No.004『慢心』
(ミカ、ガルル……?)
ただ命令された事を実行するだけで、自分の意思では何一つ動けない臆病な人間。それがマイの前世での評価だった。
――そんな自分が大嫌いで、変わりたかった。
しかし、この世界に生まれてからも同じだった。
ミカとガルルの二人の対極の意見の内、何方か一つ選ぶだけであって、自分の意見を述べるという選択肢は最初から存在しなかった。
だからこそ、そんな自分に間違っている事を間違っていると言える激情と気概が残っていた事に、他ならぬ、彼女自身が一番驚いた。
その切っ掛けがとんでもなく外道な少女だったけど、敢えて感謝したい。こんな自分でも変われるんだと信じて。
そして、その結果が地に這い蹲って心折られ、結局は二人に尻拭いされるという酷い有様だった。
絶対に退けないという不退転の意志は、目の前の少女の遊び程度の意識で簡単に手折られる始末。
どう足掻いても大嫌いな自分から変われないという絶望が、力無く項垂れるマイから涙を零させた。
「僕がやる。マイは任せたよ」
「……大丈夫か? かなりの使い手だぞ」
「確かに君じゃ勝てないだろうね。でも、僕なら別さ」
絶妙なタイミングで助けに入って、ヒーローごっこで悦に入っている金髪茶眼の少年を、三つ編みおさげの少女は苛立ちげに眺めていた。
二人で掛かって来れば其処に崩れる足手纏いの女を人質に出来たのだが、と普段では絶対に採用しない選択肢が思考の内に過る。
(うーん、殺したいなぁ。滅茶苦茶殺したい。でもそれじゃ指定カードの供給源を自ら断つようなものだし。もどかしいなぁ……!)
タンクトップの少年はボロボロの橙色の髪の少女を打き抱えて後退し、何処かで見たような青色の民族衣装を纏う少年が立ち塞がる。
少年は爆発寸前の憤怒の表情を此方に向け、それに呼応するようにその茶眼も燃え滾るような緋色に変わっていく。
彼が何処かの民族なのか、三つ編みおさげの少女は瞬時に思い至った。心底気に入らない訳だと改めて納得する。
「へぇ、クルタ族か。でも残念だわ、グリードアイランドじゃその『眼』持ち帰れないしなぁ」
「随分と余裕だね、おチビちゃん。この僕を前に在り得ない反応だよ」
どうやら彼はクラピカと同じクルタ族の末裔なのだろう。と、まだ幻影旅団の襲撃を受ける前で滅びていなかったかと退屈気に訂正する。
クルタ族は平常時は茶系色の瞳だが、感情が昂ぶると鮮やかな緋色になり、戦闘力が大幅に上昇する。
その眼は世界七大美色の一つに数えられ、人体収集の趣味の無い彼女でも綺麗だと感じる。
(オーラの絶対量が増えて今の私と同程度か。本当にクルタ族だけ無駄に優遇されているねぇ。幻影旅団が襲撃する前に根絶やしにしようかしら?)
だが、クルタ族の真価は『緋の目』が裏市場で高く売れる事では無い。その遺伝的な特質系体質は知れば誰もが羨むものだ。思わず眼を抉り取って殺したいほどまでに。
「これを見てまだそんな軽口を言えるかな……!」
強大なオーラが物質化し、ほぼタイムロス無く彼の全身を覆う鎧になる。
それは西洋風の全身鎧では無く、何方かと言えば酷く機械的な装甲であり、その純白の『機体』は何処か見覚えのあるものだった。
そして彼は異名通り『白い閃光』となりて、瞬間的に飛翔した。
各部分のブースターからオーラを瞬間的に放出する事でクイックバーストを再現し、青色に発光する巨大な剣を振るう。
「――っ!」
瞬時に自身の防御では受け切れないと判断した三つ編みおさげの少女は死に物狂いで避ける。
暴風の如く通り過ぎた彼は180度旋回し、再び突進する。その瞬間最大速度は少女の身体能力をも圧倒的に上回っていた。
「――装甲を具現化及び強化、オーラを放出及び操作、そしてその剣の熱源は変化か。なるほど、全系統を100%使えるクルタ族でなければ不可能な念能力だ」
「それを解った処で、君には逃げ惑う以外の選択肢は無いがね!」
すれ違い間際にブレイドを水平に振るい、少女は勘と幾多の戦闘経験をもって僅かに先読みして屈んで躱す。
突進の勢いを殺せずに再び距離が開くが、また180度旋回して再突撃するまで一秒も掛からないだろう。
(気づいてないようだが、装甲の他に常時展開のPA(プライマルアーマー)を剥がさない限り物理攻撃はほぼ無効だ!)
(どうせ元ネタのネクストの如くPA(プライマルアーマー)があるだろうなぁ)
強化系から遠い系統の少女にとって、顕在オーラがほぼ同程度の場合、彼の具現化の鎧の上に100%の精度の強化までされている鉄壁の防御を突破する事はほぼ不可能である。
それを見越した上で、少女は自身の揺るがぬ勝利を確信した。
「うん、そうだね。私が手を下すまでもなく君は敗れる」
「ハッ、世迷い事を! 反撃すら出来ない君に活路なんか無いんだよ!」
再び再旋回し、彼は彼女目掛けて飛翔する。今度は単調な動きを見切られないようにジグザグに加速して袈裟切りにする――!
当たりさえすれば彼女ほどのオーラの持ち主でも一刀両断するほどの一閃は、されども何度繰り出しても当たる気配は無かった。
「っ、ちょこまかと!」
「その超速度も、本人が付いてこれなければ宝の持ち腐れよね」
まるで原作のハイスピードアクションと同じような失敗だと少女は嘲笑う。
圧倒的な速度をもって放たれる一閃を何故少女が躱し続けられたかと問えば、答えは至極簡単な話。彼女の眼はこの動きを捉えられるが、彼自身は自分の速度に振り回されているからだ。
それ故に、彼の剣の一閃は勘頼みで振るっていると言って良い。二度の交差でそれを見抜いた少女は其処に活路を見出したのだ。
「ぐっ、それならこれはどうだ!」
オーラの噴出による超加速を止め、彼は自らの身体能力を持って疾駆し、足を止めてでも切り伏せに来る。
圧倒的な防御力を頼りの一方的な相討ち狙い、確かにある意味正しい選択であり、間違った選択だった。
少女は当然の如く斬り合いに付き合わず、間合い外からひたすら地面を蹴り上げ、粉砕した土埃を浴びせ続けた。
「はっ、その程度でどうにかなるとでも!」
そんな小細工は全身装甲を纏う彼にとっては目潰しにもならない。
子供の悪足掻きとも言える砂掛けに構わず突っ込み、ブレイドを我武者羅に振るい、逃げ続ける少女はまた砂掛けを繰り返し――そして程無く決着が付いた。
「――君さ、自分の念能力の欠点も解ってないの?」
息切れ一つしていない少女は全身装甲を解いてしまい、緋の目を保てないほど疲弊して地に崩れる少年を冷然と見下した。
「な、何故だ……!?」
「クラピカから考察する限り『絶対時間(エンペラータイム)』発動中のオーラ消費量は非常に多い。何せ全系統を100%引き出せるんだ。普段の数倍は燃費が悪くなるだろう。それに加えて全系統を活用しなければならない君の念能力は強大な反面、あっという間に全てのオーラを使い果たすだろうね」
それに加え、三つ編みおさげの少女は常に展開されている透明な防御膜を砂で剥がし続けたのだ。
自動的に防御膜を展開しようとする彼のオーラ消費量は更に跳ね上がる事になる。
(変化系と放出系の練度はそこそこだが、具現化系と操作系の部分は明らかに荒い。恐らく奴の生まれ持っての系統は強化系だろうね)
最初に少女と戦った彼女とは違い、下手に『念能力』を原作通りに忠実に再現したのが運の尽きと言えよう。
「君の念能力は良くも悪くも短期決戦型なんだよ。迅速に敵を片付けなければ、燃料切れで呆気無く敗北する。今まで格下だけを瞬殺して来た弊害かな、君自身がその重大なリスクに気づかないなんて滑稽だね」
「ち、畜生ぉ……!」
自身のオーラを全て使い果たし、勝手に自滅して意識を失った彼から、この戦闘を見守っていたもう一人の方に視線をやる。
「まだやる? 指定カード三枚で見逃してあげるけど」
「……ブック」
タンクトップのTシャツを着る黒髪黒眼の少年は殆ど迷わず、自身の本を出した。
「ガルル……!? 駄目、こんな外道が、約束を守る訳がっ……!」
「態々手加減してあげたのに酷い言い草だねぇ。元々はそっちから仕掛けた喧嘩なのにさ」
三つ編みおさげの少女は笑いながら殺意を強める。
彼女の身に纏うオーラは二連戦を経ても、些かの劣りも陰りも無かった。
「……マイ、今は黙っていてくれ。――済まなかった。頼む、この三枚で見逃してくれ……!」
三枚の指定カードを投げ渡し、受け取った少女は笑顔で自身の本に納める。
「はいはい、次に出遭う時は別の指定カード用意してねぇー」
去っていく少女の姿が見えなくなるまでガルルは不動で見送り、居なくなった瞬間、玉粒のような汗を額から零し、激しく息切れしながら呼吸する。
「ガルル……?」
傷だらけのマイがその様子に驚く中、彼は自らの直感を自分の事ながら信じられずにいた。
確かに相手は底が知れない。自分達の中で一番強いミカと戦っても、自らの『念能力』を最後まで隠蔽する程の実力者だ。
それに『緋の目』の状態の彼と同程度のオーラを纏っているというだけで凄まじい。この世界基準の中堅ハンターの領域だって超えている。
――されども、彼の勘は告げている。あの少女はこの程度では無いと。この程度で済む筈が無いと最大級の警鐘を鳴らしていた。
敵の実力を察知するのもまた実力の成せる技、今の彼では彼女の器の底どころか縁さえ把握出来ない。
間違いない。ガルルは冷や汗を流しながら確信する。彼女がグリードアイランドをクリアするに当たって最大の障害だと。
今程度の実力では、絶対に勝てない、と――。
マイ・ミカ・ガルル組
ミカ
強化系能力者
【特】『絶対時間(エンペラータイム)』
クルタ族の特異体質。
全系統を100%の精度で使えるが、原作通り、全系統が生来の系統と同じレベルで使える訳ではない。
【強/変/放/具/操】『飛翔装甲鎧(ネクスト)』
クルタ族の特権である『絶対時間』を使用するという前提で、全系統を惜しみなく注げこんだ原作再現の念能力。
鉄壁の防御力、圧倒的な攻撃力、本人の視界が霞むほどの瞬間最大速度を誇る、クルタ族でなければ実現しない万能能力である。
当然の事ながら燃費が最悪であり、本人も気づいていなかったが、使う毎に寝込むという何処かの大した忍のような致命的な欠点を持ち合わせている。
現在の指定ポケットカード
No.064 魔女の媚薬(2枚)
No.090 記憶の兜
全2種類 3枚