side:露崎仕種
「四組は、っとここですね」
以前クラスメイトが話していた専用機持ちを見に行くことにした。クラス対抗戦までそれほど日がないため情報収集も大切だ。私が今探している情報は専用機に関するものである。
ほとんどの生徒が訓練機を使う中、一組、二組、四組は専用機持ちだ。そのことも大きいようで上級生回からも注目を集めている。
技量の差が機体の差に救われるかは分からないが一夏の技量なら上級生に苦戦することは間違いない。後は挙げるとしたら上級生が三人?専用機持ちだが、クラス代表なのかどうかの情報がないため少し厳しい。
まあ今が上回生のことはともかく、一組の専用機持ちは一夏だし二組の鈴は代表候補生だからいくらか情報が探せばある。
さてそうなると問題は四組だ。まったくのノーマーク、ノーデータだ。不気味なことこの上ない。
専用機を持つということはそれ相応の実力があるということでもある。
実力者相手にノーデータは流石に今の一夏の状況では拙い。
「ねえ、あの子が例の沙種様の……?」
「そうらしいよ。織斑くんとおんなじクラスなんだって」
「私、束博士の妹の篠ノ之さんとも同じクラスだって一組の友達に自慢されたんだけど……」
「いーなー、沙種様のサイン頼んでみようかな……」
この間の就任パーティーの時に露崎沙種の妹とバレてから割と露骨に後ろ指差されるようになった。一夏の時ほど周りがざわついていないがないのだがこれはこれで辛い。
「ちょっといいですか」
入口付近の手近な四組のクラスメイトに声をかける。
「ええと、沙種様の……」
なんということだ、この子も姉さん信者なのか。というか私があの人の妹と露見して以来、姉さん信者が増えていないか?
「四組のクラス代表も専用機持ちって聞いたんですけど」
「ああ、ひょっとして更識さんのこと?」
「ええ。機体がどんな感じか教えてもらいたいんですが、よろしいでしょうか?」
そう聞くと二人は顔を見合わせてなんとも言えない複雑な表情をする。一体どうしたのでしょう?
「教えるも何も私、見たことないからなー。更識さんの機体」
「???」
「実習の時も訓練機だもんね更識さんって」
それは少しおかしな話だ。
専用機持ちなら皆の前で実践を行う筈だ。一夏やセシリアや私のように。
その時に専用機持ちが専用機を扱うのは当然のことだ。その方が早いし何よりIS自身に経験を積ませられる。稼働時間は長ければ長いほうがこちらの癖や特性を理解してくれる。
私はそのことに関して主眼を置かれ、専用機が与えられた。現存する、誰よりもISの起動時間を長くするために私はISに乗り続けた。
……っと話が逸れた。要するに、専用機持ちなら専用機を使った方が強くなれるということだ。
なのに、ここのクラス代表はその理論に逆行するように専用機の姿を現していない、みんなは見ていないという。これはかなりおかしい事態だ。
「その更識さんて今どこに?」
「うーん、いつもなら窓際の席でキーボード叩いてるんだけどお昼買いに行ったのかな。更識さん、今いないみたいだし」
四組の子はそう言って一度、教室を見渡す。
同じクラスメイトですら情報がナシではなんとも言えない。
長居は無用なため、彼女が戻ってくる前に四組の子にお礼を言って大人しく引き下がることにした。
放課後。
第三アリーナへ向かう廊下は珍しく人気がなく静寂に包まれている。
そんな中足跡が二つ。一つは自分。もう一つは後ろから付いてくる人の足音。完全に私の歩調に同調しているが気配が消し切れていない。むしろ、意図して消していないのでしょうか。
間違っても後ろには誰にもいないなんてことも、足音がぺたぺたと一回ずれてたりもしないですよ、あぅあぅ……。
「誰ですか?」
「ありゃ、ばれちゃったか。私に気づくとは中々ね」
その言葉を心待ちにしていたのか彼女はそう言って、あはっと笑う。
外側にはねた薄い水色のショートヘア、十人が十人美人と頷く容姿。
身体も同性ですら羨むプロポーションでそのスタイルの良さは制服越しでも充分に見て取れる。
「もう一度聞きますが、誰ですか?」
「さあて、誰でしょう?」
うふふと笑い、右手に持った扇子を広げて口元を隠す。そこには「Who am I?」と英語を無駄に達筆に書かれている。
余裕を持った大人の雰囲気とは対照的に子供っぽく面白がっている笑み。そのどこか含みがあるような雰囲気、面白がっている表情は束さんを連想させる。
こういうタイプで一番怖いのはどこまで自分を見せているのかが分からないところ。不透明、掴みどころがないと言ってもいい。案外と苦手なタイプだ。
「ヒントを下さい」
「あら、一回会ってるじゃない。忘れちゃった?」
さもありなん、とあっけらかんと言ってのける。確かに一回会ったら大抵の人は覚えているのですが、生憎とこの人は全くの覚えがない。
これが初めて会話したようで。
リボンの色からすると二年生だ。分かることはそれしかない。
「お嬢様~」
のろのろと、もしくはトテトテと形容したような走り方でクラスメイトが走ってくる。見ていて転びそうなのだがこれが案外と器用に転ばずにこちらまで辿り着く。
「本音ちゃん、人前でお嬢様は駄目よ?」
「そうだった~。これはうっかり~」
布仏本音。
いつもサイズの合っていないだぼだぼの袖の長い制服を着ていて、行動が緩慢なこの子は一夏からのほほんさんと呼ばれている。一夏にしては珍しく的を射たネーミングセンスだ。
なんでここに通れたのか結構不思議だが、座学が出来るのか成績は割と優秀らしい。
「かいちょー、書類のここのところなんですが~」
「んー、どれどれ~」
会長。
その一言にまだ記憶に新しいビジョンが映る。あれは四月。あの時も皆の前に姿を現した――――――。
二人の会話にピースがかちりと噛み合う。
「ん? その顔じゃ答えに達したみたいね。じゃあ、答え合わせと行きましょうか」
私が確信を得たのを見抜いたのか、先輩はパチンと扇子を閉じる。
「はい。学園最強の生徒会長にしてロシアの国家代表、更識楯無さん」
「うふふ、ご明答♪」
再び扇子を広げ、ひっくり返す。裏には「You win!」とこれまた無駄に達筆な英語が書かれている。
「あ、でも学園最強は間違っても私じゃないからね。私、まだ織斑先生から一本取ったことないし」
そんなことは先刻承知です。あの人から物理的に一本取れる人間なんて存在するんでしょうか。
「それで何の用ですか? 私、クラス対抗戦の情報集めの最中なんですけど」
「一組よね。仕種ちゃんって」
「ええ。二組は代表候補生ですしいくらか調べれば露見はあるでしょうし、四組は……何故か専用機がないみたいですし」
四組の話をした当たりで微妙に表情が変わったような気がした。
「え~、しぐしぐ、かんちゃんに会ってきたの~?」
入れ替わるようにのほほんさんが食いついた。
かんちゃん、とは更識簪さんのことだろうか。で、しぐしぐとは文脈からするとどうやら私のことらしい。
ちなみに一夏は「おりむー」、箒は「しののん」、セシリアは「せっしー」だった気がする。なんとも束さんと似たり寄ったりなネーミングセンスだ。
「いいえ、ちょうど食事時なので入れ違いだったみたいです」
「そうなんだ~。ざんねん~」
そう言ってのほほんさんは残念のポーズを取るのだが、声もポーズも全然残念そうに見えない。
「で、これから上回生の情報収集です。織斑先生に聞けば知ってるんじゃないかって思って職員室に向かう最中です」
「じゃあその手間をおねーさんが省いてあげましょう」
はい?
「二年生も三年生もクラス代表は専用機持ちじゃないわよ。それにあの子の機体も完成していないしていないみたいだし実質、クラス代表の専用機持ちは一組と二組の二つだけよ」
やったね、大チャンスじゃない♪みたいな調子で楯無さんは教えてくれる。
「いいんですか。ペラペラ喋っちゃっても」
「いいじゃない。頑張ってる子って私好きよ。特に好きな人のために頑張ってる子はね」
「一夏は友人止まりです。それ以上は木星人がいるのと同じくらいにあり得ないです」
「あはは、辛辣ねー。一夏くんに対して」
「間違って覚えられるよりマシです」
あはは、とまた笑い出す。
「まー、それと興味出たからかな。仕種ちゃんのこと」
扇子で口元を隠したまま楯無さんはにやにやと笑うのを止めない。興味が出たとは絶対いいような気がしない。
「仕種ちゃんさえよければ貴女の挑戦、楯無おねーさんがいつでもどこでも二十四時間受け付けるわよ?」
「そうですね。じゃ会長が寝てるとこを襲うことにします」
「わあ~、しぐしぐってば大胆~」
のほほんさん、そういう方向じゃなくて。
「勝てる確率が一番高い手段を私は選択したまでです」
「あら私、寝技けっこうデキる方だけど大丈夫?」
「……会長も何、そういう方向になってるんですか」
うふふ、と笑う。
「初心ね~仕種ちゃんって。じゃ、仕事あるみたいだし」
仕事が残っているのか颯爽と去って行った。
少しの間なのにあの人と話すのは疲れる。それはきっと私自身の本来の姿を見せまいと知らず知らずに肩肘を張っているからなのだろうか。
「しぐしぐもお疲れだね~。きっと糖分が足りてないのだ~」
「ああいうタイプは苦手なんですよ。いつの間にペースを握られてるうえにこっちの言い分は暖簾に腕押し。厄介この上ない人です」
「わたしはお嬢様のこと好きだよ~。しぐしぐもきっと好きになれるよ~」
苦手意識、とでもいうのでしょうか。腹に一物を持つ人間としてはああいう人が怖い。
それよりもああいう人物はしたたかに内情を掴まれている可能性があるのが嫌だ。
「で、なんで楯無さんと仲がいいんですか?」
「布仏家は更識家に代々使える名家なんだよ~。でっ、わたしはかんちゃん付きのメイドさんなのだ~」
ああ、だから楯無さんを「お嬢様」なのか。
ちょうどいい。幸いここに彼女に近い人物がいるので情報収集といこう。
「のほほんさん、甘味奢ってあげるから教えて欲しいことがあるんですが」
「え~!? いいの~!? がってん承知なのだ~!」
情報の対価に報酬は必要なものだ。今回はそれがお菓子だという話で五百円前後で内偵出来るのなら安い話である。
「で、なに~? しぐしぐの聞きたいことって~」
あの会長と親しいということは当然、姉妹の彼女とも親しい関係にあるに違いない。しかも彼女付きの使用人だと言っている。
つまり、何かを知っている筈だ、
「更識簪の専用機について」
「どうしたものですかね……」
ベッドに寝ころび天井を見上げながらはあ、と溜息を吐く。
得られた情報は思った以上に複雑なものだった。
『かんちゃんの機体はね~、おりむーの白式のために開発が遅れてて今も完成してないんだよ~』
更識簪の専用機の開発元は倉持技研、奇しくも白式と同じ会社なのだ。
早くから簪さんの専用機――――打鉄弐式――――の開発に着手していたが、そこに現れたのが世界中で唯一ISが扱える使える男、織斑一夏だ。
一夏にはデータ取りの意味合いも含めて専用機が与えられることになった。その際、名乗りを上げたのが倉持技研である。
その時に人事の割り当てを間違えたのか研究員を全て白式に回してしまったらしい。結果、本来なら四月の頭に届く筈だった専用機も一月経った今もまだ完成していない。
既存のよりも新しい物作りがしたい、研究者魂が騒いだといえば聞こえがいいが要は頼まれていた通常業務を放棄したのだ。研究者たちが男ばかりだったからとかの内部情報は知らないが明らかに企業としてそれはおかしいでしょう。
『そうだよね! しぐしぐもそう思うよね~!』
のほほんさんが珍しく力が入っている。やはり親友の機体の完成の遅延に怒っているのだろう。怒ってもたいして怖くなさそうですが。
『つまりね、かんちゃんの機体はおりむーに寝取られたんだよ~』
いや、違うでしょう。間違ってはないが間違っている表現だった。
はあ、ともう一度―――しかし先程よりも大きな溜息を吐く。
どうにか出来ないものだろうか、と考えを巡らせる。
……方法がない訳ではない。
姉さんの機体開発に携わった会社に頼めばいい。
私の機体も少しばかり特別で、製造元が潰れているためそのデータを元に再現させたのが今のオルテンシアである。
尤も、主任が完成したものに更に手を加えて別の機体になっていたのは起動させてから気づきましたが。姉さんの時もそうだったのでしょうか……?
オルテンシアのハンドガン≪フタリシズカ≫やレールガン≪ストレリチア≫などの後付装備でもお世話になっている。姉さんの■■■もあそこで作られてそれで世界を獲った。
あそこは割に合う仕事をしてくれると姉さんは好評しているし私もそう思っている。
(いらないお世話かもしれませんが、やっとかないと後々面倒事になりそうなんですよねー)
私が見知らぬ他人のために行動を起こす時には必ず理由がある。特に理由がないことは今のところなく、何かしらの理由が存在する。中にはムカつくなど理不尽な理由もあったりしますが……。
今回起こす訳は一夏だ。絶対後に問題になる。絶対、どこかで揉める。憂い元はさっさと断ち切って奥に限る。
問題を起こしたら必ずフラグ回収に発展する。そういう男なのだ織斑一夏とは。
現状はまだ少数ですが、これから何人一夏の取り巻きは増えるんでしょうか……。
(ま、それはさておき)
専用機のことは姉さんを通して話しておいた方がいいでしょう。あの人から取り次いでもらった方が話は進むと思いますし。
来週にはクラス対抗戦が始まる。一夏には頑張って貰わなければ。
なにせこのトーナメント、専用機持ちが一夏と鈴の二人だけというバランスの偏ったものなのだから。
専用機持ちのどちらかが姿を消せば一方が非常に有利になるこの試合。
とにかく、もう一度一夏の癖を洗い出して徹底的に扱きあげなければ。私が負けないためにも、秘密を知られないためにも。
クラス対抗戦、初日。
一回戦の相手は天の悪戯か鈴だった。運がいいというべきか悪いというべきか知り合いとの勝負である。
ピットにて最終確認を行っている。ここにいるのはセシリア、箒、私と選手の一夏といういつものメンバーだ。
「ISネーム、甲龍。近接格闘型で一夏さんと同じくパワータイプのISですわ」
「一夏、甲龍の非固定浮遊部位に注意してください。あれも第三世代型兵器です」
おう、と一夏は短く相槌を打つ。
「ていうか仕種、鈴を倒したら他に専用機持ちはいないってその情報本当なのかよ?」
一夏は半信半疑で尋ねる。まあ、実際信じられないような話だ。一応、間違いがあってはいけないのであの後千冬先生に確認に行ったら間違いはなかったのだ。
「ええ、先輩の中にクラス代表で専用機持ちはいないと確かな筋から情報を得ているので」
「その確かな筋の情報とやらは誰から受け取ったのだ」
箒も納得していないのかぶすっとした表情で訝しげに尋ねてくる。
「生徒会長」
セシリアと箒は息を飲むが、一夏だけ分からずにぽかんとしている。相変わらず無知ですね。
「……なら、確かなのだな」
箒は生徒会長という言葉を聞いて食い下がった。やはりトップからの情報というのは影響力があるのでしょう。
「とりあえず、自分な得意な間合いを維持し続けなさい。相手が鈴ということもお忘れなく。性格の方は分かっているでしょう?」
「……なんかいつも前よりも口出ししているな仕種」
焦っているのだろうか、いつもよりも饒舌らしい。そのことを箒に指摘される。
「そうでしょうか? ま、相手のペースに巻き込まれずに頑張ってください」
「おう。白式、出る!」
そう言って一夏はピットを飛び出した。
この後引き起こる事件など、この時点では誰も知る者はいなかった。
side:織斑一夏
『両者、既定の位置まで移動してください』
ピットを飛び出した後、指示に従い既定の場所までお互いは無言で移動する。
甲龍の肩の横に浮いた刺付き装甲であれで殴られたらとんでもなく痛そうだ。……つーか、あれで殴るなんて攻撃法なんて想像できないけど。
試合開始までお互い無言でこんな調子かと思いきや、鈴が解放回線で話しかけてくる。
「一夏、リタイアなら今の内よ」
「誰がリタイアなんてするかよ。全力で来い」
真剣勝負で手を抜かれるのも手を抜くのも嫌いだ。試合は全力を出してこそ価値があるし、相手を尊重するのなら尚更だ。試合中の手抜きなんて失礼にも程がある。
「一応言っとくけどISの絶対防御も完全じゃないのよ。シールド・エネルギーを突破するだけの攻撃力があれば本体にダメージを貫通させることが出来る」
ちなみに鈴の言ってることは本当だ。
『殺さない程度にいたぶることは可能である』
その事実は俺を気持ちを強張らせる。俺だって痛いことは嫌だ。嫌に決まってる。千冬姉にバカバカ好きで叩かれてるわけじゃない。
だけど、
「だからどうした。俺以外の唯一の専用機持ちの鈴が一番の強敵なんだよ。代表候補生のお前に無傷で勝とうなんて鼻から思ってない」
相手が自分より実力が勝っている以上、多少の傷は覚悟で倒す。そうでもしなければ、そういう覚悟でなければ鈴は倒せないだろう。
「っ、ちょっと待ちなさい。何よその情報」
俺の言葉に引っかかるところがあるのか鈴はさっきまでの調子から一転し、いつも雰囲気で噛みついて来る。
「知らなかったのか? 仕種に言うにはこのリーグマッチ、俺とお前しか専用機持ちは出てないんだと」
俺もそのことは試合前の対策会議で初めて聞いたが、箒やセシリアも納得するくらいに情報は確からしいし。
「つまり、あんたを倒せば他のクラス代表は専用機持ちはいないって。そういうことね?」
鈴は今のやり取りでメリットを確信したかのようにふふん、と笑う。
そうか、俺が専用機持ちのライバルが鈴しかいないのと同様に鈴もまた専用機持ちのライバルは俺しかいないんだ。
「ああ、決勝戦のつもりでかかってこい」
「一夏のくせに一丁前に言うんじゃないわよ。あんたをコテンパンにして勢いそのまま優勝させてもらうんだから。そうしたらその時は……」
「その時は、なんだよ?」
「な、なんでもないわよ!」
いきなり怒鳴られる。気になるから聞いただけなのに急に怒り出すなんて、変な奴だな。
『それでは両者、試合を開始してください』
戦いのゴングが鳴った。
* * *
あとがき
東湖です。いよいよ次回からクラス対抗戦開幕です。
楯無さんは顔見せ程度、簪は名前程度先に登場させていただきます。