入学式翌日の朝八時、私は洋食セットのトレーを学食のおばちゃんから受け取って座れる場所を探していた。ちなみにメニューはクロワッサンとロールパン、コーンスープ、ウインナー、マカロニサラダ、ロールパンにつけるプラケースに入った苺ジャム&マーガリンだ。懐かしいな~。
きょろきょろと見回していると見知った顔が既に朝食を取っていた。
二人の空気は会話がなく気まずいものの一緒にいてる時点で、
「相変わらず仲がいいというか、お節介を焼いているというか」
箒はああいう性格なため、一人にしておくとすぐに孤立してしまう。しかも本人がそれを気にしていないのだから性質が悪い。そういうところを知っているから一夏は世話を焼いてるんだろう。
私も人のことを言えないが、箒ももう少しだけコミュ力の向上に努めたらどうなのだろうか。いや、それこそ無理難題か。箒自身、変なところがあの人に似たんだろう。まったく世知辛いものです。
「一夏、箒、おはようございます」
「ん、ああ仕種か。おはよう」
「……おはよう」
「ええ。横いいですか」
「ああ、いいぜ」
「…………」
私が気にくわないのかむすっとした表情をする。
今更なことですが箒、一夏の融通の利かなさに一々目くじら立てていたら神経持ちませんよ。
「箒、なに不機嫌になってるんだ?」
「不機嫌になどなっていない」
そうやって反芻してる時点で不機嫌だと言ってるようなものですが。
「箒、一夏はこういう人間だと諦めて割り切った方がいいですよ。そうでないとこれからがしんどいですから」
「分かってはいるが、なんか納得いかない……」
そう言って味噌汁を啜る。……まったく世知辛い。
それにしても、一夏に向ける視線は相変わらずだ。まあ、一日二日で態度が変わることはないだろうしそのうち自然なものになるだろう。問題は、
「ねえねえ織斑くんの横にいるのって誰?」
「昨日友達から聞いたけど幼なじみなんだって」
「幼なじみいいな~。私も織斑くんの幼なじみに生まれたかったな~」
一夏を取り巻く私たちまで興味の対象にされてしまうことである。
知り合いが一夏と箒と千冬先生しかいないんだから一夏たちとつるむのは必然というか。そういった意味で私たちまで見られるのは仕方のないことだというか。
「だから箒―――――」
「な、名前で呼ぶなっ!」
「……篠ノ之さん」
「…………」
剣幕に押されて仕方なく名前で呼ぶと今度は顔をしかめてしまった。ああ、相変わらず苗字は駄目か。
「ね、ねえ織斑くん。ここいいかなっ?」
見ると同じクラスの女子三人が朝食のトレーを持って隣に立っていた。
「俺は別にいいけど、仕種いいか?」
「好きにしてください。それとも、私と席代わりますか?」
そう一番私寄りに立っていた女の子が「へ?」と声を上げたかと思うと頭からボッと音を立てて真っ赤になる。
「冗談ですよ」
「あ、あはは。そ、そうよね。露崎さんて案外お茶目なんだね~」
照れ隠しに笑みを浮かべながら席に着く。これで六人掛けの席がすべて埋まってしまった。
「ああ~っ、わたしももっと早く声をかけておけばよかった……」
「まだ、まだ二日目。大丈夫、まだ焦る段階じゃないわ」
「昨日のうちに部屋に押しかけた子もいるって話だよー」
「なんですって!?」
……もう、後ろのことは正直どうでもいい。
「うわ、織斑くんって朝すっごい食べるんだー」
「お、男の子だね」
「俺は夜少なく取るタイプだから、朝たくさん取らないと色々きついんだよ」
そうつらつらと持論を述べるが実は千冬先生の受け売りである。このシスコンめ。
「ていうか、女子って朝それだけしか食べなくて平気なのか?」
三人のメニューは多少違うがパン一枚と飲み物一杯と少なめのおかずが一皿。
「わ、私たちは、ねえ?」
「う、うんっ。平気かなっ?」
「お菓子よく食べるしー」
顔を見合せながら苦笑する。女にはマリアナ海溝よりも深い事情があるのだ。それ以上聞くのはあまりに無粋である。というかかなり失礼である。
「……織斑、露崎、私は先に行くぞ」
「ん、ああ、また後でな」
食べ終わった箒は先に席を立って行ってしまう。
「露崎さんてそんなに食べて大丈夫なの?」
「食べないと頭が働きませんから」
「いいなー。そんなに食べて体型維持出来るなんて」
「ねーねー、なんかコツとかあるのー?」
パンと手を打つ音が食堂に響いた。
「いつまで食べている! 食事は迅速に効率よく取れ! 遅刻した奴にはグラウンド十周させるぞ!」
千冬先生が聞き耳を立てていた生徒たちが朝食を取ることに意識を戻す。
ちなみにだがIS学園のグラウンドは一周五キロある。それが十週……軽く死ねる。ていうかフルマラソンを超えているよね?
とはいえ、私は話しながら食べていたのでそれほど急がなくても食べ終えられる。そのままペースを崩さずに食べ終え、一夏たちよりも先に席に立ち教室へ向かう。
二時間目が終わって、一夏は相変わらず授業内容が分からずうんうん唸りながら教科書を見ている。マジで大丈夫か? あれで一週間後に代表候補生と戦うんだぜ?
そこに通達事項があるのか千冬先生が歩み寄る。
「ところで織斑、お前のISだが準備まで時間がかかる」
「へ?」
「予備機が無い。だから、少し待て。学園で専用機を用意するそうだ」
事の重大さを理解していないのか一夏はぽかーんとしている。
「専用機!? 一年の、しかもこの時期に!?」
「つまりそれって政府からの支援が出てるってことで……」
「ああ~。いいなあ~。私も早く専用機欲しいな~」
まったく理解できないといった風の一夏。それを見かねた千冬先生がため息交じりに呟く。
「教科書六ページ。音読しろ」
「え、えーと……『現在、幅広く国家・企業に技術提供が行われているISですが、その中心たるコアを作る技術は一切開示されていません。現在世界中にあるIS467機、そのすべてのコアは篠ノ之博士が作成が作成したもので、これらは完全なブラックボックス化しており、未だ博士以外はコアを作れない。しかし博士はコアを一定数以上作ることを拒絶しており、各国家・企業・機関では、それぞれ割り振られたコアを使用して研究・開発・訓練を行っています。またコアを取引することはアラスカ条約第七項に抵触し、すべての状況下で禁止されています』」
「つまりそう言う事だ。本来なら、IS専用機は国家あるいは企業に所属する人間しか与えられない。が、お前の場合は状況が状況なので、データ収集を目的として専用機が用意される事になった。理解出来たか?」
「な、なんとなく……」
まあ一夏の場合、例外中の例外のためそのデータ蒐集の役割が大きいですけどね。
「あの、先生。篠ノ之さんって、もしかして篠ノ之博士の関係者なんでしょうか……」
遅からず気付くと思ったけどね。千冬先生のことも一日と持たなかったし束さんもおんなじぐらいしか持たないか。ということは次は私の番か……。
篠ノ之束。稀代の天才。ISをたった一人で作成し完成させた千冬先生と私の姉の同級生だ。
私自身、何度か会ったことあるが普通の人間の思考を逸脱している。だからこそ『天才』と呼ばれるのだろう。
人を食ったような態度を称するなら「狡猾な羊」だ。ちなみに千冬先生は「真面目な狼」、私の姉は「潔癖な山羊」と言ったところか。
「そうだ、篠ノ之はあいつの実の妹だ」
言っちゃっていいのかそんな重要なこと。束さん今世界中の人が血眼になって捜索しているんですけど。でも当の本人はそれをけらけら笑いながら隠遁生活をしているんだろうな。何だこの必死さの雲泥の差は。
「ええええーっ! す、すごいっ! このクラス有名人の身内が二人もいる!」
「ねぇねぇっ、篠ノ之博士ってどんな人!? やっぱり天才なの!?」
「篠ノ之さんも天才だったりする!? 今度IS操縦教えてよっ」
それがバレた瞬間、クラス中の女子が箒の席に一斉に詰め寄る。
「あの人は関係ない!」
箒はたまらなくなくなったのか声を荒げた。クラス中の女子は一瞬、何が起こったのか理解が追い付いていない。
「……大声を出してすまない。私はあの人じゃない。教えられるようなことは何もない」
周りにいた人間はそう言われてしまい渋々と席に戻る。私も箒の気持ちを分からなくもないけどね……。
「さて、授業を始めるぞ。山田先生、号令」
「は、はい!」
千冬先生に促されて授業が始まる。箒、大丈夫かな。
「安心しましたわ。まさか訓練機で対戦しようなんて思っていなかったでしょうけど」
いつの間にか一夏の席の立っていたセシリアは、手を腰に当てながらそう言った。
「まぁ? 一応勝負は見えてますけど? さすがにフェアじゃありませんものね」
「? なんでさ?」
あ、その口癖は何かヤバイ気がする。虎道場に四十回近く足を運ばなきゃいけないような猛者の姿が目に浮かぶ私はどうすればいい?
「あら、ご存じないのね。いいですわ、庶民のあなたに教えて差し上げましょう。このわたくし、セシリア・オルコットはイギリスの代表候補生……つまり、現時点で専用機を持っていますの」
「へー」
「……馬鹿にしてますの?」
「いや、すげーなと思っただけだけど。どうすげーのか分からないが。あ、そういや仕種も専用機持ってるんだっけ?」
「ええ、これがそうですが」
「コサージュか。それが仕種のISの待機状態か? ずっとオシャレアイテムだと思ったぞ」
「案外と待機状態はそういうものが多いですね。チョーカーであったり指輪であったり……」
「わたくしを無視しないでくださる!? そういう行いを一般的に馬鹿にしてると言うでしょう!?」
ババン! 両手で机を叩かれる。うるさいですね、こっちが話してる最中になんですか。
「……こほん。先程貴方もう言っていましたでしょう? 世界でISは467機。つまりその中で専用機を持つものは全人類六十億超の中でもエリート中のエリートなのですわ」
「そ、そうなのか……」
「そうですわ」
「人類って六十億超えてたのか……」
「女尊男卑の割に男も頑張ってますね」
「そこは重要じゃないでしょう!?」
ババン! ああ、教科書が落ちたじゃないですか。
「あなたたち! 本当に馬鹿にしてますの!?」
「「いや、そんなことはない」」
「だったらなぜそんなに同じタイミングで言えるのかしら……?」
A.それはもちろん、心の中で馬鹿にしてるからでしょう。
「なんでだろうな、箒」
そう言った瞬間に私に振るな! 的な視線が一夏を貫いた。……ホントに空気読めないですよね。
「そういえば貴女、篠ノ之博士の妹なんですってね」
……空気を読めない馬鹿がここにもう一人いた。
「妹と言うだけだ……」
一夏を貫いた視線がそのまま、セシリアも貫く。私だってあれは怖いですし。
「ま、まあどちらにしてもこのクラスで代表に相応しいのはこのセシリア・オルコットだということをお忘れなく」
そう言い放って自分の席に戻っていく。世間一般、今のセシリアを尻尾を巻いて逃げだしたと言うのだ。勉強になりましたか?
「一夏」
「分かってるよ」
こういうときの以心伝心は幼なじみで出来るので助かる。
「任せましたよ」
「おおい!? 話がちげえじゃねえか!?」
あーあーきこえなーい。
そのまま、一人でお昼へ向かうのだー。
遠くで一夏の声が聞こえるがシカトを決め込むことにした。辛辣に扱われることは愛される証ですよ一夏。
早く放課後にならないかな~。
side:織斑一夏
で、時間は過ぎて放課後。
箒との約束で剣の腕を一度確かめてもらうことになった、んだけど……。
「どういうことだ」
「いや、どういうことって言われても……」
剣道場。手合わせして十分でのされてしまった。いやあ、強くなったな箒。流石、全国で優勝するだけの実力はある。昔はあんなに俺の圧勝だったのに。
「どうしてここまで弱くなっている!?」
「受験勉強してたから、かな」
「それならば私もしていた! 中学では何部に所属していた!」
「帰宅部。三年連続皆勤賞だ」
そうは言っているが家計を助けるためにバイトをしていた。とはいえバイトのせいにして剣を握るのを怠っていたというのは紛れもない事実で。
「っ! 鍛え直す! IS以前の問題だ! これから、毎日放課後三時間、私が稽古を付けてやる!」
「箒、それよりもISのことをだな……」
「だから、それ以前の問題だと言っている!」
取り付く島もねえ……。
「情けない。ISを使うならまだしも、剣道で男が女に負けるなど……悔しくはないのか、一夏!」
「そりゃ、まあ確かに格好悪いとは思うけど」
「格好? 格好など気にしていられる立場か! それとも、なんだ。やはり、こうして女子に囲まれるのが楽しいのか?」
「な訳あるかよ。どこ行っても珍獣扱いだし、だいたい……」
「やはり今まで剣を取ってませんでしたか」
剣道場の入り口から仕種の落ち着いた声が響く。なんか俺の寿命を引き延ばしてくれたような気がするのはなんでだ?
「仕種、どうしてここに?」
まさか俺にISのことを教えに……。
「いえ、一夏が叩かれる様を見に来ようと思いまして。面白いものが見れました」
いい性格してるなチクショウ! ええい、少しでも期待した俺がバカだったよ!
「まあそれはさておき、一夏、勝負しませんか?」
「え?」
仕種は俺や箒と同じく篠ノ之神社で剣術を受けていた。無論、実力も把握しているのだが。
「ただし軽くですよ。明日のこともあるので一夏と違って根を詰めてやるべきでもないですし」
そういえば、仕種は明日セシリアと戦うことになっているんだった。たしかにやりすぎて筋肉痛とかコンディション最悪だよな。
「それに私も三年、剣を取っていないのでいい勝負になると思いますよ?」
挑発とも取れる不敵な笑み。その余裕がいい感じにムカついたので俺はそれに乗ってやることにした。
「ああ、いいぜ。やってやろうじゃないか」
それを聞き届けた仕種は竹刀を借りるとそのまま……。
「ってこのままでいいのかよ」
仕種は制服姿にソックスだけ脱ぐ。防具を借りれるんだったら借りた方が安全のためなんだが。
「私は構いませんよ。一本取れるんでしたら、ね」
そう言ってすっと上段に構える。
仕種は相変わらず構えに隙がなかった。三年間、剣を取らなかったといって腕は錆付いたとしても型は忘れていない。見覚えのある型は既に鉄壁。
「では、いつでもどうぞ」
先制攻撃権を譲る仕種。なんていうか相変わらずなスタンスだな。
「はああああっ!!」
その言葉に甘えて動く。
あいつはいつも自分から動こうとしない。全ては受けてから、守りから攻勢に転じる後の先が仕種の典型的なスタイル。
「おおおおおっ!」
縦に竹刀を振り下ろすが、読んでたとばかりに受け止め軽くいなされる。
「ふっ―――――――!」
そのまま俺の勢いを利用し一気に後ろに下がられ距離を取られる。仕種との勝負、やりにくいんだよなあ。追えども追えどもあともう一押しのとこで上手く逃げられる。
とにかく、攻めるしかない。打って感覚を取り戻さないと。
何十合と打ち合っただろう、いや何度仕種に打ち込んだだろう。攻めては全ていなされその度に距離を離され仕切り直される。仕種の守りは城壁のように硬く、微塵も隙がない。三年間、剣を握っていないというのに相変わらずの集中力。流石は俺たちの中での技巧派だ。
「相変わらずの読みやすい太刀筋と分かりやすい力押し。掠め手とかないんですか?」
「生憎そんなものねえよ。仕種こそ、相変わらずの鉄壁の守りだよな」
軽口を叩き合うが実力は俺の方が負けていた。
仕種の決め手はカウンター。相手が攻め込んで来た中のどこか分からないような隙に反撃の手を打つ。そのタイミングは絶妙でどうしても剣で追い切れない瞬間にここぞとばかりに打ち込んでくる。
仕種はその気になれば何本でも一本奪えただろうがそれをしなかった。馬鹿にしてることはないが、向こうも三年前の感覚を取り戻そうとしているのだろう。
とりあえず、俺が出来ることは感覚を取り戻すために打ち合うしかない。それに俺から行かないと絶対に自分から攻めてこないし。
記憶にある限り、露崎仕種は強かった。
織斑一夏、篠ノ之箒と同門の仲間の中で一番「剣術」を扱えたのは仕種かもしれない。
真っ直ぐな一夏や箒より、しなやかな仕種は強かった。袈裟で叩き切ろうが真一文字だろうが、全てを巧みにいなす。そしてその僅かな隙を縫うようにして一本を奪う。
力ではなく技。強いのではなく巧い。それが仕種の剣術だった。
しかし、こうして向かい合っていると思いだす。
小学校の頃夕暮れの剣道場、俺と箒と仕種とこうして……。
(あれ……)
ふと、思考が止まる。
何か、違う……。いや、違うけど違わない? なんとも名状し難い違和感。
言い表すならその時の光景と今見ている光景が一直線上にあるような気がしない。箒ではこのようなことはない筈なのに。
それはまるで、脱線したレールの上を走り続けているような……。
「いっ!?」
パシンっという音と共に目の前に閃光が走った。
どうやら、違和感を探すのに必死になりすぎて面打ちを食らったらしい。打たれた場所ががじんじんと痛む。
「……一夏、勝負の最中に呆けるとはいい度胸です。集中力もそこまでおざなりになっているとは救いようがありませんね」
顔は笑っているが、心は笑っていない。しかも心なしかいつも以上に辛辣だ。
「むう、一戦でなんとなく掴めてきましたがまだ足りません。もう一戦、要求します」
そう言うと目を細めてすっと上段に竹刀を構える。その構えはさっき同様隙がないのだが、
「……やっぱりなんか違うような」
「? 何が違うというのだ」
「箒も仕種と剣持って向かい合ったら分かるって、ほら」
竹刀を渡され言われた通り構える。
「む」
仕種と向き合った箒は思わず声を漏らす。
「確かに……何とも言えない違和感を感じる」
「だろ? それのせいで集中力切れちまって」
「へえ、そんなに可笑しいですか私が剣を構えるのは」
違和感があると言われて気にくわないのかじとりと睨む。
「いや、なんていうのかな。う~ん、なんていうか……。ああ、分かんねえなあ。なんて言えばいいのか言葉が出てこねえ……」
もやもやした気持ちが残るがまあ仕方ない、こればかりは突然どこかでこのもやもやの正体が閃くかもしれないし今は保留だ。
「今度は私が見てやろう」
「ふふ、お手柔らかに」
「六年前とは違うことを見せてやろう」
あれ? これって俺のためのことだよね?