エステルが釣公師団に仲間入りした夜、フィッシャー男爵以下の面々が新たな使徒の誕生祝いと称してギルドに押し入ってきた。
釣った獲物は稚魚ならリリースし、残りは全て食するが生命に対する供養というのが釣人の哲学。爆釣対決の夥しい釣果を肴に、翌日の朝方近くまで宴会が続行される。
兄妹が目覚めた時には、既に正午過ぎ。二人は大慌てで身支度を整えると、王立競技場(グランアリーナ)へと直行した。
◇
「もう予選の試合の半分は終わっちまったみたいだな」
二階観客席の空席に並んで腰を降ろしたエステルとヨシュアはパンフレットを確認する。
本日は大人の部の予選八試合と幼年の部の決勝以外の六試合が行われることになっている。決勝トーナメントは三日先なのに周囲はほぼ満席状態。このイベントの人気の高さが伺える。
「とはいえ、何で大人の部を団体戦に鞍替えしちまったんだ?」
昨年までは百名以上の参加者をファイナリスト八名に絞り込む為に三日間かけて百試合前後の予選期間を設けたのに、四人一組の人数制限の弊害で僅か十六チームの参加に留まり、今日一日だけで事足りてしまう。
試合数の激減は興業収入の面から見てもマイナス面が多く不可解な点が否めないが、ヨシュアは興味無さげに眠気覚ましに軽く伸びをする。
「その点は正直どうでも良いわ。問題なのは勝ち残ったチームに与えられる褒賞の方よ」
それこそ二人が本戦への出場チームを物色している理由。デュナン公爵の計らいで、二十万ミラの優勝賞金の他にも優勝メンバーはグランセル城の宮中晩餐会に招待される。
会合は五大都市会議も兼ねており、投獄中のダルモア市長を除くエステル達が旅で顔馴染になった市長連中が一堂に会することになる。
「エルナンさんと手持ちの情報を何度も検証したけど、現状で波風を立てずに王城に潜り込む手段は他にないわ。晩餐会にアリシア女王が出席するとは思えないけど、内部に招かれてさえしまえば幾らでも遣りようがある筈だったのだけどね」
エルナンが裏ルートから武術大会の副賞ネタを仕入れて、ヨシュアが大急ぎで参加を申し込みにグランアリアーナを訪ねた時にはタッチの差で応募が打ち切られていた。
締切時刻の規則は勿論のこと、何分団体戦ゆえにトーナメントを組むのに都合が良い十六チームから参加数を動かしたくない事情もあり、追加登録は認められなかった。
「王都に辿り着いて真っ先に受付に駆け込んでいれば、多分間に合っていたよな?」
「そうね。エステルが脇目も振らずにクエストに専念しようとした結果、却って空回りするなんて世の中上手くいかないものね」
私情で余興に手を出した方が道が開けていたとは皮肉な話であるが、まだ敗者復活の可能性は残されている。
個人戦から団体戦へのルール変更があまりに性急すぎた故に、定数を集められなかった者達もエントリーしているので、四人未満のチームにちゃっかり本戦から加えてもらおうという小判鮫作戦。
「午前中の対戦は全て定数に達した者同士だから、そういう意味では寝過ごしても問題なかったわね」
そうこう二人が問答している内にようやく次の試合が始まるようで、放送席からアナウンスが聞こえてきた。
「ご来場の皆様。お昼休みの休憩を挟んで、これより予選の続きを始めます。南、蒼の組。王国軍、国境守備隊所属。ベルン中尉以下4名のチーム。北、紅の組。三カ国による武闘家連合。アインツ選手以下3名のチーム」
南側の門からリベール正規軍の軍服を纏った四人の軍人が登場。逆側の門からカラフルな胴着の三人の武術家が姿を現す。
「衣装の違いからして明らかに流派が別々だし、王都に到着してから仕方無しに徒党を組んだ烏合の衆といった所かしら」
「あまり悪く言うな、ヨシュア。こいつらに勝ってもらわなければ、俺達は次の段階に進めないのだからさ」
「双方、構え。勝負始め!」
ブレイサーの兄妹を含めた満場の観衆の前で、異色の集団戦闘が開始された。
◇
「負けちゃったわね」
「途中までは良い所までいったんだけどな」
HP、STR、DEFなどの各種基礎パラメタやクラフトの豊富さなど、個々の能力では武闘家連合の方が国境守備隊よりも勝っていたが、最終的には練度の違いが勝敗を分けた。
武闘家たちが相互の信頼関係抜きで各々好き勝手に動き回っていたのとは正反対に、守備隊は中尉の号令で互いを援護し合いながら個人の力量差をカバーして持久戦に持ち込んだ。
そうなると一人欠員の頭数の差がじわじわと効いてきた。国境守備隊は相討ちに近い形で二人の戦闘不能者を出したものの、最終的に武闘家連合に勝利する。
「これがパーティーバトルの醍醐味かしらね。個で劣っていたとしても、数の利と集団戦術によって覆すのが可能よ」
両チームの戦闘力を単純に数値化すると。
武闘家連合(アインツ4 マシア4 フレドリック4) 合計12
国境守備隊(ベルン中尉3 ゴーグ2 ミクリア2 バイアン2) 合計9
となり理論上は人数の少ない連合が優勢だが、武闘家達が単純な足し算以上の戦闘数値を引き出せなかったのに対し、守備隊は巧みな連携で乗算に近い計算式(2×2×2×3=24)で戦闘力を上乗せして、キルレシオを逆転させるのに成功した。
「やっぱり、急拵えの寄せ集めが勝ち残れる程、実戦は甘くはないか。しかし、こうなると困ったな」
本戦を盛り上げる為に定数に満たない弱小同士が予選で潰し合うことはないので、残る三戦中に一つは番狂わせを起こしてくれないと全て御破算になる。
「現地点で期待できる下克上のパターンは二つだけね。四人の定員を集めたチームが極端に弱いか、もしくは……」
ヨシュアはそこで一旦言葉を区切り、次の対戦を興味深そうに見つめる。
「続きまして予選第六試合を始めます。南、蒼の組。王国軍、突撃騎兵隊所属。ジェイド中尉以下4名のチーム。北、紅の組。エレボニアとカルバードの路上格闘家。ヴェガ&タカシ選手以下2名のチーム」
またしても王国軍と武闘家との対戦だが、今度は更に人数が減って二人だけ。
突撃騎兵隊が先の国境守備隊に等しい戦力を有しているのなら、勝敗は決したように思われるが、そこでヨシュアが勿体ぶった先の続きを述べる。
「もしくは、少数の側が規格外の戦闘能力を保持している場合よ」
少女の琥珀色の瞳は、真っ赤な軍服に黒マントを纏った軍人然とした割顎男性と白の胴着に赤い籠手を身につけた裸足の鉢巻男のコンビに注がれていた。
「超常破壊攻撃!」 「「「ぐぎゃああ!」」」
「ドラゴンアッパーブロー!」 「ぐあっ!」
軍服男が掌を全面に突き出してドリルのように身体全体を錐揉み回転させながら突進し、三人の兵士を纏めて蹴散らす。更には鉢巻男性の自身が飛び上がる程の強烈な半回転アッバーカットによって、ジェイド中尉は中空高く舞い上がる。指揮官、部下共に一撃で体力の八割以上を持っていかれる。
「ふんっ、脆い奴らめ。これでは本戦前の調整にもならんわ!」
「ヴェガ、弱さは決して罪にあらず。戦士を侮辱するのは止せ」
白目を剥き出しにしたヴェガは半死半生の態で地面を這う王国軍兵士達を虫けらのように見下す。タカシは相棒の非礼を窘めながらも、精悍な顔つきに興醒めの表情を隠せない。
「強え。何者なんだ、こいつら?」
無手で完全武装した倍の数の部隊を圧倒する謎の二人組にエステルは舌を巻く。先に破れた武闘家の戦闘数値が4だとしたら、この二人は単独で10ぐらいは有りそうだ。
「さてね。エレボニア帝国とカルバート共和国出身の路上格闘家(ストリートファイター)とあるけど、この人たちと組めれば優勝も簡単そうね」
かつて所属していた組織の実働部隊に匹敵する二人の力量に内心感嘆しながらも、自分らを助っ人として売り込むのは容易いとヨシュアは多寡をくくる。
彼らにしても本気で頂点を目指すのなら欠員の補充は歓迎するだろうから、足手纒いにならない実力を示した上で賞金を放棄すれば拒む理由はないと皮算用したが、その目論見がたった一人の子供の無垢な疑問によっておじゃんにされてしまう。
「ねえ、ママ。あのおじさん達すごく強いけど、どっちの方がより強いのかな?」
虫の息の突撃騎兵隊に止めを刺そうと近づいた二人は、その一言にピタリと足を止める。凄いスピードで客席最前列にいる幼児の前まで詰め寄ると、自己アピールを始める。
「ふっ、それはこの私に決まっているだろう、少年。たった今、三人もの兵士を瞬殺した手並みを見忘れたか?」
「馬鹿を言うな、どんな世界でも『取り巻きの手下数体<ボス単体』のヒエラルキーに変わりはないから、敵リーダーをぶちのめした俺の方が強いに決まっている」
「ほほう、なら有象無象の雑魚共ではなく、貴様を叩きのめしてやろうか、タカシ?」
「ふんっ、リベールには俺より強い奴に会いに来たが、それは断じてお前如きではないぞ、ヴェガ」
二人の間にバチバチと火花が飛び散る。早くも即席の協調体制に皹か入り、口汚い罵り合いが始まった。
「シリーズが続く度にどんどん弱体化させられて、とうとうラスボスの座から引きずり下ろされ、背景の一部にまで落ちぶれた分際で偉そうな口を叩くな、ヘボ首領」
「ふっ、その完全上位互換のボスキャラの出現で、縛りプレイ専用のマニア御用達キャラに成り下がったへっぽこ主人公に言われたくないわ、ホームレスめが」
「どうやら貴様とは、この場で決着をつけねばならないようだな」
「上等、どちらが上か、ハッキリと白黒つけてやる!」
殺意に目覚めたタカシは赤い波動を覆い、ファイナル化したヴェガは青白い炎のようなオーラに包まる。目の前の瀕死の騎兵隊を無視して互いに構えると、多彩なクラフトを用いて正面からぶつかり合う。
ヴェガは前転するように一回転しながら両足の踵を二段ヒットさせると、間髪入れずに一本背負いでタカシを投げ飛ばす。
タカシも負けじと独楽のようにクルクル回転しながら回し蹴りを連続で叩き込み、組み合わせた両手から闘気のような気弾を撃ち込んでコンボを繋げる。
両者共に、打(パンチ、キック)、極(投げ、関節技)、投(エネルギー波による飛び道具)の全てを高次元で兼ね揃えた総合格闘家で、この死闘は前年度決勝のモルガン将軍戦に勝るとも劣らない。
「何か知らないけど、どっちも凄えぞ!」
「いいぞ、もっとやれー!」
ストリートファイターの仲間割れに観衆は一瞬面食らうものの、昨年まで頻繁に見られた強者同士の派手な一騎討ちに熱狂。瞬く間にグランアリーナは興奮の坩堝に包まれる。
真っ正面から殴り蹴り、取っ組み合ってはぶん投げて、距離が開くと飛び道具を撃ち合って相殺。僅かでも隙を伺えたら連続技のコンボを叩き込む。
無手格闘術のあらゆるエッセンスを凝縮したような一進一退のハイレベルな攻防が数分ほど続いたが、体力が残り僅かとなり雌雄を決するべく互いにSクフラトの態勢に入る。
「これで終わりだ、超常破壊攻撃(サイコクラッシャーアタック)!」
「させるか、昇竜拳(ドラゴンアッパーブロー)!」
全身にオーラを纏って突っ込んできたヴェガの掌低にタカシのぶ厚い胸板がドリルで削られたように抉られるも、渾身の力を篭めたアッパーのカウンターで迎撃する。
タカシの全身が炎に包まれるが、同時にヴェガのケツ顎も粉砕される。相討ちで共に後方に吹き飛ばされ背中から地面に落ちると、両雄ともピクリとも動かなくなった。
「ダブルノックアウトにより、紅の組、突撃騎兵隊の勝ち!」
二人のストリートファイターが担架で運ばれて、漁夫の利を得た騎兵隊が決勝トーナメントに駒を進める。
グランアリーナは満場の拍手に包まれたが、その賞賛は自分達に浴びせられたものでないのは明白なので、コソコソと退場するジェイド中尉以下、王国軍兵士の面々は大層恥ずかしそうだった。
「……なあ、ヨシュア」
「やっぱり武闘家とは、元来不器用で言葉でなく拳でしか解り合えない悲しい生き物なのね。そもそも孤高の飢狼にチームワークを求めるのが無理難題だったようね」
「そういう問題なのか。これは?」
仲違いした要因があまりに大人気なさ過ぎるので、無理やり御為倒しで纏めようとするヨシュアに突っ込みを入れざるを得ない。
いずれにしても、勝ち抜け確実と思われた路上格闘家ペアが内紛で勝手に自滅。計画が振り出しに戻るのを余儀なくされる。