【習作】福音のガンパレード【憑依・勘違い】
作った奴:ゴロイジョン
一話:零号機といっしょ♪
ドシン、ドシンと地響きを立てて歩く巨人。
その内側から、俺は巨大な使徒を見ていた。
正直に言って、怖いと言うより気持ち悪いと思った。
*
半年ほど以前の事だ。ふと、気付くと俺は「碇シンジ」になっていた。
「碇シンジ」とはすなわち、新世紀エヴァンゲリオンなるロボットアニメーションのメインキャラクタの一人であり、
この物語の重要なキーパーソンである。
それで、俺はそれになっていたということだ。
乗り移ったとか、大体そういう事らしい。が、詳しいことはよくわからない。
気が狂ったとか、妄想の果てに自己の認識が曖昧になっただとか、そういう内面に起因する現象ではない、と思う。
夢にしてはリアルに過ぎ、現実にしてはあまりにも荒唐無稽すぎたからだ。確証は持てないが。
いや、今ではそもそも夢とか現実とか、この期に及んで議論する事になんの意味があるのかと言う疑念すら憶えた。
その問いはこの状況下ではそもそも真の無い命題であるし、現実世界にあっても尚、答えなど無いからだ。
だがこの半年の間常に自己のアイデンティティを脅かし、俺の生存の意義を問い続けたこの難問。
それは魂を疲弊させ、考える事さえ億劫にさせた。
故に現実感の無いまま、この半年はほぼ怠惰にすごしたと言える。
やっていた事と言えば、この異常な状況に対する逃避と、申し訳程度に腕立てや腹筋などで体を鍛える程度のものだった。
それすらも、単に体を動かす事による現実逃避といえば、それまでだった。
なにしろ、突然の事だ。前情報も無ければ、目的も、何も無い。
人間関係のしがらみも、現実世界のものは何も在りはしない。この世界のものは、碇シンジの記憶が無い以上は無いのと同じだった。
ある意味で俺は"自由"ではあった。自由すぎて、途方にくれざるを得ないと言う、皮肉な状況だが。
それが、急速に俺の意識をリアル路線に変更せざるを得ない要素があった。
───使徒だ。
コイツがやばい。俺は先ほど、遠目に見た巨大生物を思い出す。ヌラヌラとした皮膚、骨のような質感の仮面。
三次元で見る使徒は、あまりにもリアルで、だからこそ現実感が無かった。
と言うよりも、本当にコイツは生物なのか?生物と呼んでいいのか?と言う疑問すら抱く。
学術的定義の上では確かにコイツラは生物なのだろうが、個人的にはどうもコンピューター等の親戚のように思える。
いや、単にふと感じたことを並べ立てただけなので、深い意味は無いのだが。
しかし、コイツを見て死の恐怖を明確に感じたのは、確かだ。
相手が此方を認識していなくとも、攻撃の意識が無くとも、この生物はコチラを容易く滅ぼす事の出来る攻勢生物であると本能で理解する。
エヴァに乗るの乗らないのと悠長な言っている場合では無い。
これは生存競争だ。人類と使徒との。いや、───俺と、使徒との?
この世界を抜け出す方法も何も、まずは生きていなければ。
もしかしたら、死ねば現実世界に帰る事が出来るのかもしれない。
夢が醒めるように、ゲームのスイッチの切る様に。だが、そうでなかったら、それはただの死に過ぎない。
死は最後の手段であった。
少なくとも、この虚構とも現実とも付かぬ世界に疲れ果てて狂った時のための。
「・・・・ネルフ本部に向かわないと。」
シェルターの中、それを管理する地位にある人間を探す。まず連絡手段が必要だ。
シンジは今、碇ゲンドウの指示(例の"来い"とだけ書かれた紙ぺらだ)に従い第三東京都に来ていた。
待ち合わせ場所や、日時などの件は別途係員に電話で知らされた。(なら全部電話でいいじゃん、と思ったのは確かだ)
しかしそれが、待ち合わせ場所で待てど暮らせど案内人は訪れない。そこで致し方なく、俺は避難警報に従い地下シェルターに誘導されたのだ。
当たり前である。
誰が好き好んで未確認巨大生物と地球防衛軍がドンパチしてる足元でボケっと突っ立っているものか。
命の危機に際して、シンジの行動は迅速だった。
むしろ、ギリギリまで粘った俺の努力を誉めて欲しいとさえシンジは思った。
遠目に使途の姿を確認できるまで粘ったのである。
ここまでくると明らかにネルフに非があると言えるだろう。
・・・が、そんなことも言っていられなくなったのである。
使徒の危険性を理解すると、このシェルター如きでは役に立たない事もまたはっきりと理解できる。
さっさとネルフ本部に向かいエヴァを破壊されないうちに起動させる事だ。さもなければ遅かれ早かれ死、あるのみ。
もしかすると原作でも明確にはされていなかった、使徒の目的如何によってはなんら問題なく人間は生き残れるのかもしれない。
だが、そんな不明瞭な可能性に縋るよりは、初号機に搭乗していたほうがよっぽど安全である。
・・・いや、それすらも希望的観測でしか無いのだが。
だがこの世界があの物語の世界なのだとしたら、げんを担ぐ程度のご利益は期待できるだろう。
少なくとも、初号機が守ってくれる限りには、死にはしないだろうとシンジはなんとなく思っていた。
(大抵の二次創作の類では、初号機に乗ってさえいれば安全だからな~。)
この考えを安易と哂う事は、少なくとも異世界トリップ等と言う異常体験を行ったことの無い我々には出来ないであろう。
現実感の喪失と生命の危機の板ばさみ。この状況で未だ錯乱していないだけ、彼は地に足をつけて立っていると言える。
そもそも、乗らないという選択をしたところでネルフ直属の秘密警察染みた連中に粘着されるのは目に見えてるのだ。
本当は乗りたくなんか無いのだが、冷静に考えると乗る以外の選択肢が存在しない事にシンジは絶望するしかない。
シンジは適当に見つけた警察官に訳を話し、シェルターの非常回線を開いてもらった。
壮年の警察官は、快くシンジの話をきき、非常回線を開いた。
この警察官もまた、今のシンジにとっては人間か否か解りかねる存在である。
皮膚の質感、布の重み。僅かに漂う加齢臭。間違いなく、実在する人間だ。
ただ、それを証明する手段は、無い。
*
「あ、もしもし?ネルフ連絡担当窓口の方ですか?こちら第五シェルター警備の後藤巡査です。
お宅に呼びつけられたらしい碇シンジと言う少年がね、連絡を取ってほしいとの事なんですが。
・・・・ああ、本部から連絡行ってる?じゃあすぐ本部に繋いでよ。ああ・・・うん、ありがとさん。それじゃ。」
後藤、と呼ばれた巡査は何時になく迅速に行われる電話交換に、訝しみながらも、早いことはいいことだと思い直す。
この非常時、あちこちの回線が込み合っているだろうに、この対応。
横目で、線の細い少年の姿を見やる。なにやら、胡散臭い事態に関わってしまったらしいと思った。
賢明な男であると言える。
「・・・・あ、もしもしこちら第五シェルター警備、後藤巡査です。ネルフ本部ですか?
あ、はい・・・はい。いえ、すぐ隣に居ます。はい・・・はい。すぐ替われますよ。はい、精神状態もしっかりしてます。
は?逃げた?・・・いえ、迎えが来なかったのでしぶしぶ来たと言う感じですが・・・。」
「あ、少年。替わってくれって。なんかドギツイお姉さんが君の事探してるらしいよ~?もうカンカンだってさ。」
笑って告げる後藤。こんな幼い少年相手に大人気ないと思いつつ、彼がこの事態を打破するためのキーパーソンであることも、雰囲気で悟る。
ならば、ネルフの対応も不相応であるとは言えまい。
大人気ないのは変わらないが。
「・・・冗談じゃない。・・・僕のせいじゃない・・・。」
ぼそぼそと、暗く響く声。
後藤は、陰鬱な少年だな、と言う印象を受けた。線の細い、女の子のような相貌だがあまり可愛いと言う印象は受けなかった。
可愛い、と言うよりは美しい、と言うべきか。陰鬱な影のある表情と、幽霊のような怜悧さがそう感じさせる。
髪型はまさに伸びっ放しで、少なくとも半年は散髪に行っていない事がわかった。
だが、その髪型が何処と無く女性的であるがために、後藤ははじめシンジの性別を判断できなかった。
「まぁ、世の中ね。女とお上には道理が通じないように出来てるのよ。諦めて受話器に出なさいな。急のことなんでしょ。」
受話器を差し出す後藤。
シンジとしては一体どんな会話をしていたのか気になるところのようだったが、この際置いておいた。
ただヒステリックに怒鳴り散らしている電話口の相手に、のほほんと応えるこの巡査は大物だと思っていた。
シンジは、仕方なく後藤から受話器を受け取ると、耳からできるだけ離して通話を始める。
案の定、電話口からはヒステリックな女の叫び声が聞こえてくる。
それから、しばらく話してみたが大体内容は以下の通りだ。
「迎えをよこすから、早く本部までこい。」
後藤巡査の言葉は至言であった。女と、お上に道理は通じない。何時だって悪いのは下っ端か弱者である。
少なくとも、今回シンジに責められる謂れは無い。組織はどこもそんな物だが。
それでも、シンジは思った。
悪いのは俺じゃない。
理不尽な事には納得しかねるのが人間と言うものだ。・・・使徒は、どうなのだろうか?
*
それから、迎えに来たミサトなる女の乱暴な運転でネルフ本部に到着した。
シェルターと本部は直通で繋がっていないらしいので仕方ないのだが、
避難していたのにわざわざ戦火の中を走行するという愚行に、シンジは腹が立った。
そしてそれ以上に、肝を冷やした。
ネルフ本部についたときには、本当に生きていたよかったとシンジは思った程だ。
この世界がフィクションだとかそんなことは考える暇もない。もう車にしがみつくのに精いっぱいである。
アクセルを踏み抜く。ハンドルを鋭く切り、ブレーキと同時にギア・アップ。
ドリフト・ターン、直線加速。ベタ踏みのペダルをさらに踏み抜く。
シンジには理解できない領域での操作だった。
少なくとも自分が真似をしようとしても車を一台、棺桶にジョブチェンジさせることしか出来ないであろう。
自分が一生使うことはないであろう自動車の操縦体系である事は理解できるが、それだけだ。操縦技術に尊敬とか、そんな気にもなれない。
ただただ、二度とこの女の操る車には乗りたくないとシンジは思った。
「い、生きてる・・・・。」
「情けないわね・・・と言いたいところだけど、私もかなり肝を潰したわ。」
ミサトもまた冷や汗を流しながら、答えた。
爆撃で崩れる都市を舞台のチキンレースはこの豪胆な女でもに中々堪えたと見える。
強張った筋肉を揺すってほぐしている。
「そもそも・・・あなたが遅刻してくるからいけないん、です・・・。」
シンジはぼそぼそ、と呟くように文句を言った。
平坦ではあるが、そんなに小さな声と言う訳では無いので良く響く。
案の定、ミサトは「なんですって?」等とのたまっている。シンジは無視した。
愚痴も言いたくなるというものである。
ここまで、本日シンジが被った命の危機には大小必ずこの女が関わっている。
その上で被害者面とは、いい面の皮だ。
内心、この女エヴァで踏み潰してやろうかなどと本気で考える。シンジは、小心者だが根に持つタイプだった。
(・・・・それにしても、でかい建築物だな。流石はこの世界有数の軍事基地って所か。)
コツコツ、と規則正しく響く靴の音を聞く。
そのまま、シンジはミサトともに話ながら地下司令部まで降りて行く。
いかにも軍事基地と言った出で立ちの基地で、相当の金がかかっていることが見て取れた。
いや、そんな事よりもシンジはミサトと話をしながら、重大な自身の異常について真剣に考えていた。
舌を口の中でもごもごと動かす。どちらかと言うと、舌の運動と言うより苛立ち紛れ八つ当たりに近い。
(口がうまく動かない・・・・。)
シンジは半年前よりずっとこの異常に悩まされている。
碇シンジの体に異物が入り込んだ影響か、ここまでシンジは自分の口が満足に動かない事を自覚していた。
物を食べる分には問題ないが、いざ喋るとなると半分麻痺したようになる。歯医者で麻酔を打たれたときのような違和感。
いや、それには語弊があるか。
例えばそれは、年配の人間が若者言葉をうまく発音できないようなもの。
違う言語圏の人間に、発音しにくい音や聞き取りにくい言葉がある。そんな感覚の現象だ。
意思に反して反応の鈍い舌に、シンジはイライラする。
シンジは何度も噛みそうになったりどもりそうになっては口をつぐむと言った事を繰り返していた。
おかげでミサトが何を言っても言い返す前に話題が飛ぶから反論できない。苦痛だった。
もごもごと試行錯誤しながら、やきもきした気持ちでネルフの地下通路を進んでいく。
ベラベラと喋るミサトが、かなりうざい。
普段自分も、そう静かなほうではない。無いのだが、聞くだけの立場は辛い。
まるで、飲み会で酔った上司に絡まれているかのようだ。
しばらくの苦行に耐え、司令部に着く。
やっとか、とシンジはうんざりした気分になる・・・それも一時のことであったが。
ミサトは、隣で急に体を強張らせたシンジの異常に気付く事も無く、ツカツカと司令室に入っていく。
それに、恐る恐ると言った風情でシンジはついていった。
誰も、ただシンジが緊張しているだけだと思っていた。あるいは、軍隊の雰囲気に怯えているか。
線の細い、言われなければ男の子だと解らないような容貌の持ち主である。それほど違和感のある話ではない。
やたらと高い所に居る碇ゲンドウ、それと冬月。
でかいモニタの前に、それを操作するパネルと通信士や各種オペレータの姿。
第三新東京市を戦艦に例えるならば、ここは艦橋。
各種迎撃兵器、艦載機の指揮を執り作戦を立案し、市を操縦する最高意思決定機関。
馬鹿と何たらは高い所が好き、とは言うが、やはり高い所にいる人間は威厳が増す。
重苦しい声でゲンドウが指令を下す。
一瞬、シンジの姿を見たときに動揺したようだったが、それは何故だったろうか。
「遅かったな。」とゲンドウ。
組んだ手を入れ替えたり戻したりしている。ミサトの遅刻には、ゲンドウも多少イラついている様だ。
ミサトは冷や汗を描きながら、減俸を覚悟する。あるいは、既に解雇されてもおかしくない失態ではあった。
ミサトにはミサトで、今回の失態についての言い訳はあるのだが。
それからシンジとミサトが司令部内に入り一通りの礼を交わすと、巨大な紫の顔がライトアップされた。
緊張に震える(と思われている)シンジの体がビクリと震える。
シンジは原因不明の悪寒を感じていた。背中を嫌な汗が、滑り落ちる。シンジの体は科学では説明の付かない感覚。
いわゆる第六感とも言うべき感覚を感じ取る。<殺気>。少なくとも光学的でも音波でもない感覚。
「で、でかい・・・・。」
(なんだ、この感覚?怖い?俺は、何を恐れているんだ?)
そんなシンジを他所に、エヴァンゲリオンの説明が始まる。
対使徒戦に置ける唯一にして最強のカード。
汎用人型決戦兵器。
自分がパイロットに選ばれたこと、自分にしか扱えないであろう事。
ここで使徒を迎え撃たなければ、人類が滅びるであろう事。
──茶番だった。
今、シンジにとってそれらは正に瑣末ごとであった。紫の巨鬼の双眼が、ギラリと光ったような錯覚。
徐々に理解が広がっていく。シンジが今恐れているものは、目の前のものだ。
本来なら、自分を守ってくれるはずの巨人が、こちらをねめつけている。
(殺気・・・!!圧倒的殺気・・・!!睨んでらっしゃる・・・・。初号機さん、俺の中の人が違うの気がついてるよ!?)
ギラギラとした初号機の視線が身を貫く。明らかに、怒っている。
初号機の怒気が司令室に充満しているのが、シンジには理解できた。
シンジは思い出す。
(初号機って確かシンジの母親の魂が入っていたんだっけ・・・?碇、ユイ。そうだ、そいつの魂。)
同時に理解する。
理解すると共に、心なしかさらに鋭さを増したかのような鮮烈な殺気を感じた。
ようは、そういうことだ。母親は、このシンジが中国産のパクリシンジであることを見抜いている。
見抜かれてしまった。
自分でもなぜそんなことが解るのかも解らないが、ともかく一つだけ確かな事がある。
(今、初号機にのったら、碇ユイに殺される!)
そもそも、この初号機の中の人はまともな人格を保っているかどうかも怪しいのだ。
四つんばいの機動、ごゆるりと使徒を頂く暴挙。あまつさえ息子のシンジを取り込もうとする。
明らかにガイキチのする行動だった。
───正気にては大業ならず、まっことエヴァ道とはシグルイなり。
・・・ではない。錯乱していたようだ。
しかし、である。仮に彼女に弁解した所でどうなるとも思えない。狂った人間なら聴く耳などもたないであろう。
ましてや、万が一まともな意識を持っていた場合も最悪だった。
息子の体を乗っ取った不埒者をどう始末するかなど、初めから解りきっていた。
殺す。ただ殺す。殺さなければ済まないだろう。
誰だってそうする。シンジだって恐らく、そうするだろう。故に救いは無かった。
ズズン・・・と司令室が震える。
「初号機パーソナルグラフの挙動が・・・・?」
「まさか、ありえないわ!搭乗する前からシンジ君を認識していると言うの!?」
「インターフェースもなしに反応している。行けるわ・・・。」
やばい、とシンジは思った。実力行使寸前である。
未だ殺されていないのは、この碇シンジの肉体を破壊するかどうか、決めあぐねているだけかもしれない。
とにかく、やばいったらやばい。こんなことなら半年前に世界の果てまで逃げとけばよかった、と後悔した。
司令室が騒がしい。
お前等、今正にパイロットを全自動処刑マッスィーンにぶち込もうとしている事に気付いているのか!と言いたくなったシンジである。
いや気づいてないだろう。当たり前である。司令室の人間が正常だ。そうなんだよ。畜生。
シンジは内心かなり焦り、焦る。・・・・初号機に乗れば死。乗らざれば当然、死。
ただでさえ負傷した綾波に使徒を殺せるとも、あまり思えない。つまり自分自身の手で使徒には引導を渡さなければならない。
さりとて、どうするか。
(どうする、どうするよ俺!?初号機じゃ死ぬ。殺される。エヴァ、エヴァだ。他にパイロットが居れば・・・!?)
負傷した綾波が運ばれてくる。痛々しい姿。こんな少女があの恐ろしいモノに乗って怪物と闘っている。
だがそれに思うところなど今のシンジには無い。そんな余裕が無かった。
だが司令室の人間がせかす。エヴァンゲリオンに乗れ。
「これは、あなたにしか出来ない事なのよ。」
ミサトが叱咤し、ゲンドウが負傷したままの綾波をプラグに放り込もうとする。
シンジはこのネルフの人間を恐ろしく感じた。これだけせっつかれて焦らない人間も居ないだろう。
心臓がバクバクバクと鳴り出す。もう泣きそうだ、勘弁してくれ。
初号機の殺気と、司令室の人間の催促の板ばさみで、胃がシクシクと痛み出した。
(どうする、どうする、どうする・・・!?使徒は殺さないと、でも初号機には乗れない。エヴァ、エヴァが必要だ。
初号機じゃなければいいのに・・・?)
グルグルと回る思考。スローになっていく感覚。現実感の無いフワフワとした感覚がシンジを襲う。
焦り、興奮しすぎて、脳内麻薬がドバドバに放出されている。
走馬灯のように自身の記憶が脳裏を巡った。いや、命の危機に際してのそれは、事実走馬灯と言えるだろう。
絶望的な感覚。シンジは真剣に"死"を持ってこの世界を脱する事すら検討し始める始末である。
末期であった。その時である。
─────ティン、とシンジの脳裏にまばゆい光が閃いた。
シンジは、意を決して唇を開く。
唇は恐怖と興奮で震えていたが、はっきりとした声である。
「・・・嫌だ、僕は、・・・こいつには、乗らない。」
静かに、司令室に響いた。
それは声変わり前の少年の鈴を転がすような声だった。
しかしそれは酷く重苦しく、陰鬱に司令室に染み渡った。
*
──嫌だ、僕は、こいつには、乗らない。
だれもがしかと聞いた。予想外と言うほどではない。ありうる回答だ。
だが、それはとても少年が闘いたくないがために、だだを捏ねるような響きではなかった。
騒然とする司令室。
その重苦しい決意を込めた声に、誰もが気圧され、押し黙った。
だが、すぐに再びざわめきだす。
「ち、ちょっと、シンジ君!?」
「何を言っているのかね、解っているのか君は!?」
普段冷静な冬月までもが声を荒らげた。それもそのはず。無機質に、司令室に鳴り響いた声はぞっとするほど冷ややかであった。
ゲンドウもまた冷静を装いながらも、内心で冷や汗を流す。
(これが、シンジだと言うのか・・・。何があった?)
世界でも貴重なEVAパイロットの少年だ。監視がつかない筈が無い。計画の要である。
それによりこれまでも、強く内罰的で抑鬱された精神性を持っていたとは知っている。
それはゲンドウの仕打ちによる所も大きいのだろうが、それは置いておく。ゲンドウもまたその事に思うところが無いでもないのだ。
後悔していないといえば、嘘になるだろう。
ただそれが半年前から、一層酷くなったらしい。他人と話す事は少なくなり、呆けたように思索に裂く時間が増えた。
かと思えば、時折体を痛めつける事だけを目的としたような運動。
ゲンドウは、シンジの内面的変化の原因が何かを思いつく事が出来なかった。
──酷い親だと自嘲した。いや、最早親と名乗ってよいものか。
司令室の人間は冷静さを失っている。
シンジが自身の生存のため、命を、魂を、人生全てを賭けて発した言葉には、それだけの重みがあった。
「シンジ君!?あなたが乗らなきゃ、誰が行けばいいと言うの?レイは重症なのよ?
こんな傷だらけの女の子にまた戦場に行かせるというの!?」
「そうだぞ、シンジ君!男として恥ずかしくないのか!?」
ミサトからもオペレータ席からも非難轟々である。そう、誰もが冷静ではなかった。
シンジの発する決死の気に呑まれていた。
それにシンジがエヴァに搭乗するのを拒んだために、自身の生存が脅かされたからでもあった。
いや、もともと命の危機は今さらである。
ただ、それを冷や水を浴びせられたかのごとく、強制的に再確認させられただけである。
心のどこかで思っていたのだ。エヴァがあるから大丈夫、と。
それを否定されたために、心が恐怖に屈した。それだけだ。
人は追い詰めれた時、真の本性を表すと言う。この場この時に置いては、決死の覚悟を持ったシンジに敵う大人は居なかったと言えよう。
ただ、一人を除いて。
「・・・・待って、静かになさい!」
赤木リツコは、一人シンジの発する怒気とも殺気ともつかぬ不可思議な気配に気圧されずに、頭を動かした。
シンジとリツコの視線が交差する。
リツコはシンジと目が合った時、冷静且つ冷徹に彼が何かを訴えかけて居る事を悟る。
「シンジ君、あなたは"こいつには乗らない"って言ったわよね?なら、"何"なら乗るというの?」
リツコは問いかける。
そこは、シンジが無意識発したメッセージだと彼女は感じた。
そして、それは当たっていた。
「・・・一つ目の、巨人・・・エヴァが居る筈だ。黄色の、動けない奴が。」
「!?」
司令部に再び衝撃が走る。
知らない筈だった。このシンジが知る筈の無い情報だ。
司令室が再びざわついた。
未知の敵に、未知の少年。人間は理解が及ばないものこそを恐れる。
その中で、飽く迄も冷静に二者は会話を続けた。
「零号機の、事ね?・・・何処で知ったの?」
「・・・・ソイツが、僕を、呼んだ。」
「呼んだ?あなたは、それに応えてここに来たとでも言うの?」
リツコは的確に質問を重ねていく。シンジは、それに答え続けた。
淀むことなく。
ネルフの人間にはさぞ、得体の知れない存在に映った事だろう。
「そうだ。僕は、ここに来て、わかった。コイツはよく似ているけれど、違う。
─────僕を、呼んでる別の巨人が、ここに居る。コイツには僕は乗らない。」
驚愕に顔を歪めるもの、予想外の答えに理解が追いつかないもの、それぞれ居た。
その中でリツコは飽く迄も、それは飽く迄あり得る可能性のひとつとして理解しようとした。
科学者の習性、いや戒律だ。科学者足らんとする戒律が、安易な結論を許さない。
考えろ。
零号機がレイを受け入れない理由も、既に搭乗者を自ずから決めていたから?
いや、そうではない。それでは、ゼロ号機には明確な目的と意思が存在する事になってしまう。
(それは、科学的じゃないわ。冷静に、考えなさいリツコ。)
リツコは自責する。エヴァを擬人視して、安易な考えに流されそうになった自分を恥じた。
まだ、足りない。冷徹さが、冷静さが。
思考が、静かに過熱していった。赤木リツコのニューロサーキットに仮説が組み立てられていく。
何らかの理由、そう。シンクロシステムの調整データが予想以上に「碇シンジ」と言うパーソナルデータに近かったのだろうか?
あるいは特異的に零号機と相性が良かった・・・・あらゆる可能性を考えた。
ATフィールドは心の壁。それが"0"の状態とはつまり、心を持たない状態───そう思っていた。
だが、そうではないのではないか。
エヴァンゲリオンは装甲板で押し固めてヒトの形を取らせているようなものだ。
そうでなければ、人以外の不定形な形すら取りうる、不安定な存在。ATフィールドを発する自我が希薄である根拠。
人型である理由は、単にシンクロする人間の意識と適合しなければならないからだった。
エヴァ、それ自体には明瞭な意識(魂)を持てないし、持たせてもいけない。ずっとそう考えられてきた。
だが、そうではないのか?───マイナスや虚数、いや、重ね合わせのATフィールドの可能性。
距離を無効化してシンクロしうる、適合者の存在。・・・お互いの心の一部が侵食しあって接続されている?
ならば、一応の説明が付く。異常な事態、知り撃つ筈の無い知識と確信に満ちた発言。
我々は、とんでもないものを作り上げていた可能性がある。
不完全な、未知の部分が多いのは初号機だけでは無い。
むしろ、理論実証機である零号機のほうが、訳のわからない部分は多いのだ。
正直な話赤木リツコ自身は、常々零号機は破棄したいとすら、思っていた。
不完全な技術で作られた、より不完全なコピー。それだけに、イレギュラーの介在は否定できなかった。
「解ったわ、それは認めましょう。・・・けれど何故、この初号機ではいけないの?その理由は?」
「・・・・・その、零号機とやらではないから、だ。」
零号機で無いから、乗らない。
つまり、その零号機とは何かを理解している。少なくとも、この初号機と代えの効かないモノである事は最低限。
エヴァ=零号機である事を理解しており、尚且つ零号機≠初号機であることも理解している。
と言うよりも、その違いに拘っている。まだ見たこともないエヴァ相手に?
エヴァをただのロボットと認識している人間にも、安易に擬人視して人間として扱っているにもできない思考の帰結。
碇シンジは、エヴァを独立した一個の存在として認識しているのだろうか。
「・・・僕は零号機以外には、乗らない。絶対だ。」
その回答を聞いたとき、リツコの仮説は彼女の中で確信に変わった。
碇シンジは明確に"零号機"を認識している。未だ会った事も無い上、おそらくあやふやなビジョンしか持って居ないだろうに。
それを、断言できる理由。
それは、鳥が飛び方を考えないように、魚が泳ぎ方を意識しないように、無意識に既に確信しているから。
特異な性質を持つATフィールドに繋がれた関係性。
少なくとも、碇シンジは零号機が碇シンジに操縦できる可能性について、確信している。
そしてそれは正しい。
彼個人が手に入れられるデータでは無いはずだが、既に彼と綾波レイのパーソナルデータ等の互換性については言及されていた。
──使える、と判断する。
同時に、科学者としての好奇心や探究心もむくむくと鎌首をもたげて来たのを赤木リツコは自覚した。
(おもしろい・・・。碇シンジ、あなたは、"何"なのかしら?ヒト?エヴァ?それとも───使徒?)
刹那にして永劫の沈黙が司令室に降りた。誰もが言葉を発することが出来なかった。
「・・・・指令!」
鋭く、沈黙を裂く声がする。赤木リツコだった。
リツコの目は真っ直ぐに碇ゲンドウの方向に向いている。
それだけで、概ねの事をゲンドウは理解した。過程まではわからないが、どうやら赤木リツコはシンジの言う事を戯言だとは判断していない。
自分の勘も、なんらかの違和感をシンジから感じている。
ならば、零号機に乗せれば真偽はハッキリする。この期に及んで時間のロスは避けたいが、このシンジは座った眼をしている。
こういう目をした人間を、ゲンドウは何度も相手をした事がある。
シンジ何があったのか知らないが、こうなってしまった人間は梃子でも動かないものだ。
拳銃を向けても、首を縦には振らないだろう。
実際に撃たれても、おそらく死を選ぶ。
「・・・許可する。零号機の凍結を解け。シンジをケージに誘導しろ。零号機、出撃準備!」
「碇、いいのか?計画は・・・・。」
「構わん、問題ない。まずは使徒を倒さん事には始まらない。」
ゲンドウは言外に、後で乗せれば何とでもなると言っているのだ。冬月はそれに納得する。内心、それに一抹の不安を覚えながら。
だが、使徒は倒さねばならない。
それが全てだった。そのために第三新東京市地下の、ネルフ基地が駆動する。
ただそれだけのために作られたこの戦闘都市が。
ゼロの名を関する、巨人を送り出すために。
*
(ふぅーーー。マジでやばかった。けど、第一段階は、クリアーか。)
シンジは零号機が凍結を解かれ、出撃のための準備を整えている間である。
シンジは時間が多少出来たので、綾波のプラグスーツを多少改造したもの(零号機の凍結を解いている間に急造したらしい)
に着替えてエントリープラグ内で待機していた。
シンジは鏡に映った自分の姿が、まるで女みたいだった事に笑った。
髪が伸びっ放しで伸びているせいか、まるで綾波レイの2Pカラーのようだ。
さすが、パーソナルデータが相似なだけはある。
髪型を整えて脱色すれば、とてもよく似ていると思った。見間違える、と言うほどではなかろうが。
(それにしても、ここまでよく上手く来たな・・・。)
彼の考えた計画は、こうだ。
まず、第一に彼は初号機には乗りたくなかった。
多くの二次創作の主人公たち。その守護神たる初号機ではあったが、このSSに置いてはまさに死神。
<初号機に乗る>=<DEAD END.>である。
そこで、シンジは初号機に乗らなくても良い理屈をこねくり回さなければならなかったのだが、これもまた難しい。
そもそも、使徒を殺さねばこちらが死ぬのだ。だが、エヴァに乗らなければ使徒は殺せない。
まさに二律背反。前門の虎、後門の狼と言った所。逃げ場は無い。
しかし窮地に立たされたシンジの頭脳は、走馬灯の如くこの状況からの解決策を探し出そうとした。
精神は屈する寸前だったが、死を予感した肉体は、生存のために全力全壊であったのだ。
そして、最終的にシンジはアニメでシンジとレイが自機を交換して、機動実験を行っていたシーンを思い出した。
すなわち「"零号機"の存在」と、「零号機を動かせる可能性」だ。
確か、レイとシンジのパーソナルデータは酷似しており、そのせいで交換実験も行えたという設定だった筈。
現時点で、レイを強制射出して凍結されている零号機なら、かろうじて動かせる可能性がある。
───いや、動かせる。
動かせる、はず。
動かせると、いいな・・・・。
どことなく不安と言うか、不安しかないがそれは置いて置くとする。
シンジにとって正直、零号機に"強い"イメージはまったくなかった。
そもそもテストタイプにすら劣るプロトタイプに何をかいわんやと言った所だが。
しかもその上、その零号機は現時点では改装すらされておらず、武装も無く、魂を持ってない"らしい"から暴走もあまり期待できない。
少なくとも、搭乗者を守ろうと言う意思はこれっぽっちも無いだろう。
レイをエントリープラグごと射出した実績もある。
今、こうしてエントリープラグ内で待機しているときも、いつ射出されないか冷や汗ものである。
(そもそも、俺はエヴァを動かせるのか?)
しかも、最早そんなところから、賭けだ。シンジに乗り移っている手前、エヴァンゲリオンを適合できるかどうかも怪しいものだ。
杜撰にも程がある計画。しかし、他にどんな選択肢があったというのか。
シンジは司令室の阿鼻叫喚を思い出す。
(電波系の主人公たちは、大体あんな事を大真面目な顔で言う筈。)
シンジは脳みその中で電波系のアニメキャラをシュミレートし、不思議系の、なんというか何でもありの雰囲気を醸しだす為に必死だった。
そしてそれは成功していたと言えよう。シンジ、一世一代の演技である。
誰もが呑み込まれていた。ゲンドウも、ミサトもリツコでさえも。
言語能力に多少欠陥があったのも、この場では有効に作用したといえる。
雄弁は銀、沈黙は金とはよく言ったものであった。
上手く喋れないために無用な言い訳が削ぎ落とされたセリフは、不思議な説得力と狂気を伴って司令室の人間の耳に届いた。
──シンジ君、あなたは"こいつには乗らない"って言ったわよね?なら、"何"なら乗るというの?
リツコは、そう問いかけてきた。シンジの賭けの核心に迫る部分だ。
シンジは、この人物は頼りになると思った。
この段階でもうその結論に達するとは、予想外。やはり、天才はあらゆる面で天才と言う事か。
こうなれば、適当な答えを返しておけばいいだけだ。
───11月26日?5枚?何のことです?
ではないが。
それにしても「天才を騙すのは簡単だ。馬鹿を騙すのは難しい。ブタを騙すのは不可能だ」とは中々よく言ったものである。
なんだかよくわからないが、とてつもなくGoodな脳味噌でグレートな理由付けを行ってくれたらしかった。
司令室の人間も、こうなると何だかさも納得したかのような顔で作業を始めた。
少し、笑える。
『A10神経接続、異常なし』
≪ LCL転化率は正常 ≫
『思考形態は、日本語を基礎原則としてフィックス。初期コンタクト、すべて問題なし』
問題なし?問題が無いなら、いいことだと思った。
少なくともシンジはエヴァとシンクロできる事は確かなのだから。
LCLに揺れる前髪が、視界に映る。思えば、半年も散髪に行っていない。
そんな事はあまりにも些事だったからだ。よく考えれば、こんなに安らかと言うかいろいろな事を考える余裕があるのは久しぶりだった。
何故だ?
『双方向回線開きます。シンクロ率・・・5.6%・・・・?起動限界を大きく下回っている!?これでは・・・・。』
『いえ、しかしこれは・・・!?起動しています!零号機、ハーモニスク正常値、暴走・・・ありません。』
『どういうことなの・・・!?このシンクロ率で起動する筈がないわ!?』
接続が開始される。
エントリープラグが注入された時から感じていた視線を、より一層感じた。
(・・・・これは、まさか零号機の?)
自分が碇シンジに乗り移った魂と言う、より霊的な存在である影響か、今エヴァンゲリオンをより身近に感じられるようだった。
もしかすると、初号機の殺気を感じることが出来たのも、そのせいかも知れない。
零号機は、エントリープラグと"俺"と言う異物にびっくりしている。
いや、より正確に言うと、零号機は俺に興味を持っている・・・ようだ。
俺の方に何かしらの問題があって、シンクロが正常に行われていない気配はあるのだが、
零号機が興味津々でこちらを理解しようとする事でそれが補われているのがわかる。
魂と言うか、精神をまさぐられているようでひどくくすぐったい。勝手にヒトの記憶を読み取っている節すらあった。
ただ、それは多少不快ではあったが、不快であると言う、怒りの感情を向けると驚いて指を引っ込めるように記憶を読むのを止める。
そうなると、何だか悪い事をしているようでなんとなく注意できない。
しかしそこで注意を止めると許可されたと勘違いするのか再び読み始める。
これは由々しき問題であった。
エヴァの挙動は人間的でありながら、人間ではない。まるで巨大な精神を持った無機質な赤子のようだった。
人間を人間として認識していない、知性未満の精神形態を持つ存在。
そんな存在の体内にいるのである。科学の殻に守られているとは言え、これは恐怖であった。
だが正直に言って、こちらを殺しに来る気満々の初号機よりは遥かにマシだ。
記憶を読まれたり、精神を直に弄繰り回されるのは酷く気持ちが悪く、うざったい。
だが良く考えればそれは零号機も同じではなかろうか。
シンジは零号機を一個人として始めて捉えた。
零号機もまた、自在に体を操られている。自分もエヴァを"操縦"するのだ。
これくらいは我慢しないとフェアな関係とは言えないのではないだろうか?
初めて自覚する。初号機には碇ユイが入っている。だが零号機には誰も入っていない。だがだからと言って零号機に意思が無いわけではない。
コイツはロボットじゃない───人造人間だ。
巨大な指にまさぐられているとふとした瞬間に、ぷちっと潰されてしまいかねない不安感を感じる。
ただ、それは巨大な人間に抱きかかえられた猫のようなもので、相手に潰す気がないのなら、あとは信頼関係の問題だ。
自分はまだ零号機を良く知らない。
零号機を知る必要がある。
(・・・動け。)
コクピットに腰掛けながら、操縦桿のようなものを握る。操縦桿からの命令信号に、零号機が従う。
少なくとも、命令に従う意思はある・・・と言うより、シンジと自分の区別が付いていないのだろう。
だから、シンジの命令を自分の意思と勘違いしている節がある。
だが少なくとも、生まれてからこの方"戦闘"に特化して教育されてきたのだ。
エヴァの開発に関わった誰も、教育などと言う事は意識していなかっただろうが、確かにそうなのだ。
敵と戦うこと、人類を護ること。その概念は明確に理解しているのを感じる。
この子の周りには、それしかなかったのだから当然だ。
ただ、敵とは何か。闘うとはどうすればいいか。その知識が足りないのだ。だから、俺はそれを補ってやればいい。
ならば、零号機が自分の記憶に興味を示していることはむしろ都合がいい。
『ど、どうするんですか?シークエンス、続行しますか?』
『 ・・・行くしか、ないわ。 』
『そうね。・・・・発進、準備!』
フルスクリーンの光が強くなる。様々な情報がスクリーンを巡る。
シンジにはそれが何なのか半分も解らなかったが。
≪ 了解、発進準備! ≫
≪ 第一ロックボルト外せ! ≫
≪ 解除確認、アンビリカルブリッジ、移動開始 ≫
≪ 第二ロックボルト外せ ≫
≪ 第一拘束具除去。同じく、第二拘束具を除去 ≫
ロックボルトから開放された、指をくいくいと動かして見る。
いける。零号機はシンジの命令と自分の意思の区別がまだ付いていない。
いや、すべからくエヴァンゲリオンとはそういう操縦の仕方をしているのか。
(・・・なんなんだろう、エヴァって。)
零号機からは欠けた何かを補おうとする、強烈な飢えの感覚を感じる。
ただそれは俺の記憶と精神を弄くる事で多少抑えられているようだった。
いうなれば、今俺の精神は零号機のガラガラでありおしゃぶりであり絵本なのだ。
親、と言い換えてもいい。
巨大な赤子である零号機を宥め透かして戦場に叩き出す外道な親でもあるが。
零号機の飢えとはつまり、コミュニーケーション、意思疎通なのではないだろうか。
直感的だが、そういう思考が浮かぶ。
この場でのこの直感は、あまり的外れではない気がした。
≪ 1番から15番までの安全装置を解除 ≫
≪ 解除確認。現在、零号機の状況はフリー ≫
≪ 内部電源、充電完了 ≫
≪ 外部電源送索、異常なし ≫
『了解、エヴァ零号機、射出口へ』
戦闘機を移動させるように、基地内のリフトがエヴァンゲリオンを運搬する。
警告灯が唸り、シグナルが鳴り続ける。
『進路クリアー、オールグリーン!』
『発進準備完了!』
『了解』
心臓が高鳴る。恐怖か、武者震いか。
それを理解しようとする、興味津々の零号機の巨大な瞳をシンジは感じた。
イメージで言うと、ロード・オブ・ザ・リングに出てくるサウロンの巨大な炎の目玉だ。
正直、怖い。だが、恐ろしいものは同時に根源的な美しさも兼ね備えている。
気持ち悪いではなく、怖い。恐ろしいと感じたその眼。
遥かな深遠の広がる巨大な一つ目は、星の海の如く美しかった。
『エヴァ、発進!』
気がつけば、こちらのほうが零号機に興味津々であることにシンジは気付いた。
無意識に、零号機の精神をより認識しようとしている。それに、零号機が答える形でハーモニスクが強化される。
そうだ。コミュニケーションに飢えていたのはシンジも同じだった。
まるで、鏡合わせだった。深遠を覗き込むものは、既に深遠に飲み込まれている。
シンジは、自分の精神体を弄繰り回す零号機を観察する。なんだろう、ひどく面白い。
そう気付いた。
つづく
いやーいつまでたっても、アンドロイドの方がスランプで書けない上、
原作で新設定が出まくるものですから、もうしばらくコナユキちゃんのほうは無理だと思います。
しかし、いつまでたってもそれではこっちが息が詰まってしまうので、
息抜きで書きまくってた奴を公開してしまうことにします。
何となく、シンジ憑依モノって結構あるのですが、それについての疑問とか異議とか殴り書きしたものです。
初っ端から零号機に乗ってたりおかしいですね、はい。
もう突っ込みどころ満載なのは自覚しているので、どんどん突っ込んでください。糧にさせていただきます。
7/5改定