黒木さんも今頃、御家族へ電話をかけているだろうか。
UGNの情報端末の前で、私、玉野椿は思案していた。
どうにも彼女の危うさは気になって仕方がない。
つらつらと無意に考えているうち、コールがつながり、相手の映像が映し出される。
「ごきげんよう。椿」
「お久しぶりです。テレーズさん」
「先ほど送った資料には目を通してくれた?」
「ええ、ディアボロス、春日恭二ですか」
「それともう一人。場合によっては春日恭二より厄介になるでしょうね」
端末のスクリーンに映し出されるのは金髪の少女。
UGNのトップ、テレーズ・ブルム女史。若干15歳にして、複数の博士号を持つ天才だ。
私自身、何度も彼女に助けられてきた。
話の内容は、今この地に忍び込んでいるFHエージェントの情報。
彼女のコネを利用し、どうにかではあるが突き止めることができた。
「コードネーム『鋼の軍勢(メタルレギオン)』性別、国籍、本名、全てが不明のエージェントよ。無論、今回の奴の目的もね」
「『鋼の軍勢』は被害者の少女と接触した後行方がつかめていません。引き続き捜索を続けます」
「少女の様子はどうなの?」
一番気にかかったのは彼女は他人との絆を希薄にとらえていることだ。
我々、レネゲイドに感染した者にはそれはあまりに危険。
こちらから電話を促すまで、彼女は家族や友人のことをまるで忘れていたようだった。
「現在も不安定な状態が続いています。彼女は人と積極的にかかわろうとしないようで」
「困ったわね」
「RC訓練施設に移送するのは少し待っていただけますか?」
「ええ、移送の際にFHの襲撃を受けるのは避けたいし、貴方なら彼女を任せられるわ。シルクスパイダー」
スクリーンは途切れ、部屋に沈黙が戻った。
私は黒木さんのカルテを見ながら思案する。
二種類の症候群を同時に発症する雑種(クロスブリード)。
オーヴァードはクロスブリードが最も多いとされている。
一種のみ発症する純血種(ピュアブリード)、近年確認された三種混合種(トライブリード)に比べ雑種は能力の伸びは平均的で比較的衝動も抑え込みやすい、と言われている。
が、無論それは個人の適性を無視した平均での話だ。
クロキ トモコ
平凡な家庭に生まれ、両親と弟一人の四人家族。
現在は高校一年生で部活の所属はなく、長期のアルバイトもしていない。
友人もあまりおらず休日はほとんどを一人で過ごす。
話す時にはずっとうつむいていた彼女。
つっかえつっかえ、か細い声で話していた彼女を。
日常へと引きとめなければならない。
さもないとすぐに堕ちていくだろう。
『くだらない毎日を送るくらいなら、私はもっと「特別」な人生を歩みたい』
あの時の黒木さんの顔を思い出す。
人間は誰でも他人より優れていたい、という願望を持っている。
その思いは過ぎれば他人を傷つける刃になる。
『自分は選ばれた』と錯覚してジャームへ落ちていった者を私は何人も見てきた。
彼女もそうならないとは言い切れない。
いまはレネゲイドの力を使うのを抑えているが、彼女がいつ心のタガを外してしまうか分からないのだから。
わたしはもっと彼女のことを知らなければいけない。
明日、もう少し 詳しい話を聞いてみよう。
その時だった。レネゲイドの気配を感じたのは。
場所は彼女の。黒木さんの病室だ。
急がなければ、このレネゲイドは彼女のものではない。
だけど、過去に肌で感じて知っている。
これは敵の、FHの欲望に満ちたレネゲイドだ。