしたために乾いた笑みを返すことしか出来なかった。
「おおシャルル、丁度よかった。お前に頼みがあったんだ」
廊下に出ると一夏がいた。
「あのさ、シャルル。よかったら俺と組まないか?」
え? とその問いに一瞬耳を疑った。
「本当に僕でいいの?」
「ああ。男同士の方が気楽だし、あのまま周りの女の子にあーだこーだ言われ続けるよりもこの際スパッと決めちまった方がラクだし。それにペアを決めるのが早い方が連携の訓練出来る時間が増えるしな」
普段は全然そんな素振りみせないくせに時々、女の子のこと変に意識してたりするし。
「やっぱり俺ってシャルルのお眼鏡に適ってなかったりするか……?」
「ううん、そんなことないよ。ISを習い始めて数ヶ月なのに代表候補生相手にそこそこやれるっていうのは凄いことだよ」
「そこそこなんだな……」
そこそこと言われ、一夏の顔から苦笑が漏れる。実際、戦った感じだとまだまだ動きに無駄は多いし戦術的にも荒削りな部分が目立つ。
けど潜在能力はまだまだ底が知れない。それに織斑先生の弟という血筋を持った魅力的な原石だ。基礎訓練を積めばもっと強くなれる。
「いいよ。こんな僕でよければペアを組んでくれないかな?」
「ありがとうシャルル! いやあ、よかった! 正直、断られるかどうか不安だったんだよ」
本当に心底安心したような笑みを浮かべる。
とりあえず、今の状態で問題がないのだし現状を維持していれば大丈夫だろう。それに一夏の白式に近づく機会もこれでぐんと増えた。
仕種のことは残念だったけど、これはこれでよかったと思いたい。
「くっ。やはり時代は一×シャルだったのか……」
「シャル×一……は望み薄そうね」
「やはりノーマルでは満足出来ないのか。禁断の愛しかないのか……!」
「で、あそこでは何の話をしてるんだ?」
「さ、さあ……?」
ただ言えることと言えば、知らない方がいいような事ってことかな……?
side:鳳 鈴音
「…………はああああああ」
あたしの心情を一言であらわすのであれば最悪の一言に尽きる。
飲み物を買いに出ていく足取りが非常に重い。夏の暑さから来るものもあるが今回はもっとメンタル的なものだ。
当初予定していた仕種とペアが組めなかったからである。
仕種をダークホースの箒に持っていかれたショックも大きいがライバルがいたということも大きい。まさかシャルルがあそこまでグイグイ来るとは思っていなかった。
ぐっ、一人の戦いかと思ってたのにまさか仕種が同性に言い寄られることになるなんて……!
おかげでその後の授業もまるで身に入らなかったし、訓練も調子出なかったし時間の浪費である。
思い描いていたプランは丸潰れでおまけに敵同士、最悪の一途を辿る一方だ。唯一の救いが同じようにペアを組みたがっていたシャルルとも組まなかったことか。
仕種はぎったんぎったんに叩きのめして考えを改めるような人間じゃないし、まず仕種を叩きのめせるのかすら怪しい。
上手くいっていればペアになって取り入るように少しずつ意識させていくのがあたしの考える仕種の攻略術だったのに、
(それもこれもあいつのせいよ……)
頭に浮かんだのはあのへらへらと人を食ったようにいっつも笑っている変人、篠ノ之束。
世界的天才で、篠ノ之箒の姉で、常識破綻者。
あいつの目にはあたしたちはまるで映っていない。そう、人を石ころから何かと勘違いしているようなどうでもよさげな目。映ってるのは一夏と箒と仕種と千冬さんと後は沙種さんといったところか。
それ以外は全部等しく「無関心」。
いようがいまいが関係ない。むしろなんか人がうじゃうじゃいて気持ち悪いぐらいに思っていても不思議じゃない。
そんな常識破綻者がわざわざそんな環境に身を置いてまでも箒の専用機のデータが欲しいのだろうか。
自動販売機から炭酸飲料のペットボトルを取り出すとソファに座り込んで思考を再び巡らす。
(それにしてもトーナメントのペアなんて誰と組めばいいのよ。ティナの相手は決まっちゃってるし、それ以外のクラスメイトとはそんなに親しくないし。下手すりゃ当日抽選? 心許な過ぎるっての……)
「「はああああああ……」」
腹のそこから出ていくようなため息が二つ重なる。
……って重なる?
「「うわあああああああああああっ?!」」
同時に悲鳴を上げて離れる。漫画のような話だがあまりに二人同時で驚くとリアクションすらも同じになってしまうらしい。
目の前の彼女も指を指しながら口を金魚のようにパクパクしている。
「セシリアいつからそこにいたのよ!? いつからアンタはモブキャラAに成り下がったのよ!?」
「そういう鈴さんこそもっと存在感出してもらえませんこと!? さっきの貴女ものすごく背中すすけてましたわよ!?」
「なによ!!」
「なんですの!!」
売り言葉に買い言葉。お互いぐぐぐ、といがみ合う。
普段ならここでもっと口論に発展するのだが、今日はその口論する元気すらないらしい。どちらともなくふん、とそっぽを向いてソファーに座りなおす。
そして訪れるしばらくの沈黙。
「一夏さん、デュノアさんと組むことになったみたいですの」
セシリアがぽつりと言葉を落とす。
あー案の定か。そりゃアイツの思考からすれば女子と組むより男子と組むわよね。アイツ変に女の子のこと意識するし。うん、ヘタレね。
「あ、そ。そいつはお気の毒様」
「鈴さんも残念でしたわね。箒さんに持っていかれて」
仕返しとばかりにニヤニヤしながらセシリアが反撃してくる。ぐ、傷心中なのにまったく痛いところをついてくる……!
「あ、あれはあたしのせいじゃなくて……! そう、向こうの横槍がなかったらまだ分かんなかったわよ!」
「そうですか。でも知りませんでしたわ。鈴さんが仕種のことを慕っていたなんて」
「そ、そそそそそういうのんじゃなくて!」
「ああでもわたくしは咎めようとは思っていませんわよ? 愛の形は色々ありますから、何しろここはIS学園ですし。
そういう関係が一組二組出来てもおかしくはないとは思っていましたが、まさかその内の一組が鈴さんだったなんて……」
「だから、そういう話じゃなくて仕種は―――!」
男の子なんだから、と叫ぼうとしたところで急に脳が冷静になる。
仕種は自分の性別を偽ってここにいるのだ。それを自分の勘違いを解くためだけに大声で言いふらしてしまっていいのだろうか? そんなのノーに決まってる。
「仕種は?」
「………………やっぱりなんでもない」
「なんですの。そんな寸止めにされたら気になるじゃありませんか!」
「うっさいわね! なんでもないったらなんでもないの! こっちにも事情ってもんがあんのよ! しつこいと衝撃砲でぶっ放すわよ!?」
「……なんで逆ギレされなきゃいけませんの?」
そっちがこっちの事情にしつこく入り込もうとするからでしょ。
ふん、鼻を鳴らしてぐびぐびと炭酸を飲み干す。ゲップが出そうになったが流石に人前でそれをやるのはマナー違反なのでぐっと堪える。
「とりあえず、お互いに思い通りにいかなかったみたいですわね」
「そうね」
そう言葉を交わすとはあああ、とまたお互いにため息が零れる。
このままだとどんどん悪い方向に転がっていきそうだ。なんとか話題を変えないと。
(…………あ)
「丁度いいわ。セシリア、あたしとペア組まない?」
「鈴さんと? どうして急にまた?」
「べっつにー。中遠距離が出来るブルー・ティアーズはあたしの甲龍との愛称もいいわけだし。それにアンタの射撃の技能は一応買ってやってるのよ?」
「何ですのそれ。明日は槍でも降るんじゃないのありません?」
「酷い言い草ね。褒めたんだから素直に受け取っときなさいっての」
「はいはい、ありがとうございます」
なんか釈然としない。ほんとにどうしてこいつこんなに余裕あんの? 恋のライバルじゃないからって気ィ抜いてんの?
「ま、トーナメント優勝とまではいかなくても最低でも上位には食い込んどかないとうちの上司から何言われるか分かんないからさ。組むなら強い人間のほうがいいってこと」
「なるほど。それに何度も模擬戦してますし、お互いの手の内はだいたい把握してますしね」
ふっと鼻で笑えるくらいの元気は出てきたみたいだ。
「オッケー、決まりみたいね」
「こちらこそよろしくお願いしますわ鈴さん」
そう言って握手を交わす。
こうしてドラフト一巡目を逃した再抽選凸凹コンビが結成された。
* * *
東湖です。
帰ってきたと思ったらまたの長期離脱……。言ってることが支離滅裂の公約違反でまことに申し訳ないですorz
出来れば期待せずに「あ、更新されてる」程度にのんびり待って頂ければすごくありがたいです。そういうスタンスでこれからもお願いします。
ところで秋アニメの武装神姫の一話があれ?モロISじゃねえかwwwって笑いました。