「仕種、お前なに食ってるんだ?」
食堂に出会って第一声がそれってなんですか一夏。
今日は珍しく箒とは一緒にいない。後に箒に聞いたんだが箒曰く、「今朝は顔も合わせたくなかった。それだけだっ」とのこと。昨日の晩にまた何かやらかしたんですか一夏……。
「何ってカツサンドですが。見れば分かるでしょう」
そう言って断面を見せてやる。ソースカツがほんのりと焼けた食パンにはみ出んばかりの大きさに挟まれている。しかもカツがジューシーなことこの上ない。
「いや、分かってるけどさ」
一夏は煮え切らないのか渋い顔のまま席に着く。私はそんな態度も全く気にせずカツサンドを頬張る。
「食堂のメニューにカツサンドなんてなかった気がするんだがなあ……」
「オバチャンに言って作ってもらいました。いわゆる裏メニューって奴です」
「んなこと出来るのかよ!?」
「トンカツ定食が出来るんですからこれも不可能ではないでしょう」
それを聞いた一夏はあまりの唐突さにぽかーんとした顔をする。私だってダメ元で頼んだんですがまさか作ってくれるとは、IS学園の食堂のオバチャン恐るべし……。
「あー、カツ食べてるのってやっぱりゲン担ぎ?」
頬張りながら喋るのは行儀が悪いので無言で縦に頷く。
今日の放課後にはセシリアとの勝負が控えている。これもそのための下準備だ。
勝負事がある日にはカツを食べると相場は決まっているのだ。これを食べるのと食べないのとでは安心感が違う、もう既に一種の儀式となっている。
だがしかし、朝からガッツリ食べたくない自分にとってカツ丼やトンカツというのは胃に負担が大きいため、せめてものカツサンドということでここに落ち着いている。だったら昼にトンカツ定食を食えばいいじゃないかという無粋な質問は受け付けませんよ。
「仕種もジンクスとか担ぐんだな。ひょっとしてIS学園に入学する時も?」
「ええ」
さもありなん。当然のことだ。
「これで後は昼寝さえ出来ればコンディションは完璧なんですけどね」
「仕種、千冬姉の授業でそれはいくらなんでも蛮勇過ぎるぞ……」
一夏は呆れたと恐れの含まれた調子で説得を試みた。どちらかというよりもそんなことをした時の惨状を想像しているようでもある。
「出来ればと言っただけです。実際にするつもりはありませんよ」
一夏の恐れに満ちた表情が滑稽でくすくすと笑う。まあ実際にやってしまいそうなのが今目の前に座ってたりするんですが。
「あれ、なんでだ? なんか今誰かすげえ馬鹿にされた気分だ……」
「気のせいでしょう」
とはいえそれにどうしてこういうことにだけは鋭いんでしょう? 女性関係は貧血眼鏡殺人貴並かそれ以上に鈍いくせに。
「仕種、大丈夫なのか?」
「それは一週間後に行われる貴方にかける言葉でしょう?」
「ぐ……」
相変わらず辛辣な言葉を浴びせられる一夏。箒も隣でうんうんと頷かない。一夏がもっと凹むでしょうが。
第三アリーナのAピット。時間は放課後、セシリアとの試合開始前に幼なじみがピットに駆けつけてくれた。
IS学園のアリーナは放課後に全生徒に解放される。千冬先生がそれをなんとか確保してくれたがそれでも一時間が限度。それに専用機持ちの決闘を見ようと学園中の生徒が見に来ているらしい。
「さて、行きましょうか」
そう呼びかけると髪につけていたコサージュが光を放ち、瞬時に鮮やかな紫色をしたフレームが身体を包む。
四枚の多方向性推進翼、両肩の展開式スラスターバインダー、脚部自身を覆うような巨大なスラスターユニット。更には肩部や腰部などに多数配置されている姿勢用制御用のノズル。
多少重装甲になってしまったがそれでも機動力は折り紙つき。その上射撃補正などもIS自身がかなり学習している。
「これが、仕種のIS……」
一夏は始めて身近で見るISの展開に感嘆の声を漏らす。
「ええ、紫陽花。カスタム元のデザインとは程遠いものになってますがかなり私好みに弄った優秀な子ですよ」
「カスタム元って、これは元々量産機なのか?」
隣にいる箒が尋ねる。
「ええ。第二世代、疾風の再誕。打鉄と同様、汎用性の高い機体です」
ちなみに打鉄とは純国産の第二世代ISのことだ。ガード型で使いやすく多くの企業や国家が訓練機として採用している。
「露崎さん、準備はいいですか?」
「ええ」
山田先生の確認に短く答え、そして一夏の方に向き直る。
「一夏、しっかり見ておいて下さい。参考になるかどうかは分かりませんがどうせ刀一本の機体に乗ることになるでしょうから回避の仕方とかは見ておいて損はないでしょう」
「ちょ、ブレオンってなんでだよ!?」
「なんでって一夏は刀一本で世界を獲った千冬先生の弟ですよ? その人が用意する機体も刀一本に決まってるじゃないですか」
「なんだよそのカエルの子はカエル理論は!?」
残念、カエルの子はおたまじゃくしなんだなこれが。
「言ってくれるな、露崎」
一夏とやりとりを聞いていたのか、後ろから現れた千冬先生がすっと目を細める。やば、なんか死相が……。
「どうせそのつもりなんでしょう? 千冬先生?」
「まあ、否定はしないがな」
「おおおおおおおいっ!?」
五月蝿い馬鹿者、とバカンッと一夏の頭に拳骨が落ちる。ご愁傷様。
「それに、お前だって似たようなものだろう?」
「それはまあ、そうですね」
そう言われると尊敬するあの人のことを意識してしまい、少しだけ照れ臭くてくすりと苦笑する。
織斑一夏が姉の千冬さんを尊敬するのと同じように。
私もその高みに立ちたい人がいる。
それはとても身近で、でも限りなく遠くて。
私の憧れで、私のたった一人の肉親。
「では勝ってきます」
「あいつになんか負けるなよ!」
「ああ、勝って来い仕種」
あの時と同じようにピットから飛び立った。違うことといえば背負っている人数。幼なじみ二人分、あのときよりも重い。
それでも私の思いは揺るがない。息をするように、今度も勝ちを重ねさせてもらおう。
「あら、逃げずに来ましたのね」
先に競技場に出ていたセシリアは私の少し上空で待っていた。相変わらず手を腰に当てているのが様になっている。
「それに、量産機のカスタム機とは笑止万全ですわ。だからそんな貴女に最後にチャンスを上げますわ」
「一応聞いておくことにしますが、それはどんなですか?」
「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。ですから、ボロボロの惨めな姿を晒したくなければ、今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ」
セシリアは既に勝った気でいる。いくらオルテンシアが専用機とは言え相手は第三世代でこっちはあくまで第二世代。性能差はカスタムで埋めたとはいえこちらは機体独自の能力を持ち合わせていない。
それでも。見識や情報で相手を侮るような相手に負けるほどこちらの腕は錆付いていない。
「それはありがとうございます。なら私はお返しと言ってはなんですが、お山の大将でお高くとまってる貴女の社会勉強のために貴女には敗北の二文字を差し上げましょう」
私の皮肉に顔を歪める。恩情を仇で返されたのがお気に召さなかったらしい。
「そう、交渉は決裂ということですわね。それなら―――」
警告! 敵IS射撃体勢に移行。トリガー、確認、初弾エネルギー装填。
ハイパーセンサーが敵機が攻撃態勢に移ったことを告げる。
―――――来る!!
「お別れですわね!」
閃光が放たれるとほぼ同時、身体を左へ回転させ光線をかわす。
「あら、初弾を避けるのですわね」
「冗談。先制攻撃権を貴女に譲って上げただけです」
「っ。その減らず口、どこまで通用しまして!」
再びレーザーライフル≪スターライトmkⅢ≫を構え引き金を引く。
上空からのレーザーによる射撃の雨。本降りにはほど遠いがかなりの数が私を目がけて降り注ぐ。二百メートルのこの競技場で放たれたレーザーが目標に到達するまで僅か0.四秒。いくらISのハイパー・センサーで知覚が強化しているとはいえその時間はあまりにも短すぎる。つまり、かわすには銃口から判断するか完全に直感に頼るかしかない。
「さあ、踊りなさい。わたくしセシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」
「やなこったです。一人で勝手に踊ってなさい」
戦いは開幕した。
side:織斑千冬
「仕種!」
一夏は思わずモニターに向かって叫んだ。
篠ノ之も一夏のように叫ぶことはないがじっとモニター見入っている。
そんな中、山田先生は不思議そうな、それでいて怪訝な表情を浮かべる。
「山田先生、どうかしましたか?」
「あ、いえ。私と戦った時もそうなんですが、戦い慣れているというか安定感があるというか」
言葉を選びながらたどたどしく繋げる。
「オルコットさんは代表候補生として長い間ISの操縦してきたから彼女の実力も納得出来るんですが、それを代表候補生でもない露崎さんがオルコットさんを上回るなんて……」
山田先生が言いたいことが分からないでもない。代表候補生でもないのに専用機持ち。そのうえ、代表候補生と渡り合う。何も知らない人間からすればあいつは異常なのだ。
一年のことの時期で代表候補生となれば最低でも二百時間はこなしている。その上、オルコットは早くから代表候補生に選ばれていた。つまり、私の示した最低ラインは軽く通過しているに違いない。そのオルコットを以ってしても仕種には届かない。
「やっぱり、姉妹だからなんでしょうか……」
ぽつり、と山田先生はそんなことを漏らした。その一言に思わず眉を顰める。
「山田先生。露崎も、あいつも、実力に見合うだけの努力を重ねている。才能のその一言で片付けてしまってはあまりにもお粗末です」
「そ、それはそうですよね。失礼しました」
ばつの悪そうにしゅんと項垂れる。
「にしてもあの馬鹿者は一体何を考えている」
違和感に顔を顰める。それに気付いている人間は私と篠ノ之だけのようだ。あいつも異変に気付いたようで顔を曇らせる。
山田先生や一夏はまだ気づいていない。一夏はともかく、山田先生が気付かないのは拙いのではないだろうか。まあ、抜けたところがあるので仕方ないのかもしれないが。
何気なくモニターを見る一夏の様子を盗み見た。
ひょっとすると……。
一つの可能性がよぎった。しかしそれは限りなく確信に近いものであった。
「そういうことか。あのお人よしめ」
私が心底呆れながらそう呟いた隣で山田先生は不思議そうに首を傾げる。
ホントに、姉妹揃ってお節介なものだ。
真剣勝負の最中でIS戦闘のレクチャーなんて一体どこの馬鹿だ。
side:露崎仕種
「―――貴女、一体どういうつもりですの……?」
先程まで降り注いでいたレーザー光線の雨はその一言と共に止んだ。
何発が掠って僅かにゲージが減っているが目立った外傷はない。
戦闘にも全然支障をきたさない、まだまだ戦えるレベル。
あれだけの砲撃の嵐を小破もしていないとは自分で自分を褒めてやりたいものだ。
「どうして! 一度も引き鉄を引こうとしませんの!?」
顔を真っ赤にしながらライフルの引き金から指を離して私を指差す。
引き鉄を引こうとしていないとセシリアは言っているがそれは語弊がある。
何故なら、私は武装を展開すらしていない。
ただ、敵の射撃に合わせ回避行動を繰り返しただけ。
途中からはBT兵器のブルー・ティアーズも投入してきて難易度が上がったが、それでも問題なく回避を続けた。
徹頭徹尾かわすことだけに専念した結果、痺れを切らせたセシリアは攻撃の手を止め、今に至る。
今の彼女は冷静さを欠いている。戦いにおいて冷静さでいることは鍵を握る。頭に血が上ると判断力が鈍る。判断力が鈍ればミスを犯す。そのミスが勝敗を分けることとなる。
だからもう一押しをすることにした。
「一夏」
プライベート・チャネルを開き、Aピットの一夏に繋ぐ。
『な、なんだよ急に』
突然通信を入れられて驚き身構えている。
「もうそろそろいいでしょう? 後は任せますから」
『お、おいちょっと待てよ! 仕種、一体……』
用件だけを告げると一方的に打ち切る。一夏は何か言いたそうだったが特に気する必要がない。というか、説明してる時間がないしこれだけで充分だ。
「まさか、貴女あの男のためにデータ収集をしていたと……?」
セシリアの真っ赤だった顔がさっと血の気が引いていき青ざめる。
「まあ、そうですね。一夏は何分初心者なものでデモを見て回避の仕方ぐらい参考になればな、と思いまして。それに一夏のISがまだ届いてないので見て感じてもらうぐらいしか出来ないですし」
「どこまで、貴女はどこまでわたくしを愚弄すれば気が済みますの!?」
青かった顔は再び真っ赤になり激昂する。真剣勝負のつもりがこれまで男のためにわざとかわすことしかしてこなかったのだ。もともとプライドの高い彼女だ。その誇りを汚されたことへの屈辱は私の想像を絶するものに違いない。
「本気を出さないというのなら、そのまま負けてしまいなさい!」
私の態度がとうとう彼女の怒髪天を突いた。先程とは比べ物にならない光の豪雨が降り注ぐ。しかし、その精度は先ほどよりも数段欠いている。
下手な鉄砲も数撃ちゃ当たると昔の先人は言ったが、出る数なんて砲身一つにつき一つな以上狙いが荒くなれば当然それは無駄撃ちなのだ。
これでかなりやりやすくなった筈だ。
「さて、いきますか」
13分42秒。この試合初めての武装、二丁のハンドガン<フタリシズカ>を展開し構える。
「ふん、ようやく武器を構えましたわね。しかし散々馬鹿にしてくれた相手に慈悲をくれてやるほどわたくしは優しくなくってよ!」
左手を横に振り、ブルーティアーズを飛ばしてくる。
しかし私はもうこの兵器の特性は戦いの中で既に掴んである。
このブルー・ティアーズはセシリアの癖なのか定石に乗っっかったものなのかは知らないがあれは私の反応のもっとも遠いところ――――死角からの攻撃をしてくる。
後は簡単だ。どこに飛んでくるかが分かるということは逆を言えば、相手にどこへ飛ばさせればいいかを『誘導することが出来る』。
BTのレーザーを回避しながらあらかじめ予想した入射角に合わせ、銃のトリガーを引いた。
そしてビットはビームのマシンガンに吸い寄せられるように弾が命中し、爆発する。
「っ!」
遠目であったがセシリアの息を飲む姿がはっきりと見て取れた。
「私にとって勝つことは息をすることと同じ、息をするように勝利をもぎ取って見せましょう」
反撃の狼煙が上げられた。