『あの女いったい、何でできているんだ!?』 JASRAの某女史に対する一般的な関係者の評価。秘匿呼称、Be extremely larger k arrangement. (BELKA)。数的飽和限界を超えた、敵地上部隊の大規模侵攻に対する一つの行着く末。一つの解答としてJASRAがNATO軍の対WTOドクトリンを応用し紅旗作戦以来の実戦教訓を加味して提案した其れ。『パレオロゴス』作戦が、万が一にも失敗した場合における予備案。それも、NATO軍参謀本部どころか合衆国統合参謀本部ですら知らされていない究極の予備案。僅かにSACとNROにのみ持ち込まれ、大紛糾の末に辛うじて僅差で認められたパンドラの希望。想定ケースは三通り。K<1待機フェイズK=1予備フェイズK>1起動フェイズちょっとした物理学の話だ。面白いだろう?と戯れに命名した張本人がSACの専門家らに笑って例えた程度の簡単な暗喩。そして、デグレチャフ次官補の予想通りに事態は展開する。ハイヴ突入部隊全滅並びに掃討したはずのBETA群の突発的な出現。それに伴う全主戦線におけるBETA大規模反攻と、戦線の完全な崩壊。指揮系統の混乱と紛糾により、事態が収拾できなくなるほどに混迷化しつつある状況。此処に至り、JASRAはその権能に従い想定ケースK=1を宣言。あのルナリアンが。パレオロゴスに大反対した月面帰りが。万が一に備えて用意した対処計画。封緘命令の開封を宣告されたNATO軍司令部並びに、統合参謀本部の参謀らが震える手で希望と恐怖を覚えながら開封した作戦案。彼らは、その時の衝撃を忘れないだろう。『平和的』な科学の力でもって『人類に敵対的な地球外起源種』に対する『防衛的』陣地急造計画。言わんとするところ、すなわち構築されるべき陣地に関する限り計画は極めて真っ当だ。ヨーロッパ中心部の防衛にはミンスクより大凡140キロ西方のバラーナヴィチを最前線と設定。以降、ワルシャワまでの大凡400キロを縦深とする遠大な縦深防衛方針。同時に、北欧防衛のために白海・バルト運河の活用を提言。そのために、大規模地上戦力で飽和的に進撃してくるBETA種の進撃速度を低下させるために泥濘地を複数構築。同時に、BETAが渡河前に進撃が鈍る習性に注目し大規模な水城を複数個所に用意。BETA前衛集団の足を止めると同時に砲兵による集中射撃でBETA種の前進を阻止。同時に、彼我の戦力差を考慮し部分的に火線を集中しやすいように地形を弄るという防衛陣地構想。其ればかりか、兵站線への負担と防衛拠点維持の難易度を考慮し整備性にすら配慮するという計画。加えて、混乱しつつある情勢下にもかかわらず計画は『迅速かつ一瞬』で達成されうるように労力の最小化まで考慮された実践的な計画。必要とあれば、いつでも実践できるだろう。投じる労力と、コストは極小化され、わずかな時間さえ確保されれば瞬時に防衛陣地構築が実現するという計画。それ故に、思わず誰もが魅力を感じつつもたった一つの項目故に忌避せざるをえなかった。当たり前だが、人類に敵前でのんきに土木工事する時間的猶予が乏しい状況下での運河並びに泥濘地構築には時間がかけられない。それ故に、JASRAは単純明快に時間を克服するためにほかの要素をバッサリと斬り捨て発破による構築を提言。発破に際しては、過去に行われた『プロウシェア計画』でのネバダにおける実験と、『チャリオット作戦』の基本的構造を流用。発令され次第、バルト海からバラーナヴィチ(乃至は予備計画としてブレスト)を起点にドニエプル川まで至る大規模な水城を構築する計画。早い話が、核の平和的な利用というわけである。これならば、光線級による迎撃を案ずる必要はない。なにしろ、核を空中から撃ちこむのではなく進撃してくるBETAに核地雷を直撃させるようなものだからだ。極端な話、空っぽの欧州に進撃してくるBETA先鋒集団を核地雷で殲滅しつつ後続を足止めする一石二鳥の防衛計画。ターニャにしてみれば、G弾と異なり大規模な地軸異常や重力偏向も発生しないという地球環境に配慮までできる計画だ。極端な話、ユーラシアを沈めてなおBETA種と死闘するよりははるかにエコかつ経済的な土木計画ではある。つまり、土木ユニット相手に人類の英知を傾けた土木計画の真髄を見せてやるというところもターニャの気を良くするもの。とはいえ、すべて比較対象の問題だ。都市部を含む人口密集地帯も一切人口密度を考慮せず、単純に運河浚渫の効率のみを考慮して地図上に無造作に並べられた発破ライン。ふりまかれる放射線量や、被ばく地域の面積を考慮すれば欧州全域どころかアフリカまでもが深刻な放射線の影響に直面することだろう。これらの損害を許容しえるだろうか?早い話が、お前の国土は防衛に適していないから、核で吹き飛ばすぞという計画なのだ。こんな狂気を許容しうるのは元より、失陥する可能性が濃厚であるとして落ちるよりはましだろうと考える人間ぐらい。当然、示唆されたBELKA計画に対しNATO軍どころか身内の米軍統合参謀本部までもが一斉に大反対。身内の統合参謀本部ですら、ここまで反対する代物。起爆される東欧諸国に至っては、聞くまでもないだろう。実際、尋ねることによって引き起こされる外交的なインパクトを統合参謀本部が危惧するほどだ。極々内々に打診されたレベルの時点で、同計画は陽の目を見ることなく頓挫。実戦部隊並びに米軍主流の反対によって握りつぶされることとなる。K>1への移行は、統合参謀本部の激烈なまでの反対により頓挫。だが、極端なことを言うならばその時点で彼らは対応策を喪失することにもなる。いうなれば、誰もが対応策を持ちえていないのだ。ある程度の攻略失敗は、ケース想定の一環で対応策が備えられてはいる。だが、そのいずれの場合もここまでの全面的な大崩壊を想定しえなかった。パレオロゴス作戦の頓挫と、大規模なBETA群の反抗。僅か数日ですり潰されていくWTOとNATOに、辛うじて防衛されていたソ連邦各都市の失陥。此れだけのBETA群が向かえば、ユーラシア中央主戦線の破綻すら時間の問題といえるほどの敵規模。皮肉なことに、この時点においてBELKA計画の有効性を最も初めに認める素地があったのはソ連だということだろう。彼らにしてみれば、牽制目的程度にでもBETAに圧力をと思い発動したのがパレオロゴス。よもや、圧迫しBETAを摩耗させるどころか、BETAを牽制すらできないまでに欧州が崩れる可能性を遅まきながらも理解。なにしろ、出現が確認されたBETA群はその数だけでユーラシア主戦線へ致命的な影響を与えかねないもの。ソ連は善良な隣人ではないが、同時に厄介者を引き受ける隣人が全滅しかけた末に矢面で苦戦した独ソ戦の記憶も持ち合わせている。早い話が、ヨーロッパ防衛の必要を彼らの負担にならない範疇で支持するだけの動機が彼らにはあった。WTO軍を指揮するソ連は、実際核を使っての焦土作戦も紅旗作戦以来経験し尽くしている。ある意味で、核を使うことの禁忌観が対BETA戦で摩耗しきっているソ連ならば合理的な計画だとBELKA計画を熱烈に支持すらしただろう。だが、外交的配慮によってBELKA計画はソ連どころか大半の西側同盟諸国に打診されることすらなく握りつぶされた。そして、誰もが頭を抱えたことに戦線は殆ど破局寸前であり遊撃戦や機動防御の見込みも乏しいといわざるを得ない情勢。当たり前だが、BETAは活動時間を除けば兵站概念とは無縁。加えて、WTOとNATOという異質な二つの軍を束ねて緊密な連携を保ちつつ運用など不可能な話。故に、考えるまでもなく破綻を誰もが理解しえる情勢だ。この状況を、東部戦線が絶望的な地獄ではなく煉獄に留まるよう救ったのはJASRAによる大規模陽動作戦。BELKA計画の起動フェイズ移行が棄却された時点で、JASRAは代替予備計画を提案。第二・第三計画で収集されたBETAのデータをもとに、大規模高度演算処理施設を有するJASRAの仮設拠点を囮に設定。此処にBETA群を意図的に誘引することで、WTO・NATO各軍の撤退を支援するとともに誘引したBETA群を戦術核地雷で殲滅。その後、遅滞戦闘に努めつつ主軍撤退と同時に拠点を放棄するという本計画は統合参謀本部並びにNATO軍参謀本部に高く評価される。まして、先のBELKA計画に比較すれば穏当かつ有意義な対処法と評価された代替予備計画。JASRAは被害担任部署たることを強いられるものの、それ以外の残存部隊を撤退させられると見たNATO軍司令部は本計画が提出され、僅か17時間で採用するに至る。かくして、百戦錬磨の敗残指揮官はいつものごとく負ける戦争へ赴く。公式には、月面以来の敗残レコード。主観では、数多繰り返してきた敗戦処理。だからこそ、誰よりも卓越した敗北の経験者としてデグレチャフという一個の演算装置は事態に適応しうる。大敗北だろうと、大崩壊だろうと、所詮はその程度なのだ。混乱というのは、恐怖が生み出す狂騒だ。組織と統制の崩壊、戦場での誤認と誤解が生みだす馬鹿げた自壊。早い話、混戦状態においては統制を保った一軍でもって容易にそれを解きほぐしうる。なればこそ、遺憾ながらも失敗すると知り尽くしているパレオロゴス作戦のためにわざわざ本国から出張ってきているのだ。全滅確定の連中を、わずかとはいえ救ってやることで欧州失陥を阻止するという余り可能性の高くないリターンを期待して。最悪、ダメでも時間稼ぎくらいにはなるだろうとそろばんを弾いていることは言うまでもないだろうが。「諸君、カストーからのお達しだ。大規模陽動実験を開始する。」故にターニャはダメもとで希望したBELKA計画が棄却されるも、代替予備計画が採択された時点で既に満足していた。パレオロゴス作戦失敗後の、圧倒的なまでのBETA支配領域拡張は基本的に人類側の無策が主要な原因。つまるところ、主戦力を無謀なハイヴ攻略作戦とそれまでの準備攻勢ですり減らした挙句になんら反攻に対応できずに壊滅させられたことにある。逆に言えば、混乱しきっている指揮系統すら異なるWTO・NATO両軍とは別のアプローチで時間が稼げれば勝手に持ち直すだろう。そして、その視点はカストーとワルシャワの両軍司令部にも共通した見解だ。なればこそ、カストーの欧州連合軍最高司令部は早々にターニャの提言を良しとした。調整はブルッセルが血相を変えてワルシャワと開始している模様。故に、ターニャの仕事は戦術指揮官として単純なものとなる。「向こうは撃っても撃っても増えて、味方は減る一方。」戦局は、単純に言って数の暴力に友軍がなぶられているというものだけだ。他に形容し様にも、混乱しきっている前線の状態はせいぜい虐殺されているか嬲り殺しにあっているかの違いぐらいだろう。だから、全体で少し助けられればいいや程度の任務だ。「現状はどこをどう控えめに見積もっても地獄そのもの。」言葉を選ばずに言うならば、パレオロゴスは地獄の門へ一通の片道だったという事。大変面倒ではあるがだが、それを往復の道へ部分的にでも改良することこそが求められているといえるだろう。そして、誠に遺憾なことにターニャは帰還のために灯を掲げることが可能な立場にある。盛大なパーティーで自滅した連中をおうちに連れ帰り、後始末するだけして逃げ帰るのだ。これほど不愉快な立場というのは、ちょっと見当たらないが仕事である以上給料分は仕事をしなければならない。「デグレチャフ局長、それはつまり・・・」「つまり我々こそが、この負け戦にあって戦線を単独で支える英雄となるわけだよ。」勝利条件は、陽動の成功。後は、せいぜい盛大な囮としての演算装置もろともBETAをお月様へ届けとばかりに戦術核で吹っ飛ばせばよい。幸いにも、戦術核ばかりか砲兵と機甲部隊に戦術機の歓迎委員会も手配済み。そして、ターニャにしてみればここしばらく最前線での激闘を他所に陣地構築に励んでいたというサラリーシーフの汚名を返上したい頃合いだ。「楽しいぞ諸君。諸君らにとっても軍人としてこれ以上の名誉はなかろう?」そして、誰よりも高く評価されるだろうという成算もある。戦略的に見た場合、欧州失陥を阻止しえるか、阻止しえずとも遅らせる効能は意義ある作戦といえるだろう。政略面では、発言力の大幅な強化と欧州連合方面に多大な恩を売りつけることが見込める。戦術的に見た場合、拠点防衛ドクトリンと陽動検証実験の二つも済ませることが可能だ。此処に持ち込んだ各種設備や機器は廃棄せざるを得ないが代金はNATOと国連持ち。自分の懐は痛まないうえに、すり潰すのは子飼いでもなんでもない通常の正規軍。特に、自派にとっても損耗がない以上躊躇する理由はない。故に、ターニャは勇猛無比な表情でいかにもうれしげに笑って見せる。しかし分かってはいるが、足りなかった。大規模陽動実験という名目の、BETA群追撃集団誘引による主軍撤退支援作戦。有事のために持ち込んだ指揮管制設備は、国連の予算に合衆国の機密費をぶち込んだ高級品。据え置きの戦術情報処理装置に至ってはNATO軍の予備施設を一つ解体して設置した代物。本来ならば、方面軍程度ならば容易に管制できる連隊程度には過ぎたブツ。だが、水準からすれば規格外のそれをもってしても前線の状況は混沌とするばかりで把握為し得ない。陽動し、友軍に絡んでいるBETAを剥がそうにもBETA主力の所在すら混沌としている。足りないのだ。単純に、処理能力が足りないのだ。無理もない。C4Iを知っている人間からすれば現行のデータリンクはお粗末すぎる。BETAによる電子戦が行われておらず、有線で後方の司令部との通信も確立されているはずの前線。これほど当たり前の指揮統制条件が成立しているにもかかわらず、単純にBETAが多すぎた。だから、彼らは蹂躙される。単純に、BETAが多すぎるのだ。指揮統制におけるデータリンクの有用性はいまだ黎明期。辛うじて、戦術機に空軍のリンク11系列のデータリンクのひな形が搭載されている程度。言い換えれば、ほとんど闇夜で手探りをしながら戦闘指揮を行うようなものだろう。データリンクひとつとっても、人類はいまだBETAの規模と飽和攻勢に対処しうる体制を整えられていない。そして、ただでさえ制約の多い状況下にあってWTOとNATOは装備も指揮系統もドクトリンも異なる。足りないのだ。人類は、未だ碌に連携すら為し得ていない。横の繋がりすら、人類には足りていないのだ。「はぁ、分かってはいたが此処までとはなぁ。」前線と司令部のやり取りは混沌そのもの。何より指揮系統崩壊しつつある前線部隊の混迷具合は後方では到底掌握しきれないほどだ。既に組織的抵抗が瓦解した連合部隊は各国別にばらばらに行動している模様。そんなことは、最初から覚悟していたとはいえ敵情理解に手間取るのは遺憾だった。それすらましな部類で、派遣した戦術機甲部隊の大半は各分隊ごとに任意に戦闘を行わざるを得ない混戦。釣り出すことにこそ成功しているとはいえ、BETAの中核集団を誘引できているかどうか把握できていない。加えて戦術も糞もない混戦であり、人類にとって圧倒的劣勢を強いられる単純な消耗戦に陥っている。電信が戦場の霧を祓って以来、統制が保たれることは軍にとって最低限の前提。なればこそ、分散進撃や機動戦に火力支援といった連携を必要とする軍事行動が採用できる。統制のとれない部隊など、確固撃破の対象でしかない。辛うじて、辛うじてJASRA指揮下こそ統制は保てている。だが、逆に言えばそれだけだ。陽動を効果的に実現させしめるために連携など、大よそ望みえない大混乱。引き連れたと思った瞬間、逃げ遅れた部隊にBETAが気をひかれるなどたびたび。あまつさえ、発砲したりしなかったりと友軍各隊がてんでバラバラの対応を行うために状況が刻一刻と変化。それら状況を後方の指揮官として俯瞰する視点で対処するターニャは頭を抱える余裕があった。足りないのだ。時間も、戦力も、組織も、命令系統も、何もかもが。クソッタレの大反抗作戦だ。立案した糞袋のようなコミーとコミーかぶれの参謀どもに災いあれ!データリンクといったところで、把握できる前線の状況はたかがしている。どこに、どの部隊が、どの程度存在するかも現状では碌に把握しきれていない。そんな状況下、マトモな指揮系統すら存在しなのだ。組織的な抵抗は期待するだけ、時間を無為に使う幻想だろう。だから、組織的な抵抗が崩壊したという前提のもとでBETAの中核を誘引撃滅する要撃作戦じみた大規模陽動作戦を提案している。しかしながら、実際のところ油断していたといわざるを得ない部分をターニャは認めるしかなかった。なにしろ、先ほどから中継している混乱した罵声の投げ合いは耳にするだけで戦意と義務感が損なわれること甚だしい。とはいえここで戦意喪失すれば、そう遠くもない未来にBETAのディナーになることが確定する。狩られる獲物になるよりは、まだしも狩人になる方を選ぶべきだろう。故に、ターニャは大規模陽動の邪魔になる友軍部隊の救援を完全に放置。単純に、しかし明瞭にBETAにとって自分たちの脅威が増大するように損耗率と砲弾備蓄率を犠牲に盛大な歓迎パーティーのシグナルをBETAへ送る。はっきりといえば、BETAの鼻っ面に砲撃を撃ちこみ自分たちの脅威度を上昇させる単純な挑発。だが、幸いにも土木機械を誘引するには十二分すぎるだけの高度な演算装置と火力をターニャは有している。だから、単純な結論として逃げる連中を追い回しているBETAのある程度を誘引することに成功。そう、ここまでやらかしておいてある程度だ。なにしろ、目の前を雲霞のごとき突撃級が突進してくるにもかかわらず友軍の悲鳴のような救援要請はちっとも途絶えない。数はずいぶんと減っているようだが、まあ救援要請を出せる部隊が減っていることを考慮すれば全体として状況は改善していないだろう。まあ、目の前の軍団規模のBETA共が欧州に押入らないだけ随分とましだとプラス思考にでもならなければやってられない状況だ。しかし、だ。そういう前向きな思考というのは、どうにも中々理解されない。というよりも、こんな状況でもまだマシだと考える人類種が稀というべきだろうか。司令部の一角で、地図に戦局を書きこんでいた副官の若い大尉参謀には現実とは耐え難いものだったらしい。「おお、神よ!?」ペンを投げ出すなり、机にうつ伏せうめき声を上げる若造を見る気分は最悪だ。今すぐにでも、撃ち殺してやりたいほどである。せめて、下士官らや同僚の眼につかないようにトイレにでも行ってほしい。将校が司令部で取り乱すことほど、最前線の部隊に絶望を蔓延させることもないというのに。全く、時代が時代ならば利敵行為で即決銃殺刑なのだが。いかんせん自分は国連と米軍の二束わらじを履いているがために若干指揮権と司法権の領域が入り組んでしまっている。ぶち殺しても、まあ、多分大丈夫だろう。だが、手間取ることを考慮すれば優しく諭してやった方が安全か。「落ち着きたまえ、大尉。神様は夢も希望と一緒に地獄で再編中だぞ。」気に入らないが、この場に限ってではあるがターニャは優しくあやしてやる。単純に、新兵に近い初の実戦で錯乱しているだけだろうと見抜き、安心できる材料をやるだけだ。まず簡単に、現実を理解させ、希望があることを教える。「それよりは、実存する砲兵を信じたほうが御利益はある。そっちを信じてはどうかい?」幸い、指揮下にはまだ統制を保った戦術機甲部隊と砲兵隊が火力を十二分に投射できる状態である。望ましくない戦局ではあり、天を呪い罵詈雑言を吐き捨てる余力がある程度にはまだ余裕もあるのだ。戦場を支配する砲兵が健在である以上、何を悲観し嘆く必要があろうか。「しかし局長!追撃してくるBETAの誘引には成功しました。これ以上は、限界です!全滅しかねません!」だが、いかんせん悲しいかな。此処にいる殆どの参謀は、歩兵科上りの参謀将校。敵の物量に押されるという経験が、どうにも圧迫感をもって初体験の彼らが視野を狭めているらしかった。ターニャしてみれば驚くべきことに、多くの参謀将校らはすでに顔面を蒼白にしつつある。「貴官らは正気かね?まだ、核地雷も使っていないのだぞ?」ターニャにしてみれば、まだ手札は豊富にあった。加えて、退路どころか連絡線すら維持できている状況だ。まずもって、砲兵隊はBETAの接近を阻止しえている。次に、前面に執拗なまでに用意した足止め用の対戦車地雷原は健在其のもの。これらで時間を稼ぐ間に撤退は簡単だろうと、ターニャという敗戦経験者は判断している。加えて、誘引してきたBETAを吹き飛ばすに足る戦術核のデザートまで用意したのだ。足の速い突撃級を地雷で足止めし、撃ち漏らした要撃級と突撃級を核で吹っ飛ばせばまず逃げ切れる公算。こんな安全の確保できる状況で何故、彼らは絶望するのだろうか?「うん?ああ、絶望だけはやめておきたまえ。」思わず、混乱しかける動揺を抑えながらターニャはひとまず場を抑えるべく言葉を紡ぐ。「それは、末期の癌と同じだ。そうなったが最後、どれほど足掻いても立ち上がれんよ?」気を強く持つんだ、戦意を無視すべきではないぞ?と。まるで、自分が無能の様に精神主義的な言動を行わざるを得ない状況。ターニャとしてみれば、率直に言ってしまって不本意極まりない情勢だ。まったく、月面で自分の手足となって進退を共にしてくれたルナリアンが恋しい。その結果、悪戦苦闘しつつ部下を激励するという不慣れな作業に追われるターニャの統制はさすがに歪まざるをえなくなる。当初計画ではBETA中核を悉く誘引したうえで、戦術核の連鎖起爆で軒並み吹き飛ばす予定が精々一軍の誘引に留まる結果。思わず、これでは欧州防衛に必要な時間が捻出できるのかと本気で嘆きたくなるほど惨めな結果だった。まるで、無能極まりない統制と指揮。まさかとは思っていたが、死の8分とはこういうメンタルの兵士で戦争しているからかと今更ながらにターニャは思い知らされる。それ故に、屈辱と怒りに胸を焦がしかねないほど蝕まれながらターニャは吐き捨てる。「ただちに撤退する。屈辱的だが今宵の地獄はここまでとしよう。」簡単な科学の教室。関数について。Q Kってなんですか?A 関数k=Effective Neutron Multiplication Factorです。Q BELKAってごろ合わせ大変でしたか?A 乏しい語彙力の限界に挑戦でした。無理やりでさーせん。土木工事について。Q 核兵器で土木工事ってできるんですか?A もちろんです。作中の70年代以前にも、確かな実績のある技術と手法ですよ?ちょっと大きな発破ですが効果は抜群です!ご安心を、アメリカだけではありません!我らがUSSRも大規模な国土開発に利用を計画したれっきとした科学なのです!Q でも、核ってことはお高いし○電みたいにお金がたくさんかかるんでしょう?A ご安心ください。コストは大変お安く、しかも工期は従来よりもはるかに短いという大変画期的な計画案です。Q ぶっちゃけ核使うってことは放射能ってどうなのよ?A 全てご安心を。その運河、わたるのは人間ではなくBETAなので放射能には耐性があります。 そもそも、BETAの放射線健康問題を人間が心配する必要もないでしょう!マトモじゃない世界の、真面目な核の平和利用をご期待ください!こんな時だからこそ、平和利用を。しんじょーさん風味増量で行ってみました。誤字、ZAPしました。新しいカルロ・ゼン08番ぐらいがロールアウトする見込みです。彼こそは、完璧にやってくれることでしょう。最新の分析によれば、カルロ・ゼン09がロールアウトしました。