むっすーと膨れたフェイト。
いやまぁ、原因は今日の嘱託のお仕事なんだけどさ。
クロノから色々と聞きたい話があるのだけれど、アイツもアイツで忙しいらしく夜に、という話になった。
で、それまでの時間をどうやって潰すかって話なんだが――
「ねぇフェイト。もうそろっと機嫌を直してくれたら、兄さん嬉しいなーとか思うわけですよ」
「機嫌、悪くない」
つーんとそっぽを向いたまま、フェイトは不機嫌そうにそんなことを言う。
いや、どう見ても機嫌が悪いよ。
ああもう。
……いや、俺が悪いってのは分かっているけどさ。
そりゃあ散々練習したあげく、土壇場で違う人とコンビネーションを組まれたら誰だって不機嫌になるか。
でもしょうがなかったんですよ。あの場ではああするしか……。
「……あのね、フェイト」
「何? 兄さん」
「どうやったら機嫌を直してくれる?」
「機嫌なんて悪くない」
……はいすみません。
土下座したい心地となりつつも、本局の廊下でそんなことをしようものなら変人扱いだ。
うむむ。
……よし。
「よし、フェイト」
「何?」
「デートしよう」
「……え?」
さっきまでの不機嫌な表情を崩し、呆気にとられたように彼女はぽかんと口を開く。
呆けた彼女の手を取って、転送ポートへ。
ご機嫌取りの定番といえばショッピングですよ。
「クラナガンで良いかな?」
「あ……うん。行きたい」
心持ち、フェイトが俺の手を握り替えしてくれた気がした。
脈ありか。よし、このまま機嫌を直して貰いましょう。
リリカル in wonder
ミッドチルダの首都、クラナガン。
まだ日が傾いてない時間。人通りは多く、大通りを進む人々はビジネスマンだったり学生だったり主婦だったりと、雑多だ。
そんな光景を目にして、きょろきょろと忙しなく周囲を見回しているフェイト。
どうやらここへくるのは初めてらしく、物珍しいみたい。
うむうむ。お上りさんっぽさがたまりませんな。
……そういう俺も、クラナガンにくるのは七回目だったか八回目だったか。
それでもまぁ、きたことないよりはマシっしょう。
いずれ六課が建つであろう湾岸地区とか本局は見に行ったことがあるので、今日は市街地で遊ぼうか。
何より、それが目的だしね。
「さて、どこか行きたいところはある? 色々あるよー。カラオケとか」
「……私、あまり歌とか知らないから」
……ですよねー。聞きたかったんだけど。
っていうか今気付いた。
子供の身分で会員カードって作れるのかよ。
没。
ううむ。っていうか、フェイトに聞くなって話。
俺がエスコートしないとだからなぁ。
動物園……は若干遠いか。だとすると、買い物?
悪くはない。任務が終わったばかりだから金が入る予定もあるし。
けど、フェイトのことだから遠慮しそうだしなぁ。
「ね、フェイト。行きたいところはある?」
「ううん。兄さんに任せるよ」
マジか。責任重大じゃないか。
じゃあ――
「水族館とか、どう?」
「……行ってみたい」
返ってきた声は雑踏から上がる音に掻き消されるぐらい小さかったが、それでも届いた。
なんとも楽しみにしているというか、そんな雰囲気を表情から察することができる。
やっぱりこの子は笑っているのが一番だと思うよ。
じゃあ決定、とはぐれないように手を取る。
興奮しているのか、慣れない場所に緊張しているのか。
フェイトの掌にはじっとりと汗が浮かんでいた。
……ちゃんと楽しませてやらないとな。
そのままモノレールに乗り海辺に近い駅へ。
しっかし規模が大きいよなぁ。多摩モノレールに乗ったことあるけど、駅はもっとしょぼかったぞ。
なんてことを考えつつ、乗り込むと、異様に込んでいた。
あれれ、今日は休日ってわけじゃなかったと思うけど。
帰宅ラッシュにしては早いしなぁ。
窓際の場所に押し付けられるようにして、なんとか入り込む。
しかし、なんという窮屈! 不快度指数は急上昇だ! エクソダスしたい!
などと思っていたら、不意に腕を掴まれた。
なんぞ、と思ってみてみれば、犯人はフェイトさんでしたよ?
「どうしたの?」
「その……はぐれそうで」
言いつつ、フェイトは腕を絡めてきた。ぎゅうぎゅう詰めなので、自然と身体も密着する。
……なんだろう。胸とか当たっても微塵も色気を感じない。これが妹フィルターか。
いや、まだ九歳なんだから当たり前ですが。
俺はロリコンじゃない!
断じて!
「……兄さん」
などと思っていたら、急にゾクっとした。
至近距離まで近付いたフェイトの吐息が首筋にかかったのだ。
他の乗客に押し込まれているからか、はぁ……っ、と苦しそうな声が。
耳元に。
耳元に。
「いた、痛い。兄さん……ちょっとキツイよ」
耳元に……!
「もう少しだから、我慢できるか?」
「うん、大丈夫。大丈夫、だから」
「……っ、もうスペースが空いてないかな」
「ん、行き止まりだね。奥まで……入ってる」
「ごめんな。せっかく……」
「良い、よ。苦しいけど、それ以上に……嬉しいから」
水族館にいけるのがですね。ええ。
「……しっかし、本当にキツイな。少し動いたら――」
「え、待って兄さん。苦しいから、そんな……」
「駄目だ。もう我慢できない」
「駄目、動いちゃうと……!」
悲鳴じみた声が上がる。
しかし、それでも溜まりに溜まった(ここから出たいという)欲望は止まらない。
フェイトはそんな俺の胸元に手を這わせ(あくまで服を掴むために)しがみついてくる。
そうしていると、じわじわと(主にモノレール内の)熱気が押し寄せ、頬を汗が伝う。
もう限界が近い。フェイトの頬は段々と上気し、匂いで(他の乗客の香水か何か)で頭がくらくらしてきた。
こんな……フェイトにとっての(モノレールに乗る)初体験で良いのだろうか。
もっと楽してやれる方法だって(タクシー使うとか)あっただろうに。
「うぁ……もうすぐ」
「ん……頑張って」
時間の流れが遅いような早いような。
フェイトと身体を重ねているせいで、彼女の熱が伝わってくる。
視線を下げれば、もう一杯一杯といった様子の顔を変えて、辛いだろうに笑みを浮かべてくれた。
そして不意に、ガクンと足腰が痺れる。
訪れる開放感。目の前が急に開かれるような、そんな錯覚を――
……錯覚じゃねぇよ。
駅に着きました。
押されて、吐き出されるようにホームへと降り立つ。
そうして溜息を吐くと、こきこきと首を鳴らした。
「どの世界でも満員電車は最悪だよなぁ」
「……こんなに酷いとは思わなかった」
「……ごめんなさい」
「良いよ。これも貴重な経験」
そう言って楽しそうに笑みを浮かべると、フェイトは絡めたままの腕を引っ張って改札口へと俺を引っ張った。
「ね、行こう兄さん」
「そうだね」
「兄さん。これって魚なの?」
フェイトが指さした先にいるのは、『インドアフィッシュ』と名の付いた魚。
魚ではある。
しかし水槽の中にいるだけで、そこに水は張ってない。食い残された肉がなんとも無惨。
……見なかったことにしよう。
控え目な照明に照らされた館内は、家族連れだったりカップルだったりとそんな人たちが闊歩している。
カップル許すまじ……! お子様ボディに入っている俺は彼女の一人も作れないというのに……!
けっ、と吐き捨てつつ、お嬢様をエスコート。
どう見ても念魚です本当にありがとうございました、といった水槽から離れると、次の場所へ。
お、案内板がある。
『羽クジラ』
『七つの海のシャチ』
『アトランティス亀』
『五色鮫』
……見なかったことにしよう。
俺は何も見ていない。
「ふぇ、フェイト。ちょーっと向こうは危険な香りがビンビンするから、熱帯魚の方に行こうか」
「あ、うん」
シャチ……と残念そうにしているフェイトには申し訳ないが、なんとか熱帯魚エリアに引っ張っていくことに成功。
ふぅ……常考的に考えてヤバイだろう。なんて風に重複してしまうぐらいヤバイ。
ふと、フェイトの方に視線を向けてみる。
水槽にべったりと張り付いて、目をきらきらさせながら魚を眺めている彼女はなんとも年相応。
普段は落ち着いているけれど、やっぱり子供っぽさはあるよなぁ。
声を上げてはしゃいだりしないけど、表情は豊かだ。
……連れてこられて良かった、かな。
ご機嫌取り以上に、彼女の笑顔が見れるのは嬉しいよ。
……っと、
「兄さん兄さん。次はあっちに行こう! イルカが見たい!」
どうやら声を上げないと思っていたけど、そうでもないっぽい。
苦笑し、手を繋いでやると目的の場所へ。
その後はまぁ、普通に――危険生物のいるエリアを避けて――なんとか一周し、入り口へと戻ってきた。
んで、お約束のように売店にきたわけですが。
……ふむ。
「フェイト。何か欲しい物ある? 記念に何か買ってあげるよ」
「え、でも……」
「良いから。嘱託とスクライアでの給料で、割と資金は潤沢なのですよ」
『散財は控えるべきです』
そうですねLarkさん。
しかし可愛い妹のためなのだ。
『あまり甘やかすのはどうかと思います』
『そう?』
『ええ。兄離れが遅れることを考えると、フェイトさんの将来が』
それは由々しき事態……なのか?
いやいや。そうでもありませんよ。
『たまには良いじゃない。悪いことじゃないんだしさ』
『……ご主人様がそこまで言うのなら』
ぷっつりとLarkからの念話が途絶える。
まぁ、甘えて良いのは子供の特権。
可愛がってやらねば。
「……んと」
棚の間をふらふらしているフェイトは、ぬいぐるみコーナーに行き着いた。
デフォルメされた海洋生物に目移りしているようだけど、それが一点で止まる。
ふむ。
「イルカが良いの?」
「うん……あ、その」
反射的に頷いた後、否定するように手を振るが遅い。
ふははは!
「じゃあこれを」
「おっきいよ兄さん!」
棚の一番上の方にあった、俺の身長ほどもあるぬいぐるみを引きずり下ろす。
おっきいぬいぐるみって置き場所に困るけど、フェイトの部屋は割と殺風景だから大丈夫だろう。
「店員さん、これください」
「ちょ、待って、兄さん! 値段が!」
「気にしない気にしない」
慌てるフェイトをやり過ごしつつレジに持ってゆく。
そんな様子を売店のおねーさんに苦笑されながらビッグイルカを購入。
それをフェイトに手渡すと、どこか躊躇いながらも、彼女は受け取るとそれをぎゅっと抱き締めた。
「ありがとう、兄さん」
「お気になさらず。……機嫌は直った?」
「……もう。別に不機嫌なんかじゃなかったの!」
あらら。
またそっぽを向かれた。
なんとも難しいもんです。
後日。
イルカぬいぐるみと水族館に行ったことををなのはに自慢したのか、やたらと彼女に連れて行ってと強請られたり。
今度は映画が見たいとフェイトに言われたり。
そしてデジカメを買ったばかりのアルフに何故置いていったと理不尽に怒られ、ユーノは苦笑するだけで助けてくれなかった。
……なんでだよ。