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No.36073の一覧
[0] 女騎士剣風帖  【シグナム×柳生十兵衛×天草四郎×宮本武蔵×真田忍軍×セイバー】[バシルーラ](2013/01/09 21:57)
[1] 第一話  「勝負」[バシルーラ](2012/12/07 19:57)
[2] 第二話  「隻眼の男」[バシルーラ](2012/12/07 20:01)
[3] 第三話  「その前夜」[バシルーラ](2012/12/07 20:20)
[4] 第四話  「挑発」[バシルーラ](2013/01/10 20:33)
[5] 第五話  「クレーター」[バシルーラ](2012/12/08 11:32)
[6] 第六話  「告白」[バシルーラ](2013/01/10 20:36)
[7] 第七話  「愛剣」[バシルーラ](2012/12/13 21:48)
[8] 第八話  「据え物切り」[バシルーラ](2012/12/15 11:30)
[9] 第九話  「月ヶ瀬又五郎」[バシルーラ](2012/12/18 02:17)
[10] 第十話  「夕餉の膳」[バシルーラ](2012/12/22 00:55)
[11] 第十一話  「柳生又十郎」[バシルーラ](2012/12/27 00:15)
[12] 第十二話  「もう一人の女騎士」[バシルーラ](2013/01/10 20:42)
[13] 第十三話  「アルトリア・ペンドラゴン」[バシルーラ](2013/01/05 02:29)
[14] 第十四話  「弱音」[バシルーラ](2013/01/10 20:46)
[15] 第十五話  「乱の推移」[バシルーラ](2013/01/11 20:58)
[16] 第十六話  「天草四郎時貞」[バシルーラ](2013/01/17 04:29)
[17] 第十七話  「服部半蔵」[バシルーラ](2013/01/28 12:00)
[18] 第十八話  「その前夜」[バシルーラ](2013/03/24 21:03)
[19] 第十九話  「小倉の海」[バシルーラ](2013/03/30 01:46)
[20] 第二十話  「出航」[バシルーラ](2013/06/10 18:06)
[21] 第二十一話  「海戦 (其の壱)」[バシルーラ](2013/06/15 02:46)
[22] 第二十二話  「海戦 (其の弐)」[バシルーラ](2013/06/21 19:54)
[23] 第二十三話  「海戦 (其の参)」[バシルーラ](2013/06/28 23:08)
[24] 第二十四話  「海戦 (其の四)」[バシルーラ](2013/07/05 20:55)
[25] 第二十五話  「海戦 (其の伍)」[バシルーラ](2013/07/15 00:33)
[26] 第二十六話  「海戦 (其の六)」[バシルーラ](2013/07/20 01:34)
[27] 第二十七話  「海戦 (其の七)」[バシルーラ](2013/07/28 03:35)
[28] 第二十八話  「目覚め」[バシルーラ](2013/08/03 11:54)
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[36073] 第十八話  「その前夜」
Name: バシルーラ◆74606097 ID:46558887 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/24 21:03
「かぁぁッッ!!」
 鋭い気合とともに一歩踏み込み、武蔵は上段に構えた木剣を振り下ろした。
 ただの木剣ではない。
 たっぷり水分を吸い込んだ船の櫂(かい)を削って、武蔵自らが作った木剣だ。
 その大きさ、重量ともに、まともな刀の比ではない。
 まともに振り回せば、彼自身の手の長さも相まって、その間合いは一丈(約3m)にも及ぶであろうし、それほど巨大な凶器を、並の木剣と同じように軽々と扱えるのは、青竹を片手で握りつぶしたという、この宮本武蔵の腕力あってのことだ。


 が――それほどの武蔵の木剣による攻撃を、彼女はまともに受け止める。

 
 むろん、素手の女に為せるわざではない。
 たとえ、その南蛮人の女の両腕に、剣や槍どころか、一切の得物が見えなかったとしても、だ。
 一撃を受け止められた武蔵には、女の両拳に握られた、風のように透明な剣の感触が、ハッキリと伝わったからだ。
 だが――もちろん武蔵はブザマに驚いたりはしない。
 この女剣士が、不可視な剣を使うこと自体は、武蔵もすでに知るところであったからだ。
 いや、むしろ驚くべきは、その少女の繊手で宮本武蔵の一撃を受け止める技術であるというべきだが、それさえも武蔵は驚かない。
 この眼前の少女が、そのたおやかな外見とは裏腹に、まこと恐るべき剣技の所有者である事実を、武蔵はすでに知り抜いているからだ。

 
 ここは戦場。
 原城に籠城する一揆勢と幕府軍による、日に何度か行われる小競り合いの一幕。
 しかし、そこで実施されている行為は人間同士の殺し合いだ。「小競り合い」などという言い方こそ、全兵士にとっての侮辱となる表現かも知れない。
 が、それはまあいい。
 問題は、殺し合いという、人間同士の極限行為が行われているこの場に於いてさえ、彼ら二人の織り成す光景は、他人の視線を集めずにはおけないほどの異彩を放っていたという点だ。
 現に周囲の兵は、敵も味方も手を止め、互いに戦うことさえ忘れたかのような顔で、この二人の対決に見入っている。
 合戦中とはおよそ信じられぬ光景ではあるが、それでも彼ら雑兵たちを責めるのは酷というものだろう。
 要は、それほどまでにこの――武蔵とセイバーの対決が、衆目を引き付けてやまぬ凄まじいものであった、ということなのだから。


 むさ苦しく肩まで伸びた、異臭すら発する蓬髪。
 食い詰め浪人のようなボロボロの着衣。
 さらには、外貌だけを見るならば、彼がもはや老人と呼ぶべき年齢であることは誰にでも判別がつくであろう。
 にもかかわらず、まるで野獣のように爛々と輝く双眸。そして、全身から発散されるその精気。
――そこにいる彼は、誰がどう見ても「宮本武蔵」そのものであった。
 だが、その武蔵の巨大な木剣を、鍔迫り合いの形で受け止める一人の少女。
 その少女は、まさしく有り得ないほどに――美しすぎた。
 もっとも、その表情は凛然たる闘争心に染められており、不気味に光る武蔵の金茶色の瞳の視線に射竦められるどころか、その眼光を完全に跳ね返している。客観的に見て、そんな彼女には優艶たる「女性美」の要素など皆無だとさえ断言できよう。
 しかし――それでもなお、彼女は美しいのだ。
 そして、何よりもこの光景を異様たらしめているたった一つの点は、まさしくそれほどまでの美少女が……天下に名だたる宮本武蔵と互角に戦っているという事実だった。


 フンと鼻息を洩らすや、武蔵はおのれと鍔迫り合いを続けていた女を軽々と押し飛ばす。
 いや……むしろ、彼女の方が武蔵の力を利用して後方に跳んだと表現する方が正確であったろうか。
 とにかく女は、その一瞬のうちに武蔵から、数歩どころか数間の距離をとる。
 だが、逃がさない。
 武蔵はその距離を一呼吸で詰めると、まるで竹刀のように軽々とその木剣を振るう。
 しかし――女もむざむざと防戦一方にはならない。
「はァァッッ!!」
 女も気合を張り上げて、その透明剣で武蔵の一剣を弾き返す。
 いや、弾き返しただけではない。
 武蔵の勢いを逆に利用して、確実に迎撃を仕掛けてくる。
 五合、十合、十数合――たちまちのうちに火花さえ飛び散りそうな激しい打ち合いが、両者の間に展開される。

 目にこそ見えないが、確実にそこに存在している剣――しかも、それがただの剣ではない事も武蔵は知っている。
 もっとも肉眼に不可視な時点でただの刀剣でない事は馬鹿でも判るのだが、問題はそこではない。
 女の持つ武器は、まさに物理的な刃物ではありえないほどの――まさしく斬人斬馬を可能とするほどの鋭利さと、並みの日本刀ならまとめてへし折る武蔵の木剣を正面から受け止める頑強さを併せ持つ「剣」なのだ。
 
 それほどに厄介な剣の連続攻撃を、武蔵の木剣は防ぎ切り、とっさに距離をとる。
 一呼吸のうちに五連撃から六連撃を放つ少女の腕だが、それがまた、速いだけではない。
 重く鋭く、そして響くのだ。並みの剣士ならば、それこそ一秒間に何度斬殺されているか知れたものではない。
 そんな攻撃を防ぎ得るのは、それこそ武蔵の得物がこの木剣であればこそだ。
 かつて豊前小倉の船島での決闘で使用したのと同様の、櫂を削って作った木剣。
 天才・佐々木小次郎の長刀「物干竿」を、さらにしのぐ長さと重さと堅牢さを兼ね備えた大型鈍器。
 とはいえ、むろん彼の腰にも大小の刀はある。
 赤銅作りの伯耆安綱――後世では国宝認定されるほどの名刀だ。
 だが、この女の見えざる剣を相手にするには、ただの刀では危ういのだ。たとえどんな名刀だろうが、受けた瞬間に刀ごと真っ二つにされかねない。
 現に――防ぎ切ったはずの女の攻撃で、武蔵の頬から一筋の血が流れ落ちる。

(このわしに見切りを損なわせるとはな……)
 などとは武蔵は思わない。
 なにしろ相手が相手だし、その得物も得物だ。いくらなんでも例外過ぎる。
 もっとも、宮本武蔵が敵の斬撃を見切り損ねたなどと知れたら、彼の門弟や支援者、さらには養子の伊織なども仰天するだろう。
 武蔵は、額に米粒を貼り付けて相手に剣を振らせ、その米粒だけを斬らせる事ができる。
 まさに人間離れした動体視力と空間認識力を持ち合わせているのだ。
 そんな武蔵にとっては、相手の振るう剣など、おのれの剣で防ぐまでもない。身をそらして回避すればいいだけのものでしかない。
 もっとも、それはあくまで相手がただの敵であるならば、だ。
 しかし、この女はただ者ではない――どころの敵ではない。


 この女は化物なのだ。
 それも人に対する賞賛や恐怖の形容詞としての意味ではない。
 正真正銘、文字通りの意味としての存在なのだ。


 女の腕がまさしく達人級の境地にあることも、さらに得物の剣が物理法則を無視した非常識なものであることも、武蔵はもちろん理解している。
 だが、これは諧謔や冗談の話ではない。
 いや、そもそもポルトガルをはじめヨーロッパのカトリック各国が、援護を断念した原城の隠れキリシタンどもの元に、忽然と現れた西洋人の少女というだけで妖しすぎるのだ。
 そして、その上で数々の妖術――不可視の剣などという手品まがいの術ではない。幕軍総帥の板倉内膳正を、その本営ごと消し飛ばす怪光線までも使いこなすとなれば、もはや妖術使いというより、妖怪そのものといった形容を受けても、まったく不思議ではないだろう。


 女は武蔵から二間ほど離れて、身構えている。
 この女と戦うのは武蔵にとっても初めてではあるが、それでも、この戦場で女の剣さばきを見るのは初めてではない。
 受けに回っては不利であることは、すでにこれまでの見分でわかっている。
 むろん女の剣が不可視だというだけで、その間合いを測り損ねる武蔵ではない。
 しかし、間合いは測れても、それでも女の技量までは、完全に測り切れるものではない。
 現に、予想以上に伸びてきた彼女の一太刀に、武蔵は頬を切られている。
 ならばどうする?
 簡単な話だ。
 攻撃は最大の防御――そして、この木剣はあくまでも攻撃にこそ、その威力を発揮する。
 それこそ、かつて佐々木小次郎の頭蓋を叩き割った「巌流島」のように。

 武蔵は一歩踏み込み、八双の構えから袈裟切りの一太刀を叩き込む。
 女は身を翻して、その一撃を回避すると、間合いを詰めようとする。
 武蔵の木剣が長大であるほど、懐に入られてしまえば不利になることは、子供でもわかる理屈だからだ。
 が――させない。
 踏み込んできた女の顔面に、狙い済ましたように木剣の握り――柄頭をぶち込む。
 それを女は、のけぞって回避する。
 さすがの反射神経と言うべきであろうが、しかしその瞬間、武蔵の眼がギラリと光った。
 のけぞった分だけ女の体勢が崩れたからだ。
 が、木剣の柄頭がかわされた分だけ、武蔵の体勢も流れてしまったことは間違いない。
 だが、それはあくまで木剣を得物とするならば、の話だ。
 武蔵は木剣から両手を離し、そのまま踏み込みながら、腰の大刀を抜き打ちに薙ぎ払った。
 その一撃に、本来ならば真一文字に胴斬りにされ、女は死ぬはずだった。
 しかし、すでに女はそこにいない。
 妖怪じみた身軽さで後方に跳び、距離を取った後だったからだ。

(さすがだなッッ)
 むしろ賞賛を覚えながら、さらに踏み込んで追おうとした武蔵であったが、その瞬間、まるで突風のような風のカタマリが武蔵の顔を叩いた。
 並の人間なら、あっさり吹き飛ばされ、数間先の地面にブザマに転がされていただろう。
 むしろその場に踏みとどまり、微動だにせぬ武蔵をこそ褒めるべきであったか。
 そして女は、武蔵から数間の距離を保ち、その戦闘体勢を維持していた。
 いや、それだけではない。
 先程まで不可視であったはずの黄金の剣が、彼女の右手にその姿を現している。
 さすがに今のギリギリのやりとりで、剣を隠す妖術に神経を使う余裕は無くなったものと見える。
 いや、実のところ武蔵の目を奪ったのは、光り輝くその宝剣などではない。
 彼が思わず視線を引き付けられたのは、女がその貌に浮かべる鬼相であった。



 鬼相……確かにそう呼ぶにふさわしい鬼気を、セイバーは惜しげもなく発散していた。
 が、その表情に込められていたのは、単なる憤怒や屈辱といった攻性の感情だけではない。
 彼女の内心を支配していたのは、敵に対する闘争心以上に、かつてに比べてあまりにも衰えたおのれの魔力に対する絶望。
 なにしろ、さっきセイバーが後退しながら放ったのは、万軍をも吹き飛ばすと評された風王鉄槌(ストライク・エア)なのだ。それが、この眼前の小汚い剣客の、顔をそらせる威力さえも持ち合わせていなかったとなれば、その魔力の低下具合は、まさに彼女の想像を遥かに超えるレベルであると見なければならない。

(わかっていたつもりだったが……ここまで衰えていたというのか……ッッ!!)
 サーヴァント時代に比べ、あらためて思い知る自身の弱体化ぶりに、彼女は膝から崩れ落ちそうになるほどの衝撃を覚える。
 むろん、今はショックで脱力することを許されるような状況ではない。
 そして、改めて覚える、敵剣士に対する戦慄。
 いかに魔力が衰えようとも、セイバーがその身に宿した剣の腕までが生前以下まで劣化したわけではない。
 現に彼女は、これまでこの乱で百人近い幕軍の兵を斬殺している。
 そのセイバーがここまで苦戦するような剣士が、こんなところにいるとは思わなかったのだ。


「ローニン……貴様、名は?」


 しかし男は黙して答えない。
 答える代わりに、男の取った行動は一つだった。
 大刀の鞘にかかっていた左手を外すや、そのまま流れるような動きで、腰の帯にぶち込まれていたもう一本の剣――小刀を抜いたのだ。
(…………ッッ!!)
 その瞬間、セイバーは自分が彼に名を訊いたことも忘れた。
 おのれの魔力の劣化具合に、鬼相を浮かべるほど絶望したことさえ忘れた。
 彼女の背中には、電流のようにゾクリとした寒気が走り抜け、その視線は、男の立ち姿に釘付けになってしまったからだ。
 とはいえ両手に剣を持った眼前の男が――かつて双槍を得物として彼女と戦ったディルムッド・オディナのごとき仰々しい構えを取ったわけでもない。
 むしろ逆だ。
 右手に大刀、左手に小刀を持ち、その両腕をだらりと脱力したようにぶら下げている。
 素人ならば、この男が単に両手に剣を握り、無造作に突っ立っているだけにしか見えないであろう。
 中世英国史にその名を刻むアーサー王――騎士王アルトリア・ペンドラゴンであればこそ、わかるのだ。
 男の棒立ちが、まさに美しささえ感じさせる程に完璧な構えであることが。

 完璧――といえば確かにその構えは完璧だった。
 敵の攻撃に備え、迎撃するための四肢と得物の配置。
 それらを合理的に、かつ効果的に動かすための、心気の凝らし。
 先程までの長大な木剣を構えていたときでさえ、この男には隙らしい隙など無かった。それがいまや、さらに一変してしまっている。
(まるで鉄壁の城塞だ)
 と、セイバーは思った。
 そう――敢えて言うなら、木剣を得物にしていた彼から発されていたのは、攻撃を重視する空気であり、それに対して、いまの両刀を構える彼からセイバーが感じるのは、防御を主眼にした空気であった。
 その堅固なる気配は、こちらから仕掛けようにも、そのあまりの隙の無さに、思わず攻撃を躊躇してしまうほどであった。


 その時だった。
 陣貝と軍鼓の二重奏――幕軍の退却の合図が、幕軍本陣の方角よりけたたましく夜空に鳴り響いたのは。 


」」」」」」」」」」」」

「――で、せいばー殿、そこからどうなすったんでやんすか?」

 語りがそのくだりに到着してから、しばし沈黙し、いつまでたっても口を開こうとしないセイバーに、焦れた聴衆一同を代表して才蔵が質問する。
 もっとも聴衆と言っても、この場には才蔵を含めても四人しか人間はいないのだが。
 霧の才蔵。
 猿(ましら)の佐助。
 天草四郎
 そして真田忍軍“十勇士”の一人たる、筧十蔵(かけい じゅうぞう)――の四人である。
 由利鎌之助と穴山小助の二人は、斥候に出ていて、彼らが現在の拠点としているこの山小屋にはいない。
 四人は今、畳すら敷かれていないこの山小屋の板間に、思い思いに腰をおろし、くつろいだ姿を見せている。
 が、彼らがしている会話は、むろん単なる雑談ではない。



 島原の乱において彼ら真田忍軍は、そのすべての戦闘に参加している。
 だが、戦場において宮本武蔵と対峙したことのある者は、実は彼らの中にはおらず、敢えて言うならセイバーしかいない。
 無論それは彼らが敵を選んで、逃げ回っていたという意味ではない。
 本来は諜報技能者であるはずの忍びが、兵士として戦場に参加する行為は「戦忍び」と呼ばれ、その役割は当然ただの足軽や雑兵とは違う。戦場に紛れ込み、敵軍の将もしくは部隊指揮官の首を取り、戦場の流れを自軍有利に持ち込ませるための特殊任務なのだ。かつての大坂の陣では、かれらの手によって、東軍の武将が何人殺されたかわからない。
 話を戻すと、天草四郎一党を追跡する九州諸藩の追っ手たちの中でも、いまや宮本武蔵の存在は、かなり重要なものになりつつある。
――たかが剣術使いごとき、鍛えに鍛えた真田忍びの我らにかかれば何程のことやあろう。
 そういう意識が彼らに無かったといえば、さすがに嘘になる。
 だが、かつてそう言って笑った“十勇士”の一人・望月六郎は、武蔵に斬られている。
 いまや、戦士としての武蔵の剣を侮る者はここにはいない。
 そのため、武蔵の剣さばきの記憶をセイバーから聞き出している、というのがこの場の趣旨なのだが……彼女にも思うところがあるらしく、話はそうスムーズにはいかないようであった。


「ん、ああ?」
 我に返ったかのような顔をしてセイバーが振り返り、四人の遠慮の無い視線にまた顔をそらす。
「どうもこうもない。退却の鐘をきっかけに男は構えを解き、私に背を向け、その場を去っていったのさ」
――我が名は、新免宮本武蔵。
 彼は染み入るような声でそう言い、しかし彼女の名すら聞こうともしなかった。
 両手の刀を腰の鞘に納めるや、木剣を拾って、その場から立ち去っていったのだ。
 その悠然たる背中に斬りかかる、などという選択肢は当然セイバーには無い。
 むしろ武蔵は、そんな彼女を信頼して背を向けたようでさえあった。


「はぁ!?」
 呆れたような顔をして、筧十蔵が声を上げる。
 さすがにムッとしたような表情をするセイバーだが、それでも彼の無礼に対して、反射的に怒鳴り散らすような真似はしない。
 彼ら「シノビ」と言われる者たちが、自分とは著しく異なる戦場の価値観を持っていることは、すでに彼女も認めるところだ。
 その意見の相違について、いまさら口論する気にはならない。
 しかし、彼女がそのつもりでも、相手までが同じ理解を示してくれるとは限らない。
 果たして十蔵は、セイバーの予想通りの言葉をその口から吐き出した。

「そん時に、せいばー殿自慢の剣を武蔵のケツに突き刺してりゃあ、今頃こんなにグチグチ悩まずに済んだんじゃないッスかね?」

 それは、彼ら忍者の思考法からすれば当然至極というべき疑問であるが、しかしさすがに物には言い様があるだろう。
 現に十蔵以外の者たちは、今の発言にもセイバーから目をそらして何も言わない。それどころか、むしろ(やめとけ)と言わんばかりに佐助の肘が十蔵を突く。
 この筧十蔵という男は、佐助のように謹厳実直ではなく、才蔵のように三枚目を気取ったひょうきん者でもなく、かなり嫌味な皮肉屋であった。
 才蔵が言うには、むろん真田家に侍奉公していた時分から、そんな無遠慮な口を周囲に叩いていたわけではなく、大坂の役以降の泥をすするような牢人生活が、彼の人格をより意固地なものにしたらしい。
 が、そんな事情はセイバーにはどうでもいい。原城でともに籠城していた頃から、彼女はこの十蔵という男が好きではなかったからだ。
 もっともセイバーが彼を嫌う以上に、十蔵も彼女を嫌っているようでもあったので、お互い様というべき間柄だったが。



「しかしセイバー、今キミは武蔵の構えに手が出なかったと言いましたが、それでもエクスカリバーの切れ味を思えば、あるいは刀ごと武蔵を斬ることもできたのではありませんか?」
 そう質問をしてきたのは天草四郎だ。
 とはいえ、それは純粋に戦闘技術上の疑問というより、十蔵の皮肉によって悪くなったこの場の空気を換えるためのものであるようだった。
 その意図を汲んだのか、セイバーも思わずホッとしたような顔をするが、しかし次の瞬間には瞑目して首を横に振った。
「いえシロウ……相手がただの雑兵ならば、それも可能だったでしょうが、あのムサシというローニン相手ならば、やはりそれは無理だと言うべきでしょう」
「それはやってみねばわかりますまい」
――いや、やらずともわかることもある。
 そう言いたげな口調で、セイバーは四郎を見る。

 確かに、聖剣エクスカリバーの切れ味と、その所有者たるセイバーの腕ならば、鎧武者を馬ごと両断することさえ可能だろう。
 とはいえ、それはあくまで、並みの人間を相手にした場合の話だ。
 武蔵ほどの技術があれば、その刀でセイバーの全力の斬撃を受け止めることも、決して出来ぬことではないだろう。
「よしんば奴の剣を斬れたとしても、おそらく一本が限度であって、両手に持った二本の剣ごと奴を斬るというのは不可能でありましょう」
 セイバーは、まるで眼前に武蔵本人がいるかのような殺気を虚空に放ちながら、静かに言った。
「いや……たとえ刀の一本を斬り飛ばせたとしても、私が剣を振り下ろしきらぬ内に奴は、我が間合いに入り込んでいるはずです」
「つまり?」
「私は斬られていた……ということです」
 他の状況なら知らず、武蔵ほどの使い手に、カウンターの形で間合いに入られるということは、そういうことなのだ。
「…………」
 四郎は沈黙した。

 いや、四郎だけではない。この場にいる全員が、等しく言葉を失っていた。
 セイバーが自己の技量に絶対的な自負を抱いていることも、さらにはその自信が自惚れに聞こえぬほどの実力者であることも、この場にいる誰もが知っている。
 にもかかわらず、この女にこんな表情で、こんな発言をさせるような相手が、一体どれほどの使い手だというのか。
 いや、それ以上に、いまセイバーが言ったような芸当が本当に可能だとしたら、その手並みの程は、まさに恐るべしという以外に表現の仕様がなかった。
 武技の心得の無い天草四郎ならばともかく、一騎当千の忍びである彼ら真田忍軍が、それを理解できぬはずが無い。
「武蔵という男は、それほどのものなのか……」
 静寂が支配するこの場に、佐助のつぶやき声だけが染み入るように響いた――。
 
 
「つまり……その野郎が出てきた場合は、この俺が相手をするしかねえってことッスね」

 
 そう言いながら一同の沈黙を破ったのは、筧十蔵。
 彼の右手には、それまで影も形も無かったはずの短筒が、何かの手品のように握られている。

 かつて幸村から、忍びの身でありながら真田家の鉄砲組の指南役を任されていた彼は、狙撃や早撃ちのみならず、鉄砲の整備・管理・改良から火薬の調合に至るまで精通したプロフェッショナルであり、いわゆる砲術全般のエキスパートであった。
 その知識や技能は、おそらくは今日からでも、ヨーロッパのどの国であろうと軍の砲兵隊長が務まるほどのものであったろう。
 むろん彼が持っていたのは知識だけではない。
「ガンマン」としての腕も当代一流であった。
 たとえば、いま十蔵が弄んでいる短筒という銃器だが、これは銃身を短くして携帯を可能にした一種のハンドガンであるが、現代のいわゆるピストルの類いとは違い、火縄がなければ発射もできず、銃身も短くライフリングも無いため弾道が安定せず、命中率も悪い。有効射程距離はおそらく二間(約3・6m)がいいところであろうか。にもかかわらず十蔵は、この短筒を使った早撃ちのみならず、命中率においても飛ぶ鳥を撃ち落すほどの腕を誇るのだ。
 また短筒以上に、長銃身のいわゆる種子島を使っての狙撃でも、標的を外したことはなく、彼が戦場で命を狙って殺せなかったのは、大坂の陣での家康くらいであったという。

 むろん筧十蔵も、本来は忍者だ。
 一日に数十里を走りきる脚力や、隠密行動のための気息のコントロール、さらには剣や手裏剣を使った闘術などは当然の必修技術として習熟している。
 が、十蔵は「忍者」としての自分以上に、「ガンマン」としての自分に誇りを持っていた。
 そのため、戦場での「戦忍び」での彼の任務はもっぱら長距離での狙撃担当であり、さらに個人戦闘においても、手裏剣や刀ではなく愛用の短筒を主に使うのが彼の癖だった。
 いや癖というより、こだわり――と呼んだ方が十蔵的には正確だったかもしれない。
 そのため原城での篭城戦では、彼はセイバーに戦場での一騎打ちにおける銃器使用の正当性を問われ、口論になったこともある。
 まあ、騎士王アルトリア・ペンドラゴンとしては、銃を持たぬ相手を銃で撃つという行為を「卑怯」と解釈するのは当然となのだが、この二人の間の空気が露骨に険悪になったのは、それがキッカケと言ってもよかった。


「まあ……確かに、十蔵に任せるのが順当ってことになるかねえ」
 才蔵が、溜息混じりにゴリゴリと頭をかく。
 いかに宮本武蔵が卓絶した剣士であったとしても、しょせん銃には敵わない。
 自分に向けて射られた矢を剣で打ち落とすことは出来ても、銃弾を打ち落とすことは出来ないからだ。
 何より才蔵は、真田忍軍の他の者と違い、実際に武蔵という男をこの目で見ている。
 彼の剣さばきをその眼で見たわけではないが、確かにセイバーに弱音を吐かせるほどの凄絶の剣気を、身をもって経験している。
(あの男は、たしかに強い……)
 一対一ならば勝ち目はない――などと言う気はないが、それでも、たとえ佐助の猿や由利鎌之助の鎖鎌でも、個人戦闘ならば心もとないというべきだろう。
(もしくは俺の“霧”が使えればよかったんだけどねえ……)
 海風の強い湾岸部では、才蔵の“霧”は使えない。特に今回の作戦目的は乗船だ。そのためには海風は完全に逆風になってしまう。
 やはり、確実に武蔵を仕留めたいならば、筧十蔵の“銃”という選択肢は当然であると言わねばならない。
「たしか南蛮にゃあ『銃は剣より強し』って言葉があるそうでやんすね?」
 そう言いながら才蔵はセイバーを見るが、彼女は無表情――というより、もはや金属的というべき顔で、
「知らんな」
 と、短く言い捨てる。

 その隠しきれぬ殺気と宙の一点を見つめる鋭い瞳から、おそらくはいまだに虚空に浮かべた武蔵を睨みつけているのだろうな、とはわかる。
 わかるが――それはある意味、まるでおのれの剣を否定されて拗ねているようでもあったため、非常に感じの悪い態度に見えた。
 もっともセイバーが生きていた五世紀のイングランドに「鉄砲」なる兵器はまだ存在していないので、彼女がそんな格言を知らないのは当然とも言えるのだが……。
 必然、十蔵は得たりとばかりにその舌鋒をセイバーに向ける。

「おやおや、せいばー殿はまさか、この期に及んでも『剣士の戦いに飛び道具は卑怯』なんて世迷言を申されるおつもりッスか?」
 
(おいおい、お前――)
 そう言わんばかりの表情を、当の十蔵とセイバー以外の、三人はみな一斉に浮かべた。
 しかし筧十蔵の口は閉じない。
「そういや俺ぁ、原城のときも散々頂戴しましたっけ、その“卑怯”なる有り難い御言葉を」
 まさに白眼としか形容しようのない視線を、十蔵はセイバーに向ける。
 逆にセイバーは、直前までギラギラに殺気立っていたとは思えぬほどに冷静な顔になっていた。
「散々言った憶えなどないぞ。私が貴様にその言葉を吐いたのは一度だけだ」
「何度言ったかは問題じゃねえんだよ!! おめえはかつて俺を侮辱した、それが許せねえつってるんだよぉッ!!」
「おい筧ッッ!!」
 怒鳴りながら立ち上がる十蔵に、さすがに佐助が彼を制する。

 だが、セイバーは顔色も変えない。
 冷静というより怜悧ともいうべき表情で、十蔵を真正面から見据えて立ち上がる。
「せいばー殿ッッ!!」
 才蔵も慌てて彼女と十蔵の間に入る。
 明日にも死地に飛び込もうというのに、今はこんなところで内輪もめなどしていられる状況ではないのだ。
 しかし、立ち上がったセイバーは、才蔵の肩に手を置くと、
「サイゾー、どいてくれ」
 と、彼を脇へ押しやり、そのまま再び十蔵の前に出る。
 むろん、こんな睨み合う形でセイバーと対峙することになった十蔵の眉間には、さらなる険が走る。
 そして、山小屋に冷気のような緊張がピンと走った、まさにその瞬間――この場にいた全員がさらに呆然となった。
 なんとセイバーは、その場に膝を付き、正座の姿勢でうつむいたのだ。


「……かつて、たった一度とはいえ、そなたとそなたの鉄砲を侮辱したことを認めよう。その事実に対して、今ここで謝罪させてもらう」


 あまりに予想外の成り行きに、当事者の十蔵も何も言えない。
 が、セイバーはそのまま頭を上げ、
「確かに私には、いま語ったようにミヤモトムサシなる剣士と因縁がある。しかし、だからといって奴との再戦にこだわる気はない。ジュウゾウが奴の相手をするというなら、喜んで譲りもするし、手助けもさせてもらう」
 と、言い重ねた。
 そして、その言葉は、ここにいた全員をさらに唖然とさせるには充分なものだった。

「どうかしたのでござるかセイバー殿……?」
 おそるおそるといった風に佐助が尋ねてくる。
 いや、佐助のみならず、天草四郎までが半ば心配そうな表情で、
「何があったんだいセイバー? 以前のキミならそんなことは絶対に言わなかったはずだろう」
 と訊いてくる始末だ。
 無論これまでの自分の言動を振り返れば、それも当然と言うべきだが、セイバーは軽く笑って彼らの疑問をいなした。
「そんな不思議なものを見るような顔をするな。少し考え方を変えただけだよ」

 その言葉に、才蔵はむしろ愉快そうに口元を緩める。
 しかし、佐助も四郎も不審げな目をやめない。
 この頑固すぎるほどの騎士道主義者に、そんなことを言わせるほどに衝撃的な「事件」があったのなら、自分たちはそれを知っておく必要があるとでも言いたげな表情だった。
 ただ、この意外すぎる成り行きでむしろ冷静になったのか、筧十蔵だけは不敵な笑いを、美しく背筋をピンと伸ばした正座姿のセイバーに向ける。
「いやいや面白いじゃないッスか、せいばー殿。それじゃあアンタ、これからは俺たちの忍者流の戦のやり方にいちいち口を挟まないってことでいいんスね?」
「いい加減にしろ筧!」
 佐助がたまらず十蔵の軽口を制するが、
「いや、よかろう」
 と、むしろセイバーはその佐助を制するように言った。
「これからは貴公たちから提案されるいかなる策であろうとも、それを卑怯というだけの理由でむげに却下しないことを誓おう。それが勝利のためのものであるならば、な」
 その言葉も、やはりかつてのセイバーからすれば考えられない発言ではあったが、それでも十蔵の目から皮肉めいた光は消えない。

「せいばー殿、忍びのやり口を舐めちゃいけませんぜ。必要とあらば川に毒を流したり、敵将の身内をさらったりするのも俺たちの仕事の内だ。アンタにそれを手伝えますかい?」

 さすがにその言葉には、彼女も形のいい眉を少ししかめ、答えない。
 だが、いま十蔵が言ったことも一面の真実であることは確かだ。
 彼ら忍びたちの技術・知識・能力は一般的なサムライたちなど足元にも及ばない。
 だが、世間の常識的には、彼ら忍びの扱いは決して高くない。
 それどころか、小者・足軽と同じく階級的にも士分に入らぬ最下級の存在であり、その過酷な任務に見合う評価を得ているとは、お世辞にも言いがたい。
 しかし、理由を問われれば、答えは単純だ。
 目的達成のためならば、いわゆる「武士道」の埒外にあるような非常識な手段でも実行するのが彼ら忍びであり、それこそが彼らの存在理由なのだ。
 なればこそ彼らは、周囲から怖れられ、蔑まれ、そしてその現実を当然のものとして――むしろ誇りを持って受け入れてきたのだ。
 ならばこそ十蔵はセイバーに問う。
 貴様に、その覚悟があるのかと。


「まあ、そう意地の悪いことを申すな十蔵」


 そう言いながら、ふらりとその場に現れたのは、骸骨のようにやせ細った老人だった。
――森宗意軒。
 島原の乱の実質的黒幕にして、逃亡を続ける四郎一党の参謀的存在。
 そしてセイバーを現世に召喚した、おそらくは日本唯一の魔術師である。
「安心せいセイバー、そんな汚れ仕事をやらせるために、わしはそちを召喚したわけではないわ」
 そう言いながら山小屋の中に入ってきた老人は、しかし何か言いたげに口を開いた十蔵を一睨みで黙らせる。

「人にはそれぞれ役割というものがある。十蔵よ、そちの砲術を余人が真似できぬように、この女にはこの女にしか出来ぬことがある。あとはそれに見合った役を、おのおのがこなせばそれでいいのじゃ」

 その言いようは、まるで若者を諭す年長者のような穏やかな台詞だが、しかし実質は違う。
 森宗意軒は、まるで蛇のような冷たい妖気を視線に込めながら十蔵に語りかけている。
(これ以上いらざる喧嘩を続けるようなら、ぶち殺すぞ貴様)
 そういう意思が、まるで真冬の寒気のように物理的に伝わってくる。
 ここまで露骨な殺気に意識を乗せられては、さすがに筧十蔵といえど、口をつぐんで一歩引かざるを得ない。そして、彼のそんな様子を満足げに確認すると、
「さて、では本題じゃ」
 と言いながら、老人は懐から取り出した一枚の地図を、山小屋の板間に広げた。
「実はたった今、斥候に出ていた鎌之助と小助が戻ってのう」
「ほう」
 その言葉に、一同の顔つきが一瞬にして変わる。
「結局、小倉と門司のどちらの港を選ぶのですか?」
 そう訊く四郎に、宗意軒は眼を光らせ、答える。
「……小倉じゃ」


「決行は明日じゃ。明日の払暁、わしらは小倉に向かう。よいな?」


 その軍師の宣告に、一同の顔に一斉に緊張が走った。


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