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No.38049の一覧
[0] 【習作】間桐の幻獣(Fate/stay night×ARMS、間桐慎二魔改造もの)[わにお](2013/07/31 02:52)
[1] 二話目[わにお](2013/07/31 02:53)
[2] 三話目[わにお](2013/07/31 02:56)
[3] 四話目[わにお](2013/07/19 00:31)
[4] 五話目[わにお](2013/07/31 02:54)
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[38049] 四話目
Name: わにお◆054f47ac ID:32fef739 前を表示する / 次を表示する
Date: 2013/07/19 00:31
 それは異例と言っても良い。
 どこかぐだぐだとした、なし崩しと言っても良い形のまま、遠坂、衛宮、間桐の同盟が作られてしまっていた。遠坂凛については慎二に情報の代価として、医療魔術を使える知り合いへの仲介の労をとるまで、そんな一時的な停戦に近い形ではあったけれども。
 この殺し合いの最中にあって、本来同盟という形すら難しい。あるとしても疑心の中に探り合い、共通の敵対者を滅せば次の瞬間からは敵対するようなもののはずだった。
 少なくとも十年前に起こった四回目まではそうだったはずだ。
 暗闇で暗闇を覆い隠すような聖杯戦争という魔術儀式、魔術士達の狂った宴。そんな中、闇の中の灯籠のように、ただぽつんと、場違いのようなお人好しが居る。
 慎二が行方不明になってから、できれば毎日の手伝いでもして不安を紛らわせたいと言い、二年弱にも渡って衛宮家に通っていた間桐桜、そして元から友人であった間桐慎二を泊めさせる事には、家主の衛宮士郎もそう抵抗はなかったようだ。
 離れにある客間を使ってくれとの事なので慎二はありがたく使わせてもらう事とし、崩れた間桐家──どうやらガス爆発したという事になったらしい、その瓦礫の中から必要な品を回収して運び込む。教会に被害報告を先んじて入れていたせいか、大きな事件にはなっていないようだった。
 一通りの打ち合わせをし、昨夜から一睡もしていない遠坂凛は実家で少々の休息を取り、のち合流。昨夜は歩いて行った冬木教会へタクシーで到着したのは日も暮れかけ、夕日に町が染まる頃だった。

「まさか、連日でここに来る事になるなんてね」
「僕は会った事がないが噂ではかねがね。ただ治療魔術の心得のある神父とはね、ゲームのキャラかい?」
「……はっきり言っていいわよ間桐君、私もアレはエセ神父だと思っているし」

 自らの師をずたぼろにけなす遠坂凛、その嫌そうな口ぶりとは裏腹に動作はきびきびと、躊躇いなく扉を開ける。
 礼拝堂は広く、席も多い、荘厳と言っても良いかも知れない。地方都市にはもったいないほどの教会と言えるかもしれない。
 無人の礼拝堂を過ぎ、奥まった私室のドアをノックする。
 やがて扉を開け、姿を見せたのはどこか不吉さを覗かせる、カソック姿の神父だった。

「ふむ、このような時間に珍しいものだな、凛。夕の礼拝には少々早いが」
「どちらかというと用は私じゃなくてね、こっちよ」

 そう言い、慎二を押し出す。ただ神父の目はその背中の少女に向けられていた。

「──ほう、これはまた。変わった患者を連れて来たものだ」
「ええ、見て欲しいの、この子の体を」
「……遠坂、それは僕が言う台詞じゃ」
「ごめんなさい間桐君、その台詞だけは奪わせて貰うわ」

 慎二はまじまじと遠坂を見、言峰神父はいかなる性根を刺激されたか、口角が吊り上がりかけ、いかんいかんとばかりに真面目な顔に戻した。ふむ、とばかりに間桐桜を預かると、奥まった部屋の診療台に横たえる。

「して、患者の容態はどうなのかな? 私も暇では無い、すぐに済むなら済ませ、務めに戻りたいのだがね」
「ああ、それなんだけどね神父さん。うちの爺さん、間桐臓硯の事はどれだけ知ってるかな?」
「ふむ、凛が間桐君と呼ぶならば、君はマキリの嫡子、という事で良いのかな。質問に答えるとするならば、かの翁の事は通り一般の事と、五百年もの昔より生息しているという事だろうか」
「へえ──調べたね神父さん。話が早くて良い。昨夜うちが何者かに襲撃されて家潰れたのは連絡した通りだけど、そうなると、うちの爺さんの事だけに色々心配があってね」

 言峰神父はうっそりと頷き。さもあろう、と言った。

「かの翁が滅ぼし尽くされた……とも思えんが、なるほどつまりその心配とは、少女の中の異物かね?」
「慧眼恐れ入るよ、本当にどこまでうちの術について調べたのだか。まあ、今はこいつの意識もろとも、体内の魔を宝具で封じてる状態なんだけど、肉体のどこかに、体内の虫、刻印虫が多いかな、それに指令を下す中枢、あるいは爺さんの命令を受ける受信部があると思うんだ。多分どこかの肉か神経と一体化していると思うんだけどね、診てもらえないかな」
「なるほど、魔術師として枯れても知識は継承されていたという事か。かつ、実家が壊滅的な被害を受けてなお予定調和のごとく泰然としている。ふむ、師殺しでもしたのかね?」
「……こちらに興味持たなくていいから、どうか教会の監督役として治療を頼まれてくれないかな?」
「監督役──という立場であるなら見返りを求めるぞ。聖杯戦争のマスターを治療するのならば公平でなくてはならん」

 令呪一画を貰い受ける、という交換条件を飲み、二人は教会を出る。何でも日曜の夕方礼拝がこれから始まるそうで、間桐桜も危急の事態というわけでもない事から、施術は夜、という事になったのだ。
 聖杯戦争中という危険さを鑑み、神父は礼拝が終わるまで教会に残っていたらどうかね、などとも言っていたが、遠坂凛が渋面を隠さずにまさか、と言い外出する事になった。
 教会の広場を抜け、朱に染まる夕暮れの中、礼拝に訪れた人々に逆らうように坂を下り、小さな喫茶点を見つけると、遠坂凛は、時間潰ししましょと言い、そこに入る。
 からんころんというどこか鈍い音、古い映画に出てきそうな鈴の音が鳴る。店内はあまり際だった飾り付けなどもなく、素朴な木の風合いを生かした、洒落てはいないけれどもゆったりと落ち着ける空間だった。
 にこやかにいらっしゃいませ、と声をかけてきてくれた初老のマスターに聞き、新都のビル群が見渡せる北側のテーブルに席を取る。慎二はコーヒー、遠坂凛は紅茶を注文し、互い違いの香りのそれが運ばれるのを見計らい、ことりとテーブルの上に小指大の水晶を置いた。
 慎二はまるでそれを感じ取れないながら、何となく察しをつけて、コーヒーをのんびり啜る。

「その様子からすると結界?」
「ええ、席の仕切りを使った簡易的な。見られるのはどうしようもないけど、音は漏らさないし、それを異常とも感じさせない。急ごしらえだけどね」

 そして言葉を途切れさせ、どこか誤魔化すかのように遠坂凛は紅茶を一口含んだ。

「──で、桜は結局どうなってるのよ」
「迂遠な質問だね、遠坂。遠坂と間桐は不可侵、古い盟約を破るのがそんなに気になるかい?」
「……安い挑発はしないでちょうだい、間桐君。魔術師だからこそっていうものもあるのよ」
「確かに、僕に判らない感覚には違いない」

 慎二は肩をすくめた。芳醇な香りを放つコーヒーをブラックのまま一口飲み、時間を確認する。礼拝が終わるまで時間はある。なら、取り留めのない話をするには十分だろう。

「遠坂、君にちょっとした身の上話をしてやるよ。いつの間にか養子に貰われてきた妹の話も含めてね。ハハ、退屈はしないだろうさ。鬱屈はするかもしれないけどね」

 そして慎二は話しだした。古い盟約など最初から自分には無関係、とでも言うように。
 いつしか間桐の家に入ってきた養子、彼が最初は見下し、次いで容認し、最後は全てが自分の独り相撲であった事を気付かされた妹、桜の間桐家での日々を交え。
 慎二自身も三年前までは気付きもしなかった蟲倉での鍛錬。
 繰り返される拷問じみた鍛錬。魔術師としての資質の高さゆえに、壊れず、自らを守るために殻の中に閉じこもる以外すべがなかった間桐桜。
 魔術師を育て上げるためのものなどでは決して無く、ただ次代へ繋ぐ間桐の胎盤への調整作業。

「──ま、僕もその辺の詳細は頭を冷やしてから調べた時に判った事なんだけど。全く困った話さ、間桐家は巨大な飼育箱、生まれるものも育つものも全て臓硯という飼い主のために生きるっていうね」
「……そう」

 遠坂凛の呟いた言葉は簡潔にして静か。
 ただそこに押し込められた感情は余人には知れないものだっただろう。
 その全てを、もう冷めた紅茶と共に一飲みに下し、言った。

「それで、それだけじゃないんでしょう? 刻印虫、とか言っていたわね」
「耳ざといね、人工的な寄生虫、爺さんお手製の魔力を食う寄生虫が桜の体内に潜んでいる。魔術刻印と化し、全身の神経に絡みつく形でね。で、問題はこいつが寄生してる対象の魔力が尽きると、その肉を食らい始めてしまうって事さ」
「なによそれ……いえ、ということは普段は活動していないのね」

 慎二は無言で頷き、肯定する。
 相変わらず好きに覗いても良いとされていた書庫には間桐臓硯の記録した桜の教育記録も存在し、無論慎二もそれに目を通した事はある。十一年にわたり淡々と記録されたそれを、目の前の静かに目の奥で憤怒を燃やす少女に見せつけたらどんな顔をするだろうか。ふとそんな嗜虐心のような悪戯心のようなものが湧いて出そうになり慌てて蓋をした。

「それそのものの根本的な部分は僕も判らない。桜をマキリ寄りに作り替える過程で偶然そうなったかもしれないし、必要があったためにそういう風になったのかもしれない。ま、問題はそれがある以上、常に爺さんの手の平に命が乗ってるって事だね」

 腕を組んで頷く遠坂凛。ふと何か疑問を覚えたのか、ねえ、と切り出した。

「その肝心の間桐臓硯はどこに居るのよ、衛宮君に説明したのは嘘なんでしょ?」
「うん? ああ、そうだね。多分家と一緒に潰されて死んだとは思うけど……ね」

 肉体を失っては魂は形を保てない。いかに慎二の攻撃手段で魂や魔術などといったものに干渉できなくとも、問題はないはずだった。通常の魔術師であるならば、だが。
 義理の妹に次いで、間桐臓硯という異様な存在の近くで生きてきた慎二には、一抹どころではない不安がある。それについては言峰神父と慎二の意見は同じだった。あの程度で間桐臓硯という存在が滅ぶはずがないと。

「まあ、いいさ。まずは目先の事だ、桜の体内の魔を封じられたのもライダー有っての裏技だしいつまで使え──」

 慎二の言葉が不自然に途切れた。
 遠坂凛がどうしたのよ、と不思議そうに言い、慎二は諦めた様子で溜息を漏らし、後ろを見ろ、と促し、振り向いた遠坂凛は、固まった。

「綾子……」
「お、気付かれちゃったか、遠坂。ふふ、楽しい時間を邪魔しちゃったみたいで悪いね」

 いつの間にか、と言って良いだろう。遠坂凛の後ろの席で快活そうな笑みを浮かべた少女が、スポーツバッグを無造作に席に投げ出し、ココアをふーふー冷まして飲みながら珍しい二人組を眺めていた。
 無論若年ながら優れた魔術師である遠坂凛の事、慎二に注意された時点で結界は瞬時に停止している。
 さらには一瞬で固まった顔を取り直してみせると、髪をかき上げ言った。

「あのね、綾子、多分その、勘違いしているだろうけど」
「いいっ! みなまで言わなくていい、いいから遠坂! くうーッ! 燃えるじゃないか、一年間失踪していたかつての同学年とのロマンス、あー、こりゃあ賭けは私の負けかな」
「……綾子、判ってて言っているでしょ?」
「そりゃ勿論。間桐と遠坂、珍しい組み合わせではあるけどね、色気のある話じゃないんでしょ?」
「──ハ、そりゃそうだよ美綴、僕の好みは金髪なお姉さんで、遠坂の好みは赤髪の同い年なんだからさ、全く噛み合いようもないね」
「間桐君、口は災いの元……なんていう言葉は貴方の辞書に無いのかしら?」
「ハハハ、なるほど弓道部によく顔見せていたのはそんな理由かい、いや得心した得心した。でもあいつは誰がどう見ても100%朴念仁で出来てるから難関だよ? うちの部自慢の大和撫子のアプローチだって、どこ吹く風だしね。まあ遠坂なら何とかしちゃいそうだけど」

 弓道部の主将を務める美綴綾子、女丈夫という言葉がぴったりな少女はどうやら日曜の部活帰りのようで、時間が余ったために郊外に繰り出していたらしい。颯爽と掻き回し、颯爽と去ってゆく。
 ただそれだけだったのだが、彼女が去った後、妙に陰鬱になっていた空気は吹き散らされていた。

「……毒気抜かれちゃったわ。さすが綾子ね」

 微苦笑、というのが正しいだろう、ほのかな笑みを浮かべ遠坂凛は窓の外を眺め、すっかり暗くなっているのを確認すると、振り返り時計を見やった。

「礼拝も終わる頃だね。さてと、そろそろ恒例の名物、冬木のサバトの時間だ、友人としては美綴にも一言注意してやった方が良いんじゃない?」
「ふん、私が言ったって綾子の性格だもの、聞くわけ無いじゃない……ん、まあ。そのうち言っておくけど」

 小声で何ぞや言い足した遠坂凛の言葉を聞き流し、慎二は難儀な性格だね、と心で呟いた。

 ◇

 冬木市らしく、どこか暖かい、冬らしくない風の吹き抜ける夜。
 高台の上にある教会の礼拝堂、少し時間を遡れば多くのものが神に祈りを捧げたであろう場所で二人──遠坂凛と間桐慎二は長椅子の端と端、という奇妙な座り方をしながら神父の見立てが済むのを待っていた。
 その沈黙を打ち破るかのように、遠坂凛がなにげなく声を出す。

「そういえば間桐君、曖昧なままに済ませて来ちゃったけど……間桐邸潰したのは貴方なんでしょ?」
「面白い冗談だね遠坂。無力な学生、いや、ただの留年生にそんな大それた事出来るわけないじゃないか」
「……白々しいわね、大して隠そうともしてない癖に。まあいいけど。それで、貴方の家のお爺さまの縛りが無くなったら、その後はどうするつもりよ?」
「さてね、その後は桜に聞いてくれよ。今の僕は仮のマスターですら無いんだぜ。ま、あいつの事だから衛宮の事だけは最後まで守るように、なんて言いそうなもんだけど」

 自分がどうしたいかを最後まで出さない慎二に遠坂凛は溜息を吐く。

「あんたみたいに、何考えてるか判らないくせに干渉するだけの力はあるっていうのもまた厄介なのよね……いつ横槍を入れられるか判らないし。大体ね、遠坂の家には昨夜アーチャーが居たのよ? 鷹の目を持つ、ね。自称死徒もどきさん」
「……あー、なるほどね。突っ込みに容赦が無くなってるわけだよ」

 どこまで見られていたかはともかく、慎二が適当にはぐらかしてきた事は遠坂凛には既に知った事であったらしい。その上で知らない振りを続けていたのだからこれはまた──

「ハ、なーるほど、誰それが女狐なんて口癖のごとく言うはずだ」
「……その誰それ君には、今度よくお話をしておく必要があるわね」

 にっこりと完璧な微笑みを浮かべる遠坂凛。それは別に友人なわけでもなく、どちらかというと彼とは疎遠な関係にある慎二すらも、小声で南無三と呟くがごとく笑みだった。
 会話も途切れる事しばし、祭壇の裏の扉が開き、大柄な、影を纏ったかのような姿の神父が姿を現した。

「綺礼──桜は?」
「ふむ、まず落ち着け凛。診た結果を言おう。もっとも……間桐慎二、だったか。君は可能性の一つとして考えていたものかもしれないが」

 言峰神父は礼拝堂の中程に立ち、手を腰の後ろで合わせると、一泊置き、話し始めた。

「さて、簡潔に言ってしまえば、間桐桜の内部には情報通り、無数の魔術刻印とも化した刻印虫が存在していた。この説明は要るかね凛?」
「待ってる間に聞いたから結構よ」
「なるほど、では続けよう。この刻印虫が活性化するには恐らく宿主である間桐桜、主人である間桐臓硯、そして簡単な命令による自動活性があるはずだ。そして間桐桜の体内では心臓と脳髄、その二方を中心とし、刻印虫が全身に根を張り巡らしている」
「……脳髄は宿主の桜から伸びるモノだとして、心臓? 外部から命令を受けるには微妙ね」
「ああ──そう」

 慎二がどこか不吉に頬を歪めながら、吐き捨てた。
 彼には思い当たりがある。否、似た事例を見た事がある。
 魔術とはまるで無関係ながら、アームズの特性を介してクローンであるものの、我が息子の肉体を乗っ取った男。進化の幻想を追い求め、最後にその幻想に踊らされていた自分を知り滅んでいった男。

「その通りだ、外部から命令を受けるならば、心臓は最も不適切と言える。肉体の中でも外部からの加工が難解な部位だ、如何にかの老人と言えども操り人形の糸を結びつける事は難しかろう。ならばこそ、自ら潜り込めばどうだ?」

 遠坂凛はその言葉を理解し、絶句した。それは既に人の身すら捨てた業ではないか、と。

「位置は巧妙、左心室の肉壁に一体化する形で寄生している神経瘤の塊だ。封じられていなければ見つける事も困難だっただろう。これを摘出するだけなら容易い。だが、摘出した後を埋める肉が必要となる。そこで凛、お前の助けがあれば十全に救えるだろう。魔力の馴染みやすさも変質したとはいえ群を抜いて馴染みやすいはずだ」
「回りくどい言い方は要らないわよ綺礼、手伝えばいいんでしょ」
「ふむ、試みに聞くが、本当に良いのか、凛。相手は聖杯戦争のマスターだぞ?」
「良いって言ってんでしょ。もう一人も二人も同じ事なんだし、ぱっぱとやっつけて桜には盛大に高い貸しを作ってやるわよ」

 ずんずんと祭壇の奥へ歩いて行く遠坂凛と、どこか不味いものを食ってしまったような顔をした神父がその後を追うように姿を消し、再び礼拝堂は静寂が戻る。
 そして施術に赴いた二人と入れ替わるように、慎二の前に長身の美女の姿が現れた。

「──シンジ」
「ん? ライダーか、桜の傍に居た方が良いんじゃないの?」
「いえ、治療中はかえって私が邪魔になりかねませんから。実体化したのは……鮮血神殿の解除をしても良いか聞こうと思いまして」

 慎二はまじまじと目前の女性を見る。その不思議そうな様子にもライダーは何か? とでも言いたげに沈黙を保っていたが。

「律儀だね、お前は。僕にはもう支配権は無いってのに」
「サクラの事で最も良い道筋を作ったのはあなたですから。指示を仰ぐとするなら他にいません」

 その言葉に慎二は何か捻った言葉でも言おうとして結局何も言えず、小さい溜息で代えた。

「リスクだらけだったし、本当に良い道筋かどうかなんて、判ったもんじゃない。まあ、鮮血神殿についてはもういいよ、使ってる魔力が勿体無いんだろ」

 慎二は手をひらひらと振って答えた。
 そして数分してなお霊体化しないライダーの顔を見て言う。

「霊体化して桜の魔力消費抑えた方が良いんじゃ?」
「……シンジはつれないですね」

 不満げに唇をそばめてふわりと影は消える。
 再び静かになった礼拝堂の高い天井を何となく眺めながら、慎二はただぼんやり、これからどうしようかと先行きに思いを馳せていた。
 そして時間は少々経過し──
 たまに郊外に足を伸ばすのもまた良し、面白いモノを見れたとホクホク顔で帰路に着いていた弓道部の主将、スポーツバッグを下げた少女が新都中央のベンチで、ふと……うたた寝から目を覚ました。
 覚ましたかと思えば真っ赤になった顔で口を抑え、信じがたいとでも言うかのようにきょろきょろと周囲を見回す。恥ずかしさに耐えかねるかのように自宅に向かって、力の入らぬ足で走り去った姿があったのは、また、余談というものだったかもしれない。

 ◇

 間桐桜は全てを諦めきっていた時があった。
 腐った泥のような臭いのする地下室、痛みと苦しさと痒さと気が狂うような気持ち悪さばかりの魔術の鍛錬。すり潰し、すり込むような体への調練。
 なまじ魔術の素養があったからこそぎりぎりで心は留まった。
 精神はいつしか防衛のためか殻を作るようになり、全てを諦め、何も感じない、無感動に生きるだけの存在となっていた。
 間桐桜の心の殻に罅が入ったのはいつからだったろうか。
 四年前、夕暮れの中馬鹿みたいに高跳びに挑戦する少年をただ見ていた時だろうか。
 しばらく経ち、兄の紹介でそんな馬鹿みたいな挑戦を続けていた先輩と再び会った時だったろうか。
 義兄が行方をくらました事を引き合いに、衛宮士郎に同情心を誘うように根気強く呼びかけ、初めて合い鍵を手の平に渡された時だったろうか。
 眩しくて。
 そんな眩しい先輩に触れたくて。
 間桐桜はいつしかその人の前でだけはおっかなびっくり、自らの殻から心を覗かせるようになっていた。
 それは酷くちぐはぐな存在だったのかもしれない。人並みの知性もあり、理性もあり──ただ心だけは過去にぴったり閉じた、養子に出されたばかりの間桐桜だったのだから。
 万全無欠であった殻は無くなり、再び痛みも苦しみも間桐桜を苛むようになった。ただそれでも、彼、衛宮士郎と一緒に居る間だけは、それを忘れ、人として生き、人として育ち、人として笑える事すらできるようになっていった。
 ただそんな、人として生きていけた二年間も、時期外れの聖杯戦争などというものにより陰りが見えた。
 マスターは全員殺せ、サーヴァントは全て奪え。執念、もはや怨念とまで化したかのごとき翁はそう言う。
 しかし──彼女にも、何もかも諦めていた間桐桜も。一つだけは諦められないものが出来ていた。
 衛宮士郎、彼女の先輩の腕に浮かび出した令呪となるべき痣。彼とだけは戦えない。
 間桐桜は再教育の恐怖、ともすれば聖杯戦争が終わる時までずっと耐え続けなければいけないソレへの恐怖心を堪え、怯えて萎えて居竦んだ心を精一杯張り詰め、小さく抵抗した。自分は戦えない、義兄にサーヴァントは譲る、と。
 一年間姿を眩ましていた義兄は以前とは違い執着心が薄くなっていた。魔術に対するこだわりすら薄れたようで、サーヴァントを使い、聖杯戦争に参加せいという翁の声にもどこか張り合い無く返すのみ。
 それならそれでいいだろう。きっと義兄の事、早々に退場するに違いない。そうして監視役に保護されればきっと生き残れる。
 そんな自分すら騙せない欺瞞をもまた感じながら──

 間桐桜が目覚めて最初に感じたのは違和感だった。
 日常的にその身を縛っていたもの。幼い時から繰り返しすり込まれた服従すべき存在。
 無意識に胸に手を当てる。
 おじいさま、と口は動いたかどうか。
 間桐家における絶対。
 逆らってはいけないもの。
 間桐桜の心臓に潜む、間桐の本当の当主。
 それが消えていた。跡形もなく。マキリの業として体に叩き込まれた虫達の支配権は全て宿主である間桐桜に渡っている。
 その事への喜びもなく、ただ困惑と、それが新たに施される調教の前ぶれなのではないかという予測に、いつものように静かに諦め、小さく息を吐く。お守りのようにそっと、先輩、と呟いた。

「……あーハイハイ、桜。衛宮君が大事なのは分かったから、起きたのならとっとと目を開けなさい。夢は覚えてないでしょ」

 有り得ない声が耳を打った。
 蟲倉では絶対に聞こえてはいけない声。聞こえるはずのない声。
 間桐桜は一瞬の硬直ののち、錆びたおもちゃのようにゆっくり瞼を開ける。
 目に映ったのは薄暗い石壁ではなく、まず見た事のない天井。無表情に佇む黒い長身の神父。そして──

「遠坂……先輩?」

 震えの混じる声に遠坂凛は苦笑し、一体何年ぶりになるのだろうか、などという感慨も抱きつつ、そしてその感慨をおくびにも出さぬよう細心の注意を払いながらその、何てことのない言葉を口にした。

「おはよう桜、よく眠れた?」

 間桐桜は二度三度とまばたきをすると、まったく状況の掴めぬ困惑は困惑のままに置いておき。どこか懐かしい気もするその言葉にぼんやりとした頭で、はい、と返した。

 遠坂凛の説明で間桐桜も現状を理解するも、まるで感覚が追いつかない。
 一夜にして何もかもがひっくり返ったのだ。
 十一年の時にかけて間桐桜を縛り続けた老人は小さな虫、螺旋を描く胴体を持った小さな脳虫としてガラス瓶の中で身を震わせている、苦痛を与えられ続けた暗い部屋は間桐の家ごと瓦礫と化したのだとか。
 一体、間桐桜の十一年間は何のためにあったのか。

「すいま……せん。私まだ、上手く頭で整理……できなく、て」
「──ええ、そうでしょうね。理解るなんて言えないけど。ただ、それでも桜には決めて貰わないといけない事があるの。判ってるんでしょ? ライダーとのラインも通常のそれに戻っているはずだし」
「はい。でも私は戦い、は……」
「間桐君がすでに衛宮君に同盟申し込みしちゃってるけどね、聖杯戦争中、自分と桜の居候先になる代わりに力を貸すって」

 な、と絶句した。聖杯戦争とは別の部分で間桐桜は顔を赤く染め、恐る恐るといった感じで遠坂凛を見上げる。

「そ、それで、せ、先輩は……」

 遠坂凛は、潤んだ瞳に紅潮した頬、不安げに胸の前で結んだ手を震わせる血の繋がった妹の姿に、思わず心の中であざとい、でも可愛い、なんて駄目な思考を走らせつつ、そんな内心は表面には出さないよう、こくりと頷く。

「客間の片付けをして待ってるみたいだから早く戻って安心させてあげる事ね」

 遠坂凛は、ああもう嬉しそうな顔しちゃって、と頭の中で言い、表面上は目を細めるのみに留めた。
 その空気をどこか鬱陶しがるように、言峰神父は無機質な声をかける。

「さて、問題も解決したならば、服を着、行くのだな。代価としての令呪一画は確かに受け取った」

 ◇

 夜の新都を歩く。
 間桐桜と慎二の間に会話は無い。元々屋敷では慎二の方から声を掛けない限り、間桐桜の方から話しかけてきた事すらほとんど無い。一年の空白の後の慎二は気紛れに声を掛けてみる事もあったが、やはり反応は淡々としたもので、自分を閉ざしたものでしかなかった。
 自然と会話も遠坂凛と慎二とのものになり、それはどこか緊張感を胎んだものになりがちで。例えばそれは未遠川にかかる冬木大橋を渡りながら。

「この橋のアーチなんて限定空間と切り札を使うに易しい幅の大きい川。へえ、なるほど考えてみりゃ、騎兵の狩り場に案外良いのかもしれないな」
「狙撃の良い的でもあるわね。良い事を教えてあげるわ、アーチャーの射程は1キロメートルは優に越すわよ」
「なるほどね、ただ遠坂邸からじゃちょっと距離が有りすぎるんじゃない?」
「間桐君、私はサーヴァントを同伴させずに出歩ける程剛胆じゃないの、それにサーヴァント同士が反応する距離なんてアーチャーの射程範囲からすれば小さいものだしね」

 暗に、常に自分を含めアーチャーの射程内に置いていたと言う。
 無論の事ただのブラフ。セイバーの一撃で重傷を負ったアーチャーは遠坂邸で休ませている。咄嗟の守りとして使うためには令呪が必要となるだろう。
 ただ、慎二はそんな所には反応しない。

「剛胆じゃない、ねえ? 確かに、確かにその通り……くく」
「言いたい事ははっきり言った方がストレスにならないわよ間桐君」

 そして間桐桜はというと、急激にすぎる状況の変転と、何故か会話のことごとくが妙に緊張感の走る義理の兄と実の姉の間に挟まれ、目を白黒させていた。
 やがて工事中の看板と、間桐桜が今着せられている服のような虎柄のポールで閉鎖された交差点に差し掛かり、遠坂凛は、さて、と仕切り直すように髪をかき上げ、二人に向き直って言う。

「じゃあ、ここでお別れとしましょ。明日からはお互いにすっぱり敵同士──ただ、そうね。霊地を管理するセカンドオーナーとして許せない相手、好き勝手してくれてる連中を相手にする分にはその時に限ってだけは協力してあげるわ」
「ふうん、気付いていたかい。じゃあ補足しておくと、ここの所の事件を引き起こしている魔女は柳洞寺に巣を張っているよ。学校の結界、ライダーのモノはさっき解除させたし、明日から学校が始まるけど、魔女に親しい人でも狙われないように自前の結界でも張っておく事だね」
「そう、ま、情報提供は感謝するわ。勝手に言い出した事だし代価は出さないけどね」

 貧乏性だねえ、と慎二は頭の中でふとよぎったが、自らのデッドエンドを招きかねない言葉を出す愚行はさすがにしなかった。

 ◇

 夜もそう更けていない時間帯のせいか、他の聖杯戦争参加者からの襲撃を受ける事もなく、慎二と間桐桜、二人は何事もなく衛宮邸に到着する事ができた。
 武家屋敷のごとく重厚な門の前で、間桐桜は逡巡し、どこかおどおどと慎二に話しかける。

「その、兄さん。私の事……あの、先輩には?」

 慎二は思わず呆れの溜息を吐きそうになってしまいそうにもなったが抑えて、ちょいちょいと腕を指した。

「令呪、見えなくされてる事にそろそろ気付けよ桜。マスターと悟られないように魔力抑えるくらいは出来るんだろ」

 やがてその顔に理解の色が広がると、それでも言葉ではっきり言って欲しかったのか、慎二に問うような目を向ける。衛宮が絡むとこれだ、と慎二は頭を掻き、面倒臭そうに言った。

「衛宮はお前の事を全く知らないよ。聖杯戦争で家が襲撃受けて、一般人のお前を眠らせて運んだ事になってるはずさ。ただ、そういうのはどうやったってボロは出る。衛宮だって馬鹿だけど頭の回りが悪いわけじゃない。魔術師である事を明かすなら早いうちだろうね」
「……はい、あの……兄さん」
「礼を言うなら遠坂だね、何だかんだで過剰なまでに肩入れしてったわけだし。ほら、衛宮の家に入るならそれよこせ、妙なもの抱えてたら怪しまれるだろ」

 慎二はそう言いながら間桐桜が持っていたガラスの瓶をとりあげる。乱暴に動かされたせいか、瓶の中から情けない声が上がった気がした。
 五百年を生きた老魔術師、その本体である脳虫が入れられたものだ。こうなっては長年間桐を支配した爺さんも形無しだなと慎二は指でガラスを弾く。
 結局のところ、間桐桜は怨み骨髄と言っていいはずの間桐臓硯すら殺さなかった。
 無表情ながらどこか微笑を含ませ「そんな事すると正義の味方が怖いですから」などと言って。
 虫も殺さぬような顔をして、本当に虫を殺せなかった。
 あるいはそれが迂遠な間桐桜の復讐か。
 今度は飼育箱で飼うのは間桐桜であり、飼われるのは間桐臓硯という。逆転した主従関係。
 いずれにせよ慎二に理解できる感情ではない。
 一つ肩をすくめ、玄関のチャイムの前で自分の中のスイッチでも切り替えるように、大きく深呼吸する義理の妹の姿を見る。
 ふとどこからか香ばしい煮物の香りがした。

「あ、これは肉じゃがですね。そっか、もう藤村先生も来てるんだ」

 ふわりと、口調まで変わった間桐桜が独り言半分にそう言い、えい、とチャイムを鳴らす。
 特に鍵もかけていなかったらしく、無造作にドアを開け、お邪魔します、と言って上がり、どこか楽しそうに、脱ぎ散らかされた教職の誰かの靴を丁寧に揃え、何か一つ思いついたものか、慎二に微笑みかけ、言った。

「いらっしゃいませ、兄さん」

 慎二もそれには軽い驚きを覚える。次いでなるほど、と。きっと慎二の見た事のない間桐桜がこの家ではずっと存在していたのだろう。

「……ハ、お前もなかなか言うね、桜。じゃ、お邪魔するよ」

 はい、と頷く間桐桜は慎二の記憶にある衛宮士郎と共に弓道部の練習に向かう楽しげな姿とはまた違う、生きた姿だった。間桐の家では見た事のない顔。
 兄として……なんてやっぱり今更だったかね、などと無粋な真似をしてしまった気分にも囚われながら、慎二は義妹の後に続くように廊下を歩く。
 強くなる料理の香りは和。そして聞こえる居間の賑わい。
 こういう席に慣れない慎二も思う。なるほどこういうのもたまにはきっと悪くない、と。


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