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No.36073の一覧
[0] 女騎士剣風帖  【シグナム×柳生十兵衛×天草四郎×宮本武蔵×真田忍軍×セイバー】[バシルーラ](2013/01/09 21:57)
[1] 第一話  「勝負」[バシルーラ](2012/12/07 19:57)
[2] 第二話  「隻眼の男」[バシルーラ](2012/12/07 20:01)
[3] 第三話  「その前夜」[バシルーラ](2012/12/07 20:20)
[4] 第四話  「挑発」[バシルーラ](2013/01/10 20:33)
[5] 第五話  「クレーター」[バシルーラ](2012/12/08 11:32)
[6] 第六話  「告白」[バシルーラ](2013/01/10 20:36)
[7] 第七話  「愛剣」[バシルーラ](2012/12/13 21:48)
[8] 第八話  「据え物切り」[バシルーラ](2012/12/15 11:30)
[9] 第九話  「月ヶ瀬又五郎」[バシルーラ](2012/12/18 02:17)
[10] 第十話  「夕餉の膳」[バシルーラ](2012/12/22 00:55)
[11] 第十一話  「柳生又十郎」[バシルーラ](2012/12/27 00:15)
[12] 第十二話  「もう一人の女騎士」[バシルーラ](2013/01/10 20:42)
[13] 第十三話  「アルトリア・ペンドラゴン」[バシルーラ](2013/01/05 02:29)
[14] 第十四話  「弱音」[バシルーラ](2013/01/10 20:46)
[15] 第十五話  「乱の推移」[バシルーラ](2013/01/11 20:58)
[16] 第十六話  「天草四郎時貞」[バシルーラ](2013/01/17 04:29)
[17] 第十七話  「服部半蔵」[バシルーラ](2013/01/28 12:00)
[18] 第十八話  「その前夜」[バシルーラ](2013/03/24 21:03)
[19] 第十九話  「小倉の海」[バシルーラ](2013/03/30 01:46)
[20] 第二十話  「出航」[バシルーラ](2013/06/10 18:06)
[21] 第二十一話  「海戦 (其の壱)」[バシルーラ](2013/06/15 02:46)
[22] 第二十二話  「海戦 (其の弐)」[バシルーラ](2013/06/21 19:54)
[23] 第二十三話  「海戦 (其の参)」[バシルーラ](2013/06/28 23:08)
[24] 第二十四話  「海戦 (其の四)」[バシルーラ](2013/07/05 20:55)
[25] 第二十五話  「海戦 (其の伍)」[バシルーラ](2013/07/15 00:33)
[26] 第二十六話  「海戦 (其の六)」[バシルーラ](2013/07/20 01:34)
[27] 第二十七話  「海戦 (其の七)」[バシルーラ](2013/07/28 03:35)
[28] 第二十八話  「目覚め」[バシルーラ](2013/08/03 11:54)
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[36073] 第十九話  「小倉の海」
Name: バシルーラ◆74606097 ID:46558887 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/03/30 01:46
 豊前・小倉。
 旧豊臣政権時代では、北九州における大陸との交易拠点の一つとして栄えた港町ではあり、また日本海航路の重要な海港拠点であるため、桟橋には大型の北前船がズラリと並んでいる。
 もちろん船のみならず人も多い。
 大量の積荷を船に搬入する荷運び人や、その荷物の検閲をする荷役人。
 さらにそれらの積荷の商取引を、船が出港するギリギリまでし続ける海運商人。
 また、出航まで時間があるのか、船を下りて道端でサイコロ賭博をしたり、娼婦をからかってたり、雑談にいそしむ水夫たちの姿も普通に見かける。
……しかし、それでも小倉の地元民が見れば、今日の港には、いつもにくらべて人の姿が多すぎるように見えたであろう。
 なにより所在無さげにうろつく目つきの悪い男たちの数が多すぎる。
 豊前小倉藩小笠原家の武士たちが、松平伊豆守の指示のもと、侍装束を脱ぎ捨て、この港に張り込んでいるのだ。

 むろん現時点で入港中の全ての船は、小倉藩の手によって一隻残らず調査の手が入っている。
 船舶の乗員や積荷搬入の関係者はもちろん船主の海運商人に至るまで、四郎一行に協力しそうな豊臣浪人ならびに隠れキリシタンとは、一切無関係である事実が証明されているし、そうでない者たちは、少なくとも現在この港にはいない――と聞かされている。
 無論そんな報告を鵜呑みに信じる気は、伊豆守には最初から無い。
 この港のどこかに、小倉藩の目をくらまして四郎一行の脱出に協力するために、擬装された船がいることは間違いないのだ。
 だからこそ、この船着場の数百人の兵はもとより、港自体を包囲するように数千人規模の兵が配置され、さらに沖合いには、四郎一党の出航を万が一許した際のために、大砲を積んだ軍船が待機している。
 傍目には完全な包囲網が敷かれているように見えなくも無い。

 だが、それでも松平伊豆守信綱は不安だった。
 むろん伊豆守とて、自分の標的がただの隠れキリシタンや忍者の残党程度であったなら、こんな不安を覚えなかっただろう。
 現在の幕閣には、大老の土井利勝、大目付の柳生宗矩、さらには伊豆守信綱を筆頭として実際の政務を取る堀田正盛・阿部忠秋ら六人衆(後の若年寄)など、徳川二百六十余年の歴史の中でも稀なほどに、まさに綺羅星のごとく人材が揃っている。
 だが、その中でも、この松平信綱ほどに種々の才に恵まれた男もいるまい。
 彼は政治家としても、官僚としても、さらに将軍家光の秘書役としても一流の才腕を持ち、さらに将としての軍才にも非凡なものを持っており、現に彼が指揮を取って、島原の反乱拠点であった原城を陥落させている。
 のみならず、一個の武人としても柳生流の免許持ちで、十兵衛や武蔵といった達人級ではないにせよ、その気になれば剣一本で充分めしを食える腕を持っていた。
 まさにオールマイティとは彼を指す、と言うべき人物ではあるが、しかし伊豆守自身、おのれはしょせん治世の能吏であり、乱世の奸雄ではないという評価を下していた。
 その自己評価が正しいかどうかはわからない。
 しかし、彼自身のその思いが謙虚さを生み、その謙虚さが他者の眼に「松平伊豆守」という人物像を、さらに大きく見せる役割を果たしていた。
 
 だが、それほどの伊豆守信綱にして、不安なのだ。
 あの天草四郎とその一党は、まさしく彼の知る常識の範疇から逸脱した力を持つ者たちであったからだ。
(やつらのあやかしの術は我々の常識では測りきれぬ……)
 という思いが、伊豆守の心中に暗澹たるものを青かびのごとく繁殖させていたのだ。

 あの異人の女は、その身から謎の怪光線を発し、幕軍総司令官であった板倉内膳正を爆殺している。
 むろん彼自身は、その「妖術」の発揮された瞬間を見たわけではない。
 だが、跡地を見れば、その術の凄まじい威力を想像するのは、むしろ容易だ。
(もしも、あの「妖術」を使われたら……)
 伊豆守の眉間に縦皺が寄る。
 想像するまでも無い。仮にも、砦一つを跡形も無く吹き飛ばす怪光線だ。
 今この瞬間にその光線が発射されたら、港は大混乱に陥るだろうし、その隙を突いて四郎一党が船に乗り込み、出航することは充分可能だろう。
 さらに、いったん遮蔽物の一切無い海上に出てしまえば、怪光線の威力は、文字通り最大限に発揮されるに違いない。
 大砲を積んだ軍船ごときが束になって包囲網を敷こうとも、まさに一撃で陣を破られ、やつらの脱出を許すだろう。

 むろん予想される事態への対策は講じてある。
 そもそも例の怪光線は、一度それを発射した異人の女騎士がその場で倒れ、三日間寝込んでしまったという情報さえある。
 その情報を信じるならば、あの光線は連続使用が可能なほど便利な代物ではないのかも知れないが、むろん希望的観測にすがって、そうではない可能性を無視するほど伊豆守は愚劣ではない。
 むしろ、彼の心を憂鬱にするのは、そこから先の話だ。
(そもそも奴らの使う「妖術」は、例の怪光線だけなのだろうか……)
 という点に尽きる。
 確かにあの女騎士は、自らの剣の刀身を透明にする妖術を行使しているという報告もあるが、そんな小技など、伊豆守は最初から問題にはしていない。
 彼が怖れるのは、あの怪光線と同じ規模の破壊が可能な妖術が、まだ存在するか否かという一点のみである。
――もしも、そんな妖術が複数存在するというなら。
――そして、それらを四郎一党が自在に使いこなせるとしたら。

 無論その想像には彼の理性がブレーキをかける。
 四郎一党がそこまでの力を持っているとしたら、そもそも島原の乱で幕軍が勝てるはずが無いのだから。
 だが、嫌な予感が止まらないのだ。
 乱の――原城籠城の時点ではともかく、あれから半年の時間が経過している。
 過去を根拠に、現時点での彼らの力を測ることは危険ではなかろうか。
 もしも、もしも万が一、伊豆守の嫌な予感が的中したなら――。
(そうなれば、もはや私一人の手には負える事態ではない……ッッ)
 そう思う伊豆守の視線がさらに鋭くなる。
 切腹覚悟で江戸に事態を報告し、幕府の権力と軍事力の全てを使ってでも、四郎一党を止めねばならない。
 しかし……そうなれば、少なくとも伊豆守の失脚は確実だ。

 保身になど興味はない。
 もし三代将軍・徳川家光にとって、自分の存在が無意味であるなら、伊豆守はただちにおのれの腹を掻き切り、四郎を逃がした責任を取ったであろう。
(だが、そうなれば……)
 伊豆守は瞑目する。
 家光は名君の片鱗はあれど、いまだ若年にすぎ、彼がその器を開花させるためには、まだまだ伊豆守の補佐が不可欠だ。
 もし現時点で伊豆守が幕政の最前線から姿を消せば、家光ごとき若造は、たちまちのうちに大老の土井利勝に実権を奪われてしまうだろう。
 そうなれば、あたかも執権職に実権を奪われた鎌倉将軍のごとく、あたかも管領職に実権を奪われた室町将軍のごとく、江戸幕府において将軍位の独裁権力を樹立させることは、もはや不可能に違いない。
 いや――少なくとも、それを自分の目の黒いうちに許すわけにはいかない。
「天下」のためではなく、「徳川家」のためでもなく、家光個人への忠誠のために、彼はまだまだ今の地位を失うわけには行かなかったのだ。
 

「伊豆殿……本当に奴らは来るでござろうか」


 その言葉でふっと我に返った伊豆守は隣を振り返る。
 窓もなく、用意された行灯がなければ昼でも闇になる一室――そんな港の片隅にある粗末な倉庫に待機し、松平伊豆守はいま作戦の前線指揮を取っている。
 本来ならば、こんな役目は彼ほどの地位の人間が担うべきものではない。
 だが、この期に及んで作戦指揮を他人任せにできるほどに、彼はのんきな男ではなかった――。

 そんな伊豆守に、なれなれしげな口を利いたのは、彼の隣の床机に腰掛ける若い男。
 豊前小倉藩主・小笠原忠真。
 一介の地方官の息子から現在の地位まで成り上がった伊豆守信綱とは違い、生まれながらの三代目大名ではあるが、それでもボンボン育ちの能無しではない。
 それどころか、むしろ小倉藩の人材登用などに辣腕を振るい、たとえば武蔵の養子の伊織を単なる剣人として扱わず、その吏才を認めて家老に抜擢するなど、殿様にしてはなかなかに仕事の出来る人物だと言ってもいい。
 少なくとも、現状の伊豆守にとっては、腹を割って意見を交換できる数少ない一人だった。
 だから伊豆守は、満面の自信に溢れた表情で忠真に言い返してやる。


「ええ、奴らは間違いなくこの小倉にやってきます」


(何故そう断言できる?)
 そう言いたげな視線を向けてくる小笠原忠真だが、伊豆守は謎めいた微笑を浮かべるのみで何も言おうとはしない。
 いや、敢えて言葉にしていないだけだ。
 忠真は気付いていた。
 伊豆守の沈黙と微笑は(何も言わずに私を信じてくれ)という彼なりの意思表示であることを。
 小笠原忠真にとって、この松平伊豆守信綱という男は、単なる中央政府の高級閣僚でもなければ、この一件に自分たち九州の諸大名を巻き込んだ厄介者でもない。
 いや、余人が彼をどういう目で見ていようが、それでも忠真にとってこの男の頭脳・胆力は、尊敬すべき対象であった。
 ならば、この若き小倉藩主にとって、いま言うべき言葉はただ一つしかない。
「わかりました。では、このまま四郎どもを待ちましょう」
「……ええ」
 その言葉に、伊豆守はむしろ重々しげにうなずいた。

 

(やれやれ……)
 まったく表情を動かしてこそいなかったが、それでも実は伊豆守は、小笠原忠真の対応に、安堵のあまり胸をなでおろしていたのだ。
(小倉の藩主が忠真殿で助かったな)
 と、までは思わないが、それでもここにいたのが忠真ほどに物分りのいい人間でなかったら、ここで質問攻めが始まっていたかもしれない。
 そうなっていたら、下手をしたら最悪の場合、露見した可能性さえあったのだから。

――四郎一党が小倉にやってくるという伊豆守の意見が、実は他者に明晰な論理で説明が出来るようなものではなく、ただ、伊豆守の勘と推測を根拠とするものでしかない、ということがだ。
 
 もっとも、伊豆守自身はおのれの意見を、確信――と呼べるほどに自信を持っている。
 島原の乱の軍師・森宗意軒。
 乱の勃発から現在に至るまで、四郎たちを実質的に差配している参謀役。
 もっとも伊豆守自身は、原城で戦死した板倉内膳に代わって現地に赴任した二代目の司令官なので、原城籠城以前の一揆勢の戦術・戦略を体験してはいない。
 しかし、それでも城攻めを通じて強いられた苦戦の数々は、その作戦立案を担当したという森宗意軒という「人間」を知るには、充分すぎるほどのものだった。
 だからこそ断言できるのだ。
 伊豆守はすでに、軍師としての宗意軒の思考傾向を「理解」している――と。
 状況に応じて、宗意軒がどういう結論を見出すか、もはやおおよその見当が付く――と。

 プロファイリングという言葉がある。
 日本では主に犯罪捜査に用いられる手法で、犯行そのものをあらゆる角度から行動科学的に分析し、犯人の人格・思考を推測して容疑者を特定するというものだ。
 伊豆守が言っているのは、その順序を逆にした行為だといえばいいだろう。
「犯人」の思考の方向性を把握してさえいれば、次なる「犯行」の具体的な予想も可能だということだ。
 もっとも、伊豆守が知覚した宗意軒の“癖”は、彼自身が明確に言語化して他者に説明できるようなものではなく、いわば感覚的なものにすぎない。
 だから、小笠原忠真がどんなに困惑した表情をしても、伊豆守は彼に何も言わず、敢えて沈黙を守るしかなかったのだ。もしも彼が何かを言えるとすれば、
「己を敵の立場において、その行動を予測するのは軍略の基本です。しかし、敵将の思考を理解できるならば、その予測はより完全な形で行える――私が言っているのはそういうことです」
 という理屈くらいであったのだから。
 
 もっとも、伊豆守の「プロファイリング」は、単なる予断・推測ではない。
 宗意軒の思考を誘導するためのエサも、充分に撒いてある。
 小笠原忠真に依頼したその「撒き餌」も、伊豆守の希望通り撒かれていることはすでに確認してある。
 だから、伊豆守の表情には曇りは無い。



「「「「「「「「「「「「

「しかし森殿、なぜ小倉なんでやんすか?」

 山小屋にいる全員――佐助、十蔵、セイバー、天草四郎らが等しく思っている同じ疑問を、才蔵は敢えて問い、宗意軒は答えた。 
「以前四郎には説明したが……門司から下関へ渡ると見せかけて、小倉から出航するという、わしら本来の策はすでに敵に読まれておるとな」
「その話ならば、すでにシロウから聞いている。ならばこそ、裏の裏をかいて我々は、本来陽動であったはずの門司に向かうと」
 そうセイバーが口を挟む。
 が、宗意軒は静かに首を振る。
「どうやら、伊豆の奴はわしらがそう考えることまで読み切っておったようじゃ」
「それは?」
 天草四郎が老人に聞く。
「さっき偵察から帰ってきた穴山小助と由利鎌之助の話を合わせて考えるとな……どうやら小倉に比べて門司に配された兵の数は半分ほどらしいのじゃ」

「……へえ?」
 思わず頓狂な声を洩らした才蔵に代わり、天草四郎が皆を代表するように老人に問う。
「ならば、なぜ敢えて警戒の厚い小倉を選ぶのです?」
「だからこそ、じゃよ」
 と、答える宗意軒の表情には、自信が溢れていた。
「二人の報告によると、門司の兵は数こそ少ないが、その士気は高く、精兵揃いであるように思えるそうじゃ。それに比べて小倉の兵は数こそ多いが、その惰気は明白で、到底わしらを本気で止めるための警備には見えぬとな」
「それだけですか?」
「まだある」
 そこで息を切り、宗意軒はにやりと笑った。


「門司の兵の中には、宮本武蔵の姿があったそうじゃ」


 その名を聞いて、さすがに全員の目の色が変わった。
 武蔵という男をテーマに、たった今まで彼らはミーティングを重ねていたところだったのだから、それは当然であろう。
「なるほど……それなら確かに、小倉に向かうべきだと言うしかないな」
 セイバーが納得したようにうなずく。

 これまで幕府軍の追跡や阻止線を、自在に蹴散らしてきた四郎一党にとっても、最も警戒を要する存在こそが宮本武蔵であることは、四郎追捕の総指揮官である松平伊豆守も承知しているはずだ。
 なにしろ武蔵は、原城で幕府兵をなで斬りにしたセイバーと互角に戦い、さらに原城以降の追跡戦でも、四郎一党に忠実に追いつき、“十勇士”の一人である望月六郎を斬るという結果を残している。
 その武蔵を、小倉ではなく門司に配置しているということは、四郎一党の本命たる目的地が門司であると、伊豆守自身が判断したからに他ならない。
 ならば、その裏をかくのはむしろ当然であろう。

「……まあ、宮本クンも今回は命拾いしたって話ッスかね」
 十蔵が、これみよがしに短筒を弄びながら言い、一同の苦笑を誘う。
「とにかく明日払暁、我らはこの山小屋を引き払い、小倉に向かう。よいな?」
 そう言いながら、宗意軒の頬にも苦笑が浮かんだままだ。

 もちろん彼らは知らない。
 その笑みさえも、敵将・松平伊豆守の用意した「撒き餌」の結果である事実を。 


」」」」」」」」」」」」」

 その瞬間だった。
 薄暗い行灯のみを唯一の照明とする暗黒の倉庫内に、突如強烈な光が差し込んだのだ。
 それの意味するところはただ一つ。
 何者かが、この倉庫の扉を開け、中に入って来たのだ。
「誰じゃ!?」
 反射的にそう問う忠真ではあるが、それは愚問というものだろう。
 ここに松平伊豆守と小笠原忠真がいることを知る者は決して多くはない。
 
「殿、阿波でございます」
 小倉藩小笠原家家老・三浦阿波守。
 しかし、そんな名前はどうでもいい。
 重要なのは、彼がここへ来た理由なのだから。
 そして、その重要さを知る三浦家老は、可能な限りの冷静さを装いながら、しかしそれでも抑えきれぬ興奮とともに、忠真ににじり寄り、それを告げた。


「外詰めの兵どもから報告がありました――四郎ですッッ!! 天草四郎とその一党が、商人に変装して姿を見せましたッッ!!」


 思わず床机から立ち上がった忠真。
「…………ッッ!!」
 外詰めの兵とは、この小倉港を包囲するように配した三千の兵のことで、いわばこの包囲網の外郭にあたる部署の者たちだ。
 が、それはいい。
 忠真の目は、見事おのれの“予言”を的中させた伊豆守に注がれている。
 しかし、それも一瞬だった。
 彼は、すぐに我に返り、おのれの役目を思い出したかのように叫んだ。
「すぐさま陣貝を吹け! 全ての兵を集めて奴らを包囲し、斬れ!!」
 と。
 が、それを遮るように冷静な声が、蔵の中に響いた。


「なりませぬ。気付かぬ風を装い、奴らが船に乗り込むのを待つのです」


 小笠原忠真は、今日三度目になる奇異の視線を、伊豆守に向ける。
(何を馬鹿な、この港にいるのは、四郎を捕らえ斬り捨てるための兵ではないか)
 そう言いたげな――先程までとは違い、咎めるような鋭い視線を伊豆守に送るが、それでも伊豆守は動じない。
 むしろこれまで以上に冷静な声色で、三浦に言う。
「よいですか、奴らを船に乗せるのです。それまで断じて手を出すことは許しません」
 が、そう言われた三浦阿波守は何も言えず、困惑したように忠真を見上げる。
 当然であろう。
 たとえ松平伊豆守が天下の老中であろうとも、彼の直接の主君は小笠原忠真であり、この港にいる全ての兵は小笠原家の兵なのだから。

 しかし、忠真の判断は早かった。
――伊豆殿の脳裏には、ここから先の局面の全ての絵図面が、完成された形ですでに存在しているのだろう。
 そう解釈するや、おのれの父親ほどの歳の家老に向け、硬い口調で命じた。
「構わぬ、すべて伊豆殿の指図どおり動け。これはわしからの命令じゃ」
「はッ!!」
 そう答え、主君に背を向けて駆け出そうとした三浦だったが、
「阿波!!」
 と呼び止め、忠真は重ねて申し付けた。
「抜け駆けに逸って我が命に逆らいし者には死を与える。なればこそ四郎どもには絶対に手を出すな。兵どもにそう伝えい!!」
 その若き主君の厳しい表情に、むしろ頼もしげなものを見る視線を送り、三浦家老は改めて、
「ははッッ!!」
 と平伏し、そして蔵を出て行った。
 残ったのは、忠真と伊豆守の二人だけだ。
 そして、忠真はしばしの沈黙の後、伊豆守を振り返り、言った。

「つまり、敢えて連中を海に出す理由がある、ということですか伊豆殿」
 
 伊豆守は、この頭の回転の速い青年の言葉に満足げにうなずく。
「いま我らが一番怖れねばならぬ事態は、四郎を逃がすことです。しかし、海上ならばその心配はない。奴らを一度海に出し、そこで船ごと沈めてしまえば、いかにキリシタンの妖術使いといえども溺れ死ぬしかないからです」
「……なるほど」
 ようやく納得したように忠真は微笑する。
「それに、船着場でいかに連中を包囲しても、武蔵を欠いた我が藩の兵では、奴らを結局取り逃がす恐れも、少なからずござりますしな」
 そう自嘲気味に言う忠真に、伊豆守は何も言わずに苦笑いをする。
 武蔵を門司に配置したのは伊豆守の指示だから――ということだけではない。
 どう言い繕うとも「小笠原家の兵では、しょせん白兵戦で四郎一党を斬ることは難しい」という意味の発言は、武家の面目を著しく傷つけるものだからだ。
 だから、伊豆守は意識を切り替えたように立ち上がり、言い放つ。


「どちらにしろ、この海こそが奴らの三途の川になることは間違いありません」


 が、その肝心の海戦においても、伊豆守が内心に不安を抱いている事実を、小笠原忠真はまだ知らない。


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