「あああああぁぁぁぁ!!」
金属の顔を掻きむしり地団太を踏む怪人。『鋼の軍勢』
表情が同じなのが気持ち悪さに拍車をかける。
両手で顔を覆いながらの絶叫は金属をこすり合わせた様で酷く不快だ。
「いやだ!いやだ! 私が消えていく!! 黒木智子の心の中から!!
もっと彼女の憎悪が欲しい! 彼女の欲望の対象でありたい!」
鳥肌が立つようなセリフを聞き、それでも私は心を動かさない。
ふいにずきりと指が痛み、見ると。
そこにはあいつが私に送りつけた指輪がはまっていた。
まるで虫が這っているかのような感覚。
心の中から追い出した化け物はみっともなく私の指にすがりついている。
「……お、おまえなんか……私の中に、い、いらない!!」
速やかにそれを抜く。
絶叫し、ますますうるさくする怪人。
抵抗なく外れた指輪を、私は思い切り握りしめ宙に放る。
「な…や、やめ……なにを……や、め」
驚愕に言葉を詰まらせるあいつは、私によく似ていた。
宙に浮いた大勢の目が、投げた指輪を見つめ、瞳に光を宿す。
「……き、消えろ!!」
数十の光の束が、浮かんだ指輪を塵一つ残さず浄化した。
「あああぁぁぁぁああ、消えていく!私が、私の力が!!
だめだ、私を、私への欲望を抱えたまま、きさまはジャームにならなければいけないのに……ああ、ぁぁぁぁ」
言葉を失う鋼の軍勢。
出会ったときにひょうひょうと振舞っていたあいつとはまるで別人だ。
よろよろと足踏みをするたび、奴の懐からアクセサリがばらばらと落ちてくる。
ローブの隙間からのぞく腕はいっそう細くなり、顔の眼窩が落ちくぼむ。
覆っていた肉の部分は水銀のように流れ去り、残るのは金属でできたガイコツ。
よくみると、指輪が数珠のようにつながれ、それが頭蓋を作っているのだとわかった。
「ああっぁあぁ、いやだ。いやだ。みるな、私の姿を!!」
「ふん。醜い姿だ」
どちらかというと、哀愁を誘った。
細く頼りない。けど、同情はしない。
もう、あいつに対する感情は、思いは抱きたくもない。
「……こうなったら構うものか。ディアボロスもシルクスパイダーも存在ごと抹消してくれる!!
いいや、手に入らないのならば、黒木智子に縁ある全て、いっそこの街を滅ぼしてやる!!」
私のまねをするかのように怪人は右手を振り上げた。
指輪たちが宙に浮かび上がり、掲げた手に吸収されていく。
その腕は肥大化し、ねじ曲がり、形を変えた。
とてもいびつで気持が悪い。
手のひらと混ざり合った穴、大きい引き金がそれをかろうじて銃だと認識させた。
怪人は銃口を天へ向ける。
「逃げ場などない!! 一からくみ上げカスタマイズした我が銃、込めるはうごめく弾丸よ。受け取るがいい!!」
ダァン、と音がして金属が空から降り注ぐ。
雨のように降り注ぐその弾は不気味に輝く銀色の指輪。
それを。
「危ない!!」
玉野さんが爪から糸を出し、私をかばう。
銃弾が体を貫く!!
目を閉じ恐怖に身を固くした私だが、いつまでたっても痛みはやってこない。
開けてみれば。
私をかばい玉野さんが、両の腕で指輪の雨を受け止めていた。
袖から先は全て糸。
崩れずの群れが私に至る凶弾を止めている。
「……っう」
金属が液体化して玉野さんの体に絡みつく。
肌に触れた金属は、ジュゥ……という嫌な音を立て紫色の煙を吹く。
「た、玉野さん」
「うごけまい?痛かろう? じわじわと瘴気に侵され死んでいけ!」
シュゥシュゥと音を立て、彼女はそれでも。
「怪我はないのね。よかった」
「たまのさ……なんで」
気丈に笑っていた。アニメや漫画では見あきたシーンだ。
仲間をかばって攻撃を受ける。
自分の痛みを、死を顧みずに。
わたしはいつも、嘲笑っていた。
他人をかばうなんて綺麗事。
実際にはそんなのありえないんだと。
でも、今。それは現実に在った。
目の前には私をかばい、身体を血に染め立っている人がいる。
「ありがとう。黒木さん」
私の頬から伝う涙を勘違いしたのだろう。
玉野さんはそう言って構える。
違うんだ。私はあなたに感謝して涙を流したんじゃない。
迫りくる銃弾の雨をやり過ごせた安堵と。
貴方の凄まじい傷を見て、私は泣いてしまったんだ。
「黒木さん。私は死なない。この程度では」
「まったくだ。つまらん」
玉野さんの脇にいた春日さんもまた金属に体を囚われていた。だけど、とても落ち着いている。
ジュウ、という肌が焼ける痛みも匂いも意に介さず。
「黒木智子君、覚えておくと良い」
体を縛る金属の呪縛も、身を狂わす鉱毒も、彼の表情を動かすことはない。
「……ばかな、我が毒を受けて生きているだと!? 貴様ら……」
「教えてやる。この春日恭二。自ら名乗る悪魔のほかに、もう一つ呼ばれる通り名がある」
右手が強く唸り、異形化した爪を構える。
「自慢ではないが私は、実力とは裏腹に多くの敗北と屈辱を味わってきた。
だが決してあきらめたことはない。
骨焼く業火も。
凍てつく吹雪も。
刀や銃弾が身体を穿っても。
たとえ、毒や光線とてこの身を、この春日恭二を殺すことはできない。
何度でも、何度でも立ち上がる!!」
「そう、UGNが追いつめても必ず彼は甦り立ちはだかってきた。そのしぶとさゆえに、ついた名が」
異形化した爪で、金属を引きちぎる。
周囲に立ち上る紫の煙はさながら冥府の獄を連想させる。
鎖代わりである金属の戒めを力づくで破壊する様はまさしく。
「我、死を知らず。ゆえに不死身。『不死身のディアボロス』と、そう呼ばれている」
力を誇示するかのように手を胸の前で構える悪魔。
気押され、ひるむ怪人。
「な、なぜだ!! あれだけの攻撃を受け、既に貴様らの侵蝕率は100%を超えているはずだ!!
限界を突破すれば細胞の回復はできない、ましてや立ち上がるなどと!!」
「!?」
驚愕に目を開いて玉野さんと春日さんを見る。
「……本当のことよ。ごめんなさい。こんな大事なことを言わないで」
「た、た」
玉野さんの腕からたくさんの血が流れている。
恐ろしい。でも、いやだからこそ。
信じるに足る。
少なくとも私の代わりに。
「……た、たすけ、たすけて、くれ、れ……た」
彼女が痛みを負ってくれた。
怖いけど、痛くない。
私の傍らには今、世界を護る盾がいる。
だから、こわいけど、痛くない。
痛くないから、一人じゃないから。
少し。ほんの少しだけなら。
私は戦える。
「おのれぇぇぇ! またしても、黒木智子の心につけいったな!!」
「まるで、悪さをして気を引こうとする子供だな貴様は」
春日さんは前置きして笑った。
「うせろ、鉄くずはもう用済みだ」
「おのれ、前座の分際で……」
「貴様が主役を張れる器か。いまの攻撃を受けてはっきりわかったぞ。貴様はただの道化師だ。
人を集めて騒ぎを起こすか、豆鉄砲を打つしかできない哀れな哀れなチンドン屋だ」
「っ!!」
隙だらけの怪人を見て玉野さんが指から糸を放つ。
螺旋のように唸る糸の斬撃。
「ええい、うっとおしい!!」
ローブが、金属の骨が簡単に裂け、身体から水銀のような体液と、アクセサリがばらばらとこぼれおちてくる。
身をひねってかわそうとしてもその糸はアイツの手足、頭に至るまで五体すべてに絡みつく。。
「ふん、冥土の土産に受けるがいい。我が『不屈の一撃』を!」
「調子にぃぃぃ!!」
先ほどの玉野さんの攻撃に合わせ、春日さんも異形化した爪を携え、怪人の懐に潜り込む。
銃身と化した手で殴ろうとしても、その動きは間にあっていない。
いや、許さない。彼女の糸が。回避を。反撃を。あらゆる反抗の意思を。
「のるなぁぁぁあぁ!!」
「この『悪魔』の前にこうべを垂れろ、『鋼の軍勢』!!」
悪魔が顔に一撃をたたき込む。
あいつは口元から顎骨までひびが入る。
踏ん張ろうとしたその足を玉野さんが糸ですくい上げ、地面に打ち倒す。
「ご、ごば、ごばば」
「ふん、先ほどとは違い、ずいぶんと効いているようだな」
「黒木さんに、思いを拒絶されたから、でしょうね」
衝撃をうけて崩れた顔。口元からアクセサリと水銀が溢れだした。
まるで嘔吐しているかのように。
私もああやって一人で吐き出していた。
嫉妬を。痛みを。憎しみを。
修学旅行のバスの中。学校のトイレ。自室のゴミ箱。いつも一人で。
わたしも、誰かに自分の思いを強引に押し付けていたんだろうか。こいつのように。
そうだとしたら、改めよう。私はこいつのようになっちゃいけない。
両親が悲しむとか、弟が恐怖するだろうとか、そういった他人の思いは抜きにして。
ジャーム 『鋼の軍勢』を前にして。
私はようやく、自分が怪物ではないことを認識できた。
「も゛ぉ、皆殺だ、しにだえ゛ろ゛ぉぉ!!」
怪人が発狂しながら、私達を指さす。
雑兵全てが私達へ向けて進軍を開始する。
やつと同調しているのか、元人間達もその目にははっきりと殺意を宿していた。
悪魔と蜘蛛は構えた。
「ふん、少々手間だな」
「でも、必ず止めて見せるわ」
尻目に宣言する。
「わ、私が行きます」
二人は驚いたように私を見た。
その視線が心地良い。
この二人の憶測を裏切りたい。
彼らが予想した黒木智子よりも。
オーヴァード。アイアム・ノット・ダークネスは今、遥かに上にいる。
全ての目に命じる。
光に。重力に。働きかけた力は。
(私を見下すな!!!)
誰ひとりだって逃さない。
敵は格下だ。
全部あの指輪の化け物なのだから。
あいつと、アイツの端末がわたしを上からみるなんて許さない。
這いつくばれ。
いま、本体である鋼の軍勢が地面にたおれ、吐瀉物に沈んだように。
全員、ひれ伏せ!!
飛びかかろうとしていたものは地に伏し。
立ちはだかっていたものは膝をつく。
私の持つ力の一つ、バロール症候群。
バロールは古代ケルトに伝わる魔王。
その目は死をつかさどる。
ならば、お前も、お前達も呪われなければ。
未熟な私には見つめただけで殺すなんて芸当はできない。
でも、ほんの数秒。
視界に入れた相手を、止めることなら。
誰に教わったわけでもない。
ただ、「そうである」と知っている。
私が、今なお瞳から淡い光を放っている大勢の私達が。
あいつを、大勢のあいつらをほんの刹那縫いとめる。