side:織斑一夏
「も、もう無理……。流石にこれ以上はし、死ぬ……」
「と、一夏が申しているので今日はこれくらいにしますか」
あれから三対一の一方通行が数時間にも及び、日もすっかり落ちてしまった。
箒からは籠手・面・胴を食らい、セシリアからは、弾幕のような射撃の嵐を食らい、仕種からは雪片を持っている右手のピンポイント狙撃を食らい、それはもう結果から言うと散々な惨状だった。
「そうですわね。今日はこれでお開きということで」
「これくらいで音を上げるとは、軟弱者め」
ぐあ、箒の心ない一言に思わず涙が出そうだ。俺の周りにはこんな奴ばっかりなのか……? 千冬姉に始まり、箒に仕種、鈴……うん、こんな奴らばっかりだよな。
「いや、箒も三対一やってみろって……。めちゃくちゃ疲れるんだぞ」
「それはお前の行動に無駄が多すぎるからだ。自然体で行動出来ればそんなに疲れることはない」
それが出来ねえから苦労してるんだって箒。二対一でも一方的なのにそれに一人加わるんだぜ。それはもう猫三匹と鼠一匹のほとんど勝ち目のないバトルロイヤルみたいなもんだ。どうしろってんだ。
「では一夏。またご飯時にでも」
「そうですわ。その時に今日の反省会をいたしませんと」
うげ……、あれ今日もやるのか。
反省会では容赦なく俺のわるいところをダメ出しされる。毎回、とんでもない数のミスが列挙される。
つーかどんだけ悪いところだらけなんだよ俺。粗探しにも程があるぞあれ。
「もうやめて! 一夏のライフはもうゼロよ!」状態でも平然と言葉を続けるしなこの三人。
けど、そのおかげで技術が向上してることにも変わりないんだよなあ。
「お手柔らかに頼みます……」
「拒否します。強くなるための薬です。耳の痛い話ですが、薬は苦くなくては利かないんですよ。特に馬鹿につける薬は」
うあ、相変わらずの辛口だ……。言っていることが真実なため否定できない。
仕種とセシリアは俺たちのとは逆方向のピットへ歩いていった。
「一夏、私たちも行くぞ」
「箒、先に行っててくれ。まだ、動けない」
「まったく、しょうがないな。先にシャワー使わせてもらうぞ」
「おう……」
生返事を返すと天を仰ぎながら箒を見送る。
しばらくすると息が整ってきたので、クールダウンを行ってピットへ戻る。
誰も使われていないピットはがらんとしていていつも以上に広く感じる。
「一夏、お疲れ」
バシュっというスライドドアの開く音と共に鈴が入ってくる。
「鈴、もしかして今まで待っててくれたのか?」
時間はもうけっこう遅い。食堂もほとんど最終だ。
「ん、まあそうね。はい、これ」
手に持っているタオルとスポーツドリンクを手渡される。
そうか幼なじみとは優しくて甲斐甲斐しいものだったのか。あれ、どうしてだろう。目から汗が出るぞ?
「相変わらず、仕種に優しくされなかったのね。よしよし」
子供をあやすように優しく頭を撫でる。
やべえ、さっきから止めどなく溢れてて止まらねえぞ。なあ知ってるか箒、仕種。幼なじみって本来こうあるべきものなんだぜ。
「落ち着いたわね。じゃ、はい」
いい笑顔で手のひらを突き出した。うん、なんだこの手は。そうかこれはあれか、お手だな。というか鈴よ、俺は犬ではないんだがジョークのつもりなのだろうか。
ぽんと、手のひらの上に手を乗せる。
「ちっがーう! 何間違った解釈してんのよアンタは! お代よ、お・だ・い!」
バチンと乗せた手を振り払い、手のひらを再度突きだす。
おだい? はて、お題のことか? IS学園――――――幼なじみと俺と時々千冬姉、なんちて。
「何つまらないこと考えてんのよアンタは。スポーツドリンク代とタオル代と優しくしてやった代。本当なら一野口のところ、再会祝いだし五百円にまけてあげるわ」
「金取るのかよ!? つーか、一野口ってどんだけ守銭奴だよお前!?」
「いいじゃない、ワンコインにまけてるんだからさあ。払わなかったら十日で一紫式部の利子がつくわよ?」
ぼったくりだあっ!? 関西の金融もびっくりな位なぼったくりだあっ!?
「ったく、払えばいいんだろ。ほれ、五百円」
「まいどあり~」
受け取った五百円をほくほくと財布の中に蓄える。
「ねえ一夏。あたしがいなくて寂しくなかった?」
「そうだな、遊び友達が減るのは大なり小なり寂しいもんだけど」
「そうじゃなくてさあ。ま、あんたならこんなもんか」
「なんだよ鈴。なんか違ってたのか?」
「違ってなくないわよ。あんたが正しい、お世辞のひとつでも期待したあたしが馬鹿でしたよーだ」
あー、女心はよくわからん。
「ね、一夏。記念撮影って続けてるの?」
「ああ、ついこの間アルバムが届いたからな」
俺は千冬姉の影響で定期的に写真を撮るようになった。元々そんなことにあまり気にしていなかったが、前に千冬姉が周りにいた人を覚えておけにって言われてからそうかもしれないと思い、今も続けている。
「あのさ、今度見に行っていい?」
「ああ、いいぞ。整理終わってないからけっこうバラバラだと思うけど」
「別にそんなこと気にしないわよ」
「んじゃ、身体冷えてきたから部屋戻るわ。箒もシャワー使い終わっただろうし」
「箒って幼なじみの子よね? なんで男と女がおんなじ部屋で暮らしてんのよ。仕種じゃないの?」
「ああ、なんか俺の立場が特殊だから、特別に部屋を用意できなかったんだと。それで今は箒と二人部屋で―――――――」
「もういいわ。内容は分かったから」
お手上げといわんばかりに万歳をする。おお、幼なじみは最後まで言わなくても理解してくれるのか。
「そういや、仕種がどうって……」
「ああ、あたしの勘違いみたい。忘れて」
微妙に返事が素っ気ない。でもそんな表情もすぐに元に戻る。
「でもさ、あんた大丈夫なの? 年頃の女の子と同室なんてさ。ムラムラ~って来て襲っちゃったりしないの?」
「箒相手に? 幼なじみ相手にそんなことしないって」
それにそんなことしようもんなら問答無用で木刀(竹刀にあらず)でぶっちKILLだし。俺だって命は惜しいんだ。
「はぁ……。そういや一夏は千冬さんで散々見慣れてるのよね。そりゃ壁高いわよね~」
何を溜息ついてるんだ鈴、そんなんじゃ幸せが逃げるぞ。確かに千冬姉は下着姿でウロウロすることはあるけど。正直止めて欲しいよな、こっちだって健全な男の子なんだぞ。
「身体のことやたら気使ってるし、同世代の女に興味示してないし……。やっぱアンタ枯れてるわ」
枯れてるってなおい。弾もおんなじことを言ってたけど、別に俺は女子に興味がないわけではなくてだな。
「あんたまさかそっち系!? 道理で弾といっつも……」
「待て待て待て! 勘違いするな、俺は断じてそっちの道に足を踏み入れてない!」
っておい待て鈴! じゃ、とか言って勘違いしたままどっか行くなああああああっ!!
side:露崎仕種
一夏と箒と分かれた反対側のピット。
「仕種、少し厳しすぎではありませんでしたか?」
セシリアがピットに戻るといの一番にそう言った。
クラス代表戦以降、セシリアの態度はだいぶ刺も軟化し取れてきた。それでも中身がお嬢様なため時々出る上から目線もこう言う奴なんだと温かい目で見てやることにしている。
「何がですか? 一夏への態度? 練習?」
「……一夏さんへの態度は今に始まったことじゃありませんけど。練習に関してですわ。たとえ代表候補生でも三対一は流石にきついですわ。ましてや一夏さんはISに触れてまだ一月も経っていないんですのよ?」
「ならセシリアが譲ればよかったんじゃないですか。そうすれば二対二のタッグマッチが出来たというのに」
今日の練習は四人いるから二対二で分かれて試合してみようと言ったものの、箒とセシリアがお互い譲らず。
私が一夏と組もうとしても二人は許そうとしないので結局三対一ですることになった。何やってんでしょうね……。
「そんなこと出来るわけありませんわ! 箒さん、ましてや幼なじみの凰さんが現れた以上わたくしはこれ以上後れを取ることは許されませんわ!」
「……さいですか」
「しかし、今のままでは篠ノ之さんと対して変わりありませんわ。それどころか一夏さんと同じ部屋で暮らしてる向こうの方が歩があるようですし」
「じゃ、クラス対抗戦が終わったころにでもデートにでも誘えばいいんじゃないですか?」
素っ気なく適当に返事をすると、
「で、でっでででででデートおおおっ!?」
思いっきり顔を真っ赤にして反応した。
「そうですよデートですよデート。日本風にいえば逢引でしょうか」
「あ、逢び……!」
ぼっ!と湯気を立てながらへにゃへにゃと崩れ落ちる。えー、そんなに刺激の強いこと言ったつもりないんですけどねー。
「し、ししししかし、一夏さんがわたくしの誘いを受けるでしょうか……?」
「日本の街を歩きたいとか適当に言い訳つければあの男は着いてきますよ」
「そうですわよね!?」
「ただネックなのは一夏がデートだって意識しないことですかね……」
「そうですわよね……」
まったくそのとおりである。一夏は女の子と遊びに行っても、「女の子と遊びに行った」としか認識していないのだ。世間一般にそれをデートというのに。朴念神め。
「ま、その辺はご自分で頑張ってください」
「は、はひ!」
や、何にもないところで噛まれても……ちょっとだけ可愛いなって思っちゃったじゃないですか。
夕食を取りながら一夏の練習の反省会を三十分ほどした後、お開きとなり各々の部屋に戻っていく。
シャワーを浴び疲れたたため少し早めの就寝を取ろうとした時、ドアが叩かれたので出る。
「しーぐさー。少し聞きたいことがあるんだけどいい?」
ドアを開けるとそこにはネコがいた。中国産で人懐っこい奴だ。名前は鈴という。
「なんですか鈴。ISの訓練と一夏の会議で私は疲れてて明日にして欲しいんですが……」
「嫌よ。仕種ってそうやって有耶無耶にするじゃない」
流石は幼なじみ、こちらの手の打ちはお見通しか。
「はあ、少しだけですよ」
「平気平気すぐ終わるって。ていうか、相方の了承なしで勝手に通していいの?」
「別に大丈夫です。私、一人身ですし」
「え……。一夏女と一緒の部屋なのに仕種は一人身なの?」
「ええ。寂しくはありますが、一人だと気楽です。ま、中に入ってください」
中に入れるが奥の方まで入ってくるような気配がない。
バタンとドアが乱暴に閉まる音に振り向くとドアのところで鈴は俯いていた。髪の毛でその表情を読み取ることが出来ない。
「鈴……?」
近寄った無防備な一瞬、見逃さないように鈴が動いた。
異変に気付いてこちらが構えるよりも早く鈴は両手を部分展開し、床に押し倒され組み伏せられる。
「くっ!」
押し返そうにも部分展開された両手によって押さえられた腕はピクリとも反応しない。そもそも人とISでは敵う筈もない。
「どう? これならあんたも動けないでしょ? それに部分展開できないしね」
鈴の言うことは事実。完全に拘束されている。いや、本気で逃げようと思えばまだいくらでも手段はあるのだが、それは穏便に済ませることを度外視した場合でそうした場合千冬さんの制裁を食らうことになる。
「で、もう一度聞きたいことあるって言ったけど遠慮なく聞かせてもらうわ。あんたがどうしてIS学園にいるの? いや違うか、どうしてあんたがISに乗れるの?」
その質問に肝が冷える。
そのことを聞くとはたぶん鈴は気づいている。
かといって鈴は竹を真っ二つに割ったような性格だ。誤魔化しが通じる相手じゃない。
それにこんな状況だ。下手な冗談も打つことが出来ない。
逃げ道を必死に模索する。
「ふうん、口を割るつもりはないんだ。なら、こっちから――――――――」
「クラス対抗戦……」
ぽつり、と言葉を落とす。
「ん、何よ?」
鈴は耳聡く言葉を広い聞き返してくる。
「今度のクラス対抗戦、そこで優勝できたらその時に理由を教えます」
「な! そんな要求受け入れられる訳……」
「これがこちらの出来る最大限の譲歩です。それとも鈴は優勝出来ないんですか? 中国の代表候補生なのに?」
「っ! あーもう! 分かったわよ! 優勝すればいいんでしょ優勝すれば!」
投げやりに語気を強めて言い放つ。発破をかけてやれば性格上、鈴はそれに乗らざるを得ないのだ。
「その代わり、優勝したらなんか驕りなさいよね」
しかし鈴も転んでもただでは起きない。対価を要求するあたりかなりしたたかだ。
「駅前のクレープで手を打ちましょう」
「ぬるいわね。こっちは@クルーズの期間限定の一番高いパフェを要求するわ」
待ちなさい。あれって一つ二千五百円する奴でしょう?
学生が一回の食事にそんな膨大な量を払わなければならないのですか。
「あ、別に呑まなくてもいいわよ。その時は今この場でまるっとひん剥いてあげるから」
「はあ……、分かりましたよ。それで手打ちにしましょう」
「やり! 約束したからね!」
納得したのか押さえていた拘束を解く。押さえられてた箇所が少し赤くなってる。
「見てなさいよ! あたしが優勝して仕種の口から本当のことを喋らせて見せるんだからね!」
そんなことも気にせずに鈴はぴゅーっと出て行った。まさしく風のよう。
出た直後に「ぷぎゃっ!?」って叫び声が聞こえたのは空耳のせいにしておきましょう。
これはますます、一夏の訓練に熱を入れなければならなくなりましたね。
その後日、一夏が鈴に宣戦布告を受けていた。
かくいう当人の一夏は、
「俺、何か鈴を怒らせるようなことしたか……?」
と首を捻りながら考えたとか。
side:凰鈴音
「ぷぎゃっ!?」
部屋を出るや否や頭に強烈な衝撃が走り、虫が潰れたような声を上げる。
「急に部屋から飛び出すな凰」
「ち、千冬さん」
「学校では織斑先生と呼べと言っているだろう凰」
ぎん、と目から放たれる威光が強くなる。
「す、すみません」
頭を下げながらふと思いつく。
同年代で覚えがないんならこの人なら、仕種について知っているかもしれない。
「あの、少しいいですか?」
「なんだ、手短にしろ」
「はい、仕種のことです」
千冬さんの眉がぴくりと動いた。それも微微たるもので注意深く見ていないと気付かないほど小さな変化だ。
逆に、変化を見せたということは絶対仕種に対しての私の持っている違和感の答えを何かを知っている。
「やっぱり、何か知ってるんですか」
「……ここでは、拙いな。私の部屋に来い」
そう促されると千冬さんに連れられて寮長室に行く。こんなところに入るのは寮則を犯した時と相談事ぐらいしか敷居を跨ぐことはないだろう。
あれ、あたしってばけっこうレアな体験してる?
「まあ、適当な場所に座れ」
そう促されるが、当のあたしは呆然と立ち尽くしていた。
(いやいやいや! この足場のなさは何よ……!? 座るどころの問題じゃないわよ!?)
心の中でそう突っ込む。間違っても口にすることなど出来ない。
一夏の家に何回か遊びに行ったことあるけどこんなに散らかっていなかった。むしろ綺麗だった。ていうかどんな散らかし方すればこんなに部屋を汚すことが出来んのよ。
ていうことはこれ全部千冬さんが散らかした……? で、こんなのを一夏は毎日掃除してんの!?
一夏の掃除スキルの高さを相変わらずに実感した瞬間だった。
「ほれ、飲め」
缶のスポーツドリンクを手渡されるとはあ、と覇気のない返事をした後何気なくぷしゅとプルタブを開けて口を付ける。
「飲んだな?」
それを見るや否や子供の悪戯が成功したかのように千冬さんはにやりと笑った。
「このことは口外するなよ? プライバシーは守られるべきだからな。それは口止め料だ」
そこまでして生徒の夢を壊させたくないか。世界一になるというのも難儀なものだ。
「一夏に掃除させた方がいいんじゃないですか?」
「それもそうなんだがこの寮もあくまで学校だからな……。一個人をこき使うのは気が引けてな。もう少しだけ待ってあいつに頼むか……」
千冬さんはそう呟くと缶ビールをぷしゅと開ける。
千冬さんの言うあいつとは一体……。一組の副担任のヤマダマヤ?にやらせるんだろうか。それだとしたらかなりご愁傷様だ。ていうか個人を使うのが気が引けるというのと矛盾してないか。
「あのちふ、織斑先生」
「ここにお前と私の二人しかおらんだろう。そんなに畏まらんでいいぞ」
「はあ……」
言いなおそうとしたところを意地悪そうに笑う。
千冬さんは公私の区別をはっきりと分ける、それを逆手に人をからかう「私」の状態の千冬さんはずるいと思う。
「それで聞きたいことというのはなんだ?」
「はい、どうして仕種がIS学園にいるんですか?」
「それは仕種がISに乗れるからだろう」
にべにもなくさも当然のように答える。
「そうじゃなくて。どうして仕種がISに乗れるんですか?」
「では聞くが凰、何故男の一夏がISに乗れる?」
「いえ。千冬さんは分かるんですか」
「いや、私にもわからん」
取り付く島もない。
「それにしても妙な物言いだ。まるで、仕種がISに乗れる筈がないというような言い草だ」
千冬さんの厳しい眼光があたしの背筋を貫く。
私人の目でも、教師の目でもない。現役のIS操縦者のように厳しい目だ。
「その様子だと、ある程度真実に近づいているようだな。どうして気づいた?」
「会ったときから違和感はありました。一夏とか幼なじみの篠ノ之さんの態度であたしも最初間違ってると思ってたけど、部屋割とか見たら不自然な気がしたので」
いかに一夏が姉弟で暮らし慣れていたとはいえ、年頃の男女を同室にするのは拙い。
男の一夏を仕種と部屋替えして一人部屋にすればいい。
なのに、実際は交代されることなく女の仕種が一人部屋を使ってる。
ここに大きく違和感を持たざるを得なかった。
つまりは仕種が一人部屋を使わざるを得ない状況が存在する可能性があるかもしれないということ。
ふむと足を組み代え、缶を振りながら千冬さんは思案する。
「変化に疎い一夏は当然として、篠ノ之はあんなことがあったからな。まともに仕種のことを覚えているのはお前ぐらいだからな……。本人はどう言っている」
「さっき話してきましたが、クラス対抗戦で優勝したら話すって」
そうか、と呟くと缶ビールを飲み干して空にする。
「なら私から言うことは何もない」
「!? 知っている筈なのにどうして!」
「ああ、確かに仕種の抱える秘密について私は知っている。しかし仕種の意思がなければ他人の私が無闇に話すことも出来ない。それくらいに事は大きい」
言われなくても分かっている。
仕種が言い渋っている時点で大したことあるんだって重々に承知している。けど……。
「凰、仕種の話だが興味本位の生半可な覚悟で聞くなよ? 事はそれくらいに重いぞ」
「あ、あたしはそんなつもりじゃないです」
「そうか。だが、あの日のことを引きずっているのなら尚更やめておけ」
その一言にあの日の記憶が鮮明に甦る。
目の前で苦しそうに倒れている仕種、騒然とする教室、右往左往する担任教師。そして何が起こったのか分からずに立ちつくすあたし。
全てが忌まわしく拭いされない一つの過去。それが今もあたしの心の闇を掴んで離さない。
「っ」
フラッシュバックした光景にきゅっと唇を噛みしめる。
「あれは事故だ。誰でもが成り得た役をたまたまお前が引いただけの話だ。お前に責任はない」
千冬さんは仕方ない、といった風に諭す。
「でもどんな形であれあたしは仕種を殺しかけた。親友を、あたしのこの手で……」
大切な人を言葉通りこの手にかけようとした。
その罪は消えることはない。許されることもない。許せる筈がない。
「あまり思い詰めるなよ。なにあいつは勝てば話すと言ったのだろう? なら、勝って正々堂々と奴の口を割らせればいいさ」
ただし、と千冬さんは一言を添える。
「その口からどんな真実が告げられようと目を逸らさずに受け止めろ。私からの忠告はそれだけだ」
それだけを聞き届けると寮長室を後にした。
気分は仕種の部屋を出た時のような高揚でもなく、IS学園に来た時のようなやるせなくモヤモヤと言い表せないようなものだった。
* * *
あとがき
東湖です。超・展・開で申し訳ありません。
鈴のスーパー推理タイムに関しては目を瞑ってくれるとありがたいです……。