「ヨシュア、お前、この資料はどこで集めてきたんだよ?」
翌朝、目を覚ましたエステルは、ヨシュアから突き付けられた『定期船失踪事件』を纏めた二百ページに及ぶファイルの存在に目を丸くする。
「別にどこだっていいでしょう、エステル。あなたの望み通り、私達もこのクエストに本格的に参入するわよ」
まずはデータの解析作業から始めるよう指示する。ヨシュアが遊撃士の旅に同行している理由はエステルのサポートが主目的だが、かといって別段、甘やかすつもりは毛頭ない。
正遊撃士になるには戦闘以外にも身につけねばならないスキルが山程あり、その一環として調査区域をエステル自身に選定させるつもりだ。
ファイルをペラペラと捲りながら、普段使わない脳味噌をフル可動させたエステルは、「うーん」と唸りながら、プスプスと頭から煙を立ち上らせている。
この三日間でヨシュアがコツコツと作成したクリアファイルには、八人の正遊撃士が調査した二百の情報がページ単位で記されている。
内訳は
A:事件で手掛かりを得られそうな有力な情報:10件
B:今回のクエストで有益な情報:20件
C:他の情報と照らし合わせることで無価値と判るネタ:70件
D:今回のクエストでは役に立たない情報:60件
E:全く無意味なゴシップネタ:40件
となっているが、エステルの判断力を見極める為、ランク付けはヨシュアの脳内のみ。紙面には一切書き記されていない。
(いきなりAは無理としても、Bの情報ぐらいは自力で気がついてもらわないと困る。けど、今のエステルの対処能力じゃ、Cの引っかけ問題に嵌まってしまうかも。もし、Dの情報をピックアップしたら蹴飛ばしてやろう。まず有り得ないけど、本気でEに手を出したら、遊撃士そのものを諦めさせ……)
「ヨシュア、ラヴェンダ村に行こうぜ」
色々と皮算用している最中。二時間掛けてファイルを読み終え、一通り内容を検証したエステルはそう宣言し、ヨシュアは自分の耳を疑った。
エステルが指し示したページNO.089は、Aランクの中でも最も優先順位が高い特別な情報。カシウスと同じ非公式Sランクと称しても差し支えない。
「エステル、どうして、この場所が怪しいと睨んだの?」
内心の動揺を押し隠し、ポーカーフェイスを維持しながら尋ねる。エステルは再び「うーん」と唸りながら、沈黙する。チェイスに至った経緯を、上手く理屈で説明できないらしい。
(これだから本能で生きている原始人は侮れないわね)
少女が膨大な思考と計算による何千通りものシミュレートの果てに、ようやく導き出した結論に、野生じみた直感による一点読みで辿り着いてしまう。合理主義者としては理不尽さを嘆きたいところだが、このエステルの天性のカンの良さは遊撃士としての強みとなる可能性がある。
いずれにしても珍しく兄妹の見解が一致した。お調子者のエステルを図に乗せない為に、「駄目元で尋ねてみましょう」と内心の思惑をひた隠しながら、急いで身支度を整えてフリーデンホテルを出発した。
◇
「ヨシュアくぅーん。僕との一夜は、遊びだったのかい?」
ホテルを飛び出した途端、洒落た白い燕尾服を着た男性が突進してくる。ヨシュアは反射的に一本背負いで、背中から地面に叩きつける。
「ふうー、相変わらす君の愛情表現はエキセントリックだね。けど、そんな意地悪で小悪魔的な君も素敵だ、マイエンジェル」
ズシンと鈍い音がしたが、金髪の青年は堪えた様子がない。ぱんぱんと背中についた塵を叩きながら立ち上がり、キラリと白い歯を光らせる。こうしてみると中々の美男子で、色恋沙汰に免疫のない乙女なら心時めかしたかもしれないが、百戦錬磨のヨシュアは恒例のジト目で、「脳天から叩き落とすべきだったわね」と手加減を後悔する。
「なんだ、ヨシュア。男漁りにしくじって、とうとう火傷したのか?」
「そんな筈ないでしょう、エステル」
プレイガール振りを揶揄され、ムキになって否定する。
「後腐れがないよう、外国からの旅行者だけを見繕って貢がせたわよ。この人はオリビエさんといって、アンテローゼ専属のピアニストよ。粉掛けたつもりはないのにバイトを辞めて以来、何故かしつこく付きまとってくるのよ」
異性に対する節操の無さを咎められ傷ついた訳でなく、鴨の管理能力の低さを疑われたのが心外だった模様。色んな意味で呆れて、次の言葉が出てこない。
「ふっ、外国からの旅行者という意味では、僕も一緒なんだけどね」
「生憎とミラを持ち合わせていない貧乏人に用はないの」
満面の笑顔でそう宣撫し、オリビエの存在意義を真っ向から否定する。
「ところで、その栗色の髪に背中に背負った物干し竿。ヨシュア君の義弟のエステル・ブライト君だね?」
都合の悪いお言葉は、全て脳内から消去されたようで、優雅なステップを踏んでエステルの方に向き直る。ナイアルに続いてオリビエまでエステルを弟分扱いしており、ブライト姉弟化計画を押し進めるヨシュアの涙ぐましい努力は、ボースの地で着々と実を結んでいる。
「さっき、ヨシュア君が僕の名を口ずさんでくれたが、改めて自己紹介しよう。僕はオリビエ・レンハイム。漂白の詩人にして、稀代のミュージシャン。その僕の天才的なピアノの演奏を、さらなる上位のステージに昇華させてくれた天使のような歌声と共演した時、僕は確信した。彼女は僕の生涯のパートナー、つまりは花嫁になると。だからエステル君、君とも近い将来、家族となるわけだ。そんなわけだ、マイブラザー。僕のことをお義兄ちゃんと呼んでおくれ……って、アレ?」
長々とした己の演説に自己陶酔している間に、ブライト兄妹は忽然と姿を消しており、十歳前後のカップル(ハリー&ミーナ)が「何あれ?」「振られたのよ」と雑談している。
「ふっ、相変わらず、照れ屋さんだな、僕のヨシュア君は」
軽く髪をかき上げ、キラキラと乙女コスモを輝かせながら、流し目する。
一人でポーズを決めても虚しいだけだと思われるが、ナルシストの彼には関係ない。ホテルの窓ガラスを鏡代わりに、自分の美顔は正面と横顔のどちらの方が映えるのかという解答不能な難題に、その場で三十分も悩み続けた。
◇
「着いたわね」
オリビエとの邂逅をなかった事にした兄妹は、西ボース街道からラヴェンヌ山道を登って、既に廃坑となったラヴェンヌ鉱山へと辿り着く。
山道途上のラヴェンヌ村は、地理的要因から百日戦役で多くの犠牲者を出した村。
被災地を尋ねた礼儀として、二人はきちんと村長に挨拶する。共同墓地へのお参りをした上で、件の目撃者の少年のルゥイから事情徴収をこなしてきた。
「高い洞察力が、反って仇になったわね」
かつてルゥイ坊やの証言に基づき、この場所に辿り着いた遊撃士は、ここで調査を断念したが、その判断自体は特に間違ってはいない。廃坑の入り口は、頑丈な鎖と南京錠で封鎖されている。錆び具合から推測して数年は開錠された形跡はなく、従って盗賊達が最近出入りしている可能性もゼロ。
(それでも何かあるとしたら、物理的にはもうここしか残ってないのよね)
八人の正遊撃士の調査資料を網羅し、ボース地方全域を俯瞰で立体的に認識しているヨシュアは、徒歩で捜索可能な見落とし場所は、この廃坑の内部のみなのを割り出している。これが外れなら、後は飛行艇を調達して、空から人の入れぬ険山を探索するしか道がない。
「ヨシュア、今からこの扉をぶっ壊すから、そこをどいてろ」
物騒な提案をしながら、どっしりと物干し竿を構えて、『捻糸棍』の態勢を維持する。エステルの破壊力なら可能だろうが、後々面倒なことになりそうだ。
「一応聞くけど、どうして内部を調査しようと思ったわけ?」
「扉があるんだから、壊してでも先に進むのは当たり前だろ? 早く俺達であの子の話が夢じゃないって証明してやろうぜ」
『無知は究極の知恵に通じる』という古代の哲学があるが、もしかしたら理屈抜きに真理に到達するエステルのことを指すのかもしれない。
不思議そうに尋ねる脳筋兄貴の姿にそう天を仰ぎながらも、要領よく村長から前借りしていた廃坑の鍵を見せ軽挙を押し止めた。
◇
「私の計算とあなたの勘は正しく報われたみたいね」
内部は岩山の外の谷間へと繋がっている。射し込む日の光に誘われて、廃坑の外に出る。定期船リンデ号の前でロレントに出没した空賊艇が何らかの作業に取り組んでいた。
どうやらここは露天掘りをしていた谷間のようだ。軍の警備飛行艇でのランダム哨戒では、発見は困難。
「あっ、あいつは?」
見間違えよう筈もない。ロレントで結晶を巡って対立したジョゼットがカプア一家のメンバーに指示し、リンデ号から食料品などの荷物を空賊艇に運び込んでいる。
「ジョゼットの野郎。あいつらがリンデ号をハイジャックした犯人だったのか」
「エステル?」
相変わらず独断専行癖が抜け切れないエステルは、特に前回の教訓を活かすでなく、ヨシュアの制止を振り切り突撃した。
「お前は、あの時の脳筋遊撃士?」
「久しぶりだな、盗賊の糞ガキ。あん時は随分と世話になったな。お前ら、チンケなコソ泥だと多寡をくくっていたけど、飛行船のハイジャックとは随分と大それた真似してくれんじゃないか」
「ええっ、それに関しては私も少なからず驚いているわ」
「ヨシュア」
青天の霹靂そのもののエステルの出現に続き、ヨシュアまでもがセットで加わり、ジョゼット達は混乱する。
「私の名前を覚えていてくれて光栄だけど、正直、あなたにはガッカリしたわ。まだ遣り直しが効くかと思ったけど、見込み違いだったかしら?」
今すぐ武力解決を図ろうとするエステルを制すると、空賊達と対話する。ジョゼットも刃先を向けて殺気だったメンバーを押し止める。
「失望したって、そりゃ、お門違いでしょ? 僕達はアウトローなんだよ。強盗、誘拐、殺人何でもお手の物」
「リベール王家との交渉が決裂したら、百人を超える乗客を皆殺しにするつもり? 十八人の女性、二十三人の子供、九人のお年寄り、二人の赤ん坊を含めて」
強がりで悪者ぶる空賊ボーイに、カプア一家の行った所業の本質を叩きつけ、ジョゼットの表情がみるみると青ざめる。人質の過半が、女、子供、年寄りという乗客名簿から得たリアルな数値は、今までジョゼットが目を背けていた現実に否応なく向き合わせる力がある。この時にはエステルにも、少年の本質が情け知らずの悪党とは程遠いのを悟らざるを得なかった。
「ちょっと、あまり家の末っ子を苛めないでくれるかしら?」
突如、上座から声がかかり、反射的に見上げる。ジョゼットと似た面影を持つ若い女性が、空賊艇の頂上出入り口から例の導力砲の照準をエステル達に向けている。
彼女の名はキール。ジョゼットの実姉で、カプア一家の副長を務めている。
「よっしゃあ、姐さん。この生意気なガキどもを、とっちめやしょう」
キールの介入に、ヨシュアの恫喝に飲まれて、意気消沈していた一家のメンバーが再び活気づく。ミストヴルドの森で遣り合った時よりも、手勢は倍以上で導力砲の助けもある。
いくらエステルが化物じみた強さを誇るとはいえ、実質一人では勝敗の帰趨は明らか。ライルらは意気込むが、キールは部下達が戦力外と見做した口の達者な黒髪の小娘を一瞥すると、何故か導力砲の照準を折り畳んで武装解除した。
「姐さん、どうして?」
「勝ち目のない戦は止めておきましょう。多分、そっちの娘はその坊やよりも強いわよ」
その言葉に盗賊達よりも兄妹の方が驚愕する。初見でいきなりヨシュアの潜在能力を見破った者など、ほとんど前例がない。
「姐さん、それは買い被り過ぎですぜ。そりゃロレントでは不覚を取りやしたが、ありゃ油断していたからで。坊ちゃんみたいなガンナーならともかく、あんなオモチャみたいな短剣を振り回した所で、何の脅威になるのですかい?」
「根拠なんて何もないわよ。強いて言うのなら女の勘ね。けど、ヤバイと感じた時のあたしの直感が狂っていたことが、一度でもあったかしら?」
そう断言され皆沈黙する。実際、カプア一家の行動指針は、剛愎な頭領のドルンよりも、冷静沈着な副長のキールに支えられている。修羅場での彼女の第六感が一家の窮地を救ったのは、一度や二度ではない。
(厄介ね)
キールの存在そのものに、ヨシュアは率直に危機感を覚える。
細身の身体、嘘つきの手、敢えて隙だらけを装った風体。
理知的で観察力の高い者ほどヨシュアの術中に嵌まり、実力を読み違え易いのだが、単なる直感で強さを見当てられては、上記の擬態は何ら意味を持たず対処のしようがない。
エステルもそうだか、勘だけで真実を見極める人間は、少女にとって天敵そのものだ。
「前回、この子が盗んだ結晶は、何時の間にか奪い返されていたみたいね。というわけで、この場もまた痛み分けという形で手を打たない?」
そんなヨシュアの警戒心を露知らず、煙草に火をつけて一服したキールは、二人に手打ちを持ちかける。
「信じてもらえないだろうけど、今回の誘拐劇は私たちも本位じゃないのよ。だからリンデ号は中にいる人質ごとこの場に残して、私らはワイルドキャット号でこの場を去らしてもらう。どう悪くない取引でしょ?」
キールの懐柔案に、ある事情からジョゼット達は眉を顰め、エステルの心はぐらついた。
遊撃士として盗賊相手に妥協するなど論外だが、最優先すべきは民間人の安全確保。
ジョゼットの奥の手は既に晒されているし、対集団戦闘の権化のヨシュアが一緒なら、この数相手でも負ける気はしないが、リスクを冒さずに人質を救える手段があるのなら、まずはそちらを選択すべきではないか?
「それは、取引になっていないわね。だって、リンデ号の中には、人質は一人も残っていないんでしょ?」
そんなエステルの心の迷いを断ち切るが如く、キールの甘言を突っぱねる。
既にハイジャック事件が起きて二十日を数えるが、これだけの長期間、百人以上の乗客の食い扶持を維持するには相当量の食料が必要。故にここ最近の彼らの盗みは、全て飲食物関連に限定されている。
もし、リンデ号の中に丸々人質が取り残されているのなら、貴重な食料品を態々船外に運び出したりしない筈。その推理の正鵠さはジョゼット達カプア一家の後ろめたそうな表情が顕著に物語っていた。
「あらあら、その娘が厄介なのは戦闘能力よりも、むしろ頭の切れ具合の方みたいね。そちらの腕力だけが取り柄そうな坊やと違ってね」
根が正直者な地上のジョゼット達と異なり、艇上のキールは特に悪びれずに、煙草で煙のわっかを吹かす。人質騒動でジョゼットを見逃したロレントでの選択は、どうやら正解だったのをヨシュアは悟り、キールの人を舐めきった態度にエステルは沸騰する。
「このクソババア、騙そうとしやがったな?」
「婆って何よ? あたしはまだ二十三歳よ。どうやら交渉は決裂ね、かくなる上は」
「実力行使か? 上等だ、受けて立つぜ」
物干し竿を構える。柄にもない懐柔案などに流されずに、最初からこうやって大暴れすれば良かったと軽く後悔したが、キールが選んだのは戦闘ではない。
発煙筒が地面に放り投げられる。この辺り一帯をスモックで被い尽くし、二人の視界を奪う。
「ごほっ、ゲホゲホ。何だ、これは? 目に染みる」
「三十六計逃げるにしかずってね、バイバーイ。あっ、そうそう、老母心ながら、あなた達もサッサとこの場を離れた方が良いわよ。でないと……」
キールが何か忠告しようとしていたが、距離に阻まれて、最後まで聞き取ることが出来ない。煙幕が風に流される。咳き込んだエステルの視界が開けると、一家全員を収容した空賊艇は空の遥か彼方に消えていた。
「なるほど、あの一致団結した逃げ足の速さがあるから、大した戦闘集団でもないカプア一家に今まで逮捕者が一人も出なかったわけね」
服や顔に煙を吸い込んで、土人のように真っ黒になったエステルと異なり、ちゃっかり風上に避難し奇麗な身体を保ったヨシュアが分析する。
「さてと、リンデ号の中を調べましょう、エステル。人質はいなくても、何か手掛かりが残されている可能性は十分にあるわ」
エステルが口を開くよりも先に、建前の口上を並べながら船内に駆け足で逃げていく。エステルはタオルで顔を拭って、気持ちを落ち着ける。
シンガーは咽喉の声帯は生命線なので、ヨシュアのチョイスを責められないが、単に服と肌が汚れるのを嫌っただけという見方も出来なくはない。
背後からガバッと抱きつき、あの汚れを知らぬ白い肢体を煤で真っ黒に染め上げたいという腹いせの欲望を必死で抑え込みながら、ヨシュアの跡を追った。
◇
一通り船内を捜索してみたが、当然中に人質はおらず。船底の倉庫に僅かに盗賊達が運び損ねた積み荷が残っているだけ。
いくつか推測できることはあるが、どのみち徒歩での捜索はここまでが限界である。この定期船の存在は軍に伝えないわけにはいかないだろうし、警備飛行艇を保持する王国軍の協力を仰ぐことで方針は定まったのだが。
「どうした、ヨシュア?」
一階の出口に向かおうとした刹那、ヨシュアはタラリと一筋の汗を流して、その場にフリーズした。
「そう、あのキールとかいう女性の捨て台詞は、そういう意味だったのね」
何やらヨシュアが思わせぶりな発言をし、エステルは苛立ちを隠せなくなる。
「またお利口さん特有の韜晦かよ? きちんと説明してくれれば、俺だって本質を理解できるのだから、面倒臭がらずに何に気づいたのか教えてくれよ」
「今回ばかりは私が解説するよりも、実体験した方が早いと思う。ごめんなさい、エステル」
両手を合わせて謝罪しながら、それだけを告げると、その場所から忍者のように一瞬で姿を消した。
「一体、何なんだ、あいつは? こんな緊急時にかくれんぼか?」
だとしたら、エステルはおろかカシウスでさえも探し出すのは不可能。船内からヨシュアの気配が完全に途絶えたので、仕方なしに一人で定期船の外に出る。
◇
「動くな、空賊の一味め! 武器を捨てて投降しろ!」
ヨシュアの指摘通り、エステルは一発で現状を把握した。
リンデ号は多数の王国軍の兵士に取り囲まれており、四方八方から二桁を超える導力銃の照準がエステルをロックオンしている。
「はっはっはっ。ヨシュアの奴は、これを見越していたというわけか」
愚兄を見捨てて一人でトンズラかました賢妹の麗しい選択に、乾いた笑いしか出てこない。
常にエステルに貧乏籤を押しつけるヨシュアのズル賢さに関し悟りの境地に達しているつもりだったが、こいつは笑って済ませられる限度を超越している。
駄目元で遊撃士の紋章を見せて身の潔白を訴えようとしたが、案の定、この場の最高責任者の遊撃士嫌いのモルガン将軍には何の効果もない。エステルは事件の重要参考人として王国軍にしょっぴかれ、事態は風雲急を告げる。