2次元に行けたら。
アニメやラノベを読み漁って、私はいつも思っていた。
無論、ただ二次元に行くのではない。
凄い力を手に入れて、イケメンからモテまくって。
そう、私は主人公になりたかった。
ようやく始まったと思ったんだ。私が主役の物語が。
だから、耐えられると思った。
力に代償がいる?
払ってやるさ。そんなもの。
それで私の妄想を現実に出来るなら、どんなものだって払ってやる。
だからだろう。
「くだらない毎日を送るくらいなら、私はもっと『特別』な人生を歩みたい」
その言葉を吐きだしたのは後から思えば、どんなに愚かだったのかと思う。
この時の私は知らなさすぎた。
もし、少しでも分かっていたら目の前の女性にここまで悲しい顔をさせなかったのに。
「黒木さん、あなたの力はウイルスによるもの。力を使えばその分ウイルスに侵食される、そして限界を超えたら」
「……病死するんですか?」
「違うわ。レネゲイドに心身を侵食されきった者は人の心を失った『怪物』になるの」
脳裏に、あいつが浮かんだ。
私に指輪をはめたあの、怪物が。
「私達は「ジャーム」と呼んでいるわ。人の心を失い衝動のままに人を襲う生き物。堕ちてしまったが最後二度と人の身には戻れない」
「し、衝動?」
「レネゲイドの力を得てしまった人間が抱えるモノ。
飢餓や吸血の衝動を発症すれば愛する家族や友人を食料としてしか見られなくなる。
破壊、殺戮衝動は言わずもがな、恐怖や妄想の衝動を発すれば恐ろしい想像を現実に実体化してしまう」
「……そ、そんな」
「あなたも私も、いつそうなるかもしれない」
「で、でも 病気なら治るんでしょう? こ、抗体とかワクチンとか!」
「ウイルスを殺すには私たちごと殺すしかないわ。特効薬やワクチンは存在しない」
血の気や熱が体外にでていく気がした。
今思えば私には払える代償などなかった。
『痛みも苦しみも、主人公になれば支払える。物語なら王道なんだから』
そう、主人公ならこれがむしろ王道、だけど実際に問われたら震えているこの手が答えだ。
私があの金属の怪物と同じような存在になる。
そう意識させられた瞬間、吐き気を覚えた。
「黒木さん、あなたのその力は使えばとても便利でしょう。富を築くことも、名声を得ることもできる。でも」
それは、人間をやめる危険を冒してまでほしいものなの?
首を横に振る。冗談じゃない。
違う。こんなんじゃない。
私がほしかったのは。
なぜだ。どうしてだ。
日常も、非日常もまるで毒じゃないか。
どっちを取っても苦しんで。人より損をして。
しかも片方は死ぬよりおぞましい目に会うなんて。
「な、なんで 私がそんな目に私が一体何を……」
前世で2,3人殺したのか。
それともそういう星の元に生まれたのか。
「あなたは何もしていない。ただ、あなたを非日常に引きずり込んだ者がいる」
「!」
「そいつの名前はわからない。だけど、私は 私達はそいつの属する組織を知っている」
彼女の目はとても厳しい。
まるで刃物のような鋭さを持っている。
「彼らの名はファルスハーツ。オーヴァード達を中心としたテロ組織。ジャームですら組織に組み込んで世界の裏で暗躍し続けているの」
「そいつらが、私を……」
「彼らの目的は様々だけど共通するのはただ一つ。己の欲望を成就させること」
じゃあ、私はそいつらの欲望を満たすため、いまこんな目にあっているのか。
ふざけるな、ふざけるなよ。
憎しみで周囲の世界がゆがんで見える。
頬を伝う涙が、口を閉ざしたままの私の気持ちを言葉以上に強く語っていた。
頬に柔らかい何かがあてられる。
白いシルクのハンカチだ。
目の前の女性が私の涙をぬぐってくれていた。
「あなたにはこれから苦難が立ちふさがる。だけど」
私はほんの少しでもあなたの助けになれる。約束する。
彼女はそう言って私を抱きしめてくれた。
嗚咽が漏れた。感情が上げ下げを繰り返して不安定になっている私にとって。
優しい言葉と抱擁のぬくもりはすがらずにはいられなかった。
彼女は私が落ち着くまでずっと抱きしめてくれていた。
「自己紹介が遅れてしまったわね。私は玉野。玉野 椿(たまの つばき)」
「黒木さん、詳しいことを聞かせてほしいの。一体どうしてあんな場所に倒れていたのか。貴方に一体何が起きたのか」
「あなたの日常を破壊した者たちを突き止めるために」