(……生きてる?)
セイバーが目を覚まして最初の思考がそれだった。
おのれの生存という事実に疑問符が付くのは、自分が“約束された勝利の剣(エクスカリバー)”を行使した記憶がセイバーにも残っていたからだ。
自身の最後の切り札たる対城宝具の使用は、ショック死を予測させる程の反動を肉体に及ぼすと彼女も確信しており、むろん覚悟もしていた。
(簡単には死ねぬ)
と思い至るがゆえに、自分や仲間たちが乗る船に、敵船から艦砲射撃を撃ちかけられても、その破壊光線による反撃を躊躇したほどであった。
が、それほどの危険技を(シロウが危ない)という、いわゆるとっさの判断からの反射行為で使ってしまったところが、ある意味セイバーらしいと言えない事も無いだろうが。
とりあえず生きてはいる。それはいい。
彼女は身を起こし、周囲を見回す。
(どこだここは)
確かにそこは見覚えのない部屋だった。
塵一つ落ちていない六畳の和室。そこに高級そうな布団が敷かれ、彼女はそこで眠っていたのだ。
まるで広壮な武家屋敷の中にでもいるように周囲は森閑としているが、もとより彼女に思い当たる場所はない。
とはいえ、昏睡していた自分への待遇から考えても、どうやら囚われの状態で無いことくらいは見当が付く。
(サナダの者たちの隠れ家の一つか?)
とは思うが、原城以来の付き合いでしかない真田忍軍の隠れ家など、彼女が知るはずもない。たとえどれほど生死を共にくぐろうとも、しょせん自分たちはそれ以上の関係ではないのだ。
そう考えると、セイバーにも少し寂しさが募る。
そのとき、からりとふすまが開いた。
「セイバー……気が付いたのですか!?」
天草四郎だった。
彼女が意識を回復させているとは思ってもいなかったのだろう。
部屋の中にいる者に何の声もかけず、ふすまを開いた彼は、布団から身を起こしているセイバーを見て、しばし眼を丸くしていたが、次の瞬間、抱きつかんばかりの勢いで部屋に入ってきた。
むろん二人は恋人でも男女の仲でもないので、そこで熱い抱擁が展開されたというわけではなかった。
しかしそれでも、そんな彼の様子はかつての衛宮士郎を思い出させ、セイバーは思わず頬を染めて顔を伏せてしまう。
「よかった……本当によかった!!」
が、そんなセイバーの内心はともかく、そう言って彼女の右手をとり、喜びに震え、涙まで浮かべる四郎の顔はもうくしゃくしゃだった。
ひとかけらの下心もない、子供のように純粋な感情表現。
そんな四郎の頭を、余裕を取り戻したセイバーは微笑みながら撫でてやる。
「心配をかけましたねシロウ、でももう大丈夫です」
「でも……でも……もう本当にダメかと……ッッ」
「まあ、わしはそんなに心配もしとらんかったがのう」
この場にいないはずの第三者の声。
セイバーが思わず顔を上げると、まるで骸骨のような容貌の小柄な老人がふすまの向こうから顔を出し、皮肉っぽく笑っている。
不意の闖入者の登場に、四郎もさすがに我に返り、羞恥に顔を染めながら、さっとセイバーから距離を取る。
同じくセイバーも少々ばつの悪そうな顔をしながら、咎めるように言う。
「のぞきは悪趣味だぞソーイケン」
しかし森宗意軒はむしろそんな二人を、微笑ましそうな目で見ながら部屋に入ってくる。
「そなたを召喚したのはわしじゃぞセイバー。例の“約束された勝利の剣(エクスカリバー)の反動がどれほどのものかはともかく、そう簡単に死ぬような設定値で召喚儀式はしとらんわい。じゃがな……」
「なんだ」
「切り札の使用にそこまで危機感を覚えておったなら、四郎だけではなく、せめてこのわしにも一言相談が欲しかったと思ってな」
そう言って眉をしかめる宗意軒に、さすがのセイバーも一瞬痛いところを突かれたような顔を見せる。
「……すまぬ」
と、殊勝な表情のまま詫びを入れるが、
「まあ、わしがおぬしに信頼されておらなんだだけと言えば、そこまでの話じゃがのう」
と、続けながら畳にあぐらをかく老人に、セイバーは思わず眼を見張った。
「どうしたのだソーイケン、貴方は少なくとも私にそんなことを言うような方ではなかったはずだが?」
「何をたわけたことを。わしの隠れた優しさに今頃気付いたそちに、人を見る眼が無かったというだけの話じゃろうが」
そう言いながら高笑いをする老人は、以前にもまして胡散臭く見えたものだった。
四郎とセイバーはたまらず視線を交し、苦笑を洩らしあう。
「――で、ここはどこなのだ?」
雑談はここまでだとばかりに表情を改め、怜悧な目で尋ねるセイバーに、四郎も宗意軒も一斉に微笑を消した。
そして、数秒の沈黙の後、気まずい表情のまま天草四郎が口を開いた。
「セイバー、ここは紀州徳川家の大坂藩邸です」
「…………トクガワ?」
セイバーは、自分が今何を言われたのか、とっさに理解しかねる顔になっていた。
「私の記憶が確かならば、トクガワというのはこの国においてあなた方を弾圧した中央政府の支配者だったはずだが」
「その分家じゃ。紀州徳川家というのはな」
バツの悪そうな表情のまま、宗意軒は言う。
「つまり、早い話が敵ではないか。何故そんなところに我々は身を寄せているのだ?」
そう問うセイバーの口調に咎めるような空気は無い。
ただ、あまりにも想定外すぎる現状に対する疑問を、子供のような素直さで尋ねているだけのように見えた。
なればこそ、それに答える立場の二人の表情は晴れない。
「予定通りの現状というわけではないわ。我らにとっても思わぬ成り行きというしかないのじゃからな」
「成り行き?」
「セイバー」
そう呼びかけるや、天草四郎が表情を改め、彼女を振り返る。
「まだ言ってませんでしたが、あの海戦からすでに十日がたっています。キミが眠っている間に色々あったということです」
「それでは説明になっていない」
そう言ったセイバーは、初めて目に怒りの感情を浮かべた。
「まさかシロウ……あなた方は我々を当局に売って安全を確保した、などと言う気ではないでしょうな……ッッ」
「なにを馬鹿な!!」
さすがに天草四郎も顔色を変えて反論しようとするが、宗意軒は、手を差し出してそれを封じる。
「そう興奮するな四郎。ここがどこかを理解したなら、こやつが我らを疑うのも仕方はあるまい」
と言いながら居住まいを正す老人には、すでにいつもの他人をからかうような空気はない。その瞳に宿るのは、軍議で作戦を発表するときのような真剣さだった。
「とはいえセイバーよ、うぬも本気でわれらが徳川に身を売ったなどとは思ってはいまい?」
さすがにセイバーとしてもその言葉には黙るしかない。
もしも四郎や宗意軒が自分たちを売ったとすれば、少なくとも彼女や真田衆たちは牢獄にでも放り込まれていなければならないし、この二人が監視も付けられずに屋敷内を闊歩していられるはずもない。
いくら寝起きではあっても、そのくらいの道理はセイバーにもわかる。
「一から事の顛末を話してやろう。少し長い話になるがな」
」」」」」」」」」」」」」」
(生きてる……?)
シグナムが最初に目を覚まして最初の思考がそれだった。
もっとも、あの瞬間のシグナムは、そこまで死を覚悟したわけではなかった。
あの金髪女が放った魔力光。
おそらくまともに直撃していたら、跡形も無く自分は蒸発していただろうという確信はあるが、それでも彼女は記憶していた。おのれを意識喪失に導いたのは、その魔力光をシュツルムファルケンで迎撃した際に発生した爆風と衝撃波であることを。
(ふっ……)
そう思い返すと、思わず苦笑が洩れる。
この世界に移転する際、流星か隕石のごとく大地に激突し、森林の真ん中にクレーターを刻み付けてなお柳生屋敷で平然と目を覚ました自分なのだ。
爆風に煽られ、海面に叩き付けれた程度で死ぬとは思えない。
もっとも、自分本来のスペックを考えれば、現状での非常識な頑丈さは不可解と言うしかない。“闇の書”の守護騎士――ヴォルケンリッターは決して不死身ではないのだから。
(まあいい)
むくりと身を起こすと、彼女は周囲を見回した。
塵一つ落ちていない六畳間。
自分が眠っていたのは、一瞥しただけでわかる、柳生で彼女が使っていたものより明らかに高級そうな布団。
いや布団だけではない。
部屋の造作を見れば、ここが大和の柳生家よりも一段格上の屋敷であることは、なんとなく想像がつく。
が、広壮な屋敷の割には、明らかに猥雑な人の気配、物音が部屋の周囲から伝わってくるのだ。特に――。
シグナムはちらりと、その方向に目をやる。
この六畳間は、部屋の東西こそ壁であるが、南北はふすまと障子によって出入り自由となっている。ふすまの向こうは、おそらく廊下であろうか。人が行き交う気配が頻繁にある。
が、障子の向こうは中庭にでもなっているのか、障子紙越しに柔らかい日光が部屋をぼんやりと照らしているのだが、そっちの方向から尋常ならざる騒がしい物音が伝わってくるのだ。
もっとも、その庭で誰が何をしているのか、シグナムにはおおよその見当はつく。
布団を跳ね上げ、立ち上がると、彼女は障子をからりと開いた。
そこには――シグナムが予想していた通りの光景があった。
激しく木刀をぶつけ合う二人の男。
もっともそれは稽古試合ではなく、どうやら型稽古のようであり、一人が攻め、もう一人が受けに徹している。
しかし「攻め方」の振るう太刀筋の鋭さ、さらにそれを見事に防ぐ「受け方」の剣さばきから見ても、両者共にかなりの腕前であることは間違い無さそうだ。
もっとも、その「受け方」を勤めるのが柳生十兵衛であることから、シグナムが感服した手練も当然と言わねばならないが、ならば、残るもう一人は誰なのか――それに気付いた瞬間、その意外さに彼女は目を見張った。
そこにいたのは松平伊豆守信綱その人だったからだ。
むろんシグナムは松平伊豆守の顔を知っている。
峠の茶屋で老婆に変装して自分たち二人を待っていたニンジャ――たしか服部半蔵とかいう男だったか――に小倉で引き合わされた人物というのが、この伊豆守だったからだ。
そのときに十兵衛から、彼はこの国の中央政府の権力者の一人であると、非常に大まかな説明は受けた。
が、シグナムが彼に対する第一印象は、むしろ学者ような物静かな男だなという程度のものでしかなかった。
この伊豆守という男が身にまとう空気が、政治家・権力者といった人種独特の脂ぎった雰囲気とは、あまりにかけ離れていたからだ。
少なくとも、十兵衛を相手に木刀を振り回すようなイメージは皆無だったと言っていい。
もっともシグナムは知らないが、この松平信綱という男は、かつて江戸の柳生道場で、十兵衛や荒木又右衛門、田宮坊太郎らとともに剣の修行に励んだ仲であり、最終的には免許皆伝を許された剣士でもある。彼を論ずれば「知恵伊豆」とまで称される政治的手腕ばかりが話題になるが、野に下れば、その剣一本で充分にめしを食える男だった。
「はッ!!」
やがてその男は、中庭に響きわたる気合と共に、おそらくは型の決めである一剣を、受け手たる十兵衛の頭上すれすれにピタリと止める。
「……ここまでにしておきましょうか、十兵衛殿」
「はい、信綱殿」
と、両者は一呼吸の間を置き、離れ、互いに一礼を交し、そして男たちはこちらを振り向いた。
「おう、これは天女様――お目覚めになられましたか」
そう言われ、シグナムも一応、貴人への礼を守ってその場に座し、頭を下げた。
おそらくは彼女が顔を出した瞬間から気付いていたであろう十兵衛も、伊豆守の後ろから、にっこりと手を上げて見せる。
が、シグナムは一瞬視線を交わして十兵衛に応えこそしたが、すぐにその目を伊豆守に固定する。
「はっ。ご心配をおかけし、まことに申し訳ござりませぬ」
「いやいや、元をただせばそなたの負傷は全て、私の依頼に端を発するもの。謝罪と感謝をするならば、それは少なくとも私の方でありましょう」
そう言いながら、シグナムの肩に手を置き、
「十兵衛殿ともども、よく戦ってくれました。心から礼を申します」
そう真摯な表情で声をかけた。
これが仮にも天下の老中からの言葉と思えば、シグナムが普通の日本人であったなら、感涙にむせぶほどの反応を見せたであろう。
しかし彼女のリアクションはむしろ周囲の想像を絶したものであった。
「あなた様のおっしゃる“礼”とは、このようなお言葉一つで済まされる程に軽いものでございますか?」
何かの皮肉や冗談の類いではない。
その証拠に、そう言った彼女の目は、反骨・挑戦というよりもむしろ相手の非を咎めるような光を帯びて伊豆守に向けられている。
無礼と言えば無礼すぎるこの言動に、伊豆守も十兵衛も等しく、絶句してしまった。
なにしろ相手は天下の重鎮。江戸幕府の執政たる松平伊豆守信綱だ。たとえ五十万石の太守であっても、彼相手にこんなぞんざいな口は利けまい。
しかし――シグナムにはそんなことは関係ない。
彼女が憚るべき相手は、直接の主たる八神はやてただ一人であり、その厳然たる事実を前にすれば、たとえ眼前の男が何様であろうとも、所詮は管理外世界の「地方政府の一有力者」に過ぎない。
礼儀を守ればこそ現地の秩序に従いもするが、相手が礼を尽くさぬならば、言いたいことを敢えて抑える筋合いは無い。
それがシグナムの道理であった。
つまり――彼女は怒っていたのだ。
無論シグナムが何を考えていようが、この時代のこの国の価値観的に、彼女の言動は非常識すぎた。
「無礼でござろうシグナム殿、おやめなされっ!」
彼女の保護者役である十兵衛が、たまらず二人の中に入ろうとする。
「信綱殿、この者は本来、現世の人間ではありませぬ。それ故この――」
が、そんな彼の言葉を封じたのは、続いて放たれたシグナムの言葉だった。
「伊豆守様……あなた様は、このシグナムと十兵衛殿を殺す気でおられたのですか?」
小倉沖で天草四郎一党を海上で待ち伏せた八隻の艦隊。
その中でも唯一大砲を装備した船に乗り込み、シグナムと十兵衛の二人に、その大砲を守るように依頼してきた人物こそが松平伊豆守であった。
老中としての命令ではなく敢えて“依頼”という表現を使ったのは、この二人が、むしろ立場的には伊豆守自身の「政敵」と呼ぶべき柳生但馬守宗矩の関係者であったからだ。
とはいえ、十兵衛は父・但馬守に勘当された身の上であるし、シグナムにいたっては、その身柄をめぐって親子喧嘩の種になっているほどなので、厳密には二人は「柳生家の関係者」とはとても言えないのだが、それでも伊豆守は礼を尽くして頭を下げた。
十兵衛にとっても伊豆守は、元をただせば柳生道場時代の同窓生でもあるし、そもそも父親の政治的立場など、彼にとってはどうでもいい話だ。
さらに、十兵衛の食指を動かしたのが伊豆守の以下の言葉である。
「宮本武蔵殿を陽動に使う以上、四郎一党の曲者どもと互角に戦える剣人は、おそらくはこの九州諸藩にはほとんどいないはずです」
「特に、一党の中の金髪碧眼の女剣士などは、島原の陣中において武蔵殿と五分に渡り合うほどの強者でありましてな。十兵衛殿が今このとき、この小倉の地におられたは、まさに天佑と言うべきか」
「いや、その女剣士のみならず、あやつらの一党には猿使い、霧使い、鎖使いに銃使いと油断ならぬ者どもがひしめいておる。これまで九州諸藩の兵を使い、連中を追跡したが、恥ずかしながら現在まで、当方には二百人以上の死傷者が出ておるほどです」
政治には興味は無い。
ならばこそ父・但馬守と伊豆守の政治的不仲も知ったことではない。
敢えてそう公言して憚らぬ十兵衛ではあるが、しかし、伊豆守の言葉には激しく胸を揺さぶられるものがあった。
そもそも宮本武蔵と実戦で真剣勝負をすることが出来る――というのが、十兵衛をしてこの旅に出向かせた第一目的であった。
つまりそれは、彼が松平伊豆守指揮下の天草四郎捕縛作戦を妨害する立場であるという意味だ。
だからこそ服部半蔵は、十兵衛とシグナムをわざわざ小倉まで道案内したのである。半蔵が組頭を勤める公儀隠密・服部組は、幕府大目付たる柳生但馬守指揮下の諜報機関だからだ。
しかし小倉に到着してみれば、半蔵が十兵衛を案内したのは父の政敵たる伊豆守信綱の屋敷であり、伊豆守その人の居室であった。
むろん十兵衛は困惑した。
もしここで彼が伊豆守に加担したとなれば、父を――いや、柳生家とその指揮下の公儀隠密団そのものを敵に回しかねない。
いかに政治に対する興味がなかろうとも、十兵衛とて人の子だ。実の父親や実家を敵に回す覚悟までは持ち合わせていなかった。
が、そこで伊豆守が口にしたのは――この一件に関しては、柳生家との間で話がすでに付いているという言葉であった。
武蔵と戦える、どころではない。
つまり父の意思としては、最初から武蔵を「味方」として共同作戦をせよということであり、さらに状況を見て、天草四郎の手柄首を横取りにせよということであり、そのためであれば――という条件付きでの武蔵との交戦許可であったに過ぎなかったのだ。
十兵衛としては多少、白け顔になっても仕方なかっただろう。
ぶっちゃけた話、この件にシグナムの身柄保証という一因がなければ、このままUターンして柳生に帰ってやろうかとも思ったほどだ。
しかしそれでも、武蔵と互角の強さを持つ敵と戦える、という伊豆守の言葉は、彼の剣士としての好奇心を刺激するには十分だった。
だからこそ十兵衛はシグナムと共に、伊豆守の“依頼”を了承したのだ。
戦船に搭載された大砲を、四郎一党の手から防衛するという任務を帯びて。
「結果的に、伊豆守様の御依頼を果たしえず、船の大砲をセイバーに破壊されるを許してしまったのは、確かに当方の失態。なれどその件とは別に、このシグナム、伊豆守様にお尋ねしたいことがあります」
「…………」
「あなた様は、セイバーの切り札が、剣からの砲撃魔法であることを御存知だったのではありませんか?」
シグナムの言う「セイバー」という名が、例の金髪女であることも、「砲撃魔法」なる言葉が、原城にて板倉内膳正を吹き飛ばした怪光線であることも、伊豆守には、なんとなくだが想像はつく。
が、彼は答えない。
道場時代から、投げかけられた疑問には理路整然と答え、質問者を逆に黙らせる程に弁の立つ松平信綱がだ。
十兵衛は、シグナムよりもむしろ、黙して語らぬ伊豆守に不審げな視線を向けるが、それでも彼の口は開かない。
しかしシグナムは、彼の沈黙を質問に対する是認と解釈したのか、さらにその視線を鋭くしていく。
「もしもセイバーが、こっちの船に乗り込んで大砲を破壊するなんてまどろっこしい真似をせず、即座に砲撃魔法で艦砲射撃に応戦してきていたら、我々はなすすべなく死んでいたでしょう」
「…………」
「もしも事前にあの女の切り札の話を聞いていたなら、まだ対応の仕様もあったでしょう。しかし、私は何も聞かされてはおりませんでした」
「…………」
「結果から言えば、私たちが今こうしてここに生きているのは、ただの偶然でしかありません。いや、客観的に見て死んでいた可能性の方がはるかに大きいでしょう」
「…………」
「敵戦力の重大情報を意図的に隠匿し、我らを死地に赴かせた理由が――そんなものがあるならばですが――是非お聞かせいただきたい」
「…………まあ、そなたが左様に申されるのも、ある意味仕方のないことではありますな」
そうポツリとつぶやいた伊豆守に、十兵衛は唖然となった。
まさか事ここに及んで、彼がシグナムの主張を認めるとは思わなかったのだ。
それはシグナムも同様であったと見えて、一瞬まばたきを激しく繰り返した。
が、伊豆守はまるで何事もなかったかのように彼女を振り返ると、
「とりあえず中に入りましょうか」
と言い、にこりと笑った。