授業が全て終わり放課後。教室を後にして現在は職員室前にいる。
理由は至極簡単。
「露崎、会議の前に少し話がある。着いて来い」
との千冬先生から直接ご指名をいただいたからである。ちなみに一夏は授業後、授業内容の理解が追い付かず重度のグロッキー状態で私が呼ばれたことなど知る由もない。
そんなことを考えていたらドアが開き呼び出した本人が出てきた。
「すまない、待たせたな」
いえ、と短く返すと千冬先生は壁にもたれかかる。
「それで、うまくやっていけそうか?」
千冬先生からそう切り出される。
ただ声色は教師の時の厳しいものではなく、近所のお姉さんのような幾分か優しいものだった。
「まあ、それなりに。学校なんて久しぶりなものですから集団行動に馴染めるかどうか」
「ほう、それなのに初日から騒動を起こすのかお前は」
上げ足を取るように意地の悪い笑みを浮かべる。
「う……」
そう言われると反論に出来ず言葉が詰まる。
そもそもきっかけは単に上から目線が気にくわないのと男を馬鹿にしたことに対して吹っかけた痴話喧嘩である。
それがあれよあれよという間に事が大きくなり、その延長にたまたまISの勝負があったというだけのことであって。
結局のところ、この両者の争いの根幹は「侮辱されたからやり返す」という実にガキの喧嘩みたいなものだ。
「仕方ないじゃないですか、腹が立ったんですよ。それに私が起こさなくても一夏がやっていたでしょうし」
「言いかけたところをお前に被せられたからな」
とはいえ、一夏も結局あのイギリスの代表候補生と戦う羽目になったけど。何も言えなかったうえに勝手に戦うことが決められてしまって実にお気の毒様だ。
「で、勝算はあるのか?」
そう聞かれると、私は質問の可笑しさに歪な笑みが零れる。
「勝算がある、ないの問題じゃないんですよ千冬先生。私は、全ての勝負に勝たなければいけないんです。息をしなくてはいけないことと同じで私は勝たなきゃ生きていけないんですよ」
勝たなければ明日がある保障がない。私の人生はそうであったしこれからもそうなのだろう。
更に失敗すれば明日がない。一時期はそんな生活すら強いられていた。
幸いと天の助けか敗北とは遠い生活を送れてきた――――というよりも勝負事から身を遠ざけていた――――がここは違う。
IS戦に常に勝敗は存在する。ISを操縦する限り、勝負に身を置かなければならない。
自分は人一倍負けてはいけない立場なのに勝ち負けがつく生き方しか選択肢がなかったとはなんとも皮肉な話である。
「そうだったな。お前も、あいつも難儀な宿命を背負ったものだな」
そう思い出したように呟く。
「家系の問題ですし、こればかりはどうにもならないですね」
抱えている問題のあまりのままならなさに思わず苦笑する。
世の中にどうしようもないことは存在する。
織斑の家も篠ノ之の家も私の家も世の中の不条理にさらされた。
私たちの場合はその一つが家系のことだったというだけで……。
「それで、あいつの調子はどうなんだ?」
「ええ、割と良好らしいです。医者の方からもそろそろ仕事しても大丈夫だって言われてますし」
「そうか」
それを聞いて安堵の表情を浮かべる。
「さて、私も行くか」
「これから会議ですか?」
「いや、その前にあいつの荷物のことを伝えにな」
「? 一夏は寮に入ってなかったんですか?」
「本来なら一週間は家から通うことになってたんだが如何せん事情が事情でな。急遽、部屋割りを弄って相部屋にした」
……もう何も言うまい。
「道草せずに帰れよ露崎」
そう苗字で告げて先生として教室に向かっていった。
「そう言われて素直に帰るほど人間が出来てないんですけどね私」
とはいえ今の時間から行ける場所なんて限られている。うーん、部活見学でも行きますか……。
色々な場所を巡っていたら案外と時間が過ぎてしまった。
部屋に帰る途中、夜は何食べようかな~なんて考えながら歩いていたら目の前に黒山の人だかりが出来ていた。
こんなことになる騒動の元凶なんて鼻っから知れてますが。
「……まったく、なにやってるんだか」
そう誰にも聞かれないくらいに小さく愚痴ると騒動の中心に向かってすたすた歩を進める。
「一夏」
「し、仕種か……?」
廊下にへたり込みながら私を見上げる一夏。仏様にでもあったかのような表情だ。
「ええ、何があったんですか?」
「ああ、部屋に入ったら箒がいて……」
「分かりました。皆まで言わなくて結構です」
「え、俺まだ全部言ってないのに……」
どうやら相部屋の住人は箒で、一夏が部屋に帰った時に偶然持ち前のラッキースケベが発動してしまって追い出された、とそれくらいの予想は朝飯前です。
「一応聞きますが、部屋は間違ってないのですね?」
「お、おう」
「ん、分かりました。なんとかしましょう」
「ねーねー織斑くんってさ露崎さんとどういう関係なの?」
とりまきの女の子の一人が一夏に話しかける。
「どういう関係ってただの幼なじみだよ」
『え!?』
周囲の女子たちがざわめく。また一夏がいらんことを言ったのだろう。
「い、いつからなのかな」
「小学校の頃からだけど。箒の家が剣術道場をやっていて仕種も俺より後からだけどそこに通ってた」
「じゃ、じゃあ織斑くん篠ノ之さんとも幼なじみなの?」
「そうだけど」
その場にいた全女子が息を呑んだ。「これなんて幼なじみ補正?」とか「幼なじみとか……。くっ、鉄板じゃないの……!」とかがちらほら聞こえてくる。しょーもない。
きゃいきゃいと後ろで質問攻めに合ってるのを知らん顔してコンコンとノックをしてドアに向かって話しかける。大勢の前でこれをやるのってなんかシュールな気が……。
それにこのドア、いくつか穴が空いてボロボロになっている。打突で木製ドアを打ち抜くなんてどんな……いや、なにも言うまい。
「箒、仕種ですが」
「仕種か? 何の用だ」
あまりにもつっけんどんな回答。箒の声から不機嫌が滲み出ている。
「要件を簡単に言います。一夏を部屋に入れてくれませんか?」
「な……! どうしてそのようなことを!」
「ここは一夏の部屋でもあるのですが」
「知るか! 廊下でもどこでも寝ればいいだろう!」
ドアの向こうで声を荒げはっきりとした拒絶の意思を示す。おおよその構成成分は恥ずかしさと怒りによるものだろう。
「そうですか。このままでは一夏が他の人間に喰われることになるのですがそれでも……」
「ま、待てっ! 喰われるってどういう意味だ!」
私が含みのある一言を言ったら案の定、食いついてきた。
「深く考えずその言葉通り、ぱっくりと」
だってそりゃそうだろう。一対多。数の暴力に肉体的に普通の高校生の一夏が敵う筈もない。もっと分かりやすく言えば一夏のていそ……。
「一夏! は、早く入れ!」
早かった。実に早かった。まさしく魔法の呪文のようだ。
「お、おう」
凄みで押されながら返事を返す。
「サンキューな仕種。そうだ上がってけよ」
「いえ、そういう訳には」
「遠慮すんなよ。それに話したいこともあるし」
こちらの気苦労も知らずに。
後ろをちらりと盗み見する。ここで断ればどうなる? 繰り上げ式に後ろの女子が詰めかけてくること間違いない。
そうなると一夏がまたほっぽり出されて以下エンドレス。
「……じゃあ、少しだけお邪魔します」
そう言って入ろうとすると後ろから、「ああっずるい!」とか「二人を相手なんて……」と「やはり幼なじみは伊達じゃない」とか一部自重しろと言いたいような言葉が飛び交うが相手にしたくないので無視を決め込む。
部屋に入るとむすっとした箒が仁王立ちしていた。
すぐに着られるのが剣道着しかなかったのだろう。帯の締め方が緩い。
「何故だ」
はい?
「何故、仕種がここにいる!」
いやいや、第一声にそれはないでしょう箒さん。なかなかに失礼な言われようをした気がする。
「それは俺がここに呼んだからで」
ギンッ! と箒の視線が鋭くなる。ヤのつくお仕事の人たちも真っ青な怖さだ。
あまりのやるせなさに思わず溜息をつく。
「別にいいだろ、仕種も幼なじみなんだし」
「確かにそれは、そうだが……」
箒の歯切れが悪い。
まあ、箒からすれば二人きりでいたいところなのだが一夏が間違ったことをいってる訳でもないため強くも言えない。
つまるところ、私はお邪魔虫なんだろう。なんか虫の居所が悪い。虫だけに。
「……お邪魔なら出ていきますが」
「気にすんなって。それに今出ていくの無理だろ?」
「……確かに」
ドアの外には女子たちがひしめいているのをドア越しにひしひしと感じられる。今あそこに行くのは自殺行為だとしか言いようがない。
ああ、千冬先生早く外の女子を散らしてください。
それにしても私が気を使って二人きりにしようと思ったのにそれに気付きもしない相変わらずの唐変朴ぶり。むしろ、パワーアップしてる……?
「日本茶でいいか?」
「ええ、出されたものなら比較的なんでも」
「分かったよ。箒もいるよな」
「なんで、そんなもの」
「いいだろお茶ぐらい。せっかくこうして三人集まったんだからお茶でも飲んでゆっくり話そうぜ」
「……好きにしろ」
そう言うとそっぽを向いてしまう。箒は昔から一夏に対して変に捻くれたところある。素直になるのが気恥ずかしいからそれを隠してるからなんでしょうけど。恋する乙女だなあ。
「それで一夏はどうするんですか?」
一夏の淹れたお茶を飲みながら私から今後についてを切り出す。
「ん? 何がだよ」
何がじゃないだろ。
「一週間後の代表決定戦。ISのこと全然理解してないようですしこのままじゃ勝ち目ないですよ?」
「う……」
「ふん、安い挑発に乗るからだ」
「私の言葉に同調したのはどこの武士娘でしょう?」
「う……」
負い目があるらしくばつの悪そうな顔をする。
「悪い仕種、このままじゃ何も出来なくて負けてしまいそうだ。俺にISのこと教えてくれないか!」
確かに私は専用機を持っている。ただそれは他の人間よりうまく扱えるだけであってうまく教えられる訳じゃない。やってみるのと教えるのはまるで違うものだ。
それに私自身、大したことを教えられるほどISの事を理解している訳じゃない。教えられるとしたらひたすらに反復練習しろとしか言いようがない。
「箒に教えてもらえばいいんじゃないですか?」
「ど、どうしてそうなる!」
「同室だし私よりも一緒にいられる時間が長いじゃないですか」
「い、一緒……?!」
箒は素っ頓狂な声を出しながら顔を赤らめる。
「ああ、それもそうか」
しかもそれをそのままの意味で解釈する一夏。
「箒、教えてくれないか?」
「私よりも仕種に見てもらえばいいじゃないか」
私の後に頼まれたのが不満なのかふん、と顔を背ける。仕方ない無理矢理にでも背中を押してやるか。
「あの時……」
「ええい! 分かった! 何度も言うな!」
「じゃあ、箒。教えてくれるんだな?」
「その前に明日の放課後、剣道場に来い。一度、腕が鈍ってないか見てやる」
「え、でもISの……」
「見てやる」
「……はい」
何とも言えない威圧感に押され一夏は首を縦に振るしかなかった。
言っておくがたまたま、一夏の周りに強い女子が集まっているだけである。もしくはそういう星の下に生まれたというだけである。あれ、駄目じゃん。
三人で夕食をとった後、二人と分かれ1032と書かれた自室のドアに鍵を差し込みノブを捻る。
IS学園は全寮制で、生徒はすべて寮で生活することが義務付けられている。
付け加えるなら部屋は個室ではなく二人で一部屋の相部屋である。
本来なら私の部屋にも同居人がいる筈なのだが、クラスが奇数なため必然的に一人だけ余る。そしてたまたま私が余った一人に選ばれたというわけだ。
本当はもっと事情があるのだろうけどそれを考えるのはあまりに無粋なものだろう。
扉を開けると一夏の部屋と同様、国立が用意したヘタなビジネスホテルよりもずっとグレードの高いベッドが目に飛び込んでくる。
ISは国防力に直結する。IS学園の生徒は何万分の一の狭き門を通っての入学のため基本的にエリート扱いされる。そして、エリートの私たちにはそれ相応の待遇があるわけだが。
「贅沢は敵とは言いませんが、慣れないものですね」
一人小さくあるとしたらの不満を愚痴る。
昔から割と質素倹約な生活を送っていたためこういう豪勢なものは落ち着かない。しかしまあ、くれるというのなら厚意に甘えて素直に受け取っておくべきだろう。
「ふわ……」
広い二人部屋で小さく欠伸をする。
大したことはしていないのに疲労感が眠気を誘う。
「シャワー……は明日の朝でいいか」
そう結論付けると寝巻に着替えてベッドにバタン。いかん、このもふもふ感は眠気が加速する……。
瞼が落ちて完全に眠りへ落ちる前のまどろみの中、ふと思った。
そういえば。あの金髪ロール、私と一夏と勝負することになってるけど結局はどうなったら代表が決まるんだろ?
* * *
あとがき
東湖です。
一夏も箒も平常運転で書けているでしょうか。
地の文の質がブレるのは作者の未熟さゆえです。申し訳ないです。精進します。