「……どうしてこうなったのよ」
本日の昼食は鈴の不機嫌そうな一言で始まった。ていうかそのセリフきっと屋上でも使われていることでしょう。
まあ、分からないでもない。あの告白以来、どこか鈴と私はぎくしゃくしてたがそれもようやく慣れてきて今日久しぶりに二人で食べることになっていたのだ。
その不機嫌の原因というのは、
「あの、そんなに迷惑だったかな?」
今日来たばかりの転校生、シャルル・デュノアである。
元々は鈴と二人で食べようという話だったところにシャルルが来て一緒に食べてもいいかなと聞いて来たのだ。
鈴も入学初日、右も左も分からない人間に冷たくするほど情がない訳ではないので断るにも断れずに了承したのだが、別に誰が悪いという訳でもないので行き場のない感情の怒りを持て余しているようだった。
「別にそういう訳でもないけど……。でもあんた、一夏に誘われてたじゃない」
確かにあの授業の後、シャルルは一夏に昼食を誘われていた。その前に女子にも誘われたりしていたが、一グループずつ丁寧に断っていた。律儀なものだ。
その一夏はというと屋上で食べるらしい。私と鈴も誘われたのだが箒が一夏と食べると約束したと聞いたので普通に、常識的に考えてそれを断って下の食堂で食べている。一人、二人っきりにはさせまいとそのお誘いを受けた恋する乙女がも一人いたりするんだが。
ちなみに私は日替わり定食で今日はハンバーグで鈴はいつもどおりラーメン、シャルルはパスタだ。
「えっと、一夏に誘われた時に後ろに篠ノ之さんがいたんだけど、その時なんとも言えないような顔してたから……」
断らざるを得なかったという訳か。その空気を読むシャルル、グッジョブ。というか有無も言わせない箒の形相って何ぞ……?
「ま、そんなにあたしは気にしないけどね。こっち来て正解よ。向こうにいたらセシリアの不味い料理食わされる可能性があるからね」
「そんなにオルコットさんって料理駄目なの?」
「駄目なんてものじゃないわよ、あれは料理に対する冒涜よ。この前のサンドイッチだってどうしてあんな単純なものをあんな味付け出来るってのよ。訳が分からないわ……」
料理人の娘だからだろうか、食材を無駄に扱われることに対して憤りを感じている鈴。ああ、こんなところにも確執の原因があったんですね……。
「ま、元々包丁すら握ったことのない典型的なお嬢様ですしね。味見という大事なことを知らないのでしょう」
「あ、あはは。それはこっちに来て正解だったかなあ……」
それを聞いて乾いた笑いを浮かべるシャルル。うんうん、料理は美味しく食べられるべきですよねー学食のように。
「露崎さんって結構辛口だよね」
「親しい人ほど辛辣になっていきますけどね。それと私のことは仕種でいいですよ」
「あたしのことも鈴でいいわよ。同じ代表候補生なんだしね」
「あ、うんよろしく仕種、鈴。僕もシャルルでいいよ」
そう言ってはにかむシャルル。
「それで仕種が深桜重工でメンテナンス受けてるのって本当なの?」
「ええ」
「じゃあ、シンリ・シュヴァリエ博士が直々に調整してるの?」
「ええそうですが……、シャルルはどうしてその名を?」
「シュヴァリエ博士はフランスどころかヨーロッパ一の科学者といわれてるからね。彼女が深桜にスカウトされた時もフランスではちょっとした騒ぎだったんだよ?」
確かに彼女の技術は一線を画している。それはオルテンシアや武装を通してひしひしと感じている。
使いやすさにしても性能面にしてもそれらはラファールを改造しただけに過ぎないものが第三世代と十分に渡り合えるだけの物へ変貌を遂げている。
本人曰く、篠ノ之束さえいなければ稀代の天才という謳い文句は自分であったかもしれないというのは伊達ではないらしい。
「深桜ってあれでしょ? 沙種さんが使ってた武器が有名になったからって世界的ヒットになったっていう」
特注スナイパーライフル、≪春紫苑≫。姉さんの使ってた愛銃にしてビームと実弾を一丁で撃ち分けられる斬新で画期的な武器である。
しかもビームのエネルギーを刃状に固定すれば突撃槍にも出来るという変態極まりない装備だ。姉さんはそんな使い方をしてなかったがギミック上それは可能らしい。
ちなみに同モデルの形態を一個に絞った簡易版はISの武装業界では全世界でバカ売れしたとか。
「シャルルってやっぱそういうの気になるの?」
「ま、まあね。デュノア社の息子だし……」
デュノア社といえばラファール・リヴァイヴを作った世界シェア第三位の大企業だ。で、シャルルはそんな一流企業の御曹司って訳ですか。
「やっぱお偉いさんの子供ってこうあるべきよねー。あっちの金髪なんかと違って!」
ちなみにその一言をニュータイプ的なもので感じとったセシリアが放課後の訓練で鈴に対して盛大な国家間戦争が吹っかけたことをここに記しておく。
side:織斑一夏
「ふう」
ベッドに腰掛けて一息を吐く。先程まで訓練の方は休みにしてもらってシャルルの引っ越しの手伝いをしていた。
引っ越しといっても荷物も数えるほどしかなかったのですぐに終わってしまった。やっぱり女子とは違うな、男子は荷物が少ない。
その当のシャルルは引っ越しの手続きのために今、山田先生のところに行っている。
コンコン、とノックの音が響く。
「はい、どちらさまでって……箒? どうしたんだよ」
ドアを開けると箒がむすっとした形相で突っ立っていた。
「い、今お前一人か……?」
「ああ、そうだけど。どうかしたのか? とりあえず、部屋に入れよ」
「いや、ここでいい」
「そ、そうか」
「そうだ」
そういうとそれきり黙りこくってしまう。気まずい沈黙。ていうかこういうこと前にもあったぞ。コミュニケーション障害か、コミュニケーション障害なのか箒。
「箒、用があって来たんじゃないのか……?」
「そ、そうだが私にも事情というのがだな……」
ごにょごにょと言うが後の方は小さく口ごもっていて聞き取れない。
「なんか言ったか?」
「な、何も言ってない!」
急に大声を出して、びっくりしてしまう。箒、大声出す癖直した方がいいぞ。
その後、気持ちを落ち着かせるために箒は咳払いをする。
「それでだな……。こ、今度の学年別個人トーナメントだが……」
微妙にそわそわと落ち着きがない。
「わ、私が優勝したら――――――」
そこまで言うと、急に顔が真っ赤になる。ん? 風邪か? 熱でもあるんだったら早めに寝た方がいいぞ。個人トーナメントもあるんだな。
「け、けけけけけけ結婚を前提にお前と付き合ってもらう!!」
びしぃっ! と指で突きつけて宣戦布告をされる。
どうやらさっきのは熱じゃなくて恥ずかしさによる紅潮だったらしい……って。
「ま、待て箒。結婚ってのは、」
「わ、私の言いたいことは以上だ!! で、ではな!!」
そういうや否や一俺の言葉も聞かずに一目散に退散していく箒。あまりの事態にそれをぽけーっと眺めることしか出来ない俺。
結婚ってあれだろ? レッツマリッジって奴だろ? でも男子は18にならないと結婚出来ないんだが箒はそこんとこちゃんと知ってるのか?
「どうしたの一夏。今、篠ノ之さんが凄いスピードで走っていったけど」
シャルルが手続きが終わったのか部屋に帰って来る。
「あ、いや何でもない。何でもないぞ……」
そうやって自分に言い聞かせるように部屋に戻る。
(結婚、ねえ。俺と箒が結婚……)
部屋に入ってもさっきのその一言だけが妙に頭の中でリフレインしてしまい、未来のビジョンを幻視する。
(なんつーか、カカア天下にしかなりそうもないな)
今でも箒に頭が上がらないのに結婚なんてしたらますます頭が上がらなくなりそうだ。
ただ、無意識ながらもそういうのもアリかなと心の中でそう思っていた。
IS学園、地下50メートル。レベル4という高い秘匿レベルを設定された学園でも一部の権限を持つ者しか入ることのできないIS学園において隠された空間。
この場に二人の世界最強は下りていた。
「すまんな。こんな時間にこんな場所に」
「別に気にしなくていいよ。私も気になってたし」
千冬の気遣いは無用と沙種を連れて入る。時計の針は日付が変わることを指していた。職員の大半は明日のために就寝している頃だろう。
「それでコイツがこの間、アリーナに乱入してきたっていうIS?」
横たわっているISを見下ろす。それは解析された後で今も今後のために解体せずに原形を残してここに安置されている。
「ああ。コアは登録されていないもので、」
「おまけに無人機ときた。世間にバレたら相当ヤバい代物だね」
遠隔操作に独立稼働。どちらか、もしくはこの両方が使われていたこの機体は現時点でどの国家もその技術の確立が行われていない。
もし、このことが学外に知られればどの国家もこの技術を是が非でも欲しがるだろう。
なにせ、戦争で人が必要としなくなるから。
「で、だ沙種。この無人機に関してだが、お前の意見を聞きたい」
「千冬だって薄々分かってるくせに。こんなこと出来るのアイツだけだって」
沙種は悪戯っぽい笑みを浮かべる。千冬も察しはついているのかはあ、と息を吐く。
二人には共通した人物が頭の中に映っていた。
篠ノ之束。
人を食ったような天才にして天災。ISの産みの親で現在においてもコアを作れるのは全世界において篠ノ之束しかいない。
「ただ、理解できないのはあいつが何故IS学園に無人機を投入したのかだ」
「あんまり真剣に考えない方がいいよ、束が無軌道なのは今も昔も変わらないからね。おおよそ、一夏くんの白式のデータでも取りに来たんじゃない?」
「……かもしれんな。あいつは白式がロックされていたと言っていたからな」
千冬はそう言うと腕を組んだまま壁にもたれかかる。
確かに教師権限を行使して、白式のプライベート・チャネルのログを確認した時にはそう残っていたのでこれは間違いない。
「ねえ、千冬。次に公式な試合があるのはいつ?」
「六月の終わり、学年別個人トーナメントがある」
「もしかすると束がまたそこにも何か仕掛けてくるかも」
沙種の言葉に千冬は眉を顰めた。
「用意し過ぎて困ることはないよ。束に対してどれほど警戒したところで無駄骨だろうけど」
「何も警戒しないよりはよほどマシだ。ただし、生徒にばれないようにな」
学年別個人トーナメントでは企業のスカウトマンや各国の重役が視察に来る。そこで大がかりな事が起これば、警備態勢が疑われる。それは日本の警備態勢が疑われるのと同義である。
それにこんな大きなイベント事で束は何かを起こさない訳がない。
「千冬、無人機が乱入してきた時どうして出なかったの?」
「一夏と凰が任せろというから若い者に任せただけだ」
「嘘ばっかり。出られなかったんでしょ」
千冬はいつも通りつっけんどんに答えるがそれは嘘であることをこの幼なじみはすぐに見破った。
「……まだなの?」
「ああ。かく言うお前もそうだろ?」
「まあ、そうかな。今日みたいに訓練機走らせれば出られないこともないけど、千冬とおんなじ。あれはまだ出せない」
苦笑から一転、沙種は真剣な表情に変わる。
「千冬の『暮桜』も、それから私の『灼焼』も。まだ『その時』じゃない」
沙種はそう言って無人機を見下ろす。それはまるで遠いものを見るような目だった。
未だ現役を思わせる射手としての鋭い眼光は来るべき日のために備えられた尖兵―――――――。
「沙種」
「なんてね。湿気った話もこれで終わり。さっさと部屋に帰ろ? あ、それから今週末にアレをやるからね」
張り詰めた表情もぱっと切り替わって沙種はすぐに明るく振る舞う。この切り替えの早さは千冬にとって羨ましいものだった。
「あ、ああ」
鉄面皮を被っていることで有名なあの千冬が珍しくうろたえる。それほどアレは千冬にとって苦手なことなのだろう。
そのアレとは何か。それは折を見て語ることにしよう。
千冬と沙種が地下で語り合っているその頃、一人の生徒がとある一室で連絡を受けていた。
その生徒はオレンジ色のラインの入ったジャージを着ているフランスの代表候補生、シャルル・デュノアだ。
ただその電話に出る表情は年頃らしさはなく、事務的な―――――任務を告げられてるように答える。
『では、この学園にアイツが作った機体があるんだね?』
「はい、間違いありません。あれは『ミステール』の発展型と思われるものでした」
ミステール。
それはフランスにとって救世主的な存在であり、また忌むべき存在でもある。
その作りは第三世代兵器とは趣旨が異なるが高い技術力が用いられているのは間違いない。
それに、極端な話シャルルの扱う専用機のコンセプト元となったといっても過言ではないだろう。
『そうなるとおそらくあれを設計したのは彼女に間違いないだろうね。ということは彼女はまだ肩入れしてるのか』
「……おそらくそうであるかと」
ふむ、と相手は短く電話越しで思考する。その実、深く考えているような雰囲気はしない。
『引き続き、内偵を頼むよ。出来れば今月末に行われる学年別個人トーナメントまでに結果を出してくれると嬉しいんだけどね。僕もその時にそっちに行くからいい報告を期待してるよ』
「し、しかし」
『何、問題ないさ。男が女に近づくのは当然のことだろう? それとも、あのことを公開してもいいのかい?』
「そ、それは……」
あのことを持ち出され、思わず言葉に詰まる。
『そうだよね。困るよね。君もデュノア社もこのことが知れれば信用がガタ落ちだ。それにたたでさえあんな事件のあった後じゃあ世界シェアの第三位といってもただラファールが売れているだけの会社だ。いずれは第三世代開発の波に取り残される』
シャルルはただ押し黙って彼の電話からの言い分を飲み込むしか出来なかった。
依頼主の言い分は全て正しい。ただ、その正しさが本当に正しいものかどうかは信用し切れなかった。
胡散臭い、というよりも彼の言葉はどこか他人事のようで、まるで自分は目的のための捨て駒のような扱われているのではないかと疑問を持たざるを得なかった。
『だったら僕の命令には従うんだ。デュノア社だけでなく、フランスの再興は君にかかっている。分かったかい、シャルル・デュノア君?』
「…………はい」
長い沈黙の後、彼の命令を了承した。
『うん。素直でよろしい。聞きわけのいい子って僕はスキだよ?』
白々しいと思いつつもその言葉は心の奥底に飲み込まざるを得なかった。従わなければ、あの事をバラされてしまうのだから。
その後もしばらく機械的な受け答えが続いた。
「はい、では……」
そう言って電話を切る頃にはシャルルはぐったりと疲れていた。
会社のためだ、国のためだとか言いながらも結局はただ単に彼が彼女に会いたいだけだ。ただ、彼女がフランスを救ってくれるかもしれない力を持っているというのもまた事実。
ふと、ナイトテーブルに置かれた依頼主から送られてきた書類に目を落とす。
「ん……、シャルル……?」
それを手に取ろうとした時、一夏が目を擦りながらのそりと起き上がる。
「あ、ゴメン。起こしちゃった?」
そう言いながらもシャルルは慌てて書類を後ろ手に隠した。
「いや、別に構わねえけど。何の電話だったんだ?」
「うん、ちょっと本国の方に定時連絡をね」
「あーそっか。日本と向こうじゃ結構時差があるもんな。シャルルは来た時大丈夫だったのかよ?」
「来た時は治すの大変だったけど、今はもう大丈夫だよ」
「なら大丈夫だな。早く寝ないと明日も授業あるんだしきついぞ。じゃあおやすみ、シャルル」
「うん。おやすみ、一夏」
そういうと一夏は十分もせずに入った。訓練でよほど疲れているのだろう、これほど寝付きがいいのが羨ましくもある。
彼が寝たのを見計らうと隠していた書類を再び開き、中身を見る。
『シンリ・シュヴァリエと接触し、フランスに帰るように説得せよ』
フランス政府からの特命であるようだが、それも依頼主のアイツが手回ししたのだろう。
その中で一番手っ取り早いのが彼がいうように露崎仕種の接収し交渉材料にすることだ。
でもそれは友達を売るということ。
そんなことはしたくない。だけどしなければ秘密がバラされてしまう。
「ねえ母さん。僕は、どうしたらいいの……?」
一人、小さく天国の母に問いかける。だが、悲しいかなその問いに答えてくれるものは誰もいなかった。
シャルル転校初日、早くも波乱に満ちた生活が始まった。
* * *
あとがき
東湖です。
今回は少し短めです。でも書き始めた当初はこれくらいだった筈……。
本作はフランスの様子がちょっと複雑になっています。
オリキャラが次々増えてくのでどう処理しようかと模索しながら続けるしかないのでしょうか……。が、頑張ります。