「全員揃ってますねー。じゃあSHR始めますよー」
IS学園、一年一組。
黒板の前でにっこりとほほ笑むのは副担任の山田真耶先生。
やや幼い顔つきにずり落ちた黒縁眼鏡、少しだぼついたサイズの合っていない大きめな服。
ちなみにぱっと見の第一印象は「背伸びした大人」。
うん、我ながら的確な表現である。
ちなみに入試の時に私の対戦相手だ。あの時はお世話になりました。
「それではみなさん、一年間よろしくお願いしますね」
「………………」
返答がない。まるで屍のようだ。いや、みんな生きてるけどさ。
「じゃ、じゃあ自己紹介をお願いします。えっと、出席番号順で」
涙目になりながら進める可哀想な山田先生。
ここが普通の女子高ならばこんなことになりはしないだろうに。
こんなに教室に微妙な緊張感が流れているのかは簡単だ。
原因は女の花園の教室、そのど真ん中の一番前に座っている男子、織斑一夏だ。
あの織斑千冬の弟で、全世界で唯一ISに乗れる男性として世界的にニュースに流れた時の人だ。
まあ、彼がここに来た……というか強制入学させられたのはここにいた方が都合がいいからだろう。
第一に身の安全。
普通の高校に通った日にゃ一夏が何故ISを使えるかの実験体にするためどこかの組織に拉致されるに違いない。最悪ホルマリン漬けなんてことも……。うえ、想像したら吐き気がして来た。
それに比べてIS学園は在籍している間は国家などから一切の干渉を受けない。そんな感じの特記事項があった筈だ。
そう言った意味で一夏はここにいた方が身のためなのだ。
その他にも事情はたくさんあるが政治問題とか外交問題とか私の偏った学習しかしていない頭では理解できないので割愛させていただきたいで候。
そしてあっちの窓辺の奥にいるのが篠ノ之束の実の妹、篠ノ之箒。
剣道の全国大会で優勝するくらいべらぼうに強い。
彼女が纏う張り詰めた雰囲気はまさしく古い時代の日本男子のそれなのだがこの六年でなんか鋭さを増してないでしょうか。
もう一度視線を前に向けて映り込んできたのは落ち着きない一夏。まあ、それも当然ですよね。
なんてったってクラスの男女比は男:女=1:28。
周りからは奇異の目で見られるし私だって逆の立場にはなりたくない。
そんな一夏は周りの空気に耐えかねて幼馴染みに助けを求めるような視線を送るのだが……、
(……ぷいっ)
顔を逸らされた。
うん、箒も相変わらずで何より。
あ、次は一夏の番か。なのに箒に視線を送り続けていて呼ばれていることに気付いていない様子。
「……織斑くん。織斑一夏くんっ」
「は、はい!?」
山田先生に目の前で大声で呼びかけられたため思わず声が裏返ったまま返事する。
そのため案の定、くすくすと周りから笑い声が聞こえてきて余計に落ち着きをなくしている。まったく何やってるんですか。
「あっ、あの、お、大声出しちゃってごめんなさい。お、怒ってる? 怒ってるかな? ゴメンね、ゴメンね! でもね、あのね、自己紹介、『あ』から始まって今『お』の織斑君なんだよね。だからね、ご、ゴメンね? 自己紹介してくれるかな? だ、ダメかな?」
ペコペコと謝る山田先生。
先生、低姿勢なことはいいことかもしれませんが度を超してるのは流石に生徒に舐められますよ……。
「いや、あの、そんなに謝らなくても……っていうか自己紹介しますから、先生落ち着いて下さい」
「ほ、本当ですか? 本当ですね? や、約束ですよ? 絶対ですよ!?」
涙目になりながら手を取り熱心に詰め寄る山田先生。
自己紹介程度で涙目なんてこの先やってけないですよ……。
「えー………、えっと、織斑一夏です。よろしくお願いします」
立ち上がって当たり障りなく言葉を選び自己紹介をする。そしてそのまま着席で終わり。
これが織斑一夏が描いている自己紹介プランだった。
だったのだ。
彼はそうするつもりだったに違いない。てか、このなんともいえない間はこれで終わりにしようと思っていたと断言できる。
しかし周囲の女子からの『もっと聞きたいなー』みたいな期待に満ちた眼差しが終わるに終わらせられない状況を作り出している。
「す、好きなことはお風呂。えー、特技は家事全般、です」
しどろもどろになりながらも自己紹介を続ける。それでも『これで終わりじゃないよね?』みたいな空気に変わりない。
さて、空気を読まないことに定評のある一夏はどのような言葉を選ぶのか。
決意したのか一夏は大きく深呼吸をして、
「以上です」
四文字で締めた。
ガッシャーン! 一同は某お笑い養成事務所のようにずっこける。
うむ、想像通りの終わり方だった。
「あ、あれ……?」
拙かった? みたいなことを言いたげな一夏。
バカヤロー、拙いに決まっている。
「いっ―――!?」
なんて私の心の代弁するかのようにパアンッ! と出席簿が火を噴いた。
その鉄槌を下した人物は私のよく見知った黒のスーツがよく似合う人物でその名も……。
「げえっ、関羽!?」
「誰が三国志の英雄だ、馬鹿者」
パアンッ! と再びいい音を立てて叩かれる。
いや、寧ろ彼女の強さからすると呂布……。
「だから、何故私を三国志の英雄で例えようとする」
チョークが私のおでこを捉えて砕け散った。単に当たっただけなのではない、砕けたのである。
一体、万力の力を込めればこういうことになる? それを受け止めた私の頭も大概だけどさ。
それに別にかわしてもよかったのだが、自分の責任で後ろの子にも被害が被るのは悪い気がするので甘んじて受けることにする。超絶痛いが。
しかし、何故考えてることが分かった? テレパシー? 考えを顔には出さないようにしているのだが……。
「だ、大丈夫……?」
隣の子がひそひそと話しかけてくる。まあ、出席簿の次にチョークなのだ。軽く引いてるのかもしれない。
「大丈夫じゃない、って言ったら何かしてくれる?」
意地悪くそんなことをいうと小さな声でええっ!? と慌てる。
あら、ブラックジョークはお気に召さなかったか。
「気にしないで冗談ですよ。見ている以上に重症じゃないから」
くすりと笑っておでこを押さえながら視線を前に戻す。
「織斑先生、もう会議は終わられたのですか?」
「ああ山田先生。クラスへの挨拶を押し付けてしまってすまなかったな」
「い、いえっ。副担任ですからこれくらいはしないと……」
はにかみながら千冬先生と話している山田先生。あ、なんか初めて教師らしいとこを見たや。
「諸君、私が織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物になる操縦者に育てるのが仕事だ。私の言うことはよく聴き、よく理解しろ。出来ないものには出来るまで指導してやる。私の仕事は若干十五歳を十六歳までに鍛え抜くことだ。逆らってもいいが、私の言うことは聞け。いいな」
なんという一方通行。なんというファシズム。
そんなことを宣言する教師が全世界にいていいものか。
が、私の思惑とは裏腹にクラスの女子たちが途端に黄色い声を上げ色めき立つ。
クールビューティー、強い女性を見事に体現した女性が目の前に立つ千冬先生である。
第一世代IS操縦者の元日本代表で公式戦無敗。しかも第一回ISの世界大会―――モンド・グロッソの格闘部門及び総合優勝者なのだ。
つまりは世の女性たちの憧れの的である。
ところがある日、突然現役を引退し姿を消した……ってことになってるけど一夏の驚きようを見る限りここで教師をしていることを当人に話してないみたいだ。
「キャ―――――――! 千冬様、本物の千冬様よ!」
「ずっとファンでした!」
「私、お姉様に憧れてこの学園に来たんです! 北九州から!」
いや、別に南北海道からでもいいけどさ。
「あの千冬様にご指導いただけるなんて嬉しいです!」
「私、お姉様のためなら死ねます!」
ミーハーな黄色い声援が飛び交う。
千冬先生は見慣れ過ぎた光景なのか非常に鬱陶しそうだ。
まあ、現役時代から今までずっとこんな調子だったとすると呆れも入ってきて当然だろう。
「……毎年、よくもこれだけの馬鹿者が集まるものだ。感心させられる。それとも何か? 私のクラスにだけ馬鹿者を集中させているのか?」
「きゃああああああっ! お姉様! もっと叱って! もっと罵って!」
「でも時には優しくして!」
「そしてつけあがらないように躾をして~!」
躾というか一部嗜好の矯正が必要な生徒がいるような気がしないでもない。
「で? あいさつも満足に出来んのか、お前は?」
「いや、千冬姉、俺は……」
パアンッ! 本日三目の出席簿がお見舞いされる。千冬先生、身内贔屓しないからってポンポン人の頭を叩いていいもんじゃないですよ。
「織斑先生と呼べ」
「………はい、織斑先生」
頭を押さえながら席に着く一夏。
それにしても学習能力低いよ一夏。何回千冬姉って呼んで叩かれてるのさ。
「え……? 織斑くんって、あの千冬様の弟………?」
「じゃあ、世界で唯一男で『IS』を使えるって言うのも、それが関係して?」
「ああっ、いいなぁっ。代わって欲しいなぁっ」
ひそひそとそんな話が耳に入って来る。
今のやりとりで一夏と千冬先生の関係がバレてしまったようだ。
まあ、遅かれ早かれいずれバレることになるから別に深くは気にしないけどさ。
いずれ、私や箒のこともバレるだろうし。
その後も滞りなく自己紹介が進んでいく。
「次、露崎さん」
教室全体を見渡していたら自分の番が来た。
「露崎仕種です。好きなものは自由、趣味は観葉植物です。よろしくお願いします」
立ちあがり背筋をぴんと伸ばして自己紹介をしたところでクラスメイトの多くは織斑姉弟に首っ丈でほとんど生徒の耳に届いていない。
……なんだかなあ。自己紹介したのにリアクションがないってのは悲しいぞ。
「あ、一つ言い忘れてることがありましたが」
思い出した、というか言っておかなければならないことがあった。
「私、専用機持ってます。そこんとこヨロシクです」
最後に興味を引く一言をわざと残して席に座る。
専用機。
ISは世界に467機しかこの世に存在しない。
しかも、ISのコアを作ることが出来るのは全世界で篠ノ之箒の姉、束さんだけ。
その束さんは現段階ではISのコアをこれ以上増やす気はないという。
現在その467機のISを国家や企業などに適当な数に割り振られている。
つまり、私はそんな大変貴重な467分の1を保有していると言う訳だ。
「………………っ」
クラスもその一言が効いたようでさっきとは違ったざわめきが生まれる。
「み、みなさん静かにっ! じゃあ次の方、お願いしますっ!」
山田先生はいっぱいいっぱいになりながら自己紹介を進めるように促す。山田先生には悪いことしたなあ。
自己紹介が一通り終わる頃にSHRの終わりのチャイムが鳴る。
「さあ、SHRは終わりだ。諸君らにはこれからISの基礎知識を半月で覚えてもらう。その後実習だが、基本動作は半月で体に染みこませろ。いいか、いいなら返事をしろ。よくなくても返事をしろ、私の言葉には返事をしろ」
ああ、折角あそこでの生活とはオサラバしてこれからは晴れて自由の身だと言うのにここでも自由はないのか。
まあ、でもここは学校であるからあそこの万倍マシだろうし、ある程度の我慢で色々な自由を手に出来るから別にいいですけどね。
そんなことを思いながらまだ痛むおでこを擦って机に次の時間までのエネルギー節約のために突っ伏した。
* * *
あとがき
読んでくださってありがとうございます。東湖です。
記念すべき一話が実にテンプレートでごめんなさい。
でもやっぱりここから書き始めないと……。
次回は箒と皆の大好きなあの人が登場します。