私は目の前の小さな少女と同じ視線で口を開く。
黒木智子。彼女に対して告げなくてはならない。
世界の残酷な真実を
「20年前、あるウイルスが世界中に散布されてしまったの」
その名はレネゲイド。
日本語に訳すと背教を意味するそのウイルス。
それに侵された者は常識では考えられない力を使えるようになる。
ある者は素手で鉄を切り裂く剛爪を手に入れた。
またある者は炎をその体に宿した。
「私は……『力』を使えるようになったんですね」
うつむいた少女の表情をうかがうことはできない。
さっきまで怪我していた自分の指をいじっている。
だけれども彼女の声は聞き取れる。
上ずっているけれども、震えているけれども。彼女は。
「黒木さん?」
表情を覗き込む。
頬を紅潮させ瞳を見開いた彼女は、若干の恐怖をにじませつつも。
笑っていた。
「私、怪物に襲われたんです。でも途中で覚醒して敵をレーザーでなぎ払って……私、私」
自分の手を見ている黒木智子。
彼女は陶酔していた。
先刻まで幻影におびえて、小さくたどたどしい言葉でしか話せなかったのが別人のようだ。
「私は『特別な人間』なんですね。『凡人』でも、『怪物』でもない。素晴らしい存在になったんだ」
間違ってはいない。
レネゲイドは世界中に広がっている。
だが、その力を発症するのは全体の10%にも満たない。
大勢の保菌者はその生涯を非日常とは無縁のところで終わらせる。
少数であるごく一部の者のみが、ウイルスに選ばれ背教者としての道を歩むことになるのだ。
だけど、その力には代償がある。
少なくとも「レネゲイドに選ばれた人間」と「素晴らしい存在」はイコールではない、と私は思う。
「黒木さん。その力には払わなければならないモノがあるの。けっして無尽蔵に使えるわけではないのよ」
「それでもっ!!」
遮った声は鬼気迫っていた。
「それでも、力があれば私は、くだらない毎日にいなくたっていい」
「黒木さん……?」
「このまま生きてても幸せになれない。進学も、就職も、結婚もどれも嫌でしかない……です」
もう疲れた、そう呟く彼女はとても老成した雰囲気をまとっていた。
とても高校に入学して数ヶ月の学生とは思えない。
「ふだんからずっと空想してた。私はすごい人間で学生をやっているのは世間の目を欺くかりそめの姿なんだって、それがやっと叶った。だから」
――くだらない毎日を送るくらいなら、私はもっと「特別」な人生を歩みたい