静かな室内に響くのは何かを入力するような音と少女の小声、それに時折ベッドを叩く足音が聞こえるのみ。だが、その足音がする時だけ入力音が止み、代わりに何かが小さくきしむような音が起こる。その原因は部屋にあるデスクで勉強している一人の少女だ。その名をフェイト・テスタロッサ・ハラオウン。彼女が視線を向ける先には二段ベッドがあり、その下段には彼女と同じ顔の同居人が寝転がっていた。
「くっ……この……やったっ!」
同居人の名はレヴィ。かつてフェイトと戦い敗れた雷刃の襲撃者と呼ばれた存在だ。あの戦いの後、レヴィはフェイトに受け入れられ、リンディの監督の下ハラオウン家に居候の身となった。扱いとしてはフェイトの双子の妹に近い。だがあれから一年以上経過した今、二人には差が出来つつあった。
大人へ向かって成長していくフェイトと子供のままのレヴィ。そのため最近周囲はそのある意味での残酷さに気付いて心を痛めている。今は少ない差だけれど、いつかはそれが大きくなって歴然とした違いとなってしまうのだから。
そんな周囲の思いを余所に、当の本人は気にするでもなく過ごしているのか、いつも明るく元気に暮らしている。そんなレヴィは手にした携帯ゲーム機に夢中で、先程から何か上手くいく度にガッツポーズをしていた。だが足音は立てていない。そう、彼女が足音を立てる時は決まっているのだ。それは……
「くぬぬぬ……あっ、あっ…………負けたぁ」
その瞬間ばたばたとベッドを叩く音が起きる。レヴィが失敗した時に限り、彼女の足が動いて音を立てるのだ。それをフェイトが気にしているのにはちゃんとした理由がある。実は、彼女は現在執務官試験を受けるための勉強中なのだ。
ただでさえ難関の執務官試験。あのクロノでさえ一度落ちたものなのだからフェイトが相当プレッシャーに感じているのは分かろうものだ。そんな状況にも関わらず、何故レヴィがフェイトの勉強を邪魔するように部屋にいるのか。そして何故フェイトは大事な試験勉強中にも関わらずレヴィに文句を言わないのか。その答えはレヴィの次の言葉にある。
「ねぇフェイト、まだ遊べそうにない?」
「う、うん。ごめんねレヴィ。もう少しで終わるから」
それはレヴィがフェイトと一緒に遊びたいからだ。そしてフェイトもレヴィと遊んでやりたい。だからフェイトはレヴィの行動に文句を言えない。その気持ちが痛い程分かるのだ。大好きな人に相手して欲しい。その欲求はフェイトも昔強く抱いていたものだったために。
生憎フェイトは、レヴィと違ってそこまではっきりと気持ちを出せない性格だったのでその想いを相手へ強く伝える事が出来なかった。レヴィがこう自己主張をするのは、どこかでその時の後悔があったのだろう。
姉のような気持ちでレヴィの誘いに応じてやろうと考えるフェイトだったが、そんな彼女の気持ちを察する事もなくレヴィは駄々をこね始めた。
「う~、さっきからもう少しもう少しって言ってばっかりだ! そんなにフェイトは僕と遊びたくないの!?」
「そんな事ないよ。でも、この勉強は大事なんだ。レヴィにも話したでしょ? 悪いけどもうちょっとだけ一人で遊んでてくれないかな?」
子供のような怒り方。普通の者ならば文句の一つも言うだろう内容だ。しかし、フェイトはそれに困った表情を浮かべるものの文句は言わない。こういう時、フェイトの脳裏に決まって浮かぶ存在がいる。それは彼女の常に傍にいてくれたアルフだ。
外見こそ大人のアルフだがその話し方はやや幼い傾向がある。そのためレヴィと話しているとよくアルフの事を思い出すのだ。そんな似た部分がある二人だが、フェイトから見ると相性がそこまで良くない。口喧嘩が絶えないためだ。
しかし、それを他者が見ればこう言うだろう。あれはむしろ仲が良いからだと。喧嘩する程仲が良い。それを体現している二人なのだから。
「それは分かってるよ。だけどさ、もう一人じゃ楽しくないんだもん。昨日は我慢したけど、今日は一緒に遊んでくれなきゃヤダ!」
嗜めるようなフェイトの言葉にもレヴィは耳を貸さない。不満そうな表情でその気持ちを正直にぶつけるのみだった。そこにフェイトの事を気遣う気持ちはない。こうなると我を通す事が苦手なフェイトは困り果てるしかなくなる。いつもならばアルフなどに助けを求めるのだが、今日は生憎誰もいないのだ。
リンディはアルフと共に買い物へ、エイミィはクロノと仕事の真っ最中。よって今この家にいるのはフェイトとレヴィの二人だけだった。孤立無援のフェイトは何とか勉強とレヴィの機嫌直しを両立させたいと考える。しかしそんな考えが早々浮かぶはずもない。
(どうしよう……確かに昨日はなのはのお見舞いでレヴィと遊んであげれなかったし……)
つい先日勉強中のフェイトへある連絡が入った。ヴィータ達と魔導師として任務に出ていたなのはがその帰還途中で謎の機械に襲撃を受けたと。その際怪我をしたので入院する事になったとの話だった事もあり、フェイトは血相を変えてレヴィを連れてその病室へと急行したのだ。
怪我自体は共にいたシュテルのおかげもありそこまで大きなものではなく、入院となったのも念には念をとの彼女の判断によるものだった。もっともそれをシュテルはなのはに言うなとフェイトへ頼んだのだが。
その突然の出来事もあってレヴィと遊べる時間がなくなり、フェイトは申し訳なく思いながらも中断した勉強の方を優先してしまったのだ。どうもそれもあってレヴィは不満を抱いているようだ。そう把握したフェイトはふと気が付いた。レヴィの目に涙が浮かんでいる事に。
「レヴィ、ちょっとじっとして」
「え? わっ、ちょっとフェイトくすぐったいよ」
「動いちゃ駄目。……うん、これでいいね
フェイトは持っていたハンカチを取り出すとレヴィの目元を優しく拭う。それをくすぐったそうにしながらもレヴィは言われた通り身動きせずにいた。両方の涙を拭き取り、フェイトはレヴィの顔を見て柔らかく微笑んだ。それにレヴィもすぐに笑顔を返すのが彼女らしい。
先程までの怒りや不満はどこへやら、レヴィはそのままフェイトの体へ抱き着いて離れなくなった。それをフェイトは驚きながらも振り解く事はしない。何か思ったのか、彼女もレヴィを愛おしそうに抱き返したのだ。
レヴィはフェイトを勉強から引き離せた機会を逃さないようにとの行動で、フェイトはレヴィが機嫌を直してくれたのでそれを損ねないようにとの行動だ。しかし、共通するのは互いを大切に思う気持ち。どこか穏やかな雰囲気が室内を包む。それにフェイトは純粋に思った事を口にした。
「このまま一緒に居れたらいいね」
何気なく放ったこの一言がレヴィの思わぬ本音を引き出す事になると知らずに。
「……無理だよ」
「えっ……?」
「ずっと一緒は無理なんでしょ? 僕はずっとこのままで、フェイトは大人になってく。そうなったらいつかは一緒にいられなくなるってシュテルが言ってた」
不意に告げられた言葉はフェイトの耳には妙に遠い言葉に聞こえた。いつもの明るく元気な声はそこにはなかった。代わりに聞こえてくるのは聞いた事のないようで聞き覚えのある弱気な声。それが何かを思い出したフェイトは無意識にレヴィへ視線を向ける。
そこには、昔のフェイトがいた。愛する者と離れる事を嫌い、その事に怯えている自分が。思わずこみ上げてくる複雑な感情を目を閉じる事で抑え込む。あの時、親友の少女が乗り越えさせてくれた事を強く思い出し、フェイトは目を見開くと同時に小さく頷いてレヴィへ優しくも強い笑みを浮かべた。
「聞いてレヴィ。確かにいつかは一緒にいられなくなるかもしれない。でも、でもね。これだけは絶対に約束する」
「約束?」
「うん、私はずっとレヴィの傍にいるから。姿は見えなくなっても、声が聞こえなくなっても、いつか……いつか一緒に遊ぶ事が出来なくなっても絶対にレヴィの傍にいるから。だから、レヴィも約束して。レヴィも私の事を絶対忘れないって」
そのフェイトの言葉にレヴィはしばし呆然となっていたが、やがてその言葉を理解したのだろう。輝くばかりの笑顔で力強く頷いたのだ。そしてレヴィはフェイトへ向かって右手を差し出した。その意図が掴めず小首を傾げるフェイト。その反応にレヴィは頬を軽く膨らませた。
「約束するんでしょ? だったら指切りって奴しないと」
「あ……そういう事か」
「も~、しっかりしてよ」
「う、うん。すぐに分かってあげられなくてごめんね」
言いながら申し訳なさそうに右手の小指を差し出すフェイト。それに満足そうに頷いてレヴィも自身の小指を絡めた。揃って口ずさむはあの唄だ。やけに元気そうなレヴィの声につられるようにフェイトも心持ち大きな声を出す。そして最後の部分を唄い終わると同時に二人は指を離した。
そのまま互いを見つめ合って微笑むフェイトとレヴィ。と、そこでフェイトはある物に目を移した。それは彼女がやっていた執務官試験の過去問題。後数問で終わりだった事を思い出し、どうしようかと考えたところで―――傍から熱視線を感じた。
「じぃぃぃぃぃぃっ」
じと目のレヴィがフェイトの動向を見つめていたのだ。わざわざ自分で擬音をつけるところが可愛らしい。フェイトはその視線を受けて少しだけ迷うような仕草をする。だが、自分の答えを決めたのかやや苦笑いを浮かべると、レヴィへ向かってこう問いかけた。
―――じゃあ、レヴィ遊ぼうか。何するの?
―――えへへ、じゃあねじゃあね……
待ってましたと表情を輝かせてあれこれとフェイトへ告げていくレヴィ。その様子を見つめフェイトはこういう日もたまにはいいかと思って小さく笑う。こうして二人はまずは共にベッドに寝転んでゲームを始める。最初こそそれなりに盛り上がりもするのだが場所が悪かったのだろう。
結局この後、二人は泣き疲れと勉強疲れで揃ってその場に寝てしまう。帰宅したリンディとアルフが静かな事に疑問を抱いて部屋を覗いた時、そこには寄り添うように眠るフェイトとレヴィの姿があり、その手は決して離さないとの気持ちを示すかのように強く繋がれているのだった……
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フェイトとレヴィのとある一日です。感想をくれた方どうもありがとうございます。しかも好評頂き恐縮です。今回はその中から少しネタを借りて書いてみました。
世界観的には前回の話と同じで、御覧の通りこちらが前回よりも昔の頃になってます。前回がしんみり系だったので今回はほのぼのを目指したんですが……何か前回と似た感じになってしまいました。申し訳ありません。